第九話 秘密
その日はグラが一緒に夕飯を食べようと言ってきた。どこか外で食べに行くのかと聞いてみると、どうやらグラが作るらしい。
「あちゃー…食べ物ほとんどないや。ちょっと私買ってくるよ。」
「俺も行こうか?」
「嬉しい!…んだけどなんか博士がユラ君呼んでるみたいなんだよね。話したいんだってさ。だからユラ君は博士のところいってきて。」
「了解。」
今グラと話している場所はキッチンである。廊下にあったいくつかの部屋の一つがこの場所だった。バカでかいキッチン。部屋に合ったものとは比べ物にならないほど大きい冷蔵庫。あまり使われた形跡のないテーブルとイス。博士が作ったものなのだろうか。あの人はなんでもできるんだな…。でも一つ、できないことがあるようだ。
「もしかして博士って料理できない…?」
「…わかっちゃう?多分やろうと思えばできると思うんだけど…。ただ食事にあまり意味を感じてないみたいで。食べること自体は別にキライって訳じゃないと思うんだよ。私が作ったものは美味しそうに食べてくれるし。ただ基本あの人カップラーメンだから。」
「なるほどな…。」
「それじゃ私行ってくるね。」
「おう、気を付けろよ。」
「私一応強いからね?」
いたずら好きな悪魔みたいな笑顔でグラはそう言ってキッチンから出て行った。チームにはああいった人間が一人いるだけで随分変わる。博士は食事に興味があまりないと言っていたが、グラの料理は美味しく食べる。その矛盾は食べ物ではなく、グラに理由がある気がした。
「それじゃ博士のところに行くか。」
まだ少し緊張する。これから打ち明けていければいいのだが。この先を長く、一緒に過ごすことになりそうだし。
俺もキッチンから出て、博士の部屋に向かった。あの部屋は一面機械って感じで落ち着かないんだよな…
「博士ー?」
「ん、ひはは。」
博士はちょうどカップラーメンを食べてた。目の前の多くのモニターを眺めながら。
そんなことより俺は博士の服装に驚いていた。この人の風貌驚くことありすぎだろ。
「あぁ、さっそく着てみたんだ。どうだ、似合ってるだろうか?」
「…想像より似合っててビビってる。」
「ふふん、だろう?私はどんな服でも似合うと友人からよく言われたのだよ。」
博士はさっき俺が渡した猫の着ぐるみのパジャマを着ていた。しっかり猫耳のフードまで被って。最初はこれを博士が着たのだとしたら俺は笑い転げると言ったが、本当に似合っているため何も言えない。これ似合う人間相当だぞ。
「すまない。夕食を食べていてな。」
「こっちこそ悪い。食べてる邪魔をしてしまった。」
「すぐ食べ終わるからそこらへんに座って待ってくれ。」
俺は博士の言われるがまま近くの椅子に座って辺りを見回した。凡人にはちんぷんかんぷんな文章が壁に多く書かれている。日本語だけではない。英語や中国語。ほかにもよくわからない言語のものが多くあった。博士はあんな感じだが確かに天才だ。
その時足に何かがぶつかってくる感触があった。足元にはお掃除ロボットが俺の足をゴミだと思っているのか吸おうとしている。
「これも博士がつくったのかな…。」
俺はそのお掃除ロボットを反対側に向けてやるとまたゴミを探して行ってしまった。お掃除ロボットってペット感があって和む。しかもエサは電気。ゴミを出すどころか吸ってまでくれる。うちにも一台欲しいな。
「良いだろうそのロボット。私のような掃除をしない人間には必須だよ。」
「もう食べ終わったのか?」
俺がお掃除ロボットに夢中になっていると博士が立ち上がってこちらに向かってきていた。今の博士の恰好的には足音は「ぎゅむぎゅむ」だな。
「カップラーメンはすぐ食べ終わるから助かる。…グラの料理を食べてから少し味気なく感じるのだが。まぁこの話は良い。私は斎月君と少し話したいことが合ってな」
「なんだ?」
