第十一話 金属
「ふわぁ~あ…もう朝か…。ねむい。」
私はベットから出て、近くにあるポットから水をコップに移して飲む。私、空理グラの朝は6時から始まる。まずは伸びをする。これをしないと私はもう一度寝てしまう。ぐうたらなあの頃とはもうおさらばだ。
「んっ…んーっ…ん!はぁ…。よし!今日も頑張るぞ!」
次に着替える。いつもの動きやすい格好だ。私は『ノマド』の中で唯一自由に空を飛ぶ能力、『空気』の能力使い。だから毎日色々なところへ飛んで人助けと能力者を探している。おかげで帰ってくる頃にはへとへとだ。早くユラ君も空を飛べるようになってくれないかな。
「さて…今日はー、そうだね…ユラ君が好きそうな服装にしちゃお。」
大きい白いパーカーを着て、ショートパンツをはく。そしてお腹とショートパンツの間に白い魔本を挟む。結局ここに入れるのが一番良い。両手もふさがらないし。本を隠せる。だが博士にこの格好を見られると「履いてるのか?それ」と言われてしまった。失礼なものである。博士だって一回おしゃれしてみればいいのに。あんなに美人で綺麗なのに…。私が勧めた服は着てくれなかった。なのにユラ君が渡した猫の着ぐるみパジャマはほぼ毎日来てる。ちょっと悔しい。博士はユラ君の事気に入りすぎだ。でも確かにあの着ぐるみパジャマ状態の博士は可愛い。
「ユラ君もユラ君なんだよなぁ…。真が可哀想だよ。」
着替えを終え、髪もある程度整えてから私はキッチンへと向かった。朝食を作るためだ。このチームで料理ができるのは私とユラ君の二人。ユラ君が一度ご飯を作ってくれたことがあったのだがそれは美味しかった。私の好きなグラタンをリクエストするとすぐにスマホで作り方を調べ出してくれた。嬉しかった。
「ごちそうさまでした。うん、それじゃあ行こうかな。」
1人の朝食を終え、私は多分まだ寝ているであろう博士の部屋へと向かった。博士は夜型なので朝は寝ている。でもちゃんと外へ活動しにいく前には声をかける。そういうルールにしたのだ。どこに行っているかを伝えておく必要がある。いつ能力者が暴れ出すかわからない。通信機器で連絡をとれるとはいえ状況がいつも同じとは限らないからだ。
「博士ー?行ってくる…あれ、起きてる。」
「やぁグラ。おはよう。」
「おはよ。珍しいね。」
「あぁ、ちょっと作るものがあってな。」
「ふぅん…ユラ君は?」
「ユラなら昨日自分の家に帰ったぞ。たまに帰らないと心配させてしまうからな。好きな人を。」
「真の事好きって言ってたの!?」
進展だ。これは応援、いやちょっかいをかけなければ。
「うん、まぁ、親友としてだがね。」
「なんだ…がっかり。」
「グラも早く言わないと、間に合わないぞ。」
「私は別にユラ君の事…そういう目で見てないもん。」
「そうだったのか?案外グラはあーゆー性格の人を好みそうだと思っていたのだが。」
「博士に恋愛を語られても信用ない」
「はっはっは、それもそうだ。」
座っている博士は笑いながら両手を太ももの上に置いているぬいぐるみに乗せた。私が最初に博士に出会った時に渡したフクロウのぬいぐるみだ。大切にしていてくれて何よりだ。
「それじゃ私行ってくるから。」
「あぁ、気を付けて。ユラ君は午後からジェネシスシティを回ってくれるそうだ。それまでは私が町中の監視カメラをハックして見ておく。グラは町の外を頼んだ。」
「りょーかい。」
相変わらず博士は動こうとしない。そういう人種だと私はもう割り切った。
私は拠点から出て、空を飛ぶ。
「あれ、グラじゃない!おーい!グラー!」
「おぉ、ばいばーい!」
近頃は私のファン…じゃなくて『ノマド』を認知してくれている人が増えてきた。まだ少数の人しか知らないことではあるが国の平和を守っている謎の人間がいると噂になっていた。ただ一つ勘違いがある。ノマドは私だけだと思っている人がいるのだ。
