空理・其之二
長いです。心してください。
「…読めぬ。」
本と格闘すること一時間。全く開かなかった。それはもう色んな方法をしてみたものだ。まずはシンプルに、ハンマーでぶん殴ってみた。だが本は傷一つ付かず。次にハサミやカッターで対抗してみたが、刃の方が折れた。なんなんだこの本。
他にも人目の晒される場所に置き、本の羞恥心を煽ってみたり。北風と太陽のようにめちゃくちゃ暑い空間に置いてみたり寒い空間に置いてみたりして見た。
「これもう本って呼べるのかな…。やはりこの英文を解読…いや英語に屈したくない。」
私の日本人魂はそんなことは許さなかった。めんどくさかったわけではないし、私にこの程度の英語の和訳など朝飯前だ。だが許さない、私の日本人魂が。
…日本人魂を掲げている人間が和訳を朝飯前と言うのもおかしい話なのだが。
どうにかしてこの本を読みたい!そんな気持ちがただただ膨れ上がりついに長きにわたる戦いの末、私が編み出した最後の策は…。
「燃やそう。そうだ燃やせばいいじゃん。」
ついに本を読む、より開くが勝った瞬間である。
私は一応大惨事にならないようお風呂場で、マッチを持ち本に構える。水で濡れたら困るので下半身下着、かといって手が燃えたら困るので上半身はきっちり着込むという意味の分からない恰好で挑んだ。
「やっ…やっ…やっ!」
問題が発生。マッチに火が付かない。
「こ、こいつ…やりおる。」
「おーいグラ。なんて恰好でなんてことしてやがる。」
「あ、お父さん。」
お父さんがこの距離まで近づいていることに全く気付かなかった。いやはや、私は本に熱中してしまっていた。別の意味で。へへ。
「この本が開かなくてさー。」
「開かないからってそんな恰好で燃やそうとしてたのか?我が娘ながら少し心配だ。父、心配。」
「危篤みたい。」
「物騒なこと言いやがって。ったく…あん?ほんとにこの本開かねぇじゃねぇか。飾りもんなんじゃねぇのか?」
「にしては不思議な感じなんだよね…ハンマーで叩いても羞恥心煽っても意味無かったし。」
「ハン…え?羞恥…は?」
お父さんは私の意味不明な言葉に混乱していた。今思い返せば確かにあの時の私、少し変だった。なんか色々吹っ切れた瞬間だったからかもしれない。
「ん?英文があんじゃねぇか。これがカギなんじゃね?」
「いや、私は日本人魂だから。」
「何言ってやがる…日本語おかしいぞ。えーと何々…?あなた…間と…間と…忠誠を…スタートに見せろ…?」
「何言ってるの?」
「直訳だ。こりゃ俺にはわからん。」
「最初から期待してないけどね。貸して、ちゃんと和訳してみる。」
「やれるなら最初からしとけ、痴女。」
「ち、ち、痴女!?お父さん娘に向かってなんて事…!!」
「下着姿で家うろつく高校一年女子を表す他の言葉がほかにあるかよ!」
くっ…日本人魂的にも他に当てはまる言葉がない!
