対話或いは問答
死にたい。死にたい。死にたい。死にたい…のに、生きたい。
生きないといけない。辛いけれど、それでも流されてはいけない。色濃くまるで粘りつくように纏わりつく“死”から離れないといけない。嗚呼…だけれど、全てを投げ出せるようなそれはとても甘美なもので…。
「死に…たい……」
閉じることができずにぽかりと開けた口から言葉が溢れ落ちる。
私にとっての“死”とは個人の勝手なもので、簡単に選びとれてしまうものだ。いつか訪れる終点でありながら、その終点へと向かえてしまうような、そんな軽いもの。
一度として「生きたくない」とは思った事はない。だけれど、死にたいのだ。それは“生”からの解放のような、「生きる」という、生きる上で纏わりついて離れないものから解き放たれるような、そんなように思えて仕方がないのだ。常識から少し離れたそれに憧れるような、そんなもの。生きたくないわけではない。だけれど、死にたいのだ。
だから、「死にたいのだ」と、そう言えば、きっと周りの人は端末片手に言う。「勝手にすれば」と。それから思い出したかのように「嗚呼、だけど周りに迷惑はかけないでね。ホントに迷惑だから。死ぬなら勝手にどうぞ」とか、そんな言葉を付け足して。チラリと此方を見る目はまるで靴についた道端のゴミを見るかのように冷ややかで蔑むようなもので。嗚呼、それを見てしまったらますます死にたくなってしまう。
「……フ、クククッ。『死にたい』と、そう言ったな。儂らの前で二度も言ったな。フ…、フフフ、嗚呼、許してやろう。赦してやろう。慈悲深き儂は赦してやろう」
或いは、「何それ。構ってくださいアピール?」そんな言葉を吐かれる。そんな気はない。ないのだけれど…本当に? 本当に、そうなの? もしかしたら、胸の心の片隅、或いは脳が無意識なまでに訴えているのかもしれない。愛して、私を見て───なんて、そんな事を。下らない、承認じみた事を本気で思っているのかもしれない。
「ふむ。だが、気に食わんな」
嗚呼、だけれど…それはきっと私が死にたい理由なんかじゃなくて、だけど、限りなく近いもので…同時に遠いもので。
「お前、何を見ている。何を想っている」
最早、自分というものが分からなくなりそうで、私は、私は───…
「───神の御前であるぞ。だが…フ、クク、分からぬのであれば、理解できぬのであれば、儂は人の仔であるお前を導こう」
「ええ、ええ、導きましょう。何も分からぬ生まれたばかりの人の仔に道を指し示しましょう」
暗い場所に独りぼっち。それは自分が望んだ事で、それは私がしたこと。だけど、それはきっとそうやって言い訳のように重ねた言葉で、私は、私は…そんな事を望んでいなくて。だから、固く目を閉じた。
「お前の眼に映るのは誰だ」
あの子、何だか壁を作ってて関わりづらいのよ。いつも自分の世界で生きてるって感じ。
そんな言葉から耳を塞いで。聞こえなければそれは言われてないのと同じだから。私は大丈夫だから。誰に言うわけでもなく自分にそうやって言い聞かせて。だけど、口からこぼれ落ちる声は「死にたい」のだとそう象る。
「貴方の耳に届くこの声は誰のもの」
元々は明るい性格だったのだと思う。昔の写真の先に居る私はいつも笑っていて、友達に囲まれていた。だけど、いつからこうなってしまったのか何ては自分でも分からない。唐突に、或いは緩やかに。気が付けば、自分は自分の思う以上に卑屈にひねくれてしまっていた。
自分を変えたいのに。そんな私を変えたいのは他の誰でもない私なのに。今となってはその方法すら分からない。
「お前の耳を開き、言葉を信じ取れ」
救い上げるように陶器のように滑らかな肌が私の肌を撫でる。それはまるで死体のように冷えきっていて、だけれど振り払えなんてできなくて、なるがままにされる。
「貴方の口を開き、望みを形どって」
閉ざされていた瞳をそっと開ければ、其所には■■しい人達が居て。代わる代わる私に話しかけ、問いかける。
