第四十三話 兵器
私はかっこよく、ポーズを決め言い放った。
「はぁ…わ、私が…君の相手を…ふぅ…するからな!覚悟しとけ!」
「…」
彼の顔は岩なんじゃないかというほど変わらない無表情だったのに、私がそう言った瞬間呆れたような顔をして、すぐ情けをかけるような顔へとなった。私今敵から同情されてる?
「……行くぞ。」
「え?」
彼はそれだけ言うと、床に片手を置く。そうして…
「ふっ!!!」
意気込んだ瞬間床から尖りに尖った岩が羅列しながら現れ、私のところまでは蔓延ってきた。能力は『岩』か。
「ちょちょちょ!!??」
私は冷静にその岩を避ける。水を放ちその圧で自分の体を押した。流石に岩は普通の水で防げない。炎だったらなぁ…。私の相手がユラだったら圧勝なのに。だが私は『ノマド』の最終兵器。この程度で弱音は吐けない。
「む…無理だろうこれは…。」
さっきから意思とは違った行動が素で出てしまう。困ったものだ。私がどう対処しようか悩んでいると、彼が話しかけてきた。会話なんて大嫌いみたいな雰囲気をかもしだしていたのに。
「能力を置いて行ったら、逃がしてやる。」
「ははっ…私が逃げると思うのかい?この能力は仲間を助けるための力なのさ。おいそれと渡すわけにはいかないね。」
「そうか。じゃあ続けよう。」
彼は手のひらをまた床につけなおす。ただし今度は両手だ。それはすなわち単純にさっきの攻撃が二倍の面積で襲ってくるという事を表していた。
「ちょっ!あぶなっ!?」
なんとか水圧の力で四方八方に避けるが、相手の攻撃もまた四方八方から飛んでくる。これは…避けようがない。
ついに私は攻撃を足にくらってしまった。
「くっ…。」
「終わりだ。」
容赦なく、尖りに尖った岩は私を串刺そうと襲い掛かってきた。
…仕方ない。ちゃんとやろうか。
「【水簾噴出斬】」
「…!?」
私は手のひらを襲いかかってきた岩に向かって向けて、超高密度の水を超スピードで放つ。水はつかめないほど流動性があるが、その速度、圧力を上げることによってさまざまな物質を切れる最強の斬撃にもなるのだ。
私が放った水は…いや、斬撃はいとも簡単に岩を切断していき、能力者本人を襲う。だが相手だって突っ立っていてくれるわけではない。
「はっ!!」
「うーむ。まぁ威力は落ちているものな…。」
岩の能力者は地面からかなり厚い岩の壁を作り出し、私の攻撃をいとも簡単に防いだ。あの厚さも切断できないわけではないのだが、たどり着くまでにかなり威力を削られてしまった。だから防がれたのだ。
なら答えは簡単だ。
「さぁさぁ、連続で行くぞ!」
「ぐ…」
私は彼に攻撃の隙を与えず何度も攻撃を繰り返した。形勢逆転だ。岩の壁をドーム状に作り出し、全力で防御に周った相手に対し、私は空間中にいくつもの水の玉を作り出し、それを中継点としてその水からも【水簾噴出斬】を放たせる。こうすることにより360度全方面からの攻撃を可能にできる。岩の能力ではなければすぐに勝てていただろう。
「それでも…時間の問題じゃないのかい?」
ドームの岩はどんどん崩れていき、ついには崩壊させることに成功した。あとは死なない程度に中の能力者を倒せば…
「ふっ!!」
「…!!」
崩壊した瞬間、彼は小さな、だけども強力な岩の欠片を私目掛けて放ってきた。その攻撃を認識したのは…傷を負ってからだった。
「くっ…や…やるじゃないか…。だけど、君も終わりだ!」
「…そうらしい。」
私と彼はほぼ同時に膝をついた。彼は頭、胴体、左足に切り傷。私は足に擦り傷、そして銃弾に打たれたように胴体に一発。ケガの具合はトントンと言ったところか?いや流石に体内に攻撃を受けた私の方が先に倒れる可能性がある…。
