大学1年の時の冬の話
怪談と言うかホラーと言うか、分類上少々曖昧で話も曖昧なままですが、結局何だったのか調べても分かりませんでした。
高校時代の先輩が同じ大学にいて、それもあって仲良くさせてもらっていた。
同じ大学に入学してから何かと気に掛けてもらえていた。
そこは、スポーツが盛んな大学で先輩は吹奏楽部に入っていた。
応援には必ずと言って駆り出されるのだが、花形の競技などでかなり良い成績を出す大学で、度々TVにも吹奏楽部が試合会場で映ってたりする位だった。
なので、大学の吹奏楽部と応援団が、他の大学も集まって懇親会みたいな事をやる事があった。
それも盛大で、割と大学側から支援金が出ていて、中にはOBなどで企業の社長とか物凄く熱心な支援者の方がいた。
そのお陰で、部活動の懇親会もホテルの宴会場で盛大に行われたのだが、オードブルなどドン引きするほど大量に発注し、そこに100人以上集まってどんちゃん騒ぎ、寿司からピザから山ほどあって、フライドチキンや唐揚げなど、まるで夢のような感じで料理が振舞われてれていた。
だが、先輩曰く結構長い時間皆酒を飲んでいるので、つまみの料理などはかなり残ってしまったとの事。
そこで、当時金の無かった俺に食いに来いとお誘いがあった。
早速呼び出されたホテルに自転車でかっ飛ばすのだが、自宅から7kmほど離れたところで俺もそのホテルは知っていたのだが、会場に入って大喚起。
リアルにエビフライが100本以上並んでいてそれを全部お前が持って帰って良いという。
更に、ピザが残ってる、寿司が残ってる、オードブルのセットからパスタやハンバーグ、フライドチキンやフルーツなど、最早それを全部タダでくれるという。
なんて気前が良いのだと思ったのだが、全部廃棄する場合ホテルに廃棄料を請求されるので、すでに皆酔っぱらっていて腹に入らないし、皆泥酔していて帰るのも億劫で、今から高級ワインとキャビアにチーズが出てくるから、それを皆でつまみながらワインをやるから、その他は全部お前がタッパーと袋をやるから持って帰って良いというのだった。
貧乏学生にはたまらないのだが、自転車できているので全部持ち帰れないので、俺は自宅と3往復して全部食料を確保し、現場で始末しなければならない刺身の盛り合わせなどはその場で全部平らげた。
重たい荷物を持って3往復はきつく、ただでさえ空腹だったのでいくらでも食べられる気がした。
その食いっぷりが良いと言って先輩達が、ビールの残りは全部持って帰って良いというのだった。
箱で8箱ほど、バラで40本ほどあって、箱は持ち運びラクダがバラはできるだけ現場で飲んでいくと言うと
「一気!一気!」
と大学生のノリで始まってしまう。
腹も減っていたし、何しろ7kmほどを自転車で荷物を山ほど載せて全力疾走を3回もすれば、冬なのにのども乾くので、ガンガンビールを飲んで1時間ほどそこで飲み続けて、何だかんだで350ml缶を10本ほど飲んだ。
良く飲めたなと今思えば若かったのだが、俺はそのままベロベロに酔ってしまった。
それにもう貰える物も無くなったので帰ると言うと、最後にホテルの関係者がまだ柿ピーとナッツ類が入った一斗缶があると言うので、それももらって帰った。
本当に夢心地だったが、既に足元がおぼつかないほど酔っぱらっていた。
所が外に出ると雪がちらほらと降り始めた。
その時ホテルのロビーではすでに深夜のニュースが流れていて、いつの間にかもうすぐ2時になる所だった。
その時の気温がTVの表示では-5℃。
それでも外に出ると酔っぱらっているので寒さもあまり感じないが、自転車に乗れる状態ではないので、俺は一斗缶を抱えながらナッツを頬張り、袋に入れた30本以上のビールの缶をガンガン煽っていた。
ホテルの計らいで、バラで置いてあったビールの残りが40本ほどで、その内10本は飲んだと思ったのだが、何故か50本ほどに増えていた。
自転車のかごにもビール、左右のハンドルにもビール、自分の背負ったリュックにもビールがぎっしり。
そして一斗缶を抱えてナッツをバリバリ頬張り、ビールがぶ飲みで冬の-5℃を堪能しながら7kmの道のりを上機嫌で帰路についたが、今でもよくそれだけ持ってさらに一斗缶にぎっしり詰まったナッツを食いながら、ビールを飲んで自転車を押せたなあと思ってしまう。
そんな感じでゆっくり歩きながら自宅近くにまで来たら、雪も止み夜中なのでシーンとしている。
何故か面白くなって来たのだが、耳を澄ませると本当にその静けさは普段経験できないと思われるほどシーンとしていた。
だが、シーンとしているのを楽しんでいたら、少々何やら咳き込む声が聞こえる。
「ゲホンゲホン」
俺は酔ってるせいか、この咳き込む声が爺が風邪ひいてるような咳き込み方だと思い、何故かどんな馬鹿な爺がこんな糞寒い夜中に外出て咳き込んでいるの?そいつの顔を拝んでやろうと思って、咳き込む声が聞こえる方に俺は進む。
あっちかな?