そりゃそうである。ただでさえユラ君、博士、私。しかも博士は外に出ないし、ユラ君はまだチームに入って日が浅い。国中飛び回っている私の話ししかないことは必然なのだ。あと一人か二人、チームの人数が増えてくれたらいいのだが…。
「さて、行きますかね。」
私はいつも通り町一つ見渡せるくらいの高さで空を飛ぶ。パトロールというものだ。どこで何が起こっているのか。それは空気を読めばわかる。私には本当に空気を読む力があるのだ。とはいえ簡単なもので、悪意、善意、困りごとや助けを求めている空気などが大雑把にわかるだけ。だが、それだけで私にとっては十分だ。
それから私はジェネシスシティの外を飛び回った。今日は50件ほど人助けをした。相変わらずご老人の荷物を持ったり、迷っている人に道を教えたり。猫を探したり。
こんな小さな問題しかないことが、平和を物語っている。
「もうお昼ごろかー…なんか食べようかな。」
そんなことを思いながら空をぷかぷか浮いているとスマホが鳴った。
「もしもし、博士?」
[ジェネシスシティの隣の町の本屋に能力者らしき目撃情報、騒動だ。座標を送る。すぐに向かえるか?」
「了解。」
私はすぐに送られてきた場所へと向かった。今までのような速度ではなく、目にも止まらない速さで。見た目なんて気にしてちゃ、本物のヒーローにはなれない。
「よーっとっと…ここかな。」
なるほど、確かに能力者がいるなこれ。本屋の周りは人が多く集まっていた。そりゃそうだ。何せ…本屋の入り口が明らかに人の手ではない金属の山で覆われ、入れないようになっていた。
「みなさーん。危ないのですぐご自宅へお帰りくださーい。警察もすぐ来る…ってもういるじゃん。」
「誰だ…?あの子供。」
「グラじゃない!?すごいすごい!!私大好きなの!」
やばい別の騒ぎを起こしてしまう。いや今はそんな冗談を言ってる場合じゃないか。この警官たちは…誰かが通報したのか。まだ真昼間、中に人が閉じ込められていることは容易に想像できる。
「君、ここは今封鎖中だから。子供は危ないから帰りなさい。」
「もう…何回この紙見せたらいいのかな。」
私は常備しているある一枚の紙を警察に見せた。この紙は私たち『ノマド』が政府公認の対異例犯罪者組織であることを証明する紙である。私たちのチームの存在はもう警察には知れ渡っている。だから案外すんなり納得してくれるのだ。
「これは…君が…いえ、あなたがあの『ノマド』でしたか。失礼しました。」
「うん。今これどういう状況?」
「目撃者によると突然女から鉄のような、金属が出現し本屋を封鎖して立てこもっているようです。」
「なるほど…裏口は?」
「今まさに突入しようとしたところです。」
「わかった。まず私一人で行く。」
「ですが…」
「大丈夫。でも長いこと何もなかったからすぐにここに電話して。応援が来るから」
「了解。どうかお気をつけて。」
「うん、そっちも一応気を付けて。」
警官は私の要望を飲んでくれた。こんな小娘に、なんて思わないのかな。まぁ普通わかるか。これは拳銃や手錠、法律でどうにかなるレベルじゃないって。
「ここか、裏口。」
私は音を立てずゆっくりとドアから店内へと入った。入り込んだ場所は売り場の端っこだった。犯人に見つからないようゆっくりこっそりと進んでいく。何やら誰かが大声を出しているようだ。その方向へと向かっていく。本屋のところどころに金属の破片のようなものが落ちている。私はそれを拾ってみた。
「ただの鉄…かな。じゃあ能力は…『鉄』を操るのかな。」
進んだ先で私は犯人らしき人と、逃げ遅れた人を見つけた。店員数名、お客さん数名。金属に囲まれ脱出は不可能そうだ。
一人だけ、金属の囲いの外から叫んでいる女の子を見つけた。私と同じくらいだろうか?
