不真面目シスター、聖堂騎士団と絆を結ぶ の巻
針です。
針のむしろです。
ずらりと並ぶ、精悍でイケてるメンズ。服の上からでもわかる、鍛え抜かれ、はち切れそうになっている筋肉の集団。さすがは近衛師団と並ぶ、王国最強とも呼ばれる聖堂騎士団の皆様です。筋肉フェチな方なら、よだれを垂らしてハァハァ言いそうな光景です。
そんな屈強な男たちが勢ぞろいし、それはそれは険しい視線で私を睨んでおりました。
「どの面下げてここに来た」なんて思いが、くっきりはっきりと書かれています。当然ですね、私が原因で聖堂騎士団壊滅しかけたんですから。私だって来たくなかったです。
「さて、言いたいことは色々あるだろうが」
相変わらずの優しく響く低音ボイスで、聖堂騎士団長様が団員に声をかけます。誰よりも言いたいことがあるはずなのに、ぐっとこらえてくださるその度量。心から感謝いたします。
「大聖女様の側仕えとなった、シスターのハヅキだ。今日一日、基地内の掃除をしてくれるので、そのつもりで」
「よろしくお願いします!」
大きな声で、礼儀正しく挨拶した私に返ってきたのは。
無言という、お笑い芸人なら心が折れてしまう反応でした。
うう、帰りたいよう。
◇ ◇ ◇
みなさまごきげんよう。
誰も望まぬ大出世を遂げ、大聖女の側仕えとなった、シスター・ハヅキと申します。
十七歳の「花も恥じらう」乙女でございますが、どちらかというと「恥の多い青春を送って来た」乙女です――なんて言いたくなるほど、本日は自虐的な気分です。
今、私がいるのは、大聖堂のすぐ隣、徒歩十分の場所にある聖堂騎士団本部の基地です。
すぐ隣なのに徒歩十分ておかしくないか、て?
大聖堂も聖堂騎士団本部もやたらと広いんですよ、はい。
で、どうしてこんなところにいるのかと言うと。
命令されたんです。直属上司の大聖女様に。
私が側仕えになり、大聖堂で暮らすようになって半月。
教育係とは名ばかり、実態はイジメ係であるシスター・リリアンにこき使われ、だだっ広い大聖堂を隅から隅まで掃除させられる毎日を送っておりました。
ですが、私の必殺お掃除スキル「聖なる箒」にかかれば、大聖堂とて敵ではありません。
一週間でピカピカに磨き上げられた大聖堂は、新築さながらの輝きを放つようになりました。
もちろん、人目につくところだけではありません。見えないところも隅々までお掃除し、「これ当分掃除しなくていいんじゃない?」と幹部全員をうならせてしまいました。
「あ、あんたは……あんたってやつは……」
なんなら寝転んでくつろいでもいいですよ、というレベルできれいになったトイレを見て、リリアンは怒りで震えました。
嫌がらせにならなかったですからね。
どうだまいったか、これぞ「ざまぁ」というやつですね! ああ、きもちいい!
どやぁ!
「あなた、掃除だけは、本当に得意なのねえ」
そんな私の成果とドヤ顔を見て、大聖女様が感心しました。
だけ、を妙に強調されたのが引っ掛かりますが、まあ気にしないでおきましょう。初めて褒められた、と前向きに考える方が精神的にラクチンです。
「ちょうどいいわ」
ですが、続けて浮かべた極上の聖女スマイルを見て。
ゾワリとした悪寒が、背中を走りました。
大聖女様がこんなふうに笑うときは、ろくなことが起きません。ええ、過去の経験から身に染みてわかっています。「ああ、お美しい笑顔♡」なんて見惚れている場合じゃないですよ、リリアン!
