第四十六話 暴走
「はっ…はっはっはっはっはっはっは!!!!!」
突然の長く大きな高笑いに俺たちは視線を向ける。そこにはグラの攻撃を喰らって虫の息になっているクラリタの姿があった。まだやる気なのか。
「私は…所詮悪役で終わるのだな…。いや…こんなところでは…そうだ…私はこんなところで…」
何かぼそぼそと言っているが聞こえない。ただその目が諦めていないという事だけは遠くからでもよくわかった。
「クラリタ、もうこれ以上何をしようとしても無駄だ。自己中心的な犯罪ほど質の悪いものはない。諦めて自首すると良い。私には警官の友がいるんだ。自ら罪を認めるのなら手荒にはしないよう頼もう。罪の軽さは…己の反省でなんとかするんだな。とりあえず、魔本をもらおうか。」
そう言って俺の応急手当を終わらせた博士はクラリタへと歩みを進んでいく。
「グラ、今何時だ。」
「んーと…10時20分。12時に化け物がって言ってたけど全然余裕だねこれなら。早くクラリタに化け物が出ないようにしてもらわなきゃ。」
「そしたら俺とシロで化け物を潰しに行こう。クラリタに案内させなきゃな。なぁ、シロ………シロ?」
アムがそうシロに問いかけるが、返答がない。俺は不思議に思ってシロの方を見る。するとシロは何故かクラリタをジッと見て考えるポーズを取っていた。何かを思い出そうとしている…?
俺は途端に不安になった。
「博士!!!クラリタから離れ…」
遅かった。叫んだのと同時に、クラリタから異質なオーラが物凄い勢いで噴き出す。博士はすぐに気づき逃げようとしたが、遅れてしまった。
立ち上がれるはずのないクラリタによって、俺らの方向まで一気に博士は吹き飛んできた。
「ミナヅキ!」
アムが飛ばされた博士のところまで駆けよっていく。俺とグラ、シロはすぐに戦闘体制に入る。動けないとか言ってる場合じゃねぇ。あれは…なんだ!?
「ははぁ…この能力は、使いたくなかったんだ。」
「クラリタ…お前、その姿は…!!」
黒い炎に身を包み現れたクラリタの姿は、体の各箇所が今にも崩れそうになっていた。肌の色も統一されていない。その異質さが目立つ代わりにさっきシロから何度も殴られたのも、グラによる圧倒的な力によるものも、全てなかったように無傷になっていた。
「これは、『暴走』の能力…。私が最初に殺した能力者から奪った力さ。徐々に自我を失い、ただただ力を奮うだけの怪物と化す力。最初はこんなもの、と思ったものだが…世界が滅ぼせるのなら、もう何でもいい…。」
そういうクラリタの焦点が合わない…。本当にこのまま自我を失い暴れ出すつもりなのか。俺の【黒色火】と同じように。
「そうだった…忘れてた…。」
「シロ…?」
「クラリタの…能力に…暴走が…あったの…。知ってたのに…。」
シロは悔しそうな顔でクラリタを睨みつける。そうしてそのままクラリタへと走って行ってしまった。
「シロ!!」
「…!!」
シロの力を信じていないわけではない。だが…あれはもうそういう、力で何とかなる域を超えている!
「たおれ…ろ!!」
シロの一撃は、とてつもない轟音を鳴り響かせる。だが…あのシロの力でも、クラリタは動かなかった。
「ア…R…!お前の…せいだ!お前がいなけれれレ…いなければ!!」
クラリタの奮う腕に、シロは成すすべもなく床に叩きつけられる。そのままクラリタはシロを潰す勢いで両手を振り上げ、叩きつけようとしたが…
「はぁああああ!!!死ねぇ!R!!」
「させないっ…!!」
寸前で一気に距離を詰めたグラがクラリタを重力の力で壁まで押し込んだ。バランスを崩しグラごとその怪物は倒れた。
「シロ…!」
俺は重たい体をなんとか引きずり、シロの元まで行く。あんなにタフなシロがここまで…。しゃべることも辛そうにシロは蹲ってしまった。骨まで折れていてもおかしくない…。
「ガァアアアア!!!!」
「くぅうっ!!大人しく倒れてて…よ!!」
グラは立ち上がろうとする怪物に重力の圧を思い切り浴びせる。だが、動きが鈍くなることはなかった。
「アアアア!!!」
「きゃっ!!」
クラリタを中心に風が吹き荒れ、グラが俺の近くまで吹き飛ばされた。グラは能力を扱い上手く着地する。
「ユラ君…あれって。」
「あぁ、シロの能力だ…。『瞬間移動』と『瞬間固定』の能力まで使ってこられたら終わりだぞ!」
クラリタの能力は全部で六つだ。黒い炎に瞬間移動、瞬間固定と風の力、そして今使っている暴走。あと一つはなんだ…!情報もないままあの怪力お化けとやったら全滅する…!!
