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明智学園裏クラブ  作者: 涼
14/15

海の見える露天風呂殺人事件

■ 卒業旅行は海の見える温泉


まだ肌寒い3月下旬、春休みに入ってすぐに白石由希の卒業旅行として裏クラブのメンバー達はワンボックスカーに乗って旅行先のホテルへ向かっていた。車の運転は白石由希がして、その助手席には道案内の役割になった堀坂向汰が座っていた。今回の旅行先は城原温泉という海が見える露天風呂があるホテルを予約をしていた。車を走らせて約2時間30分程が経った頃には市街地に入っていた。


堀坂向汰「白石先輩、少し先の左側に見える大きなスーパーに立ち寄ってもらってもいいですか?」

白石由希「いいけど、スーパーで何を買うの?」

堀坂向汰「それは後のお楽しみです。俺一人で買い物にいってくるので、みんなは車の中で待っててね」

琴宮梓颯「向汰君、あのスーパーって去年海に行った帰りに立ち寄ったところよね?」

堀坂向汰「そうだよ。せっかくこんなところまで来たんだからあれを食べないと勿体ない」

琴宮梓颯「ああーなるほどね。たしかにあれは美味しかったわ」


車がスーパーの前に到着すると堀坂向汰だけが車から降りてスーパーの中へ入っていった。それから10分程すると戻ってきて「お待たせしました。白石先輩、出発してください」と言うと白石由希は車を発進させた。


如月瑠衣「あの、堀坂先輩がお持ちになっている袋の中から魚の匂いがしますが、それが美味しい物ですか?」

堀坂向汰「そうだよ。これがまた美味しいんだよ」

如月瑠衣「わたくし、実はこう見えて魚料理が苦手ですの」

堀坂向汰「それなら尚更これを食べてほしいねえ。そんなこと言えなくなるから!」

如月瑠衣「そのようにおっしゃるのでしたら食べてはみますが・・・」

琴宮梓颯「如月さん、食べてみるとわかるわよ。わたしも食べてみるまでわからなかったけど、他の魚料理とは全く別物だったわ」


そんな話をしているとあっという間に午後15時を過ぎていてホテルに駐車場に到着した。ホテルのチェックインを済ませると裏クラブのメンバー達は3階の部屋へ向かった。今回予約したのは8人部屋の和室だったが10畳+6畳と意外に広かった。窓からは綺麗な日本海の景色が見渡せる。男女で同じ部屋を予約するという琴宮梓颯の意見に対して如月瑠衣は反対していたが、他の部屋は既に予約で埋まっていたことと宿泊費用を出来るだけ安くするにはこの部屋しかなかったのだ。裏クラブのメンバー達はカバンを置いてお茶を飲んだりテーブルの上にあるお菓子を食べながらまったりしていた。そして何気ない話をしていると午後16時30分を過ぎていた。


琴宮梓颯「みんな、夕食は18時30分頃にくるみたいだから、先に温泉へ行きましょう」

白石由希「そうだね。早く温泉に入りたい!」

夢前亜里沙「温泉に入ってから館内着に着替えるのですね?」

琴宮梓颯「そうよ。向汰君と牧瀬君も館内着に着替えてきてね」

堀坂向汰「わかったけど何時頃に戻ればいい?」

琴宮梓颯「1時間程なんだけど、部屋の鍵はホテルのロビーに預けておくわ。先にあがったら部屋に戻って待っていてもらっていい?」

堀坂向汰「じゃあ俺はさっさとあがってこの魚料理の準備をしておくよ」


そういって裏クラブのメンバー達は館内着とバスタオルを持って海の見える露天風呂へ向かった。ここの露天風呂は、ホテルの裏側から外に出て一本の通路を海岸のほうへ歩いていった先にある。露天風呂は男湯が左で女湯が右になっていたので、そこで男女が別れた。男湯の露天風呂に入っていた堀坂向汰と牧瀬悠人は小声で話をしていた。


牧瀬悠人「堀坂先輩に聞きたいことがあるのですが、琴宮先輩ってかなりしっかりしていますよね?」

堀坂向汰「たしかにそう言えるね」

牧瀬悠人「でも僕には堀坂先輩が琴宮先輩の何かを守っているように見えるのは気のせいでしょうか?どうしてお付き合いしているのですか?」

堀坂向汰「さすがは牧瀬君、そういう風に見えるんだね。梓颯って表向きはしっかりしていても窮地に陥ったら重度のうつ状態になってしまうんだよ。つまり精神的に追い込まれると弱いタイプだね」

牧瀬悠人「なるほど、そうならないように堀坂先輩が見守っているわけですね?」

堀坂向汰「そういうことになるかな。放っておけないタイプというか、あれほど深いところの部分で情緒不安定な人間はそういないからね。学園のアイドル的存在になって周りにチヤホヤされても梓颯の求めているものはそんなことじゃないんだよ。本人ですらそのことに気づいてないと思う」

牧瀬悠人「なるほど、そういうことなんですね。そこまで琴宮先輩の深層心理を見れる人はあまりいないと思います」

堀坂向汰「ここだけの話だけど、俺は梓颯のそういうところに惹かれているんだよ。父性本能と表現すればいいのかもしれない」


そんな話をしながら40分程して露天風呂から出た堀坂向汰はホテルのロビーで従業員に話をしていた。するとその従業員は「わかりました。少々お待ちください」と言って調理場の方へ向かって行った。それから数分後に、調理場から戻ってきた従業員が「こちらをお貸ししますが、火の元にはご注意ください」と言って堀坂向汰にカセットコンロと数枚の小皿を渡した。そしてロビーで部屋の鍵を受けとるとさっさと部屋に戻っていった。堀坂向汰はスーパーの袋の中から円形の網台をガスコンロの上に設置した。


牧瀬悠人「その網台でさっきスーパーで買ってきた魚を焼くのですか?」

堀坂向汰「そうだよ。女子達が戻ってきてからね」

牧瀬悠人「魚料理といっていましたが、ただ網焼きにするだけですか?」

堀坂向汰「味付けなんかいらないからね」


牧瀬悠人は全く意味がわからなかったが、堀坂向汰の言葉を信じることにして女子達が戻ってくる間が暇なのでテレビをつけた。それから20分程すると女子達が館内着姿で部屋に戻ってきた。女子達はそれぞれ着ていた服をカバンの中にしまい込むと堀坂向汰が「じゃあ夕食前のお通しを食べようか」と言って袋の中から1パック6匹入りの魚を取り出して網の上に並べるとガスコンロの火をつけた。


夢前亜里沙「この魚ってハタハタですよね?たしか日本海に多く生息しているとか小学生の頃に両親から聞いたことがあります」

堀坂向汰「夢前さん、ご名答!そう、これはハタハタだよ。でもどうして知ってたの?」

夢前亜里沙「小学生の頃、両親と一緒に海水浴場に行ったことがありまして、その帰りにそのハタハタを買って帰りました。その時、わたしは食べませんでしたが・・・」

堀坂向汰「じゃあ、今日は夢前さんもはじめて口にするといいよ」


それから10分程して、堀坂向汰は各メンバーの前に配った小皿に焼きあがったハタハタをのせていった。そしてスーパーの袋から次なる6匹入りのハタハタを取り出して網の上に並べた。


堀坂向汰「まずは魚料理が苦手な如月さんから食べてもらおうか」

如月瑠衣「あの、お箸がありませんわ」

堀坂向汰「そのまま手で頭と尻尾を手で持って身の部分をかじればいいんだよ」

如月瑠衣「す、すこし抵抗がありますがやってみます・・・えーいっ、ガジッ、むームシャムシャ、えっ!?あれ、これ意外と脂身が乗っていて美味しいです!!」

堀坂向汰「じゃあみんなも食べてみて!」


みんなハタハタを言われた通りに食べると「あっ!これは美味しい」や「魚料理のイメージが変わった」などの発言が飛び交った。続いて各自2匹目のハタハタを食べ終わると白石由希は「もっとたくさん買ってきてほしかった」と言った。


堀坂向汰「白石先輩、あまり食べ過ぎると夕食のカニ鍋が食べられなくなりますよ」

白石由希「それも言えるね。だったら帰りにまたスーパーで買って帰ろう!」

夢前亜里沙「両親が密かにこんな美味しい魚を食べていたなんて悔しいです。でもあの時のわたしはまだ幼かったので味がわからなかったと思います」

如月瑠衣「わたくし、このハタハタは食べれるみたいですが、それでも他の魚料理にまだ抵抗がありますわ」

牧瀬悠人「それにしても堀坂先輩はグルメに詳しいみたいですね。僕もハタハタの味が忘れられなくなりましたよ」


それから間もなくしてカニ鍋が運ばれてきた。大きな鍋に大きなカニ2匹を中心としてさまざまな具材が入っていた。さすがに6人ということだけあって、鍋に入った具材はあっという間に平らげてしまった。その後、そこに大目のご飯を投入すると卵を投入して塩を振りかけて雑炊を作った。その雑炊もあっという間に平らげてしまった。その後、従業員が食べ終わった鍋やガスコンロを回収すると夢前亜里沙がカバンの中からトランプを出して「七並べでもどうですか?」と言った。如月瑠衣と牧瀬悠人は「最初に四人でどうぞ」といって、七並べの観戦をすることにした。そして他のメンバー達は七並べをはじめた。


琴宮梓颯「ちょっと、スペードとハートを止めてるの誰なの?いい加減出しなさいよ!」

白石由希「こういう意地悪するのは堀坂君に決まってるよ」

堀坂向汰「俺は何も悪いことはしてませんよ」

夢前亜里沙「それは間違いなさそうですね。次は堀坂先輩の番ですよ」

堀坂向汰「俺も出すものがないのでパス!」

琴宮梓颯「あーーーもう!!わたし出すものがないから負けだわ」

白石由希「わたしも出せないからパスね」

夢前亜里沙「ごめんなさい。わたしはダイヤを出します」

堀坂向汰「まだ出せないからもう一度パス!」

白石由希「もう!!わたしも出せるものがないからこれで終わりだよ」

夢前亜里沙「えっと、これだとわたしの負けです。もうクローバーだしたら出せるものがありません」

琴宮梓颯「やっぱり止めてたのは向汰君だったのね」

白石由希「堀坂君のカードみてたけど意地悪すぎる!!麻雀した時と同じだよ」

堀坂向汰「だって七並べも騙し合いでしょ?意地悪じゃなくて作戦ですよ」


それからというもの、みんなトランプでいろんな遊びをしたが堀坂向汰が勝ち続けた。時刻はすっかり午後9時を過ぎていたので琴宮梓颯が「そろそろ布団を敷いて寝る用意をしましょうか」と言った。10畳側には女子達、6畳側には男子2名という配置で寝場所が決まった。左奥から一番左側から牧瀬悠人、堀坂向汰の順で、女子達は琴宮梓颯、白石由希、如月瑠衣、夢前亜里沙の順で寝ることになった。しかし、堀坂向汰と牧瀬悠人はまだ眠れないとのことのことで窓側にあるテーブル席に座った。


