第四十四話 本気
…緊張が全身を走っていた。現在、クロニクルタワー最上階前の扉。前回は真正面から入っていたが、今日は別の入り口からの侵入となる。クラリタは俺の能力だけが目的だと、『レジデンス』の一人が言っていた。その通り、各階層は足止めや時間稼ぎなど本気で潰す気のないことが感じられた。『レジデンス』も見た感じで強そうなやつはシロと対面したあの男くらい。あいつは本気だった。
だがほかの、澄香やリハン。大きなガタイの良い男はそう言った気配を一切感じなかったのだ。ただ言われたことをやるだけ、みたいな。
そう言った事実が、俺を緊張させていた。つまりは、目的の俺には本気で来るという事だろう。当たり前だが、いや当たり前だからこそ俺は少し怯えていた。仲間がいないというのもある。このまま仲間を待つ、という選択肢だってあった。時間はまだあるし、アイツらなら後一時間もかからず上がってくるだろう。
でも、それだけはしてはいけないんだ。それでは俺はまだ『斎月ユラ』だ。
成れ、成りきれ。魔法使いに。
「よし、行くか。」
俺は気持ちを入れなおし、最後のドアを勢いよく開けた。
そこは一度招待された空間。三人の人物が俺を待っていた。
「斎月…!!すまねぇ…ワシの為に…。」
腕を縛り上げられている玲方さん。当たり前だが本は持っていない。第一持ってたらあんな縄すぐ切れるだろう。
「ホントに階段上ってきたんっすか!ご苦労様ー!」
翼の生えた、魔本を持つ知らない能力者。見たことがない。『レジデンス』の一人だったりするのだろうか。秘書は…もういないはずだ。
「やぁ、よく来たね。ユラ君。私は嬉しいよ、心から。」
そして、俺達『ノマド』を呼び出した張本人。フェルバル・クラリタ。こいつが化け物を町に放ち、玲方さんをとらえ…憶測ではあるが、いくつもの能力者を殺した極悪人。
「早く用件をすまそうか。じゃなきゃ大量の化け物が町に放たれてしまうからね。私の要求は言った通り、君の能力。『炎』をもらう事さ。」
「…要求はそうかもしれないが、目的は違うんだろ?」
「何が言いたい…?」
さっき、グラからのメールを見た。こいつは荒唐無稽だがやりかねないことをやろうとしている。
「世界を滅ぼす気だそうだな。お前。」
「…『レジデンス』の誰かが口を滑らしたか。あのゴミどもめ。どこまでも使えん。」
「まぁまぁクラリタさん、そうは言わないでくださいよ~。」
そう言って鳥人間はクラリタのご機嫌取りをする。ほんとにあいつ誰なんだ?
「お前は…?」
「あ、そうでしたね!ユラさんとは初めましてでした!僕は翼川千紘と言います!一応『レジデンス』リーダーをやってるっす。よろしくお願いします!」
礼儀正しく、リーダーは頭を下げて自己紹介してきた。こいつが『レジデンス』リーダー…?俺はなぜかすんなりと納得できた。あのうさん臭いが人に付け込める笑顔は癖のある『レジデンス』をまとめるのに最適な人材とはいえる。
「まぁ良い。私は今日機嫌が良いんだ。長年の願いが今叶うのだからね。さぁユラ君、能力を渡したまえ。何、簡単さ。お互い本を持ち、渡したい能力を頭の中で念じて『譲渡』は行われる。」
「…クラリタ、お前は俺が本気で能力を渡しに来るためにここに来ると思っていたのか?じゃなきゃこのリーダーさんをここに置く必要がない。」
「…そうだね。話が早くて助かるけど、最善としては何事もなく渡してもらいたかったんだけどな。」
「それで世界が滅びるなら渡すわけないだろ。」
「でもいいのかい?その結果ジェネシスシティや玲方さんを犠牲にしたとしても。」
