第三十九話 襲撃
最初に来た時から威圧を感じていたこのジェネシスシティ中を見渡せるくらい高い建物。クロニクルタワー。
「…なんか前来たときより人気が無いな。」
「一斉解雇したらしいし、こうもなるだろう。」
俺たちはその人気のないタワー内へと入る。
「…?シロどうしたの?」
「ちょっと…こわい。」
「留守番でも良かったんだぜ?シロ。」
「…いや…行く。」
シロにとってはあまりいい場所とは言えないだろう。なんせ監禁されて実験体として扱われていたのだから。それでもシロは一緒に行くと聞かなかった。シロなりに、清算しようとしているのだろう。きっとその原動力自体、シロは完全に理解していない。ただ自分を苦しめた場所は破壊してやろうという単純な、けれども硬い決意の上着いてきたいと言ってきたんだと勝手に思っている。
俺達が入ると、ガランとして殺風景な空間が広がっていた。前来たときは人が混雑しており、どこをみてもみんな働きつくしていたのに…。
このままエレベーターの乗ろうかと考えているとクラリタの声が響きだす。
[やぁやぁ諸君。良く来てくれたね。我が野間君は最後の秘書としての仕事をしっかり全うしてくれたようで何よりだ。]
やけに余裕そうなクラリタの声。五千もの化け物をいつでも放てるアイツにとっては怖いものがないのだろう。
「おう、来てやったぞ。…ってかこれ俺たちの声はそっちに聞こえるのか?」
[あぁ、聞こえてるとも。元秘書の様子はどうだったかな?]
「さっぱりと吹っ切れた様子だった。お前の事は悔いだったみたいだぜ。」
[…そうか。やはり一撃殴っておけばよかったよ。]
その声を聞いてグラが声の出どころであるスピーカーを壊そうとする。俺はすぐに止めた。まだ話してもらわなきゃ困る。
「…壊したい。」
「我慢してくれ、後で散々本人痛めればいいから。」
「むぅ。」
グラは人を傷つける者、物に敏感だ。何か理由があるレベルに。過去を聞こうとはしなかった。過去よりも今の笑顔を見ていたかったから。
[はっはっは、『ノマド』は野蛮だね。それじゃあ諸君、一応取引の話と行こうじゃないか。]
「大方、私たちの能力が目的だろう。お前の事については隅々調べさせてもらった。上手く隠していたが…私には警察の知り合いがいたのでね、結構簡単に全部わかったよ。クラリタ、お前少なくとも4人はその手で殺しているだろう?」
博士は元々クラリタについて調べていたようだった。表面上ではなく、裏を。その結果四人の能力者を殺していることがわかったらしい。どこからそんなの…と思って聞いてみたが、知らないほうが得だと言われてしまった。
[…粗いね、その程度で私について調べたつもりなのかい?笑わせる…。まぁいい、君たちが私のところまで辿り着ければ詳しく話してやろう。
ご褒美ってやつさ。
そして…取引の件だが、確かに諸君の能力が目的だ。だがそう簡単に渡してくれないことくらいサルでもわかるね。だから私は君たちのやる気が出るよういくつか設定を加えさせてもらったよ。]
こいつ…ゲーム感覚だな。自分が挑戦される側だと心で思えばそこには余裕が生まれるものだ。自分は絶対にやられないという根拠のない自信によって。
[一つは、五千体の化け物についてだ。野間君がいたらこんなことする必要はなかったんだけどね。化け物は12時を過ぎると自動的にジェネシスシティ各地に出没するようになっているんだ。野間君、私に命令権渡したとか言って全然嘘だったから。ほんと最後まで困った秘書だよ。]