「さぁ───お前の感じるその先に居るのは誰だ」
瞬間、パチリ、と意識が覚醒する。閉じ籠っていた暗闇から無理矢理脳と心臓を鷲掴みにされたように起こされる。
「───…ぁ、神…様」
譫言のように言葉が溢れる。そうすれば、目の前の神様はふっ、と優しげに笑って目を細める。朝の澄んだ空気のように、綺麗な瞳を緩やかに細める。
「嗚呼…、目覚めたか。おはよう、愛しい人の仔よ。祝福されし、幼子よ」
呑み込まれてはいけない。いけないのに、すがり付きたくなるような───愛。
さっきまで自分の触れたら直ぐに壊れてしまうような、柔らかい部分を覗き込んでいたから、だから揺れそうになる。絶対的な存在である神々に許して欲しい、と。愛して欲しい、と。そうやって何も考えずに破滅への道を進みたくなる。楽な、優しい、何も考えずともいい、美しく型どられた道を。
「答えよ。お前の名はなんだ」
引き込まれる。魅入られる。呑み込まれる。
辛い。死にたい。いっそ、もう受け入れてもいいんじゃないか。そんな事を思う。頭の中はぐちゃぐちゃで、意味が分からないくらい余計な事しか考えられなくて、そのくせ重要な、大事な筈のものは何も考えられなくて。ぐるぐる循環する頭を抱えたくて、何も考えず死ぬためにする方法を震える手で何とか探そうとして。
だけど、それは叶わない。目の前の神々が、無邪気に私を覗き込む神々がそれを止めるから。何かを探すために動かす役目を担う筈の目はの藍の瞳から離せなくて、死ぬために動こうとした手も脚もゆるやかに触られて止められてしまって。それらは直ぐに自分の意思ひとつでどうにかできる筈なのに、決して動かせなくて。
ぺたりと地面に座り込んでしまえば、良い子だ、とでもいうように頭を撫でられる。だから、嗚呼それで良いのだ、正しいのだ、なんて…そんな事を思ってしまって。
「ふむ…、名を忘れたか……捨てたか」
覗き込まれる。
何もかも見透かすような藍の瞳が私の奥底を、私すら知らない柔らかい場所のその先を視て、そしてそっと触る。ぞわり、とするの何て一瞬で。慈しむように、愛でられるように、そうして触れられる。
「…なるほど、後者か」
それを聞いて、首をぐい、と持ち上げられて後ろで手足を封じるように私を抱え込んでいた髪の長い神様が目の前の神様のようにすっ、と眼を細めて覗き込んで、「あら、本当ね。コココ、まるで全てを捨て去った罪人のよう。まっさらな何も知らない産まれたばかりの赤子のよう」そんな事を言う。
「それで、おちてきたのか…」
するり、とまた頬を撫でられる。無機質で、だと言うのに何処までも私を慈しむように見える瞳が私をじっと見つめる。
「して、お前はどうするつもりだ?」
「どう…する…?」
「“おとし仔”よ。おちてきた人の仔よ。稀にいるのだ。他の神々住まいし場からおちてくる者が。だが、おちてしまえば、戻る方法などない。おちたならば、其所におち続けるのみだ。お前は運良く儂らの住まいし世界へと引っ掛かったが、どうする」
「コココ、あら、意地悪な物言いね」
「クッ、フフ、嘘を言ってどうすると言うのだ。儂らは嘘を嫌う。つかれるのもそうだが、だがつく方を嫌う。そも、つけないようになっている」
「でも、駄目よ。この子、可哀想よ」
するり、と力の入らない身体に巻き付くように絡まれていたあたたかい肌が離れ、次は持ち上げられる。その触れれば折れてしまいそうな細い腕で持ち上げられ、そのままあやすようにとんとんとされる。
「お前は口を開けば『可哀想だ』なんだ…。よく人間にそれを使う。ク、フフフ、それ程想うのであれば、儂ではなく人間にでも犯されてこればいい」
「あら、嫌よ。何て事を言うのよ。誰が汚ならしい者に好んで触るものですか」
「フ、クフフフ! 相も変わらず、お前は面白く、それでいて無慈悲だ。儂は今の言葉、お前を信仰せし人間どもに聞かせてやりたいものだ!!」
「本当に…何百年経っても貴方のそれは変わらないわね」
