第十二話 乱心
「遅くなったな、グラ」
「んぇ…。」
その言葉、その姿。私は安心して変な声が出てしまった。私がもう死を覚悟した瞬間、ユラ君が助けに来てくれたのだ。
「なんですかお前…暑い…。」
鉄の能力者の女の子の言葉で今の店内の環境にようやく気付いた。めちゃくちゃ暑い。サウナレベルだ。
原因はもちろん…この目の前で燃えているユラ君だろう。
「ユラ君、ちょっと私も暑い。」
「あぁ、すまない。鉄を溶かすとなると少し炎の温度を上げる必要があるから。もう少し我慢…って足。ケガしてるじゃないか。」
「いや、何ともないから!とりあえずあの子を…。」
「いいから…早くその炎を消してくださいよぉ…!!」
私の方に気を取られたユラ君を狙って女の子は鉄を伸ばす。ユラ君は私の方を見たまま、手のひらを後ろに向けた。
「ユラ君あぶ…!」
「【ブラスト】」
手のひらから向けられた高出力の炎で鉄は溶ける、まではいかなかったがこちらまで届くことはなく、軌道が逸れた。炎は女の子の頬を横切った。
「あっ…つ!!」
やっぱり、最初見てから思っていたことではあるが、『炎』の能力は強すぎる。能力者同士の戦いで一番大切なのはイメージなのだ。どう能力を使うかのイメージ。これができるかどうかで差が生まれる。その点、炎の能力はイメージがしやすい。空気や水で人を傷つけるイメージはそう簡単には思いつかないが炎は別だ。触れるだけで、火傷を負う。
「あとで相手するから黙ってろ。…グラ、少し焼くぞ。」
「え?」
ユラ君は私の足の刺し傷に向かって炎を放った。さっきの攻撃的なものではなく、守るような優しい炎だ。でも熱いものは熱い。
「あっつ!」
「悪い、今はこれしかできない。」
「い、いいよ!どんときて!」
「涙出てるぞ…。」
ユラ君は服を少し破いて私の足に巻いた。とても丁寧だ。こんなこともできるのか…。
「ユラ君は何でもできるんだね。」
「本がなきゃ何もできない、ただの男子高校生さ。」
「博士に言われてきたの?」
「あぁ。グラがピンチかもってな。それじゃあ…」
ユラ君は女の子の方を向きなおした。
「待たせたな。」
「ふ、ふん…。いいですよ別に…はぁ…はぁ…。」
「随分暑そうだが。」
「誰のせいだと…!二人まとめて押しつぶされろ!」
女の子が両手を前にあげると、横にあった鉄がどんどん大きくなっていき、私たちの左右に金属の壁ができて…。一気にこちらに近づいてきた。
「グラ!」
「わかってる!」
私は急いで空気の壁を作り出し、なんとか抑え込んだ。
「ちっ…それなら!」
「はぁっ!」
ユラ君は手から無数の炎を放った。周りの本を気づつけないように注意を払って。
「なっ…!?やけくそですか!」
女の子は自分の周りに金属の壁を作り、自分の事を丸まる囲み、半球の中に閉じこもった。ユラ君の炎でも、その壁は破れない。鉄にぶつかり続けるだけだ。だがそれでも、ユラ君は炎を止めなかった。
「ユラ君…?」
「…降参したかったら言えよー。」
私は何が何だかわからないままその様子を見ていた。これでは状況は変わらない。どうする気なんだ…?
