第十五話 提案
今、世間を騒がす悪事に手を染めた能力者を仲間にしないかと、博士が提案してきた。その案に俺とグラは顔を見合わせ、こそこそと話し合う。
「博士ボケちゃったんじゃないの?」
「いやまだ35だろ?早すぎないか…」
「おい、誰が35だって?」
いや35ではあるだろ。そっちかよ。とりあえず博士の話を聞くことにした。
「そう思った理由は?」
「よくぞ聞いてくれた。この記事にも書いてあるようにこの男は冤罪、無罪と叫んでいるらしい。私はそこが気になってこの男について調べてみた。なんでも夜の街で元々働いていたんだけど、最近有名になった黒服だったようだ。」
「夜の街って何?」
「男の人が可愛い女の子に会いに行ったりする場所の事。」
「へぇ…いかがわしいお店があるってこと?」
「まぁそうだな。グラはそういった知識あると思ってた。」
「私ピュアですから。」
えっへんとない胸張って威張り出した。
「…どこ見てんの。」
「いや何も。何もなかった。」
「ばか。」
「話を戻そうか。デリカシーのないユラと知識の乏しいグラ。」
「あ、ちょっと博士怒ってる。」
「真面目に聞くか。」
「おっほん、それでだ。この男がなぜ有名かと言うと能力、魔本を見つけたからだ。人とはかけ離れた力を持つボディーガード。強さはそれは折り紙付きだったらしい。酔った客に女の子たちに暴力を振ろうとする客の対処にはかなり評判があったそうだ。能力者には一般人は手が出ないからな。」
「…その仕事が行き過ぎて人を傷つけたとかじゃないのか?」
「それが男が警察に追われる理由が少し怪しくてな。血まみれの女性を見上げている瞬間を通行人に見られ、その時逃げたらしい。その女性はもうすでに死んでいた。…これだけ聞けば立派な犯罪者だ。」
「…そうだね。養護のしようがないよ。」
能力は簡単に人を殺すことができる。例え間違いだったとしてもそれは己の過ちだ。グラは同じような目に合っている。一人…人を能力の呪いによって殺してしまっているグラには少し思うことがあるのだろう。俺の服の端をぎゅっと握っているのがわかる。
「私もそう思ったんだ。だが女の子を傷つけるような男でもないはずなんだよ…。行動が矛盾している。」
「その根拠は?」
「それは…その…勘だよ勘。」
博士は聞かれたくない所を聞かれてしまった、といった顔をして誤魔化した。さっきから博士はなんか隠しながら話していたから、気になっていたのだ。やけにこの冤罪にかけられているらしい男に詳しいのも怪しい。
「…はぁ、やっぱり話さなきゃいけないか。仕方ない…。私が昔施設から逃げ出したときに悪い男につかまって夜の街で身売りしていたといっただろう。その時にこの男とは少し面識があったんだ。あまり思い出したくない思い出だが、この男は…彼は私にとって暗闇の中の一つの光だったよ。私の境遇を聞くと共に悲しみ、怒ってくれたんだ。彼はすぐ別の店に行ってしまったんだけどね。」
「…すまない。嫌な頃の話をさせた。」
夜の街、というキーワードで気づけたかもしれないのに。俺はもっと仲間の事を考える必要がある。
「良いんだ。今回は私のわがままだしね。彼はこんなことをするやつじゃないんだ。だからきっと冤罪なんだと思う。…ユラ、グラ。彼を助けることに手を…。」
「貸す。」
「もちろん、博士のわがままなんて今さらなんだから!ね、ユラ君。」
「そうだな。」
「…ははっ、君たちが私の仲間で、本当によかったよ。とりあえず今日は暗い。彼も能力者だ。それに仲間だって何人かいるはず。今夜くらいは逃げられるだろうよ。だが明日の朝すぐに頼む。」
「了解。」
「りょかい!じゃ私おふろー」
グラはうきうきとした感じでお風呂へと向かっていった。グラがいつも通りに戻ってくれて俺はなんだか安心した。
