第十七話 旧友
二時前。グラのお父さん、明月さんが指定した約束の時間の少し前だ。
俺達『ノマド』は暗無アムとの面会の為、警察署の留置所へと向かった。まだ裁判前。ここで話し合って和解できたとしてもそのまま暗無アムをチームに、は流石に明月さんでも無理だろう。
「ふぅ…緊張するな。」
「博士全然車使わないもんね。」
「運転に関して緊張してると言ったんじゃない。…暗無アムに会うことがだ。」
博士は運転しながら話す。俺とグラが後部座席だ。後ろの席でもちゃんとシートベルトするのがグラである。俺はする気なかったのだが無理矢理グラにさせられた。
「第一、暗無アムが博士を覚えてるかわからないぞ。」
「あ、ユラ君。ロマンチックじゃないねぇ。男女の運命的な出会いってのはそう簡単に忘れられるもんじゃないんだから。」
「いや、ユラの言う通りさ。運命的というほどのものでもなかったしね。」
「そうなんだ…。博士、暗無アムと会った時の話、詳しく教えてよ。」
「グラ…。博士はあの頃の話は好きじゃないだろ。」
「あ…ご、ごめん…。私としたことが…。」
「ふふっ、いいさ。確かにあの頃は思い出したくもないが、二人には知ってもらいたい話だ。しようか。とはいってもそんな長い話でもないんだけどさ。」
博士はこほん、と咳をした。長い話じゃないんじゃなかったのか。
「私が休憩中の時に見た、彼、暗無アムは壁に寄りかかって飴をなめていてね。他の黒服とは違って自由に過ごしていたよ、彼は。だからよく上司に怒られていた。その時の態度も傑作でね。第一印象は生意気な男だな、だったよ。」
俺はそう話す博士が嬉しそうな気がした。博士は変な鉄の塊を上げても喜ぶ変な人だが、この時の嬉しそうな感情はまた違うものな気がした。言葉で説明するには、少し難しいが。それにグラも気づいてるようだ。俺の方を見てにっ、と口角を上げる。なんだかグラも嬉しそうだ。
「私は興味が出てね。ただこっちから話しかけられるほど、私に余裕はなかった。そんな中途半端な毎日を過ごしてたら、ある日私が同じ仕事の女性に怒られて…いや、正面から嫌味を言われてね。結構へこんだ。」
博士は俺たちが嫌な気持ちにならないよう最大限の丸い言葉で話してくれる。こういう気遣いを博士は普通にするから大人って驚かされる。なんというか、自然なのだ。
「そんなときね、彼は私に飴をくれたんだ。それから…。」
「あ、博士そこ右。」
「おっと、危ない。間違えるところだった。…あれ、雨か。」
「天気予報、外れたな。」
出発前は晴れていたのだが、雨が降ってきた。ぽつぽつと。俺は雨がそこまで好きじゃなかったのだがこのメンバーだとどんな天気でも楽しく感じる。
「えーと、どこまで話したか。そうだ、飴をもらったんだよ。それから少し話したんだ。何を話したかは覚えてないけどね。笑ったのは覚えている。お互い初対面だったのに、話がよく弾んだことが印象にあるな。それ以降、私たちは少し話すようになった。他愛もない、くだらない話だけどね。私にとって生涯二人目の友だった。彼は頭がよくはなかったんだけど、誰とでも打ち解け合える力強い人だった。だから話が弾んだんだろうね。」
博士の話を黙って聞いていると、グラが手を握ってきた。俺は不思議に思いグラを見る。だがグラは何もなかったように話を聞いている。どうかしたのだろうか。
「だがある日、彼はいなくなった。違う店に行ったんだと思う。あの町ではよくある話だった。いなくなったら死んだか売られたか買われたか。ってね。私はその話をよく聞いていたから残念に思ったよ。本当に。涙はながれなかった。私はそういう人間なんだって、その時久しぶりに思い出した。」
博士は残念そうにも、悲しそうにも話さず、淡々と話す。雨音のように。
「…さて、着いた。丁度良く話が終わってよかったよ。それじゃ…行こうか。」
気づけば目的地。俺たちは車から降りた。少し濡れたが俺たちは警察署の中へと入る。
「どこだろ…。警察署初めてだからわかんない。」
「逆に来たことが合ったら怖いわ。」
「私はよく来たもんだ。」
「なんで!?」
