空理・其之一
グラの過去話です
一度折れた心は簡単には折れなかった。私は心の中で最も聞きたくなかった会話を聞いてから深く心を傷つけて学校に行くのが嫌になった。けれど世界は思ったより色づいてて、ぬいぐるみという最高の趣味も見つけられた。それからの私は少し変わったと思う。とりあえず嫌いな人にわざわざ合わせに行くのは止めた。とは言え気に入っていた人や親友と呼べる女の子、好きな男子もいなかったのでそうしてからの私はかなり自由な時間を学校で手に入れられた。流石に学校にぬいぐるみを持ってくるのは抵抗があるので、元々の時間つぶしを極めることにした。それは…
「ふふん…図書室の本を全部読み切った時、私はきっと天才だ。」
馬鹿みたいな事言いながら私はある日から図書室に入り浸った。読む本にジャンルは問わなかった。勉学に役立つものや人生で必要なさそうな雑学の本。定番なミステリーに恋愛系。推理小説やフィクション、ノンフィクション関係なく手当たり次第にその日の気分で本を選んだ。
細かくは数えていないが、一か月たつ頃にはざっと100冊読んだと思う。
『世界が変わった瞬間の写真集』『君に会えたら僕は本当の本望』『誰が誰を』『三筋川』『人間失格』や『こころ』など。本当に色んなものを読んだ。
私が図書室に通い始めて丁度一か月。その頃には私にわざわざ話しかけてくる女の子はかなり減った。元々特定の仲良しもいなかったし。
そうすると今度はその隙を狙って男子が話しかけてきた。どうやら私は可愛い部類に入るらしい。
「なぁ空理、その本面白いのか?」
「うん、少なくとも君との会話より面白いと思う。」
冷たい顔で興味なさそうに言ってみたら何とも言えない表情でそのやけに髪型頑張ってる男子は去っていった。私は髪型そこまで気にしないタイプなのに気になったほどだ。もちろん鬱陶しいほうの気になる、だ。
「空理さん、勉強一緒にしない?放課後にでも。」
「勉強ってのは慣れた環境でやるのが良いの。知ってた?」
「じゃあ空理さんの家で…。」
「君が異分子なの。」
別に心から思ったわけではないが、試しに本当に心から嫌そうな顔をしたらどうなるのだろうとやってみたらクラスでも一番二番くらいの眼鏡秀才君は決まり悪そうに去っていった。頭が良くても女の子の気持ちは読めないらしい。そこでもうひと踏ん張りしてたら一緒に勉強してあげても良かったんだけどな。実際数学わかんないし。
何、加法定理って。知らない知りたくない。
そんなことしてればそりゃ同性には嫌われる。ある日私は図書室で本を読んでたら突然持っていた本が空中に持ち上がった。ついに超能力者にでも慣れたのかなと思ったが、持ち上げたのは魔法でも超能力でも特殊な力でもなく、同じクラスの女の子だった。名前は知らない。苗字はうろ覚え。
「あんたさ、最近ちょっと調子乗ってない?…ついてきて。こんなの読んでないでさ。」
そう言ってその女の子は私から取り上げた本を床に落とす。
「…その本、鬼原先生から借りたの。」
学校で一番怖い先生の名前を挙げてみた。
「だから?」
お、こいつやるな?
私はちょっと楽しくなって、このままついて行っても良かったが流石に嫌な予感ぷんぷんなので…
「図書委員さーん!ちょっと聞きたいんだけどー!!!」
「ちょっ…はぁ!?ここ図書室なんだけど!?」
私は大声で図書委員さんを読んだ。確か今日は…
「空理さん、呼んだ?大声出しちゃダメ…あぁ、そういう事。」
この名前知らない男の子は前に私を勉強に誘ってきた秀才眼鏡君。…眼鏡秀才君だっけ?忘れちゃったけど最近私を諦められなかったのか図書委員になって当番の日は私の方をちらちら見ながらしっかり勉強してる根性ある人。
「図書室で大声出さないでもらいたいな、三賀先さん。」
「いや、叫んだのコイツ…。」
「あぁ、そうだった。」
私はわざとらしく振り返り、本を拾いながら…
「三賀先さん、名前今思い出したよ。」
私が自分でも思うくらいのめちゃくちゃに可愛いスマイルを浮かべながらそう言うと、ミガサキさんは呆れたような、情けない顔をしていなくなった。
「空理さん、今度また三賀先さんにあんなことされたらすぐ呼んでね。」
「ん、頼りにしてるぜ。…何とか君。」
「天達だよ…。」
おぉ、アマダチくん。主人公みたいな名前してるじゃん。
アマダチくんは名前を憶えられて満足したのか嬉しそうに帰っていった。良いかもなぁ…アマダチくん、良い人だ。
おっと、言葉が抜けた。アマダチくんは「都合の」良い人だ。
「さて、そろそろ帰…ん?」
昼休みも残り少なくなり、別に鬼原先生に借りたわけではない本を本棚に戻そうとした時だった。
いつも見ている本棚に、いつもは見ない本があったのだ。
「なんだろこれ。」
手に取ってみると表紙にはいまいちなんて書いてあるかわからない英語と、反対の表紙には無地。開こうとしても…
「んん…?開かない…だと。」
一瞬自分の握力を疑ったが、私そこまで弱くないと思い改めもう一度チャレンジ。無駄に終わった。
「本のくせに読ませて来ないとは…やりおる。」
私はそのまま本棚に戻すのは負けた気がしたので借りることにした。
「アマダチくん、この本貸して。」
「うん、了解です。この紙に本の名前と…空理さんの名前。」
「わかった。」
私は適当に読めない英文を本のタイトルに、名前は「グラ」とさらさらっと書いた。
「…あの、空理さん。今度からグラって呼んでも…
「授業始まるよ~。
早く来るんだよ~。」
聞こえないふりして私はその借りた本を大切に、丁重に、丁寧に腕に囲み教室に戻った。
今思えば、この時この本を見つけていなくて、見つけたとしても借りていなかったら、私はこのアマダチくんとの恋愛ストーリーを始めていたかもしれない。
「…私眼鏡にはあんまピンとこないんだよなぁ。」
いやそんなことはなかったかもしれない。




