第三十話 慢心
俺は前にクラリタからもらったカードキーを使い、クロニクルタワー内に入る。まだ時間は17時。結構中には人がいて、みんな世話しなく働いている。電話対応してるものや机にかじりつく勢いでPCを使っているもの。こんなに人がいるのに人手不足とは…クラリタは何をしているんだろうか。ジェネシスシティにはこことは違う場所に市役所がある。前からこの建物の役割が気になってたのだが、今日聞くことはできるのだろうか。てかアポも取らずに勝手に入り込んで大丈夫かな…。今さらなのだけども。
俺は前来た時と同じようにエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押した。あの時は仲間と一緒だったため何とも思わなかった。けど今は違う。一人というのはどうしても不安に襲われてしまう。だがここでなんかしらの情報、もしくは協力を得られなければ万事休すだ。どんな不安も押しのけなければ。
チーン、とエレベーターは鳴り、最上階に着く。
「…おや、ユラ君じゃないか。こんな夜にお一人で何用かな?」
そこには書類を両手に持ち、一目見ただけで忙しそうなクラリタがいた。一度来た時にはいた秘書さんがいない。業務時間外だからだろうか。確かにあの人は残業とかやらなそうな雰囲気ではある。時間厳守、みたいな。アムの言っていたこともあるし秘書さんからも話を聞きたかったのだがな…。
「クラリタ、今日は聞きたいことがあってきた。」
「ふむ…良いだろう。本来アポも取らず入ってきたものはさっさとお帰り願うんだけどね。君は特別だから。」
その時のクラリタの目に、俺は何らかの感情を抱く。その正体はわからない。
「座るかい?あいにく野間君がいないから正確なおもてなしができないのだが。」
「いいさ、このままで。」
「そうか。それで、聞きたいことというのは?」
「クラリタ、最近ジェネシスシティに出現している化け物の事、知っているだろう。」
俺がそういうとクラリタは少しの間黙った。多分五秒程度のものだと思う。だが今の俺にはそれが一分ほどに感じる。緊張をしているからだろうか。
「知っているさ、もちろん。神出鬼没で何度倒しても再生し、おまけに少しならこちらの技を学習しその攻撃を劣化とは言え使ってくる。」
「そこまで知ってるのか…。」
「あぁ。その化け物を君たち『ノマド』が苦労して討伐しているのも知っている。」
「お前はあの化け物を知って何の対応もしない。それはなぜだ?」
「聞きたいのはそのことか。…君たちもこのところあの化け物と戦っていればわかると思うのだが、夜には出現しないだろう?」
「まぁ…そうだな。なぜかあいつらは日が沈むと出てこない…。」
博士とそのことについて話したが、あまりいい結論は手に入らなかった。アムは明るくないところでは生きられないんじゃないか、と話していたが一度真っ暗な廃墟に数体いたことがあるから光の有無は関係ないという事になり、話は平行線のまま終わっていた。
「それはね、夜は『レジデンス』が倒しているからだよ。私だってこの町の責任者であり創設者だ。ほっておく訳がないだろう。」
「そうだったのか…。」
違和感。その時の俺はその程度にしか思わなかった。
「私たちの方でも全力であの化け物について調べている。何かわかったら連絡しよう。今日はもう遅い。あの化け物は夜にも現れるんだから気を付けて帰りなよ。」
「…まだ話は終わっていない。そっちの能力について知りたい。」
「それは私たちを信用していないということかな?」
「そうだ。信用していない。」
「まぁ確かにする理由もないね…。だが『レジデンス』の者たちは自分たちの情報を公開させるのを嫌がるんだ。だから私の口から彼らの能力について話すのは契約で禁止している。今日は私の能力だけで許してくれ。ただ一つ誓うよ。彼ら『レジデンス』は化け物を作るような能力は持っていない。私だって一度確認したが、問題はなかった。彼らの能力をどう工夫したってあんな化け物は生まれないよ。」
…ここはクラリタを信じる以外ないか。それ以外の選択肢を俺は持っていない。
「わかったよ。そこまで言われたら信じる。それで、あんたの能力はなんなんだ?」
「私の能力はこれさ。」
クラリタは指の先から俺と同じように炎を出した。だが俺の炎とは決定的に違うところがある。色が黒いのだ。