堀坂向汰「さて、みんなが寝静まったら俺は白石先輩の布団に潜り込むことにするよ」

白石由希「えっ!?わたし?」

堀坂向汰「布団の中で白石先輩と闇麻雀をしたいです!」

白石由希「闇麻雀って意味がわからないんだけど、布団の中でってスマホのアプリ麻雀でもするの?」

堀坂向汰「牌は白石先輩が持ってるじゃありませんか」

白石由希「えっと、意味がわからないんだけど、わたし麻雀セットなんて持ってきてないよ?」

堀坂向汰「白石先輩の体にパイがあるので、それで麻雀すればいいのです。ピンクのドラ2で即イーシャンテンだと思いますよ」

白石由希「わたしの体にパイ!?・・・ああーーーっ!!もう堀坂君のエッチ!!!」

堀坂向汰「ちゃんと牌譜にしてあとで勉強しますよ!!」

白石由希「そんな勉強しなくていいよ!!琴宮さん、また堀坂君にいじめられたよ~~」

琴宮梓颯「向汰君、白石先輩で遊ばないの!」


その会話を聞いた他のメンバー達には何のことかさっぱりわからなかったが、白石由希も堀坂向汰にからかわれているということだけは感じていた。


堀坂向汰「だったら牧瀬君、先に起きた方が如月さんの布団に潜り込むっていうのはどう?負けたほうは夢前さんの布団に潜り込む」

牧瀬悠人「ぷっ・・・そ、それはいいですね」

如月瑠衣「そのようないかがわしいことをしましたら、わたくし叫びますよ!」

夢前亜里沙「それだとわたしはハズレ担当じゃないですか。よろしければ寝る前からご一緒してもいいですよ」

琴宮梓颯「2人ともそのくらいにしなさい!明日は朝早いんだからさっさと寝るわよ」


そうして、みんな布団に入ってさっさと寝るようにした。ところがみんな寝静まった後にまだ眠れずにいた琴宮梓颯は堀坂向汰の布団に潜り込んだ。堀坂向汰もまだ眠れずにいて、いきなり布団の中に入ってきた琴宮梓颯に驚いた。


堀坂向汰「おいおい梓颯、何を考えるんだよ!」

琴宮梓颯「フフフ・・・だって向汰君の隣なんだし少しくらいはいいでしょ?」

堀坂向汰「余計に眠れなくなるから自分の布団に戻ってよ」

琴宮梓颯「さっき白石先輩と後輩達をからかった罰よ。向汰君って本当に奥手ね。少しだけでいいからこのままでいさせて!」

堀坂向汰「うーん・・・」

琴宮梓颯「このままわたしの頭を撫でほしいわ」


そうして堀坂向汰は「仕方ないなあ」と言いながらしばらく琴宮梓颯の頭を撫でていた。それから30分程して琴宮梓颯は自分の布団に戻るとさっさと眠ってしまった。そして堀坂向汰も感情を落ちけると知らないうちに眠った。



■ 第一発見者は裏クラブのメンバー


まだ外は真っ暗な午前4時45分に目覚まし時計が鳴った。一番最初に起きた琴宮梓颯は部屋の明かりをつけると「みんな起きる時間よ!」と大声を出すと、次に牧瀬悠人と夢前亜里沙が目を覚まして起きた。夢前亜里沙は隣で寝ている如月瑠衣の肩を叩きながら「如月さん、起きる時間よ」と言うと如月瑠衣はパッと目を覚まして「おはようございます」と言った。琴宮梓颯はまだ眠っている堀坂向汰の肩を叩きながら「向汰君、もう起きる時間よ」と声をかけた。すると堀坂向汰は「うーん、わかった」と言いながら起きあがった。琴宮梓颯の隣でぐっすり眠っている白石由希だったが、周りのざわめいた音がしたのか目を覚ますと「あれ、もう起きる時間だっけ?ふあー」とあくびをしながら起き上がった。みんな自分が使っていた布団を折りたたみ、部屋の片隅に重ねて露天風呂に行く準備をした。琴宮梓颯は「みんな準備はいいかしら?」というと、全員が「いいよ」と答えて露天風呂へと向かった。


堀坂向汰「昨日の夜も露天風呂に入ったけど、こんな朝早くからまた入る意味あるの?」

琴宮梓颯「せっかくの温泉なんだから、朝風呂にも入らないと勿体ないでしょ!?」

如月瑠衣「わたくしは朝風呂なんてあまりしませんが、琴宮会長のおっしゃる通りだと思います」

夢前亜里沙「わたしは風呂好きなので何回でも入りたいです」

堀坂向汰「あれ、昨日と違って今日は男湯が右で女湯が左になってるんだね」

牧瀬悠人「このホテルの露天風呂は午前3時から4時までの間は清掃時間で1日おきに男女の浴室が入れ替わるみたいですよ」

白石由希「そういうお風呂屋さんってときどきあるよね。わたしがよくサウナにいくお風呂屋さんも1日おきに男女の浴室が入れ替わってるよ」

琴宮梓颯「それじゃあ1時間後にホテルのロビーで待ち合わせね」

堀坂向汰「わかった。でも1時間って長すぎるよ」


そしてそれぞれ右側の男湯、左側の女湯へそれぞれ分かれて入っていった。脱衣所に入った堀坂向汰と牧瀬悠人だが、すぐに館内着を脱がず椅子に座っていた。堀坂向汰は「牧瀬君、俺はまだ眠いから遠慮しないで先に入ってもいいよ」と言うと牧瀬悠人も「実は僕もまだ眠くて入る気になれないのです」と言った。しばらく2人が椅子に座ってぼーっとしてると女湯のほうから2人の女性の「キャー!!!!!」という大きな悲鳴が聞こえてきた。その悲鳴を聞いて一発で目を覚ました堀坂向汰と牧瀬悠人は脱衣所を出て女湯のほうへ走っていった。そして堀坂向汰は女湯のドアをドンドンと叩いて「何かあったの?」と大きな声で尋ねた。するとドアの向こうから琴宮梓颯が「向汰君、露天風呂で頭から血を流した女の人が倒れてるの!」と言った。


堀坂向汰「梓颯、露天風呂には誰も入らずに早く服を着て出てきて!」

琴宮梓颯「わかったわ!!」

堀坂向汰「それと、脱衣所のものはできるだけ触らないように注意してほしい!!」

琴宮梓颯「うん!急ぐけどちょっと待ってね!!」


それから1分程して、女湯のドアが開くと琴宮梓颯が「もういいわよ」と言った。堀坂向汰と牧瀬悠人の2人は女湯の脱衣所に入って露天風呂に入るドアを開くと、素っ裸で頭から血を流している25歳前後の女性が仰向けになって倒れていた。最初に牧瀬悠人がその女性に近づいて二本の指で頸動脈を確認すると「もうダメみたいです」と言った。次に堀坂向汰がその女性の右手を軽く触れてみた後、今度は頭部に人差し指を当てた。


琴宮梓颯「ねえ、その人死んでるの?」

堀坂向汰「おそらくね。梓颯、至急警察を呼んでほしい。それと白石先輩はホテルの人を呼んできていただけますか?」

琴宮梓颯「スマホですぐ連絡するわ!」

白石由希「わかった。急いで知らせにいってくるね」

堀坂向汰「如月さんと夢前さんは、通路で待機しながら誰もこの露天風呂に入らないようにしてほしい」

如月瑠衣「わかりましたわ。夢前さん、急いでいこう!」

夢前亜里沙「うん。わたし、死体なんてはじめて見たから震えが止まらないよ」


裏クラブメンバーの女子達は堀坂向汰の指示に従って行動した。一方、堀坂向汰と牧瀬悠人は露天風呂の状況を調べていた。すると、洗い場に少し泡立った石鹸が転がっていた。堀坂向汰は石鹸が落ちている位置を確認すると女性の頭部付近の地面の少し湿っている部分を人差し指で触れてみた。牧瀬悠人は石鹸と死体までの長さを調べていた。


牧瀬悠人「死因はおそらく頭部強打による打撲でしょうね。単純に考えるとここに落ちている石鹸を踏んでしまい足を滑らせて転倒してしまったように思えますが・・・」

堀坂向汰「それにしては矛盾してるんだよ。その石鹸は泡立ってるけど、この女の人の体は全く濡れていない。なのに頭部の髪の毛がほんの少しだけ濡れているんだよね」

牧瀬悠人「それは僕も引っかかった部分で、体は全く濡れていないのに石鹸だけが泡立っているのは変だと思いました」

堀坂向汰「それとさっきこの人の右手に少し触れてみたんだけど、まだ体温があったから死後硬直ははじまっていないと思う。つまり、死亡推定時刻は俺たちがここに来る少し前だったってことになるよ」

牧瀬悠人「それだと清掃が終わった午前4時から5時の間でしょうか。頭部が少し濡れているのも気になりますね」

堀坂向汰「その髪の毛に少し触れてみたんだけど、やけに冷たかったんだよ。地面の湿った部分にも触れてみたけど同じく冷たかった」

牧瀬悠人「事件性があるにしても凶器らしきものは見つかりませんし、ここは密室ですのであとは警察がどう判断するかですね」


その時、脱衣所のドアの前から琴宮梓颯が「警察に連絡したけど2人とも何してるの?あとは警察に任せたほうがいいと思うわよ」と言うと、堀坂向汰は「梓颯、ありがとう。ただ、気になる点がいくつかあるんだよ」と答えた。その後、堀坂向汰は露天風呂の一番奥にある鉄柵を調べると上部にわずか10ミリほど塗料が剥がれて薄くなっている部分を見つけた。鉄柵から下を見ると5メートルほどデコボコした岩場があり、その下は海岸沿いの遊歩道になっていた。琴宮梓颯は「まさか2人ともこのことを裏クラブの活動にするつもりじゃないでしょうね?」と聞くと堀坂向汰は「ただの好奇心だよ。それより、ちょっと下の遊歩道を見てくるよ」と言って急いで女湯から外へ出て行った。牧瀬悠人も露天風呂を出て脱衣所でホテルの従業員を待っていると琴宮梓颯が「向汰君はただの好奇心だなんて言ってたけど、まさか殺人じゃないでしょうね?」と問いかけると牧瀬悠人は「警察がどう判断するかわかりませんけど、その可能性があります」と答えた。


ホテルを出てちょうど現場となった露天風呂の真下にあたる遊歩道に到着した堀坂向汰は上を向いて確認した。露天風呂から見てもそうだったが、下から見上げてみてもとても人が飛び降りることはできない高さであった。遊歩道の周囲を確認してみたが、すぐ横は断崖絶壁の磯場になっており、その下は海で荒々しい波が打ち寄せている。空はだんだん明るくなってきたので、もう一度、露天風呂のほうへ向かって上を見上げてみると、岩場の出っ張っているいくつかの部分に少し黒ずんでいるものが見えた。堀坂向汰は背伸びをしてその黒ずんだところをタオルで少し拭き取って指で確認してみるとゴムの擦れた跡だとわかった。その後、急いでホテルに入って露天風呂のほうへ向かうと、ホテルの従業員だと思われる男性2名が「お客様、申し訳ありませんが事情がありまして露天風呂は現在立ち入り禁止にさせていただいておりますのでご遠慮ください」と言った。堀坂向汰は「僕も向こうにいる高校生達と同じく事件の第一発見者なので通してください」と言うと従業員は「そうでしたか。どうぞ」と言った。


