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2 真っ赤なバラと白いパンジー、子犬の横には私



 家に帰れなかったあの日から、イヌへの怒りやら消えて欲しいだとかの思いは以前よりはなくなった。


 もちろん、相変わらずスズはイヌのことは憎らしかったし、「こいつさえいなければ」はあの日から何度も思った。それでもやっぱり、いなくなっては欲しくなかったし、ここから動いて欲しくなかった。


 そして実際、数年間は本当になにも動かなかった。


 スズもイヌもなんの動きもない毎日を送っていた。途中でイヌのために家庭教師が雇われたりはあったが、本当にそれだけ。その家庭教師も魔法を使った遠隔教育といった形で実際にイヌ小屋に来ることはなかったから、スズとイヌは柵の中でずっと二人きり。

 イヌは柵の外に出ることを父親から許されていないし、スズが柵の外に出ることはイヌが嫌がった。だから、柵の中で二人は何年も何の進展も変化もない日々をただただ繰り返していた。当然家族ともあの日以来会っていない。

 別に、スズにもそれにはなんの不満もなかった。下手をうって降下するよりは横にずっと直線でいたい。外になんか出て「自分がいらない存在」であることを自覚するなんてもうごめんだった。


 スズの中では、イヌは6歳スズは11歳のまま永遠に停滞し続けるはずだった。

 はず、だった。


「スー、オレ学校行くんだって」

「は?」


 あの日、イヌがそんなことを言い出した。

 その頃にはイヌも随分大きくなっていて、スズの身長を若干越しはじめていた。


「学校に行くんだ、オレ」

「なに言ってんの。ダメに決まってるじゃん」


 同じ言葉を二度繰り返したイヌに、スズは無意識の内にそう返していた。

 そんなスズにイヌは眉を八の字にして、生意気にも口答えしてくる。

 スズは「学校」という存在自体はうっすら知っていたし、そこが勉強する場所というところだというのは知っていたが、イヌとも自分とも縁遠い場所だと思っていた。


「でも、お父様が行けって」

「私の言う事、なんでも聞くっていったよね?」

「…」


 イヌは黙り込んでそれっきり反論もなにもしてこなくなった。

 だから、スズはイヌが学校には行かないということで納得したものだとばっかり思っていたのだ。




 しかし。

 ある朝起きたら、いつもスズの懐を温めているはずのイヌが消えていた。

 誘拐?迷子?どこかで怪我をしている?…様々な可能性がスズの頭を駆け巡って、寝間着のまま駆け出していた。


「イヌ、イヌ…!!!…オルデュール!オルデュール!」


 珍しくイヌの本名であるオルデュールなんて名前を呼んで、スズは離れ中を探し回った。いかに柵で囲われているといえど、かなりの広さだ。

 当然、捜索活動は難航したし、イヌは午前中いっぱい見つからなかった。



 途方に暮れたスズが、勇気を出して母屋の方に行かなければいけないかもしれないと覚悟を決めた頃。


 イヌはやけに綺麗なべべを纏ってひょっこり現れたのだった。


「ただいま、スー!オレ、学校がんばった!」

「…は?」


 キラキラとした顔で笑うイヌが言っている言葉の意味がわからなかった。

 ありとあらゆる意味でわからなかった。


「…あんた、学校行ってたわけ?」

「うん!これからはずっと通うんだってさ。それでさ、」

「あっそ。よかったね」


 全てが腹立たしかった。

 スズの命令を破って黙って学校に行ったイヌ。イヌを学校に通わせようとするイヌの父親。なによりも、イヌなんかを心配して駆けずり回った過去の自分が許せない。

 思い出すだけで、滑稽すぎて笑えた。



 その日から一週間、スズはイヌと口を利かなかった。

 毎日、許してと泣きわめくイヌがうざったくてさすがに無視はやめたが、その日から一緒に眠るのは辞めた。口を利く条件としてそれを提示したら、イヌは散々ごねたが結局受け入れた。当然寝床はスズがベッドで、イヌがソファだ。