「それは…俺の能力と同じ?」
「…そうみても良いだろうね。私が君を特別と言ったのはこれが理由だよ。同じような力。何かつながりのようなものがあると思ったのさ。無くても、少しばかり親近感があるだろう?」
「なるほど…。」
同じ能力…でもなんで色が違うんだ?ややこしくならないため?そんな俺らに配慮するような事…。だが本には同じ能力を持つものが存在しないなんて書かれていなかった。クラリタの言う通りただの似た能力なのか。
「これで満足かな。」
「あぁ、すまなかったな。疑って。仲間が待っているから俺はもう行くよ。」
「うん、次は他のみんなを連れてくると良い。見ての通り仕事に追われていてね。君たちが来てくれるといい気分転換になるのさ。」
クラリタは困ったような顔で持っていた紙をひらひらと動かす。その近くにもいくつかの書類がかなりの数積まれているので本当に忙しそうだ。
「秘書さんにやらせないのか?それか部下とか。」
「仕事の中には私しか対応できないものもあるし…それにあの秘書。業務時間外になるとすぐ帰っちゃうのさ。リアタイで推しが出るドラマを見たいんだってさ。困ったものだよ。給料減らそうかな、なんて。」
そう言ってクラリタは笑う。この人も笑うんだな。
「でもあんな秘書らしい人ほかにいないんじゃないか。」
「ははっ、そうだね。見た目は百点さ。能力者だから、というのは除いても彼女が優秀だよ。雇っていて良かった。」
「…それじゃあ俺は帰るよ。またいつか。」
「あぁ、いつでも待っているよ。」
俺はエレベーターに乗り込んだ。手を振るクラリタがエレベーターのドアで遮断されていくのを最後に俺は下に下がっていく。
ーーー
クロニクルタワー、最上階
「…クラリタ様。」
「もういいよ出てきて。わざわざ隠れさせてすまないね。」
「いえ、問題ありません。ただ私には推しなるものもいませんしドラマを見る趣味もありません。」
「悪かったよ。誤魔化すには適当いうしかないんだ。まだ彼に、君の能力を知られるわけにはいかないからね。」
さっきの温厚そうな雰囲気は消え、何を企んでいるかわからない、夜の顔へとクラリタは表情を変えていた。その笑顔だけは変えずに。
「いつまでこの計画を続けるんですか?斎月様がクラリタ様より強くなるなんてことがありましたら、この計画は一気に…。」
ガンッ!と勢いよくクラリタは机をたたいた。怒りからのその行動とは裏腹に、表情は笑ったままだった。」
「野間君。そんなことは一切あり得ないんだよ。二度と口に出さないように。いいね?私があんなガキに負けるわけないだろうが。」
「…失礼しました。」
「わかったらいいのさ。謝っている人間をさらに責める趣味はない。」
秘書は間違えた、とまるでゲームで選択肢をミスった時のような表情で頭を下げたまま固まる。心から謝ることはこの秘書には絶対にない。
その時、秘書のスマホが鳴る。
「…?すみません。」
「いいさ、もう業務時間外だからね。」
秘書はスマホを耳に当て、数回返事をしてすぐに切った。その顔は珍しく焦っているような顔で、その様子をクラリタは物珍しそうに眺める。
「どうしたんだい?珍しいじゃないか。君が狼狽えるなんて…。」
「それが…どうやらRが実験収容所から脱走したらしく…。現在、捜索中の事で…。」
「…はっはっはっは!あぁー…ついに私のシナリオにないことが起きたか。Rは今どこにいるかわかるか。」
「場所は北の森近く、『ノマド』所属のアム様と戦闘しているようです。」
「何?それはまずい。アム君なら勝ててしまうかもしれないな…。それは困る。…わかった、私が行こう。君はこの白紙の紙を下のオフィスに戻しておいてくれ。頼んだよ。」
そう言ってクラリタは秘書の横を通ってエレベーターで降りて行った。秘書は言われた通り、その両面白紙の紙を片付けにかかる。
秘書は一人しかいない空間で、ぽつんと声を落とした。
「…あなたに仕事なんて、ないでしょうに。」
ーーー
一つ、確信した。
「…クラリタはこの件に関して何も焦っていない。」
話しているのを聞いてわかった。なんの対策もする気がないのだ。まるでこのまま自然消滅を待つかのような、そんな消極的な思考。クラリタはそんなやつだろうか?この町を大切に思っているという気持ちは俺と本当に同じなのか…?
