第二十二話 市長
「よし!で、どこ行くんだ!」
「いやわかってないんかい。」
かっこよく決めたアムが俺にそう言った。まぁ確かにそれもそうだ。玲方さんの件はグラにしか話していない。博士はおろか、アムにとっても知りもしないことだ。俺はとりあえず早めに説明をした。最近玲方さんという人に剣術を教わっていたこと、この道場がクロニクルタワーのやつらに目をつけられていたこと。そして今日玲方さんがそいつらの襲撃にあったこと。
「なるほど。で、クロニクルタワーに行くつもりだったのかい?少し無謀すぎないか。ただ暴れてもどうしようもないだろう。」
「それはそうだが…てか博士。アムの件なんとかなったんだな。」
「あぁ。起訴すらさせなかったよ。」
「ミナヅキには感謝しかねぇぜ。もちろん、お前らにもな!」
アムは俺とグラの頭をなでる。アムは高身長だから楽々と頭に手を乗せた。嫌な気分ではない、が俺達はなにもしていない。
「今回は完全に博士の手柄だ。褒めるなら博士だけにしてくれ。」
「いや、俺はお前らにも感謝したい。俺みたいなのを『ノマド』に置いてくれるんだ。嬉しいのさ。」
「そうか…まぁ、アムの歓迎パーティーは一旦後でいいか。」
「おう、今はそのガキ共をぶん殴らなきゃな。高齢者を複数人で痛めつけるなんてカスのやることだぜ。」
…アム、口悪い割にめちゃくちゃ善人。面白いなー…。ちょっと悔しい。
「でもどうするのさ、本当に。ユラ君は殴りこみに行くつもりだったの?」
「いや、クラリタとかいうこの町の市長に話を聞きに行くつもりだった。玲方さんも市長には信頼を寄せてたからな。詳しく話を聞きたい。…なんだか少し、気になるからな。」
「そう。まぁ今回はユラ君に指揮を任せますよ!さ、行こ!博士くるま。」
「私は車じゃないぞ…全く。」
「ミナヅキが雑に扱われるのすごい違和感だぜ…。」
俺たちは博士に乗り込み…間違えた。車に乗り込クロニクルタワーの下まで着いた。実際ついてみると馬鹿みたいに高い。一番上がギリギリ見えるくらいだ。
「ここが…。」
「あぁ、ここがジェネシスシティ最初の建物。クロニクルタワーさ。私のあのラボができる三年前にできたんだ。今じゃそのラボは『ノマド』の拠点だ。」
「俺も住めるか?住む場所がなくてな…。」
「もちろんだよ!アムさん好きな食べ物は?」
「俺は肉だ!肉一択!あとグラとやら、アムでいいぞ。呼び捨ててくれ。むず痒くてたまらん。俺もグラと呼ぶ。」
「わかったぜ!アム!」
「俺の話し方をまねたな!?」
「えっへへー!」
なんだか楽しそうだ。俺は絶賛悩み中なのに。このイラつきをどこにぶつけるか…仲間の前ではこの感情を出したくないので全力で隠している。このまま乗り込んでもいいが冷静に考えたらこの件に関係のない人まで傷つけることになるし、何よりこんなジェネシスシティのど真ん中を『ノマド』が襲撃とあれば今まで頑張ってグラが上げてくれた評価がダダ下がりだ。それだけは避けたい。
二人は遊び、一人は疲れたのか立ちながら眠そうにし、俺は考えてるときだった。
一台の見覚えのある車がクロニクルタワーの前に現れた。
「いやぁ崎田さん!これであの道場の土地は俺たちのもんですね!」
「まだ安心すんじゃねぇ。これであのジジイが簡単に渡すとも思わない。また行くぞ。にしても反撃してこないのには笑っちまったよ。」
「ですよね!俺達びくびくしてる必要なかったじゃないですか!」
「あぁ、ここからはすぐに片が付きそうだ。」
俺は崎田と呼ばれた男に見覚えがある。昨日道場に来ていた若いやつらのリーダー的なやつだ。とりあえずアイツを締めて、そのまま市長にあの土地は見逃せと言えばいいだろう。
「ユラ君、あれ?」
「あれ。」
「あれか。いかにも低俗そうだ。」
「あれだな!?よし、俺が行く。」
「ちょっと待っ…。」
俺がそう言い終わる前にアムは「あれ」の前まで行ってしまった。めっちゃ早い。今度からアムを呼び止めるときは「ちょまって」にしよう。