「ぐっ…。」
「シロ、大丈夫なのか!?」
「クラリタ…能力…『初なる炎』、『瞬間移動』『瞬間…こて…げほっげほっ。」
「無理してしゃべるな!もう…骨がボロボロのはずだろ…」
「ユラ君、シロをお願い。私が止めてみせる…!」
グラは手に紫色のオーラをまとって、台風の中心まで走っていった。グラならこんな風でも影響はないだろうが…一人では無謀だ。
その時、アムが後ろから俺達の横を走って行く。
「おいおい!グラ!一人で突っ走んな!」
「アム!博士は大丈夫だったか!」
「あぁ、気絶してるがな。命に別状はねぇ。というか…なんなんだよアレは!化け物より化け物らしいじゃねぇか!!俺はグラに加担する!相棒はシロを任せた!」
アムはそう言って嵐に突き進んでいったグラへと続いた。風でよく見えないが、グラはなんとかクラリタの攻撃を避けて少しずつ攻撃を試みている。ただ、アムの言う通りだ。一撃でも喰らえば、シロでもこうなる。今までジェネシスシティを襲っていた化け物なんかとは比べ物にならないレベルの異次元の生物。勝てるのかよ、俺たちは…。その時、シロが小さい声で何か喋っていた。
「ゆ…ら。きい…て。」
「どうした、シロ。」
「クラリタは…あの…風…と、暴走…とあと一つ…『宙飛び』って…空中をジャンプする能力が…あった、はず。だから、気を…ごはっ。」
そこでシロは吐血し、気を失った…と、思った瞬間勢いよく立ち上がった。
「あ!?シロ!?」
「よし、休んだ。いくよ、ユラ。立てなくても立って。」
「立ってって…俺は…。」
正直今の俺が行っても守られるだけだ。足を引っ張ってしまう。だから俺はここに居る方が…
「でもグラのこと…好きなんでしょ。良いの、任せて?」
「…それ言うのはずるいぜ、シロ。」
俺はシロが差し出してくれた手を握り、なんとか立ち直した。
「行け、シロ!後ろから追撃する!」
「りょ!!」
走っていくシロを囲むように炎を作る。これで風の影響をなんとか防いでやれるはずだ。そうじゃないか、なんで弱気になってんだ。俺たちは全員で『ノマド』だ。誰かがじゃない。さっきわかったんじゃないのか。
「【魔式光線破】!!」
「【零式・グランゼロ】」
アムによる多方向からの攻撃に、グラの唯一このクラリタに近いバグの力。
二つの常軌を逸したバカげた力がクラリタへ一点に集中する。
「倒れろ!!」
「はぁあぁぁあああ!!」
アムの光線は少し後ずさっただけだったが、グラの全力の攻撃には応えたようでよろけて膝をついた。そうして吹き荒れていた風は少し止む。
次の瞬間、グラとアム、2人の真ん中を白い何かがものすごい勢いで抜き去っていった。
「おか…えしだ!!」
助走をつけたその飛び蹴りを、避ける力も思考もできない怪物はもろに顔面にくらう。まだ、倒れない!