露天風呂の入口にあるベンチには裏クラブのメンバー全員が座って警察が来るのを待っていた。琴宮梓颯が「向汰君、どこに行ってたの?」と聞くと堀坂向汰は「ちょっと下の遊歩道に行ってただけだよ」と答えた。


堀坂向汰「牧瀬君、さっき遊歩道から現場のほうを見ていて岩場にこんなものが付着していたんだけど何だと思う?」


堀坂向汰がタオルを広げて見せると牧瀬悠人はタオルの黒ずんだ部分を人差し指で触れた。


牧瀬悠人「これはゴム片だと思いますが、どうして岩場に付着していたのかわかりませんね」

堀坂向汰「遊歩道から露天風呂のほうを見ると岩場の何ヵ所かが黒ずんでいたんだよ。今回の事件と関係あるのかわからないけど、念のために少し拭き取っておいた」

琴宮梓颯「それにしても大変なことになったわね。今日の予定はどうなるのかしら」

堀坂向汰「これから警察の事情聴取があるだろうし、こんな事件に巻き込まれたわけだから観光なんてする気分にならないでしょ」

琴宮梓颯「それはそうだけど、せっかくの白石先輩の卒業旅行だからさっさと済ませてほしいわ」


そこにパトカーのサイレンが聞こえてきた。白石由希の卒業旅行でこのような事件に巻き込まれることになったが、どうなってしまうのだろうか



■ 裏クラブメンバーの事情聴取


露天風呂の入口にたくさんの警察官や鑑識の人が現れた。そこにスーツ姿の刑事と思われる2人がやってきた。その一人は小太りの40代中半だと思われる朝倉警部、もう一人はアラサーのスリムで爽やかな感じの笠鳥刑事であった。朝倉警部は裏クラブのメンバー達に「城原警察の朝倉です。君達が第一発見者の高校生達だね。現場検証をするのでここで待っていてもらいたい」と言って笠鳥刑事と女湯に入っていた。それから1時間半程してその2人の刑事が出てきた。


朝倉警部「お待たせしたね。まずは君達の素性を教えてもらえるかね?」

琴宮梓颯「それは生徒会長であるわたしが代表になってお答えします。ここにいるのは明智学園の生徒達で卒業旅行でここに来ました」

朝倉警部「なるほど。それで最初に遺体を目撃したのは女性である4名というわけだね?」

琴宮梓颯「その通りです。露天風呂に入ろうした時に女性が血を流しているのを見てわたし達は思わずキャーと叫んでしまいました」

朝倉警部「それから君達はどうしましたか?」

琴宮梓颯「わたし達の悲鳴を聞いたここにいる2人の男子生徒がすぐに駆けつけてきて、露天風呂には誰も入らずに早く服を着て出るように指示されましたので、その通りにしました」

朝倉警部「その後、そこの男子生徒が現場に入ったということで間違いないかね?」

琴宮梓颯「それで間違いありません」

朝倉警部「そこの男子生徒の2人に質問だが、君達は現場に入ったのかね?」

牧瀬悠人「はい。入って状況確認をしました。しかし現場を荒らすようなことはしていませんのでご安心ください」

朝倉警部「君達、どのような理由があっても現場に入るのはご法度だよ!まあそれはいいとして、どうして現場に入ったのかね?」

牧瀬悠人「それは探偵の好奇心といいますか・・・」

朝倉警部「探偵!?君は高校生だろ?探偵とはどういうことかね?」

牧瀬悠人「僕は牧瀬悠人といいまして、こういったことをすぐ調べてしまう癖があります」

朝倉警部「牧瀬悠人・・・うーん、どこかで聞いたことがあるような名前だな」

牧瀬悠人「牧瀬探偵事務所の息子です。ときどき警察の捜査に協力させてもらっています」

朝倉警部「ああーーーっ!!君があの牧瀬君かね!?噂は耳にしているよ!」

牧瀬悠人「それはどうも。それより、この事件ですが警察はどのように判断されているのでしょう?」

朝倉警部「詳しいことは言えないが、事故の可能性が極めて高い」


その話を聞いた堀坂向汰は小声で「バカかこいつら!だから警察は信用できないんだ」と呟いた。そして「牧瀬君、ちょっと」と呼ぶと牧瀬悠人は「はい」といって近寄っていくと堀坂向汰は耳元で「殺人の可能性を言ったほうがいいよ。あとね、これは保険なんだけど・・・」と言った。


牧瀬悠人「朝倉警部さん、事故にしてはおかしな点がいくつかあります」

朝倉警部「ほう。おかしな点とは?」

牧瀬悠人「現場には泡だった石鹸が落ちていましたが、遺体の体は全く濡れていませんでした。それに髪の毛のほんの一部だけ濡れていたのも不可解です」

朝倉警部「なるほど。たしかに君の言う通り不自然な点がある」

牧瀬悠人「それと朝倉警部、遺体の身元と関係者の調査をした後なのですが、今から耳元で囁くことは口外しないほうがいいと思います」


そう言うと牧瀬悠人は朝倉警部の耳元で囁いた。


朝倉警部「わかった。君の言う通り事故と殺人の両方で捜査を進めることにする。もちろん殺人のことは内密にして調査をはじめてみるよ」

琴宮梓颯「それでわたし達はどのようにしていればいいですか?」

朝倉警部「そうだねえ。殺人の線でも捜査を進めるので、君達にはしばらくホテルの客室で待機していてほしい」


そこにホテルで聞き込み調査をしていた笠鳥刑事が走ってきた。


笠鳥刑事「朝倉警部、遺体の身元が判明しました。沢村香澄さん26歳、アパレル関係の企業で働いているOLだそうです」

朝倉警部「うむ。それで沢村香澄さんはホテルに宿泊していたのかね?」

笠鳥刑事「ええ。関係者は男性2人と女性1人の3人で、すぐここに来るように伝えておきました」

朝倉警部「笠鳥君、事件のことなんだがね、事故と殺人の両方で捜査していくことにしたよ」

笠鳥刑事「殺人ですか?何か引っかかる点でもございましたか?」

朝倉警部「少しだがね。殺人のことは内密に調査していくつもりだが、笠鳥君も現場のことは関係者にも他言無用でお願いしたい」

笠鳥刑事「かしこまりました。それで、ここにいる高校生達はいかがしましょう?」

朝倉警部「とりあえず部屋に待機してもらうことにするが、この男子高校生は有名な牧瀬君だよ」

笠鳥刑事「ああー私も知っています。警察の捜査協力をしている有名な高校生ですよね?」

朝倉警部「それで死亡推定時刻はどうなっている?」

笠鳥刑事「我々が現場に到着したときは、まだ死後硬直がはじまっていませんでしたし、露天風呂の清掃作業は午前3時~4時の間に行われていたことから、清掃後の午前4時過ぎからその高校生達が遺体を発見する午前5時過ぎの間だと思われます」


そこで牧瀬悠人が「できればその関係者の話を聞かせていただいても構わないでしょうか?」と聞くと朝倉警部は「まあ別に構わないが、君達も疲れただろう?」と答えた。牧瀬悠人は「ここにいる人達はこういうことに慣れていますので大丈夫です」と言った。そして遺体は警察によって運ばれていった。それからわずか数分後に、沢村香澄の関係者だと思われる3人が現れた。そのうちの一人は刈り上げたツーブロックのショートカットでつり目の鼻筋が少し通って面長の顔立ちに背丈が175cm程の体格ががっしりしている宇部野正蔵という26歳のビル清掃員、もう一人は茶髪のマッシュベースのショートヘアーに少しタレ気味の目に鷲鼻の小顔をした背丈が170cm程の一般的な体型をした香川健一という26歳のホスト、最後の一人は茶髪でサラサラのおかっぱで細目で鼻筋が通っていて小顔をしていて背丈は160cm未満のスリムな新井柚木という26歳のウェブデザイナーだという。亡くなった沢村香澄とは同じ大学の同期で卒業して依頼、この時期になると毎年のように4人でこの温泉へ旅行にきているという。


宇部野正蔵「あの、香澄が亡くなったというのは本当ですか?」

朝倉警部「まことに残念ではありますが、お亡くなりになりました」

新井柚木「か、香澄が亡くなるなんて・・・まだ信じられません!」

香川健一「もしかしてよ、これって殺人だったりしねぇの?」

朝倉警部「香川さん、どうして殺人だと思うのでしょうか?」

香川健一「だってよ、最近宇部野は香澄と上手くいってなかったみてぇだしよ、柚木は密かに宇部野に惚れてたみてぇだから香澄に嫉妬してたんだよ」

新井柚木「だったら香川君だってずっと香澄に惚れてたじゃない!大学を卒業してからも何度か告白してフラれたの知ってるのよ」

香川健一「それはそうだけど、香澄が宇部野と付き合うようになってから俺はもう手を引いたんだぜ」

朝倉警部「お話はわかりましたので落ち着いてください!まずみなさんのご関係についてお聞かせいただけますか?」

宇部野正蔵「俺たちは同じ大学の同期で旅行サークルの仲間でした」

香川健一「卒業後してからも毎年この時期には4人でここの温泉に旅行してたっつーわけです」

朝倉警部「なるほど、わかりました」

宇部野正蔵「それで刑事さん、これは殺人なのでしょうか?」

朝倉警部「事故の可能性が極めて高いのですが、不可解な点がありますので念のためにあなた達3人から詳しくお話を伺いたいのですがよろしいですかな?」

宇部野正蔵「私は別に構いません」

新井柚木「あたしも別に構わないわ」

香川健一「めんどくせーなあ・・・まあこんなことになったから仕方ねえか」

朝倉警部「ところで、あなたがたはどうして別々の部屋で宿泊されていたのですか?」

香川健一「宇部野と香澄のことは知らねえけど、俺は周りに人がいると眠れねえし、柚木も1人部屋がいいっていうからだよ」

宇部野正蔵「私は朝早く釣りに行きたかったので香澄とは別の部屋にしました」

朝倉警部「事情はよくわかりました。それではホテルの会議室で1人ずつ詳しい話をお聞かせしていただきたいのでお願いします」


その3人の話を聴いていた堀坂向汰は「牧瀬君と如月さん、ちょっといい?」と言って2人が寄ってくると耳元で「この3人の事情聴取なんだけど、牧瀬君は立ち会っていいかと朝倉警部に聞いてほしい。あと如月さんはボイスレコーダーをすぐに部屋から取ってきて牧瀬君に渡してほしい」と小声で話した。如月瑠衣は「わかりましたわ」と言って、すぐにホテルの部屋に戻っていった。


