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7 ずっとともだち



「…スズ、最近あまりにも金回りが良すぎじゃない?」


 ある日、ナナにいいつけられてスズが友人兼仕事仲間のレアと買い出しに出た日のことだった。

 スズが「かわいいな、レアも好きそうだな」と思ってアネモネの刺繍が入った上品なデザインのハンカチを眺めていたら、レアに疑念の混じった眼でそう問いかけられた。


「そりゃあ…ねぇ?」

「…それは知ってるけど、いくらなんでも金回りが良すぎな気がする」

「スズ様の人気を舐めないでよね~~!最近は結構客足も絶えないんだよ」


 意外とレアも鋭いんだなと思いつつ、今適当に用意した言い訳をぺらぺらと語る。

 そう、スズは知り合いの中でレアにだけは自分の裏稼業のことを話していた。別にナナ以外には知られようとどうということはなかったが、口が軽く回り回っていつナナの耳に入るともわからない噂好きな他の人間にわざわざ話そうとは思えなかった。レアも噂好きといえば噂好きだが、スズは彼女のことを信用していたのでレアにだけは話して、時々口裏合わせなども手伝って貰ったりしていた。

 

「マダムならまだしも、スズが…?」


 まぁまぁいい言い訳だと思ったのに、なぜかより疑念が深まった眼で見られる。レアは穏やかな人格に反して、素直すぎるところがあることをスズは忘れていた。

 スズとしては別に裏稼業のことと同じく、イヌのこともレアにであれば話してもいいかなと思っていた。ただ、心のなにかがそれをせき止めていた。裏稼業よりも後ろめたさの度合いでいえば、下であるはずなのに。


「…いいパトロンが見つかったの、いくらでも金をだしてくれる便利なヤツがね」


 ちょっとだけ声を潜めてそう伝える。嘘は伝えていない。

 ぜんぶ本当だけど、言ってない部分があるだけだ。そのパトロンの正体が前の雇用主の息子だとか、自分を売るのをやめてくれと頭をさげられて…辞めてほしけりゃ定期的に金を出せと要求して差し出されている金だとかを。

 ちなみにスズはもちろん道端にたつことは辞めていない。金を貰いはじめた最初の頃はちょっと控えたりもしたが、すぐに金が足りなくなった。それになにより、あれを始めてから精神が以前よりも不安定になりがちではあったが、辞めたらもっと酷くなった。金をもらってしばらくは耐えられても、すぐに無理になる。

 

「ねぇ、変なことに…巻き込まれてないよね?大丈夫だよね?」


 変なことに巻き込まれているのはどちらかといえばあちら側だろう__そんな言葉を飲み込み、レアに「大丈夫」と笑いかける。

 ちょっぴり素直すぎるけど心配性なスズの友達は今日も優しい。


「…あっ」


 スズの大丈夫を聞いてもイマイチ納得しきれない様子のまま、しかし諦めたようにスズから目をそらした先でレアの視線がふと止まる。


「レア!!」


 レアの視線と声に気づいたスズが振り向く前に、答えはスズの後ろから騒音をまき散らしながら自らやってきた。


「マーティ!!!」


 流れるような動作でレアはマーティに向かい、正面から抱き着く。すると、マルティンは難なくレアの身体を持ち上げそのままくるりと回す。レアの足が再び地面についた時、二人は軽やかな笑い声をあげながらお互いの両の頬にキスをし、最後には熱い口づけを交わした。


「こんなところでどうしたの?レア」

「今はね、マダムに言われてお買い物中なの。マーティこそどうして?今日はお仕事のはずじゃ?」

「そうそう。本当はそうだったんだけどね。オヤジが腹を下しちゃってさ。今日の仕事はなしってことになったんだよ」

 

