第二十話 鍛錬
「おうおうおう!こんなもんかい『ノマド』ってのは!」
俺は現在剣術の達人の前で腹筋を全力でやってる。腹が痛い。いや笑ってるわけではない。もうかれこれ一時間はこれだ。何事もやりすぎは良くないとよく言うが、この人にとってこの程度、やりすぎの範疇に入らないらしい。
こんな状態になる20分前…
「よし、そんじゃあお前さんに剣術を教える前に色々確認しようか。」
そう言って玲方さんは俺の周りをぐるぐる回り出し、その後、俺の背中をぶったたく。
「いったぁああ!?」
「この程度で騒ぐんじゃない!」
こ、このお爺さんやっぱ力が強い…。見た目に騙されちゃだめだという教訓を今目の前にした。
「ふむ…意外と筋肉あるんだな。」
「え、あるんだ…。」
本人も意外である。筋トレなんて生まれてこのかたしてないんだけど…もしかして能力の影響か?
「それじゃあ最低限の筋肉修行で十分そうだな。じゃあ次に、お前さんのあの炎が見てみたい。」
「…ここで大丈夫か?」
今かなり広い部屋にいる。道場の稽古場にしか見えないので多分ここで剣術を磨いていったものが多くいたのだろう。
「あぁ、そんな大きい炎を見せる必要はねぇよ。ほら。」
そう言って俺に刀を渡してきた。切れ味を見たらわかる。これ本物だ。
「えっと…え?」
「それに炎をまとわせてみぃ。まさかできないとは言うまい?」
挑発のような表情で俺に玲方さんは言ってきた。炎の剣は冬矢と練習し作ったことならあるがまとわせるとなると…。とりあえずやってみるか。
俺は玲方さんに言われた通り刀に炎をまとわせる。すると…
想像通り、持ち手の部分が燃えてしまった。
「がっはっは!そう上手くはいかねぇか!」
「何をさせたかったんだ?」
「いや、お前さんならできるとワシは信じている。炎をその刀身だけに集中させることをな。」
そうか、玲方さんは刀を燃やせって言ってるんじゃないのか。刀に炎を乗せろと言っていたのだ。
「まぁ炎の刀なんてかっこいいものができてもガキの持つ拳銃には勝てねぇ。だからまずは剣術からだな。…じゃあまず、ちょっと『零型無流』について教えようか。」
『零型無流』、それは玲方さん曰く300年の歴史がある最強の流派の一つらしい。俺が興味本位で習得するには少し大げさすぎるが…今後、仲間を守ることに繋がるのならやるしかない。現状グラの能力は相性が悪い場合が多い。対人間には最高の能力なのだが、イマイチ決定打欠けるのでそこまで強くない。博士はしっかり能力を見たわけではないから憶測だがそこまで戦闘面で優れている、とは言えないだろう。第一博士があまり戦闘しないイメージだ。あの人は裁判とか、ハッキングとか、そっち方面な気がする。
本当に手に負えないような能力者が現れたとき、俺がしっかりしなければ。
「教えるとはいったが長ったらしい歴史は話さねぇ。興味もないだろう?俺もだ。誇りには思うが自慢気に話すことでもねぇしな。だから『零型無流』そのものについて教える。まず、『零型無流』には十の型、そして基本となる零の型がある。まずは基本の型を覚えてもらおう。そして、その後十の型を学ぶのが普通なんだが…。」
玲方さんはそこで言葉を止め、顎に手を置き考えるような素振りをした。この顔は何か悪いこと考えているときの顔だな。企んでる少年みたいな表情してる。この人結構顔に出るな。
「ワシはお前さんの能力を元に別の型を作りたい。とはいえ、『零型無流』を元にするのはそうなんだがな。ベースにするって言うんだったか。どうだ、そうしてみないか?普通に教えるのは飽きてきた頃なんだ。」
これを断る理由はないだろう。俺は二つ返事で了承した。そして、始まったのが…
「おらおら!あと三十分!」
「あ、あと三十分!?」
休憩なし、応援なし、能力なし。つらい。ムリ。やめたい。
常にグラを思い浮かべながら全力で三十分…やり切れた。
「はぁ…はぁ…死ぬ…。」
「その程度で死ぬかい。ほら、飲み物だ。」
そう言って渡されたのはスポドリ。水じゃないんだ…。いやこっちの方が嬉しいんだけど。なんか雰囲気違くない?