「シロ!しゃがめ!」
「ん」
「【ブラスト】!!」
俺はこの一瞬にだけ黒い炎を使った。ほんの一瞬。だからだろう。軌道が少しクラリタから逸れかかっていた。
これじゃ当たらないと思い拳を強く握りしめて見ていたら…突然クラリタを横から大量の水が押し、そのまま間一髪で俺の最後の攻撃はクラリタを襲った。
「私を…除け者にはしないでくれよ?」
「博士!」
辛そうに、けれども笑って博士は俺のところまで来ていた。やはり博士と言えば笑顔だ。
そうして生まれた『ノマド』の総攻撃。
吹き荒れていた風も、叫んでいた怪物自身もおとなしくなった。
勝った…
「勝ったんだ…俺たち」
「相棒!最後の一撃良かったぜ!」
「はぁ…バグの力。もっとコントロールしなきゃ、本番じゃぐらぐらだ…」
「…グラ…だけに?」
「ははっ、シロが余裕そうだな。」
化け物を倒し、『レジデンス』を押しのけ、俺達はついにジェネシスシティの創設者に勝った。
勝ったんだよ、確かに。
…しつこすぎんだよ…アイツは…
俺たちがクラリタから発せられた得体の知らない覇気のようなものに飲まれたと思ったその瞬間、俺はそう考えていた。
ーーーーー
「な…なん…だったの、今の?」
私は今の状況に追いついていなかった。頭が、なのだがもう全身追いついてないくらい混乱している。見たままの事を振り返るのならば、勝ちを確信してほっとした私たちを何か嫌な感じの熱が…気のようなものが襲ったのだ。
私はほぼ反射で重力、空気の二層の壁を作ったおかげでなんとか意識があるが…
「…嘘でしょ。私だけじゃん…。」
周りを見まわたすと、ユラ君も、アムも博士もシロも玲方さんもみんな気を失っていた。
そうして元凶はもう人間としての原型を保っていなかった。皮膚はただれ、顔はもう半分なかった。全身を黒い炎に飲み込まれて、もはや動く炎と化している。
「こんなのって…もう能力なんかじゃない、呪いだよ、これは…。」
私の心はもう折れかけていた。だって勝てるとか負けそうだとか、そういうことすら思考に浮かび上がらないんだもん。ただ二つの言葉だけが脳を埋め尽くしてる。それはきっと…
「逃げる…死ぬ…?」
うーん…違うよね、私がそんな臆病なわけないじゃん。
「諦めないし、ぶっ倒す!!!」
私は若干痺れる体を勢いよく動かし、その何かに向かって重力弾を放つ。安定させて、全力で。
「【零式・グランゼロ】!!」
「グギャガァアアア!!!」
怪物は私が放った巨大な重力の、トレーニングルームを半壊させたあの時の威力の球を体全身で弾く。その球は斜め上方向へと吹き飛び、クロニクルタワー最上階に青空を見せた。
「まだまだ…!」
どうせ重力で動きが止まるようなやつじゃない!連続で、何度も!!
「はぁああああ!!!」
バグの力を連続して炎の怪物へと放ち切る。それでも怪物は動きを止めるどころか全部弾いて私へとただただ直進してくる。これ以上こっちに来させたら…!
「私の仲間に…傷つけさせない!!」
もうこっちから行ってやる!あの技は未完成だけど…これで倒せれば完成みたいなもんでしょ!
「【一式・グラティカルワン】」
重力を怪物にではなく私に横方向で向けて私自身の速度を上げる。そのまま怪物の、頭にだけ重力をかける。方向は私。磁石がくっつくように、私と怪物はどんどん速さを強めて近づいていく。このお互いが引き寄せられる瞬間!私は拳を燃えている化け物の顔目掛け決めた。
流石に痛かったのか怪物は顔に手を当て蹲る。威力は絶大、だがしかしこの攻撃はまだ私への負荷対策がない。つまり…
「いったぁあああい!!!し、熱い熱い!!」
私も怪物と同じように手を体で包んで転げまわった。痛いんだよこれ!?
腕が…あぁーーー!!!
「はぁ…はぁ…もう、一発はやだ…。誰か起きて…。」
作れた時間は結局十分にも満たない。私じゃ…勝てない。
まさか力不足を体感することになるとは思わなかった。こんなにも強い力を手に入れたのに。
怪物はほとんど残っていないその体で叫び倒す。
「ガギャアアァアア!!!」
「くっそう……!!!」
もう、動けない。怪物は私めがけて一目散に走り、飛んできた。
死を覚悟した私は目を……いやいやいや、わかってたくせに。
「…ここで起きてくれなかったら、嫌いになってた。」
「そりゃ…死ぬより辛いわ。」
私の最愛の人が、怪物の攻撃を私から防いでいてくれたのだ。
だから好きなんだよ。単純なやつだって思われてもいい。
でもかっこいいじゃん、こういう場面を実際されたらさぁ…