「そういえば二人は付き合ったのかい?」
「いや、俺たちは『ノマド』として、恋愛にだけうつつを抜かすのはいけないって。さっき話した。」
「そうか。別に私は良いと思うんだけどね。…私も恋をしたかったものだよ。」
「…彼という人にはしてなかったのか?」
「さぁ、どうだろう。私は人を愛す前に自分を愛せてなかった。そんな人間に恋愛感情なんてわからないんだろうよ。」
博士はまるで他人事のように自分の事を卑下する。いつか常に博士が笑っていられるような、そんな場所に『ノマド』をしたい。
「そういえば彼の名前を教えてなかったね。彼の名は暗無アム。ちゃんと自己紹介の時は自分から名乗るような潔い良い男だったよ。」
それから俺はグラと入れ違いに風呂に入る。さっきの博士の話していた時の顔を思い出す。あれは絶対恋してる顔だ。だが少し違うと、考え直した。あれは恋していた顔だ。博士にとってあの時の事は思い出したくないのだろう。明日、暗無アムを無事助け、博士に会わせてあげたい。夜の街ではなく、きっと『ノマド』でなら、良い再開となるはずだ。
俺は風呂から上がって部屋で寝る準備をする。寝る前には少し本を読むのだがなんだか今日は疲れたのでやめた。主に精神が。よくよく考えたら女の子に好きと言ってしまったようなものだ。そりゃ心臓だって疲れる。
だが、どうやらまだ今日は終わってくれないようだった。
こんこん、と部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
「私…グラだよ。入ってい?」
「あ、あぁ。大丈夫だ。」
別にこの部屋に見られて困るようなものはないのだが俺はきょろきょろ部屋を確認してからドアを開ける。
「あ…えと、その、お、おじゃまします。」
お風呂上がりの女の子はC4 並みの爆発力がある。それが好意を抱いているものなら尚更だ。俺は本能を押し殺し理性を前面に出す。頼むぞ理性。
くそ、良い匂いする。
グラは何も言わず俺のベットに座った。なんだ?俺はなんでベットを奪われる運命にあるんだ?
俺は仕方なく床に座ろうとしたが、グラが手をちょいちょいと招いて、ベットをぽんぽんとした。隣に座れってことか…
俺はおずおずと少しグラから離れてベットに座った。
「それで…何の用だ?」
「ちゃんと話しておきたいなって。あの博士の部屋の地下にある、ぼろぼろの本について。」
グラの目を見て、真面目な話だとわかり俺はちゃんと向き合った。ぼろぼろの本。グラが能力についてよく知らないときに殺してしまった…能力者の話。
「大体は聞いたと思うんだけど…多分その本の持ち主については聞いてないでしょ」
「そうだな。」
「あの本を持ってた人はね。優しい奥さんと、かわいい娘さんがいたんだって。でも…娘さんが悪い奴らに誘拐されて…酷い姿で見つかって。それに絶望したとき、その人の目の前に本が現れた。そんな状態でこんな力を手に入れたらどうなるかなんて、わかりきってる。その人は娘を誘拐した奴らを次々に傷つけ始めた。しまいには奥さんまで。それを偶然見た私はその事情を知らずに、倒して、…殺してしまった。」
グラはうつむき、手が震えているのがわかる。握ってあげられたら、俺にはその一歩が踏み出せない。つくづく自分が嫌になる。
「その後、優しい奥さんが私に言ったんだ。…あなたは悪くない。けどその力を許すことはできない、だからあなたを許すこともできない、ごめんなさい…って。」
グラはぐすっ、と泣いているような声を出すが、今回は泣かなかった。いや、泣いてる姿を見せなかった。
「そりゃそうだよね。娘さんも、優しい旦那さんも、いなくなっちゃったんだもん。誰かに当たりたくなるよ。私も…ユラ君に一回当たったし、人の事は言えないよね。だから…私は決めたんだ。もう二度と私みたいな…何もわからず力を振るう人はいらないって。そのためにももっと人手も、私自身の力も必要だった。だから私は、『ノマド』を作った。誰にも迷惑をかけない、交流もしない。放浪する者たちって意味でね。」