茶番は置いといて私は着替えてからさっそく和訳を初めて見た。最初からやればいいのに、なんて発言はNGである。楽しみが減ってしまう。
「んー…できた。」
そうして、私は言った。本を片手に和訳したその文章を。
「『汝、中間と中継として忠誠を始まりに示せ』…か…な?」
その瞬間、私の部屋中のものが宙を暴れ出す。それは私も例外じゃなかった。
「え、ちょ、何々何々!?!?視界が回る!?」
「おうどうしたグラ!?ってなんじゃこりゃぁあああ!!??」
「うわぁあああああ!!!」
空理家は誰かが叫んだら共鳴して一緒に叫ぶ。なんて家系だ。
少し経つと突然のポルターガイスト現象は落ち着き、私の部屋はめちゃくりゃ汚くなってしまった。
私はその汚い部屋には目を向けたくなく、そむいた。
…いや、違う。ある一点に視線が奪われたのだ。
「本が…開いてる。」
「何が起きてんだ…。グラ。」
「わかんないけど…この本のせいなのは…確実だろうね。」
それからお父さんと本を読み、この本がどれだけの物なのか知った。私には『能力』と言うものが宿ったこと。その能力は他の能力者同士で奪い合える、または譲渡できうこと、特典や能力には段階があることなど。まるでフィクションの話で、私は小説を読んでいる気分になったけどこの誰が片付けるのか考えたくもない部屋がその気分をたまにリセットしてくる。
読み終わると、お父さんは今日一真面目な顔をして私に向き合った。
「グラ…これはどこに?」
「学校の…図書室に。見慣れない本があるなーって。」
「そうか…。グラ、よく聞け。この本は危なすぎる。この先お前の能力とやらを奪いに何かしら輩が襲いに来るはずだ。こんな力…一般人が拾っていいもんじゃねぇぞ…。戦争レベルの戦いが道端で起こることになる。」
「…でも、だからってこの本を手放すのも危ないんじゃない?」
「なんでそう思う。」
「なんもわからないじゃん。この本がなくなったらどうなるかとか。知らないまま知らない人に命も能力も奪われるのなら、私は全部を知って、いろんな人を助けたい。」
「…そうか。」
お父さんは、基本的に私がこうしたい、ああしたいと言うと何も言わずに納得してくれる。時には応援までしてくれる。だが今回ばかりは、渋い顔をしてそう言って私から少し離れた。
「…そうだな。神様からせっかくそんな力を手に入れたのなら…グラの好きにしてみると良い。だが人を傷つけた瞬間、その危ない力は国が預かる。それが不本意でも、だぞ。」
「お父さん、それ大分甘い事言ってるのわかって言ってる?」
「娘に心から厳しい父なんて存在しないんだぜ。さ、部屋の片づけをしてから少しその不思議な力を操れるように努力してみよう。」
「だね、じゃ手分けをしよう。私が後者、お父さんが前者で。よし!作戦開始!」
「…別にいいが、実の父に下着を物色されてもいいのなら。」
「…手伝ってください。」
嫌々、本当に嫌々部屋の片づけをしてから私は能力の扱いを極めることにした。その間、まだ慣れていない頃に他の能力者の襲われたら困るなぁと、少し焦りながらも私の能力を扱う技術はかなり仕上がってきた。焦りは杞憂に終わることになった。
それで、力を手に入れた気になったのだ。
順調だった故に。
絶対にヘマなんかしないって、思ってたのに。
だって知らなかった、なんて言い訳がまかり通るわけもないこの世界に反した力の凶悪さ、強力さを私はまだ、身に染みてわかっていなかったのだ。
次の日、私は学校へと通う。ただしいつも通りの通学路ではなかった。いや確かに同じ道、同じ景色ではあるのだ。ただその歩いている私自身が違った。あの不思議な力を生み出す『本』の存在。あの存在が私の通学路に色を重ねて、グラデーションを作っていた。グラだけに。えへ。
「はぁ…こんなに心地よく学校に行けるのは久しぶりだな。」
少し早めに、学校に到着。とは言えこの力を持ったからと言って、何か学校で特別なものがもたらされるのかと言われたらそうでもない。ただなんだか他の人と違う力を持っているというこの現状が心を躍らして、高鳴らせた。
学校の正門が見えてくると、後ろから声をかけられた。
「おはよう!空理さん!」
「…おはよう。えーと…アマダチ君…?」
「え…!名前覚えてくれたんだね!?」
私が自信なさげにそう言うと、アマダチ君はもうそれそれは…屈託もない笑顔を浮かべた。その表情に私は少し可愛げを感じてしまう。ぬぅ…ミジ丸の方が可愛いのに。ミジ丸というのは私のミジンコのぬいぐるみの事だ。あの子と同等…?そんなわけがない。名前一つ呼ばれただけでやけに喜んでいるなぁと少し呆れめに見ていると、こんなことを言われてしまった。
「今朝はやけに嬉しそうだけど、何か良いことでもあったの?」
「…そう?そんなこと…ないけど。」
…ダメだなぁ。私って顔に出やすいんだろうか。初めて気づいた。なんとか隠さねば…。アマダチ君を良いやつだとは思っているがそれも都合の良いやつという意味だ。本心を見せては行かぬ…。男の子って言うのは自分しか知らない好きな人の隠れた一面、みたいなので余計好きになっちゃうと本に書いてあったから。隠さねば。
その後は教室に行って、授業を受け、休憩時間。私は本を読む。いつもの事だ。
「空理さん、今日はお昼一緒にどうかな。」
「結構です。」
「それじゃあそんなやつ放っておいて、俺達と放課後一緒に遊びに行かない?」
「興味ないです。あなた達に。」
いつも通り、私はどうでもいい誘いを断る。この子たちもいい加減諦めればいいのに。
一つ気になったのはアマダチ君が話しかけてこなかったことだ。どうしたんだろう?