こっちかな?
なんて進んでいくと、段々咳き込む声が近く大きく聞こえるようになった。
間違いないこっちから聞こえるなあと思いつつ、自転車を押していくと、細い路地の交差点にオレンジに点灯するだけの信号機と、左側に小さな倉庫、右側に古い2階建てのアパートだと思われるものが建っていた。
どうやら咳き込む声に耳を澄ますと、多分目の前の交差点を右から左に通ってくるなあと思ったので、信号の手前で俺は待っていた。
段々咳き込む声が大きくなって聞こえてくるのだが、その際に何か音が混じっている。
カチカチという音なのだが、ああこれどこかで聞いた事があるが何だったっけ?と思ってみるが、酔っぱらってるのでなかなか思い出せない。
しばらくして、犬の爪がアスファルトに当たる音だと解った。
という事は、風邪ひいて咳き込んでる爺が、既に夜中2時を過ぎているのに犬の散歩かと思うと、何でやアホかと思わず笑いが出てきてしまった。
なので、カチカチと音がするのと咳き込んでいる声が右側のアパートらしいところにまで来たかなあと思っていると、そのアパートの屋根越しにオレンジ色の明かりがゆらゆら揺れていた。
その明るさもまあまあで、どんな強力な懐中電灯だよと突っ込みながらビールを飲んでいると、いよいよアパートの陰から炎が見える。
「なっ!!!えー!?」
俺はそのまま固まってしまった。
オレンジ色のゆらゆら揺れるのは懐中電灯などではなく、炎の揺らめいてる光でそれが見えたと思った瞬間、さらに俺はのけぞるほど驚いた。
「ゲホンゲホン!」
と咳き込みながら、口からボンボンと火を吐く全身が炎に包まれた犬が、さも当然ですと言わんばかりに目の前の交差点を通っていく。
しかもその炎の高さが信号の部分まで届きそうで、点滅している信号の光の3倍以上は明るい炎で燃え盛っている犬が俺の目の前を通過していった。
そのまままっすぐ歩いていく犬は俺には気づかないみたいで、そのまま交差点を右から左に進んで、小さな倉庫らしきものの方に消えていった。
だが、そんな大炎上している犬なんかがどこに行こうと言うのか分からないので、恐る恐る交差点の中央に俺は進んで、犬の通り過ぎた後をそーっと覗くようにして眺めると、あろうことかそこから程なくして右に炎に包まれた犬は曲がった。
「あ!ちょっと!まずいって!」
俺はとっさに何故か追いかけてしまったのだが、犬の曲がった方は草木が茂っているだけの、何か分からない道に入って行ってしまい、どう考えても草に火が燃え移ってしまうと思って俺もそちらに向かって入っていくのだが、そこには小さなお堂があった。
「え!?さっきのあいつはどこに行った?」
とその場を見渡すのだが、そこに入っていく寸前まで見ていて、すぐに俺も後から来たのにもうどこにもいないし、炎がどこかに残っていたりする様子も無い。
さっぱり意味が分からないのだが、俺はどうすることもできずにお堂の前に柿ピーの小さな袋とビールを一本置いて、手を合わせて拝んで帰った。
俺はそのまま自宅で寝て、朝も過ぎて昼頃に先輩に電話したら、先輩がまた嬉しい事を言う。
「昨日デザートを皆残していったから食いに来い」
俺は大喚起してすぐにまた食料が手に入る事に心底嬉しくなって、さっそく先輩の部屋に行くと、96度のウォッカ、ウィスキーが20本ほど、さらに山ほどケーキとドーナツがあり、ここはお店ですか!?と俺は叫ぶが、先輩はこんなに食えないから全部持って行けと言ってくれた。
「ありやーす!」
と俺は叫ぶが先輩は
「ただし、このウィスキーどれか一本一気飲みね!」
と言うのだった。
馬鹿なんだよこの先輩本当にと思いながらも、俺も若くて馬鹿だったので二つ返事で瓶を取る。
1本一気飲みを見せたら、流石に良い飲みっぷりだとお褒めの言葉を頂いた。
なんせこの先輩凄い酒を飲む奴が好きだった。
そんなこんなで、何故か先輩はデザートで昨日の残りだと言って、ケーキにドーナツ、竜田揚げやカレーも出してきた。