牧瀬悠人「朝倉警部さん、僕たちも立ち会って3人の話を聞きたいのですがよろしいでしょうか?」

朝倉警部「うーん・・・牧瀬君ならいいが、さすがに全員は無理だよ」

牧瀬悠人「では、せめて僕の他にあと一名だけ立ち会わせていただけないでしょうか?」

朝倉警部「その1名とは誰のことかね?」

牧瀬悠人「えっと、もう1人の男子・・・」

堀坂向汰「牧瀬君待った!もう1人は夢前さんがいいと思う」

牧瀬悠人「わかりました。ではこの夢前亜里沙という女子と2人で立ち合っても構いませんか?」

夢前亜里沙「わ、わたし?」

朝倉警部「わかった。では立ち合いを許可する。牧瀬君には期待してるよ」

牧瀬悠人「どこまでお役に立てるかわかりませんが、よろしくお願いします」


夢前亜里沙は堀坂向汰に「どうしてわたしなんですか?」と小声で聞いてみた。すると堀坂向汰は耳元で「犯人はこの3人のうちの誰かだから、夢前さんの洞察力に任せるよ。話を最後まで聴いた後に質問があればしてほしい」と囁くと夢前亜里沙は「わかりました。やってみます!」と答えた。それから牧瀬悠人は「朝倉警部さん、少しだけお待ちいただけますか?」といって如月瑠衣が戻ってくるのを待っていた。それから5分程して如月瑠衣が走って戻ってくると密かにポケットの中からボイスレコーダーを出して牧瀬悠人に渡した。そして牧瀬悠人と夢前亜里沙は刑事とともにホテル館内へ入っていった。その後、裏クラブの他のメンバー達も部屋に戻って着替えをして落ち着いた。


琴宮梓颯「それで向汰君、牧瀬君と夢前さんを事情聴取に立ち合わせたりしてるけど、まさかこの事件の調査をするつもりなの?」

堀坂向汰「梓颯、俺たちは警察でもまだわからないことまで推理できているんだよ。あのへっぽこ刑事達にこの事件の真相を解明するのは無理だから、裏クラブとして活動したい」

琴宮梓颯「これは白石先輩の卒業旅行なのよ?こんな事件に巻き込まれて申し訳ないと思わないの?」

堀坂向汰「それはそう思うけど、裏クラブで今回の事件を解決させることができたら白石先輩のいい想い出になるんじゃないかな」

白石由希「わたしのことは気にしなくていいよ。もし裏クラブで今回の事件を解決させることができたら、堀坂君が言ってるようにいい想い出になるかも!」

琴宮梓颯「白石先輩がそうおっしゃるのでしたらいいのですが、向汰君がどこまで推理しているのかにもよります」

堀坂向汰「梓颯、これは間違いなく殺人事件だよ。事故にしては不自然な点がありすぎるからね。そしておそらく沢村香澄さんの関係者という3人の中に犯人がいる」

琴宮梓颯「どうしてあの関係者3人の中に犯人がいると思うの?」

堀坂向汰「事情聴取の結果待ちなんだけど、露天風呂で殺害されていることからして、物取りなんかの犯行は考えにくい。だとすれば犯人はあの3人の誰かということになる」

琴宮梓颯「なるほどね。とにかく事情聴取の結果待ちになるわね」

堀坂向汰「そこで如月さんに聞きたいんだけど、このホテルのロビーに監視カメラがついてけどその映像を入手することはできない?」

如月瑠衣「それがネットワークカメラでしたら可能ですが、普通の監視カメラだと不可能です」

堀坂向汰「このホテルはWifi接続可能で休憩室にもパソコンを設置してるくらいだからロビーに行って調べてきてもらえる?」

如月瑠衣「わかりました。では早速ロビーに行って確認してきますわ」

堀坂向汰「白石先輩は被害者とあの関係者3人の部屋の位置を調べてきてもらえますか?このホテルの1人部屋は6階しかありませんし、今も警察が調査しているはずですからすぐわかると思います」

白石由希「おっけぃ!すぐ調べてくるよ」

堀坂向汰「梓颯は大変な作業になると思うけど、このホテル周辺を散策して外部から露天風呂にいけそうな場所を探してほしい。ちょっと外に出るくらいは大丈夫だと思う」

琴宮梓颯「わかったわ。それにしてもまさか殺人事件の調査をするなんて思いもしなかったわ」

堀坂向汰「それとみんなにも言っておきたいのが、あくまで現場のことや殺人事件だということは誰にも口外しないでほしい。じゃあ各自よろしくお願いするね」


こうして今回の殺人事件について裏クラブで調査することになった。これまで学園内の問題だけを解決してきたのだが、果たして解決させることができるのであろうか。また堀坂向汰の推理力はどこまで通用するのであろうか。



■ それぞれの調査と3人の供述


琴宮梓颯と如月瑠衣はエレベーターで1階に下りた。琴宮梓颯は「わたしはホテルの周辺を調べてくるから、如月さんは調査が終わったら部屋に戻っててね」と言うと如月瑠衣は「わかりました」と言った。そして琴宮梓颯が靴を履いて自動ドアからホテルの外に出ると、如月瑠衣はロビーの天井を見回した。すると外に出る自動ドアに向かって右上あたりに防犯カメラが設置されているのを発見した。そこの位置からだと自動ドアからホテルのフロントまで映っていることがわかった。如月瑠衣はスマホのカメラレンズにクリップ型の小型望遠カメラを取り付けて無音シャッターモードでその防犯カメラを3枚ほどズーム撮影した。それから部屋に戻るとカバンの中からノートパソコンを取り出してすぐにその防犯カメラの型番を調べていた。


白石由希はエレベーターで6階に上がると数名の警察官がいて602号室のドアだけ開いていた。白石由希はエレベータ付近に立っていた一人の警察官に尋ねてみた。


白石由希「あの、もしかして今朝の事件のことで調査しているのですか?」

警察官「そうです。もしかしてこの階に宿泊されている方ですか?」

白石由希「いえ、わたしは第一発見者でして警察の調査に興味があってちょっと見学に来ただけです」

警察官「あーあの高校生達か!申し訳ないけど見学は遠慮してもらえるかな?」

白石由希「わかりました。あの、602号室のドアだけ開いていますが、両隣りの部屋の方はいないんですか?」

警察官「手前の601号室と奥の603号室はお亡くなりになられた沢村香澄さんの関係者の部屋だから今はいないんだよ」

白石由希「なるほど。みんな隣の部屋だったんですね。ということは604号室もでしょうか?」

警察官「そうだよ。部屋割りは変わった順番なんだけどね。もういいかな?」

白石由希「あっごめんなさい。もう部屋に戻りますね」


そう言って白石由希はエレベーターに乗って部屋に戻っていった。


琴宮梓颯はホテルを出てすぐ左側にある交差点をさらに左に曲がって海岸沿いの遊歩道のほうにへ下り坂を歩いてみた。左側に見えるホテルから10メートルほど離れている。しばらく散策してみたが外部からホテル内の露天風呂に侵入する場所なんて見当たらなかった。左側は畑が広がっていてその向こう側はずっと林になっていてとてもホテル側に近づけない。ここから反対側は別の建物が建ち並んでいるので侵入できるとすればこちら側しかないのだ。琴宮梓颯はもう一度坂を上がって畑のほうを確認すると歩道からすぐ横の広くなった畑の脇に止まっている1台の軽トラックが目に入った。その軽トラックの後ろに行ってみると、長い草に覆われた細いあぜ道を見つけた。このあぜ道はホテルのほうへ続いているようであったので、琴宮梓颯は奥のほうへ歩いてみた。あぜ道は畑の奥で終わっていたのだが、そのまま林の中に入ってみた。林の奥に行ってみると2メートル以上の高さがあるコンクリート製の擁壁ようへきが海岸のほうへ続いており、その上部には鉄柵が設置されていた。この壁と鉄柵を乗り越えると露天風呂に侵入できるが、擁壁は平になっていてとても人が登れそうにもなかった。琴宮梓颯は諦めてさっさとホテルの部屋に戻っていった。


一方、ホテルの7階にある会議室では警察による関係者の事情聴取が行われていた。朝倉警部と笠鳥刑事が入口手前の席に座り、関係者の一人は奥の席、牧瀬悠人と夢前亜里沙は2人の刑事から一つ離れた席に座っていた。もちろん牧瀬悠人は如月瑠衣から預かったボイスレコーダーをポケットに入れて録音スイッチを押していた。最初は沢村香澄の恋人である宇部野正蔵の事情聴取がはじまった。


朝倉警部「本日の午前4時から5時の間、宇部野さんはどこにいましたか?」

宇部野正蔵「ちょっと刑事さん。これは事故なんですよね?どうして俺のアリバイなんて聞くのですか?」

笠鳥刑事「事件性がないことを立証させたいので、念のためにお伺いしているだけです」

宇部野正蔵「私は午前4時前にホテルを出て釣りに出かけました。最初は海岸沿いの遊歩道を降りた磯場で30分ほど釣りをしていましたが、波が荒かったので防波堤のほうへ移動しました。そういえば防波堤に1人の老人が釣りをしていましたので『釣れますか?』と話しかけました。今日は全く釣れないとのことでしたので諦めてホテルへ戻りました。自分の部屋へ戻ったのは午前5時30分前だったと思います」

朝倉警部「ありがとうございます。沢村香澄さんとの関係はあまり上手くいっていなかったとお聞きしましたが、差し支えなければ詳しいことを話していただけませんか?」

宇部野正蔵「上手くいってなかったというわけではありません。ただ、私には借金があって土日もバイトをするようになったのです。それでお互い会う時間が減ってしまったせいで、香澄が拗ねてしまっていただけです。借金を全て返済したら私と香澄は結婚する予定でした。それなのに、あんな形で亡くなってしまうとは・・・す、すみません、思い出すと涙が・・・」

朝倉警部「わかりました。お察しします」

夢前亜里沙「あの、1つご質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

朝倉警部「ん?何か気になることがあればどうぞ」

夢前亜里沙「借金の返済はどのくらいかかりそうでしたか?」

宇部野正蔵「1年もあれば返済できたと思います」

夢前亜里沙「ありがとうございます」


続いて沢村香澄に何度か告白してフラれていたという香川健一の事情聴取がはじまった。


朝倉警部「本日の午前4時から5時の間、香川さんはどこにいましたか?」

香川健一「早速かよ。昨晩ちょっと飲み過ぎちまって、その時間はまだ部屋でぐっすり寝てたよ。残念ながら俺のアリバイは証明できねえけど、刑事さんに叩き起こされて酔いと一緒に覚めちまったよ」

朝倉警部「失礼ですが、大学を卒業してからも沢村香澄さんに何度か告白してフラれていたというのは本当のことでしょうか?」

香川健一「ああーそれは本当だよ。俺は学生の頃からずっと香澄のことが好きだったからさ、卒業してからも2回ほどコクったんだけど恋愛対象じゃないって言われてダメだった」

朝倉警部「沢村香澄さんと宇部野正蔵さんが交際をはじめるようになってどのように思いましたか?」

香川健一「まあ諦めるいいチャンスになったかな。宇部野だったら別にいいやって思ったし、人の彼女に手を出すほど俺も落ちぶれていねえから」

朝倉警部「わかりました」

夢前亜里沙「朝倉警部さん、また1つご質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

朝倉警部「どうぞ」

夢前亜里沙「昨晩ですが、お1人でお酒を飲まれていたのですか?」

香川健一「ホテルのレストランで夕食をとってる時から少し飲んでたけどよ、部屋に戻ってからはずっと1人で飲んでたよ」

夢前亜里沙「ありがとうございます」


最後に宇部野正蔵に惚れていたという新井柚木の事情聴取がはじまった。


朝倉警部「本日の午前4時から5時の間、新井さんはどこにいましたか?」

新井柚木「その時間なら寝てたわよ。部屋で午前2時頃まで仕事をしていて、それから露天風呂に入って清掃員が来たから部屋に戻ってすぐ眠ってしまったわ」

朝倉警部「清掃員が来たということは午前3時頃のことですね?」

新井柚木「そのくらいだったかな。あたし、昨日は温泉に入らなかったから寝る前に行ったのよ。清掃員に聞いてみるといいわ」

朝倉警部「なるほど。もう1つお聞きしたいのですが、宇部野正蔵さんに惚れていたということについて差し支えなければお話していただけませんか?」

新井柚木「惚れてたというよりずっと憧れていたって感じよ。宇部野君が香澄と付き合ったって聞いたときは少し嫉妬してたけど、今は別にどうでもいいって思ってるわ。まさか、刑事さんはあたしが嫉妬して香澄を殺したなんて思ってないでしょうね?」

