第四十七話 白炎
今、何かが俺の中を満ち溢れさせている感覚を感じる。こんな感覚、人生ではそう簡単に感じれるものではない。スポンジに水が広まっていくような、そんな気分。
俺はスポンジだったのか?スクエアパンツは履いてないんだけども。
さっきまで確かに瀕死だった俺の体は、傷つき汚れた服に対して何一つ傷がなかった。今、怪物と化したクラリタの攻撃を受け止めながら不思議に思う。
「ガ…アァ…???」
「クラリタ…いや、もう別の何かか。」
違うか、もう市長でも、社長でも、創設者でも能力者殺人兼強奪犯でもない。
世界の歯車を動かした潤滑油によって呪われた存在だ。憎しみも恨みも何もない。同情も優しさすらもこいつには沸かない。ただただ、早く消し去りたかった、消し去ってやりたかった。
「…ん?ユラ君その炎の色…?」
「え?…うわなんだこれ。」
グラに言われてようやく気付いた。何やら俺の周りを囲んでいる炎の色が今まで見たことのない色をしていることに気付いた。その色は…
「私の髪の色みたい。」
「今のグラの髪は汚れてて若干灰色だけど。」
「あんだけドンパチやったら汚れるよ!!もう…。」
俺は怒るグラを横目に、拳を構え、前に突き出す。
「ゴガァアアア!?!?」
怪物はまたも壁に叩きつけられ、そのまま苦しみだした。流石に時間が来たのだろう。あんな力、ずっと持つわけがない。何度も壁に叩きつけられ、もうすでに壁が崩れてよさそうなものなのだが、何分金がかかっているようでまだヒビが入っているだけ。すごいもんだな。
それよりも、この白い炎はなんだ…?黒い炎と対する彩色。ケガが全て治っているのもまさかこの力…?
俺は怪物が暴れ苦しんでいるのを見て、グラの傷ついた手に近づく。
「…何、血まみれの私の手見て。あんまり見てほしくはないんだけど。早く倒しちゃってよ、良いとこ持ってかないの?」
「いや、せっかくの綺麗な手が残念だなって。」
「…何言ってんの?」
何故かできると思ったのだ。自分の手のひらでグラの手を包み、白い炎でさらに囲む。そうして俺が手のひらをグラから放すと…
「わ、治ってる…。すご!」
「こういう力か…。」
俺は目をキラキラさせて自分の手のひらを眺めるグラを眺めたかったが、怪物へと視線を向ける。どうせ、もう一度総攻撃ができたとしてもあいつは倒せない。呪いは力では解決できない。だが俺にはもう一つの選択肢ができた。押してダメなら引っ張れば良いじゃないか。あの姿から元の姿に《《治せばいい》》。
俺はゆっくりと、近づいた。
「クラリタ、お前が能力自体に目覚めなければ、きっと別の未来があったんだろうな。その未来じゃ、俺たちは出会っていない。」
最後の最後に自分でも何が言いたいかわからないまま、その怪物を魔法使いは白い炎で飲み込んだ。呪いを弾くように、削るように。
すると右往左往にもがいていた怪物は、徐々に落ち着いていき、クラリタ…のようなものへとなった。すでに人間としての原型がない。穴が開いたような体になっていた。魂は当にこの世から去っている。
「…結局、お前がなんで世界を滅ぼそうとしたかわからず仕舞いだったよ。最後まで俺はお前が好きにはなれなかった。でもな、なんだかお前がそういうやつだってわかった時、俺はどうしようもなく残念に思ったんだ。その答えが今わかった気がするよ。」
同じ炎の能力。元々は良いやつだったと野間さんが言っていた。こんな建物を作れるなら元々満足した生活も送っていたはずだ。能力は多分ジェネシスシティを作ってから手に入れたんじゃないのか。じゃなきゃ世界を滅ぼすのにこんな目立ったことはしないだろ。
それなら、一つ憶測だがなんかわかるんだ。
男として、こんな力を手に入れたらまず人助けに使う。そういう思考に行くと俺はお前を見て最初勝手に信じたよ。だから…
「…何か、理不尽があってお前をそうしたんじゃないのか、クラリタ。そう思えてならなかったんだ。同じ系統の力を持った身としてそっちの道に行ってしまったお前を、俺は残念に思ったんだろうよ。同情なんかじゃねぇ。一方的な、自己中心的な思いだ。……じゃあな、クラリタ。」
俺は能力を解除し、怪物になってしまった者を背後に仲間の元へと向かった。
握りしめる、本の中にかすかな熱を感じた。
ーーー
そうして次の日の朝、市長兼社長の悪事は全て表に出た。『ノマド』が告発した、と言う体ではあるのだが大体は博士がやってくれた。あの人いろんなところに顔が広いからこういう時めちゃくちゃスムーズに事が進む。そのことを博士自身、なんでもないことのようにやってのけるからすごい人だ。ちなみに折れた骨とか怪我は俺が白い炎を使って治したので元気そうではあった。この力便利だわぁ、とか思ってた俺を呪いたい。理由に関しては後程。
翌日帰ってきた博士を見て、ギャップ萌えだなってグラと盛り上がってたら呆れた目で見られたのを覚えてる。でも、若干照れてた。なんだか博士って結構わかりやすいように感じてきた。
放たれようとした化け物は元秘書、野間さんが場所を教えてくれた。クラリタを倒し、放たれる化け物の事を想いだした俺達はどうしようどうしようと慌てたら突然クロニクルタワーのエレベーターから野間さんが現れたのだ。いつも通りの澄ました顔で、彼女はこう言った。
「一度生み出した化け物は、私が直接触れなければ活動停止しません。めんどくさいのでどなたか場所を教えるので倒してもらえませんか?あ、町に放出する仕組みは止めたので、ゆっくりで大丈夫です。」