幸い攻撃自体は肩を貫通していた。私の周りは透明な水が流れ、肩からは赤い鮮血が流れだす。臓器などへの被害はないが…痛い。
「RPGじゃ水は回復能力だったりするはずなんだけどね…私にはあいにくないんだ。困ったな。」
「…俺の方が…有利だな。」
「そうかな?もう岩のドームを作るほどの体力は…いやありそうだね。でも同じ手は二度と喰らわないよ。」
私は空間中に張り巡らしていた水を集め、自分の周りにいくつもの薄い円状の小さな壁を作り出す。この壁は見た感じ普通の水なのだが触れた瞬間にその部位は切断される。高速で回っている液体は、肉眼では認知できない。
「引き分け…か。」
「おや?やけに引きが良いじゃないか。君のケガならまだやれると思うけど。」
「……俺は確実に勝てると思った時にしか攻めん。今の勝率はそっちの方若干高い。防戦一方で行かせていただく。」
そうして彼はまたドームを作る。だが今度は戦闘の気配を感じない。完全にこのまま時間稼ぎに入るつもりだろう。今のうちに上へ行ってもいいが、それには困ったことが二つある。一つは彼の戦闘の気はなくても緩めてはいない事。私が上に行こうとすれば後ろから攻撃をしてくるだろう。二つ目は昇ってくるアムとグラが危ない可能性。二人なら十分勝てるだろうが初見でのあの岩の弾丸は避けようがない。一応心配はする必要があるだろう。
そして何より痛くてここから動けん。さらにはもう階段を昇りたくないという強い意志まで私の足を封じていた。
よって私は…
「…仕方ない。待機!」
私はスマホを取り出し下の二人に連絡しようとして、グラからのメールに気付く。内容は…
[みんな!クラリタの目的は世界を滅ぼすんだって!気をつけてね!]
とだけ。とは言われましても…。どうしろと。方法もわからないのにどう気を付けというのだ。そうだ、聞いてみよう。わからないことは聞く。これは昔から変わらない。
「なぁ、岩君」
私は岩に話しかけだした。またユラ達に変人とか言われてしまうが、今回の場合は仕方ないだろう。だって質問相手岩の中だもん。仕方ない仕方ない。
しかし返事はない。しかばねではないはずなんだが…
「おーいいわくーん。」
「…岩島ロウだ。」
「え?」
「名前、岩島ロウだ。」
彼は…岩島君は岩の中から出てきてくれた。まだ警戒の意はなくしていないが、ケガが思ったより大きかったようだ。座り込んでしまっていた。
「…お前、強いな。」
突然の褒め。私は素直に照れてしまう。
「そ、そうかい?いやぁ照れちゃうね。」
「あぁ、お前まだ本気でやってないだろ。」
「…なんでそう思ったんだい。」
「肩を負傷して余裕そうだからだ。…俺の能力はさっき見たいにドームを作ったり足場から岩を生やしたり…。対能力者にはあまり強くない。だから、少し羨ましい。」
「意外だね。結構話すじゃないか。」
「…そう、思ったから口に出しただけだ。」
そうして岩島君は窓の方を眺め出した。もう話すことはないようだ。彼は人と話したりすることが苦手という訳ではないのか。あくまでも必要最低限のことだけをしようとする現実的人間。それゆえ、少しわかったことがある。
「…岩島君今何歳だい?」
「24だ。」
「岩島君、自分の事を自分で決めることが苦手だったりしないかい?」
「…!!」
岩のように無表情なその顔が、少し動いたような気がした。当たりのようだ。
「…どうしてそう思う。」
「答えてもいいけど、その前に聞きたいことがあるんだ。」
「言ってみろ。」
「さっき仲間からメールでクラリタが世界を滅ぼすつもりらしいんだけど…何か聞いているかい?」
「…知らない。が、魔本にそれと同じ情報があった気がする。少し待て。」
やけに協力的に岩島君は魔本をぺらぺらとめくり出した。
彼、中々やるな。
