第五十六話 最愛
間に合わなかった…。クソッ!!何眠りこけていたんだ俺は!
「ウセル…テメェだけは絶対許さねぇ。」
「はっ…ほざいてな。そのお荷物二人を後ろに俺と戦えると思ってんのか?」
「やってみろよ。」
俺はとっくに能力を発動していた。
「わざわざ俺が活きの良いお前の方を優先して攻撃するような奴だと思うなよ!」
ウセルは光線をほぼノーモーションで手から放ち、後ろのシロとミナヅキを狙って放つ。動けない上に女と子供だぞ。性根がもう腐りきってる。
「これ以上やらせる訳ねぇだろうが!!!」
俺はウセルの一撃を真正面から己の拳で打ち破った。だがしかし、俺の拳は傷がつく。…傷がつく程度で済んでいる、と言った方が良いか。
「…どんな肉体してやがる。俺の光線は例え鉄筋コンクリートだろうが突き破んだぞ。」
「バカ言えよ、力自慢で俺に叶うか。」
強がってはいるものの内心焦っていた。俺は基本肉体を強化する闇のエネルギーは全身にくまなく漲らせている。だがさっき光線を弾いたのはそのエネルギーを拳にだけ集めたものだった。そうすることによってその状態でのレベル×5くらいには強靭性が一点だけ上昇するのだ。俺は今レベル3。つまりさっきの拳はレベル15くらい。それは一時間瞑想し続けてやっと成れる段階。なのにも関わらずあの光は俺に傷つけやがった。刀だろうがマグナムの弾だろうが擦り傷で弾ける自信があるってのによ。
「お前が『ノマド』最強なのか?」
「いや違うな。最強は…」
俺だけが都合よく、あの睡眠状態から解放されたわけじゃない。ユラもグラも起きていた。博士のおかげだ。少々やり方は雑だったが水ぶっかけられてその水が鼻にたまったせいで起きた。死ぬかと思ったわ。
「こいつだ。グラ、博士とシロを頼む。」
「…シロ…嘘でしょ。ねぇ!!起きてよ!シロ!!」
…俺だって同じ気持ちだ、グラ。
「グラ、落ち着け。」
「…冷静なんだね。」
グラは空気を操り花のように丁重に、丁寧に二人を運んでいってくれた。ユラは今ミシェルさん達を拠点に瞬間移動で避難させているはずだ。…最初からユラをこっちに寄こしていればシロを救えたか…?
「もういいか?!俺の待つ番はよ!!」
グラが離れていく様を見ていると、ウセルが横から殴りかかってくる。俺はたやすくその拳を掴んだ。
「なっ…!?」
「ウセル、テメェは少しやりすぎたな。」
俺は思いっきり、骨を砕く勢いでぶん殴った。掴んでいる手は離さない。
「ごはっ!?ま、待て…」
「待たねぇ。」
連続で、何度も何度も殴り続ける。
「くっ…!!」
ウセルは俺の腹を蹴って逃げようとするが、痛いだけ。離れることはできなかった。
それならと、ウセルは光線を放つ。流石にこの距離であのエネルギーを喰らうのは無茶か。
「この距離なら風穴開くぜ!?」
「じゃあ吹き飛ばしてやるよ。」
光線が放たれる前に俺は今までのどの一撃よりも強くウセルを吹き飛ばした。
「がはっ、げほ、げほっ…。
テメェ…。」
ウセルは俺を睨みつけるが、俺の背後にいる二人の表情を見て顔を真っ青にした。
ーーー
「悪い、遅くなった。」
「博士とシロ、安全なところに寝かせてきたよ。」
「ウセル。今謝れば許してやる…と言いてぇが、今回ばかりは無理だ。」
アムがそういう理由はさっきグラに聞いた。シロが…もう目を覚まさないと。だがそのおかげで全滅を避けられたから…褒めてあげなきゃとグラは言っていた。まだ信じられていないのだろう、シロが帰ってこないことを。全滅は避けられた、だが一人欠けた…。それはもう俺たちにとっては負けだ。