「斎月君好きな人とかいるのかい?」
「は?」
予想外の質問に俺は唖然としてしまった。なんだこの人。着ぐるみ着て恋バナまでするのか?女の子すぎるだろ。
「…やはり私は人とのコミュニケーションが苦手だ。うまく行かない。」
「もしかして今のは和ませるとかそういう…。」
「…そうだな。そうだよ。まだ私と斎月君には少し壁があるだろう?」
それは俺も思う。グラと博士に出会ってからの時間的間隔はあまり差はないのだが何分グラの距離の詰め方が異次元すぎるせいでこの短時間でかなりフレンドリーになってしまっている。だが博士は会話が苦手のようだ。俺も初対面の大人との会話なんて慣れていない。つまりこの状況、気まずい。
「私にそういう会話の小細工は向いていないから、こういう時困る。」
「博士は天才っぽいがそれ故に会話は下手なのか?」
「ほう?言ってくれるじゃないか。確かに天才という部類はあまり人との会話ができない、しないイメージはあるかもしれないな。でも会話はしたいものなのだよ。で、好きな人とかいるのかい?」
「結局それに戻ってくるんかい。…まぁ強いて言えば冬矢と真…。俺の幼馴染なんだがその二人の事は気に入っている。好きな人、といえばその二人が真っ先にあがるかな。」
「ふぅん…私はもっと恋愛的な方を聞きたかったのだが。グラとか良いじゃないか。私、生まれてこのかたあんな美少女初めて見たよ。最初、このチームに勧誘された時何か私を騙して利用するんじゃないかってくらいね。」
「そういえばグラが博士を誘ったのか?」
「あぁ、聞いてると思うがこのチームを作ったのはグラなんだ。私はそれを全面的にサポートしている。私だって戦えるけどね。」
そう言って博士は指先に水を生み出した。何もない空間から突然にだ。
「博士の能力は…『水』」
「あぁ、日常生活じゃ結構便利だよ。コーヒーとか作りやすくて助かる。」
水、俺の炎の天敵では?博士が悪の道に走らなくてよかった…。にしても水なんて使いようによればかなり強いんじゃないか?人間なんて簡単に殺せてしまう。最も、この人はそう言った行為は嫌いそうだが。
「このチーム、『ノマド』は政府公認の対能力者組織…の未完成形態だね。ちょうどジェネシスシティのように。」
「政府公認の組織!?でも未完成…確かに三人じゃな。国を守るには人数が足りなすぎる。」
「政府公認なんてかっこいいこと言っているが実は親バカが作った組織なんだよ。はい、コーヒー。若者に夜飲ませるのはダメかもしれないが。」
博士はいつの間にかコーヒーを作って俺に渡してくれた。博士もどこからか椅子を持ってきて俺の隣に座り、コーヒーを飲む。コーヒーを飲んでる姿まで絵になる。
…猫の着ぐるみは着ているのだが。
「あぁ、ありがとう。で、親バカってどういうことだ?」
「グラは父子家庭なんだけど、その親父さんが結構なお国のお偉いさんでね。で、ある日政府の別のお偉いさんが誘拐まがいの事をされかけて。それを防いだのが丁度親父さんに連れられていたグラなんだ。元々グラは能力自体を隠す派だったんだけど、目の前の悪事を見過ごせるような器用な子でもなくてね。その一件で少し騒ぎになったんだよ。」
「…まぁ人間のできる領域を超えた力だからな。この能力ってもんは…。」
俺は本を見ながら話す。この本が何なのか。俺達能力者に何かさせる目的でもあるのか。謎ばかりだ。もしかしたら博士なら何かわかるかもしれないが、今は『ノマド』ができた経緯の方が気になるのでこの話をするのは今度にすることにした。
「ただここでね、親父さんが親バカなもんで。この先こういった人ならざる力の為にもグラの力は必須だ!このような異質な力に対する簡易チームを作る!って息巻いて。で、大人たちが頑張ってできたのがこの娘が自由に誰に咎められるわけもなく正義を振り回せる組織。『ノマド』の完成さ。」
