いじめ羞恥心
■ 自殺願望依頼
7月も中旬に入ってかなり蒸し暑い日が続いている。今日は全校集会があるので生徒達は体育館に集合していた。校長先生の長い話が終わると、生徒会からの連絡ということで、生徒会長である琴宮梓颯がステージの上に立って話しはじめた。
琴宮梓颯「みなさん、おはようございます。生徒会長の琴宮梓颯です。受験を控えている3年生のみなさんへのお願いです。本日、生徒会よりアンケート用紙をお配りしますので、本日の放課後までに各クラスに設置させていただいているアンケートボックスに入れておいてください。先輩方のアンケートを参考にさせていただき、より良い学園生活をおくれるように生徒会で改善したいと考えておりますのでご協力をお願い致します。わたしのほうから以上となります」
全校集会が終わると3年生のみ生徒会からアンケート用紙が配られた。このアンケート用紙には名前の記入欄はなく、全て質問形式になっていて”はい”か”いいえ”の2択になっている。その質問内容は次のようになっている。
①今の学園生活に満足をしている
②学園の教育指導に満足している
③学園内の人間関係に満足している
④学園生活に問題が発生している
⑤学園内でいじめられている、もしくはいじめがある
⑥学園生活において誰にも話せない悩み事がある
3年生にだけこのアンケート調査を行う本当の理由は、もちろん裏クラブの調査のためである。それは先週の木曜日、影郎アカウントに新しくダイレクトメッセージが届いたことに話がさかのぼる。
木曜日の放課後、裏クラブのメンバーが生徒会室に集まっていた。堀坂向汰はいつものようにソファーに座ってカバンの中からスナック菓子とペットボトルのコーラーを取り出していた。そして如月瑠衣が影郎アカウントに届いた新しいダイレクトメッセージを生徒会室の大きな壁に映し出した。そのメッセージとは次のような内容であった。
”
影郎さん、はじめまして。
3年5組の新井健吾といいます。
情けない話なのですが、僕はクラス内でいじめられています。
3年生にもなって、いじめられているなんて、とても恥ずかしくて誰にも相談できません。
そこで噂の影郎さんに悩み事を聞いてもらおうとダイレクトメッセージを送ってみました。
学園内ではときどき上履きを隠されたり、教科書を全部ゴミ箱に捨てられていたりすることがありました。
しかし、リムチャット内では毎日のように「お前なんか早く死ね」、「消えろ」、「キモい」などの
メッセージが送られてきます。
そんな毎日が耐えられず、僕なんか存在しないほうがいいのだと思うようになりました。
影郎さん、楽に死ねる方法があれば教えてください。
”
リムチャットとはSNSのチャットアプリのことである。
琴宮梓颯「これはもう精神的に限界がきてるわね。早く解決させないと命に関わる問題になりかねないわ」
如月瑠衣「しかし、リムチャット内での誹謗中傷となると証拠を押さえるのが難しいですわ」
スナック菓子をぼりぼり食べながらコーラーを飲んでいる堀坂向汰が今の段階で推理できることを説明した。
堀坂向汰「このメッセージはある意味、矛盾した点がある。前半では悩み事を聞いてもらいたいと言っておきながら、後半では死ぬという結論を出している。おそらく最初は悩み事の相談をするつもりが、いじめられている内容を思い出しながら書いているうちに感情的になってしまって、結局、何を求めているかわからないメッセージになってしまっている。前半で情けないとか恥ずかしいといった感情表現をしてるところから推測すると、そこそこプライドの高い人物であるということと、客観的な視点で現状を見ることができているので生きたいという力はまだ残っているということかな。でも後半のように感情的になるとネガティブ思考になって死にたいという気持ちになってしまう。生と死の葛藤をしてる状態に陥ってるから本人は相当苦しんでると思う。とにかく客観視できているってことは冷静な判断力があるわけだから、すぐに自殺なんてしないと思う。人間、そう簡単には死ねないからね」
この推理を聞いた琴宮梓颯と如月瑠衣はメッセージを読みなおしてみた。
琴宮梓颯「たしかに何を求めてるのかわからないメッセージになってるわね」
堀坂向汰「それはこのメッセージの前半部分に答えがあって、客観的な思考で悩み事を聞いてほしいと言ってるので、おそらく救いを求めてるんだと思う。後半は感情的発言だから気にしなくていい」