昨日は普通に話しかけてきたのに…。いや相手にはしなかったけれど。そこで私は気づいた。これは押してダメなら引いてみろってやつだな?私がこうして「なんで今日は?」と考えている時点で、アマダチ君の事を考えてしまっている現象だ。ふっふっふ…。その手には乗らないぞ、アマダチ君。
そう考えながらも、私の本を読むペースはいつもより遅かった。
気づけば時間はお昼。ご飯は菓子パン。これでいい、これがいい。
早々に食べ終わり、私はすぐに図書室へと向かう。時間目いっぱい、今日も本を読む。だがしかし、今日読む本はいつもとは違く、あの「魔法の本」だ。あの本、かなり難しいことが書いてあるがよくよく紐解けば全く読めないわけではない。ただまぁ『空気』ステージ1のステージは未だなんだかわかんない。まだまだ成長段階ってことだろうか?昨日以降結構使いこなせるようになったけれど、レベルアップ音は聞いていない。細かい条件とかあるのかな。
「よし、誰もいない。」
…誰もいないんじゃ図書室空いてないじゃないか。早く来すぎた。でもいつもは一人待ちぼうけだが、今日は本が一緒にいてくれている。それも今私のトレンド一位の本だ。
「まずはこの最初に読んだ文…『汝、中間と中継として忠誠を始まりに示せ』。どういう意味なのかな。」
汝…は私だ。中間と中継…?何かの間に私はなるのだろうか。そして『始まり』とやらに私は忠誠を示さなければいけないらしい。なんか…ヤだな。私は私で自由気ままに生きていきたい。この文はあれだろうか?後々わかる伏線的な?なら楽しみに頭の片隅に入れておこう。
解読を楽しんでいると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「なんだか楽しそうだね、空理さん。」
「アマダチ君。今日図書委員の当番なの?」
「うん。遅れちゃってごめん。カギ借りてくるのに時間かかって。」
そう言いながらアマダチ君は図書室を開錠し、中に入る。私もそれに続いた。
「今日は小休憩の時話しかけてこなかったね?」
「あぁ…ここで話せるから良いかなって。」
「図書室はお話しする場所じゃないですよ~。」
自分から聞いといて、私は適当に返事を返す。生意気なコゾウだ。図書室だからって私と話せるわけではないのだぞ。
流れるように、私は図書室の「受付側」の二つある椅子の一つに座った。
「えっと…空理さん?そこは図書委員が座る場所なんだけど…。」
「お隣どうぞ。」
「…わ、え、は、はい…?」
私は隣に座るアマダチ君を気にせず、手元の本に視線を向ける。…なぜか空欄や「???」で埋まった箇所が多くある。なんでだろう。魔法の本だし、いずれ読めるようになったりするのだろうか。うーむ…。
昼休みが始まった頃、二人きりの図書室には紙をめくる音だけが響く。
「空理さん、その本…。」
「グラでいいよ。」
「…なんか今日距離の詰め方ひどくない!?」
「いきなり話しかけたアマダチ君に言われたくない…。それで、何?」
「そ、それもそうか…。えっと、その本面白いの?何も書いてないけれど…。」
やっぱりか。お父さんもこの本は読めていなかった。つまり、この本は本当に私専用の本なのだ。正式名称『特定能力者専用魔本』の名前通りなんだな。
「アマダチ君にはこの本のすばらしさがわかんないんだよ。」
「え、えぇ…。その、グ、グラさんは本を読むのが好きなんだね。」
「うん。大好きだよ。」
私がそういうとアマダチ君は突然そっぽを向く。んや君じゃないからね?本だよ?本が大好きなんだよ?
