正義・其之九
フェルバル家に帰ってきて私はすぐにこの場に呼ばれた。用件はわかりきっている。世間話や前置きなどは不要だろう。それは叔父もわかっているはずだ。
「して、クラリタ…。頼んでいた本は持ってきてくれたか?」
「それが…当主、本は何者かに奪われたのです。」
「なんだとっ!?」
叔父は座っていた椅子から立ち上がった。こんな幼稚な言い訳、簡単に嘘だと見抜かれるとミシェルは反論してきた。だが、私の考えた最善案と言うのは、こんな幼稚な案だったのだ。
「申し訳ありません…私としたことが。」
「く…クラリタ。お前にあの本の価値はわからないだろう。だがな、あの本は今後のこの世界で生き抜くために必要かつ重要なものだったのだぞ!?」
私はフェルバル家より彼女が生き抜く方が重要だ。なんて失礼なやつだと自分でも思う。だが男が一度決めたことだ。曲げてはいけない。
私は演技を続ける。
「そ、そうだったのですか…!?ですが…私も今回ばかりは聞いていただきたい。」
「何をだ…?」
頼まれていたものを取られた。それは普通ならとても間抜けな話。しかし私はとっくに気付いている。もうこの世界はフィクションに片足突っ込んでいるのだと。
「私は確かに本を持ってました。ですが次の瞬間、消えたのです。パッと。まるでもともと私は持っていなかったように、です。私は自分の目を疑いました。そして周りを見渡し、奪われた可能性を考えました。それは人だけではありません。もしかしたら鳥に奪われたかもと思い空をも探しました。ですが辺りには私とアルタの二人きり。アルタが本を奪うはずがありません。私は非常に不思議な体験をしたんです。これは神に誓って…
「もう良い。わかった。そうか…もうすでにその力が…。」
叔父はぶつぶつと何かを呟き、考える素振りで固まってしまった。成功だ。私がさも、見知らぬ力のせいにすれば良い。当主はこの力を知っているのだから、突然本が消えたって不思議だとは思わない。普通ならばバカげたこの言い訳も、叔父にとっては最もあり得る可能性だと判断されるのだと、私は推測した。
思案した最善案が思いの通り上手くいって上機嫌な私に、叔父は話しかけてきた。
「クラリタ、お前はこのまま行けば次期フェルバル家当主だ。教えておこう。」
叔父は懐からあの本を取り出した。その瞬間、私はまず自分の顔が驚きに満ちていないかを考え、次に本の色がミシェルの持っているものではないことに安堵した。まさかもう一冊持っているとは…
その後、叔父は手に持つ魔法の本について教えてくれた。その全てが、すでに知っていることだった。けれども、私はこういった態度を取るしかない。
「お言葉ですが…そんな馬鹿な話はありませんよ…当主。能力?魔本?どうしてしまったのですか…。」
「そう思うのも仕方あるまいが…確かにそうなのだ。すでに私の情報では2、3冊ほどが世界に存在している。その一冊はドゥタラ家の当主だ。」
「ど、ドゥタラ家もですか…!?」
ドゥタラ家にはすでにあったのか?それとも…ミシェルの従者、スマラスさんの本の事を言っているのだろうか?