「どこかの誰かさんのせいで、聖堂騎士団は人手不足なの」
泥酔して悪霊と共に、大聖堂へ殴り込みかけた私。
それを撃退すべく、完全武装かつ総力を上げて戦ったという聖堂騎士団の皆様。
すいません、酔っていたのでよく覚えていませんが、「聖堂騎士団史上、最大級の激戦だった」とのお噂は聞いております。その戦いで半数が病院送りになり、いまだ入院中の方もおられると、耳に胼胝ができるほど言い聞かされております。
へえ、タコって、海にいるあの「蛸」ではなく、「胼胝」って書くんですね。正しい読み方は「べんち」ですか。ほうほう、タコは俗称ですか。勉強になります。
いえ、どうでもいいことですけどね、はい。
「騎士団としての活動に手いっぱいで、基地内が荒れているそうなの。罪滅ぼしも兼ねて、掃除してらっしゃい」
「あの……一人で、ですか?」
「そうよ。男性ばかりのところに、男性に免疫のない、シスターを行かせるわけにはいかないでしょう?」
「あの、私も同じシスターですが……」
「それが何か?」
返ってきたのは、この私に文句があるなら聞きましょう、と言わんばかりの聖女スマイル。
「いえ……なんでもありません」
というわけで。
ざまあみろ、とほくそ笑むリリアンに見送られて、私は聖堂騎士団本部を一人で訪れることになりました。
◇ ◇ ◇
騎士の皆様が寝起きする、宿舎のお掃除を命じられました。
武器庫の中や馬小屋には入らせてもらえません。なぜなら、そこにあるのは騎士の皆様が命を預けるもの。案内してくださった若い騎士には、「お前にだけは、絶対に触らせない」という固い決意を込めた厳しい口調で、「立入禁止!」と言い渡されました。
お掃除の範囲が狭くなりました、ラッキー♪
「手抜きしたら、やり直させるからな! ちゃんとやれよ!」
そう言い残して、去っていく案内役の騎士。
失敬な。
シスターとしては失格でも、ハウスキーパーとしては誰にも負けるつもりはありません。誇りにかけて、宿舎をピカピカに磨き上げてみせますよ。
「ハヅキちゃんの本気、ナメんなよ!」
まずは全体を見て回り、段取りを考えます。総勢五百名が暮らす場所ですからね、やみくもにやってもダメです。お仕事は段取り八分、と言いますしね。
「ふーん、なるほど」
女ばかり暮らす大聖堂とは、やはり雰囲気が違いました。でも男ばかりが暮らす場所にしては、整理整頓が行き届いている方ですね。たぶん、新人とか若手の騎士が掃除させられてるんでしょう。
あるいは、一応「女の子」の私が来ると聞いて、見られてまずいものは隠したとか。
あり得ますね。
若くて生きのいい男の集まりですから、女の子に見られては気まずいものとかありそうです。うっふーん、とか、あっはーんとか、そういうハレンチなやつが。
よし、探そう♪
「燃えてきたー!」
ヤル気がみなぎってきます。
一通り見て回り、段取りも完璧。あとはヤルだけですね!
「聖なる箒!」
真新しいデッキブラシを手に、スキル発動。
あらゆる掃除道具のお掃除力をアップする、私のオリジナルスキルです。がんこなカビも一拭きで消え去るという、家事を担う者の夢を叶える最高のスキルと自負しております。
「お、おおっ!?」
びっくりしました。
スキル発動とともに、デッキブラシが光ったのです。これ、あのイケオジの聖堂騎士団長様が、わざわざ用意してくださっていたものです。なんというか、手にしっくりとなじみ、スキルのかかり具合が違います。当社比で約3.14倍はパワーアップしています。
これなら、いままでにないハイパワーで戦いができそうですね!
「よっしゃー、いっくぞー!」
レッツら、ゴシゴシ♪
クリーニング、ゴ―!