「はぁ…つ、次は!」
「お?お前さん中々芯あるじゃねぇか。」
「守りたい人がいる…から!」
「よし!それじゃあ後十分は休め!」
「お、おっす。」
意外と良心的だな。無理させず、無理させる。矛盾しているようだが俺にはこっちの方がいい。休憩とは言われても息を整えるだけなので俺は玲方さんに聞いてみたかったことを聞いた。
「玲方さんの能力って結局なんなんだ?」
「あん…?そういえば言ってねぇな。ワシのは…ほれ。」
玲方さんが床に手を向けると、その場に突然刀が生まれた。そして玲方さんが手を上げると刀も一緒に浮いていく。
「すげぇ…」
「これだけじゃねぇぜ。」
玲方さんはそう言ってにやにやしながら俺からかなり離れた。玲方さんはもう一本刀を作り出し、腰に刺さっていたもう一本を手に持った。今空中に二本。手に一本である。
「【無流 鬼時雨荒咲】」
玲方さんがそう言った瞬間、玲方さんは一瞬で前方に移動し、その後には無数の剣筋だけが見えた。あんなの避けれるわけない。
「がっはっは!どうだ!?」
「強すぎる…。玲方さん『ノマド』来ない?」
「そう言ってくれるのは嬉しいがな。もう歳だ。三本同時に扱えるのは基本の型、零型だけなんだ。さっき見せたやつ。あれをまずはやってもらうからな。」
「ま、マジかよ…。」
「マジ。…だが確実に再現となると時間がかかる。そこはお前さんの能力で誤魔化しな。早く動けたりするだろう?」
できる、がやっぱり現実味がない。アニメのような感覚で実際アニメなら「アニメなんだしできない」と諦め何とも思わない。問題はこれが本物で本物と頭で認知しているので人間にできると理解してしまっていること。それが尚更できる気がしない気持ちの後押しになっているのだが。
「まぁ何にせよまずは体だな!もう少し鍛えてもらわなきゃ困る。それじゃあやるか!次は腕立て300!」
「お、おっす!」
俺は言われた通り300回やった。誤差0。本当に300やった。腕が笑ってる。先に腹も笑っているのでもう俺の体は宴である。はっはっは、疲労で脳みそもやられてきた。
「はぁ…もう無理…。」
「いやお前さんすげぇぜ。今までの門下生はみんな腹筋あたりで心折れて行ったからな。ったく、若者は軟弱だぜ。」
「ここには元々もっと人がいたのか?」
俺がそう問うと玲方さんは悲しそうな、悔しそうな表情をした。
「…あぁ、計200人ほど、『零型無流』を学んでいたものがいた。まぁそれも20年前の話。少しずつ門下生は減っていき、結局免許皆伝はその中の3人。その3人以外はみんなやめていったよ。時代の流れってやつのせいさ。今時の子はみんな家でTVゲームさ。力を行使することは悪だともある。そんなんじゃ、こんな役に立たない流派。廃れるってもんさ。」
俺はなんて言ってやればいいのか、わからなかった。だから、とりあえず事実をいう事しか、俺にはできない。
「俺が『零型無流』を元にして、力をつけて、沢山の人を助けたら、それは『零型無流』のおかげだ。役に立ったってことになる。」
「お前さん…へへ、良いこと言ってくれるじゃねぇか。結局根本の解決にはならねぇが、やることは変わらねぇって訳だ。よし、やってやるよ。お前さん、名前はなんだっけか。」
「斎月ユラだ。」
「斎月、お前を本気で鍛えて、すぐにその力を人の役に立たせると今決めた!今からお前さんはワシの事を師匠と呼べ。」
「…!はい、師匠!」
俺はなんだか認められた気がして、嬉しかった。
「よし、そんじゃあ筋肉修行とりあえず今日最後だ。スクワット600!」
「はい!師匠!」
そうして600やった頃には、時計は19時を回っていた。絶対グラ怒ってる。100怒ってる。
「明日も来れるのかい?」
「あぁ、とりあえず毎日行くよ。」
「『ノマド』としての仕事はいいのかい?斎月の本業はそっちだろう。」
それもそうだ。そう考えるとどうしたもんか…。するとその時、スマホが鳴る。
「悪い、師匠。…もしもし?」
[もしもし、ユラ君?]