俺はエレベーターから出て、出口へと向かう。その際、やけに建物内がさっきより騒がしかった。さっきの忙しい感じではなく、何か焦っているような雰囲気だ。何かあったのだろうか?耳を澄ましても騒がしすぎて何を言ってるか全く聞き取れない。
単語だけ区切って少しだけわかる程度だ。
「脱出…要…けい、けい…警戒?」
だめだわからん。俺バカだからわからん。
まぁよそのお話だ。気にせず拠点へと帰ろうとクロニクルタワーから出ると、上から見覚えのある人物が現れた。上から、という時点でもう名指ししているようなものなのだが。その人物はやけに息を切らして俺の前によろよろと降り立った。何かあったのだろうか?
「グラ?どうした。」
「はぁ…はぁ…大変なの。ユラ君…。」
「落ち着け。少しずつでいいから。」
グラの様子が明らかにおかしい。なんだ?化け物関連の話…とは思うのだが。
とりあえずグラの息が整うまで俺は待った。結局グラ無理してないか?これは…もうどうしようもないのではなかろうか。この子どうしても無理しちゃうじゃん。縛り付けても気づいたら空を飛んでいて、次見ると人助けしてそう。
そんなくだらないことを考えていたらグラの口が開いた。
「それが…なんか変な獣?みたいな…。化け物とは違うんだけど…。なんかいるの!」
「おぉおぉ…まだ落ち着いてないな…。その…獣?がどうしたんだよ。」
「森で暴れ出してて…最初はそのあたりを通りかかった市民の人から連絡があったの。博士の元に。何かが木をどんどん倒していっている、って。」
「んー…話が見えてこないな。」
何かが暴れて森を荒らしている…のか。それは確かに阻止しなきゃだが…目的がわからないな。
「で、今アムが向かったの…ってこんな話してる場合じゃないや!ユラ君飛べる!?」
「おぉ!?飛べるが…そんな急ぐ必要があるのか!?アムが行ったんだろ?」
「そのアムが防戦一方で負けそうなの!」
「はぁ!?」
アムが負けそう?想像もできない…。それ俺が行って勝てるのだろうか。ステージ1ですよ私まだ。
そんなことも言ってられないので俺はグラに手を引っ張られながら空を飛んでいく。
「なんかグラ速くなったか?飛ぶ速度。」
「え、そう?…確かにちょっと速くなってるかも。ステージ2のおかげかな。」
「あぁ、俺今【ブースト】まで使ってやっとついていってるレベルだ。」
「早く言ってよ!無理させてるじゃん!」
グラは速度を少し下げ、俺の速度に合わせてくれた。
「無理してた人に言われたくないね。アムがピンチなんだろ。速度落とさなくていい。急ぐぞ。」
「うっ…もう無理しないよ…。博士にも口を酸っぱくして言われたからもうこりてる!じゃあ、度手加減しないよ。着いてきてね?」
するとグラはさっきよりも数倍速く空を飛びだした。最初の速度もまだ全力じゃなかったんだ…。
俺は急いで【ブースト】を使いグラに追いつこうとしながら進んだ。…結局目的地に着くまで追いつくことはなかったのだが。
着くとそこは…俺の想像より荒れた森があった。木が倒されるだって?地面事えぐれているんじゃないか…。
俺はその時、奥にいる者に気付いた。そこには何かに首を絞められているアムがいた。




