そしてパーティーは続く
場面はオリヴィア嬢とスズのすったもんだが行われたハーヴィー家の庭に戻る。
その庭には今回の騒動の発端であるオリヴィア嬢の勘違いを認める発言に、明らかにホッとした…でも気まずさが拭いきれない雰囲気が流れ始めていた。
「オリヴィア様!」
その時、仕立てのよい服を着た、一人のガタイのいい男が庭に現れた。
男はその野生動物のような美しい肉体に相応しい、男らしくもどこか甘さのあるマスクのなかなか見ないレベルの男前である。アンバーの瞳はその野性的な魅力に磨きを、緩くウェーブのかかったクリーム色の髪はその猛々しい魅力にちょっとした柔らかさを加える。
おかげさまで、その顔をみた庭にいたほぼ全ての女性陣と一部の男性は思わず、心の中で「きゃあっ!」と学園のアイドルを見た時の若い女子のような軽やかな悲鳴をあげていた。一部リアルで声をあげた者もいたが、その声はちょっと野太かった。
「オルデュール様…」
そのちょっと野太い悲鳴がただのBGMになるような、ソプラノの美しい声が縋るような響きをもって男を庭に迎え入れる。
"オルデュール"、なかなか珍しい名前だが庭のギャラリーの半数近くはその名に思い当る節があった。彼は最近オリヴィアと共にサロンやパーティに参加している男で、最近の社交界でしばしば話題にあがる存在だった。しかし、素性については曖昧で、どこかの国の貴族か王族だとか、どこかの誰かの隠し子だとか色々噂はあるが、ただ「とてつもない資産家である」ということ以外ははっきりしていない。
「一体どうされたのですか」
「…すみません、私どうやら人違いをしてしまったみたいで…。こちらの方がスゴズヴィッタ・ズーズーだと思ったんです。でも、違ったみたいで…」
「…ええ、そうですね。彼女は確かにあの女に似ていますが別人です」
そのオルデュールの言葉を聞いて、オリヴィアはますます顔を青くする。そして、しばし頭を抱えたのちにその頭をスズに深く下げ謝罪の言葉を口にした。オリヴィアの隣にいたオルデュールも「大変申し訳ない…」と頭を下げスズに許しを請う。
庭園には再び何とも言えない気まずい空気が流れていた。
そして、それを解決できるのはこの庭園の中でただ一人だった。そして、それは本人もよく理解していた。
「え~あ~えっと…その…大丈夫です。大丈夫ですから、お二人とも私になんか頭を下げないでください」
そのスズの言葉にホッとした空気が流れる。
スズとしてもよくわからない勘違いがなくなりさえすれば他はもうどうでもよかった。だから、一般ピープルな自分に上流階級の二人が頭を下げているという状況は大変気まずいものだったし、周囲からの目も痛かったのでこれ以上の謝罪は本気で辞めてほしかった。
しかし、オリヴィアとオルデュールは納得できない様子で「でも…」だとか「しかし…」だとかうだうだ言ってなかなか納得した様子を見せない。
「…ごめんあそばせ。ちょっとよろしいかしら?」
いつまでも進まない押し問答の中で、一人の女性がスズの横に立った。
その女性は豪奢なドレスを纏っており、二十代ほどに見えるオルデュールよりも一回りほど上の年齢にみえる。
「お若いお二人、もうご本人が『問題ない』とおっしゃってるんだからもうこの件はおしまいでよろしいんじゃないかしら。『許す』と言っているのに『でも…』と言われたらこの方も困ってしまうわ…ね?」
「…は、はい!!!」
女性にたおやかに微笑みかけられてうっとりしていたスズは危うく返事を忘れかけたが、しかしこの女の言葉はまさにその通りであり、求めていた助け船であった。
「ほら…だから今はせっかくのパーティを楽しみましょう。ね?…そっちの方がこちらの方も喜ぶから」
「はい!はい!その通りです!!!なのでもう大丈夫です!お願いします!!」
「そんなに申し訳ないと思うのなら、あとでゆっくり謝罪の言葉なりお詫びの品なりを考えればいいわ。だから今は…ね?」
オルデュールとオリヴィアは女の顔をまじまじと見た後、目を合わせ頷き合った。
そして、改めて二人はスズに頭を下げた。そして、オリヴィアは「この後少しお時間を頂けますか?」と告げスズが頷いたのを確認し微笑むと、静まり返った庭園を見回し息を吸った。
「この度は私の勘違いで、せっかくのパーティーなのに…皆様に不快な思いをさせてしまい本当に申し訳ございません。なんの償いにも謝罪にもなりませんが、どうかこの後は心ゆくまで我が家__ハーヴィー家のパーティーを楽しんでくださいませ。この度は、本当に申し訳ありませんでした」
オリヴィアが頭を下げその後ろでオルデュールが頭を下げると、庭園にはさざめきのように拍手の波が広がっていった。
その拍手とともに空気を読んだ楽団により演奏が再開され、庭園には徐々に和やかな雰囲気が戻っていく。
その後、スズは場をおさめてくれた女性__ノノとオリヴィアとオルデュールとしばらく会話をしたのち、あんなこともあったので少し早めに撤退した。
結局お詫びの品に関しては断り切れずに貰うことになってしまったが…
「あれ、本当なんですかね?」
「あれ?」
心の中にあった疑問がいつの間にか口に出していたらしく、スズは自分でも驚きつつ、今回たまたま一緒に帰ることになったノノに言葉を返す。
「たまたま」というよりはノノが気を使ってくれたのかもしれないが、人の心に疎いスズには実際のところどちらなのかよくわからなかった。
「あの二人が恋人同士じゃないという話です。どうみても…そういう仲にみえたのになって思って」
「さぁ、どうでしょうね…」
あの後の4人の会話でノノがさりげなく言った「お二人はとても仲の良い恋人同士なのね」という言葉は、オリヴィアとオルデュールにより思いの他真剣な顔で否定された。
スズにはそういう関係にしか見えていなかったし、というより誰がどうみてもそういう関係にしか見えない二人の「違う」という言葉には、スズはもちろんノノも驚いていた。
しかしやっぱり、どうみてもスズには恋仲にしか見えなかったし、今考えると嘘の可能性の方が高く思えてくる。あまりにも二人の関係について色々気になりすぎて、スズとしては今日とんでもない危機的な出来事があったにも関わらず、そのことの方が気になってすらいた。
「もしかしたら、なにか事情があるのかもしれないわね」
何とも言えないもやもやを抱えつつ、スズはノノに心配だからと言われ断り切れずに主人の館近くまで送ってもらい、改めてのお礼と「また会いましょう」なんて軽い口約束を交わし、自分の部屋に帰った。
シャワーを浴びても、ベッドに乗っても、そのもやもやはずっと消えなかった。