第五十話 知人
その後はもちろん、その男の弟子になった。
「坊主の腕っぷしは買えるもんがある。名前なんだ?」
「暗無アム…。」
「贅沢な名だねぇ…。あれ、知らないか。こほん、俺はフクロウって呼ばれてる。フクさんと呼びな。」
「わかった。」
フクさんは俺が死に物狂いで生きていた戦場の粛清者だった。圧倒的な力に、舞のような洗礼された動きをするその戦闘センス。このあたりでフクさんに勝てる者はいなかった。その地位を、人を従わせるのではなく制裁に使いだしたフクさんは変人扱いだった。悪人だろうが善人だろうがその場での加害者は見つけたら即制裁。おかげで恨み半分、恩半分という正に絶対中立ならではの評判を持っていた。
「フクロウさん!ちっす!」
「おうよ~。良い髪だな。」
「ありがとうございます!ん?…フクロウさん、そのガキは?」
「こいつは俺の弟子さ!まぁボディガードだな。」
「がっはっは!フクロウさんも冗談がお得意で!それじゃあまた!」
フクさんは歩けばいろんな人に声をかけられて、人気者なんだなぁというのが第一印象だった。だが…
「フクロウ!ここで会ったが百年目!覚悟!」
「おー刃物。危ない危ない。」
刃物を持った男が突然フクさんに襲い掛かった。フクさんはいつもの事のように刃物を軽々と避け、男を蹴り飛ばす。
第一印象以前に、人として別格の存在だと思っていた。十六年の短い人生、強いやつは何度も見てきた。二刀流の男、ナイフを手足のように使う女、純粋に力自慢。だがそれら全員が比べ物にならない強さだった。
「強いな、あんた。」
「のんのん、あんたじゃなくてフクさんと呼び!」
「…フクさん。」
「それでよし。じゃとりあえず風呂入れてやんよ。臭いわお前。」
「アムって呼べ。」
「…アム、臭い。」
「そこは言わなくていい。」
そっから俺はフクさんの元で弟子兼ボディーガードをした。もちろん、フクさんほどの強さの人に俺なんかはいても意味がない。多分気まぐれで置いてくれたのだろう。だが俺にはメリットしかなかった。最初に衣食住から人との関わり方。
「アム!今日からここに住め!あと飯はこいつに頼め!服は俺に任せろ!なんてったって、服さん、だからな!」
「…はいはい。ありがとう。」
「冷たいやつだな…。だが、簡単に行くと思うなよ?こいつから飯をもらうには、ある試練がある。」
そう言って大柄な男を指さす。こいつも強そうだ…。まさかこいつから一本取れなんて言わないよな、なんて武者震いをしたが、拍子抜けることになった。
「こいつが出す数学の問題を答えろ!ほら、教材。」
「は!?」
「それとこいつから教われ。じゃ頼むぞ。」
「おいっす。風呂入って着替えたらすぐやるぞ。アム…だったか。一から鍛えてやる。」
「…おいっす。」
何が何だかわからんまま、俺は教養を得た。要領が良かったのか、教え方が良かったのか俺はとっくに腐っていた脳をすぐに復活できた。俺の口から『連立方程式』とか『微分』とか出るたびにフクさんは「似合わねぇ」って大笑いするもんだからぶん殴りたかった。
さらに、俺は最強の喧嘩を目の前で見れた。
「おらおらおら!さっさと盗んだもんの場所吐けや!」
「ま、待てよフクロウ!俺がやったって証拠ないだろ?!」
「お前がやってねぇって証拠もねぇ。」
「は、はぁ!?」
まぁ、無茶苦茶な人だった。ただ実際、間違えた事も理不尽な事も言わなかった。そういうところは信頼できた。
最終的には俺の仕事まで見つけてくれる始末だった。
「アム、お前キャバクラって知ってっか?」
「知らん。うまいのか?」
