第十六話 嫉妬
「…今日の朝見つければいいなんて、甘い話だったか…?」
博士はそのニュースを見て残念そうな顔をして言った。博士にとってはつらい時を励ましてくれた恩人。一人の人間にとって、嘘だろうが本当だろうが味方になってくれる存在というのはどうにも情を抱くものだ。
「警察に捕まったとなると会うのは難しいな…。捕まってすぐ牢屋という訳ではないだろうが、裁判で判決が決まるまでは手が出せない。」
「どうする?博士。まだ急がなきゃいけない理由はないと言えばない。このまま釈放される可能性だってある。なんてったって冤罪なんだろ?」
「だが、まだ能力者というものに対して全員が納得してるわけではないのだよ。一般人からしたら危ない存在なんだ。グラが能力者に対するイメージを小さい人助けという形でなんとか保ってくれてはいるが、どこかでは力を手に入れたものは今孤立しているはずだ。能力者、という事が裁判でいい方向に行くとは思えない…。」
「それもそうか…。」
さてどうしたもんか。今後仲間となるのなら一刻も早く助けてやりたいが…。ここで慎重に動かなければ俺達『ノマド』の今後の活動が難しくなる。最善策はなんだ…。
「えっと…多分私のお父さんに頼めば面会くらいはできるんじゃないかな。」
「…あ、そうじゃないか。ユラ。グラの親御さんはお偉いさんだ。」
「そうじゃん。」
忘れてた。なんか唐突に無力感に襲われた。能力者の良いイメージを保ってくれたのがグラ、そしてこうして暗無アムに会えるチャンスを持っているのもグラ。
俺はと言えば…部屋に冬矢の筋トレ道具を黙って持ってくる始末。情けない…。筋肉だって俺を呆れてるだろう。
「ユラ、どうした…。突然明後日の方向見て。」
「俺、ノマドで活躍してる感ないなって…。」
「私助けてくれたじゃん。」
「そう言ってくれるだけで嬉しい。」
「博士、なんかユラ君壊れちゃったから見ててあげて。私電話してくる、お父さんに。基本暇だから多分すぐ電話出てくれると思うんだけど。」
そう言ってグラはスマホを耳に当てて俺の頭をぽんぽんと優しくたたいてからキッチンを出て行った。慰められちゃってるよ。もうここまで来たら逆に元気出さねば。
「よし!やるぞ俺は!」
「君の情緒が不安だ。…まぁこのところ私もグラも、少しユラに頼りすぎてたかもしれないな。」
「え?俺何かやってるか?パトロールならグラの方がやってるし…能力者の情報だって博士が探してきてくれる。俺は二人のサポートでいっぱいだ。」
「いや、精神的な話なんだが…そういうところがユラの良いところだよ。…そうだ、ユラ。私最近トレーニングルームを作ったんだ。私の部屋の横に。」
「トレーニングルーム?」
「あぁ、広くて頑丈な空間だ。どれだけ能力を使っても大丈夫だぞ。」
「すごいな。困ってたんだ、能力を練習する場所がなくて。助かる。」
未だに駐車場でたまにやるくらいだったから本当にありがたい。これで俺も自由に空を飛べられる。それに、ステージというものも上げてみたい。これが何なのか、いまだにわからないがきっと能力の性能を向上させるものだろう。そうすれば今後、仲間が危なくなっても助けられる。博士なんてすぐやられてしまいそうだからな。
…そういえば博士が戦闘に能力を使ってるところを見たことがない。『水』の能力でどう戦うんだろうか?
「ただいま。博士。ノートパソコン持ってきて。お父さんテレビ通話が良いって。」
「了解。よっ…と。」
博士は相変わらずの着ぐるみパジャマの中からノートパソコンを出した。どうなってるんだその服。
「博士は何型ロボットなの。」
「どういうことだ?ほら、パソコン。」
「どういう仕組みなんだそれ…。」
グラは博士の事を訝しげに見ながらパソコンを受け取った。慣れない手つきでキーボードを叩く。なんかエンターキーを叩くときだけ強めに叩いてる。気持ちはわかる。
「よし…できたかな?…あ、繋がった。もしもーし。聞こえる?」
[あぁ、ばっちりだ]
パソコンから渋めな声が響く。グラのお父さんってどんな人なんだろう…。優しそうなイメージだったのだが今の声で崩れ去った。グラはパソコンをぐるっと俺と博士の方向に向けて自分はパソコンの前に椅子を置いて座った。四者面談みたいだ。
いやそんなものはない。
「お久しぶりです。明月幹事長。」
[おう!久しぶりだな、水仙さん。うちのグラが世話になってる。]
「いえいえ、グラには助けられたり、教えられたりで助かってますよ。あぁ、そうだ。こっちが最近『ノマド』に入った斎月ユラです。ユラ、この人がグラのお父さん。空理明月幹事長だ。」
「ご紹介に上がりました斎月ユラです。」
[はぁーん…お前さんがユラね…。グラがよく俺に話してくるよ。ユラ君がね!ユラ君がね!ってな。可愛い娘の話題がお前さんばっかさ。嫉妬しちゃうぜ。]
「ちょっとお父さん!?言わないでよそれ!!怒るよ。」
[悪い悪い。…で、ユラよぉ、お前さんグラの事どう思ってんだい。]
「お父さん…。」
グラは頭を抱えてパソコンをにらむ。この人…明月さんは本気で聞いている。多分恋愛的な事を聞いているんじゃない。今後どう接していくかを聞いてるんだ。だから俺は目をそらさずにパソコンに向けて言った。もう直で明月さんに届かせる勢いで。朝だから声は抑えて。
「グラには好意を持ってます。が、今俺のしなきゃいけないことはちゃんと見えてるつもりです。誰もが認めるヒーローになった時、ちゃんとグラに今一度思いを伝える気です。それまでは『ノマド』を俺が…守りますよ。」