如月瑠衣「今回は3年生からの依頼ですので、交友関係を調査するにも難しいですわね」
琴宮梓颯「そうね。しかもデリケートな問題だから気軽に聞き込み調査なんてできないわね」
堀坂向汰「まずは状況を把握したいから、表向きの生徒会に動いてもらうしかないね」
琴宮梓颯「生徒会として何をすればいいの?」
堀坂向汰「3年生の全生徒からアンケートを取ってほしい。解答形式は2択にしておいて、『いじめられている、もしくはいじめがある』というという質問を含ませておく。そして各クラスにアンケートボックスを設置しておく。そうすればクラスごとに分けてアンケートの解答を集計できる。そして3年5組の集計結果に注目して、何人の生徒がいじめがあると解答するか・・・その数字からいじめている生徒をある程度は絞り出すことができる」
琴宮梓颯「なるほど。でもいじめがあることを知らない生徒もいるでしょうし、完全に絞り出すことはできないんじゃないの?」
堀坂向汰「完全には絞り出せないけど、いじめがあると解答した生徒が多い場合は、それを問題にすることはできるでしょ?そうなれば調査しやすくなる」
琴宮梓颯「なるほどね。それなら来週の全校集会の時にアンケート用紙を配ることにするわ」
堀坂向汰「如月さん、今からアンケートの質問内容を言っていくのでメモしておいて」
如月瑠衣「わかりました」
堀坂向汰が質問内容を言って、如月瑠衣はその内容をパソコンに入力していった。
堀坂向汰「あとは各クラスに設置するアンケートボックスだけど、選挙時に使っていた投票箱を使うことってできる?あれって鍵を開けないと投票用紙を取り出すことができないでしょ」
琴宮梓颯「選挙用の投票箱なら使えるわ。鍵は江波先生が保管してるから事情を説明して借りてくるね」
堀坂向汰「じゃあ、アンケートの集計結果が出たらまた集合して会議だね」
そして週明けに行われた全校集会で3年生にアンケート用紙が配られた。もちろん適当に解答する生徒もいれば、アンケートに協力しない生徒もいるだろう。しかし、いじめを見て見ぬふりをしている生徒の中には良心の呵責に耐えられず、素直に解答する生徒もいるだろう。アンケートの狙いはそこにあるのだ。果たしてどのような集計結果となるのだろうか。
■ 予想外の集計結果と調査開始
火曜日の朝早く、生徒会のメンバーは3年生の各教室からアンケートボックスを回収していった。アンケートの集計は放課後に生徒会室で行われることになっている。
昼休みになり、堀坂向汰はいつものように中庭の端っこにあるベンチに座って昼食を食べていた。するとスマートフォンにメールが届いた。そのメールには新井健吾についての詳しい情報が書かれていた。新井健吾は身長が175cm程の細身で色白。成績はそこそこ優秀で進学も決まっている。部活動はしておらず、天体観測が趣味のようで天文学に詳しいようだ。特別女子にモテるタイプでもないが、3ヶ月ほど前に同じクラスの女子生徒から告白されたようだ。しかし当時はまだ進学が決まっていなかったので告白には応じなかったようだ。堀坂向汰はメールの情報を確認できたので、そのメールを完全に削除した。
その夜、堀坂向汰のスマートフォンに電話がかかってきた。その相手は意外にも如月瑠衣からだった。
如月瑠衣「堀坂先輩、突然お電話して申し訳ありません」
堀坂向汰「如月さんから電話なんて珍しいね。何かあったの?」
如月瑠衣「今日の放課後、生徒会のメンバーでアンケートの集計結果を出していたのですが、3年5組は驚くような集計結果がでましたの」
堀坂向汰「そうなんだ」
如月瑠衣「3年5組の生徒数は32名で3名は未提出なので29名。そのうちいじめがあると解答したのは18名という結果になりましたの。この結果に生徒会のメンバーも驚いていまして、問題沙汰になりそうなのです」
堀坂向汰「これは予想外の結果だね。それで梓颯はなんて言ってるの?」
如月瑠衣「琴宮会長はとにかく落ち着いて騒ぎ立てず、このことは内密にお願いしますと生徒会のメンバーに言ってましたわ」
堀坂向汰「さすが梓颯だ。とにかく生徒会のメンバーには事実関係の調査をするという理由で大人しくしてもらうしかないね。ちなみに生徒会には秘密厳守という規則はないの?」