◇ ◇ ◇
デッキブラシ、マジですごかったです。
たったひとこすりで、壁や床が新築同様の驚きの美しさになってしまいます。丸一日かかると踏んだお掃除が、午前中には終わってしまいそうです。
「これ、ほしいなあ」
やっと出会えた、そんな気がするデッキブラシです。
マジで持って帰りたい。
お金払えと言われたらローンを組んでもかわまわい、そんな逸品です。思わず「カリンちゃん」と名前を付けてしまうぐらい気に入ってしまいました。
団長にお願いしたら、譲ってくれないかなあ。あとで頼んでみようっと。
カリンちゃんのおかげで余裕ができた私は、宿舎の隅々までお掃除しつつ、目を皿にして探索活動を行いました。
ですが、どこにも成年向け男性誌の類は見つかりませんでした。
うーん、残念。さては武器庫とかに隠したな。見つけたら強請るネタにできたのに。いやまあ、何を強請るのかと言われたら、特に思いつかないんですけど。
「それにしても」
お掃除の手を止め、私は外を見ます。
雲は多目ですが、晴れと言っていいお天気。だというのに、やたらとカエルの鳴き声が聞こえるのです。
それも、ケロケロではなく、モーッモーッというやつ。
ウシガエルですね。久しぶりに鳴き声聞きました。こっちにもいたんですねえ、ちょっと故郷を思い出してしまいます。
「近くに巣でもあるんですかねー」
さて。
結論から言うと、巣なんてありませんでした。
あったのは、生け簀です。
「……どうしたんですか、これ」
お掃除を終えて庭に出ると、突貫工事で作ったらしき池の周りで、騎士団の皆様がヘタレていました。
池の中には、大量のウシガエル。百匹以上はいますね。ちょっと気持ち悪いです。
「聖堂騎士団総出で捕まえてきた」
苦虫を噛み潰したような顔で、団長様が教えてくれました。言われてみれば、服が泥だらけです。
「なんでまた」
「今、王都内のあちこちで姿を見せていてな。苦情が殺到しているのだ」
デカくて見た目が少々グロテスク、というのもありますが。
口に入るものなら何でも食べるウシガエルです。勝手に住み着いた池で、集まってくる虫や魚を食らい尽くした挙句、人間が飼っている観賞魚や小鳥にも襲い掛かる始末で、大きな問題になりつつあるのだとか。
「生まれたばかりの子猫や子犬まで襲われている、との噂もあってな。ちょっとしたパニックだ」
「なんとまあ。でも、なんで聖堂騎士団が?」
聖堂騎士団の役目は、聖堂の守護です。
害獣退治なら警察のお仕事だと思うのですが……いや、警察でもないか。どこでしょうね?
「見た目がこれだからな、魔族の使いだなどと騒ぎ出す者がいて……うちに白羽の矢が立ったのだ」
「それは大変でしたね。お疲れ様です」
「な……にを、他人事のように!」
いきなり、怒りの声が私に向けられました。
声の主は、団長様とは違った方向でイケメンの、三十前後の方。泥だらけの服を脱ぎ、筋肉で覆われた細マッチョな体を惜しげもなくさらしております。
いい筋肉してますねー、しかもなかなかのイケメンです。
騎士やめてダンサーとか目指してみませんか? けっこういいところまで行けると思いますよ。
ちなみに聖堂騎士団は、入団資格に「容姿端麗」とあるのではと疑うほどイケメンぞろいです。お近づきになりたいと考えているシスターもわりといて、団員とデキちゃう人もいるとかいないとか。
戒律とか規律とか、どうなってるんでしょうね。
ま、お前が言うな、ですが。
「お前が……お前が諸悪の根源だろうが!」
「え、私?」
彼いわく。
私のせいで壊滅しかけた聖堂騎士団。これを機に弱体化させようと、あちこちから政治的圧力がかかっているのだとか。聖堂騎士団の弱体化は魔族に付け入れられることになると、必死の防戦をしているそうですが、「小娘一人にかなわなかったくせに」と鼻で笑われ、分が悪いそうです。
そんなことになっていたとは――うーむ、どうしよう。
「お前のせいで……お前のせいで、我らは訓練もできず、カエル退治をさせられているのだぞ!」
「あ、あの、でも、カエルは私とは関係ないような……」
「このカエルが出現するようになったのは、半月ほど前でな」
重低音のイケボで、団長様が補足されます。
「ちょうど、君が地下水路を突破した後からだ」
うぐっ。
え、ちょっと待って。それってつまり、地下水路に閉じ込められていたウシガエルが、私のせいで世に放たれたと?
いやでもカエルって、そんなところに住んでるんですか? 地下水路、けっこう流れが速かったですよ?
「確かに、地下水路にカエルが群生しているという話は聞いたことがないが……少々符合が合い過ぎていてな」
「そいつに決まっています!」
ひーっ、決めつけられた。でも反論の材料がない!
「その上だな……」
「まいどどうもー、ドール運輸でーす!」
さらに怒鳴り続けようとする彼の声を、朗らかな女性の声がさえぎりました。
大きな馬車が、基地に入ってきます。馬車を操るのは若い女性。なかなかのボンッキュッボンで……え、あれって。
「おお、ジャンヌ君か。今日もご苦労様」
団長様がチラリと私に目配せし、妙に名前を強調して応えます。
は? ジャンヌ?
え、なに、どゆこと?
