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高校

 中学三年生の一年間は、単調だけども息苦しく、辛抱強さが要求され続ける。いつまで経っても抜け出せない悪夢のようにも感じるが、終わってみると熟睡後の朝みたいに一瞬で、さっぱりする。


 僕達は婿鵜中学校を卒業し、それぞれが次のステージへと向かう。僕は無事、志望通りに桃岡高校への進学を決め、自転車で三十分の道のりを毎日往復する日々を送ることになる。さらに先の未来を見据えて、休む間もなく勉強を続けていかなくちゃならない。桃岡高校は大学受験を念頭にカリキュラムが組まれている普通科高校なので、入学した以上、目指すは然るべき大学ということになる。


 瀬奈は投げ出すことなく努力を継続させていたけれど、桃岡高校の偏差値には届かず、直前まで粘ったものの、最終的には志望校の変更を余儀なくされた。もう普通の勉強は懲り懲り、とのことで、桃岡実業高校への進学を決めた。それにしたって、瀬奈のもともとの成績ではとてもとても入学できるようなところではなかったので、受験勉強が無駄になることはなかった。三年生になる前からあれだけ頑張っていたのだから、僕としては桃岡高校に合格させてあげたかったのだが、僕なんかがそう思っていたって、ダメなもんはダメなのだった。できれば同じ高校に進みたかった。それに関連してもうひとつ言うなら、瀬奈は最初から最後まで一度だって、同じ高校に行きたいから僕の志望校ランクを落とせとは言わなかった。頭では思っていたはずだし、言うこともできたはずなのに、決して言わなかった。理由はわからないし、実は思い至らなかっただけかもしれないけれど、僕はそれを愛しく思う。


 学校が別々だって関係ない。僕と瀬奈は毎朝待ち合わせて自転車で途中までいっしょに登校しているし、日中もメッセージをやり取りしている。こういう友達ができたとか、変わった先生がいるとか、それから瀬奈のところは実業高校なのでこういう授業があるだとかを教え合っている。


 四月も終わろうという朝、自転車をとろとろ走らせながら僕は瀬奈に訊く。

「だいぶ友達できたあ?」


「できたよ」と瀬奈は楽しそうに言う。「クラス中、みんな友達」


「ほんならよかった」

 僕も安心する。まあ瀬奈は毎朝登校するのが楽しそうなのでそこまで心配していないのだが。鞘本的衣や豊島鋭理を始めとする中学校の友達は偏差値が低すぎて案山子高校か荒谷高校くらいしか行き場がないので、瀬奈は友達ゼロからのスタートだったのだ。加えて、中学校時代の瀬奈を知る一般生徒の情報操作によって瀬奈がハブられるおそれも個人的にはあったので、クラスに溶け込めているなら本当によかった。