そうして少し話していたら、案外二人きりの時間はすぐ終わり何人か人が入ってきた。
「…私は定位置に戻ろうかな。」
「え!?別にここにいても…。」
「恥ずかしいじゃん。他の人に見られたら。」
そう言ってみると、アマダチ君は顔を赤らめて何も言わなくなった。ふへへ、ちょろいやつめ。単に飽きただけだい。
いつもの定位置、窓際のちょうどいいくらいの日差しが当たるあったかい場所。なんと冬は暖房が良い感じに当たるので同じく温かい。誰よりも早く来ている理由としてここに座りたいと言うのも大きい。
魔本を解読していると、すぐにお昼休みは終わった。いつもより早いなぁ…。
教室に戻るついでに、アマダチ君と話そうかなと図書室の出口に戻ると…
「天達…お前あの女の事好きなのかよ。」
「…良いだろ。恋愛は人のじゆ…がはっ」
「あんなんのどこが良いんだよ!なぁ?三賀先。」
「そうそう。もっとやっちゃってよ。」
私から本を取り上げた三賀先さんと…いつもその三賀先さんの金魚の糞みたいに一緒にいる男の子がアマダチ君をいじめていた。原因は私?あらまぁ、わたくしったらいつからそんな争いを生むような存在になりましたの?困っちゃいますわ。
無視しても、すぐに止めてもいいのだけれど、どちらもつまらなそうなので眺めてみた。どちらにせよアマダチ君は傷つきそうだし。
傍観していると、周りの人も状況を理解して遠くから同じく眺め出す。勇気ある者は図書室にはあんまりいない…ってのは偏見かな。
「お前はお利口さんらしく教室の端で勉強しとけ。」
「ほんとだよ。あんな…空理さんにデレデレしちゃって。見てわからないの?あの子、あんたの事なんて一ミリも興味ないんだよ。」
「…それがなんだよ。」
「あ?」
「グラさんが、興味を持ってくれるまで僕は何度でも話しかける。君たちほど、僕の心は幼稚じゃないんだ。」
…それは困る。興味を持ってくれるまで話しかけるとか…ちょっと迷惑すぎるなぁ…。
本を握りしめて、私は出口方面へと向かった。アマダチ君は嫌がるかもしれないけれど…仕方ないよね。
「はん…キッショイやつだな。誰が幼稚だよ、おい!」
「…なんとでも騒いでればいい。ほら、さっさと出て言ってくれ。図書室は騒ぐ場所じゃないんだ。」
「そうだそうだ!騒ぐ場所じゃないんだぞ!」
興味を持ってくれるまで話しかける…それは迷惑。だったら…
興味を持ってやろうじゃないの。
「は?てかいたの。気づかなかった。空気みたいで。」
「空気舐めちゃいけないね。」
私は、使った。良いだろう。これは私の力だ。
空気を操り、三賀先さんのかなり決まっていたポニーテールを崩し…けっこうぐちゃぐちゃにしてあげた。
「え、なんで!?」
男の子のベルトの金具を空圧で壊した。ズボンは簡単にずり落ちる。
「おい何して…は?」
女の子にはひどい事はしませんよ。紳士ですから。
次の瞬間には図書室中笑いや悲鳴にまみれた。案外ギャラリーは楽しんでくれたようで何よりだ。
「ほら、行こ。授業遅れちゃうよ。」
「え、ちょ…鍵かけなきゃ…。」
「良いから。」
私はアマダチ君の手を取って割と速足…いやもうほとんど走っているくらいの速さで図書室を後にした。
「グラさん…その本で…何を…?」
「んや、まぁ…天罰だよ。あの二人、アマダチ君をコケにして…許せんかったから。…あ、カギ貸して。今日帰りに私が図書室に寄ってかけとくから。」
「…ははっ、グラさんは不思議な人だね。図書室は今日放課後に一緒に行こうよ。」
「わかった。…あと、そのグラ『さん』ってやめてよ。」
私は両手でそれぞれ輪っかを作り、目に当てる。