如月瑠衣「もちろん生徒会での活動は基本的に秘密厳守です」
そこで堀坂向汰の頭の中である方法がひらめいた。
堀坂向汰「如月さん、少しくらいならこのことが外部に漏れても大丈夫だよ」
如月瑠衣「それはどういうことですの?」
堀坂向汰「ふふふ・・・まあ、そのうち説明するよ」
如月瑠衣「わかりました。それと連絡事項ですが、明日の放課後、生徒会室に集合ということでお願いしますわ」
如月瑠衣との電話を終えてから堀坂向汰は考えていた。今回のいじめ問題を解決させる方法は思いついたが、その方法を実行するには、いじめられるようになった原因を見つけ出さないといけない。3年生にもなっていじめられるようになったということは、何かしらの原因があるからに違いない。その原因さえ掴めば、いじめの主犯格を見つけ出すこともできるのだ。
次の日の朝、2年3組の教室では少し早めに登校した堀坂向汰が自分の机に座りながらアニメ雑誌を読んでいた。そこへ西村真一が機嫌よく登校してきた。
西村真一「堀坂、おはようさん!」
堀坂向汰「西村、おはよう。朝からずいぶんと機嫌がいいね」
西村真一「えへへ・・・実はさ、週末に優奈と2人で遊園地に行くことになったんだよ」
堀坂向汰「それはよかったね」
西村真一「優奈と付き合うようになって毎日が幸せだからさ、明日にでも俺、死ぬんじゃねえかと思うんだよな」
堀坂向汰「死んだりはしないでしょ」
西村真一「お前にもこの幸せを分けてやりてえよ」
堀坂向汰「俺は今が幸せだからそれでいいよ」
西村真一「それにしても告白して成功することもあれば失敗することもあるんだよな」
堀坂向汰「そうだろうね」
西村真一「そういえばかなり前の話だけど、3年生が告白したけどフラれたって噂があったんだよな」
堀坂向汰「それっていつ頃の事?」
西村真一「詳しく覚えてねえけど、3ヶ月ほど前だったと思う」
そこで担任の水瀬先生が教室に入ってきて「はーい、みなさん席についてください」と大きな声で言った。堀坂向汰は西村真一の言った3ヶ月ほど前ということが少し気になっていた。
放課後になって生徒会室では裏クラブのメンバーが集まって会議をしていた。
琴宮梓颯「今回の集計結果には驚かされたわ。3年5組の過半数の生徒がいじめがあると解答してるのよ」
如月瑠衣「琴宮会長、ここまでくるともう先生達に報告しないとまずいのではありませんか?」
琴宮梓颯「リムチャット内で誹謗中傷を受けてる限り、先生達に報告しても解決にはならないわ」
堀坂向汰「29名のうち18名が正直に答えてるということは、新井健吾をいじめてるのは残り11名の中にいるということになるね。そのうちいじめの実態を知らない生徒が半分いるとすれば、いじめをしている生徒は4名から5名くらいだと推測できる」
琴宮梓颯「その人数を割り出したところで、これからどうするか、何か考えがあるの?」
堀坂向汰はスナック菓子をぼりぼり食べながら「うーん」と考え込んでいた。その姿を見ていた如月瑠衣が「堀坂先輩、お菓子とコーラーが好きなのはわかりますが、やはり不健康ですわ」と言うと、堀坂向汰は「考えをまとめてるのに必要なエネルギー源なんだよ」と言った。しばらくして考えがまとまった堀坂向汰は口を開いた。
堀坂向汰「まず梓颯には内密に3年5組の学級委員長を呼び出して、アンケートの集計結果について何か知らないかと聞いてほしい。おそらく何も知らないと答えるだろうけど、クラス内でいじめがあるかもしれないと思わせること目的なのでそれ以上は何も聞かなくてもいい。それと3ヶ月ほど前、新井健吾に告白した女子生徒は誰なのか調べてほしい」
琴宮梓颯「わかったわ。3年5組の学級委員長ってたしか白石由希さんだったわね。何度か話したことのある先輩だから内密にしてほしいとお願いすれば聞いてもらえると思うわ」
如月瑠衣「わたくしは何もしなくてよろしいのですか?」
堀坂向汰「如月さんにはちょっと難しいことをしてもらいたい。難しいといっても新井健吾に告白するだけなんだけどね」
如月瑠衣「ええー!!わたくし、好きでもない男子生徒に告白なんてとてもできませんわ」
堀坂向汰「告白といっても、天文学に詳しい先輩に憧れていますというだけでいいんだよ。その時にリムチャットのアカウントの交換をしてほしい。そうすれば新井健吾のアカウント情報が見れるようになるし、こちらから監視もできるようになる。まあ、あらかじめ天文学のことを少し勉強しておく必要があるね。あと告白の場所は3年5組の教室の中で生徒達がたくさんいるところがいいね」