初めて聞かされたチーム名の由来。俺が想像できるような、そんな簡単な話ではなかったと思い知る。
「…俺の好きな人の、好きなところはさ。」
「え…?」
「行動力があるからなんだ。それもただの行動力じゃない、自分を足踏みに、自分の事を信じて、行動してる。俺ならきっと、間違いで人を殺めてしまったらもう立ち直れない。なんならその人を止めようとすらも思わない。でもグラは、君は違う。」
俺はその時、やっとグラの手を握れた。グラははっとして俺の方を見る。
「俺は自分に理想をかぶせて現実を見ず行動する道を選んだ。俺には人助けなんてできない。けど誰かのヒーローとしてなら守れる。そう思い込む。でも君は自分の現実に向き合って行動してる。その時一番やらなきゃいけないことを君は確実に選んでやってるんだ。それが自分の思惑通りじゃないことでもね。確かに自分を軽視しているのに、行動するその時は自分をしっかり見てる、みたいな。…何言ってるかわからないかもしれないな。」
「いや…わからなくなはないよ。でもそんな過大評価されるほどの人間じゃないよ、私は。」
「さっき私みたいな人間はもういらないと言ったけど、俺は君みたいな人間が好きだ。だからそんな事は言わないでほしい。それにもう君は十分に強いしね。これは勝手な、俺のわがままだけど。」
「…うん、わかった。ありがと、ユラ君。この話をしたらきっと嫌われると思って話せなかったんだけど…よく考えたらそんな人じゃないね、ユラ君は。」
グラはまた笑顔になった。俺はこの笑顔の為なら、ヒーローにだって魔法使いにだって、なんだってなろうと決めた。
「今日はよく寝れそうか?」
「うん、ほんとにありがと。じゃあ…おやすみ。」
「あぁ。」
グラは俺の部屋から出て行こうとして、入り口で止まった。
「…一緒に寝ていい?」
「…俺多分寝れなくなる。」
「私も。明日までお話ししよ。ユラ君のわがまま、聞いてあげるかわりに私のわがままも聞いてよ。」
「はぁ…わかったよ。」
グラはさっきよりもにっこにこになって俺のベットに潜り込んできた。
案の定、二人とも寝れず。お日様が登ったころに俺たちは寝付いた。
次の日、俺は目を覚ました。昨日は確か…と時計を見ると9時。いつもより長く寝てしまった。今日は暗無アムを探しに行かなきゃなのに…。
俺が仕度をしてると、そういえば昨日グラと寝たことを思いだした。もちろんグラの姿はない。流石にもう起きてるだろう。
俺がキッチンに向かうと…
「あ、おはよ。ユラ君。」
「おはよう。起きるのが遅くなった。」
「昨日は話しすぎたね。コーヒー淹れるよ。」
「ありがとう。」
俺はグラの作っていた朝ご飯を食べていると、廊下の方からどたどたと足音が聞こえてきた。多分博士なんだろうけど、なんか慌ててる。何かあったんだろうか。
「おーい!たいへ…ん!?なんでドア開かないんだ!?」
ガチャガチャとドアノブをひねる博士。原因は…
「グラさん…入れてあげてください。」
「…なんでわざわざユラ君と二人の時に…仕方ない。」
グラが能力でドアを閉めていた。ほんとにもう…。
「おわぁあ!?あ、開いた…。いやそれどころじゃない。二人とも、テレビ見てくれ。」
俺は言われた通りリモコンでテレビをつけた。丁度ニュース番組、そして光る箱の中の女性は、喋る。
[今朝、昨日から逃亡中の能力者、暗無アム容疑者が警察により、逮捕されました。捕まった今でも、冤罪だ、無罪だと騒いでいるようです。警察は明日にでも事件について…]
そこには、俺たちの次の仲間になるかもしれない男が映し出されていた。