「おや珍しい、シスターさんがいらっしゃるとは」
「ああ。ちょっと手伝いに来てくれたんだよ。シスター・ハヅキだ」
「そうですかー、初めまして!」
いや、初めまして、て。
「ハヅキ君。彼女はジャンヌ。大聖堂が運送業務を委託している会社の方だ」
「へ? だってあの人……」
確か、大聖女様直属のシノビ、ポンパドールさんですよね。
これまでに何度かお会いしてますよね? 以前、森の中で魔族を捕えた時も大聖女様と一緒で、団長さんもそこにいましたよね?
え、なんで知らないふりするんです?
「どーもどーも、こんにちはー!」
馬車を降りたと思いきや。
まばたきの間に間合いを詰められ、手を握られました。逃げる暇なんてありません。
ぎゅうっ、とそれはそれは強く。
骨が砕けちゃうんじゃないかってぐらい、それはそれは強く。
いやほんと、マジで痛くてシャレにならないぐらい強く、手を握られました。
「私、ジャンヌと申します。以後お見知りおきを」
営業スマイルを浮かべたその顔、目が全然笑っていません。ほの暗く光るその瞳、ぞっと寒気が走り、金縛りになります。
「あ、あああの! は、ハジメマシテ、ジャンヌさん!」
どうにか声を絞り出した私。
にっこりと笑ったポンパドール――じゃなくて、ジャンヌさんが、よしよしとうなずき、手を緩めてくれました。
よかった、正解だ。
でもまだじーっとにらんでいます。なんか世界の闇が目の前で笑っている、そんな気がします。私の正体バラすんじゃないよ、という極大のプレッシャーを、ひしひしと感じます。
怖い、マジ怖い。ちびっちゃいそうです!
「あああっ!」
「ない、今回もないぞ!」
騎士の皆様の悲痛な声が響き、ジャンヌさんが手を放してくれました。
視線が外され、私の金縛りが解けます。いつの間にか呼吸が止まっていたようで、私は大きく息をつきました。
コ、コワカッタ。
「ジャンヌさん! 荷物はこれだけですか!」
「はーい、そうですよー」
「肉が……今日も肉がない!」
基地内に、どよめきが走ります。
ポンパ――じゃなかった、ジャンヌさんが「すいませんねぇ」と愛想笑いを浮かべます。
「私も確認したんですけど。これだけだ、と言われちゃいまして」
ジャンヌさんが運んできたのは、週に一度の補給品。聖堂騎士団の食糧です。
大聖堂所属の組織なのでお金は大聖堂が出しているのですが、調達と分配は王国軍がやっているのだとか。まあ、業務の効率化というやつですね。
「またか」
「また?」
「……王国軍の嫌がらせだよ」
団長様が、深いため息とともに教えてくれました。
王国軍をしのぐ名声と実力を誇っていた聖堂騎士団。
それを王国軍の皆様は苦々しく思っていたそうで、一部政治家と結託して、色々と嫌がらせをしてくるのだとか。
「先月から、肉が配給されなくなってね。文句は言ったのだが、知らぬ存ぜぬと」
「なんと、兵糧攻めですか」
ご飯は基本、ご飯は笑顔。
食べたいものが食べられないと、人間は不機嫌になります。ええもう、よくわかります。特に体を動かすのがお仕事の皆様ですから、お肉が食べられないというのは地味に効いてくる嫌がらせです。
「これも権力争い、というやつですか?」
「ああ。見苦しい限りだ」
「偉い人たちって、大変ですねえ」
「だから他人事のように言うな! お前のせいだぞ!」
私のつぶやきに、先ほど私を怒鳴りつけた騎士の方が、再び声を荒げました。
「お前が泥酔して悪霊と共に大聖堂に殴り込むから、こうなったんだろうが!」
ひーっ!
ぐうの音も出ません。
おっしゃる通りです、私が直接の原因です。ああ、土下座か五体投地で謝れば、許してくれるでしょうか。でもでも、とてもそれぐらいでは収まりそうにない殺気です。
食の恨みは怖いと言いますが、マジですね!