 でも、その条件だって随分譲歩したのだ。

 最初は「学校に行くのを辞めること」を条件にしていた。でも、あまりにもイヌがそれに関しては頑なに拒絶したのだった。


「だって、お父様が…」

「お父様お父様って、馬鹿なんじゃないの。命令聞いたところで、いまさらあんたのことなんか愛してくれないよ」

「そんなことない!」


 そうやってキャンキャンと吠えるイヌがうざったいのなんの。

 イヌ自身も薄々気づいているであろう事実を、必死に否定するその姿が哀れでスズはその条件を飲ませることをやめたのだった。




 イヌが学校に通うになってから、スズは退屈でしょうがなくなった。

 これまでのように遊びに付き合い続けるのももううんざりという他なかったが、イヌがいないはいないですることがない。イヌのために用意された本も、文字が読めないスズにとってはただの紙の束だ。だからといって、勉強してやろうなんて向上心もない。


 そんな風に、イヌは学校でなんだか忙しそうで、スズは退屈をもてあましていたある日。


「…ねぇ、学校ってどんなところなの」


 スズは、ソファの下でスズの足をマッサージしているイヌに問いかけた。最初の頃はイヌの力加減が下手すぎて足が千切れるかと思ったが、スズの教育の甲斐もあってここのところようやくまともな力加減でできるようになったのだ。


「人がいっぱいいて、勉強するところ」

「へぇ~」


 正直なところ、スズはまったくもって面白くなかった。

 この柵の中で飼い殺しにされて、二人で永久に停滞しているものだとばかり思っていたのに、なぜだかイヌだけ前に進んでいる感じがした。スズは11歳の時からずっと同じ場所で立ち止まっているのに。


「…スー、学校興味あるの?」

「ちょっとね」


 実際、スズはそこまで学校に興味があるかと言われると微妙だった。

 しかし、このまま一人で取り残されていることへの不安感があって、行けるもんなら行きたいかもなぐらいには思っていた。


「…辞めておいた方がいいよ。いまさらスーが勉強に追いつけるわけないし」

「は?」


 この言い様にはさすがのスズもイラっと来る。まぁ、「さすが」もなにももともと心は狭い方だが。


「友達だってできるわけない。性格悪いし」

「そんなこと言ってくるあんたに言われたくないんだけど」

「どうせスーもみんなに裏でコソコソ言われるだけで、誰にも話しかけられないよ」

「そんなの実際学校いってみなきゃわかんないでしょ」

「とにかく、頭も性格も悪いスーには無理だし諦めたほうがいい」


 イヌはそういうと同時に、「この話は終わり」と言わんばかりに万力のようなパワーで足の肉を揉む…ではなく全力でつねりあげた。


「いたっ!!!??」


 スズが半ば反射で思いっきりイヌの肩を蹴り上げると、イヌは情けなくきゃいんと鳴いて飛び退く。


「いたいよ!」

「痛いのはこっちだよ!さっきの絶対わざとでしょ!!!」

「なにが?」

「うざ!!!!どっかいけ!!」


 とぼけるイヌにスリッパを2連撃で投げつけ、足を踏み鳴らしスズは部屋を出る。

 「どっかいけ」といったにも関わらずなぜかスズが部屋を出ているが、これはいつものことだった。なぜなら、こうすればイヌが慌ててご機嫌を取りに来るので、いつもスズは意図的に自分から部屋を出ていた。

 しかし、今回はご機嫌とり目当てというよりは、ガチでムカついた&一刻もはやくイヌを視界から消したかったので、スズは部屋を出た。


「スー!」

「うるさい。ついて来ないで」

「たぶん学校のヤツらはスーのこと嫌いっていうけど、オレはスーのこと大好きだから!」

「はぁ!!?」


 コイツは一体なにを言いに来たのか。

 なんの言い訳にもご機嫌取りにもなっていない。それどころか余計にムカつかせる効果しかない。


「ついて来たら一生口きかないから!!じゃあね!」


 そう言い残してスズが庭に出ると、イヌはなにかをキャンキャンと吠えてはいたがさすがについてこなかった。

 庭に出て暗い空を見上げる頃には、スズのもう学校への興味は消え失せていた。イヌのいうことはたぶんあながち間違っていなくて、スズが学校に行ったところで自分という存在がいかに劣っているかを理解するだけなんだろうなという気がしたので。

 

 ただ、それと同時によくわからない焦燥感と不安が胸を責め立てていた。



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