「心配?あたしのこと」


「心配や」


「ほんな心配せんでもいいよ」


「まあね」瀬奈だからな。コミュニケーション能力はきちんとある。「でも僕の見えんとこに行かれると、やっぱ心配や」


「大丈夫。ありがとう」


「まあ僕が今までに瀬奈のためになんかやったか?っていうと、やっとらんのやけど」


「ほんなことないって」瀬奈は驚いたように言う。「勉強、教えてくれたし。ずっと支えてくれとったやん」


「そんなのやった内に入らん」

 桃岡高校へも進めてあげられなかったし。もう済んだことなので言わないが。


「そう思うんやったら、これからもあたしのために何かしてや」


「うん」

 する。必ずする。したい。


「山下は大丈夫なん?高校生活」と瀬奈がお返しとばかりに訊いてくる。「ぼっちになっとらん?」


「意外と大丈夫や」


「ぼっちでも?」


「じゃなくって……意外と友達できたわ。なんか友達らしい友達って久しぶりや。でもけっこう普通にコミュニケーション取れた」


「……山下ってそんなコミュ障やったけ?」


「いや、わからんけど。でも瀬奈以外とまともに会話するのって久々やったから」


「やばー」でも瀬奈は暢気に笑っている。「まあでもよかった。さりげなく気になっとったから。中学んとき、山下に友達がおらんだこと」


「瀬奈の格が下がるから?」


「ちゃうし。アホー。ただ普通に心配しとったんじゃあ」


「わかっとるう」冗談に決まっている。


 クラス内での格だとかいうのも、まあ高校でもあるっちゃあるんだろうけど、中学校より露骨ではなさそうだし、そういうのもとりあえずは卒業なのかな。桃岡高校にはヤンキーもいないし。平和なもんだ。


 瀬奈がおずおずと訊いてくる。

「女友達できた?」


「友達全員女子やよ」


「マジけや!?」


「嘘や」


「死ねやー! もー! ひど~」


「男友達しかおらんよ」と僕は改めて答える。「女子からなんて、喋りかけられもせんよ。そういうタイプの男子じゃないからなあ」


「もー! なんじゃいやー」と瀬奈はまだ憤っている。


「気になるん?」


「なるわー! あんた女子から好かれそうやし」


「や、瀬奈以外から好かれたことないけど」


「どうやろな。鋭理もあんたのこと気に入っとったけどなあ。あの女は彼氏おったけどね」


「豊島鋭理? あー……ふうん」


「あーって。あ、もしかして龍忠のこと山下に喋ったの、鋭理か?」


「え」

 勘鋭すぎない? いきなり当ててきてびびる。


「あいつ殺しとこ」


「やめてって。ケンカせんて約束したやろ?」


「冗談や。別にいいわ。もう時効ってことにしといてあげよ」


 やれやれ。焦る。「……瀬奈は男友達おるんやろう?」


「……おらんよ」


「絶対おるしなあ」今度は僕が憂憤する番か……。「自分だけそうやって異性の友達作るんやしなあ」


「あたしは中学んときからおったやろ?」


「そんなこと言うても、新しい男やん」


「新しい男言うなや。彼氏はあんただけや」


「いや、笹野くんとか門出くんならいいよ? 僕も知っとる人やし。新しい男って……僕のこと気にしとるわりには、すぐ作るんやしなあ」


「作ったっていうか、勝手に出来たんや」と瀬奈が言い訳する。「そんな仲良しじゃないよ? 女子同士で喋っとると勝手に入ってくるみたいな奴や。ほんでさ、あたしは線引きの心得があるさけ大丈夫やけど、あんたはそういうのわからんとコロッとやられてまいそうで心配なんや」


「……やられてまうかもしれん」


「あー! またそういうこと言うんやし! あたし心配しとるのに!」


「こっちも心配しとるんやわ」


「あたしは大丈夫やって。絶対に近づかせんし」


「僕はやられてまうかもしれん」


「ひどー……なんでそんなこと言うん?」


 あれ? これって僕が悪いんだろうか? いや、悪くないな。だって僕は実際のところ男友達しかいないし女友達が出来る気配もない。作る気だってない。瀬奈はまた新規の男友達を作っている。架空の女友達にやられてしまうかもしれないと言い返すのはそんなにひどいことか?


 ひどいことなんだろう。瀬奈がひどいと言うならひどいのだ。僕が我慢しておけば済む話だ。僕は瀬奈に何もしてやれていないし不甲斐ないばかりなので、こういうときぐらい譲らなければいけない。


「ごめんて。ねえ、瀬奈。僕にはまず女友達がおらんから。僕がコロッとなる心配はないやろ?」


「うん……」


「やから安心しとってや」


 お互い、新しい環境で、ゼロからのスタートでナイーブなのだ。このタイミングで何かを深掘りするのは得策じゃない。僕達は慣れていかなければならない。日常が安定してきて固まりさえすれば解決する問題もある。なかったに等しくなる問題もある。きっと。

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