「お前たち、やめないか。ハヅキが嫌がらせしているわけではないぞ」
「わかってますよ、そんなことは!」
「でも俺たちがこんな目に遭っているというのに」
「なんでそいつは大聖女様の側仕えに出世して、ぬくぬくと暮らしているんですか!」
次々と団員の皆様が声を上げます。
あー、そういう風に見えちゃうんですね。決してぬくぬくとは暮らしていません、むしろ先輩シスターにいじめられ、いまだにボッチ飯を食らっている身ですが――ここで反論したら、火に油でしょうね。
「お前たち、落ち着かないか」
「団長、あなたはそいつの味方なんですか!」
団員たちを落ち着かせようと、団長様がたしなめてくださいますが、焼け石に水。
どうしよう、ちょっとシャレにならない雰囲気です。ダッシュで逃げたいですが、ぐるりと取り囲まれているので逃げられません。
さてどうしたものかと、団長様も困った表情を浮かべた時。
『情けない。情けないぞ、聖堂騎士よ』
私に取り憑く、ナイスガイなマッスル悪霊の声が響きました。
◇ ◇ ◇
ざわり、と騎士団の皆様がどよめき、即座に戦闘態勢に入りまいた。
隣にいた団長様も、一気に緊張を高めて鋭い視線を向けます。
「悪霊……何用か」
団長様の重低音イケボが、厳しい口調で問いかけます。
やだかっこいい。
これぞ猛者、な貫禄と殺気で満ち満ちています。中高年の女性がいたら、黄色い悲鳴上げちゃいそうな感じです。
『あまりに情けない騎士の姿に、あきれてしまってな』
私に取り憑く悪霊、アーノルド卿。
筋肉の鎧をまとう、トレーニングパンツ一丁の大男が姿を見せ、どぉん、という感じで着地します。
うーん、服を着てくれと再三お願いしているんですがね。「筋肉がワシの服じゃ!」なんて言って着てくれないんですよ。困った人です。
あ、人じゃなくて悪霊か。
『年端も行かぬ小娘一人を取り囲んで怒鳴り散らす。それが騎士のやることか!』
アーノルド卿が、騎士の皆様に向かって大声を張り上げます。
「き……貴様が、悪霊の貴様が、偉そうに語るな!」
私を最初に怒鳴りつけた騎士が、震える声で怒鳴り返します。
そんな騎士をじろりと見たアーノルド卿。
『では問おう、聖堂騎士よ』
ガツーン、と。
アーノルド卿の拳がぶつかり合う音が響きました。あれ、なんか怒ってらっしゃる?
『汝の怒りは、どこへ向けられているのか』
「な、に……?」
『ワシはかつて、聖堂騎士に憧れた』
突然始まる、アーノルド卿の過去話。
なんだなんだ、何が始まるんだ?
『魔族の脅威から神の教えと人々を守る使命を抱き、己を犠牲にすることもいとわない。その崇高で気高い精神にワシはあこがれ、その一員になりたいと願った。だが死ぬほど鍛えても、ワシはついに聖堂騎士となることはできなかった』
え、マジですか?
この鬼のように強いアーノルド卿がなれないなんて、聖堂騎士てマジですごいんですね。
すいません、ちょっとなめてました。認識改めます!
『なればこそ、ワシは怒りを禁じえぬ。ワシが憧れた聖堂騎士が、小娘一人を取り囲み怒鳴り散らす。そんな情けない光景、見たくはなかったぞ!』
うっ、と声を詰まらせ、視線を逸らす騎士の皆様。我に返り、ちょっと後ろめたさが出てきたようです。
ふう、と息をついて、団長様が剣にかけていた手を下ろしました。危険はない、と判断したのでしょうか。
ちなみに私は、何が始まろうとしているのかよくわからず、ぽかーんな状態です、はい。
『聖堂騎士よ、汝の怒りは、己の弱さへの怒りではないのか?』
「なっ……」
静かに問うアーノルド卿に、騎士がうめきます。
『泥酔した小娘と悪霊。たった二人を相手に散々な目に遭った、己の弱さが腹立たしいのであろう。違うか?』
「おのれ……おのれ、悪霊が知った風なことを……」
アーノルド卿の静かな問いに、ギリッ、と歯を食いしばった騎士ですが。
次の瞬間、ポロリと涙をこぼしていました。
え、なんで泣くの? 泣く要素あった?
