Sois heureux!
「こんな時間に急に会いたいだなんて…なにかあったの、スー?」
あれからスズはイヌの花の都の別宅に迎え入れられ、のんびりと自由気ままに過ごしている。
ナナのところで暮らしていた頃のような嵐のような狂乱も、悦楽も、愛もここにはなにもないが、それなりに楽しく落ち着いてスズは過ごしているしこの生活に満足していた。
そんな生活が数か月ほど続いた日のある夜、スズはイヌを自室に呼び出した。
「別に、大したことじゃない」
「そうなんだ。…あれ?スーの部屋こんなに綺麗だったっけ?」
「馬鹿にしてる?」
「ちょっと」
「…この馬鹿イヌめ」
笑うスズにイヌはようやく安心したように笑い返す。
「本当に、いつもありがとうね」
「どうしたの急に。スーらしくない」
「本当に失礼なイヌっころだね、あんたは」
「スーに似たんだよ」
そんなイヌの言葉に「そっか」とスズは笑い、自分の座るベッドの前で跪くイヌの頭を撫でる。
それをイヌはくすぐったそうに、でも嬉しそうに受け入れる。
「私ね、あんたのことは嫌いじゃないよ」
ふと、スズが撫でる手をとめ、真剣な顔でイヌの顔を見つめる。
「…でも私…無理だ。たぶん私、あんたの近くにいる限りあんたを傷つけ続ける。私はどうしても素直になれないし、あんたがいると甘えちゃう。あんたのことは嫌いじゃないけど、きっと大事にはできない」
スズの声も身体も、震えていた。
「私はあんたに嫌われたくはない。…だからさ、もう離れて生きていきたいと思うんだ。お互いのために。ううん、私のために」
この回答は本当はスズがずっと前に出した回答のはずだった。スズがあの犬小屋を出た日、いや、イヌが大学に行った時にスズはこれを決めた。細かい理由はもう思い出せないけど、もうスズはイヌの傍にいるべきじゃないと感じて外に出ることにしたのだ。
でも、スズはダメな人間だから、結局堕落してイヌに依存し彼を利用した。なんやかんやとこれまで理由をつけて、スズ自身の決意さえも裏切ってここまで来た。
しかし、ここらでもう終わりにすべきだろう。その確信を、スズはこの落ち着き満たされた期間の中で得た。
「もう、私の忠実なイヌである必要なんかない」
そうしてスズはなお床にひざまずいていたオルデュールの手をとり、立ち上がらせる。改めて立ち止まってスズの前に立つと、オルデュールはスズが思っていたよりずっと大きくなっていた。
「きゅ、急になに言ってるの。スー…」
「あんたはどこにでも行けてなんだってできるんだから、私なんかに縛られずに好きに生きるべきだよ。…安心してよ、娼婦はもうやめるから。やる理由ももうなくなったしね。不安だったら監視でもなんでもつけてくれて構わないし」
全てをやりきり失敗したからなのか、不思議とスズの全てを燃え尽くすようなナナへの情念は薄らいでいた。未だ愛してもいたし、求めてもいた。
しかし、以前のようになにがなんでもという気持ちはもうない。
「…でも、お金は?」
「普通に仕事みつけるよ。だから、あんたは心配しないで大丈夫」
スズのような女に、いやそもそも「女」にこの街でまともな仕事が見つかるのかはわからない。しかし、ここに仕事がなければスズもこの街を出ていくだけだ。これからはもう、スズも自由だから。
「…さようなら、私のChiot。解放してあげる」
呆然と目を見開きただ固まるオルデュールにハグをし、つま先立ちして頬にキスをする。
そして、昨日の間にまとめておいた荷物を背負い、ドアに向かった。
次回で最終話です。