「危ない実験しすぎてよく呼ばれたんだ。だから顔見知りがいれば…すぐに行けるのだけど。私も留置所にはあまり行かないからなぁ。」
「留置所によく行くヒーロー嫌なんだけど。」
結局どこかはいまいちわからずうろうろしてると…
「あん…?ドクか?」
「よかった。知り合いがいた。」
「今度は何しでかし…なんだこのガキども。」
俺たちに近づいてきたのは口の悪い男の人だった。なんか典型的な刑事、って感じの服装だな。この人に迫られたらかつ丼なしで口を割りそうだ。割りばしを割る前に。
「前に言っただろう。『ノマド』ってチームに入ったって。そこのメンバーだ。ユラ、グラ。紹介しよう。私のやらかしたことを大体もみ消してくれる暇人刑事。小野町柊だ。」
「あぁあぁ!『ノマド』のか!へぇー!こんな子供が!世も末だな。」
関心を持ったかと思ったらすぐ冷めた顔をしてそう言った。忙しい人だ。
グラはこういう人が苦手なのか俺の後ろに隠れてしまっている。珍しい。グラは初対面でもずかずか行くタイプなのに。まぁこんな怖い顔じゃ無理があるか。
「ユラ君…」
「どうした。」
「本物刑事かっこいい…。」
「おい。」
憧れてるだけだった。
「そうだ、柊。留置所ってどこだ。」
「おいおいおいおい、ほんとにやらかしちまったのか。ついに。」
「違う。お前もニュースを見ただろう。暗無アムに会いに来たんだ。」
「…そうか、あいつが能力者だからか。なるほどな。どうせ明月幹事長の手でも使ったんだろ。都合よくあの人を使うんじゃねぇよ、ったく…。ほら、ついてきな。確かに二時に面会予定があったわ。」
柊さんは勝手に納得して歩いていく、俺達は柊さんに付いていった。この人結構頭良いのかな。なんか知恵というより記憶力がよさそうだ。
「ユラ、柊はこんなんだかが優秀な刑事なんだぞ。」
「博士がそれ言うのか?」
「がっはっはっは!おいドク、言われてんじゃねえか!」
「うるさいな…。おっさんが。」
「んだとババァ!?」
「なんか、虚しいね。」
若いグラの一言でシーンとなってしまった。
そうして進んでいくと、少し物々しい雰囲気の場所に着いた。
「ほら、ここだ。行ってきな。今朝逮捕されたやつと他人が面会とか普通ありえねぇからな…。」
「彼だから、というのもあるんじゃないのか?」
「はん、わかってんならさっさと行け。」
二人の会話の意図がわからなかったが、柊さんと会話したおかげで博士の緊張の糸はほどけたようだ。少し安心した。…だが、まだ手が震えてはいる。完全に心の準備ができたようではなさそうだ。
俺たちは案内された檻の前に立つ。そこにいたのは、あのニュースで見た、暗無アムだった。狭い空間に黙って下を向き、胡坐をかいている。髪は短く、しっかりと表情を見なくても整ってるとわかる顔をしている。だがあのニュースで見た表情とは少し元気がなさそうだ。
「…誰だ、今度は。」
今度…?まぁ、今日捕まったのなら色々な人と話しているのか。
博士が一番に話すと思ったが、どうやらまだ少しためらいがちのようだ。
こういう時は、うちのコミュ力担当の出番である。
「こんにちは!私は空理グラ。対能力者組織、『ノマド』の設立者だよ!」
「…こんちは。」
普通に挨拶返してくれるんだ。良いやつだなさては。
「俺は暗無アムだ。名乗るのが遅れた。すまん。」
ちゃんと謝ってくれる。うん、良いやつだな。
「あー…今日はもう話疲れたんだが…わざわざ雨の中来てくれたんだってんなら仕方ねぇな。話だけでも聞いてやる。」
聞いてくれるんだ。良いやつじゃねぇか。その対応にグラも少し驚いて困った顔を向けてきた。そりゃそうだろう。さっきもグラは元気よく話しかけてはいたが多分緊張してたと思う。そうしたらこの反応。戸惑うのも無理はない。
「えっと…単刀直入に、用件があるの。一つがあなたを無罪にしてあげたい。二つ目が私たちのチーム。『ノマド』に入ってもらいたい。」
グラがそういうと、暗無アムはようやく顔を少し上げ、目を見てきた。グラはビビったのかちょっとこっちに寄ってきた。
「ははん…なるほどな。俺の能力には相当価値があるみたいだ。二つ目の用件、さっききたやつにも言われたぜ。」