「お前は魔人か。そこには女の子がいっぱいいるんだ。男は女を守らなきゃならねぇ。だからそこで女の子を守る仕事があるんだ。どうだ、やるか?」
「…金もらえんのか。」
「おう。お前ももう18だろ。自分で稼いで俺に酒おごれ!」
「わかった、やる。で奢る。」
「奢れってのは冗談だわ!こんなクソガキんちょから奢られた酒なんてうまいもんか」
「あん?」
「お、やるか?!」
至れり尽くせりのフクさんの対応に、俺は疑問を持つこともあった。でもなんだが真正面から聞くのは憚られたので先生兼ご飯係さんに聞いてみたら暇だったんじゃないかな、と帰ってきた。つまり暇つぶしか。と俺は妙に納得した。常人なら早々やらない事だ。見知らぬガキに食べ物も寝るところも着るものも教養も仕事も与えるなんて。ただフクさんはやりそうだなぁ、とそう思った。フクさんの暇つぶしが丁度四年経った頃、俺は久しぶりにフクさんの所へ行こうと思った。フクさんが進めてくれた黒服の仕事を始めてから、あんまりフクさんに会う事自体なくなってきていた。だから久しぶりに話そうとそう思い、フクさんの好きなウイスキーを持って行った。
突然そう思ったのは、何かしら感じ取ったからかもしれない。
残念ながら、その「何かしら」は当たってしまった。
俺がフクさんの部屋まで行くと、そこには血まみれのフクさんがいた。
「なんだよ…これ。…!フクさん!おい!生きてるか!!」
フクさんはまだ生きていたが、もう虫の息だった。
「はぁ…はぁ…はは、恨み買いすぎちまったなぁこりゃ。」
「フクさんは集団でも負けないだろ…なんでこんな…。」
「…お前が、人質に取られてるって言われてな。もちろん嘘だろうなぁと思ったんだぜ?お前があんなやつらに捕まる訳がねぇ。だが…動けなかった。なんなんだかね、これ。」
「…馬鹿じゃないのか、フクさん。」
「そんな悲しそうに言うなよ。本気にしちまうぞ。泣いちゃうぞ。」
フクさんは乾いた笑いをしながら、自分の真っ赤な手を見て少しずつ目を閉じようとした。
「おい…フクさん、死ぬなよ。」
「おうよ…まだ、死なねぇさ。自分の子供の前じゃなぁ…。」
俺はそう言われた時、鳥肌が立った。だって、俺が長年そうだったらいいなと願ってきたことだったからだ。
「…え?」
「お前は、俺の子だよ。これは比喩とかじゃねぇぞ。ガチだ。ただ知らなかった…。存在を知ったのはお前に出会ってから一年前さ。何人目かの女がそう言ってな。俺は面倒だったから子供は絶対作らねぇ主義だったんだが…若気の至りはそんなもん守らねぇもんだ。だから知った時は大騒ぎだぜ。人脈全部使って一年、ようやくお前を見つけたのさ。」
「そうだったのかよ。俺は…俺には…親がいたのか。しかもこんな…近くに。なんでもっと早く言ってくれなかったんだ。」
「いきなり言われても困惑すんだろ。俺、お前の親父なんだぜー!って。完全に変質者じゃねぇか。その後は言うタイミングが無くてな。」
…それもそうだなと思った。
「…今なら、泣くほど嬉しい。」
「ははっ。なら笑え。男の泣き顔なんて見たくねぇ。」
物心付いた時から俺は孤独で、俺を知ってるのは俺だけだった。誰も俺なんて知らなかった。誰にも知られていないというのは、死んでいるのと同じだ。正直、当時の俺は暖かい家庭よりも、着心地のいい服よりも、美味い飯よりも、「知人」が欲しかった。知られたかった。生きている心地なんて、孤独だったら残飯でも高級ディナーでも埋まらないことを俺は知っていた。
知っていたから…だから、
「さて…と。」
「ちょっ!?フクさん、立って大丈夫なのかよ!?」