12時…博士は俺達に手のサインで9と表す。今は9時ということだ。制限時間は三時間か…。きっとクラリタがその自動的に出没する装置か何かの停止ボタンを持っているはず。
[まだあるよ。私はエンターテイナーだからね。もう一つサプライズを用意したんだ。]
そこで一度クラリタが去った気配がした。そうしてすぐに戻ってきた。俺の恩人と一緒に。
[す…すまねぇ、斎月。こんなやつを信じたワシがバカだった。」
「玲方さん!?」
そうか、玲方さんも能力者だ…!くそ、もっと早く気づけただろ。あんな優秀な能力クラリタが見逃すはずもないのに…。
それにあいつ玲方さんの病院も知っていたじゃないか。
[と、いうことなんだよ。言わなくてもわかるだろう?能力を渡さなければ玲方加崎の能力は命ごともらうよ。]
「人質とか、弱いやつがやることじゃん。弱い者いじめはヤだなぁ。」
「相棒の師匠だろ?絶対助けんぞ!!」
[いやぁ諸君がやる気を持ってくれてよかったよ。エレベーターはもちろん使えないから、階段を使って登ってきてくれ。非常階段はまっすぐつながっている訳じゃない。いちいちその階を歩いてきてもらうことになるが…まぁ頑張ってくれ。それじゃあ待っているよ。]
そこでクラリタの声は途切れた。俺たちは一度顔を合わせる。
「あと三時間、お相手は私たちが急ぐ理由を沢山用意してくれたようで何よりだ。」
「人質がいなきゃなぁ…私がタワーごと吹き飛ばすのに。」
「アレ使う気だったのかよ…。危なすぎるぜ。」
「とりあえず、行くか。」
俺たちの意思はとっくに決まっている。非常階段を使って上に上がっていった。会談で俺達を疲れさせるのが目的だろうか。
「階段長い…。」
「こんなので疲れてらんないよ、博士。ほらほら、ファイト。」
「博士外出ないからなぁ…。」
「う、うるさい!グラが飛ばしてくれたらいいじゃないか!」
「疲れるから無理。」
「ぐぅ…。」
「シロが…おんぶする…?」
「流石に私にもプライドがある、三十代が小学生におんぶは辛い。」
とっくに敵の根城だというのにこいつらは呑気なもんである…。だがそれも理由がある。俺たちはちょっと強くなりすぎていた。厳密に言えばグラが。
まさか『空気』の能力が『ノマド』最強の能力と化すとは思いもしなかった。
「あ、二階着いた。」
ぐんぐん上っていったグラが二階の扉を開く。
そこには、もう親の顔より見た化け物が敷き詰まっていた。こいつらは五千体には含まれていないんだろう。
こんな数を前に、俺たちは何の危機感も持たなかった。
「うわぁ…ここまで来るときもいね。よっと。」
グラは一斉に向かってくる化け物に向かって能力を発動する
次の瞬間、結構グロい音をして二階にいた化け物全てが一斉に潰れた。
「ははっ、圧巻だ。」
「数の暴力じゃグラすら止められないな。」
「よし、それじゃあ次行こー!」
「はぁ…俺の出番ないなこれ。」
俺たちは三階へと足を進めた。次もグラが最初に三階の非常扉を開く。
そこにはまた化け物。だが今回はなんだか様子が違った。今まで見てきたような歪な形をした化け物ではない。ちゃんと人型。物騒な武器を二つ構えてこちらを見ていた。
「わ、何あれ。やっていい?」
「待て待て、今度は俺にやらせ…」
グラとアムが言い合っている間にその強そうな化け物はとてつもない速度でこちらとの距離を縮めてきた。
「うわやべぇ!?」
アムがそう言い終わる前に、その化け物は俺達に届…かなかった。
シロがガラス窓向けてとんでもない轟音でその化け物蹴り飛ばしたからだ。
「…あそぶ…だめ。」
「うっ…だってグラが…。」
「アムが先に突っかかってきたんでしょ!」
「…つぎいく。」
