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全てのはじまり



 ハーヴィー家主催のガーデンパーティは非常に優雅な催しだ。

 年に一度開かれるそれには、地域と地域外の有力な人々、地域の新進気鋭の事業主、地域で有名な芸術家__などなどとにかく主に地域に住む様々な人が招かれる。もちろん、地域に住むこの世界における無条件の特権階級である()()も招かれるが、彼らは欠席するか名代を差し出すのみで本人たちが参加することはほぼない。そして、今回はいくらか金を払えば招待されていない客でも参加できるという初めての試みが行われていたが、身元もわからないようなごろつきがおいそれと出せるような額ではもちろんない。

  だから、このパーティに集まった人々は安心して薔薇の美しさと香りを愛で、ヴァイオリンの音色とおいしい食事を楽しみつつ、各々の目的を達成するためにこの薔薇園を闊歩する。


 スズはそんなハーヴィー家のパーティーにおまけのおまけで呼ばれた事業主に、おまけで連れてこられたしがない従業員だ。


 だから、



「彼のことを解放してあげてください!!!」



 麗しの令嬢と呼ばれるハーヴィー家の令嬢にこんな言葉を投げつけられることなど、一切想定していなかった。


 空気を切り裂くようなその声に、先ほどまで周囲を包んでいた楽し気な話し声がピタリとやみ、庭中の視線がスズに集まっていた。周囲を見回してみても、どうみても彼女はスズを見ているし、ギャラリーもスズを見ていた。

 だが待ってほしい。そもそもスズには誰かを縛り付けた覚えもないし、誰かを縛れるほどの魅力や権力や金がある覚えもない。そして脳裏に過る一つの疑惑。


 __これは、人違いってやつでは?


 スズの動揺に気づかないまま、その言葉を投げつけた少女__オリヴィア・ハーヴィーつまりこのパーティの主催者側のはずの少女は、その愛らしい丸っこい瞳を精一杯鋭くして私のことを睨みつけていた。


「あー…」


 哀しいことにスズは本当にどうしようもないほど根っからの一般ピープー。

 こんな時に咄嗟になにか言えるほどの脳も度胸もあるわけがない。だからスズはバカの一つ覚えみたいに半分空気みたいな「あ」の音を出し続ける。


「わかっているんですよ!これまであなたが最低な行いをしていたことは!」


 令嬢は私の「あー」を無視して、庭の真ん中で朗々とかたり始める。


「人のことをまるで人扱いしなかったこと!」


(人のことを人間扱いしなかったことなんかないし、そもそも私の方こそ人間扱いされないことばっかの人生なんだけど!?)


「ずっと虐待を行っていたこと!!」


 (いやいやいや。私には人のことをいじめるほどの度胸なんかないって!)


「子どもを玩具を捨てるみたいに捨てたこと!!」


 (ええええええええええ!?)


 スズの必死の叫びを世界に届けることは、その混乱した脳内と極度の緊張で固まった口が許さなかった。スズは反論「しない」のではなく「できなかった」。だが、それは第三者から見れば同じことである。

 人々にとっては、令嬢の言葉をスズは「否定しなかった」。それがただ一つの真実だった。


「(虐待…?あの地味そうな女が…?)」

「(あの聡明なオリヴィア様がそうおっしゃっているということはそうなんじゃないか…?)」

「(たしかに。間違いありませんわ)」

「(でも、そもそも…)」


「「「(あの女、誰だ???)」」」


 スズを囲む視線はどれももれなく鋭くとげとげしい。

 別にスズは甘く優しい世界を生きてきたわけではない。でも、平々凡々ということはこれまでほどほどに好かれてほどほどに嫌われてきたということである。すなわち、ここまでの多くの人から嫌な視線を向けられたのはさすがに初めてだった。


「通称スズ、あるいはスー。本名スゴズヴィッタ・ズーズー!!」


 (…!?)


