第二十六話 未知
今日も特に異常は…ないかな。私はいつもの通り空を飛んで町の様子を確認する。最近はユラ君も飛べるようになってきたから私の見る範囲は大分狭まった。ちゃんと見る場所を決めているわけではないのだが、ある程度国中を見れるくらいは飛んでいたから人数が増えただけで十分ラクだ。その分さぼれる。
「…あ、おばあさんが重たい荷物持ってる。」
視力2.0ならかなり高く飛んでいても割と見える。私は下におりておばあさんに話しかけた。
「おばあちゃん大丈夫?重たくない?」
「おや…持ってくれるのかい?」
「うん、どこまで?」
「家の近くまでで良いよ。助かるね。」
そう言ってかなり重たい荷物を私は持った。能力で重さをちょっと誤魔化す。下から空圧で押せばいい。
「こっちよ。本当にありがとうねぇ。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。軽い軽い!」
「わぁ、ちからもちなのねぇ!そんな細い腕なのに…。」
「えへへ。」
そう言われ私は自分の腕を見る。確かに細いかも。ユラ君やアムと比べたら差は歴然だ。そのことで私は考えていたことを思いだす。
最近の私には一つ悩みがある。それは能力の強さだ。『空気』は一般人相手になら強いし、空気を操って奪えば生物は大体苦しむことになるから十分ではある。だが空気を奪った瞬間に相手の意識が落ちるわけではないのだ。相手が能力者の場合一瞬苦しいだけですぐ反撃に出れる。その時私は空気の壁をつくらなきゃならない。同時に二つの空気を操るのはできなくはない、が瞬発的にはできないのだ。
「はぁ…。」
「どうしたんだい?」
「いえ…もっと強くならなきゃなって思いまして。」
「お姉さんはもう随分強そうだけどねぇ。」
「そうですかねぇ…。」
つい愚痴ってしまうほどには自分の力のなさを痛感する。ユラ君は刀を手に入れてから随分強くなった。玲方さんから火に強い特別な刀をもらったらしく、珍しくはしゃいでいた。見てて子供みたいだなぁと思っていた。そこがユラ君のいいところ。
アムは元々強かったのが能力と言う武器によってさらに超人化していた。正に鬼に金棒とはあの事だろう。
博士はまぁ…能力を使っているところをコーヒー作る瞬間しか知らないけど多分強い…のかなぁ。一番謎である。
「ここでいいよ。ありがとうね。」
「わかりました。それじゃあ私はもう行きますね。」
「あぁちょっと待っておくれよ。」
おばあさんはごそごそと鞄の中を探り出した。少しするとおばあさんは鞄から手を出して私に差し出した。手の中には飴ちゃん。
「わ!ありがとうございます!」
「これしかあげられないけど…ごめんなさいね。」
「良いですよ。飴好きなんです。」
私はもらった飴をおばあさんの目の前で開けて食べた。美味しい。
「何か悩んでいたようだけど…きっとお姉さんなら大丈夫よ!」
「…ありがとうございます!飴も!」
私はそう言い残しておばあさんの元から飛び去った。それを見ておばあさんは驚いた顔をしてなんだか手を合わせている。私を神様かなんかだと思っているのだろうか。荷物をわざわざ持ってくれる神様。良いかも。
「うーん…やっぱりステージとやらが気になる…。」
私はまた空を飛び本を開く。見ている箇所は『空気』ステージ1と書かれている部分。博士曰くこれが能力の強さを表しているとかなんとか…。でもこれどうやってあげるんだろ。
「ユラ君みたいに能力を工夫しなきゃかな…。」