「ね、貴方もそう思うわよね」と、突然話しかけられ、けれど、口からは「…ぁ」と、言葉にならぬ言葉が溢れるばかりでまともな返答などできない。まるで、神様と眼があってから“喋る”というその機能をすっかりと忘れてしまったようで、私の口は言葉ではなくはくはくと口を動かすだけのものとなったように思えた。
「嗚呼、そうだ。お前…“おとし仔”よ」
髪の長い向かいに立つ神の髪をそっと触れながら横目で、髪の短い神は私をそう呼ぶ。
「わた、し……“おと…し仔”?」
「そうよ、貴方は“おとし仔”。他の者が何と言うかは知らないけれど、私達はそう呼ぶの。時折現れる世界の歪み、或いは歪み、裂け目からおちてくる仔達」
どうにか言葉になった口を動かせば、神々は薄く笑い、答える。くるり、と指を回し、まるで生徒に教える教師かのように。
「お前の居場所は既にない」
そうして、そんな無慈悲な言葉をその変わらぬ表情と声の調子で言う。
「戻ることもできない」
愛しいものを見るような、そんな眼でそう言う。
「お前は前居た世界からもう居ない者とされた」
その言動は冷たいものなのに、触れる手と瞳だけはそれとは真逆なもので。だから、ぞわりとした。背筋を走る、なんてものではない。脊髄をそのまま鷲掴みにされてずるりと肉から引き抜かれるような、そんな恐怖にも似た優しさが生々しく感じられる。
「当然よ。おちた者にどの世界も優しくはないわ。何処にも属さず、何処の庇護も得ない。そんな生き物に価値はないの。だから───私達は殺すのよ」
殺す。…殺す?
「なん……で」
「あら、怯えちゃったわ」
「ク、フフフ、お前がそうやってしまっては世話ないではないか」
「何…で……?」
神々が人を殺すことが珍しい事ではない。ただの暇潰しだとか、痴話喧嘩の巻き添えだとか、そういう理由でなくなる事も多くある。それでも、神話の中で神々は増えすぎた人間を減らすためだとか、人間を入れ替えるためだとかで虐殺のようにごっそりと減らすことだってあるのだ。…だけど、これはそうではなくて、ほんの少しの取っ掛かりのようなただの疑問。
「だった、ら…私……は…?」
だって、神様達のその行動はあまりに今の私の置かれている状況と違いすぎる。
「“おとし仔”は歪み、歪み、裂け目───総じて“歪”から生まれるものなの。其所からおちてきたものなの。つまり、ただの招かれざる客人。そんなものを放置してしまえば、いつか世界は歪んでいって少しずつ破滅へと向かう。そうなってしまえば、私達はもう一度世界を生み出さなければならない。そんなの面倒だわ。だから、殺すのよ」
「そも、どうせ永くは生きれはせぬよ。造りが違うからな」
「そう、だから慈悲を持って殺すわ。愛を持って殺すわ。だって───可哀想だもの」
「ク、フフ、嗚呼…そう、可哀想……。可哀想だから、儂らは殺す」
つまり。つまり、私は前居た世界から爪弾きされてしまって…そう、追い出されて、そしておとされてしまって。だから、戻れない。おちてしまったら、落とし穴と同じで、深い底から這い上がれることはない。助けなくして這い上がることは不可能に近い。
同時に始めから私は此所には存在していなかった異分子だがら、世界そのものが無意識に拒絶する。神様が言う慈悲も優しさも、危険性もまた納得のいくもの。神々は世界そのもののようなもの。歪みを生じていくそんなものは排除したいのもまた頷ける。
「一言言えばいい」
だから、だから。そう、私は期待した。殺してくれるのではないか、と。始めにそう頼んだように、望んだように、殺してくれるのではないか、と。私もまたその“おとし仔”であるから、排除のではないか、と。そんな淡い期待を持って神々を見れば、そう諭すように言われる。
「ひとこと…」そう、呂律の回らない口で言葉を反芻すると共に繰り返す。信じられないものを聞いたかのように、自分でもその声は震えていた。
「嗚呼、一言だ」
「そう、たったの一言よ」