クラリタはいつもの悪そうな笑顔を浮かべ、指先から黒い炎を出す。脅しのつもりなんだろうか。
「いいさ、世界が救えるなら。」
「ふむ…君はもう少し熱があると思っていたよ。千紘、出番だよ。」
「はいっす!ユラさん、さっき知り合ったばっかっすけど…。」
翼川は笑顔を消し、真顔になって…
「死んでもらいます。」
次の瞬間翼が大きく開き、大量の羽一本一本が飛んできて、俺を襲い掛かった。俺はとっさに大きく炎の壁を作り出す。それでも羽は炎の熱に燃えることなく貫通し俺を襲った。
「意味ないっすよ。僕の羽は鉄にすらヒビ入れますから。」
「当たればだろ。」
炎の壁は防ぐ目的で作ったんじゃない。俺の姿が見えなくなるよう目くらましの目的で張ったのだ。おかげで翼川は俺の居場所を見失う。壁を作った瞬間に俺は…
「【ブラスト】」
「な、何!?」
俺は空を飛んで、炎の直線を放った。
「ふっ、その程度の炎。僕の羽に傷一つ付きませんよ!」
翼川の言った通り、俺の放った炎は貫通どころか焦げた跡も作らず防ぎ切られた。
「…めんどくさいな。」
「それはこっちのセリフですよ、ねぇ?クラリタさん。」
「良いから千紘、さっさと本気でやれ。私はもう待ちくたびれたんだ。12時ではなく11時にすればよかったな…。」
クラリタはさも、翼川が勝つことが当たり前と言った様子だ。なめられたもんだな。
「じゃあユラさん、ここからは本気で…」
「【バースト】」
俺は翼川の頑強な羽ごと、速度と炎の火力で殴り切った。
「かっ…!?何…を…?」
翼川は何が起こったかすらも理解できず、膝から崩れ落ちて倒れた。すると不思議なことに生まれたときから生えていたように見えていた翼が綺麗になくなっていく。能力と言うものは人種まで変えてしまうのかと思ったのだが、所詮後付けの力。木が落ちれば能力も落ちる。
「まぁそうだろうな。ユラ君、何をしたんだい今?」
「…教えるギリはねぇ。」
「そりゃそうだ。」
【バースト】は、最初期に冬矢と考えた二つ目の技。一瞬にして高速を作れる【ブースト】がゲームで言うスキルだとすれば、【バースト】は必殺技だ。アムのような肉体強化+身体燃焼+【バースト】の速度を常に維持できる。その代わり【バースト】を使うのには事前に身体をあっためなければいけない。ここで戦う事はわかり切っていたので俺は階段を昇る際、体内を炎で温めていた。よってこうして最初から使えたという事だ。
「斎月…お前強くなったな。」
「師匠、すぐ助けるから待っててれ」
「おやおや、自信いっぱいで。それじゃあやろうか。どうせ千紘が負けることは目に見えていた。能力の時点で負けているのにもかかわらず、努力もなく戦闘の才能もない。そりゃ負けるだろうさ。使えない、まさにゴ…」
俺は我慢できず高速でクラリタをぶん殴りに行った。翼川には見えていなかったこの速度、クラリタは容易に避けた。
「上がそんなんだから、下もそうなるんだろ。社長さん。」
「違うね。上が高すぎる場合、下は諦めてしまうのさ。困ったものだよ。」
まるで自分の才能が良すぎて仕方ないとでも言うかのように首をふり、やれやれと言うクラリタ。仲間、と言う響きの良いものではなくても『レジデンス』は味方ではあるはずだ。その味方をそんな言い方するクラリタが、俺は許せなかった。
「クラリタ、お前はどうしてそんな人間になった?能力によってそこまでねじ曲がったのか?野間さんが言ってた。昔は野心あふれるいい人だったと。」