朝倉警部「そのようには思っていません。わかりました」

夢前亜里沙「朝倉警部さん、新井柚木さんにも1つご質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

朝倉警部「どうぞ」

夢前亜里沙「仕事が終わって露天風呂に行かれたとのことですが、他に誰かいましたか?」

新井柚木「男湯のほうは知らないけど女湯には誰もいなかったわよ。ずっとあたし1人だったわ」

夢前亜里沙「ありがとうございます」


これで関係者3人の事情聴取は終わり、全員が会議室から出た。


朝倉警部「みなさん、ご協力ありがとうございました。またお話を聞かせていただくかもしれませんので、お手数ですがもうしばらく各自部屋で待機していてください」

香川健一「はあ、疲れた。部屋でもうひと眠りすっかなあ」

新井柚木「香川君、香澄が死んでしまったのよ!何も思わないの?」

香川健一「そりゃ驚いてるけどさ、俺ってあんま動じないタイプなんだよ」

宇部野正蔵「香澄がこんなことになってしまったから、今日は部屋に1人で居させてもらうよ」


関係者3人はそういう話をしながら階段を降りていった。すると笠鳥刑事のスマホに電話がかかってきた。笠鳥刑事は「はい、わかりました」と言って電話を切った。そして笠鳥刑事は小声で「朝倉警部、現場に落ちていた石鹸の成分が遺体の右足に付着していたそうです」と言った。


朝倉警部「やはり事故の可能性が高いというわけか。念のため宇部野正蔵さんと新井柚木さんのアリバイの裏を取っておいてくれたまえ。くれぐれも殺人のことは内密に捜査するようにな」

笠鳥刑事「かしこまりました」

朝倉警部「ところで牧瀬君、何か気づいたことはあったかね?」

牧瀬悠人「今の段階では3人のうちの誰かが犯人だということだけはわかりました」

朝倉警部「ほう。そう思うのはなぜだね?」

牧瀬悠人「今回の事件は物取りの線はなさそうですし、3人とも動機はありそうですから」

朝倉警部「なるほど。せっかくの卒業旅行のところ申し訳ないんだが、君達も部屋で待機しておいてもらえるかな」

牧瀬悠人「わかりました。事情聴取に立ち会わせていただいてありがとうございました」


こうして牧瀬悠人と夢前亜里沙は部屋へ戻っていった。牧瀬悠人は朝倉警部1つ隠し事をしていたのだが、それに関しては裏クラブのメンバー達に報告してから判断することにした。



■ 調査報告と犯人特定


午前10時を過ぎた頃、裏クラブのメンバー達は3階の部屋でそれぞれの調査結果の報告をしていた。そこに牧瀬悠人と夢前亜里沙が部屋に戻ってきた。2人ともまだ館内着だったので窓側の敷居の障子をしめてそれぞれ私服に着替えた。そして調査報告が続行された。


如月瑠衣「ロビーの防犯カメラですが、Wifiのワイヤレスカメラであることがわかりました」

堀坂向汰「それならなんとか録画映像を取得できないかな?」

如月瑠衣「カメラのIPアドレスも調べましたのでログイン画面まではアクセスできますがログイン認証が問題です。認証に失敗するとログが残ってしまいます」

堀坂向汰「うーん・・・それはちょっと危険だね」

如月瑠衣「しかし取り付け方からして設置したのはホテルの管理者だと思いますので認証は工場出荷状態のままである可能性はあります。あとは録画記録のダウンロード方法が問題ですの。おそらく容量は128ギガありますので、無線LANだと時間がかかってしまいます」

堀坂向汰「だったら休憩室のパソコンのLANケーブルを拝借させてもらって、一度その工場出荷状態の認証で試してもらってもいい?」

如月瑠衣「わかりました。まずここでログイン認証をしてみます」


如月瑠衣はノートパソコンを開いて防犯カメラのIPアドレスにアクセスしてログイン画面が表示された。そして工場出荷状態の認証IDとパスワードでログインを試みると予想通りにログインすることができた。如月瑠衣は「ログインに成功しました。予想以上に回線速度が早いのでこのまま録画記録の動画ファイルをダウンロードして最後にログを削除しておきます。おそらく30分もかかりません」と言った。


堀坂向汰「ところで梓颯の調査報告だけど、擁壁から背伸びしてもその鉄柵には手が届きそうにないの?」

琴宮梓颯「そうねえ、かなり背の高い人だったら背伸びしてギリギリ届くかもしれない。それか大きな台でもあれば手くらいなら届くと思うわ」

堀坂向汰「なるほど、俺も後でそこに行ってみるよ。それと白石先輩、警察は部屋割りが変わった順番だと言ってたわけですね?」

白石由希「うん。わたしには意味がわからなかったけどね」

堀坂向汰「それで関係者の部屋の配置がわかりましたよ」

白石由希「どうしてわかるの?」

堀坂向汰「一般的に男女の部屋は男男女女やその逆の横並びにすると思うのですが、602号室が沢村香澄さんの部屋で変な順番ということは601号室が宇部野正蔵さん、603号室が新井柚木さん、604号室が香川健一さんと推理できます」

白石由希「たしかにそう言われてみるとそうだね。すごい!」

堀坂向汰「さてさて牧瀬君と夢前さん、事情聴取に立ち会って何か気づいたことはあった?」

牧瀬悠人「まだハッキリしませんが、犯人がわかったかもしれません。まずはボイスレコーダーを聞いてみてください」

夢前亜里沙「わたしも話を聴いていて怪しいと思う人がいましたが、犯人かどうかわかりません」

堀坂向汰「わかった。まずボイスレコーダーをみんなで聴いてみようか」

牧瀬悠人「それでは再生します」


牧瀬悠人はボイスレコーダーの再生ボタンを押した。不要な部分は早送りしながら重要な供述の部分だけを再生していた。最後の供述が終わったと同時に如月瑠衣が「ダウンロードも終わりました。ログも削除しておきましたので大丈夫です」と言った。


堀坂向汰「牧瀬君、犯人はその思ってる人で間違いないよ」

牧瀬悠人「やはりそうですか。しかし、証拠は何もありませんね」

堀坂向汰「夢前さんの勘も鋭いねえ。その人が犯人だよ」

夢前亜里沙「そうなのですか・・・わたしはただその人の話がどうにも信じがたいと思っただけです」

堀坂向汰「犯人は1つボロを出してるんだけど、牧瀬君のいう通り証拠は何もない」

琴宮梓颯「全くわからないわ。みんなに犯人が誰か教えてもらえるかしら?」

堀坂向汰「教えるけど、みんなその人の前でも普通にしていてほしい。変な態度をとってしまうと俺たちが密かに調査しているって気づかれる恐れがあるからね。牧瀬君、みんなにこっそり教えてあげて!」

牧瀬悠人「わかりました。ではみなさんの耳元でこっそり教えます」


牧瀬悠人はそれぞれの耳元で犯人の名前をこっそり教えていった。それを聞いてみんな驚いていた。


牧瀬悠人「ところで、このことを朝倉警部さんに伝えなくてもいいですか?僕は証拠もないので黙ってはいたのですが・・・」

堀坂向汰「伝えなくて正解だよ。あんなへっぽこ刑事達に教えたところでどうにもできないだろうしね」

琴宮梓颯「それでこれから証拠集めをしていくの?」

堀坂向汰「その前に防犯カメラの映像が見たいんだよ。如月さん、動画だけど午前3時半から5時半までを早送りしながら再生できる?」

如月瑠衣「準備しますので少々お待ちください」


如月瑠衣はダウンロードした動画ファイルを再生して午前3時半から5時半の部分を早送りして再生した。人が映っていると巻き戻して停止ボタンを押し、再びは早送り再生をした。その結果、午前3時43分に宇部野正蔵と思われる人物が少し大きめのクーラーボックスと釣り竿ケースを肩に下げてホテルの外へ出ていくシーンと、午前5時12分に二人組の男性がホテルの外へ出ていくシーン、5時27分に宇部野正蔵と思われる人物が外からホテルに入っていくシーンが映されていた。


牧瀬悠人「宇部野正蔵さんの供述通りですね」

堀坂向汰「この防犯カメラの映像では何の手がかりも見つからなかったか・・・うーん」

琴宮梓颯「犯人がわかってるのなら証拠を集めるしかないんじゃないの?」

堀坂向汰「そうなんだけど、今の段階では凶器も見つかってないし密室の謎もまだわからない。それに犯行動機すらハッキリしていない。ただ、明日は俺たちも帰る予定だから今日中になんとか解決させたい」

牧瀬悠人「凶器は海に投げ捨てた可能性がありそうですが、密室の謎を解かないと警察は動いてくれないでしょうね」

堀坂向汰「まずは2手に分かれて調査していこう。1つは密室の謎なんだけど、それは俺と梓颯、白石先輩の3人が引き受けることにするよ」

琴宮梓颯「それはわかったけどもう1つは?」

堀坂向汰「もう1つは犯行動機についてなんだけど、牧瀬君と夢前さんの2人にお願いしたい。まずは関係者3人の詳しい仕事内容について聞き込み調査していくといいかも。特に新井柚木さんのことは詳しくね」

牧瀬悠人「わかりましたが、まさか堀坂先輩は新井柚木さんの供述を疑っているのでしょうか?」

堀坂向汰「疑っているというより、どうにも彼女は別の目的で今回の温泉旅行に来たように思えるんだよ」

牧瀬悠人「たしかに・・・そもそも4人の旅行目的がハッキリしませんね」

堀坂向汰「できれば新井柚木さんのメールアドレスをうまく聞き出してもらえれば最高なんだけどね」

牧瀬悠人「メールアドレスですか。口実を作ってうまく聞き出す方法を考えてみます」

如月瑠衣「あの、わたくしは何もしなくよろしいのでしょうか?」

堀坂向汰「如月さんには後で他の調査をお願いしたいんだけど、まずは牧瀬君たちと一緒に調査しながら関係者3人それぞれの顔写真を隠し撮りして、すぐにその写真を梓颯と白石先輩のスマホに送信してほしい」

如月瑠衣「わかりました。ではメガネ型カメラを使いますわね」

堀坂向汰「如月さん、そんなものまで持ってきていたんだね」

如月瑠衣「わたくし、何かあった時のためにいつも最低限の小道具だけは持つようにしていますの」

堀坂向汰「さすがは瑠衣ちゃん!じゃあみんなよろしくね」

如月瑠衣「瑠衣ちゃんなんて呼ばれたことありませんので少し恥ずかしいです・・・」

堀坂向汰「あははは・・・如月さんが恥ずかしがってるところはじめてみたよ。じゃあ梓颯、早速だけどその擁壁があるところに案内してほしい。白石先輩はそのまま海岸沿いのほうへ行って磯場から防波堤まで歩いてきてもらえますか?」