私がそう思った時だった。金属の中から声が聞こえてくる。
「わかった!私の負けだ!だからもう…」
「はいよ。」
そう言ってユラ君は炎を止めた。その瞬間に金属はなくなり、中から汗だくの女の子が出てきた。そうか、炎自体は守れても熱は金属を通る。あの状況は我慢比べだったのか。一方的な、女の子だけの我慢比べ。
「畜生…。」
「ほら、本よこせ。」
「くっ…せっかくの力を!もったいないとは思わな…。」
そう女の子が言いかけたところで、ユラ君は手から炎を出し、女の子を脅した。
「さっさと本を渡せ。もったいないだと?大切な仲間を…友達を守れる力のどこがもったいないって言うんだよ!」
「う、うぅ…。」
女の子はうなだれて、本をユラ君から奪われた。
「はぁ…よかった。なんとかなったね。」
「悪いなケガしてるのに壁作らせちゃって。間に合わなかったもんだから。」
「これくらいはしなきゃ私も面子がないよ。それより汗だく…帰ったらお風呂…いやその前に病院か。」
「足、荒治療で悪いな。もう一回見せてくれ。
そう言って近づくユラ君を見て、なぜか胸がざわついた。なんでだろ…。でもまぁ…ほんとにユラ君が来てくれて助かった。
これにて今回の事件はひと段落。とはいえ被害はある。ケガをしてしまった人も何人かいた。それに店内や本自体にも被害が大きい。もう読めなくなってしまったものも多い。
「あぁ…本屋が。」
「すいません…助けが遅れて。」
「あぁ、いえ、ありがとうございます。ノマド…でしたっけ?チーム名。助かりました。お客さんの中にケガをしている人はいませんでした。本当にありがとうございます。」
ケガをしてるから、と私を座らせてユラ君は事件の後処理へと向かった。最初は私がやるつもりでいたのだがユラ君はそんなことよりグラを病院に。聞かなかった。解決だけが私たちの仕事ではない。絶対にやる、と私が引かないと自分がやるからグラは座っていてくれと半ば諦めたように向かってくれた。その前にユラは博士に電話して、車で来てくれるよう頼んだ。この状態じゃ私一人で空を飛んで帰るのは難しいと判断したのだろう。
「うーむ…真がユラ君を好きになる理由。なんとなくわかるかもしれない。」
なんというか…常に自分を後回しなのだ。真も言っていた。その様子がなんだか不安で、見守っていたくなるような。そんな感じ。まぁ、だからと言って私がユラ君を好きになったりはしないんだけどね!うん!
ただ、残念ながら私は自分に嘘をつけるほど器用じゃない。
「…しないん…だけどねぇ…。これは…。」
と、頭で思ったが心は嘘つく気ないようだ。さっきからユラ君の事ばかり目で追ってしまう。見ているだけで胸がどきどきする。全く、私の心は空気を読んでほしいものだ。これは勘違い。そう、この状況のせいだ。多分明日には何とも思わなくなるだろう。そんなことを考えているとユラ君が帰ってきた。
「ただいま。とりあえず店内の鉄は全部剝いできた。消えないのが困ったが、まぁあとで回収してもらおう。」
「そう。あの子は?」
「あの女の子は一旦病院に行ったよ。ちょっとやりすぎたかもな。」
「そうだね。」
私は頑張って今何も考えないよう努力している。ユラ君が近づいただけでこんなんじゃもう真の顔見れないぞ!私!
そんな私に一人の女の子が近づいてきた。まだ幼い。
「おねえちゃん、ありがと!」
「えーっと…あぁ、そういえば君あの鉄の囲いの中にいたね。大丈夫だった?」
「うん!お母さんもたすけてくれて…ありがと!」
「うんうん。私はみんなが、君が無事ならそれで満足だよ。」
「…おねえちゃん、あし。ケガ?」
私の足に巻かれている布を見てそう思ったのだろう。…そういえばこれユラ君の…。って何を考えているのだ私は。
「これね、このお兄さんがなんとかしてくれたからもうだいじょ…。」
なんでこのタイミングで痛みが戻ってくるんだ。
「だい…じょうぶだから…ね?」
「声が大丈夫じゃないぞ、グラ…。早くちゃんとした手当しなきゃな。」
「そうだね…。博士早く来ないかな。…ほら、君はお母さんのところ戻りな。」
「うん!ばいばい!」
女の子は元気よく手を振っていなくなった。あーゆー子供を心配させないように、これからも頑張らなくちゃな。今の私じゃ…何もできないから。
「もうすぐ博士、着くみたいだ。グラが足を怪我したことは伝え…ってどうした。」
「んー?私、まだまだだなぁ…って。」
「どうした卑下になって。人質を全員逃がしたじゃないか。」
「そうだけどね…。結局ユラ君がいなきゃ私もうあそこで終わってたなぁって。」
「それはそうかもしれないが…空気と鉄じゃあ相性が仕方ないだろ。結果的には大丈夫だったんだし。」
「仕方ない、で今後私は『ノマド』の活動していくつもりはないの。人を救えなかった時に、仕方なかったなんていうヒーローはいないでしょ?だから私はこういう時は思いっきり落ち込んでもうこんなことにはならないようにするって決めるの。」