こんな時でも警戒は解いていない。だがそれでもこうも簡単に質問に答える意思をみせてくれるとは…。
やはり私の予想は当たっていた。『レジデンス』は不本意からクラリタの下に着いた能力者たちだという事を。私たちが人助けより仲間づくりを優先しておけば、今回のような事は起こらなかったかもしれない。助けられた能力者だって、いたかもしれないのに…。
「これだ。見に来い。」
「…すまない、私今歩けない。」
「それは俺もだ…。じゃあ口で伝える。『全の知を兼ねた全の能は起の力、変の力、魔の力、神の力故から成る。叶えば滅も敵わない。』。この内容はクラリタさんの本にも書いてあった。多分これだ。…だがすまない。意味はわからない。」
「そうか。なるほど…。」
最初の文はようやくすれば全知全能の力ということだろう。そしてその後の起、変、魔、神の力というのはその四つの力に該当した能力を集めろという事。叶えば滅びの力すらも敵わない…はそのままか。
この情報、もしかすれば能力の本質に触れている可能性がある。さらに調べたいところではあるが…今は戦いの最中、わかることと言えば…
「起の能力は…ユラの『炎』、そして化け物を生み出すゼンツだろうか。なぁ、岩島君。野間ゼンツ、クラリタの秘書の能力は知っているかい?」
彼はクラリタをさん付けしてはいるものの敬意も恩も感じていないようだった。こんな統率の取れていない組織、『ノマド』の敵ではなかったな。
利用してもっと情報を手に入れようと、そう思ったのだが…。
「これ以上は、俺の質問に答えてからだ。なんで俺が物事を自分で決められないと思った?」
やはり、彼に隙は無いな。
「おっと、すまない。それは簡単な話だよ。必要最低限しかやらない人間は、その先の未知の道へと進もうとしない。だからこそ、行動の先のメリットデメリットがわからない。それは立ち止まると同義なのさ。」
「…あんた、名前は。」
「私は水仙ドク。自己紹介が遅れたね。」
「ドクさん、あんた頭良いな。」
「君は素直に褒めてくれて、私好きだよ。」
「ありがとう。」
真顔でそう言われてしまった。感情表現も上手くないのだろう。そんな人間はクラリタのようなやつに操られても仕方ないと…言えてしまうか。申し訳ないが。
今後はいっしょに『ノマド』で活動してもらおう。尚更早くクラリタを倒さねば。
時間を確認すると現在は10時。制限時間の12時までは後2時間もある。
秘書の情報は、あとでも問題ないだろう。
「まだ私をここで足止めるかい?」
「…良いが、一つ条件がある。ドクさんの本気が見たい。」
「いいよ。私も少し不完全燃焼だったから。」
彼はさっそく的となる大きな岩を私の目の前に作ってくれた。
私は足のケガのせいで立てないので、座りながら手のひらをその岩に向ける。
ギャラリーのいる中、こうして力を見せられるなんて。研究者冥利に尽きるな。
「【超臨界流体爆発】」
私の手のひらから、液体と気体の中間の水が放たれる。
それは、液体としての流動性に気体としての拡散力が混ぜ合わされた一撃。
小さい範囲で、核爆弾ほどの威力を持つ。
「…何が…」
「これが、私が『ノマド』の秘密兵器と言われる所以さ。」」
岩は、一瞬にして消滅した。残骸も音も残さず、元々何もなかったかのように。
『水』
それは証拠を残さず、ありとあらゆることを可能とする最強の兵器だった。
「それじゃ私は休ませてもらうよ。もう限界だ。」
「上に行くんじゃなかったのか?」
「無理無理。こんな足じゃね。仲間が危険にさらされないとわかったなら、私は助けを待つだけさ。」
私は寝っ転がった。あー早くラボのベットで寝たい。
…あ、私ベットなかったわ。
私は平気なふりして痛みを我慢して目を閉じ、かっこつけて寝る。
その全てが、私の人生だ。