「疑う気持ちはわかる、だが今見せてやることは…難しくてな。」
「どうしてです…?その本が力の源なのでは?」
「それはそうだ。…だが、私を選んだ力は使い物にならなくてな。『暴走』と言う力だ。」
「…暴走。」
明らかに使いたくない能力名だな…。そう考えるとミシェルは幸運だったのか。『植物』の力。暴走に比べれば随分平和だ。
「一度使ってみたのだが…五秒も持たなかった。圧倒的な力を手に入れる代わりに己の意識を、この力は飲み込んでいく。呪いの力よ…。ドゥタラ家では狼になる能力があると言う。まだそちらの方が使い勝手が良かっただろうに…くっ。」
狼になる力…。とりあえずミシェルではないな。それもそうだ。ミシェルにはあの力を隠すように言ったのだから。
「クラリタ、今回の件については仕方のなかったことだ。だが今後、この力をお前に託すことになることを重く、考えていてくれ。もう帰ってよい。」
「はっ、肝に銘じておきます。」
そうして、ミシェルの身柄の安全と、新たなる情報を手に入れて私は自分の部屋へと戻った。
数日後、私はフェルバル家の大書庫へと向かった。彼女が待っているからだ。
「やぁ、ミシェル。久しぶり…でもないか。」
「クラリタ様…!」
ミシェルは私が書庫に入るとすぐに駆けよってきた。後ろには従者のスマラスさんとヘルターさんが見える。
「今この場所は…?」
「わたくしと、二人。そちらのアルタ様とクラリタ様だけですわ。」
「なら大丈夫だ。アルタ、少し扉を見張っていてくれ。」
「承知いたしました。」
あの日、コンダリアさんの下から帰ってからの再会。そこまで時間は立っていないと言うのに、なぜかとても久しぶりに再会したような気がした。あれから叔父はありとあらゆる場所に人を回している。必死なのだろう。己の持つ力が使い物にならない事と、その頼りだった私が本を奪われたと勘違いしている二つが党首を不安に狩っていた。
「クラリタ様、スマラスが本の持ち手になったんですわ。」
「何?そうなのか?」
「はい、俺が向かった先にあった本にどうやら選ばれたようです。」
「狼になる力と言うのは…君だったのか。」
「はい。すでにドゥタラ家当主はこの力を知っていました。どうやらフェルバル家の当主様とそのお二方だけでの情報交換をしていたようです。」
「なるほど…それで、そちらはその力をどうする気だ?」
「今のところ、一番大切なものを守ることに俺のこの力は使うみたいです。」
スマラスさんはそう言いながら、ミシェルを見る。今ドゥタラ家にとって重要なものはミシェルということだ。
「だが、もし同じ力が襲ってきたときは…。」
「その通りです。俺が迎撃することになるでしょう。そしてすでに他の能力者、または本を探しているようです。そちらも同じでしょうか?」
「あぁ、うちの当主も毎日のように人を世界中に派遣しているよ。」
全く…おかげで私の所へ回ってくる仕事量がいつもの二倍だ。
「クラリタ様、わたくしはあの力を…どうするべきでしょうか?」
「それは…正直な話、ミシェル、君が決めていいと最近思った。」
「え?」
「その力は君のものだ。誰かにどうこう言われるものではない気がする。ドゥタラ家を支えてもいいだろう。けれども他の世界に逃げ、危険と一緒に人々を助ける旅に出たって良い。君のその力は誰かを笑顔にできるからね。」
「…クラリタ様。」
私はこの力の本当のありようについて考えていた。かなり自由に。その結果、この力は持ち主が本質を決めるべきだと気づいた。戦争の道具でも、誰かを救う希望の光にでも、なんにでもなることができる。それなら、他人の意見を挟むのは少々無粋と言うものだろう。
「わかりましたわ。わたくしも考えておりましたの。悩んで悩んで…でも結局はクラリタ様に聞こうという結論に至ってしまいましたわ。我ながら情けないことだと悔やんでいましたが…今こうして聞いてよかったと、心から思っております。」
「少し買いかぶった意見だが…それで君が助かったのなら良かったよ。」
そのあとは、能力に関係ない至って普通な雑談をして解散した。こんな力に人生をおかしくされるくらいなら、むしろこの力で人生面白可笑しく楽しんでやれと、ミシェルに伝えたかったのだ。
私にもいつか、本が現れるのだろうかと考えつつその日は就寝した。
明くる日をの日差しを、私は眩しいと心から思う事はなかった。
事件が、起きたのだ。
能力を宿さない者にも、能力は人生を曲げにかかるとその夜ようやく気付いた。