 自信満々の顔で令嬢が告げたその名に、スズの動揺はさらに深まる。

 なぜってその名は、その名は、その名は…


「誰!!!?」


 さすがに思わずその言葉が口から飛び出た。

 これまでスズの口を閉ざしてきた頭のぐるぐるが吹っ飛ぶ程度には、「スゴズヴィッタ・ズーズー」という名はスズにとって聞き馴染みのないものだった。

 明らかにスズのものでもないし、知り合いの名前でも親戚の名前でもない。そもそもそんな名前存在するのかわからないレベルの名前だ。


「…は?」


 スズが初めて発したまとも(?)な言葉に令嬢は「なに言ってるんだコイツ」という顔で応戦してくる。だが「何言ってるんだコイツ」という顔をしたいのはスズの方である。


「す、スゴズヴィッタ・ズーズーって…誰、ですかね…」

「は…?」

「その、私…スズネって言います…」


 その言葉に令嬢の丸い瞳がさらに丸く大きなものとなる。

 これ以上は瞳が零れ落ちるだろうというところで、令嬢は代わりに口から言葉を一つ落とした。


「誰……!?」


 優美な庭は静かに混乱していた。

 本人たちにわからなければ、外野はもっとわからない。ギャラリーはみな、沈黙の中各々で必死にそれっぽい答えを見つけようとしていた。


「え、いや、でも!!!」


 沈黙に耐えられなかくなったかのように令嬢は声を上げる。


「昔、ベビーシッターをしてましたよね!?」

「えっと…犬の世話ぐらいしかしたことないです…」

「え、え!?いや、でも、以前ルー公のところで働いてましたよね!?」

「いや…その…私がお世話になったことがあるのは、現在のところとヴォルク様のお宅だけです…」

「こ、こげ茶の髪とこげ茶の目は…」

「け、結構そういう配色の人は…いるんじゃないでしょうか…」


 再び庭には沈黙が舞い降りる。

 さすがにここまでくると、ギャラリーもこの事態について色々察しつつあった。

 だが、ここでなにかしらの言葉を口に出す勇気がある人間は誰もいなかった。彼女は地域で圧倒的な財力を誇るハーヴィー家の令嬢であるだけでなく、個人としても有能で将来が約束された少女なのだ。下手に口を出して彼女からの覚えが悪くなっては困る。みなそのようなことを思いつつ、少々強張った面持ちで事態を見守っていた。


「そ、その…」


 今度はスズの方が沈黙に耐えられなくなって言葉を発する。

 最初の頃の突然水に突っ込まれたかのような衝撃も、針の筵に飛び込んでしまったかのような苦痛と恐怖はもうなかった。ただ、これまで感じたことのない最上級の居た堪れなさにひたすら苛まれていた。


「な、なんといいますか…」


 スズにだって令嬢が悪人ではないことはよくわかっていた。

 普段の評判はもちろん、先ほどの糾弾の際にも眩しいほどの正義感が瞳に宿っていた。おそらく、彼女は私利私欲のためではなく、誰かのためにこの行動を起こしたのだろう。

 だからこそ、余計居た堪れなかった。


「__オリヴィア様は、なにか勘違いをされているのでは…」


 でも、だからといってこの状態を放置するほどの度胸もない。だからスズは、こうやってなるべく言葉を選んで、かつなるべく優しい口調でそのことを令嬢に伝えた。

 令嬢も賢く聡明と有名な方だ。こうやって言えばいつもの冷静さを取り戻し、すぐに自分の勘違いを理解してうまく場をおさめてくれるだろうとスズは踏んでいたのだ。


「…そう、だったのかもしれません…」


 迷いや困惑、恥じらいなどなど様々な感情を顔に浮かべて、見事な百面相を繰り広げた後、令嬢はたっぷり時間をかけてその言葉を紡いだ。




初めましての方ははじめまして、お久しぶりの方はお久しぶりです。

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― 新着の感想 ―
初見です、失礼させていただきました オリヴィア様が自信満々に「スゴズヴィッタ・ズーズー!!」と叫んだ場面には思わず爆笑しそうになりました笑 スズさんの「誰!!!?」という心の叫びも読んでいて本当に面白…
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