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中古屋

 休日に三越中の中古屋へ連れていってもらい、親が店内をうろうろしている間にガチャガチャの中身を個別に売っているコーナーへ向かい、ねこくうかんシリーズを探す。あった。見慣れたフィギュアが第一弾から第四弾まできちんと整理されて吊り下げられている。第二弾の列を下から順に見ていくが、金のネコチューチュルはない。銀はあるけど……銀でもひとつ五千円か。嘘だろう。二百円で回すガチャガチャなのに?


 信じられないといった気持ちで眺めていると、「あ」と言われる。


 一声だけで誰かわかってしまうのには我ながら苦笑してしまうけど、顔を向けると案の定、瀬奈楓季が僕を見つけて指差している。


「ああ」と僕。


「え、反応薄。あたしが今日ここに来るって知っとった?」


「知るわけないやん」

 瀬奈の私服姿を初めて目の当たりにしたからぼんやりとしてしまっただけだ。丈の短いワンピースに白いブラウスを合わせていて、まあ制服とそんなに絶対的に違わないだろとも思うけど、それでも新鮮で目を奪われる。瀬奈はプライベートだとこういう服装なんだ、というのも知れる。僕は適当なダサい服しか着ていなくてしまったと後悔するが、瀬奈はまったく気にしていない。


「山下もねこくうかんに興味持ち始めたん?」


「いや、ただ見とっただけや」


 瀬奈が隣に来る。

「あたしに影響されとるってわけやな?」


「まあ、毎日毎日見せられとるしなあ」

 机の上に置いてあるんだから嫌でも視界に入る。


「そういえば猫達はどうやって裕福になって成り上がっていくんや?」


「あの物語はもう打ち切りなんや」


「あはは。楽しかったなあ、あれ」


「…………」


 まるで最後であるかのような瀬奈の台詞に、僕は焦りつつ瀬奈を見遣るけど、瀬奈は普通に笑っていて「ね?」と同意を求めてくる。


 僕は調子を崩されて返答に窮する。五秒ほど黙り、それから「こんなふうにガチャガチャの機械から取り出された中身だけが売られとると、なんか味気ないな」と苦し紛れにつぶやく。


「しかも中古やしね」


「そういやそうやね」ここは中古屋だ。「でもここでまとめて買った方がダブらんと安く揃えれるかもな。風情がないけど」


「そうやって」と瀬奈。「風情がないか。いいこと言うやん。そうなんやって。こんなところで確実に揃えたとしても、面白くないやんな?」


「ガチャガチャ本来の楽しみはないな」


「ほうや。何が出てくるかわからん、あれが楽しみなのに」


「絶対にダブらんのは利点やけど」


「でも自分が持っとるの忘れて買ってもうたらダブるかもしれん」


「それはアホなだけや……。救いようがない」


「あはは。あたしはアホやし」瀬奈は銀のネコチューチュルを指差す。「でも山下、ダブらんようにはできるけど、安く揃えれるかはわからんよ」


「五千円。銀のネコチューチュルはたしかに高いなあ。金のネコチューチュルに至っては売ってもないし」


「ん? 金か?」瀬奈が僕の手首をぐいと掴んでくる。僕の股下がひゅっとなる。「こっち来てみ」


 ガチャガチャコーナーから少し離れたところにガラスケースがあり、金のネコチューチュルはその中に安置されていた。一万二千円。そうか、貴重すぎてやすやすと吊り下げておけないのか。一万二千円!?

「瀬奈、金のネコチューチュルやっぱり返してや」


「嫌や」


「冗談やけど」


「やからあたし、本当にいいんか?って訊いたやろ?」


「値段は言わんかったやん」


「値段は……言えんかった。欲しかったさけ」


 僕は笑う。正直すぎる。「いや、いいんやけど。あげるって言ったんやから。こんなに高いとは思わんだけど」


「返すか?」


「いらんて。僕が持つべきものじゃないわ。……どうせ、返せなんて言わんと思っとるやろ?」


「そんなこと……思っとるなあ」

 瀬奈はイタズラっぽく笑っている。僕の手首は掴まれたままだけど、たぶん瀬奈は掴んでいることすら忘れている、意識してないと思う。こっちはそこへばかり意識が行ってしまうというのに。


「僕からのプレゼントってことにしといてや」


「プレゼントかあ。そうやな。あたし、五月が誕生月やったから、最初ホントにプレゼントかと思ったんやってな」


「え、五月が誕生日やったん? 言ってくれれば……」


「くれれば? まだなんかプレゼントしてくれたんか? メチャクチャ太っ腹やな、山下は。いい彼氏になるわ」


 ドキッとする。彼氏という単語に反応してしまう。彼氏彼氏彼氏。瀬奈の彼氏。これはつまり、瀬奈は僕を彼氏にしたいということなんだろうか? でも逆に、僕が誰かにとってのいい彼氏になれそうだと言っているふうにも聞こえて、それだと見込みが一切ないみたいな感じになる。と、そこまで考えて、僕は瀬奈の彼氏になりたいんだろうか?とふと思う。それは瀬奈のことが好きなのかどうかとも似通った疑問なのだが、そもそも僕は付き合うということに関する理解があんまりなくて子供すぎる。子供だという自覚がすごくある。だって、瀬奈の彼氏になったとしても、それからどうすればいいのか何もわからずフリーズしてしまいそうなんだから。だけど、瀬奈が他の誰かと付き合うっていう想像をすると、嫌な空気が体の芯を通り抜けていく。そうか。他人と付き合ってほしくないという気持ちはたぶん『好き』で、付き合ったあとに何をするのかなんて、付き合う理由なんて、とりあえず他の誰かと付き合ってほしくないからでいいのかもしれない。瀬奈は可愛いし、今に誰かから告白なんかされて、ころっとそのまま付き合い始めたりしてしまうかもしれない。