[はん…言うじゃねぇの。俺はお前さん嫌いだけどな、今気に入りはした。俺はお前が『ノマド』であることを認めたよ。]
「ありがとうございます。」
「ははっ、やっぱりユラ君は良いね。…グラ顔真っ赤だよ。」
「うるさい…。今は違うでしょ!この話じゃないでしょ!お父さん!」
[あぁ悪い悪い。暗無アムの話だったな。俺が話をつけておく。そうだな…。今日の昼、二時くらいに面会の機会を作る。そのころなら少しは落ち着いた後のはずだ。その時間に行け。場所は水仙さんに送っとくからあとで見てくれ。]
「了解です。…私たちはその暗無アムを仲間にしようとしてるんですが、良いと思いますか?」
[俺は関係ないね。俺は能力者でも『ノマド』でもない。ただの一般人だ。だがそれなりの覚悟を持っていけよ。水仙さんの頼みだからってのもあるんだ。今回協力するのは。あまり進めはしないがね。…じゃあ俺はそろそろ行かなきゃいけねぇ。おい、ユラ。]
「はい?」
[うちの娘は前しか見ない。ちゃんと手握って…いや手は握るな。触れるんじゃねぇ。だがちゃんと守ってやってくれ。」
その時の明月さんの顔は、一人の一般人でも、国のお偉いさんでもなく、グラの親としての顔で俺にそう言った。
「もちろん。守りますよ。」
[頼んだぞ。でも触るなよ。俺の娘なんだからな。触ったら…]
「あーもううるさいってお父さん!いいもん!もうユラ君と一緒のベットで寝たんだから!!」
[は?おいちょっと待てどういう…]
さっきまでの落ち着きぶりが嘘のように慌てだした明月さんを無視してグラは通話を一方的に切った。酷いなやることが。
「鬼か…。」
「鬼だね…。」
「…博士キライ、お父さんもキライ。ユラ君は好き。」
「おい私もキライってどういうことだ。差別差別。」
「わーい俺だけ好かれてる。」
「くっ…ユラなんて嫌い!」
「いいですもーん。グラに好かれてますから!」
「…ユラ君、うざい。」
「がはっ!?」
「自業自得だね。」
俺はゆっくりと足を崩し、両手を地面につけた。これ以上ないダメージをくらった。穴の能力者に殴られたときよりも、空を飛ぶ練習中ぶつけた頭より痛い。
「さて、茶番は終わりだ。グラ、ユラ。準備するよ。」
「そうだな。」
俺はすっと立って椅子に座った。グラの淹れてくれたコーヒーはもう冷めていた。
「なんか釈然としない…。まぁいいか。二時だよね。博士、外出久しぶりじゃない?」
「そんなことはない、昨日だってグラを病院に連れて行っただろう。」
「博士、人の顔見ないから病院の人怪しそうに見てたよ。」
「そ…そんなことはない。」
どんどんと話が脱線していくのを見ながらコーヒーを飲んで俺は考える。もちろん暗無アムについてだ。どんなやつなのかは全くわからない。博士の話では親切なやつらしいが…用心して越したことはないだろう。それにニュースで見た姿は喧嘩っぷしの強そうな感じだった。能力無しで負けるだろう。さっき明月さんにあんな事を言った手前、負けるわけにはいかない。能力の相性が良ければいいのだが…。
というか話し合いで収まればそれで良いんだけどな。
そうして、面会の時間の二時までに間に合うよう、俺たちは準備をした。まだ朝だったため、そんな慌ててしたわけじゃない。少し時間が余ったので暇つぶしに博士の部屋に行った。
「ん…?ユラか。どうした。まだ出発には早いが?」
「することがなくてな。グラは?」
「グラならジェネシスシティだけ周るって飛んでいった。あの子は人助けでもしてないと死んでしまうのかね。」
博士は笑いながらパソコンを叩く。博士の前には四つのディスプレイ。三つのキーボードがあった。それをすべてほぼ同時に使ってる。やっぱり博士は天才だ。いつも猫の着ぐるみなんて着てるからそのイメージが毎回なくなっていく。
だが今日は外出するからなのか、ちゃんとした服を着ている。こうしてみると大人の女性、という本来ならなくてはいけないイメージを感じる。いつもは変な人というイメージしかない。
「…あまりじろじろ見られると恥ずかしいのだが。」
「博士がちゃんとした格好してるのが珍しくて。その服自分で選んだのか?」
「私がこんなおしゃれな服買うわけないだろう。グラが買ってきたんだ。似合うか?」
「綺麗だよ。」
「…ユラは女たらしだな。」
「本心だ。」
「なら尚更だよ、ふふっ。面白いやつだ。…そうだ、さっきトレーニングルームの話をしただろう。暇なら少し見てくれ。」
「おう、見たい見たい。」
博士は立ち上がって部屋の壁の本棚を押した。すると通路が現れた。なに要素なんだそれ。そこにあったのかよ入口。
「それいる?」
「こういうの、男の子好きだろう?」
「それはそう。」
俺は博士についていき、変な入り口を通って行った。そして開けた場所に出る。
「おぉ…ひっろ。俺が通ってた学校の体育館がまるまる入りそうだな。」
「そうだろう?かなり広めに作ったんだ。これで自由に好きなように訓練ができる。どうだ、暇なら少し使ってくれ。私はやることがあるから。」
「…博士が能力を使ってるところをあまり見たことない。」
博士の背中にそう言葉をかけると、博士は振り向き、ウインクしながら人差し指を立てて口に当てる。
「私は『ノマド』の秘密兵器だから。おいそれと能力の詳細は見せられないね。」




