プロローグ或いは一人の落伍者
落ちる、堕ちる、墜ちる…。
───そもそも、“おちる”とは何なのだろうか。
真っ暗なただおち続ける自分の身体を僅かに動かし、そう考える。霞のように掴み損ねて消えてしまうような思考をどうにか寄せ集めて、考える。
“おちる”。
真っ先に思うのは、あまり良い言葉ではないな、と言うものだった。
受験におちる。
奈落におちる。
人気がおちる。
おちるところまでおちる。
城がおちる。
飛行機がおちる。
命をおとす。
考えれば考えるほど、あまり良い言葉ではないように思える。そう、良い言葉ではない。寧ろ、悪いと言ってもいいくらい。ならば、そうならば───おち続ける今の私の状況そのものがあまり良いものではないのではないだろうか。
けれど、だからと言っておちるのを止めたいだとは思わない。そも、この状況は私にも予想だにしなかったものであったし、あまり気分の良いものではないとは言いきれないからだった。それに、この案外おちるというのは私にとって楽なものであった。
何も動かずとも、何も喋らずとも、何もしなくとも───身体は重力に従いおちていく。これほど楽なものはないだろう。深く、深く、深く…おち続ける。
暗闇でパチリと目を閉じてみる。瞼の裏は変わらず真っ暗なままで、そっと目を開けてみれどその暗闇は変わりはしなかった。嗚呼…けれど。その永遠に思えるおちる事もどうやら終わりのようだった。
「ーーー ーー ーーーーー」
声が聞こえた。或いは音の重なり。
落胆。そう、私はその声なるものを聞いて、間違いなく私は落胆した。前後の記憶すら曖昧な私が、楽なものをそのまま受け入れようとした私が、そう感じた。
次に思ったのは嫌だな、という思いだった。口を開いてしまえばその言葉がスピーカーとなって溢れてしまいそうで、ぽかりと開けそうになった口を固く固く、私は噤んだ。
嫌だな、そう思う。
嫌だな、そう嘆く。
嫌だな、そう暗闇で私は叫ぶ。
嫌だな、そう私は───…生きるのが、と呟いた。
おちてばかりの人生だ。私は深く考えずに、ただただひとりで居たい。それが叶わないのであれば、直ぐ様息を引き取って死んでしまいたい。
けれど、神様という生き物はどうやら私がお嫌いなようで、それがお前の望みならば試練を与えよう、とばかりに光へと突き落とす。それは私にとっての地獄であり、人にとっての天国なのだろう。
だからこそ私は嘆く。流れることのない涙を心の内に流し、私は神様を恨む。自分勝手で勝手に此方の幸福を押し付ける存在を怨む。そして、私はまた心の内で泣きながら呟く。
───落伍者である私に何を求めるというのだろう。
答えは返ってこない。