この先輩にとっては、竜田揚げとカレーはデザートなんだなと思って心底馬鹿なんじゃないかと思ったが、先輩が口を開くと俺の事を笑う。
「普通ケーキとか甘いものを食いながらカレーと竜田揚げ?さらにウィスキーって信じられん!お前色々やってんなあ!」
こんな感じで笑い話で数時間過ごさせてもらったが、全部先輩から貰った食料と酒で俺は上機嫌になっていた。
そこで、夜中の出来事を話したら先輩はその現場に行きたいと言う。
俺も良いですよと案内するのだが、新しいウィスキーを空けてラッパ飲みしながらベロベロの俺と先輩は、外に出ると冬の寒さに現実に引き戻される。
そこでちょっと酔いが醒めて、改めて夜中に訪れた交差点まで自転車で走ることにした。
そもそも酔っぱらって自転車に乗ったら危ないのだが、寒さがきつくて意識も割とはっきりしていてすぐに現場に到着。
すると、そこには倉庫があり、そこからすぐに右に曲がって小さなお堂があったはずなのだが、そこはただの鬱蒼とした茂みで何も無い。
俺は酔って間違えたのか、ちょっと戻ってみるとちゃんと倉庫とアパートはある。
間違いないこの交差点からすぐの所であってるはずと思い、そこでちょっと茂みに入ったりしていたら老夫婦が出てきて怒鳴られた。
「おめえら人の敷地内に入るな!何しに来た!警察呼ぶぞ!」
と怒鳴られたので俺と先輩は平謝り、申し訳ないですと何度も頭を下げても老夫婦は物凄い剣幕で怒る。
俺はウィスキーのせいで酔いが回っていて、だんだん腹が立ってきてこちらも言い返してしまった。
「あのねえ!俺はただ昨日火を吐きながら火達磨な犬を見たから来ただけなんだけど!?」
と言ってしまった。
すると老夫婦が能面のような顔になった。
すると先輩が、俺がさらにお堂があってと言い出そうとしたらすぐに止めに入る。
「すみません嘘です!すぐ僕ら帰ります申し訳ありませんでした!おい行くぞ!」
と真剣に俺の手を引っ張って逃げるように先輩は下がろうとする。
俺は高校時代からこの先輩を知っていたのだが、先輩は大学で心理学を専攻していたので、もしかしたら老夫婦の表情か何かを読んでまずいと思ったんだろうなと思って、交差点を過ぎて10mぐらい進んだ所位で先輩に尋ねた。
「先輩どうしました?あの老夫婦の表情見てから何でそんなに慌ててるんですか?」
と言いながらも自転車で進むと先輩はもうこの辺であれば追って来れないだろうと言って説明し出した。
「あの老夫婦、後ろ手に鉈か包丁かを持っていた」
と先輩は言うのだが、俺の立っている位置からは見ず、先輩にはちらっと見えたとの事だったが、さらに老夫婦の表情が変わった時に、爺の方が一瞬腕の筋肉がこわばって力が入ったのが分かったという。
「つまりは?」
と俺が問うと先輩が
「もう切り掛かろうとしてたって事」
と言う。
そしてさらに次の日、この話を先輩が他の人にしたらしくて、それで大学の学生課から俺と先輩に呼び出しが来た。
「その話はするな、良いか今後絶対するな、何があってもするな忘れろ、嫌なら退学しろ」
とまで言われた。
普通、学生課がそんな事を言うはずはないのだが、そもそもこんな話をしてもどういうオカルトだ?会談にしてはつまらんと他の友人達にも呆れられていたので、どうせ皆に話しても馬鹿にされるだけだからもうこの話はしませんよと言うと、学生課の職員がそれで良いとだけ言ってこの話は終わった。
だが、やはり気になってしまうので、色々調べたりするのだが全然手がかりも無く、現場だった交差点に行く事も無くなったので、そのまま忘れていた。
結局、俺はたまにバイトの帰りにその近くを通るのだが、あの老夫婦を見かける事があった。
なので頭を下げても老夫婦は俺をじっと見るだけで何も反応しないのだが、ずっと視線がこちらに向けられてる気がして良い気分はしなかったので、それからはそっちに行く事も無くなりそれで話は終わった。
何の落ちも無いのだが、一体何だったのかさっぱり分からないし、もし先輩がいなかったら老夫婦は何をしようとしていたのだろうか?