如月瑠衣「なるほど、そういうことですのね。わかりましたわ」
琴宮梓颯「向汰君が何を考えてるのかいまひとつわからないのだけど、何か気づいてることでもあるの?」
堀坂向汰「まだハッキリしたことは言えないんだけど、今回のいじめの原因は怨恨のような気がするんだよ。新井健吾の情報を見てもいじめられる要素がないからね。あとは問題解決の方法だけど面白いことを考えてる。まさに新しいいじめ問題の解決法と言えるかもね」
堀坂向汰の推理が正しいという確証を得るには、まだまだ情報が足りていないといえるだろう。裏クラブではその情報収集と調査を開始することになったのだ。
■ 関連する依頼
木曜日の昼休み、生徒会長に呼び出されたのは3年5組の学級委員長である白石由希という女子生徒だった。白石由希は垂れ気味の少し細い目で笑顔がとてもキュートで優しそうな表情をしている。実際、誰に対しても優しく接するので後輩からはかなり慕われている。それでいて、かなりしっかりした真面目な生徒なのだ。
琴宮梓颯「白石先輩、お昼休みに呼び出したりして申し訳ありません」
白石由希「琴宮さん、それは気にしないでね。それよりどうかしたの?」
琴宮梓颯「これは内密にお願いしたいのですが、実は先日行ったアンケートの集計結果を見ていただきたいのです。3年5組のところをよく見てください」
白石由希はアンケートの集計結果を見て少し目が大きく開いた。
白石由希「これは・・・29名のうち18名の生徒がいじめがあると答えているのね」
琴宮梓颯「そこで学級委員長である白石先輩にお聞きしたいのですが、いじめについて何か思い当たることはありませんか?」
白石由希「ごめんなさい。思い当たることはないわ。でもその集計結果だといじめがあるみたいね」
琴宮梓颯「本当にいじめがあるのかわかりませんが、このような集計結果が出たのは3年5組だけだったので気になったのです」
白石由希「うちのクラスにいじめがあるかもしれないとわかったからには、わたしも調査してみるよ」
琴宮梓颯「いえ、余計なことをすると逆にいじめが悪化する可能性がありますので、白石先輩は様子を伺うだけにしておいてほしいのです」
白石由希「わかった。琴宮さん、このことは先生に伝えているの?」
琴宮梓颯「今の段階では事実関係が全くわからないので、まだ先生には伝えていません」
白石由希「そうね。先生達も余計なことをすると、逆にいじめが悪化する可能性があるかもしれないしね」
琴宮梓颯「白石先輩、このことは秘密厳守でお願いします」
白石由希「わかった。それは約束する」
琴宮梓颯「では、お昼休みにわざわざ来ていただいてありがとうございました」
白石由希「琴宮さん、せっかくだからお昼一緒にどう?副会長さんも一緒にね」
琴宮梓颯「そうですね。少し遅くなりましたが、学食に行きましょうか」
如月瑠衣「ではわたくしもご一緒させていただきますわね」
その後、3人は学食へ昼食をとりに行った。
その日の放課後、1年生は他の学年より先に授業が終わった。如月瑠衣は3年5組の教室付近で授業が終わるのを待っていた。3年の男子生徒と話をするのははじめてのことだったので、少し緊張していた。しばらくすると授業終了のチャイムが鳴り、3年5組の教室から教科書を持った男性教師が出てきた。それと同時に如月瑠衣は3年5組の教室へ入った。すると教室内にいる生徒達は不思議そうな表情をして如月瑠衣を見ていた。そこへ昼食を一緒にとった白石由希がやってきて「如月さんだったよね?どうしたの?」と声をかけてきた。如月瑠衣は「あの、このクラスに天文学に詳しい新井さんという人はいらっしゃるでしょうか?」と聞いてみた。白石由希は「新井君のことね。そこの席にいるよ」と言った。如月瑠衣は一番右側の前から2番目の席のほうへすたすたと歩いていった。
如月瑠衣「わたくし、1年2組の如月瑠衣と申します。実は以前から新井先輩に憧れていましたの」
新井健吾「如月さんは1年生だよね?僕に憧れてたって言われても困るんだけど・・・」
その瞬間、男子生徒の声で「また新井かよ。今度は1年か・・・」という声が聞こえた。如月瑠衣は誰の発言かわからないが、男子生徒であることを頭に入れておいた。