白石由希「おっけぃ!」

堀坂向汰「牧瀬君たちもよろしくね」


こうして裏クラブのメンバー達は2手に分かれて調査することになった。犯人を特定したといっても証拠もなく謎が残っているので確証できているとはいいきれないのだ。果たして堀坂向汰の推理は正しいのであろうか。



■ 犯行動機と密室の謎


牧瀬悠人と夢前亜里沙、如月瑠衣の3人は6階のフロアに移動していた。


牧瀬悠人「新井柚木さんの聞き込みに関しては如月さんに一役買ってほしいんだけどいい?」

如月瑠衣「一役買うってどういうこと?」

牧瀬悠人「僕の話に合わせてくれるだけでいいよ」

如月瑠衣「よくわからないけど話を合わせるくらいであれば・・・」


牧瀬悠人は601号室のドアをノックした。すると「はい」という男性の声が聞こえてドアが開いた。ドアから現れたのは被害者の恋人である宇部野正蔵であった。


宇部野正蔵「なんださっきの高校生じゃないか。事件のことでまだ何か聞きたいことでもあるの?」

牧瀬悠人「いえいえ。実は春休みの自由研究でいろんな職業のことについて調べているのですが、宇部野さんはたしかビル清掃員さんでしたよね?具体的にはどういうお仕事なんですか?」

宇部野正蔵「簡単に言えばオフィスビルのフロア内の清掃、高層ビルでなければ窓ガラスや外壁の清掃なんかもしてるよ」

牧瀬悠人「なるほど。どうして高層ビルの窓ガラスや外壁の清掃はしないのでしょうか?」

宇部野正蔵「高層ビルの場合は別の専門業者が担当することになっているんだよ。それに俺はゴンドラ操作の資格は持ってないからね」

牧瀬悠人「そうなんですね。最後にお聞きしますが、ビル清掃員の仕事に就こうと思ったきっかけは何ですか?」

宇部野正蔵「きっかけか・・・ただ大学を卒業して企業に就職したんだけど仕事が合わなかったからすぐに退職したんだよ。それから職探しをしてて今の高収入の仕事に就いたってわけだよ」

牧瀬悠人「わかりました。どうもありがとうございました」


宇部野正蔵がドアを閉めると牧瀬悠人が歩きながら「如月さん、次だからね」と小声で言った。続いて603号室のドアをノックすると「はーい」という女性の声が聞こえてきた。そしてドアが開くと新井柚木が現れた。


新井柚木「あら、さっきの高校生じゃない。あたしに何かご用?」

牧瀬悠人「僕たちは春休みの自由研究でいろんな職業のことについて調べているのですが、新井さんはウェブデザイナーさんでしたよね?この如月瑠衣さんは将来ウェブデザイナーを目指していまして、せっかくなのでお仕事の詳しいお話を聞かせていただけないでしょうか?」

新井柚木「そうなんだ。詳しい話といってもどんなことが聞きたいの?」

如月瑠衣「わたくし、小学生の頃からHTMLとCSSの勉強をしていまして、ソフトはフォトショとイラレを使っているのですが、他に必要な技術などございませんか?」

新井柚木「小学生の頃からそんな勉強してたなんてすごいわね。他に必要な技術ねえ・・・あとJSくらいは扱えるようになったほうがいいと思うわ」

如月瑠衣「JSはすぐにエラーが出てしまうので苦手だったりします。新井さんはJSも打てるのでしょうか?」

新井柚木「あたしには打てないけど、ネットに落ちてるスクリプトを設置するくらいならできるわ」

如月瑠衣「それでもすごいと思います!もしよろしければ、わたくしの作成したホームページを一度拝見していただけないでしょうか?」

新井柚木「そうねえ。今日はどうせ外には出られそうにないから別に構わないけど・・・だったらページのURLを教えてもらえる?」

如月瑠衣「それは部屋に戻って確認しないとわかりませんし、URLも長いのでどのようにお伝えすればいいのか・・・」

牧瀬悠人「如月さん、せっかくなんだし新井さんとメール交換してみるのはどう?僕たちもあまりうろうろしてると刑事さんたちに怒られそうだしね」

如月瑠衣「そうですね。新井さん、よろしければわたくしとメールアドレスの交換をしていただけないでしょうか?」

新井柚木「うーん・・・ただ仕事のメルアドを教えるわけにはいかないのよ」

如月瑠衣「それでしたらスマホのメールアドレスの交換はいかがでしょう?」

新井柚木「ああ、スマホのメールアドレスなら別に構わないわ」

如月瑠衣「それでは、アドレス交換をいたしましょう。部屋に戻ってすぐにURLを送りますのでよろしくお願いします」


そうして如月瑠衣と新井柚木はスマホのメールアドレス交換をした。新井柚木がドアを閉めると牧瀬悠人が「如月さん、バッチリだよ」と小さな声で言った。そして最後に604号室のドアをノックした。するとドアが開いて不機嫌そうな表情をした香川健一が現れた。


香川健一「なんだ、サツかと思ったらさっきの高校生じゃねえか。俺に何か用でもあるのか?」

牧瀬悠人「僕たちは春休みの自由研究でいろんな職業のことについて調べているのですが、香川さんはホストさんでしたよね?ホストって具体的にどのようなお仕事なのか聞かせていただけないでしょうか?」

香川健一「具体的もなにも、ただ女と酒飲みながら話するぐれえだよ」

牧瀬悠人「たとえば香川さんには常連客はいますか?」

香川健一「いるにはいるけどよ、俺はそこまで人気ねえんだよな」

牧瀬悠人「なるほど。最後にお聞きしますが、今のお仕事に就こうと思ったきっかけは何ですか?」

香川健一「別にきっかけなんてねえよ。学生時代からホストのバイトしてて、金がいいから今も続けてるだけだよ」

牧瀬悠人「わかりました。どうもありがとうございました」


こうして関係者3人の聞き取り調査が終わったが、犯行動機に繋がるような情報を得ることはできなかった。夢前亜里沙はそれぞれの仕事に関する聞き込みをしていた意味が全くわからなかった。また、如月瑠衣はしっかりと関係者3人の顔写真を撮影していた。


一方、堀坂向汰は琴宮梓颯に案内されて林の中にある擁壁を調べていた。擁壁は一番低いところでも高さは2メートルを超えていて人が登れそうにない。何かの踏み台に乗ったとしても背伸びをしてやっと鉄柵に手が届きそうだが、周りには台になるようなものはない。


堀坂向汰「この壁を登って柵を越えたらホテルの裏側に入れそうだね」

琴宮梓颯「でも、この壁をよじ登るなんて不可能じゃない?」

堀坂向汰「うーん・・・外部からホテルの裏側に侵入するとしたらここしかないんだけどな」

琴宮梓颯「長いハシゴでもない限り無理よ」

堀坂向汰「長いハシゴ・・・ん?あっ、そういうことか!!」

琴宮梓颯「何かわかったの?」

堀坂向汰「梓颯、密室の謎は解けたよ!」

琴宮梓颯「どういうこと?教えなさいよ!」

堀坂向汰「いずれわかるよ。とりあえずホテルに戻ろう」


その後、ホテルに戻ると堀坂向汰は「俺はちょっと調べたいことがあるから梓颯は先に部屋に戻ってて!」と言ってホテルの裏側に出て行った。琴宮梓颯は「わかったわ」と言ってエレベータに乗った。ホテルの裏側に出た堀坂向汰は先ほど林の中からみた擁壁の上にある鉄柵のほうへ言って確認してみると「やっぱりそうか」と呟いてすぐに部屋に戻った。それから間もなくして海岸沿いの磯場から防波堤まで歩いた白石由希が部屋に戻ってきた。


堀坂向汰「牧瀬君、さっき話した通りなんだけど、これで密室の謎は解けたと思う」

牧瀬悠人「そういう方法があったとは僕もまだまだ未熟でした。そのようなことができるのはあの人しかいませんね」

堀坂向汰「そうなんだけど、まだ凶器も見つかっていないし犯行動機もわからないから、その2つの謎を解かないといけないんだけどね」

白石由希「凶器って亡くなった沢村香澄さんの頭を叩いた物のことだよね?」

堀坂向汰「そうなんですが、海に投げ捨てている場合は見つけるのはかなり困難だと思います」

牧瀬悠人「それに凶器が何であるかもわかりませんので警察は簡単に動いてくれないでしょう」

白石由希「よくわからないけど、頭を叩いて即死させるなら大きな石とか鉄の棒くらいじゃないの?」

琴宮梓颯「たしかにそうですね。そんな物を持ち歩けないと思うわ」

白石由希「でも海に潜ったらすぐに見つかるんじゃないかな。まさか煙のように消えるようなものじゃなさそうだしね」

堀坂向汰「煙のように消える!?そうか!だったらつじつまが合う!!牧瀬君、海に投げ入れると煙のように消えてしまうものだよ」

牧瀬悠人「海に投げ入れると・・・ああー!それだと凶器は消えてしまいますね」

白石由希「えっどういうこと?」

堀坂向汰「白石先輩、お手柄ですよ!」

琴宮梓颯「また2人だけで・・・わかるように説明しなさいよ!」

堀坂向汰「梓颯、これもいずれわかるから待ってほしい」

牧瀬悠人「残る謎は犯行動機ですね」

堀坂向汰「まず梓颯と白石先輩は付近のスーパーや釣具店に行って店員さんに関係者3人の写真を見せて、昨日の夕方あたりに買い物をした人はいないか、いたとしたら何を買ったのかの聞き込み調査をしてほしい。それと牧瀬君は警察がどういう調査をして判断しているかの確認をお願いしたい。如月さんは新井柚木さんのメールアドレスからリムチャットに登録されているかの確認と登録されていればメッセージ履歴を取得してほしい。夢前さんには買い物をお願いしたい」

如月瑠衣「それですと、ここから自宅のパソコンにリモートログインしてからになりますので少し時間がかかってしまいますがよろしいでしょうか?」

堀坂向汰「少しくらい時間がかかってもいいので、早速とりかかってほしい。これは可愛い瑠衣ちゃんにしかできないからね」

如月瑠衣「わたくしが可愛いだなんて・・・とにかくやってみますわ」

夢前亜里沙「あの、わたしは何を買ってくればいいのですか?」

堀坂向汰「釣り新聞なんだけど、この付近のコンビニなら売ってると思うんだよ」

夢前亜里沙「意味がよくわかりませんが買ってきます」


裏クラブのメンバー達の役割が決まったところで活動が開始された。これらの話の流れから堀坂向汰と牧瀬悠人は凶器の謎についても解き明かしたようであったが、果たしてその推理は正しいのであろうか。



■ 明かされた真実と事件の解決方法


如月瑠衣は遊びで作ったホームページのURLを新井柚木に送信した後、自宅のパソコンにリモートアクセスして、リムチャットの多重ログインができるサイトへアクセスした。そして、新井柚木のメールアドレスでログインを試みると『パスワードが違います』というエラーメッセージが表示された。パスワードエラーが出たとうことは、このメールアドレスでリムチャットに登録していることになる。パスワードクラックするにも相手はプロのウェブデザイナーなので簡単なパスワードではなさそうだ。しかし、個人のパスワードなのでそこまで複雑なものではないと予想してブルートフォース方式のツールでパスクラッキングを試みた。そのツールを稼働させて10分程経った時にログインに成功した。如月瑠衣はメッセージ履歴をみて「これは・・・」と驚きながら、そのメッセージ履歴をダウンロードした。


