正義・其之四
「お初にお目にかかります。わたくし、クラリタ様の従者をやっております。アルタです。この度は我が主がそちらのドゥタラ嬢様と親しくなっておられるようで…。」
「これはご丁寧にどうも。わたくしはヘルター。こちらはスマラスと申します。」
「スマラスです。俺達もクラリタ様のお話はよくお嬢様から聞いております。お嬢様は口を開けばクラリタ様クラリタ様と…
「ちょっとスマラス!?そんなには言ってないわよ!!」
「失礼致しました。」
なんだか想像よりも好印象を持たれているようで良かった。目を合わせてもすぐに別の方を向いてしまうし、嫌われていたのかと思っていた。
「ミシェルは勉強?」
「はい。残念ながら…。」
「ん?残念ながら?」
「わたくしだって年頃の女の子ですもの。こんな本ばかりの場所に何時間もペンを走らせるよりも、外で駆け回りたいですわ。」
「ははっ、相変わらずのようだね。」
「クラリタ様は何の御用ですの?」
「私かい?私は明日遠征に行くことになってね。なんでも開けもしない不思議な本が見つかったとか何とかで…なぜか私が調べることになってね。困ったものだよ。」
私にはそう言う知識はないんだけれどな。
このような話をミシェルは嫌がるか、興味津々に深く聞いてくるかの二択の反応をするかなと思ったのだが…どうやら両方とも違ったようだ。「もう本はこりごりですわ」か「なんですのその本?」じゃなかったか…
「あら…それはどこかで聞いたような話ですわね。スマラス。あなた確か…。」
「えぇ。俺も今少し驚きました。クラリタ様、その遠征に似た件俺の方にも来ているんです。」
「なんだって…?」
確かこの遠征を私に頼んできたのはフェルバル家当主…私の叔父のはず。スマラスさんはドゥタラの人だ。これはどういうことだろう?
「もう少しお互い今回の件について話しても…?」
「もちろんです。俺もなんで一介の従者にこんな話が来たのか気になっていたので…。」
「わたくしも詳しく聞きたいですわ!」
「お嬢様はお勉強の続きです。」
「へるたぁ~…そんなんだから恋人の一人もいないんですわ。」
「はっはっは、この歳で恋人と言うものができるのなら、ぜひ試してみたいものです。」
ミシェルはいつもは堅苦しい『お嬢様』を演じているがこの二人の従者さんの前では普通の女の子のようだ。
その後、スマラスさんと遠征の件を話し合ってみると…
「どうやら、違う地域みたいですね。」
「そのようだ。だが用件は完全に一致しているな…。誰からの命なんだ?」
「俺の方はドゥタラ家当主であり、お嬢様のお母さま。ドゥタラ・ベルリッシュ・ニファ様からの直々のものでした。」
「そうか…私もだ。私もフェルバル家当主からの命だ。何か裏にあるな…これは。」
「そうは思いますね。ですが俺としては何も行動することはないですね…。第一、やれと言われたからには断ることは難しいですから。」
「そんなにドゥタラ家は厳しいのか?」
「いえ、しっかり嫌だと言えますよ。ですが後が怖いんです。」
「後…?」
私が詳しく聞こうとすると、勉強から逃げて来たミシェル…というと可哀想か。勉強の合間がてら休憩に私たちの下へとミシェルがやってきて、口を開いた。
「そうなんですのよ。わたくしのお母さまは根に持つ方でして…。何かしら用件を断った者の給料を倍にするんですの。」
「倍にするのか?減らすんじゃなくて?」
「そうすると罪悪感が湧き上がってどうしようもなくなるんですの。それでも倍になるから仕事を断る!と言うものだっていますわ。」
「そうだろうな。私だってそうする。」
「クラリタ様、わたくしがさせません。」
「アルタ、頼もしいっちゃ頼もしいがたまに私の許可なく大事な案件を持ってこないでくれ。」
アルタはほんとにたまにやるのだ。一度フェルバル家の家訓を改めてみてほしいとかいう恐れ多い最悪な話を私が耳に入れるよりも先に快諾していたのだ。アレには困った。これに関してはアルタが悪い、と言うよりもそんな意味不明なことを頼んでくる私の叔父が意味不明と言うべきなのだが。だがその件はあとで私の父と伯父が酒の席でやってみよう!みたいな雰囲気で決めた事だったらしい。私で遊ぶんじゃない。
「それで、そういう者はどうしたんだ?そのまま倍の給料をもらったのか?」
「いえ、さらに倍になったんですの。」
「…は?」
「一日で二倍、二日で四倍、三日で八倍…流石に怖くなって全額返して謝ったそうですわ。酷いですわよね?」
「いやなんか…酷いと言うかもう強制だな、頼み事は。」
「そうなんですよね…。だからもう俺は諦めましたよ。むしろ旅行気分で行ってきます。」
「わたくしも行きたいですわ。」
ミシェルはそう口では言いつつも、ほとんど棒読みで抑揚もなく言って元の勉強していた場所に戻っていった。絶対に連れて行ってくれない事がわかりきっているからだろう。ただ、ミシェルを神はちゃんと見ていた。
この場合、ヘルターさんが神だ。
「クラリタ様、出発は明日ですか?」
「えぇ、まぁ。帰ってくるのは…二日、三日後くらいですかね。」
どうせ適当にでっち上げて帰るつもりだからな。そのくらいで良いだろう。
「でしたらお嬢様も一緒について行くのは大丈夫でしょうか。」
「え!?へる…へ?!へる、ヘルター?それ本当ですの!?」
「まだクラリタ様から許可をもらっていないでしょう。それで、どうでしょうか。」
どうでしょうかと言われましても…どういう意図だ?私は少し考え、すぐに分かった。たまには息抜きさせたいのだ。だがミシェルには友人らしい友人もいないし、良い機会がないか探っていたのだろう。それなら、私もちゃんとフェルバル家の男として応えようじゃないか。
「もちろん、いいですよ。ただしミシェルが今日勉強頑張ったのなら。」
「がっ…ぐっ…わ、わかりましたわ…。ヘルター!早く次やりますわよ!」
「ありがとうございます。しっかり条件付きで。これでお嬢様は調子に乗りません。」
「…ヘルターさん大変なんだな。」
「いえ、クラリタ様ほどではございません。では詳しい日時は…。」
「わたくしから伝えましょう。」
「わかりました。それではまた後で、アルタ様、クラリタ様。」
フェルバル家、家訓。得の種類限らず、努力をしろ。
私が考えた意地悪な家訓である。