「グラサンみたいじゃん。」
「あははっ、面白い。…面白いからこのままグラさんって呼ぼうかな。」
「もう…いじわる。」
その後、私は今日朝登校していた時よりもはるかに良い気持ちで最後の授業を終わった。本の事半分、アマダチ君の事四割くらいが私の頭を占めていた。あと一割はあの後の三賀先さん達。大丈夫かな。三賀先さんの方はまだいいけど、男の子の方は結構尊厳破壊しちゃったからなぁ…。
「グラさん、図書室のカギを閉めに行こう。」
「ちょっと待って…本を…鞄に入れなきゃだから…。」
入らない…。置き勉しようかな。そうしよ。…いやこの本をもっと隠せる場所に入れられたらなぁ…。お腹とか?
本の場所を悩みながら、私はアマダチ君と図書室へと向かった。
「…?何、何か顔についてる?」
「んや…別に。」
ちらちらと、アマダチ君の方を見てしまう。ダメだダメだ。気づかれてしまう。私自身、気づきたくなかったことだ。全力で隠さなきゃ…。
「ていうか、まださん付けなんだね…。」
「うん、なんか慣れちゃった。」
「そう…。まぁ好きに呼べばいいよ。」
「良いの!?嬉しいな。」
「…。明日またあの二人になんかやられたら呼んでね。」
「あの二人って…三賀先さん達?」
「そうそう。」
あの二人はあんなので引き下がらないだろう…。なんならもっと人数増やしてきそうだ。
「いや、今度は自分の力でなんとかするよ。毎回グラさんに頼ってちゃ男として恥ずかしいから。」
「私はそういうの気にしないけど。」
「僕が気にするんだよ。」
「さいですか。…ん、図書室付いた。」
教室から階段を昇った先にある図書室。突き当りの場所。
「グラさんカギ閉めてきてくれない?僕ちょっと鞄の中身が気になってて…。」
「良いよ、何か忘れものでもしたの?」
「ちょっとね…。」
私は天達君から、カギを受け取った。そのまま、まっすぐカギを閉めに行く…。
ただし、その前にもう一つしっかり閉めておく必要があるものがある。
「残念だよ。私。」
「…!?い、息…が…。」
振り返ると、天達君が苦しそうに倒れ…『本』を落としていた。
「本ってのは案外多く出回ってるのかな。」
「ぐっ…が…ぁ…!!」
私がお昼、三賀先さん達を懲らしめた時。あの後君は『本で何をしたの』って聞いたね。
…その言葉は、この本が何か知ってる人だけだよ。
私は天達君から本を取り上げて、空気を返してあげた。
「はっ…はーっ…はっ…。」
「…一応まだ未遂だから聞くけど、私を殺そうとしたでしょ。」
「…ははっ…なんでわかったんだい?」
殺意は、空気の気配を大きく強張らせるんだよ、なんて言っても私にしかわからない。
「同じ能力者として協力していけばよかったじゃん。」
「…違う、違うんだ。僕は別にその力はいらなかった。僕は君だけが…空理グラが欲しかった!君の、何もかもを!だから力ごと…。」
…若干、傾いてたんだけどな。でも傾いていたのは君もなんだもんね。その殺意はずっと傾いていた。私の読む、何も書いていない本を見て君は面白いのって聞いてきた。あの時点でもうほとんど私が能力者だって事は気づいていたはずなのに。本当に私が真っ白な本を読んでいるという、限りなくあり得ない可能性を信じたのは、私を殺したくなかったからなんじゃないの?けれど私は「天達君にはわからない」と、そう言ってしまった。
「ごめんけど、私はもう天達君と会話したくないかな。この本は…どうしよ。」
何しても消えないからなぁ…。
本の処分に悩んでいると、天達君がズボンのポケットに手を突っ込み、何かを取り出して私に襲い掛かって来た。