シロは言い争ってる二人を置いて次の階への階段へと向かっていった。
「あ、ずるいぞシロ!」
「私が先!!」
足早に進むシロを二人は追いかけて行った。その様子を俺と博士は笑って眺める。
「こんなのが十階まで続くのか?」
「さぁね、ただこの調子じゃ意気込んだのも意味がなくなるかもしれないな。」
その後も階を登っていくと大量の化け物かちょっと強そうな個体の化け物がいるだけだった。散々トレーニングルームに籠っていたのに、少し残念だ。
「もう六階!博士、今何時?」
「今は9時半くらいだな。この調子なら12時までには余裕で着くよ。」
「よし、早く玲方さん助けよう!」
グラがそう言って六階の扉を開いた瞬間だった。グラの首元にきらりと光る刃物が現れる。
俺はすぐにグラを引っ張った。どうやらチュートリアルは終わったらしい。
「ん~残念。一人でもやれたらラクだったんだけどな~。」
部屋の中は少し見にくい程度に煙が充満していた。ようやく『レジデンス』のご登場のようだ。
「お前は確か…澄香だったか?」
「そだよ~。あたいの名前は遠藤澄香。ここで『ノマド』を一人だけ足止めしとけって言われたの。」
一人だけ…?一対一を望んでいるってことか。
「なるほどな…。でも俺達がそれに従う必要はないんじゃないか?」
「んー…?いやぁ…。」
次の瞬間俺の目の前にいくつかの刃物が飛んでくる。俺は一瞬にして腰にあった刀で弾いた。
「ここで苦労して全員で私を止めるより、一人おいていって確実に上に行く方が良いと思うけどねぇ。12時までなんだし。」
「俺達が苦労すると思うのか?」
「するする。だって…。」
次の瞬間、澄香は煙となって消えて、声だけ残して言った。
「私相手に全員
は逆に時間かかるでしょ~。」
「ユラ、まだ余裕があるとはいえ時間は限られてる。ここは一人残して行こう。問題は誰が残るかだが…。」
「はいはい、私!もう頭来た!私が倒す!」
「意気込んじゃってかわいい~。」
「絶対倒す。」
グラは若干自分を可愛く見せがちである。無意識かはわからないが、とりあえず今のグラはガチで怒ってるときのグラだ。
「おい、博士行くぞ。意見出したら逆に俺達が危ない。」
「そうだな…。グラの能力じゃすぐ終わるだろうし、行こうか。」
「みんな、すぐ追いつくからね!」
そして俺たちはグラを置いて次の階へと向かった。澄香は本当にグラを置いていくと分かると俺たちには完全無視を決めた。『レジデンス』は契約通りの事しかしないとクラリタが言っていたが、本当にその通りなんだな…。
「ちょっと…しんぱい。」
「大丈夫だシロ。グラが負けるわけない。」
「いや…すみかが。」
「あ、そっちね…。」
「俺もグラとは戦いたくねぇな…。」
正直俺達もそっち側だった。昨日の一日。グラだけ本当に別人レベルで強くなったのだ。俺とアム二人がかりで勝てなかったほどにだ。流石に黒い炎は使わなかったが。
俺たちはあの力を侮りすぎたんだ。いや侮っていたわけではないか。ただそこまで重視していなかっただけ。バグによって生まれるエネルギーを。下から聞こえる轟音がその威力を知らしめてくる。
俺たちは七階に到着した。この調子だと他の『レジデンス』がいそうだ。さっきのように扉を開いた瞬間に襲ってくるかもしれないので俺たちは戦闘体制で扉を開いた。そこには…
「………お、ようやく来ましたか。やれやれ、流石に三十五分では論文の半分も行きませんでしたね。」
やけに賢そうな子供が椅子に座り、ペンを走らせていた。見ただけでなんかわかるくらい頭よさそうな雰囲気だった。流石にシロよりは少し年上か?