如月瑠衣「わたくしも天文学にとても興味がありまして、新井先輩とお近づきになりたいと思っていますの」
新井健吾「へえー1年生で天文学に興味があるんだ。天体観測とかしてるの?」
如月瑠衣「天体観測はしたいのですが、天体望遠鏡を持っていないのです。手の届く金額ではなかったので・・・」
新井健吾「たしかに天体望遠鏡は高いよね。ところで如月さんの一番好きな星は?」
如月瑠衣「土星か木星ですね。わたくし、土星の輪をみたいと思ってますの」
新井健吾「土星の輪なら僕の天体望遠鏡で見えるよ」
如月瑠衣「それはとても羨ましいです。あっそろそろ生徒会の活動時間です。よろしければリムチャットの登録をお願いしてもよろしいですか?」
新井健吾「うん。天文学に詳しい人なら歓迎するよ」
如月瑠衣はポケットからスマホを取り出して、リムチャットのアカウント情報を出した。そして新井健吾もスマホを取り出して如月瑠衣のアカウントを登録した。お互いに友達登録が完了したところで如月瑠衣は「突然押しかけて申し訳ありませんでした。新井先輩、今後ともよろしくお願いします」といって小走りで3年5組の教室から出て行った。
その日の放課後、影郎アカウントに新たなダイレクトメッセージが届いていた。今は新井健吾の件で他の依頼を受ける余裕はないのだが、琴宮梓颯は届いたメッセージの内容を読んでみた。そのメッセージとは次のような内容であった。
”
影郎様へ
はじめまして。
3年5組の藤崎理奈と申します。
うちのクラスでいじめられている男子生徒がいます。
学園内で目立ったいじめはされていないようですが、
リムチャット内では毎日かなり酷いことを言われてるようです。
全てはわたしのせいなのです。
わたしのことが原因でいじめられるようになったのだと思います。
その男子生徒の名前は言えませんが、
天文学に詳しい生徒だということだけお伝えしておきます。
どうか、いじめられている男子生徒を助けてあげてください。
よろしくお願いします。
”
琴宮梓颯「これは新井健吾さんに関連する依頼ね。いじめの原因はこの藤崎理奈さんにあるということだけはわかったわ」
如月瑠衣「それにしても漠然とした内容ですわね。名前を言わないことは別として、具体的なことが何も書いてありませんわ」
琴宮梓颯「とりあえず向汰君に見てもらうしかないわね。まだ学園に残っていればいいんだけど、電話してみるわね」
その頃、外は雨が降っていて、傘を持ってきていなかった堀坂向汰は雨がやむのを待つために図書室で課題をしていた。するとスマホの着信音が鳴ってすぐに電話に出た。琴宮梓颯からの電話で「緊急事態なのですぐに生徒会室に来てほしい」と言われた。そして堀坂向汰はすぐに生徒会室に向かった。
琴宮梓颯「これが影郎に届いた新しいメッセージなんだけど、読んでみてほしいの」
堀坂向汰はソファーに座ってポテトチップスと缶ジュースをカバンの中から取り出した。如月瑠衣はプロジェクターで壁に届いたメッセージ画面を映し出した。ポテトチップスをバリバリと食べる音だけが生徒会室に響いていた。そして堀坂向汰が「如月さん、もう電気つけていいよ」と言うと、電気をつけて室内が明るくなった。
堀坂向汰「やはり俺が推理した通りだった。これで梓颯が調査する手間が省けた。3ヶ月ほど前、新井健吾に告白した女子生徒こそ、この藤崎理奈であることは間違いないよ。そしてこの藤崎理奈に好意を持っていた人物がいじめの主犯格だよ。その主犯格も3ヶ月ほど前、藤崎理奈に告白してフラれたんだと思う。西村から聞いた話なんだけど3ヶ月ほど前に告白してフラれた3年生の男子生徒がいるという噂があったらしい。それがまさに主犯格のことだと思う。そして、その藤崎理奈が新井健吾に告白してフラれたことを知った主犯格は新井健吾を恨んで、いじめをはじめた。最初は学園内で上履きを隠したり教科書を全てゴミ箱へ捨てたりしてたけど、周りの生徒に目撃されていることに気づいたので、リムチャット内で毎日のように誹謗中傷するメッセージを送るようにした。そう推理すると今回届いたメッセージも含めて全てのつじつまが合うでしょ」
そこで如月瑠衣はあることを思い出した。それは3年5組の教室に行った時に聞こえてきた男性との声であった。