相手はもちろんグラ。これは怒られる予感。
[今どこ?帰ってきたらいなくてびっくりしちゃったよ。]
「今ちょっと道場で…。」
[ど、どうじょう?…とりあえず帰ってきなよ。ゆっくりでいいから。後帰りに醤油買ってきて。無かった。]
「了解。」
良かった、怒られなかった…。少しビビりすぎたな。
「お仲間かい?」
「あぁ、そうだ。心配してた。」
「はん、斎月もまだまだ子供だな。親に叱られた子供みたいな顔してたぜ。」
そう言って俺を笑う玲方さん。この人が笑っているとなんだか俺も嬉しくなる。ということで俺も笑った。
「暇があったら道場を訪ねてくるといいさ。別に毎日来る必要はねぇ。ワシはいつでも暇だからな。たまに道で銭稼ぎしてて家を空けてるかもしれねぇが。」
「そういえばあれ、何してるかと思ったが金稼いでたのか。」
「おうよ。意外と金入ってくるもんなんだな!この本を拾ってから助かってるぜ。」
そう言って玲方さんは鼠色の本を大切そうに擦る。『刀』の能力…十分強いのに、少しもったいなさを感じる。せっかく玲方さんは刀の達人なのに…。
ここまで能力と人物がマッチしているのはすごい事な気もする。能力ってランダムで抽選みたいに選ばれるのだろうか?まだまだ分からないことまみれだ。
そういえば本について何も進んでいないのを思い出した。近いうちに博士に聞いてみようかな。
「じゃ、俺とりあえず帰ります。」
「おう、また来いよ。」
玲方さんは笑顔でそう言って俺を送ってくれた。良い人だ。
醤油を買って家に帰るとエプロン姿のグラが迎えてくれた。
「ユラ君!おかえり。」
ただいま、と言おうとすると…後ろから別のただいまが俺をかぶさってきた。
「ただい…
「はぁー疲れた。ただいま。」
「は、博士!?なんでこっちに…。」
「少し資料をね。あと機材も足りなかったから。…ん?この匂いはカレー?」
「あ、そうだよ。今日カツカレー。」
「私も食べて行こうかな。」
「やった!ユラ君と二人きりも良いんだけど、やっぱ少し寂しいもんね。」
「だな、早くアムも迎えて四人でご飯食べたいな。」
「そうだ、アムの件だが結構すぐ釈放されそうだ。」
「え、博士すごいじゃん。」
「いや、今回はアムがやっていない証拠が多すぎる。不自然なほどにな。あのUSB。全く偽装の手もないし店内にいたお客からの証言。それにアムは結構人気だったらしいから目立ってもいた。完璧なんだよ。少し怪しいほどにだ。」
博士はキッチンに訝しげな顔で向かう。俺とグラもついていく。
「良い事なんじゃないの?」
「まぁそうなんだが…気合を入れすぎた分、からぶったというか…。」
「うーん…カツカレー食べたら大丈夫でしょ。ほら、「勝つ」って入ってるし。」
「だな!」
「軽すぎるよ博士。」
「体重か?そうなんだよ最近43キロに…」
「うそっ!?私より5キロ痩せ…。」
そう口走ってしまったグラは赤くした顔を手で隠した。ついでにお腹も。
「はっはっは、やっぱりここが良いな。ホテルは集中できるが静かすぎる。」
「博士も詰めっきりにならないでたまに帰って来いよ。開けすぎると部屋が酷いことになるんだから。」
俺は実体験からそう話す。…色々なことがあったから、さすがにそろそろ親友たちの顔が見たくなった。