「にしても…『ノマド』にはそんな小学生までいるんですか?少し敵として不安ですね…。」
「いやお前も子供だろ…。お前も『レジデンス』か?」
「はい、僕は葉島リハンというものです。あと僕は中学生ですから。」
正直そこまで見る目が変わりはしない。
「…葉島リハン。少し前に天才小学生とか言われて大人たちに担がれていた子供だ。ただ中学になってからその名は聞かなくなったが…まさかクラリタの元にいたとは。」
「博士知ってるのか。」
「おや、僕の名前は水仙ドクさんの耳にまで届いていたんですか?これは光栄ですね。」
「私はそう言った情報が知り合いからよく届くもんでね。で、君もここで一人足止めをするのか?」
「はい、そのつもりですが…空理グラさんはいないんですね。少し残念です。僕は彼女の能力が一番欲しかったのですが。」
「…どういうことだ?」
「澄香さん話していないんですか?全くあの人は…。クラリタ様は斎月ユラさん、あなたの能力にしか興味ないんですよ。だからそれ以外の能力者の能力は好きに奪っていいと言われているんです。」
俺の能力だけを狙っている…?他のみんなの能力はついでって訳か。
「なんで俺の能力だけを…。」
「さぁ、それは知りません。それで、誰が残ってくれるんですか?」
「ここは私にやらせてもらおうか。同じ天才としてこの手で…
「待て。」
やる気満々の博士をアムが止める。
「俺がやる。」
「理由を聞こうか。」
「あいつは気に食わん。あのガキの目は生まれてから何不自由なく過ごしてきてそのことを得意げに感じている目だ。あいつは昔の俺たちのような底辺を人間に思っていない。」
「それなら私もぶん殴りってやりたいが、まぁ今回は譲ろうか。多分アムの方が痛いだろうしね。」
「サンキューだぜ、博士。シロもいいか。」
「うん」
「てことで、リハンとか言ったか。俺とやってもらうぜ?」
「『闇』の能力…まぁいいでしょう。じゃあその他三名はどうぞ八階へ。」
リハンの手の向く方向には、次の階への階段があった。俺たちはアムを置いて次の階へと進んだ。さっきから仲間を置いて行っているがなんも不安がない。俺が薄情な人間ではないとすれば、これはきっと仲間の強さを知っているからだろう。
「次は八階か…ふっ、私の足がもう限界だと叫んでいる。」
「おいおい博士…まだ戦ってもないんだから。」
「はかせ…あしこし…ひんじゃく」
「ひ、貧弱!?どこでそんな言葉覚えたんだシロよ…。」
二人いなくなってもまだまだ『ノマド』は騒がしい。そして博士の重い足を待ちながらついに八階へとたどり着いた。現在時刻は9時45分。時間に余裕はある。
「…ぜぇ…はぁ…」
「博士、これ終わったらアムと一緒に身体動かせば?」
「そうしよう…。ふぅ、よし、もう開けていいぞ。」
博士の息が落ち着いてから、俺たちは八階の扉を開いた。
部屋には六階、七階と同じように能力者らしき人物が佇んでいた。
だがその姿は今までも者とは違く、まるで置物のように動かなかった。
更には…
「でかい…。」
「そうだな…二メートルはありそうだ。」
俺たちに気付いたそいつは、瞼すら重そうな雰囲気で言葉を発し始めた。
「…炎以外の誰か一人を置いて行け。」
そいつは自己紹介もせず、俺の事を指さして言った。こいつはどうやらそこまでおしゃべりではないようだ。
「どうする?シロか博士か…。」
「…私もう階段昇りたくない。」
「…まぁそうだな。博士に任せるか。あの大男と博士を戦らせるのは少し不安だけど。」
「ふっ、『ノマド』の最終兵器をなめるなよ?」
「…決まったならさっさと次の階に行け。」
「はいはい、君の相手は私だよ。ほらユラ、シロ。早く行きたまえ。」
博士はさっきまでぜぇぜぇ言っていた割にはかっこよく俺たちを次の階へと送った。
少し博士についてわかったことがある。この人『ノマド』以外の人間がいる前では見栄を張りがちなのである。多分俺達には素で対応しているんだと思う。
信頼されているって事なのだろう。
「ついに二人だな、シロ。」
「うん…つぎ、九?」
「あぁ、次の相手には嫌でも対応してもらうことになる。」
「だれでも…やる!」
「ははっ、その意気だ。」
シロとは本心で会話できるからとても楽だ。多分最後誰がここで残っていても、俺は安心してクラリタの元へと行けただろう。
九階、ここにいる相手が誰であろうと、シロなら勝てる。
「…シロ準備はOKか?」
「うん…いいよ。」
扉が開くたびに、緊張が増していく。俺はその扉を開く手が止まってしまった。
すると、その手にシロも手のひらを重ねてくれた。
「…悪いな。」
「うん、行こ。」