牧瀬悠人は朝倉警部のところへ行き、現在の捜査状況について聞いていた。


朝倉警部「たとえ牧瀬君でも、警察の捜査状況を教えるわけにはいかんのだよ」

牧瀬悠人「詳しいことを聞くつもりはありませんが、やはり事故の線で捜査されているのでしょうか?」

朝倉警部「殺人の可能性も考慮して捜査してみたんだが、これはやはり事故の可能性が極めて高い」

牧瀬悠人「そうですか。関係者のアリバイについてはどうなっていますか?」

朝倉警部「宇部野正蔵さんのアリバイの裏付けもしたんだが、供述通りだったよ。防波堤で釣りをしていた老人からも証言が取れた」

牧瀬悠人「その他の人のアリバイはいかがでしたか?」

朝倉警部「あとの2人に関してはアリバイがないのだが、従業員の話によると他に露天風呂へ向かった客はいなかったそうだ」

牧瀬悠人「では、警察は事故の線で調査されているということですね?」

朝倉警部「牧瀬君には申し訳ないが、やはり殺人の可能性は考えらないのだよ」

牧瀬悠人「そうですか。しかし、もう少しお調べになったほうがいいと思います」

朝倉警部「うむ。こちらとしてももう少し調査は進めていくつもりではあるよ」

牧瀬悠人「わかりました。では失礼します」


一方、琴宮梓颯と白石由希は手分けしてホテル付近のスーパーや釣具店に聞き込み調査をしていた。するとホテルから歩いて5分くらいの場所にある釣具店の店員が「たしか昨日の18時頃にこの方は買い物にいらっしゃいました」と言った。琴宮梓颯は「この方は何を買っていかれましたか?」と聞いてみると店員は「えっと、仕掛けの釣り針とオキアミのパックだったかな、あとは8分割したブロックアイスを購入していきました。おそらくチヌ狙いだと思いますよ」と答えた。琴宮梓颯は「どうもありがとうございました」と言って店を出た。その後、白石由希と落ち合ってホテルに戻った。


夢前亜里沙もホテル近くのコンビニで地元の釣り新聞を購入してすぐに部屋に戻った。裏クラブのメンバー達が揃ったところで如月瑠衣が口を開いた。


如月瑠衣「新井柚木さんのリムチャットの履歴をみたのですが、とんでもないことがわかりました」

堀坂向汰「宇部野正蔵さんとの関係だよね?」

如月瑠衣「そうなのですが、どうしておわかりなったのですか?」

堀坂向汰「なんとなくそんな気がしてたからだよ。とりあえずメッセージ履歴を見せて」

如月瑠衣「これは本日午前11時30分頃のメッセージ履歴です。それより古い履歴は消されていました」


如月瑠衣がノートパソコンの画面を裏クラブのメンバー全員に見せた。リムチャットで宇部野正蔵と話していたメッセージの内容は次の通りであった。


新井柚木『あたしたちの関係のことは警察に黙っていたけど、調べられたらバレるんじゃないの?』

宇部野正蔵『大丈夫だよ。俺たちの関係は誰にも知られてないし、調べてもわからないはずだよ』

新井柚木『まさか香澄が死んじゃうなんて・・・まさかあなたが殺したんじゃないでしょうね?』

宇部野正蔵『俺は殺してなんかいないよ。それに警察も事故だったって言ってるじゃないか』

新井柚木『それならいいんだけど、しばらく2人で会うのは避けたほうがいいわね』

宇部野正蔵『そうだな。こんな時に不謹慎だけど、俺は柚木と結婚したいと思ってたから不幸中の幸いだったかもしれない』

新井柚木『それにしては香澄と結婚の約束までしてたみたいだけど、どういうつもりだったの?』

宇部野正蔵『香澄は俺と柚木のことを疑ってたから仕方なくそういう話にしておいただけで、いずれは別れるつもりだったよ』

新井柚木『そういうことだったのね』

宇部野正蔵『香澄はもういなくなったわけだし、しばらくして落ち着いたら俺たちは結婚前提で付き合うことになったということにすればいい。もう陰でコソコソしなくてもよくなるからね』

新井柚木『それもそうね。香澄には悪いけど・・・』


このメッセージ履歴を見た裏クラブのメンバー達は驚いていた。


琴宮梓颯「2人の関係には驚かされたけど、犯行動機に繋がるような内容でもなさそうね」

堀坂向汰「それはいえるけど、俺の推理が正しければ沢村香澄さんは知らず知らずのうちに自ら犯行動機を与えてしまったんだよ」

琴宮梓颯「どういうことなの?」

堀坂向汰「それもいずれわかることだよ」

牧瀬悠人「ところで、警察は事故の線で調査を進めているようなので早く解決させないとまずいですね」

堀坂向汰「そうなんだよね・・・それと夢前さん、釣り新聞は買ってきてくれた?」

夢前亜里沙「はい。これでよろしければどうぞ」

牧瀬悠人「密室の謎から犯行動機までわかっても、証拠がありませんので困りましたね」

堀坂向汰「証拠を見つけるのは無理だから、犯人に自白してもらうしかないよ」

琴宮梓颯「自白させることなんてできるの?」

堀坂向汰「うまく引っかかってくれればいいんだけど、ちょっと釣り新聞を読むので待ってね」


堀坂向汰はしばらく釣り新聞を開いて読んでいた。部屋内はしばらく沈黙状態が続いていたが、そこで堀坂向汰が口を開いた。


堀坂向汰「如月さん、最後にちょっと厄介な計算をお願いしたい」

如月瑠衣「どのような計算でしょうか?」

堀坂向汰「まずは凶器が煙のように消えた時間を割り出してほしい。それと干潮時刻が今日の午後14時30分頃だから海に捨てたものが浜辺に打ち上げられる大凡の場所を特定をしてほしい。釣り新聞のここを参考にしてもらえるとわかるかも」

如月瑠衣「わかりましたわ。計算しますので少しお待ちください」

堀坂向汰「如月さんの計算が終わったら犯人をおびき出して自白させるんだけど、その仕掛けは白石先輩と夢前さんにお願いしたい」

白石由希「わたしと夢前さんで何をすればいいの?」

堀坂向汰「6階のフロアに行って大きな声で『落ち着いたら浜辺でも散歩しよう。でも今日は向岸流だから浜辺にいろんなものが打ち上げられているみたい』という話をしてもらうだけでいいのです」

白石由希「それだけでいいの?」

堀坂向汰「はい。その後、犯人は必ず動き出しますので部屋に戻ってきてください」

白石由希「おっけぃ!」


すると如月瑠衣が「計算が終わりました。大凡ですが、今日の午後2時過ぎに浜辺の左端あたりに打ち上げられるはずです」と言った。そして堀坂向汰は「よし!じゃあまず白石先輩と夢前さんは6階のフロアへ行ってください」と言った。


白石由希と夢前亜里沙はエレベーターで6階のフロアに着くと大きな声で話をした。


白石由希「警察の捜査が終わったら浜辺を散歩してみない?」

夢前亜里沙「綺麗な海の浜辺を散歩するのはいいかもしれませんね。ただ、先輩の話だと今日は向岸流でそろそろ干潮だから浜辺にいろんなものが打ち上げられてるみたいなのでゴミだらけになっているかもしれません」

白石由希「そうなんだ。そんなゴミだらけのところで散歩したくないね」

夢前亜里沙「あんな事件が起こりましたので、今日は大人しく部屋で過ごしましょう」


そういって2人はエレベーターに乗って部屋に戻っていった。


堀坂向汰「お2人ともお疲れさまでした。これで犯人は動き出すはずだから、あとは自白させれば事件は解決だよ」

琴宮梓颯「わたし達の前で自白させるのよね?」

堀坂向汰「そうだよ」

琴宮梓颯「わたし達が真実を知っても他に証人がいるわけでもないし、警察の前では容疑を否認するんじゃないの?」

堀坂向汰「そのことなら心配いらないよ。如月さん、スマホの集音器は持ってきてる?」

如月瑠衣「小型の集音マイクなら持っていますが3メートルが限界です」

堀坂向汰「そのくらいの距離であれば大丈夫なので、スマホに取り付けておいて夢前さんと通話が繋がっている状態にしておいてほしい」

如月瑠衣「わかりましたわ」

堀坂向汰「白石先輩と夢前さんはホテルに事情を説明して10分程度でいいので館内放送を利用させてもらってほしい」

白石由希「簡単に使わせてくれるかなあ?」

堀坂向汰「今朝の事件の推理ショーをするとでもいえば利用させてもらえると思います。交渉は夢前さんにしてもらうといいです」

夢前亜里沙「ではわたしがうまく交渉してみます」

堀坂向汰「じゃあ、そろそろ俺と梓颯、牧瀬君、如月さんの4人で犯人のところへ行こう。牧瀬君は先に出て、あのへっぽこ刑事たちにもう少しホテルにいるように伝えてきてほしい」

牧瀬悠人「では、先に朝倉警部さんのところへ行ってきますね」


それぞれの役割が決まったところで裏クラブのメンバー達は動き出した。果たして堀坂向汰の読み通りに犯人は現れるのであろうか。そして、うまく自白させることはできるのであろうか。



■ 犯人の自白と事件解決


堀坂向汰と琴宮梓颯、如月瑠衣の3人はホテルを出て右の道を浜辺のほうへ歩いていった。しばらくすると後ろから牧瀬悠人が走ってきた。そのまま10分程歩いていくと浜辺についた。夏になると海水浴客で賑わう場所だが、今はほとんど人がいなかった。そして予想通り、浜辺にはいろんなものが打ち上げられていた。その浜辺には何かを探しているような人がいたので、裏クラブのメンバー達は近づいていった。


牧瀬悠人「宇部野正蔵さん、こんなところで何か探し物でしょうか?」

宇部野正蔵「あっいや別に何も・・・」

牧瀬悠人「証拠品の回収でもしているのかと思いましたが違いますか?」

宇部野正蔵「証拠品って何のことだよ?」

牧瀬悠人「密室殺人の証拠品ですよ」

宇部野正蔵「はあ?密室殺人ってどういうことなんだ?」

牧瀬悠人「とぼけても無駄ですよ。沢村香澄さんを殺害したのはあなたですよね?」

宇部野正蔵「俺が香澄を殺しただなんてバカバカしい。そもそもあれは事故だったんじゃないのか」

牧瀬悠人「あれは事故なんかじゃなく殺人です。堀坂先輩、ここからはお願いします」

堀坂向汰「宇部野正蔵さん、この犯行はあなたにしかできないんですよ」

宇部野正蔵「高校生のガキが何いってるんだ!俺にはちゃんとしたアリバイがあるし香澄を殺すことなんて無理なんだよ」

堀坂向汰「それをあなたは可能にして密室を作り出したんです」

宇部野正蔵「だったら俺がどうやって香澄を殺したのか説明してみろよ」

堀坂向汰「あなたは午前3時43分に釣りをするといってホテルを出ています。これは防犯カメラの映像で確認しましたので間違いありません。しかし、釣りには行かずホテルの裏側に侵入したのです」