 このマルティン__愛称:マーティという青年は、パン職人として働くレアの恋人であった。

 爽やかでイヤミになりすぎない程度に整った顔に、朗らかな性格の溌溂とした好青年。優しく愛らしいレアによくお似合いな青年であった。


「えっ、お父様は大丈夫なの?」

「だいじょうぶだいじょうぶ。朝は死にそうな顔してたけど、今は元気に酒かっくらってるから。正直、仮病の可能性まであったと思うね」

「そうなの?」


 それを聞いたレアが楽し気に笑いだすと、マルティンもそれにつられて笑いだす。まさに「幸せ」を絵に描いたような空間であった。


 きっと彼らはこのまま結婚するんだろうな…とスズがぼんやりとその光景を眺めながら考えていると、笑いあっていた片割れ__レアとはたと目があった。

 レアはスズと目が合うと「あっ」と声を上げ、恥ずかしそうに頬を染め、マルティンから腕をほどく。一緒に買い物をしていた友人の存在をいまさら思い出したのだろう。


「ああ、そっか。レアはお仕事中だったね。…ごめんね、スズさん。お仕事の邪魔をしちゃって。レアもごめんね」

「ううん、私も悪いから…。ごめんね、スズ。お買い物に戻ろう」


 二人から溢れ出る善意百パーセントの「申し訳ない」のオーラにこちらの方が申し訳なくなってくる。 


「…いいよ、そのまま二人で一緒に遊びにいっておいで。買い物は私がしておくから。誰かに見つかったとしても、私がいい感じに言い訳しとくからさ」

「えっ、でも…」

「大丈夫大丈夫!これぐらい私にもできるし、レアにはいつもお世話になってるしさ。たまには恩返しさせてよ」


 スズがそう告げると、レアはマルティンと目を合わせ小声で話し合う。耳をすませずとも内容は聞き取れそうだったが、あえてスズはなにも聞かなかった。


「…じゃあ、お任せしちゃっても…いい?」

「もちろん」

「本当にありがとう!!!今回のお礼は絶対にするから!!ありがとう!!」


 何度も頭を下げる二人に「いいからいいから」と軽く手をふり、その場から離れることだけを目的にして、特にあてもなく移動する。アネモネの刺繍が入ったハンカチはかわいかったし欲しかったけれど、なにがなんでも欲しいわけではなかったし、あの場に残る方が気まずいので諦めることにした。



 今回のことは、スズとしては全然大丈夫でもよくもなかった。

 そんなつもりはないとわかっていても、なんだか自分のことをないがしろにされたようで心がズキズキする。でも、あれ以外のアンサーをスズは知らないし、ああやって「二人の世界」の蚊帳の外に置かれた時点で心にはちょっとサクッとくる。だから、ああいう風に送り出しても送り出さなくても、どっちみち傷ができたことには変わらないわけで、どうせだったら気のいい友人でいられる答えをプレゼントした。

 それに、二人はスズと違って良い人たちだからそんなこと少しも考えていなかったかもしれないけど、スズがああいう風に言うことを全く期待していなかったとは言い切れないように思う。だって今回の仕事は、一人でもできて、自由度が高くて、これが終わったら自由にしていいといわれている__最高に丁度いい仕事だ。 

 なにより、あれを見せられたあとに誰が二人を引き裂けるんだろうか。スズがレアに「仕事に戻ろう」なんて言い出したら、それはまるでスズが二人を引き裂く悪者みたいではないか。スズは二人の愛を燃え上がらせるギミックにもなりたくないし、マルティンはどうでもいいがレアにはなるべく笑顔でいてほしい。


 だから、これはありとあらゆる意味でベストアンサーだったのだ__と、スズは優しい友人の嬉しそうな顔を思い出して自分の心をなだめる。

 優しい友人は…スズにだけ優しいのではなく、誰に対しても優しい。スズにとって彼女は他とはちょっと違う特別な友人だけど、彼女にとってスズは彼女の沢山いる友人の内の特別でもなんでもない一人かもしれない。彼女はその友人の誰に対しても、そして友人じゃない誰かに対しても優しい。

 その中でも彼女は、彼女の優しくて素敵な恋人には特別に優しい。


 本当に愛には種類があって、それぞれ別ベクトルに大切__なのだろうか。

 やっぱりそれは、本当は順位があるけどそれがなんだか後ろめたくて適当に誤魔化す、大人たちの汚い言い訳なんじゃないだろうか。



 スズはさっさと買い物を終わらせると、なんとなく元々立てていた睡眠の予定をなしにして、大通りから一本はずれたいつもの場所にいってもやもやした気持ちごと自分を売りさばいた。

 もやもやは消えた代わりに、空っぽな心と体とはした金しかスズには残らなかった。




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