「博士はそのチームの隊員第二号?」
「そんなところだが、私の話はまた今度してあげよう。とりあえず今日話したいことの一つは話した。次にこれだ。」
博士は着ぐるみの中から青い色の本を取り出した。どこに入れてんだ。
「君はこの本を開くときどうやった?…背面の英語を読んでみたりしなかったか?」
「…!!どうしてそれを…。」
なんて馬鹿な質問をしてしまった。博士だって能力者なんだから同じ道を歩いているだろうに。
「私もだったからね。私の場合『汝、中間と中継として忠誠を始まりに示せ』というものだった。グラも同じだったが…その様子、私たちとは違ったようだね。」
「あぁ…俺は『汝、始まりと終わりを。』だった。」
「ふむ。なら私の行動はこの先も間違いなさそうだね。」
そう言って博士は立ち上がり、俺の前でいきなり跪いた。大人の女性が跪くという事に驚いた。というよりかは猫が目の前で跪いてて困惑に至っていた。
「えーっと…?」
「私は一応天才を自称しているからね。この本について調べてみた。そして私の本を開く条件だった言葉。斎月君の本を開く条件だった言葉を考えると…私は『始まり』に忠誠を誓うようだ。そして君が…。」
「始まり…って言いたいのか?」
「そういうことだ。だから私がこうして忠誠を誓うポーズをしてみれば何か起こるかと思ったが…勘違いだったよ。全く、ここまで天才を煩わせるとはこの本…も…?」
俺は気づいたら博士のもっふもふの着ぐるみの頭をなでていた。
「あ、悪い…。ちょっと触ってみたくなって…。」
「……」
博士は黙ってしまった。ヤバい怒らせたかも…。
「…もう少し、撫でてほしい。」
「へ?!…あ、あー…。わかっ…た。」
何が何だかわからないが俺はとりあえず言われた通りにした。博士は背が小さいが、確かに大人の風貌があったのだが…。どうしたのだろうか。とりあえず別の事を考えようそうしよう。…やっぱこの服触り心地がいい。何気に良い値段したのだこの着ぐるみ。グラに渡したお化けのぬいぐるみよりも高かった。
俺が博士の頭をなでる意味の分からない空間を破いたのは…
「たっだいまー!博士!ユラ君!今日はハンバー…」
グラは俺と博士の現状に目を大きく開いて固まった。なんかこの状況つい最近もあったような…。
「これは…その…」
「…斎月君、もういいよ。ありがとう。」
博士は俺の前から立ち上がって、かぶっていた着ぐるみのフードを取って綺麗な長い黒髪をなびかせた。そして博士は機械まみれの部屋から出て行った。
「ユラ君すごいよ。」
「…全く状況がわかりません。」
「博士はぜっっっったいに触れさせてくれないの。ハグとか手をつないだりとか。最初出会った時からそんな対応されて私嫌われてるのかなって思ったんだけど…言っていいのかなこれ…。うーん…。」
グラが悩んでいると博士が戻ってきた。服装は変わらず猫の着ぐるみ。ただしフクロウのぬいぐるみを抱きしめていた。
「良いよ、話してやってくれ。すまなかったな斎月君。困惑させてしまって。本当にすまない。」
「いや…何が何だかわかっていない。それと…博士から話を聞きたい。これから一緒に活動をしていく仲で秘密はあってほしくない。」
「…私の話はもっと後で話そうと思っていたんだがな。わかった。話そうか。グラも聞くかい?」
「…私はご飯作ってるよ。それにその話、あんまり好きじゃない。」
グラがこんなに不機嫌そうなそぶりを見せるのを見るのが初めてで、俺は博士の話の重みを理解した。
「それじゃあ話そうか。私の秘密を。…なんだか今日は斎月君と多く会話をしているね。この話をした後には、もっと君と仲が良くなっているといいのだが。」
「…俺は今の段階で、もう結構博士の事好きだよ。」
「そう言ってくれると助かる。…話終わったら君の事をユラと、呼ばせてもらうよ。斎月君。」