「……僕、いい彼氏になるかな?」


「なると思うよー」瀬奈は暢気だ。「不真面目やけど真面目やしな」


「やったら、瀬奈は僕に彼氏になってほしい?」


「ん?」


「…………」

 あんまり通じていないようだ。じれったくて、僕ははっきり言ってしまう。「瀬奈の彼氏になりたい」


「え? へ……?」

 瀬奈は目を丸くしている。パッと、思い出したように掴んでいた僕の手首を解放する。


 こんなところで告白。中古屋のガラスケースの前って、さすがの僕でも空気読めてないなと思うけど、切ってしまった口火はもう止めどない。


「僕と付き合ってほしいんやけど……」


「え、なに? あんた、あたしのこと好きなん?」


 それはわざわざ認めないといけないのかと思いながら、恥じらいつつ、僕は「うん」と頷く。


「えーー」

 瀬奈は顔を両手で包むような仕草をする。瀬奈の小さな顔はほとんどが隠れてしまう。


 寝耳に水といった様子の瀬奈に「夢にも思わんだけ?」と僕は訊いてみる。


「思わんだ」と瀬奈は答える。そんなことあるか? あんなに毎日いっしょにいたのに……とあきれるけれど、僕も自分の気持ちに気付いたのは今の今なので瀬奈を責めることはできない。


「でも、そうなんや」と僕は言う。早く話を進めなければ。親が僕を探しに来たらアウトだ。まだ時間はあると思うけど、瀬奈の方も同様かもしれない。「付き合いたい」


「あたしは……よくわからんのやけど」


「僕のこと好きじゃない?」


「好きじゃなくはないけど……好きやけど」


「ほしたらいいやん」


「や、でも付き合うとかじゃないっていうか……」


 あ、そういえば確認しておかないといけなかった。

「瀬奈は今、誰とも付き合っとらんよね?」


「付き合っとらんよ」と驚いたように瀬奈は首を振る。


「ほしたら僕と付き合ってみんけ?」


「うーーん……」

 考えている。ものすごく考えられている。でもそれは、明らかに可能性がないわけじゃないってことだ。希望はある。


「試しにでもいいし」と僕は自らハードルを下げる。


「うーーん……」唸りが長い。


「嫌?」


「嫌じゃないよ? 嫌じゃないんやけど……」

 瀬奈は目を泳がす。中古屋の店内を隈なく窺っているかのように目が動く。「……山下、ほしたらあたしの友達とも仲良くできる?」


「え、なんで?」そんな交換条件みたいな。「僕と瀬奈が付き合うこととは関係なくない? 僕は自分が仲良くしたい人と仲良くするけど」


「…………」


「瀬奈は瀬奈の友達と仲良くすればいいよ? 僕はわざわざ仲良くするつもりはないわ」


「うーーん」とまたひとしきり唸ってから瀬奈は「とりあえず友達でおろうさ。あたしは山下のこと友達として好きやし。な?」と締めようとする。


 急にピンと来てしまい、いったん冷静になればいいのに、ピンと来た反射でそのまま訊いてしまう。

「瀬奈は周りの目が気になるん? 僕が雑魚やから、僕と付き合うと自分の評価が下がると思っとるんじゃない? グループからも仲間外れにされてまうかもしれんもんね」


「そんなんじゃないよ」と否定するなら否定するで、すぐにそうしてくれればいいのに、瀬奈も瀬奈で、正直すぎてリアクションでバレバレになる。図星を突かれてうろたえて間が出来る。


 忘れていたけど、瀬奈楓季は僕達の学年でもっとも目立つグループであり、瀬奈も威厳を保つ必要があるのだ。付き合う男子が僕じゃ釣り合わない。後ろ指しか指されない。そう考えると、僕はなんて女子に告白してしまったんだろうと馬鹿馬鹿しくなる。芸能人に恋しているのとあまり変わらない。


「わかったよ」と僕は言い、その場から逃げるように立ち去る。


「ちょ、山下!」

 瀬奈が追いかけてくるが、僕は店内を全力疾走だ。いろんなコーナーをぐるぐる回り瀬奈を煙に巻き、親から車の鍵をもらってそそくさと店を出る。走って駐車場を横断し、ウチの車に籠って隠れる。バカらしい。そんな、周囲からの評価の適切さを付き合う相手の第一条件にしているような女を好きになってしまったなんて不幸すぎる、と僕は強いて思うようにする。瀬奈を悪く思うことで、なんか、ひょっとしたらまだチャンスがないこともないかもしれないみたいな浅ましい期待も振り払いたい。自分が自分でないかのような、その場の勢いに任せた告白を、しかも人生初の告白を咄嗟にしてしまった高揚がまだ体を支配している。

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