PDM
ハマッているスマホのゲームがイベント期間中なので、授業中にもこっそりプレイさせていただく。僕は瀬奈楓季の隣なので先生もあまりこっちをじろじろ見ない。瀬奈のグループは教師陣にも恐れられている……というか、まああんまり関わりたくないんだろう、先生方も。
僕がプレイしているのはパズルのRPGみたいなゲームなのだが、スマホゲームの例に漏れず周回要素があって面倒臭い。でもついついやってしまう。
熱中していると瀬奈に見つかってしまう。
「あんた授業も受けんとゲームしとるんか。不良やなあ」
「……瀬奈に言われたくない」
「なんで? あたしは真面目に授業受けとるよ?」
「なに言っとるんや。教科書も開いてないが」
瀬奈の教科書は閉じられたままだった。ノートは開かれていたが、筆記用具すら出ていなかった。
「先生の話聞いとれば教科書なんていらんやん。教科書なんてどこ開けばいいかわからんのや」
「先生の話聞いとったら教科書もどこ開けばいいかわかるやろ」
「はあ? うるせえな、ゲームしとるクセに」
「僕は予習復習するからいいんや」黒板だって暇を見てちゃんと写している。「……二十三ページや。開いときね」
「あっそ」瀬奈は、でも素直に教科書をめくって二十三ページを開く。けれど教科書を見る気はない。「それ何のゲーム?」
「瀬奈に言ってもわからんゲームや」
「ああ? エロいゲームやろ?どうせ。先生ー、エロいゲームしてる男子がいまーす」と瀬奈は先生に聞こえないボリュームで冗談を言う。
「先生は瀬奈の言うことなんか信じんよ」
「ひっど~。未成年でエロいゲームしとるクセに」
「そんなゲームしとらん」
「ほんならオタクくんは何のゲームしとるんや?」瀬奈が上半身を傾けて僕のスマホを覗いてくる。
「瀬奈もオタクやん……」ねこくうかんの。
「あたしがオタクなわけねえやろ。……お、やっぱりエロいゲームや。女の子が出てきとる。キモ」
「女の子が出てくるってだけで決めつけんといてよ」
「嘘やあ。そのゲーム、銀史もやっとるわ。PDMやろ?」
「そうや」
門出銀史は瀬奈のグループの男子だ。まあ、かなりダウンロードされている人気ゲームなのでプレイしている人間が身近にいても不思議じゃない。
「あとで対戦してあげてや。連れてくるさけ」
「えー、嫌や」
門出銀史なんて全然知らない男子だし、わざわざ関わりたくない。
「なんでや。対戦したらなんかもらえるんやろ? 石やったっけ? 石もらえるんやしいいやん」
「いらん」
たしかに初回の対戦では課金しないと手に入らないアイテムがもらえるが、それのためですら門出銀史とは関わり合いたくない。
「いいやん。なんで?」
「知らん人やもん」
「知らんくても、友達になればいいやん」
「いや、なれんて」
そんなヤンキーグループの生徒と友達になんてなれない。パシリにされそう。
「なんでやって。あたしと友達なんやから、あたしの友達と友達にもなってや」
「え」
僕って瀬奈と友達なんだっけ?と思うけど、今はそんなことを深掘りしている場合じゃない。門出銀史をなんとしてでも退けなければならない。「瀬奈のことは好きやけど、瀬奈の友達やからって友達になれるとは限らんやろう」
「へ」と瀬奈が止まる。
「ん?」
あ、好きって言ったからか? 反射的に出た言い回しに僕は赤面する。「いや、ほら、僕は人見知りやから。そんないきなり仲良くなれんのやって」
僕の『好き』なんて別に興味もないだろう瀬奈は、案の定いじりもせずにスルーし、「ほうか」と納得だけする。
したと思っていたのに、次の休み時間に門出銀史を連れてくる。なんじゃい。連れてくるなって言ったのに。
門出銀史はスポーツ刈りで、ややガッチリした体型をしている。太っているのではなく、筋肉めいたものがついていて、部活もしていないわりにアスリート的な体つきだ。
「山下新一くん。山下くんもPDMやっとるんか。一回対戦しようさ」
来てしまったものは仕方ないので、ご要望通り対戦する。弱い。キャラは弱くないがパズルが下手すぎて弱い。けれどここで僕が勝って角が立つのも嫌なので巧妙にわざと負ける。手を抜いていないふうに上手く負ける。まあ門出銀史が僕の手加減を見抜けるとも思わないけれども。
僕の期待通り、門出銀史は「よっしゃ、勝てたわ。対戦ありがとな、山下くん」と手加減に気付くことなく気持ちよく勝利して満足な退室となった。僕も満足する。
でも瀬奈にはバレていた。
「わざと負けたやろ?」
「はあ? なんで? 普通に負けただけやけど?」と僕はとぼける。
「嘘ばっかり」
「嘘じゃないよ」
「嘘やん。あたしにまで嘘つかんといてや。ムカつくなあ」
なんだよそれ。「なんでわざと負けたって思うん?」
「指捌きが全然違うやん」と指摘される。「あたし、あんたが授業中にやっとったの見とるんやからね?」
「あー」
なるほどね。でもそれだけでわかるか? プレイしたことのない者に区別ってつくんだろうか? でもバレている以上、瀬奈にはわかったんだろう。
「あーじゃないわ」と瀬奈がちょっと笑う。「それ、白状しとるのと同じやし」
「……まあ、門出くんには気持ちよく帰ってもらいたいやろ?」
「接待やん」
「接待対戦やね」
「そんな、人に恵んでばっかりで疲れんか?」
恵んでばっかりって……。「別に。立場が弱い生徒はこうやって学校生活を乗りきってかないかんのや」
「そんなことないって」
瀬奈が言っても説得力がなさすぎる。瀬奈のグループにとっては学校生活なんて楽勝なんだろうけど、そういうグループが存在する学年は戦々恐々なフィールドと化すのだ。
「門出くんに報告する?」と僕は訊いておく。
「なにを」
「僕が手加減したことをや」
「言わんよ、そんなの」瀬奈が目を細める。「あたしをなんやと思っとるんや」
なんだと思っているんだろう? わからない。でも周りは僕と瀬奈を友達だと見なすようになってきているらしく、僕はほんの少しだけ以前よりも浮く。何がということもないんだけど、みんなの態度がわずかによそよそしくなったというか、薄い壁が一枚張られたというか、そんな違和感がある。僕は全然、瀬奈の友達にはなれていないんだが。瀬奈は休み時間になると門出銀史達のところへ行ってしまうし、僕は自分の座席でぽつんと一人だ。
けれど、瀬奈との交流が増えたのは間違いない。授業中、瀬奈はよく話しかけてくるし、僕もよく返事をしている。瀬奈と喋るのは意外と楽しかった。スクールカーストの上位者っていうのはコミュニケーション能力が高いとよく聞くが、瀬奈もたしかにやり取りをしていて心地いい。普通の女子と話している感覚とは明らかに違う。いや、性別とかはあんまり関係ないのかもしれない。とにかく瀬奈との会話はテンポがよくて、僕なんてあまりペラペラ喋るのは得意じゃないはずなんだけど、ついついレスポンスしてしまう。コミュニケーション能力は、高くなりすぎると相手の能力も引き出せたりするんだろうか? 不思議だ。