だからと言って怒りをあらわにしてこの男を嬲り殺すわけにもいかない。本を奪い上げ、しっかり法の下裁く。
「終わりだ、ウセル。」
俺は前に出て、刀をウセルに突きつけた。
「何言ってやがる?あのうざったい二人がいねぇ今、もう一度寝かせりゃ…!」
ウセルがまたさっきのように俺達を寝かせてこようとした瞬間、ウセルの体が勢いよく俺の背後の存在に引き寄せられていく。
「【一式・グラティカルワン】」
「がはっ…!」
「やる前に、こっちがやるに決まってるでしょ。ゴミ。」
グラの拳とウセルの顔面が磁石のようにぶつかり合う。グラがここまで激怒しているのを俺は初めて見た。…その気持ちはよくわかっている。ウセルは引きつけられたことにより三方向から殺気に囲まれることになった。
ウセルにとっては絶望的状況。だがその表情は…笑っていた。
「はっ…はっはっは!馬鹿だなぁ女!」
「何…?何がおか…し…?」
…待て、グラの様子がおかしい。俺はアムに目をやる。すぐにアムは意図を読んでくれた。
「何しやがった…!」
「くっ…もう俺を蹴ろうが殴ろうが無駄だぜ!?何せさっき自分から俺に触れに来てくれたからなぁ!?」
アムはウセルをグラから放してくれた。俺はグラに近づく。
「グラ、どうし…。」
「近づかないで!!」
俺は突然視界が落ち、自分の体が重力によって重くなったことに気付くのに時間がかかった。
「グラ…?何を…!?」
「俺が奪った能力が一つの訳ねぇだろう?!考えはしなかったのかよ。他にあることを!」
「ウセル!グラに何をした!」
「『操り』の能力さ。この力、欠点は一度触れなきゃいけないことにある。だがどうしてかそこの怪力男は反応しねぇ…が、重力女は成功したようだな。へへっ…。」
操り…よりによってグラをか!それはマズイ。グラの力はやろうと思えば軽く町一つ消せる!このままじゃ俺たちは逃げられてもジェネシスシティが危ない。
「ダメ…やめて…あぁああああ!!」
グラは無差別に、俺達を狙う訳でもウセルを狙う訳でもなくありとあらゆる方向に重力弾を放ち始めた。
「アム!俺達で止めるぞ!」
「わかってる!」
アムはすでに攻撃の合間を掻い潜りグラを気絶させにかかっていた。俺は一瞬、アムの手が届くその瞬間、グラの動きを止めれば…!
「おぉおおおお!!!」
「ア…ム!!止めて…早く!!」
「おう…よ!!」
今だ!!
「【瞬間固定】!」
完璧なタイミング。アムの攻撃が確実にグラを止められるよう俺はグラの動きを止めた。俺たちは暴走するグラを止めることしか、頭になかった。
「タイミング完璧だぜ?斎月ユラ!!!」
「がぁああっ!?」
ウセルの光線が、アムを貫く。俺が次の思考に至るより早く、瞬間固定が解除される。
「ひゃっひゃっひゃ!!これぞ地獄絵図だなぁ!?これ全世界に広げんのがなぁ?俺の理想なんだわ!」
「ウセル…お前…!!」
俺は溢れこぼれる怒りを何とか抑えて瞬間移動ですぐアムを回収、回復させた。
今は体力とか気にしてる場合じゃない…!
「相…棒…。」
「喋んな!死ぬぞ。」
俺は白い炎でアムを囲む。貫かれたのは…足か。良かった。これならなんとか治せる。流石に心臓貫かれてたら治せる自信なかった。
回復している間もグラはバグの力を放出し続けた。
「ごめん…!ユラ君!!止められ…あぁ…!!」
「謝んな!絶対止めてやる。」
「はっ、かっこいいね。
おっとあぶねぇ。」
ウセル自身にも重力弾は向かうが、光線によってかき消していた。あの野郎…!
グラを止める方法がわからない以上、下手にグラに気を配るよりさっさとウセルを気絶させる方が良いか!?