悩みに悩むが解決には至らない。そんなことを考えている自分に気付き少し笑ってしまった。この本を手に入れるまでは、ずっと勉強の事しか考えていないような子。言ってしまえばガリ勉人間だった。ちゃんとした友達もおらず、決まった夢もなく。ただほかにやることがなかったので勉強ばかりしていた。今の自分が過去の自分を見たらきっと驚くだろう。当時は眼鏡をかけ、髪も黒く特にケアもなし。今の髪が白い理由は染めたからだ。目立てば『ノマド』の宣伝になるかなと思って。お父さんからは好印象だった。私も自分で見てみてそう思っちゃったりする。
「そういえばユラ君も白髪が好きだとか言ってた気がする。やっぱり染めて良かったな。」
いかんいかん、考えが逸れている。今は能力の強化に…
また頭をまわそうとした時だった。真下から悲鳴が聞こえてきた。
「きゃ…きゃああぁああ!」
「ん!?何!?」
私はすぐに下がり悲鳴の原因を探る。
「な…何コイツ。」
その場には一人の女性と…フィクションの世界にしかいないような不気味な化け物がいた。若干人の形をしている…?ということは能力者とかなのかな…
「た、助けて!あなた!」
「おっと、考えてる場合じゃない。」
なんであれ、敵意は感じる。倒さなきゃ。
「お姉さんは逃げて!」
「わ、わかった!助けを呼んでくる!」
そう言ってとりあえず襲われそうになっていた人は逃げて行った。ちゃんと話を聞きたくはあったが今はこっちだ。このよくわからない化け物をなんとかしなければ。
「おーい。あなた人間?」
返事はない。なんなんだろう。私が会話できるか試すとその化け物はこっちに走ってぶんぶん腕を振り回す。私はとっさに上に避けた。
「なんなんだこれ…。」
ほったらかすわけにもいかないし…。とりあえず私はそいつの周りから空気を無くした。
「よっ…空気を遮断すれば生き物かどうかはわかるでしょ。」
ソレは特に変わった様子もなく、私に向かってジャンプ…すらできていない。少し飛んでは上手く着地できずこけている。未完全な生物というイメージだ。
「酸素も必要としてない…。わかんないなぁ。」
私は空気砲で攻撃してみる。ソレは一気に吹き飛び、体は四割えぐれていた。
「おぉ…脆いのね…。」
ソレはもがき苦しんでいたが、すぐに止まった。死んだのかな?
と、思った時だった。ソレは立ち上がり、えぐれた部分を再生したのだ。
「嘘!?」
更に驚くことに、ソレは次の瞬間、私がさっき放った空気砲を放ってきた。私は想像もしていなかった攻撃をもろにくらってしまい、飛んでいたが下に落ちてしまった。
「いったぁ…なんなのアイツ…」
幸い私の能力だ。ケガはない。私の能力をコピーしたのだろうか。だが空を飛ぶことはないようだ。ソレはまだ立ち上がっていない私にまた空気砲を放とうとしてきた。
「二度目はないから!」
私も同じように、ソレよりも早く空気砲を放つ。流石にオリジナルの私の方が威力も速度も勝っているようで、そいつは放とうとした瞬間にまた飛んでいった。だが次は体はえぐれていない。体も強固になってる?
「どうしよう…。」
自分の能力の弱さを憎む。ユラ君だったら…ってそうじゃん助け呼べば…。私がスマホを出そうとした瞬間だった。さっきとは段違いの空気砲が連続で私を襲う。
「ちょっ…うっ…はぁああ!」
一、二発は喰らったがそれ以降は空気の壁で防ぐ。だがソレは攻撃の手をやめない。自分の能力にここまで苦しめられるとは…。
「私がこれだけだと…!」
空気の壁を解除してすぐに空を飛び空気砲を避ける。速度は出ているが単調なこの程度の攻撃なら問題はない。
手をソレに向け、今度は空気を遮断するのではなく圧縮させる。
「ぐうぅううう…硬った?!全然つぶれない…。」
ソレの動きは止まったがそれ以降の変化はない。空圧による圧縮にも限界がある。ここで潰してしまわなければ…!この技をコピーされ、使われてしまったら流石に負ける!