如月瑠衣「そういえば、わたくしが3年5組の教室に行った時、誰かわかりませんが『また新井かよ。今度は1年生か』という男子生徒の声が聞こえましたわ」
堀坂向汰「つまり、またってことはその前にも何かあったってことだね」
琴宮梓颯「でもいじめてる人は4人か5人くらいなんでしょ?その主犯格だけ見つけ出してもいじめは治まらないんじゃない?」
堀坂向汰「いや、主犯格さえわかればこの問題は解決するよ。他はただ自分がハブられることを恐れていじめに参加してるだけだと思う」
琴宮梓颯「なるほどね。それで主犯格を見つけたら向汰君はどうするつもりなの?」
堀坂向汰「かなり恥ずかしい罰を受けてもらうことにするよ。いじめのことは名前を伏せて公表すればいい」
琴宮梓颯「またおかしなことを考えてるのね・・・あとは主犯格の見つけ方が問題よね」
堀坂向汰「それは梓颯が裏クラブに新しく入る生徒に聞けば一発じゃない?」
如月瑠衣「裏クラブに新しく入る生徒ってどういうことですの?」
それを聞いた琴宮梓颯はかなり驚いた表情をした。
琴宮梓颯「どうしてわたしの考えていることがわかったの?」
堀坂向汰「これは推理でもなんでもなくて、今回のことで3年生の部員が必要だと俺も感じてたからね。それに本当に信頼のできる人でなければ梓颯は一緒に昼食をとったりしないよ」
琴宮梓颯「うふふ・・・向汰君、そこまでわたしのことがわかってくれてるのね」
堀坂向汰「あと、如月さんには、リムチャット内で新井健吾の様子を伺っていてほしい。精神的にそろそろ限界がきてそうだから、いじめのことを忘れるくらい話し込んでほしい。ちなみに新井健吾のリムチャット内での友達数はわかる?」
如月瑠衣「わかりました。リムチャット内の友達数は21人でした」
堀坂向汰「21人ということは家族や親類、仲のいい友達を差し引いたとして、いじめに参加してるのはやはりそのうちの4人か5人くらいだね。じゃあ主犯格がわかったら最終打ち合わせをしよう」
これで主犯格の情報さえ手に入れることができれば、今回の問題は全て解決するのだ。堀坂向汰が考えている主犯格に与える恥ずかしい罰とはどういうものなんだろうか。そしてそれが新しいいじめ問題の解決法だと言えるのだろうか。
■ いじめ問題解決
如月瑠衣は帰宅して夕食後にシャワーを浴びた後、リムチャットで新井健吾に話しかけていた。主に天文学に関する話題だったが、如月瑠衣も話していて退屈はしていなかった。天体や宇宙の話は聞いているとあまりにも壮大すぎて自分という存在が小さく感じてしまう。そんな話題で盛り上がることもあったが、ときどき新井健吾からの返信がかなり遅くなることがあった。おそらくそれはネガティブ思考になっている時だろうと如月瑠衣は感じていた。
次の日の昼休み、琴宮梓颯は再び3年5組の学級委員長である白石由希を生徒会室に呼び出していた。如月瑠衣は別件で生徒会室にはいなかった。
琴宮梓颯「白石先輩、今回もお昼休みに呼び出したりして申し訳ありません」
白石由希「琴宮さん、それは全然気にしないでいいよ。もしかしてこの前の話の続きなの?」
琴宮梓颯「はい、そうです。でもその前に白石先輩だからこそお願いしたいことがあります」
白石由希「わたしにお願いしたいことって?」
琴宮梓颯「これからお話することは内密にしてください。たとえ先生や家族であっても他言無用でお願いします」
白石由希「わかった。それは約束するね」
琴宮梓颯は白石由希に裏クラブの詳しい活動内容を説明した。メンバーには堀坂向汰という頭がキレて推理力抜群の生徒がいること、如月瑠衣はパソコンや機器の扱いなどに非常に詳しく主に探偵役になっていることも説明した。そして堀坂向汰と付き合っていることも明かしたのだ。
琴宮梓颯「そこで白石先輩には卒業するまでの間、裏クラブの活動メンバーに加わっていただきたいのです」
白石由希「裏クラブのことはわかったよ。でもどうしてわたしなの?」
琴宮梓颯「今回のいじめ問題のことで3年生の部員が必要だと感じました。白石先輩は口が堅くて信頼できる人だからお願いしています」
白石由希「わかった。そういうことなら協力させてもらうね。でも裏クラブってある意味、先生達を信じてないというより裏切ってるところがあるんじゃない?」
琴宮梓颯「今回のいじめ問題についてもそうなのですが、先生達だとすぐに問題沙汰にして、平気で生徒を退学処分にしてしまうと思うのです。問題のある生徒を切り捨てるのは簡単なことですが、わたしにとってそういうやり方は間違ってるように思っています」