「よし…はぁ…アム、動けるか?…ぐっ…。」
「相棒!」
アムは完治できたが…流石に疲労がきついな。もう若干やる気のない足を俺は無理矢理立ち上げる。
「相当グロッキーじゃねぇの?大丈夫か?」
「黙ってろ。…アム、できる限りグラの攻撃が町に行かないようなんとかしてくれ。俺はウセルを叩く。」
「了解!」
俺がそう言うとアムはすぐに行動に移した。俺も同時にウセルにその刀を振り付ける。何度も、何度もウセルは攻撃を喰らったはずなのになんでまだ意識を保ち続けられるんだ。
「【炎流一閃 炎斬波】!」
「人に向けるもんじゃねぇだろそれ!」
「お前が言うな!!」
刀から炎の斬撃を飛ばしつつ、刀そのものでも攻撃をする。
「光の前じゃ無意味だわ!」
「お前自身に当たりゃ良いんだよ!」
炎の斬撃は光によって打ち消され、そのまま光線は俺を狙う。すぐに瞬間移動で俺はウセルの背後に周った。このまま…断ち切る!罪は背負っていく気で俺はその刀を振り切った。
「甘ぇ!」
「…ッ…嘘だろ。」
完璧にとらえたと思った刀の一撃をウセルはすぐに気づき後ろに回り込んだ俺のさらに後ろに、光の速度で回り込んで手のひらを俺の背中に押し当ててきた。
「死ねぇええ!!!」
クソッ!怒りで頭が回ってなかった。俺はシロやアムほどの身体強化の能力はない…!これじゃ俺も…待て、諦めんな。
「はぁああっ!!」
「なっ…んだよその翼!?」
俺はとっさに背中から大きな二つの燃え盛る翼を作り出す。ウセルは想定していないことに戸惑い、大きく俺から離れた。
「能力の数なら俺も負けてねぇんだよ!」
このままの勢いを崩すな!ウセルには初見の攻撃が一番有効だ!光にはどうやっても先回りするのは無理な話だが所詮頭は一般人!その思考までが光の速度という訳ではない!
「【ブースト】、【黒色火】、【炎流八閃 業火爆千】!!」
五閃より先の技はもはや剣術とは呼べない。俺は無数の刀の残像を炎で作り出し、一気にウセルに押し付けた。
「数の暴力かよ!ガキかってんだ!!」
ウセルはその大量の斬撃の隙間を光速ですり抜けてくる。予想範囲内だ。
「その斬撃、爆発するぞ。」
「は!?」
俺はパチン、と指を鳴らす。それを合図に空中に浮かび上がるウセルを狙う無数の刀は爆発した。ウセルだって無敵じゃない。これなら流石に…!
「ぐ…だぁあああ!!!!」
「…もう驚かねぇわ。」
あいつ…全身を光で纏って爆発を押しのけやがった。少し冷静になったからわかった。ただ『光』の能力が強いだけじゃない。ウセル自身も戦闘の天才だ。俺達が鍛えてきた間、アイツは一人能力の扱いを極めていたんだ。
「はぁ…はぁ…流石に疲れたな…だぁああ!うざってぇ!」
疲れ切っているウセルをグラの重力弾が襲う。ウセルはもう光で消すことすらめんどくさがり、その速度で避けていた。それが精いっぱいにも見えた。ここまでの能力同士の長期戦。俺もウセルも初の経験だろう。
「…死んじゃうって…これ以上は無理だってぇ…!!」
「グラ!弱音吐くんじゃねぇ!さっきからお前の重力弾弾いてる俺の苦労考わかるか!?」
「知らないよぉ……まぁ頑張って!」
「おう…」
グラもアムも限界だ。もうウザったらしい能力の押し付け合いは終わりにしよう。ケリをつける。
黒炎を刀に集めて、構える。
「【炎流五閃】」
「指くわえて待つかよ!!!馬鹿が!」
ウセルだって何度も見ていれば気づく。俺が刀を構えたら技が来る、その前に止めればいい。だが能力者同士の戦いがそこまで単純な訳ない。
「消え去りやが…あ?!?瞬間いど…!?」
「…【森羅万炎】!!」
ただただ、まっすぐ刀を振り下ろすこの攻撃。だがその射程と威力は戦車なんかおもちゃレベル。玲方さんはこの技を褒めてくれたがこんなの人に使うレベルのものじゃないと、そんな俺の考えは甘かった。そんな思考だから…!
甘かった…!!!
「盾になってもらうぜ!?
グラちゃんよぉ!!」
「…うそでしょ。」
グラが俺とウセルの間に一気に入り込んできた。瞬間移動なんかじゃない、つまりウセルはこの状況を予想しグラを移動させていたのか!?
「この…どこまでもお前は!!」
「ユラ君…!」
グラの声を最後に俺の頭は真っ白になる。どうする、どうするどうする!!!!
視界に入る情報が俺の腕を怖気させ、鈍らせる、思考を縛り付ける。
目に映るグラの顔が鎖をほどいた。
笑顔だった。
何を伝えたいかは…わかった。
わかりたくなかった。
五閃の強みはその《《威力》》と、《《射程》》。
「嘘だろ…!?マジか…よ…」
俺は、ウセルの体を真っ二つに……
「…あぁあああああああああ!!!!」
「…よく…やった。げほっ…」
グラを…最愛の人を、切っていた、