「お前らか?やったのは…。」
「あ?誰だおま…へ…?、お前は…殺人未遂で逃走中の…。」
「さ、崎田さん。こいつ、暗無アムですよ。」
「な、なんで…。やったってなんの事だ!俺たちは何もしてないぞ!?道場にもだって行ってない!俺らはその…休憩で出歩いてただけだ。なぁ!?」
「そ、そうだ。崎田さん。俺警察呼びま…
下っ端みたいなやつが電話を持った瞬間、どこからともなく現れた水によって電話機器は吹っ飛んでいき、壊れたような音を出した。
「それがこの男、もう無罪の一般人なんだよ。仲良くしてくれ。」
「今度はなんなん…お、お前は…!?」
「ども、昨日ぶりだな。えーと…崎田さん?」
「『ノマド』の…。グ、グラまで!?」
「こんにちはー!グラでーす!」」
「さ、崎田さん!俺グラのファンなんですけどサイン貰っても大丈夫ですかね?!」
「ば、バカ野郎!俺もだ!俺の分もだ!」
こいつらであることは確定した。だってアムは道場なんて一言も行ってないのにこいつらはさっき道場がなんとかって騒いでいた。いやまぁそりゃ騒ぐだろう。ガタイの良い大男に、圧の強い美人。そして可愛いグラ。俺でもいきなりあったら怖がればいいのか怪しめばいいのかデレたら良いのか悩んじゃうね。
とりあえず、茶番は終わりだ。俺は手から炎を出して攻撃意識を見せる。あまりこういうことは好かないが、今けっっこうイラついているので仕方ないってことで。
「お前ら、反省の意は?」
「すいませんでした俺らですいくらでも殴って構いません土地ももう見なかったことにします。はい…なんて言う訳ないだろが!!」
結構マジトーンで言いながらも俺をグーで殴ってきた。なんだかめちゃくちゃ遅く見える。俺は余裕でよけ、一発顔面に入れた。
「げふおぉおっ…お、お前らも行け!グラちゃんには手を出すな!」
「了解!行くぞ!!」
すると車の中から三、四人くらい追加で出てきた。結構乗れるんだなあの車。
数で少し負けてるが結局一般人対能力者。俺達がやることと言えば死なない良いに手加減する事である。
「よっ…さて、君がどれくらい水の世界に耐えられるか見ててあげるよ。」
「ごぼぼぼっっつ!?がほっ…。」
「がんばれー。」
博士は結構どぎついことをしてる。
「ふん!は!ほっ!」
「…。」
すごい。初めて見た。殴る威力って高すぎると人間、声出ないんだ。アムの振る拳の速度が見えない。
「空気ほーう!こっちも!あっちも!」
「ごはっ!」
「見えな…いのに…ぐっ…!やられっぱなしでたま…。」
「はい空気もらいまーす。」
「んっ…!?うっ…息…がっ…。」
「はい空気砲。」
「ごはぁっ…!」
グラは手数が多い。二人相手だったが余裕で倒してしまった。流石に能力の経験が多いだけあるな。アムなんて能力使ってないぞ。
「うっ…だ、だが所詮は力におぼれてるだけ!銃の前じゃ…!」
すると崎田は懐から拳銃を取り出し、俺に向けてきた。
「…撃てよ。」
「は?ほ、本物なんだぞ!」
「いいから。」
「し、知らねぇからな!」
そう言って崎田は目をつむって俺に向けて撃った。正直的外れで俺に当たることはないのだが後ろの仲間に当たっても困る。俺は炎の剣を作り出した。
「【炎流 風桜】」
一瞬にして放たれた弾丸を粉々に…したが流石にそんな小さい物流石に目でとらえられないので空間一体に斬撃を奮った。崎田からしたら何が起こったかなんてわからないだろう。
「な…なんなんだよお前ら!」
「『ノマド』。知ってるだろう。」
俺は炎の剣を崎田に向けた。
「もう一度聞こう。反省の意は。」
「わ、わかった。だからその炎を…
その時、クロニクルタワーから一人の男が出てきた。黒いスーツに決まっている髪型。整えられたネクタイにぴっちりとした黒い手袋。そして…手には本。
「なんの騒ぎかと思えば…これはこれは。『ノマド』の皆さんではないか。…『レジデンス』、あいつらを片付けろ。」
