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猫の冒険

 六月。衣替えの季節になり、瀬奈がしょっちゅう教科書を忘れてくるようになる。そうして僕の教科書を見せてもらうために机をくっつけてくる。なんなら、瀬奈の机は常に僕の机に密着していて、最近は定位置にあるのを見たことがない。先生も何も言わないし、やりたい放題だった。ねこくうかんのフィギュアが僕の机にもやって来る。僕の机も五分の一ほど猫の空間になる。


 イベントはやっていないので授業中にゲームもしない。だけど社会の……日本史の授業を受けていると少し眠たくなってくる。瀬奈と連絡先を交換したら夜中にメッセージが届くようになり、寝不足になるときがあるからかもしれない。


 僕は猫のフィギュアを指で動かし「普通のネコチューチュルは飽きたにゃ。たまには金のネコチューチュルが欲しいにゃ」と言う。


 瀬奈が目を見開いて僕を凝視し、「あははははは!」と爆笑する。「いきなりなんじゃいやー! マジでか! メッチャおもろいな山下!」


 おじさん先生もさすがに険しい顔をするので「大きい声出したらダメやよ」と僕は小声で注意する。「机くっつけてもいいけど、授業の邪魔になるのはよくない」


 瀬奈は素直に「わかった」とボリュームを落としてうつむく。「でも、でもあんたメチャクチャ面白いやん。大声出したらダメとか言って、あんたが笑わせるからいかんのやが」


「笑うとは思わんだ」


「笑うわ。最高すぎ」


「ちょっと眠くなったから、眠気覚ましに」


「あんたが?」


「うん」


「珍しいな」


「瀬奈のせいや」


 僕の台詞は無視されて、瀬奈も猫フィギュアをひとつ指で動かし始める。

「金のネコチューチュルは楓季の家に奉られてるんだ。私達みたいな貧困層の猫では、拝むことも叶わないんだ」


「ふうん」と僕は言う。


「あんたも続きやってや」


「え、続きとかあるん?」


「やってや。そっちの猫の役はあんたやろ?」


「えー、嫌や。疲れる」


「あんたが始めたんやん」


「いや、始めたとかじゃないし」

 眠気覚ましになんとなく一言喋らせてみただけだ。


「早く」


「めんどい」


「はよやれ」


「……僕達も裕福な猫になって、金のネコチューチュルがある町にいつか行こう」


「にゃって付けれや」


「瀬奈も付けとらんやん」


「あんた最初付けとったやろ。途中で喋り方変えんといてや」


「……どうすれば裕福ににゃれるんにゃろう。にゃ」


「ふっふ」と瀬奈は震える。「あんた最高。可愛すぎ。好きやわ」


「…………」

 好きという言葉に僕の胸が一発、ドキリと鳴るけれど、瀬奈はそういうつもりで言ったわけではないらしく、ただただ笑いをこらえているのみだ。


 好き、か。好きかどうかはなんともいえないんだけど、瀬奈といっしょにいるのは、なんというか、落ち着く。いや、やかましい女子といっしょにいて落ち着くというのも変な話だし僕は今も振り回されてばかりだから、なんだろう、自然というか、しっくり来る感じが強い。瀬奈の隣でいいんだ、ここで間違いないっていう感覚がすごくある。それが好きってことなんだろうか? 僕には未知だが、少なくとも僕は普通、他人の前で猫のフィギュアを喋らせたりしない。


 そのあとも僕と瀬奈で猫達の架空の会話を繰り広げ、金のネコチューチュルを探す猫の冒険物語が開幕したのだけど、瀬奈はいつも友達とこんなことをやっているんだろうか? 門出銀史や笹野龍忠(ささのたつただ)みたいな(いか)つい連中が猫の声優をやったりしているんだろうか? どう考えてもやらないし、やっていたらドン引きだ。でも瀬奈はノリノリでやっていたし、慣れているふうだったし、案外自分の家では一人でやっているのかもしれない。だとしたら意外と可愛いところもある。ん? 中二にもなってそんなことをやっていたらまずいんだろうか? わからない。冷静な判断ができない。


 授業が終わると、瀬奈は我慢していた分、笑う。

「山下いいわあ。今さっきの、みんなに話してもいい?」


「みんなって、瀬奈グループの人らやろ?」


「あたし中心のグループじゃないけど」


「ダメに決まっとるわ。いい笑い者やわ」


「いい意味での笑い者やん」


「悪い意味で笑われるに決まっとるやん。下手したらいじめられるわ」


「山下はあたしの友達をなんやと思っとるんや……」


「…………」

 とても悪い人達だと思っているが、もちろん言わない。


「あたしのことはいいんか?山下。あたしのことは嫌じゃないんか?」


「いや、瀬奈のことはよく知っとるし」


「あたしの何を知っとるん?」


「…………」


 黙っていると瀬奈が手をパタパタさせて笑う。

「あ、今の、あたしになんかすごい秘密があるみたいなことを匂わせたわけじゃないしな? なんも秘密とかはないよ?」


「ふうん」


「あたしの友達のことも、よく知れば仲良くなれると思うんやけどなあ、山下」


「別にいいよ」

 それよりも『私の友達』って、そういうふうにそこを区切られると、じゃあ僕は一体なんなんだよってなる。以前に瀬奈は僕も友達だとカテゴライズしていたけれど、正規の友達ではないよな? だって瀬奈は休み時間になると僕を置いて教室を出ていくんだから。あ、だから僕が瀬奈のグループに入れば正規の友達になって休み時間中も喋れるってことか? でも普通に考えて、あの問題児軍団の中に僕が混ざっている絵なんてありえない。そもそも瀬奈が僕を特別扱いしているだけで、他のメンバーからしてみれば僕なんて雑魚中の雑魚で顧みる価値もないはずだ。それくらいに瀬奈のグループは高みにあり、僕は低いところにいる。

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