「ううぅうう…はぁ!!」
私は根性でソレを空気の圧で凝縮させ塊にした。この技グロいから全然使わなかったのだが…
「はぁ…はぁ…勝った!!!」
勝ちは勝ちである。それに血が出ていない。やっぱり生き物じゃないのかあれ。
私は正体不明の生物かもわからない物に勝ち、ガッツポーズをして、汗を拭く。かなりの汗をかいていたことに今気づいた。
「よっし…とりあえずみんなに伝えな…。」
視界に移った物に私は固まる。そして叫んだ。
「なんでまだいるの!?しかも増えてる!?」
気づくと前方に二体のソレ…いやソレらがいた。が、すぐにソレらとはお別れになった。
「グラ!ちょっと飛べ!」
「ん!?」
私は言われた通り空に逃げるとアムが後ろから走りその化け物をそれぞれ一撃で粉々にした。私の苦労を返してくれ。
「よっし!グラ、大丈夫か!」
「アムか…良かった。」
アムの顔を見て私は安心して腰が抜け、その場に座り込んでしまった。
「アム…なんなのあれ。」
「まずいぞ…グラ。あんなのがジェネシスシティに数体現れた。」
いつの間にか私、ジェネシスシティまでぷかぷかと来ていたようだった。
「ジェネシスシティだけ?」
「あぁ。博士がすぐに異変に気付いて俺とユラを出現場所に向かわせたんだ。だがアレはなんなんだ…。」
「わかんないよ…。」
ジェネシスシティだけなら良かったと思えるが…複数体も…。安心しきって私は座り込んでいるとスマホが鳴った。
[グラ、大丈夫かい。]
「…はかせぇ」
[な、泣いているのか?用件だけ言うぞ。とりあえずすぐにアムと帰ってきてくれ。話すことがある。ユラの方も無事倒せた。それじゃあ切る。私は町の監視を続けるから。]
「あ、ちょっと待っ」
ちょ、辺りで電話は切れた。博士は電話を掛けてもすぐ出ないくせにかかってきたときは用件だけ言ってさっさと切る。いつもならイラつくとこだが今回に関しては電話がかかってきたこと自体安心でいっぱいになった。
「アム、ユラ君の方は大丈夫だって。」
「そうか。帰って来いって?」
「うん、行こ。」
「おう。」
「そういえばどうやって来たの?」
「車だ。博士のあのへんな車を借りた。」
「…あれ乗るのか。やだな。」
「俺なんて運転だぞ。」
アムは空を飛べないので仕方なく、私たちは車で拠点へと帰った。
私だけ空を飛んで帰ってもいいのだが今は誰かと一緒にいたかった。
「悪いな、遅れて。」
そんな私の心境を察したのかアムは優しい声色で私に話しかける。アムは私の事を本当に妹のように接してくれる。博士と話している時と比べると別人のように。
「…怖かった。」
「そうだろうな…。あの化け物、見た目怖すぎるよな!」
「…アム一撃で葬ってたじゃん。私なんてびくびくしながらやっと一体倒したっていうのに。」
「怖いもんはさっさと潰すだろ。」
「アムに虫の処理はさせないようにする…。」
アム、虫潰すタイプだこれ。
私たちは拠点に着いた。玄関を見るとユラ君の靴がある。もう先に帰っているようだった。博士の部屋だろうからアムと一緒に向かった。
「ただいまー…。」
「グラ!」
私が部屋に入るとすぐにユラ君がかけよってきた。犬みたい。
「無事でよかった…。」
「アムが来てくれたからね…。そういえばお礼言ってなかった。アムありがと。」
「いいさ。仲間だろ。」
アムは親指を立て、私に向ける。最初ちょっと怖かったけど仲間思いの良い人だ。一回お兄ちゃんって呼んでみようかな。
「みんな来たか。」
博士が珍しくシリアスな表情。ことの重大さがよくわかる。
「今日だけで6体の未知の生命体がジェネシスシティだけに出現した。まだ謎が多いが…とりあえずみんなが無事でよかった。」
「博士、あれはなんなんだ?切っても再生して、なんなら強くなっていった。」
「そうそう!しかも私の能力使ってきたの!」
「私もわからない。ふぅ…まとめることが多いな。今のところこれ以上数はいなさそうだが…今後あんなものが大量に、しかも全国に現れたら手が足りん…。」
博士の深刻そうな表情、アムの思いつめた顔、ユラ君の焦り顔。三人を見て、私はようやく気付いた。もう当分平穏な『ノマド』はなくなるのだと。