「いや限界。無理無理今すぐ倒れそう。でもお前の前では死にたかねぇ。」
行ってほしくなかった、逝かないでほしかった。だから言った。
「…じゃあな、アム。死ぬなよ。例え寿命でもな。」
だから、言えた。
「死なねぇよ!俺も…親父、あんたも!!」
「…!」
「俺が知ってる!あんたを知ってる!女好きなのも!酒好きなのも!実は甘い飴が好きなのも!」
「アム…。」
「誰かに知られていれば…人間は死なねぇんだ…死なねぇんだよ、親父…。」
「そうだなぁ。その通りかもなぁ…。」
フクさん…いや、親父は最後煙草を吸ったまま死んだ。立ったままだ。俺はその時、心の底からこの人の親父で良かったと思った。知られていなくても、諦めなくて良かったと思ったよ。
ーーー
「…終わりだ。」
アムは終始調子を変えず、淡々と話した。グラの重力より重たい話を。いつもと同じ静かな道場は。いつもより余計に冷たく感じた。
「俺はお前を今、知れた気がするよ。」
「そりゃ、ありがたいね。残機が増えた。」
残機て。
「そのあとは、黒服を続けてって感じか?」
「いや一回大学行った。」
「は?」
「親父が教えてくれたことが勉強と女遊びと喧嘩だぜ?喧嘩は十分、女遊びは性に合わない。だから一度しっかり勉強してみるかってな。振り返ってそう思ったんだよ。」
「…アムお前頭良いんだな。」
「はっはっは!そうだろ?博士並みじゃねぇが俺はちゃんと頭良いんだぜ。そして博士より人間出来てるから俺の方が上だ!がっはっは!」
変わらず元気そうに高笑い。アムの親父さん、一度会ってみたかったもんだ。
きっとこんなアムみたいに豪快な人だろう。
「…ん?じゃその後大学卒業してまた黒服戻ったのか?」
「いや、就職した。二年だけ働いた。」
「は!?」
「サラリーマン時代が俺にもあったのさ。金が必要でな。」
「なんのための…?」
「旅行。」
「いやいや…さっきから行動力どうなってんだよ。」
「世界を知りたかった。」
「かっこよすぎるだろ。」
「で、己の小ささを知った後やっぱり俺にはこの腕っぷしを生かした仕事が良いなぁって思って戻ったのさ。」
「なるほどね…。」
なんだか突然アムがすごいやつに見えてきた。
「それで、俺に何を言いたかったんだ?」
「要するにはな、同じところで固まらずに一度離れてから戻ってくれば何かしら別の事に気付けるって訳だ!」
「…旅行してそう思ったのか?」
「おう。」
「…じゃあ最初の昔話は。」
「まぁ正直いらんな!」
「なんなんだよ!」
ほんとに自力で大学行ったのかこの男は。
「それに、相棒には知ってほしかったのさ。俺の過去を。」
「…急に改まりやがって。一度離れる…か。グラをデートに誘って遊びに行こうかな。」
「俺も連れて行ってくれ!」
「デートだっての。」
「いちゃいちゃしやがって…そうだ。俺が話したんだし相棒の話を聞かせてくれよ。」
「俺の昔話か?いやそんな面白いもんじゃ…。」
「いやグラのどこが好きだとか何がきっかけだとか。」
「そっちかよ。恥ずいから言わん!」
「なんでだよ、相棒!青春エネルギーを俺は知りたい!」
「うっせ!いつも博士とイチャイチャしてるくせに!」
「え、気色悪いこと言うなよ…相棒。」
急にすんとしてアムは俺から距離を取り出した。え、アムって博士と…。
大人ってわかんねぇなぁ…。
翌日、無事グラに忙しいと断られて砕けた俺の心は燃え盛り、無事『炎流』を完成できましたとさ。
ちなみに玲方さんは「それだよそれ!」と妙に納得してた。
まさかの足りないものが失恋とは思うまい。