神々は私を覗き込むようにして視て、言う。言葉を重ねることに意味が表れるかのように、そっとその言葉を重ねあげて私を追い詰める。
嗚呼、と小さく声を洩らす。…それは直感にも似た何か。私は…それが今から神様が話すことは私が望むことではないのだと分かってしまった。
「一言。『助けて』、とそう言えばいい」
皆さん、神は好きですか? 自分はわりと好きです。神と言うより、神々生きし神話が好きです。特に好きなのはギリシャ神話ですが、最近はエジプト神話も好きです。でも、やっぱりギリシャ神話かなァ。
ギリシャ神話の中でもコレ! と、選ぶのはアルゴナウティカです。誕生日プレゼントもアルゴナウティカでした。地理はあまり好きではないけれど、ほんの少し…ほんの少しだけ好きになれますし、まるで冒険しているかのような気持ちになれます。
快速船に乗りし英雄達、アルゴノーツを見ていると神も人も英雄だって纏めて面白い、だなんて思えます。いや、本当にあんな個性のバーゲンセールみたいな英雄も神も口八丁だけでひとつの船に乗っけて纏め上げ、旅をしたイアソンは凄い。実際、船を降りたら仲間割れどころか殺しあってるし。脱落者は居れど違反者も居なければ、誰もイアソンの事を世迷い言だと馬鹿にしなかった。確かなそんな一人一人の物語が語られる様は何度読んでも好きです。
神話はちょっと翻訳の事もあって言い回しが分かりづらかったり違和感があったり、はた又諸説多すぎたりもするけど(何故だか孫世代まで戦争に参加してたり、猪狩りの参加者が増えたり減ったり、マジで関わりなかった人達が結婚してたり)、だからこそ好きです。神々のくせして、考え方は自分達の考えもつかないハチャメチャっぷりで思考がマジ人外。だけど、人間みたいな、そんな神々と人が織り成す物語。それによって傍迷惑な被害を受けたり、恩寵を受けたり…。だからこそ、それを人は“神話”と呼び、語るのだと思います。
……めっちゃ話してますね。ここまでにしておきます。神話は語り出すと本当に止まらないので。
そんなわけで小噺です。何がそんなわけ、だとかそういうのは置いておいて。毎回一話ずつどうでもいい小ネタを記していこうと思います。裏話だったり、元ネタだったり。そういうもの。
そんな今回記念すべき一回目の小噺は…小噺は何にしましょう。いっぱいあるけど、一回目は中々踏ん張りききませんね、ウン。
まァここは無難に主人公について話しましょうか。まず、小説を書く上で主人公の立ち位置は絶対であるし、それを中心にして風呂敷を広げていきます。だから、キャラはしっかりさせなくてはいけないし、薄っぺらい主人公なんて誰も何も感じない。なので、取り敢えず自分を元にして書いていきました。まァ、書いてしまった今、わりと似ていないのですが、それでもベースは自分となっています。その方がきっと書きやすいとも思ったし、自分もまた身近に感じられるからです。
そんな主人公の趣味兼特技は香水作りです。本編の方に突っ込んでいこうとも思っている設定であるのですが、心を落ち着かせる効果のあるポプルやらアロマオイルを試していっていたら、気が付いたら自分で作るようになったそうです。
因みに、料理の腕前は、というと微妙です。ダークマターを作り出すこともなければ、何かめっちゃ美味しいものを作れるわけでもなく、普通です。そこそこの物は作ることができるのですが、本人も自分の作った料理を食べても首を傾げるくらいに可もなく不可もなく、何というか…微妙なお味となるそう。
決して前向きな主人公ではないのですが、それでも真っ直ぐ進んでいこうとします。神々に翻弄されながら、それでも人なりに、自分らしく、折れたり、挫折したり…そうやってするのを繰り返しながら一歩ずつ進んでいきます。人好きのするような、そんな主人公ではないです。重ねて言いますが、何ならかなり面倒な主人公です。それでも、自分は人間らしいそんな主人公が嫌いではないです。だから、皆さんもどうかそっと見守ってあげてください。