白石由希「琴宮さんは優しいんだね。わたしもそういうやり方は間違ってると思うよ」
白石由希が裏クラブのメンバーに加わったところで、琴宮梓颯は今回のいじめ問題について詳しい説明をした。
白石由希「そうだったんだ。だからあの時、如月さんがうちのクラスに来て新井君と話してたんだね」
琴宮梓颯「そこで白石先輩にお聞きしたいのですが、3ヶ月ほど前、藤崎理奈さんに告白してフラれた男子生徒を知っていますか?」
白石由希「3ヶ月前に理奈ちゃんに告白してフラれた男子って瀬川達治君ことだと思う。少し噂になってたからね」
琴宮梓颯「その瀬川達治さんがフラれた理由について何かご存じですか?」
白石由希「理奈ちゃんは2年生の頃からずっと新井君のことが好きだったからだと思う。3年生でも新井君と同じクラスになれてすごく喜んでたみたいだしね」
琴宮梓颯「あと、藤崎理奈さんが新井健吾さんに告白してフラれたのは知ってますか?」
白石由希「知ってるよ。でも理奈ちゃんは完全にフラれたわけじゃないんだけどね。たしか川瀬君が告白した後のことだったかな」
琴宮梓颯「これで全てがハッキリしました。今回のいじめ問題は白石先輩のクラス内のことなので、裏クラブの活動と解決方法を見ていただきたいと思っています」
白石由希「いじめ問題の解決方法ね。ぜひ見させてもらうね」
琴宮梓颯「では、今日の放課後、裏クラブのメンバーとして生徒会室に集合してください」
白石由希「わかった。誰にも気づかれないようにするね」
裏クラブに白石由希という3年生のメンバーが新たに加わった。ただし、進学は決まっているのだが、3年生はいろいろと忙しいみたいなので必要な時にだけ参加してもらうことになった。
その日の放課後、白石由希を含めた裏クラブのメンバー4人が生徒会室に集合していた。まずは琴宮梓颯が白石由希の自己紹介をした。如月瑠衣は一度会っているので自己紹介はしなかった。
白石由希「あなたが琴宮さんの彼氏さんですか。頭のキレる推理力抜群の生徒って聞いてたけど、なんかわたしのイメージとは違っててびっくりした」
堀坂向汰「白石先輩、はじめまして。見た目は可愛らしいですが、なかなか真面目でしっかりしている人みたいですね。そんな可愛らしい先輩のイメージを壊してしまうようで申し訳ないのですが、麻雀のやりすぎには注意してくださいね」
白石由希「どうしてわたしが麻雀好きだってわかったの?」
堀坂向汰「右手の中指にタコができてるからですよ。ペンダコは人差し指にできやすいけど、それは盲牌をすることでできる麻雀ダコです」
白石由希「びっくりした・・・堀坂君の洞察力には驚いたよ。わたしが麻雀好きなのは当たってるけど、そのことは内緒にしててね」
如月瑠衣「白石先輩、わたくしも同じように見抜かれて驚かされましたのよ」
堀坂向汰はソファーに座ってカバンの中からペットボトルのコーラーだけ取り出して、一口飲むと本題に入った
堀坂向汰「さて、いじめの主犯格がわかったところで、いよいよ問題解決の行動にでるわけだけど今回は一番最後に警告文を入れることにしよう。先に恥ずかしい罰を受けてもらうことにする。如月さん、今から俺が言うことをパソコンに入力してほしい」
そして堀坂向汰は次のように発言した。
『3年5組の瀬川達治は同じクラスの女子生徒に告白してフラれました。フラれた理由はその女子生徒に好きな人がいたからです。その後、その女子生徒は好きだった男子生徒に告白したのですが、事情があって付き合うことができませんでした。それを知った瀬川達治は女子生徒が好きだった男子生徒を恨んで、その腹いせにリムチャット内でその男子生徒に対して毎日のように誹謗中傷するメッセージを送るようになりました。瀬川達治は高校3年生とは思えない小学生レベルのいじめをしているわけです。みなさん、この瀬川達治という生徒をどう思いますか?』
如月瑠衣「しっかりと入力しましたわ」
堀坂向汰「できるだけ大きな字にして50枚ほどプリントアウトしてほしい」
琴宮梓颯「向汰君、そんなにプリントアウトして何をするつもりなの?」
堀坂向汰「これを部活動を終えた生徒が帰宅したら、みんなで分担して学園内にある全ての掲示板に貼り付ける。すると明日の朝、この文章を読んだ生徒達から笑いものにされる」