男がそういうとどこからか煙が集まり…女が現れる。
「はぁい。」
「ん?澄香だけか?」
「今フリーあたいだけなんで。で、どれを片付けるの?」
「『ノマド』の皆さん以外だ。」
「りょーかーい。」
次の瞬間、俺達がのめしたやつらは煙に巻かれて、姿を消した。残ったのは無駄に高級そうな車だけ。
「…博士、この人だれ?」
「知らないのか。この男がジェネシスシティ市長。フェルバル・クラリタだ。」
博士の言葉を聞き、俺はもう一度その男の姿を見た。するとクラリタも俺の方をじっと見ていた。
「ゴミが失礼したな。そちらの綺麗な方の言った通り、私の名前はフェルバル・クラリタ。この進化の街、ジェネシスシティの市長兼クロニクルタワーの最高責任者だ。初めまして、『ノマド』の…ユラ君、グラ君、そしてドク君に…えっと…」
俺たちの名前をなぜ、という驚きよりやっぱりアムはわからないのかという謎の安心感があった。そりゃそうだろう。まだニュースにもなってない。今さっき釈相された仲間なのだから。
「俺はアムだ。あんたが俺のところに人をよこしたんだろう。」
「アム…。あぁ、君が暗無アムだったのか。そうそう、君の力には興味があってね。私の秘書にうちの『レジデンス』に入らないかと言われたはずだが…。」
「断った。胡散臭いものは嫌いでな。」
「そうらしい。それで『ノマド』にか。少し妬くね。」
クラリタ…つかみどころのないやつだ。そしてこの男が俺達よりも先にクラリタに接触を試みていたようだ。実際留置所へと入れているところ、この男の権力は想像通り、かなりの物のようだ。それより、俺は気になることがあった。
「『レジデンス』ってのは?」
「その話をしてもいいが…その前にさっきのゴミ共との話を聞かなければね。詳しく話してもらえるかい?」
「…わかった。」
俺はクラリタに事のすべてを話した。すると…
「そんな話は私は知らないが…少し待ってくれ確認する。」
クラリタはスマホを取り出し、どこかに電話をかけて、納得したような顔をして電話を切り、俺たちの方に向き直した。
「すまない。やはり部下の暴走だったようだ。秘書に確認したがそんな事実はなかったよ。悪かったね。玲方さんの道場の件ももう関わらないし、慰謝料としてお金も送らせてもらうよ。もちろん。お金で済む話だとは思っていない。時間ができ次第、私がお見舞いに向かわせてもらうよ。そこで玲方さんに謝罪しよう。それでどうかな。」
「そこまでしてくれるとは思わなかった。」
「そうかい?私は市長として上司として、部下の責任はしっかり回収するだけさ。」
玲方さんが嫌いではないと言った意味が分かった。この男、ちゃんと市長云々の前に良いやつではないか。そりゃ慕われもするしこんな大きな建物も立てられ、人もついてくるだろう。
「信用ならない!ユラ君甘すぎ!」
「そうか?俺は信用できると思ったけど…。」
「あぁ、こいつは嘘ついてねぇよ。」
アムが言うなら大丈夫だろう。いや根拠はないけど。
「助かるよ。『ノマド』の反感を買いたくはないからね。それで…『レジデンス』の話だけど。少数の能力者集団だよ。ジェネシスシティの裏の治安の為にね。そこのドク君ならわかるんじゃないかな。」
「…確かにジェネシスシティの深夜のカメラには人間のような、そうでないような存在がいたが…。」
「そう。『ノマド』よりも前にできている組織さ。そして…。」
そこでクラリタがさらに話そうとしたところを、グラが遮った。
「はい!クラリタさん!」
「なんだい?」
「立ち話もなんだし中に入ってもいいですか!というか入りたい。」
グラは誰に対しても最終的にはいつも通りになるな…。
「はっはっは。話に聞いた通りグラ君は愉快で明るい子だね。確かにその通りだ。じゃあ中で話そうか。クロニクルタワーで。」
クラリタにそう言われ、俺たちは目的を達成した後にクロニクルタワーに入ることになった。