「…燃え…ろ!!」
私は対応に遅れたが、どうにかその取り出したものを避けられた。
「っ…!しつこいよ!」
「がはっ!!!」
横に避けたまま、私は上から天達君を空気で押さえつけた。すると、天達君が取り出した何かがカラカラと音を出して床を転がっていった。
その正体は…
「…ライター?」
「ぐっ…燃やしてくれ…僕の…本。」
この世の終わりかのような顔してそういう彼。本を燃やす…?私に危害を加えようとしたんじゃないの?それも…自分の本を。でも本を燃やしたところで何もならないだろうに…
「天達君知らないの?本は燃えないんだよ。」
「…え?」
私は目の前で、彼に見せつけてやろうと思った。きっと何もかもを清算するために、忘れようとして本の存在をなかったことにしたかったのだろうが意味はない。
私はライターを拾い、彼の本を片手に持つ。
「…燃え…ない?」
「うん、ほら見て…
…あれ?私って本が燃えないの…確認したっけ?
思考の速さが、私の燃やそうとする意志に追いつかなかった。
本に、火が付いた。
直後…
「がっ…あぁああああああああ!!!!熱い!あつ…っぁあああああ!!!」
「…なん…で?」
一瞬にして、紙が燃えるかのように彼は燃え盛っていった。まるで本と連動しているかのように燃えていく。そうだ…私、マッチつけられなかったんだ。
そんな、遅すぎる答え合わせをし終わる辺りですでに彼は火にまみれていた。不思議なことに、周りの壁や床には何一つ焼け跡がない。
「グ…ラさん…好きっ…だ…あぁああ…」
「…っ」
最後に、彼は私に後悔を残して消えて行った。燃え尽きて、灰になっていた。対象的に、本は灰色になってはいたがその形は保っていた。彼は知っていたんだ。本が燃えたら…自分も燃えることを。私は…知らなかった、『だけ』。その二文字は簡単に私をその場に縛り付けた。殺すつもりはなかった。当たり前だ。私は知らなかったのではない、覚悟が足りなかったのだ。こんな、簡単に人を殺すことのできる力。なんの代償もないわけがないではないか。
今すぐに叫びたい。後悔に身を焼かれているこの心。彼のように…叫びたかった。
けれど、我慢だ。私はこのまま逃げてはいけない。
「…泣かないで、私。」
五分ほど…立ち尽くそう。
「…よし。とりあえず本と…掃除しよう。あとは…お父さんに自首かな。」
覚悟は決まった。軽い覚悟だ。すぐに崩れてしまう。けれど崩さず大事に、大事に育てて行こう。使命がある。私には…人を殺してしまったものとして償うべきものがある。
でももし、許される瞬間があるのなら私は…この能力を恥じらいもなく使おう。人を助けることに。
そして、家に帰り私は事の顛末をお父さんに伝えた。お父さんはすぐに私を抱きしめて、頭を撫で続けてくれた。長く、長く。けれど、泣かない。泣いてはいけない。
お父さんは一度私から離れて、言った。
「グラ、よく聞け。」
「うん。…なんでも、どんなことでも聞くよ。」
「…このことは、俺が命を賭けてでもなかったことにして
反射的に、私は能力でお父さんを壁に吹き飛ばしていた。それだけは、言ってほしくなかった。
「ぐはっ…ぁ…。」
「お父さん、やめて。私は、もう覚悟してるから。そういうのは止めて。言わないで。」
「…何を…勘違いしてやがる?おい。」
「…?!」
私の空気の圧を、かなり強いはずだ。岩だって頑張れば砕けた。その圧を、私の父は押しのけて私に歩みを進めた。
「あの…なぁ。グラ。お前がやったことは…そりゃ…償わなきゃいけねぇさ。だが…なぁ!!」
「っ…?!」
お父さんは一歩一歩、確実に進んでくる。
