11 オリーブの審判
最近のスズにはちょっとした困りごとがあった。
ヴィアがスズ単身での外出を嫌がっているのだ。以前からその気はあった。しかしながら、ここまで過剰なものではなかった。
理由は明らかで、ヴィアはスズがイヌと接触するのを恐れていた。あの時、一応約束は守ったはずだが、ヴィアとしてはイヌの「またね」という言葉が引っかかったらしい。「次」をヴィアは恐れているようで、スズが仕事のためにヴィアを置いて外に出る時もヴィアは「あのおじさんと会うの?」と疑いの目を向けてくる。
イヌと会わないことはスズとしては大した問題ではない。しかし、イヌと会わないとまとまった金が得られないのは大きな問題であった。もちろん、ヴィアはスズの外出を嫌がるので、自分を売ることすら最近はまともにしていない。
だからといって、ヴィアの不安と心をまるごと切り取ったかのような涙と引き留めをスズは無視することもできず、ない貯金をすり減らす毎日を送っていた。
「どこにも行かないでね、すぅ…」
「…うん」
ただ、金銭的には不安定でも、スズの精神はこれまでにないほどに安定していた。
「今晩ね、パーティーをやることにしたの。だからスズも来て頂戴ね」
ナナからそんなお誘いがかけられたのは、今日の夕食なににしようかななんてスズが考えていた時だった。
こういった誘いがスズにかけられるのは、多くはないが時々あった。ただこういう風にスズが誘われるのは、「パーティー」といってもそれほど気取ったものではなくて、ナナの仕事仲間やら友人が数人集まるだけの小規模で気安い集まりだ。だからスズも変に遠慮したりはすることなく、「今日の夕食代が浮きそうでよかった」「ナナと一緒にいられる時間が伸びて嬉しい」等と思いながら特に深いことは考えずに了承の意を示した。日常の中にある、ちょっとだけ非日常なやり取りであった。
しかし、少しだけ不思議な点が一つあった。
了承の意を示したスズにいつも通りナナがニコニコとキスとハグをするまでは普通だったのだ。だが、その後に「ああ、あと、あの子も連れてきてね__ええと__あなたが世話してるあの子。よろしくね」という言葉をかけられたことだけが少しだけスズの心に違和感を残した。
あの子というのは当然ヴィアのことだろう。今回のパーティーにスズは元々ヴィアを連れて行くつもりだったし、これまでもできる限りは一緒に参加してきた。しかしながら、スズがヴィアの参加について一応の確認をする前に、ナナの方からヴィアの参加について言及してきたのはこれが初めてだった。それも「参加していい」という許可ではなく、「連れてきてね」という命令の方での言及だ。
スズとしてはそれなりに不思議だった。だが、その違和感はさほど大きなものではないし、「ナナが気を使ってくれた」とも判断できる程度のものだったので、スズはさほどそれを気にすることのないまま夜を迎えた。
「いらっしゃいスズ、紹介するわ。こちらが___」
ヴィアと手を繋ぎ、ダイニングルームに入ると予定時刻の随分前だったはずなのに既にナナともう一人女性がいた。スズが部屋に入るとすぐにナナが笑顔で、後ろにいた女性を紹介しようとする。
しかし、それは小さな乱入者により中断させられた。
「ママ__!!!!」
__ただ、ナナの紹介など必要ないくらいに、そしてスズにとっては残酷なほどに、その女性が誰なのかは明確であった。
「ひさしぶり、ヴィア」
強く握っていたスズの手をあっという間に離して、自らのもとに駆け寄り抱き着いたヴィアを見下ろしていたのはどことなくヴィアに似た女性であった。
そっくりとまでは言えず、ナナと同い年ほどに見えるその女性にヴィアの花のような可憐さはない。しかし、目元や口元など節々にどこか似た要素があって、確かに血のつながりを感じる。
「初めまして。どうもヴィアがお世話になったわね」
ヴィアとよく似た口元に広がるヴィアとは似ても似つかない毒の混じったその笑顔。その笑顔を境目に、スズはその日のそれ以降の記憶がおぼろげにしかない。