宇部野正蔵「おもしろいじゃないか。俺はどうやってホテルの裏側に侵入したというんだ?」

堀坂向汰「ホテルの左側は畑になっていてその奥が林になっています。あなたはその林の奥にある擁壁をよじ登ったのです。最初にその擁壁を見た時はとても人が登れそうにないと思いましたが、ハシゴを使えば簡単に登ることができます」

宇部野正蔵「ちょっと待て!俺はハシゴなんて持ってなかったぞ!!まあ、最後まで君の話を聞こうじゃないか」


堀坂向汰はここで深呼吸をした。そして推理したことを話しはじめた。


堀坂向汰「もちろん、防犯カメラの映像には釣り竿ケースとクーラーボックスしか持っていませんでした。しかし、あなたはクーラーボックスの中に登山用の補助ロープとスリング、カラビナ、ストッキング、そして昨日釣具店で購入したブロックアイスを入れていたのです。擁壁は2メートル以上の高さがあって、その上には鉄柵が設置されていますが、クーラーボックスを台にして背伸びをすれば鉄柵にカラビナを引っ掛けることはできます。あらかじめ縄梯子を作っておいてカラビナに結んでいたのでしょう。そしてあなたは縄梯子で擁壁を登ってホテルの裏側に侵入したのです。その鉄柵を調べてみると、わずかに金属が擦れたキズが残っていましたよ。そして清掃員が立ち去っていったことを確認して女湯に入ったのです。おそらく、沢村香澄さんから誰もいない朝一番の露天風呂に入ると聞いていたんでしょう。予想通り沢村香澄さんは清掃が終わった直後に女湯に入ってきました。脱衣所にあなたがいたことに驚かれたと思いますが『こんな時間で誰もこないから一緒に露天風呂に入ろう』とでも言ったのでしょう。まあ結婚の約束をしていた関係ですから、一緒に風呂に入ることは不思議ではありません。先に沢村香澄さんが服を脱いで露天風呂へ入っていった瞬間、あなたはクーラーボックスの中からブロックアイスを入れたストッキングを取り出して、後ろからそれで撲殺したのです。遺体の頭部と床が少し濡れていて冷たかったのは解けたブロックアイスの水滴だったのです。まあ、クーラーボックスだと保冷力に限界がありますからね。その後、事故を装って偽装工作しておいて、凶器を入れた大きなビニール袋をクーラーボックスに入れると今度は露天風呂の鉄柵にロープをかけて懸垂下降をして海岸沿いの遊歩道に降りてロープを回収したのです。露天風呂にある鉄柵の塗料がわずかに剥がれていましたが、あれはロープを引っ掛けた跡だったのです。そして犯行に使用したロープやカラビナ、スリングなども凶器の入った大きなビニール袋の中に全て入れて海へ投げ捨てたのです。そのまま防波堤へ向かって釣りをしていた1人の老人に話しかけてアリバイを作り、釣りもせずにホテルへ戻ったというわけです。こういったロープを使っての密室殺人ができるのはビル清掃員であるあなたしかいません」


堀坂向汰の推理を聞いた琴宮梓颯と如月瑠衣は驚いた表情をしていたが、宇部野正蔵は得意げな顔をして拍手をした。


宇部野正蔵「実におもしろい!君の推理は見事だといいたいところなんだけど、全ては憶測だろ?何か証拠でもあるのか?」


堀坂向汰は持っていたタオルを開いて「ここに付着している黒ずんだものは何だと思いますか?」と言った。


宇部野正蔵「それがなんだ?ただ汚れてるだけじゃないか」

堀坂向汰「これは現場の露天風呂から遊歩道に降りるまでの岩場に付着していたゴムの擦れ跡です。岩場のところどころに付着していましたよ。あの岩場はかなりごつごつしていますし、スニーカーで懸垂下降したのでソールが少し岩に擦れたのでしょう。このゴムの成分とあなたが履いているそのスニーカーのソールの成分が一致すれば証拠になります」

宇部野正蔵「そうだったとしても俺が香澄を殺したという証拠にはならないだろ?」

堀坂向汰「たしかに殺害の証拠にはならないでしょうね。しかし、警察に事情聴取に対するあなたの供述で1つボロを出していたのですが、わかりませんか?」

宇部野正蔵「俺が何のボロを出したんだ?」

堀坂向汰「あなたが供述した『あんな形で亡くなってしまうとは・・・』という言葉です。あんな形ということはどういうことですか?」

宇部野正蔵「それは香澄は露天風呂で滑り転んで頭を打ったって意味だけど、どこがおかしいんだ?」

堀坂向汰「清掃したすぐ後の露天風呂ですよ?滑り転ぶことなんてあるのでしょうか?」

宇部野正蔵「だから、たまたま落ちてた石鹸を踏んで滑り転んだんだよ。そのくらいのこともわからないのか?」

堀坂向汰「みんな今の話を聞いたよね?」

琴宮梓颯「しっかりと聞いたわ!」

牧瀬悠人「僕もしっかり聞きました!」

如月瑠衣「わたくしも聞きました!」

宇部野正蔵「どういうことだよ?」

堀坂向汰「あなた、今、自分が犯人だと認めたんですよ」

宇部野正蔵「はあ?どこで認めたっていうんだ?」


堀坂向汰は鋭い目をして大きな声を出した。


堀坂向汰「たしかに事件現場には石鹸が落ちていましたが、どうしてあなたがそれを知っていたのですか?」

宇部野正蔵「そ、それは、だから・・・刑事さん、そう刑事さんに聞いたんだよ」

堀坂向汰「そのことは俺たち第一発見者と警察しか知らなかった情報です。保険としてあらかじめ刑事さんに石鹸が落ちていたことは内密にしてもらうようにお願いしていましたから聞けるわけがないんです。つまり、他にその情報を知っているのは犯人のあなただけということになります。いろいろと偽装工作していたようですが、残念ながら自ら犯行を認めてしまいましたね」


その話を聞いた宇部野正蔵は冷や汗を流しながら黙り込んでいたが、突然「ふふふ」と笑いだした。


宇部野正蔵「たしかに君の推理した通りだよ。俺は香澄を殺すしかなかった・・・」

堀坂向汰「これは推測ですが、新井柚木さんとの関係を続けていたあなたは沢村香澄さんに別れ話を持ちかけたら慰謝料を要求された。まあ、沢村香澄さんはあなたと新井柚木さんの関係にうすうす気づいていたのでしょう。借金のあるあなたに慰謝料なんてとても払えなかった。それで今回の殺害を計画したのではないですか?」

宇部野正蔵「君は頭がずいぶんとキレるね。その通り、香澄から慰謝料として300万円要求されたんだよ。俺にそんな大金は払えないことを知っててな・・・」

堀坂向汰「それに関しては同情しますが、殺人を犯した罪は償うべきですので自首してください」

宇部野正蔵「ふふふふふ・・・真実を知ってるのは君たちだけじゃないか。君たちみたいな高校生が警察に話したところで信じてもらえると思うか?見事な推理だったけど、残念ながら俺が自白したという証人は他にいないから自首するつもりはないよ」

堀坂向汰「この如月さんが胸ポケットから出しているのはマイクなんですが、今までの会話がホテルの館内放送で流れているって言ったらあなたどうします?」

宇部野正蔵「ま、まさか・・・そんなことできるわけが・・・」

堀坂向汰「そのまさかなんです。ホテルにいる人全てが証人になりましたし、もちろん刑事さんたちもちゃんと聞いていたでしょう」

宇部野正蔵「そ、そんな・・・」


宇部野正蔵はそのまま跪いた。それから間もなくして朝倉警部と笠鳥刑事が走ってやってきた。笠鳥刑事は「宇部野正蔵、殺人の容疑で逮捕する」と言って手錠をかけた。


朝倉警部「君達、見事な推理でお手柄だったと言いたいところだが、こういうことをする前に一言相談してほしかったよ」

牧瀬悠人「すみません。しかし、自白させるには油断を与えておく必要があったのです」

朝倉警部「まあ、それはわかるが、一歩間違えれば君たちも被害を受ける可能性はあるからね」

牧瀬悠人「それを充分に注意して館内放送で実況したのです」

朝倉警部「君はたしか堀坂君だったかな?よく自白させてくれたね。是非、警察のほうから感謝状を贈呈させてもらいたい」

堀坂向汰「そんなものはいりませんし、俺の名前じゃなくて明智学園の影郎と公表してください」

朝倉警部「わかった。では、我々はこれで失礼させてもらうよ」


朝倉警部と笠鳥刑事は宇部野正蔵を連れてホテルのほうへ戻って行った。その後、浜辺にはロープなどが入った大きなビニール袋が打ち上げられた。もちろんその中に入っていたストッキングからはルミノール反応が検出され、被害者の血液と一致した。


その夜、裏クラブのメンバー達はホテルの部屋で話をしていた。


白石由希「まさか裏クラブで殺人事件まで解決させるとは思わなかった。本当にいい卒業旅行になったよ」

牧瀬悠人「ところで堀坂先輩は死体を見ても平気だったのですね。僕は何度か見たことありますが、慣れてない人だと普通は驚きますよ」

堀坂向汰「俺はそういうのを見ても動じないタイプなんだよ。それに死体を見たのはこれで2度目だったからね」

牧瀬悠人「2度目ということは前にも殺人事件を解決させたのですか?」

堀坂向汰「殺人事件ではないんだけど、詳しくはまた話すよ」

琴宮梓颯「わたしのストーカー被害の時もそうだったけど、警察でも解けなかった謎をよく解いたわね」

堀坂向汰「所詮は人間が作った謎。それを人間に解けるのは当然のことだよ」

夢前亜里沙「それにしてもどうして犯人は必ず浜辺に現れると予想できたのでしょうか?」

堀坂向汰「それは向岸流だよ。犯人の大きなミスは潮の流れまで計算していなかったこと。まあ釣りをしている人だったから向岸流と聞いて焦ると睨んでいたよ」

夢前亜里沙「なるほど。だから釣り新聞を読んでいたのですね?」

琴宮梓颯「ところで、どうして明智学園の影郎を名乗ることにしたの?」

牧瀬悠人「そう名乗れば殺人事件を解決させたと評判になりますので、新入生達にもわざわざ影郎の噂を拡げなくてもよくなるというわけです」

堀坂向汰「牧瀬君のいう通りだよ」

琴宮梓颯「そういうことなのね」

堀坂向汰「しかし今回も瑠衣ちゃんは大活躍だったよ。そのおかげで事件を解決することができた」

如月瑠衣「また瑠衣ちゃんって・・・そのような呼び方をされると恥ずかしいですわ」

堀坂向汰「あははは・・・また照れる如月さんを見れた!そろそろホテルからお礼の料理が運ばれてくるから、事件解決のお祝いでもしようよ」

琴宮梓颯「どんな料理か楽しみね。あとは明日、綺麗な海を見て帰りましょう」


白石由希の卒業旅行は殺人事件を解決させるという裏クラブで初めての活動となった。もちろん今回の事件に関しては、明智学園の自称「影郎」という高校生によって解決されたと新聞記事で報じられた。

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