白石由希「それはちょっとやりすぎじゃない?」
堀坂向汰「白石先輩、いじめに対してこのくらいの罰を与えないと効果がないのです」
琴宮梓颯「先生達から問題沙汰にされなければいいんだけど・・・」
堀坂向汰「ただのイタズラだと解釈されるから問題沙汰にはならないよ。そしてトドメに警告文だね。じゃあ、もう少ししたらみんなで掲示板に貼り付けていこう」
17時30分が過ぎた頃、残業しているわずかな教職員以外は帰宅していた。その時間から裏クラブのメンバーは各自分担して学園内の掲示板に先ほどプリントアウトした用紙を貼り付けていってた。4人で分担したので、時間はそこまでかからなかった。
次の日、朝から学園内の生徒達は瀬川達治の話題でもちきりだった。何も知らず登校してきた瀬川達治は、周りの生徒達から軽蔑の目で見られていた。先生達が学園内の掲示板に貼り付けられた用紙を必死に外していったが、時はすでに遅く、学園内のほとんどの生徒に見られた後だった。一部の男子生徒達からは陰で「セガキだ(瀬川はガキ)」などと言われたり、女子生徒達からは「フラれていじめるなんてダサすぎ」、「フラれたくせに他人に八つ当たりするなんてガキすぎる」などと言われるようになった。つまり、学園内の生徒達から笑いのネタにされてしまったのだ。人の噂とは恐ろしいもので、事情を知ってる生徒から「瀬川がコクった女子って藤崎理奈のことじゃない?」などの情報まで漏れ出してしまった。その後、瀬川達治は担任の先生に呼び出されていじめについて聞かれたが否定し続けた。しかし、ほとんどの生徒達から笑いのネタにされているだけあって、さすがの瀬川達治も精神的に耐えられなくなってきていた。
そのまた次の日、いつものように登校してきた瀬川達治は下駄箱を開けると四つ折りにされた白用紙が置かれていた。その用紙を開いて中身を確認すると次のような文章が書いてあった。
『瀬川達治さんへ警告。あなたがリムチャット内にて複数の人と新井健吾さんに対して誹謗中傷するメッセージを送っていたことはわかっています。これ以上、そのようなことを続けるのであれば、こちらが握ってる証拠を全てを公表します。そうなればあなたはいじめ行為をしていた主犯格として退学処分となるでしょう。あなたが二度と新井健吾さんに対していじめ行為をしないと断言するのであれば、今回のことは内密にしておきます。』
この文章を読んだ瀬川達治は顔面蒼白になった。既に生徒達からの笑いのネタにされてる上でこの警告文が置かれていたので、精神的にダブルパンチを受けたかのようなダメージを受けていた。
その日の放課後、裏クラブのメンバーは生徒会室に集まっていた。
堀坂向汰「さて、ここまでダメージを与えておけば、さすがの瀬川達治も二度といじめなんてしないと思う」
白石由希「堀坂君って見かけによらず、すごいこと考え出すんだね。でも、ここまですると瀬川君があまりにも哀れに感じる」
琴宮梓颯「さて、影郎アカウントにログインして、問題を解決させたことを2人に伝えておかないといけないわね」
琴宮梓颯は影郎アカウントから新井健吾にダイレクトメッセージを送った。送ったメッセージは『あなたの問題は解決させました。二度とクラスメイトからいじめられることはないでしょう。もう悩む必要もなくなりました。ちなみに生きることは死ぬより辛く苦しいことだと思いますが、死ぬのは最大の逃げだと思ってください』という内容だった。そして藤崎理奈には『いじめの問題は解決させました。もう二度とその男子生徒がいじめられることはありません。今回のことは、あなたが責任を感じることはありません。その男子生徒との関係を陰ながら応援しますのでがんばってください』というメッセージを送っておいた。
堀坂向汰「考えてみたら俺もクラスの女子からキモいとか言われてるんだけど、影郎に相談してみようかなあ」
琴宮梓颯「向汰君は全く気にしていないじゃないの。いじめって、本人が気にしなければ問題にならないのかもしれないわね」
今回の依頼はいじめという生死に関わる問題であった。しかし、依頼者に生きたいという力が残っていたおかげで無事に解決することができた。先生達ではこれほど穏便に解決することはできなかっただろう。裏クラブの活動はあくまで穏便に解決させることが目的であるのだ。