だと。あの人なんか妙に客観的なんだよな…。おかげで色々片付いてから拠点に帰る前に博士以外の『ノマド』は疲れた体もさながら五千体の化け物退治をすることになったのだった。
秘書さんは化け物の居場所を教えてくれてから姿を消した。元々謎の多い人ではあったから、どこに行ったかなんてわからない。ただ、最後に見た表情がどこか疲れ気だったのが印象的だった。吹っ切れたような、そんな顔。まぁ本を奪う理由もないのでそれ以上野間さんを追いかけることはなかった。クラリタの指示でやらされていたのだから、罪は…なくはないか。けれども、『ノマド』は同情から彼女は見逃した。めんどくさいって言うのが一番の理由だったりする。
次に、『レジデンス』の生き残りについてだ。野間さんとクロニクルタワーの外まで一緒に出たら三人が疲れた顔で待っていた。
澄香はグラの昔話を聞くまでは一緒に『ノマド』にいるらしい。なんの話だか知らないが俺も知りたい。俺と澄香の視線を浴びてグラは今日一嫌そうな顔してた。
クラリタの最後を聞いてリハンはなんだか残念そうにしていた。なんだかんだクラリタを慕っていたようだ。
この後は両親の元へと帰ると言っていた。帰る居場所があるのなら、それが一番だからな。ただ最後にやり残したことがあると言ってアムとこんなことがあった。
「あの人が負けたなら、僕も負けです。暗無アムさん、僕の能力を持って行ってください。」
「あん!?なんでだよ!?」
「良いから、どうぞ。…僕はあなたからなんだか大切なものを学べた気がするんです。だから、お礼です。それにもうこんなファンタジー、こりごりですよ…。」
そう言って半ば無理矢理リハンはアムに能力を渡した。その時、空っぽになった魔本は空へと消えて行った。それをみてリハンは開放されたような、そんな表情を浮かべていた。中学生と言う身に、能力という呪いの力は考えるものがあったんだろう。
岩島ロウは、何も言わずに博士に能力を渡して去っていった。博士も無言でそうしていて、二人の中で何か特別なことでもあったんだろうと思ったら…
「…なんでくれたんだろう。あとどこ行くんだろう…。」
博士が一言。とりあえずカッコつけただけの様だった。
そうして玲方さんも無事救出。あの壮絶な戦いで横たわっていて、最初死んだんじゃないかと思ったけど気絶していただけだった。起きてからはとにかく俺達に謝って、褒めて、腰を痛そうにさすりながら道場へと帰っていった。やっぱご高齢って強いわ…。
その後拠点に帰り、俺達はぐっっっすりと寝た。博士を除いて。
物事の告発をした博士は混乱したジェネシスシティをまとめようと迅速に動いていたことを次の日起きて知った。今回一番働いたの博士なんじゃないか?
で、今は翌日9時。さっき起きた俺は昨日の事がまるで昨日の事に……当たり前か。
俺は疲れ切った体で風呂に入っていた。ケガ自体は不思議な力で治ったのだがその後異常な疲労感があることに気が付いた。ただでさえ黒い炎で死にかけていたのをまさかの体力を犠牲に傷を癒すという事が発覚した白い炎。おかげでアドレナリンの切れた俺は拠点に着いた途端、倒れこんだのだった。つまり、昨日風呂ってない。そのまま寝た。
「はぁ…極楽極楽。やっぱり風呂入らなきゃな…。臭いってグラに怒られても嫌だし。」
朝一番、キッチンに向かって帰ってきた博士やグラ達と話していたらふと「あれ俺風呂入ってなくね」と思い出し会話途中に全力で風呂まで駆けて行った。みんな不思議そうな顔してたのが身に焼き付いてる。アイツらめ…俺がケガ治したから元気そうにしやがって…。まるで最新の医療を見てるみたいに俺の白い炎を関心していた。俺も得意げにしてたので俺も悪いっちゃ悪い。
「こんなに体力取られるとは思わないっての。朝鹿だったぞ…俺の足。」
湯船につかって昨日の事を思い出す。どうも現実的に思えなかった。まだ夢なんじゃないかって。でも、終わった事実は沢山転がっている。『ノマド』として何かデカいことをやりとげたい、とは思っていたがまさか町一つ混乱に陥れることになるとは思わなかった。世界を救った、とも言えるが悪いとこだけ見るとそうなってしまう。
今後の博士にご活躍を期待しよう。もちろん、手伝えることがあれば俺達も手伝おう。…流石にすぐは無理だけど。
「さてと…のぼせてないうちに上がりましょうかね…。」
立ち上がろうとしたその時だった。脱衣所の扉が開いた音がした。
「ユラくーん。私も入っていいー?」
「は!?ちょっ…却下!!」
「冗談だよ…。ユラ君急いでいったから着替え持って行って…る。用意いいな…。じゃあタオル置いて…ってもうあるな…。することないじゃん。」
「そうだから、帰ってくれ…。」
「…昨日私もぐっすりで結局お風呂入れてないんだよねぇ。」
「じゃあちょっと待っててくれ、上がるから。」
「ありがと!」
そう聞こえた、そう聞こえたはずなのにグラの気配がなくならない。
「あの…グラさん。」
「なーに?」
「出て行ってもらっても…。」
「えぇーどうしよ。」
「のぼせるから!」
「わかったわかった、これ以上からかうのはやめますよ。」
そう言ってようやくグラは出て行ってくれた。湯船から上がり、頭が揺れる。
「くそ…別の意味でのぼせた…。そうだあの白い炎使えば治せるのでは!?」
その後、脱衣所でほぼ半裸で倒れていたところをグラに助けられたのは言うまでもない。