「昔の私が今の私より優れているというのかい?バカバカしい…。過去の私など捨てた!今の私が作る未来は過去の私に作れるものなんかではないんだよ!!」
クラリタは黒い炎を全身に纏い、完全に攻撃体制だ。俺も【バースト】は解かないまま、玲方さんからもらった刀をクラリタに構える。『ノマド』の絶対ルール、殺さない。それを俺は今守れそうになかった。
「【アビスファントム】!!」
「【炎流 風桜】」
クラリタは部屋中に黒い炎の球体を作り出すが、俺はすぐに刀で振り切る。だがあまりにも多いその炎を全て切る事はできなかった。いくつかは余ってしまう。
「燃えるが良い。」
「もう十分燃えてる。」
残った球体は俺めがけて爆発しながら集まってきた。俺は炎の壁を作り出し防ぐ…つもりだったが流石に一個が高威力すぎた。俺は攻撃を少し喰らってしまった。
「…お前の黒い炎は俺を傷つけられるのか。」
「まぁね。同じ炎の能力でも油と水。両者相容れないものなのだろうよ。さぁお話は終わりだ。」
今度はクラリタは勢いよく俺に走ってくる。この単純な行動…まさかそのまま殴ったりするわけもないだろう。
「【ドグマプリズム】!!」
「なっ!?」
次の瞬間クラリタの分身が二人…三人…七人にまで現れた。全て炎で作られている…。分身だからって攻撃を喰らわないわけではない!
俺は多方向から一度に攻撃を喰らった。流石に捌けないし、その一発一発の火力をなめていた。
「ぐっ…【炎龍の舞】!!」
広範囲の対複数人技。俺は黒い分身を全て切り刻んだ。…そこにクラリタの姿はなかった。
「上さ。」
「マジかっ!」
「【プロミネンスレイン】!」
上から大きく、大量の炎が降り注ぐ。なんとか避け、たまに切って俺はどうにか功を成した。が…すでにかなり動いている。前の俺ならすでに疲れていただろう。
「ふぅ…やっぱり一筋縄ではいかないな。」
「おや?意外と余裕そうだね。」
「まぁな。お前より遥かに強い能力者と訓練してんだよこっちは。」
「…?まぁ良い。このままじゃ決着が付かん。終わりにしよう。」
そう言ったクラリタの姿が一瞬にして消えた。比喩ではない。本当にいなくなったのだ。どこへ…?
「後ろさ。」
「は?」
声と同時に俺は後ろから炎を直にくらった。あっっっつい!!!
ダメだダメだ…顔に出すな。焦った瞬間に負ける。確かにクラリタより強い能力者…グラと訓練をしたがしっかり強いぞこいつ…。確実に俺を殺す気で来てる。
「それ…『瞬間移動』だな。」
「…知っていたのかい。」
「あぁ、お前が殺した四人。その一人は物や人を一瞬にしてありとあらゆる場所に移動させる手品をしていたらしいな。まぁ少しの距離なら本物のマジシャンならやりかねないが、流石に一分で北海道と沖縄を行き来するマジシャンはいないだろう。」
「そうそう。バレバレだったよ、彼女は。いやぁ思い出すね。あの最後の顔。逃げられてしまうから気づかれる前に殺したのさ。笑顔のままね。」
…この野郎。
「【炎流二閃 大炎斬】」
刀に大きく炎をかぶせるこの技。範囲と火力にすべてを費やすため、速度が落ちるのだが【ブースト】でその弱点を無くした。
「やけになっても私には勝てないよ。【ラジカルクロニクル】」
何の能力か、俺の炎の剣は時間に取り残されたように一瞬止まった。だがほんとに一瞬。その一瞬は瞬間を生み出す。
「【ヴァルキリークロウ】!!」
瞬間移動したクラリタの、黒い炎の爪が俺を襲った。
俺の目の前は、赤い液体が飛び交った。
…マズイな。勝てないかもしれない。
俺はそう思わないようにしながらも、考えてしまっていた。