さっき来たやつ?俺たちのほかに暗無アムを勧誘しに来た奴がいた…?『ノマド』以外の組織…。今はこっちに頭をまわしてる場合ではないか。
「いや、俺たちはあんたの能力目当てじゃないんだ。」
「あん…?おい、お前は名乗らないのか。」
「すまない。俺は斎月ユラだ。」
「名乗ってから話せ、それが流儀だ。そこの…女も。名乗ってから話せ。」
アムは博士を指さす。博士はようやく、心の準備ができたようだ。
「私は…水仙ドク。そして…」
博士はゆっくりと、だが間は開けずに言った。
「昔の名は、ミナヅキ。」
「………あ?テメェ…今なんっつった。」
暗無アムはさっきまでの温厚な感じではなく、悪意むき出しと言った表情をして俺たちに近づいた。檻越しとはいえ、迫力はもう目の前まで広がっていた。
グラは元々、俺も流石に少し怖気づく。だが、博士は違った。むしろ前へと、檻へと近づいた。一度腹を決めた博士のメンタルは、強い。それが彼女の人生最大のスキルだから。
「久しいな、アム。覚えているだろうか、私の事を。」
「お前…本当にミナヅキなのかよ。」
「あぁ、お互い、歳を取ったな。今何歳なんだ。」
「俺は…29だ。お前はなんだか…落ち着いたな。昔のお前は誰にでも噛みつく勢いだった。だから飴をやったんだ。」
誰にでも噛みつく博士。なんだか想像すると少し愉快だがそれほどに博士の周りへの拒絶具合がわかる。やはり、あの頃は博士にとっては良い思い出はないはず。そのころの友を見て、博士は何を思うのだろうか。
「嬉しかったよ。あの頃の私は、一人だったから。」
「はん、お前が一人になっていったんだよ。誰もついていけなかったんだろうが。」
「どうやら私には、あらゆる才能があったようだからな。」
「初週に一位の女を忘れるなんてのはできねぇよ。それにその生意気さもな。」
「言ったな?アムだってよく噛みついてたじゃないか。物理的に。」
「うるせぇ。」
二人は悪態をつきながらも笑っていた。良かった、博士の旧友との再会が笑顔で始まって。まだまだ博士の今までの人生の笑顔は取り返せていない。過去の涙を未来の笑顔が飽和するように願うばかりだ。
「ちょっとお二人さん。お話に花を咲かせるのは良いけどそんな呑気にしてられないんだから。時間も限られてるんだし。」
俺たちに与えられた時間は三十分。通常の二倍も手配してくれたがそれでも短い。話をしっかりしておかなければ。
「あぁ、俺を無罪にするのと、チームに入れって言うやつか。無罪にしてくれたら、チームに入る。それでいいか?」
「わ、そんなすんなり…いいの?」
「あぁ、どうせ行く当てもない、力の使いどころもないしな。今本がないが、しっかり活躍してやるよ。それにミナヅキが笑える場所。興味がある。」
「ミナヅキと呼ぶのはやめてくれ。私には博士という愛称がある。」
「博士?似合わねぇな。ちゃんと今度本名で呼ばせてくれ。」
「あぁ…そうだな。自由にすると良い。さて…問題は君を無罪にする方法だ。事件について詳しく話を聞かせてもらっていいか?」
「それも良いが…時間がないな。そうだな…。俺が働いてた場所。『アニマリ』って場所に行け。俺のアリバイを証明してくれるはずだ。弁護士はまだついてねぇが、信用できねぇ。」
「その点は大丈夫。ほら。」
そう言って博士はポケットから何やら小さなバッジを出した。
「何それ?」
「弁護士バッジ。私の。」
「は?偽物じゃ…ない。」
「あん!?お前弁護士なのか?!」
「いや、暇だったときにちょっとな。というかユラ、グラ。今の生活資金だってこれのおかげのところあるんだからな。」
博士はドヤ顔でそういうが、もうそういう領域じゃないと思う。国はこんな人を野ざらしにしてたのか?ほんとに四次元ポケットなんじゃないかってほどなんでも出てくるなこの人
「とにかく、無罪を勝ち取ってくるさ。証人もいるようだしね。箱舟に乗った気でいてくれ。」
「…ユラとグラ、だったか。お前ら、大変だな。」
「ほんとだよ。」
「助かってはいるはずなんだがな…。」
なんだか、暗無アムとも仲良くやってける気がした。