『聖堂騎士よ』
騎士の涙を見たアーノルド卿が、腰を落として構えます。
突如戦闘態勢を取ったアーノルド卿に、聖堂騎士の皆様が緊張します。
『その弱さを認め、克服しようと思うのなら……このワシが、いくらでも鍛錬に付き合うぞ』
「な、に……?」
『遠慮はいらぬ。どうせ悪霊に堕ちた身だ、憧れの聖堂騎士の手で消えるというなら、いっそ本望』
戸惑う騎士に、ほれほれどうした、と煽るような仕草をするアーノルド卿。
『それとも、小娘を怒鳴りつけることはできても、悪霊にはビビッて何もできぬか?』
いや、煽ってますね。完璧に煽ってますね。
さすがにこれは騎士の方も頭にくるでしょう。
「き、貴様ぁっ、聖堂騎士を舐めるなあ!」
ほらね。
怒髪天を衝く形相となり、剣を手に取った騎士。鞘を払い、正眼に構えてアーノルド卿と対峙します。
「鍛錬などと、なめたことを! いいだろう、望み通り、今ここで貴様を打ち倒してくれるわ!」
『威勢だけはよいな。よかろう、かかってくるがよい! このアーノルド、逃げも隠れもせぬ!』
「せいやぁっ!」
『むうんっ!』
こうして、細マッチョ騎士 vs ゴリマッチョ悪霊の、壮絶な戦いが始まりました。
――なんでこうなった?
◇ ◇ ◇
最初こそハラハラして見ていた私ですが。
『ほらほらどうした、もうおしまいか!』
「な、なんの! もう一本!」
いつの間にか死闘モードから訓練モードに代わっていました。騎士の皆様から殺気立った空気は消え、張り詰めた空気ながらも、どこかさわやかな雰囲気になっています。
なんだかよくわからない展開ですね。ハヅキちゃん、置いてけぼり感すごいです。
「副団長ばかりずるいです!」
「そうです、次は私が!」
「ええい、もう一本だけ私にやらせろ!」
次は俺だと、アーノルド卿を取り合っている騎士の皆様。それを見て、ポンパ――じゃなかった、ジャンヌさんが「うぷぷ」といやらしい笑みを浮かべています。
「いやぁ、驚きのBL展開だねー」
「え、そうなんですか?」
「ゴリマッチョを取り合う、イケメンの細マッチョたち。いろいろ妄想できちゃうなー」
すいません、そっち方面詳しくないので、言ってる意味が分かりません。未来永劫、理解できなくてもいいかなと思います。
「たいした人だな。なぜ悪霊になっているのか、わからぬよ」
団長様の言葉に、私もうなずきます。
そうですよね、あのナイスガイがどうして悪霊になったのか、さっぱりわかりません。よほどのことがあったんでしょうね。めんどくさいので、調べる気はありませんが。
「それで、シスター・ハヅキ。掃除は終わったのかね?」
「はい、ばっちりです! どうぞ存分にご確認ください」
胸を張る私に、団長様は「そうか、お疲れ」と笑ってくださいます。
そうです、私、本日のお役目終わってるんです。だからもう帰ってもいいんですけど。
『どうしたどうした! ワシが憧れた聖堂騎士とは、この程度か!』
「なんの、まだまだこれからだ!」
これ、帰れる雰囲気じゃありませんね。
アーノルド卿、私から一定距離以上は離れられないので、私が帰っちゃうと訓練は終わり。せっかく乗ってきたところで中断なんて、騎士の皆様に恨まれそうです。これ以上、恨みは買いたくありません。
「帰れそうにないので、しばらく見学ですね」
「なら私もー。今日の仕事終わってるし。あー、イケメンの汗と筋肉、眼福眼福♪」
くつろぎモードに入るジャンヌさん。自由ですね。
でも、このままぼーっと眺めてるのもなあ。私、貧乏性なのでじっとしてるのキライなんですよね。お昼寝は大好きですが、ここで寝るのはさすがにためらわれます。
「モーッ、モーッ」
不意に。
俺たちを忘れるなと言わんばかりに、ウシガエルが鳴き始めました。これだけいるとうるさいですね。
「そういえば団長様、このカエル、どうするんですか?」
「ん? いや、どうしたものかと……逃がすわけにはいかないし、かといってこのまま殺すわけにもな」
カエルとはいえ、聖堂騎士が無益な殺生はまずい、とおっしゃる団長様。
モーッモーッ、と鳴き続けるウシガエル。
おや?