「俺は…その本が悪いと思ってんだ。そのアマダチとかいうやつが悪いと思ってんだ。お前が何をした?ちょっとライターを使っただけだ。そうだろ…?」
「でもそのせいで…!」
「覚悟してるだぁ!?そんなことで一々覚悟だなんだ言ってるようでよくその力に対して覚悟できたなんで言ったなぁ!グラよぉ!」
「なんで……なんで歩けるの…?」
私はずっと能力を使ってる。けれどこの人の歩みは止まらない。そして言葉による圧は確かに私の心を揺さぶった。
そうしてついに…
「はぁ…はぁ…グラ。今回だけだ。一回くらい、チャンスが合っても…いいじゃねぇか。な?親として、子の過ち一回分くらいは面倒みてやるさ。」
「…ごめん、なさい。」
泣けない。泣いちゃいけない。
「…そんなわけねぇだろう。」
「え?」
まるで心を読んだかのようにお父さんは言った
口に出していたようだ。
「どんな正義の味方だって泣くわ。俺だって泣いたもんだ。」
「…。」
とにかく、その後の事は覚えてない。なぜか視界が曇り、何かの声で、周りの音一切聞こえなかった。けれど温かさに包まれていたのは強く覚えていた。
所詮、高校生だ。かっこつけたところで、高校生なのだから。
そして、一通り泣き…いや泣いてない。んー…一通り精神統一して私はお父さんに言った。
「…ありがと。」
「おう。…じゃちょっと証拠隠滅と行きますかね。」
「え、あ、肩代わりとかじゃないんだ…。」
「あん?臭い飯に狭い箱の中で生活とか嫌だわ。全力でコネ使いまくってやんよ。」
「…私はお父さん似じゃなくてよかったよ。」
「逆だ逆、お前のお母さんは真面目過ぎたよ。」
…私の母は、すでに他界している。病気だった。そんな中お父さんは一人で私をここまで育ててくれた。けれど残念なことに私はまだ面倒を見てもらってしまっている。情けないな…。
次の日…その次の日…そうして三日後くらい。
「おはよ…。」
「おぉ!?やっと降りてきやがったな!」
全然立ち直れず、三日も部屋でいじいじしてしまった。これじゃあ…
「これじゃあ、正義の味方なんでまだまだ無理だな。」
「うぐっ…。…あのさぁお父さん。」
「なんだ?」
「私がこの力を手に入れた日…少しでも傷つけたらすぐにこの本取り上げるとか言ってなかった。」
「…言ったなぁ。」
「…いいの?」
「傷つけるどころか殺しちまったらそりゃもう…なぁ?」
なぁって言われても…。いい加減な人なのは昔から知ってるけど。
それと一番言ってほしくないことを言ってくる…。はぁ。
「今日は学校行くのか?」
「行けるわけないじゃん…。まだ寝込む。」
「おいおい…。まぁ仕方ないか。グラちゃんは心よわよわだからなぁ~。」
…
「じゃあ行く、着替える。」
「お、おいおいここで着替えんな!早い早い!」
私は五分ほどで準備を終え、もうすでに玄関待機。
「早すぎんだろ…。」
「そういえば、証拠隠滅はできたの?」
「あぁ。気にすんな。だが次はないぜ。」
「…頼りにしてる。」
「あのなぁ…。」
「じゃあ…行ってきます。」
「おう、行ってきな。」
この勢いのまま、彼の事は忘れよう。脳みそからほっぽりだすことはしない。やったはやった。けれど悔やんでてはダメだ。だから部屋に籠っていた三日間。私は過ちを償う方法を考え続けた。わかってる。どんなに、何をしてもなかったことにはできないと。けれども、私にはできることがある。無かったことに、する義務が。
私みたいに、この本について知らずに人を殺めてしまう人を減らすんだ。一人でも、百人でも、何千人でも。
それが最初の、能力者としての使命だ。