「んー…お金は別にいらないんだよねぇー。ちょっとぉ、練習って言うかぁ?試してみたくてここ襲ったのぉ!だから騒がないでいてねぇ?もー少しだけ練習させてねぇ…?」
あの子か。金属の椅子のようなものに座っていた。偉そうに。あの椅子ゼッタイお尻冷たいでしょ。
奇襲を仕掛けよう。人質がいる以上、私の事がバレれば何をするかわからない。
「…あと、誰か入ってきましたよねぇ。出てきてください。出てこなければぁ…この人たちを…どうしましょうかねぇ?」
バレてたか…。さっき軽率に破片に触れなければよかった…。
「はいはい、出ますよ。出ますから。」
私は観念したフリをして手のひらを上げてその鉄の能力者の前に出た。
「け、警察じゃないのか!?」
「そんな…。」
「おぉ、人質さん達。騒がないでって言いましたよねぇ?…でも私も驚きです。なぜこんな小娘が?」
「あなたとそんなに変わらないでしょ。」
「それもそうですねぇ…。」
彼女は手に持っていた本を私が出てきてからぎゅっと抱きしめた。警戒しているのだ。本をある程度遠ざけさせれば無力化できるのだが…。あれじゃ無理だな。
「私、逃げ遅れただけなの。」
「そう…なのですかねぇ…。私結構探したんですがねぇ…。」
さてどうするかな。別に戦わなくてもわかる。勝てない。空気がどうやって鉄に勝つのだ。くるっと金属で覆われてしまえば手が出せない。とはいえ、戦う必要もない。人質を逃すことが最優先だ。
「とりあえずお前もこの金属の周りに入ってもらいましょうかねぇ…。」
「わかった。」
私は両手を上げて、恐る恐る歩く。その女の子は私がただの女の子であることを信じ切って、後ろを向いて金属の囲いに穴を作り出した。
今しかない。
「よっ!」
「なっ…!?息がっ…できないっ…」
私は空気を能力者の女の子から遠ざけた。すこし悪いが気絶してもらうしかない。だがこれで安心もできない。
「今です!みんな逃げて!」
みんなは金属に囲まれていただけで縛られていたわけではない。私の声でお客さんや店員さんは一斉に立ち上がり逃げ出した。
「店員さん裏口へお願いします!」
「わかりました!ありがとうございます!お客様こちらへ!」
一人、二人とどんどん裏口へと向かう…だが。
「っ…!逃がさない!」
「危ない!!!」
女の子は金属を弾丸のように飛ばし最後に逃げ出そうとしている男性に当てようとした。私はとっさに動き、その破片を背中に受け、男性をかばう。
「ぐっ…痛いだけか。」
血は出ていない。酸素の供給されない状態の苦し紛れの攻撃か。だが今ので私の意識は完全にその子から離れていた。
「はぁ!はぁっ!あ、危なかった…。お前、能力者か…。」
「…皆さん逃げて!お兄さんも!」
「すまない、僕のせいで…。」
「いいから、ほら!」
最後の一人も助かり、金属まみれの店内には私と能力者の女の子だけ。
私まで逃げては行けない。私にしかなんとかできないのだから。
「ふん…この現状。逃げきれませんから。」
「望むところ!」
私は空気を固めたものを放つ。目に見えない砲弾を。
「無駄ですよ!」
金属の壁に私の空気砲は防がれる。まぁそうでしょうね!
私はもう一度、彼女の周りの空気をなくそうとするが…
「喰らえ!」
「わっ!?」
突然落ちていた鉄塊がとげのように伸び、私に襲い掛かる。咄嗟に私は空気を固めて何とか目の前に鉄のとげを止めた。危なかった…。私は初めて、死を感じた。
「なんでこんなことを…」
「お前こそですよ!どうしてこの力を人助けに…私が悪者みたいではありませんか!」
「いや悪者でしょ…。」
「ふん…本を拾ったものは神に選ばれたもの。善に決まっているでしょう。」
あ、ダメだなこれは。説得できないタイプだ。
「あなたのような偽善者を滅するための力なのですよ!」
私は上からの金属のとげの攻撃に気付けなかった。私の足に金属が刺さる。
「いっ…たいなぁ…。」
私は強がるがもう泣きたい。でもだめだ…。逃げるのは簡単だ。でも私がやらなきゃ…だれがこの子を…。
「最後の抵抗…!」
「何っ!?」
私は空気を手のひらで一瞬で圧縮して、前方に放つ。ゴォオオンといい音だけ鳴った。
もちろん、その攻撃が彼女へ届くことはなかった。どれだけ高出力にしても金属を破るほどの力は出せない…。私は能力の相性の悪さを恨み、同時に私はここまでだと悟った。
「ビビらせやがりますねぇ…でももう終わりです。ハチの巣になってもらいます。グロいのは嫌なのでそのあとちゃんと金属で囲って海にでも投げ捨ててやりますから。」
「…はは。」
恐怖を通り越して諦めが勝っている。結局、小娘の机上の空論だったんだろう。人助けのチームなんて、無理だったんだ。
「喰らいなさい!」
四方八方から金属の針が飛んでくるのを見て、私は目をつぶった。
何も…できない人生だった。
「はぁ…はぁ…なんで…!?」
私は女の子の困惑の声で目を開いた。だが、私は女の子の姿を見ることはなかった。人が…仲間が私の前に立っていたからだ。そうじゃないか、私は一人じゃない。
「遅くなったな、グラ。」