「無益な殺生でなければ、いいんじゃないですか?」
「どうするというのかね?」
私の言葉に、首をかしげる団長様。
モーッモーッ、と鳴き続けるウシガエル。
あれ、もしかして。
「あの、一つ聞きたいのですが。団長様はこれ――ウシガエル、見たことありました?」
「ウシガエル、というのかね、このカエルは」
質問に質問を返される団長様。
モーッモーッ、と鳴き続けるウシガエル。
そうか、名前すら知らなかったのか。なら知らなくても仕方ないですね。
「ポン……じゃなかった、ジャンヌさん」
「なにー?」
「お仕事終わった、ということは、お暇なんですよね?」
「男の筋肉見るのに、忙しいー」
気の抜けた返事をするジャンヌさん。
モーッモーッ、と鳴き続けるウシガエル。
よし、と私は決意します。
「わかりました、暇なんですね。ぜひ手伝ってもらいたいことがあります」
「なにすんのー?」
「騎士団の皆様に、夕食を作ろうと思いまして」
「ハヅキちゃん、料理できるの?」
「お掃除ほど得意ではありませんが、家庭料理なら一通りは」
「……ほんと君って、職業選択間違えたよね」
あきれがちに笑うジャンヌさん。
モーッモーッ、と鳴き続けるウシガエル。
私もそう思います。どこかいい就職先があったら、ぜひ紹介してください。
「では」
私は立ち上がり、腕組みをしてウシガエルを見下ろします。
私が聖堂騎士団に迷惑をかけたのは、事実。
そのせいでお肉が食べられなくなったというのは、悲劇。
恨まれても仕方なし、ならばその罪滅ぼしに、皆様においしくて――お肉たっぷりの夕食を提供しましょう!
「新鮮なお野菜も届いたことですし。そうですね、シチューにでもしましょうか」
私がニヤリと笑うと。
鳴き続けていたウシガエルが、ピタリと鳴くのを止めました。
◇ ◇ ◇
実戦さながらの訓練を終え、疲労困憊で地面に転がる騎士の皆様。
死屍累々という感じですが、その顔には充実した笑顔が浮かんでいました。
「ふ……ふはははっ、悪霊。いや、アーノルド。己の不甲斐なさを思い知ったぞ!」
『なにを、言うとる』
アーノルド卿が肩で息をしながら、騎士に応えます。
『生前のワシなら、おぬしの足元にも及ばぬわ。さすがは聖堂騎士、たいしたものじゃ!』
「またやろう!」
『おうとも。お主たちの手で消される日が楽しみじゃ!』
なんというか、この脳筋どもは。
まさに拳で語り合う、ですね。強敵と書いて友と読む、ていうやつですかね。うんまあ、双方納得しているのならよしとしましょう。
「はいはーい、夕食ができましたよー」
エプロン姿のジャンヌさんが、大鍋を載せたカートを押してみんなの中央へと向かいます。
ボンキュッボン、なジャンヌさんのエプロン姿に、騎士の皆様が鼻の下を伸ばします。美人ですし、若奥様みたいですものね、憧れるのはわかります。
でも、騙されてはいけません。
あの人、めちゃくちゃ刃物の扱いがうまいんです。ほら、エプロンほとんど汚れていないでしょ? もはや達人の粋でしたね、一流シェフでもああはいかないでしょう。なぜか自前のナイフを持っていましたし。
なんか怖いので、絶対に逆らわないようにしよう。
「おおっ、シチューか!」
「肉だ、肉が入っているぞ!」
「まじか!」
騎士団の皆様、大喜び。
配る端から口に運び、がつがつと平らげていきます。いや気持ちのいいものですね、若い男がガツガツと平らげる姿は。さあ、遠慮はいりません、好きなだけお食べなさい。
「ジャンヌ殿が作ってくれたのか?」
「いえいえ、これはシスター・ハヅキが作ったんですよ。お手伝いはしましたけどね」
「なに!?」
シチューを作ったのは私、と聞いて驚く騎士団の皆様。
一斉に向けられた視線に、ちょっとビビりましたが。
「あの、その……いろいろとご迷惑をおかけしたので、せめてもの罪滅ぼしに……」
事前にジャンヌさんに言われていた通りに、ちょっとしおらしい感じで、「本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げたところ。
「いや、俺たちも言い過ぎた」
「そうだな、俺たちの弱さこそが原因だ」
「すまなかったな、シスター・ハヅキ! これからもよろしくな!」
聖堂騎士団の皆様は、快く許してくださりました。
さすがはジャンヌさん。
脳筋騎士なんて、ちょろいものですね!