「グラは真面目だな。確かに大切なことだが、もう少し肩の荷を下ろした方がいいぞ。」
そう言って空を見上げのびのびとするユラ君に私は少しイラっと来てしまい…。
「ユラ君は遊びで人助けするつもりなの?ちょっと信じられない。」
あーあ、こんなこと言うつもりないのに。なんで言っちゃうんだか。でもこれで少し嫌われるくらいだと…いいのかな。
そんな私の思惑とは違く、ユラ君は少し困ったように話した。
「そういうつもりではないんだ、グラ。真面目に、しかめっ面で助けられても人は安心できない。だからいつでも、余裕をもって笑顔で人を助けようって決めたんだ俺は。それでやっと人を助けるってことになると思うって。まぁ俺の勝手な考えなんだけどな。」
「…ごめん、本気でそう言ったわけじゃなくて。」
「いいさ。落ち込めば人に当たりたくもなる。」
「…ユラ君は優しすぎるよ。博士にも、誰にでも。」
「誰にでも?そんなわけないだろ。」
ユラ君が私の前へ来て、言った。
「俺は好きな人にしか、優しくしない。クズなんだぜ?」
笑ってユラ君はそう言った。落ち込んでる私の事を想って冗談のつもりで言ったんだろう。でも今の精神状況ぐらぐらの私には、クリティカルだ。
私は顔をユラ君からそらした。今顔が赤いのがわかる。ちょろいんだよ私は。そういうことをさらっと言われてしまったら…あぁもう。
「お、ユラとグラ。ここにいたのか。二人とも無事…いや、グラは足か。」
「博士。人の事を二匹の野ネズミの絵本みたいな言い方するな。」
「だって二人とも名前似てるし。仕方ないだろう?それじゃあ私はグラを病院に連れて行くよ。ユラはどうする?」
「俺はもう少しここにいる。まだ全部終わったわけじゃない。店内もぐちゃぐちゃだし。警察にも事情を話さなきゃ出しな。そうだ、博士。本。持って行ってくれ。」
「あぁ、わかった。これで三冊目か…。それじゃあ行こうか、グラ。車には一人で乗れそう…ん?グラ?」
博士は私の様子がおかしいことを一瞬不思議に思ったようだが私はすぐに勢いよく立ち上がった。
「大丈夫!乗れ…痛っっった!!」
「無理をするな…。はぁ。本当にユラがチームに入ってくれてよかった。こんな危なっかしい女の子一人に任せた私も悪いが。」
「うるさいなぁ博士は。」
「はは、悪い悪い。悪かったから少しずつ空気の圧で首絞めるのやめてくれ。死ぬから。ねぇ、グラ。」
博士の肩を借りながら私は助手席に乗り込んだ。相変わらず変な色の車だなぁ…。毎回乗るのに抵抗がある。なんで黄色と青のシマシマなんだ?頭の良い人の考えはよくわからん…。
どうやらユラ君もそう思ったようだ。
「変な色の車だな。」
「何を。私のおしゃれをバカにするのか。」
「いや…グラどう思う。」
「よくわかんない。」
「ほらな。」
「そんなに酷いのかこれ…。」
博士も残念そうな目で車を見ながら運転席に乗り込んだ。
「じゃ、また後で。遅くなりそうだったら連絡する。」
「あぁ。頼んだぞ。」
そうして車が動き出し、ユラ君も少し見送ってすぐにまた本屋の方へと向かっていってしまった。私はその様子を無意識に名残惜しく眺めてしまう。あー早く忘れなきゃ…。寝たい。寝て忘れたい。…それと同時に足が痛い。
「グラ、これ飲んでおきな。」
そう言って博士は運転しながらひとつの小さな小瓶を投げてきた。手のひらサイズだ。中には透明な液体が入っている。
「何これ。」
「鎮痛薬。少しはマシになるだろう。」
「ありがとう。博士大好き。」
「さっき首を絞められた者に言われたくない。」
私は少し笑いながらもらった薬を口に含んだ。
「そういえばユラの事好きにでもなったのか?」
「っ!?げほっげほっ…!!そんな訳…げほっ…。むぜた…。」
「大丈夫か?ほら、ティッシュ。」
私は博士からティッシュをもらいつつ、博士の手をたたいた。
「いて、何するんだ。」
「突然そんなこと言わないでよ、もう…。鎮痛薬でむせるなんて人生初だよ…。」
「悪い悪い。そんなに同様するとは思わなくてな。でもさっき顔が赤かったように見えたから。」
「…そのこと誰にも言わないでね。」
「え、ほんとに好きなのか?」
「あ。」
バカ…まだ誤魔化せただろ私…。
「あーもう私今日ダメ。ナメクジ以下。」
「そこまで悪く言うんじゃないよ…。良いじゃないか。青春で。早く告ればいい。」
「一回恋愛漫画読ませてあげたいよ博士に。そんなすぐ告白するわけないでしょ。」
「いつかはするのか?」
「…もうヤダ。博士とは話さない。」
「そういえばユラを好きな幼馴染がいるんだったか。」
「はーかーせ!!!!」
『ノマド』結成からこんなに心揺さぶられたのは初めてだ。
はぁー…恋なんてしてる場合じゃないだろ。私は。