◇ ◇ ◇
「ハ、ハヅキ……あんたいったい……」
聖堂騎士の皆様と仲直りをし、わいわいと夕食を楽しんでいたところ。
教育係という名のイジメ係、シスター・リリアンがやってきました。
騎士団の皆様がざわめきます。それはそうですよね、大聖女様と肩を並べる美人シスターが登場したのですから。ええはい、私の時とは雲泥の差です。
「あれ、どうしたんですか?」
「……あんたが帰ってこないから、迎えに行けと言われたのよ」
まったくめんどくさい、とはさすがにおっしゃいませんでした。人目がありますからね。思っているのは確実ですが。
「それはすいません。ちょっと皆様とお食事していたので」
「なんでそうなってるのよ……」
騎士に囲まれ楽しそうに食事をする私を見て、リリアンが顔を引きつらせます。
あ、その顔。
私が騎士の皆様に、冷たく扱われていると思ってましたね。まあそんな時代もありましたが、すべて終わったこと、今はこうして食事を共にし、強い絆を確認しているところです。
おいしい食事は、すべてを解決してくれるんですね!
「ああ、そうですか」
このガキャァ……と言わんばかりの、黒い顔を一瞬見せたリリアンですが、すぐに笑顔を浮かべます。
「皆様、私の妹がご迷惑をおかけしなかったでしょうか?」
大聖女様並みのシスター・スマイルで、騎士の皆様に声をかけるリリアン。
リリアンは私の教育係。直接指導をする・される関係となりますので、公には「姉妹」という扱いになります。なんか怪しい制度ですけど、決まりですから仕方ありません。
なので外では、リリアンは私のことを「妹」と呼ぶのですが。
よーくわかってますよ、嫌々呼んでること。
私だってこんな意地悪なお姉ちゃん、ほしくなかったですからね。
「大丈夫、よくやってくれてるぞ」
「うむ、掃除も隅々までしてくれたしな」
「こうして、うまい夕食も作ってくれたしな」
「え、ハヅキが……料理を?」
「そうだよ。大したものだな!」
騎士の皆様からのお褒めの言葉に、リリアンはさらに顔を引きつらせ、私を横目で見ます。
「リリアン殿も、食べていかれませんか?」
リリアンと口がききたい一心で、シチューを勧める若い騎士。
断る口実が思い浮かばなかったのでしょう、リリアンは渋々お皿を受け取り、シチューを口に運びます。
「……おいしい」
嘘でしょ、という感じで目を丸くするリリアン。
そんなリリアンに向かって、私は満面の笑みを浮かべてやりました。
どやぁ!
「でしょう? いやあ、こんな美味いシチューは初めてだ」
「さすがはリリアン殿の妹ですな、何をやらせても素晴らしい」
「愛情深く、しかし厳しく指導されているのでしょうな」
「リリアン殿がいらっしゃれば、大聖堂の未来も安泰ですな」
口々に褒められ、引きつった笑顔で応えるリリアン。
さぞかし悔しいだろうなあ、私と一緒に褒められるの。
「え、ええ……私も、素晴らしい妹を持てて、神に感謝しておりますわ」
心にもないことを言うリリアンですが、まあ許してあげましょう。
お腹が満ちると心も満ちるって、本当ですね。ああ、きもちいい! 今日のご飯は、ほんとにおいしいです!
「ところでハヅキ。これは、何の肉なんだ?」
不意に。
誰かが、そんな疑問の声を上げました。
当然の疑問ですね。なにせここには、お肉がないはずなのですから。ですがシチューにはたっぷりとお肉が入っています。
でもそうかー、開けっちゃったかー、そのパンドラの箱を。
「え? 鳥……じゃないんですか?」
リリアンが首を傾げてつぶやきます。
「俺も鳥だと思ってた」「豚や牛ではないな」「魚っぽくもあるが」「羊か?」「いや違う」なんて声が続きます。
正解を知っている団長様は無言。ジャンヌさんは……あれ、姿が見えません。いつのまにか帰っちゃったみたいですね。
「おい、カエルがいないぞ!」
誰かが、池を見て叫びました。
百匹以上いて、モーッモーッとうるさいぐらい鳴き続けていたウシガエル。ですが今は静かなものです。鳴き声どころか、その姿すらありません。
さて、どこへ行ったのでしょうか。
「まさか……」
「おい、この肉……」
もうお分かりですね。では、正解。
「はい、ウシガエルのお肉です」
シーンと静まり返る、騎士団の皆様とリリアン。
その不気味な沈黙が、十秒ほど続いたのち。
「か……カエルーっ!?」
リリアンの悲鳴とともに、聖堂騎士のうめき声が基地内に響いたのでした。
言っときますけど。
高級食材ですからね、ウシガエル。