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明智学園裏クラブ  作者: 涼
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悪女の企み

■ 久しぶりの影郎への依頼


2月も終わり、いよいよ最後の学年月である3月に入った頃、如月瑠衣と夢前亜里沙はすっかり仲良くなっていて、お互いにリムチャットで話すようになっていた。その頃、ずっと心理学を勉強していた夢前亜里沙は自分の性格を客観視できるようになったのだが、それと同時に自分がちっぽけな人間だと感じて悩んでいた。このように自己否定するようになってしまうのは、心理学を学ぶ人が必ず通る道で乗り越えなければならない。まだ16歳という若さでその壁を乗り越えないといけないのは少し酷かもしれないが、知ってしまったからには後戻りはできないのだ。3月に入って最初の金曜日の夜のこと、如月瑠衣と夢前亜里沙はリムチャットで話していた。


如月瑠衣『夢前さんは自分の悪いところばかり見過ぎているのかも。わたくし自己分析のことはよくわからないけど、自分の良いところも見ないといけないと思う』

夢前亜里沙『わたし、自分の良いところがわからなくなってしまって、悪いところばかりが見えてしまう』

如月瑠衣『夢前さんは、悩んでいる人がいると、その人の話を親身になって聴いてあげる優しい部分があると思う』

夢前亜里沙『それも追及すると結局は自分のためというか、心のどこかで優越感に浸ってる部分があって、最低だなって感じてしまうのよ』

如月瑠衣『でも悪く悪く捉えすぎという感じがする。一度、堀坂先輩に相談してみるといいと思う』

夢前亜里沙『堀坂先輩に相談したいけど、裏クラブの密会の時しか話せないからなあ』

如月瑠衣『堀坂先輩に電話すればいいと思う』

夢前亜里沙『いきなり電話して怒られないかな?』

如月瑠衣『大丈夫だと思う。堀坂先輩はそんなことで怒るような人じゃないわ』

夢前亜里沙『わかった。ちょっとドキドキするけど電話してみる』


夢前亜里沙は部屋の時計を確認すると午後9時を過ぎていた。この時間だとまだ堀坂向汰は起きているはずだが、如月瑠衣から大丈夫と言われたものの、このような相談をして何を言われるかわからず、少し恐怖心を抱きながら電話をかけてみた。2回コールですぐに電話が繋がると堀坂向汰は「もしもし夢前さん、どうかしたの?」と言った。夢前亜里沙は勇気を出して自分が直面して悩んでいることを話した。すると堀坂向汰は「あはは、そうかそうか。一ヵ月ほどでその壁までたどり着いたんだね」と笑いながら言った。


夢前亜里沙「あの、その壁までということは堀坂先輩も同じように悩んだ時期があったのですか?」

堀坂向汰「もちろん。交流分析はその壁を乗り越えてこそ次のステップに進めることができるんだよ」

夢前亜里沙「堀坂先輩は、わたしにその壁を乗り越えることができると思いますか?」

堀坂向汰「できるできないじゃなくて、もう知ってしまったからには乗り越えるしか選択肢はないよ。ただ、乗り越えるための支援はするよ」

夢前亜里沙「支援ですか?」

堀坂向汰「人間なんて追及すれば誰もが最低だし孤独でもあるんだよ。そのことを頭だけではなく感覚でも理解することかな。その上でヒントを出すけど、長所と短所は紙一重だということを考えながら、自己分析で夢前さんが見いだした自分の短所を全て長所にも変えて表現してみる。つまり、否定語を肯定語に変えていくってことだけど、例えば『わがまま』という短所を長所に変えると『自分に正直で意思が強い』とも言える。自己分析もそうだけど、人を見抜く時には長所と短所の両方を一緒に捉えないといけないんだよ」

夢前亜里沙「なるほど!わたし、自分のことをノートに書き出して一つずつ肯定語や長所に変えてみます」

堀坂向汰「それでいいと思う。少しは元気が出たみたいでよかったよ。まあがんばってね!」

夢前亜里沙「堀坂先輩に相談して本当によかったです。ありがとうございます」


電話を切った後、夢前亜里沙は新しいノートを出して、早速自分の特徴をずらずらと書き出しはじめた。


週が明けた月曜日の朝、1年3組の男子生徒達の中である噂が流れていた。それは先週の土曜日の夕方、学園前駅から3駅ほど離れた市街地の一角にあるラブホテルから1年4組の木瀬玖瑠美という女子生徒が3年生だと思われる男子生徒と腕を組みながら一緒に出てきたのを目撃したということであった。それを目撃したのは1年3組の男子生徒2名と1年4組の男子生徒1名の合わせて3名で、市街地の音楽スタジオでバンド練習をした後、繁華街をブラブラと駅のほうへ歩いていると高校生らしい男女がラブホテルから出てきたという。そして1年4組の男子生徒がその女子の横顔を見た瞬間「あれ、俺と同じクラスの木瀬玖瑠美だよ」と言って驚いていた。それを聞いた3組の男子生徒が月曜日の朝に1年4組の教室に行って木瀬玖瑠美の顔を確認したところ「たしかにラブホテルから出てきた女子に間違いない」ということになり、他の男子生徒達にその目撃情報を流したのだ。一緒にラブホテルから出てきた男子の横顔は木瀬玖瑠美と思われる女子の頭に隠れていてよく見えなかったが、目や髪型から「たしか3年生で見たことがある男子生徒」という曖昧な情報が流れていった。それからその目撃情報は噂となって、昼休みになるとたちまち1年3組の女子生徒達に流れると、今度は1年4組の生徒達の間に広まっていった。もちろん1年4組の夢前亜里沙もその噂話を耳にしたが、その時は全く興味を持たなかった。ところがそういった噂話というものは恐ろしいことにネズミ算式に広まっていく傾向があるようで、次の日の放課後には1年生の生徒達に広がっていたのだ。如月瑠衣や牧瀬悠人もその噂を耳にしたが、所詮は真実味のない情報なのであまり興味を示さなかった。ところが、この噂話がキッカケとなって裏クラブが活動することとなってしまう。


水曜日の昼休み、琴宮梓颯と如月瑠衣は生徒会室で来期の書記を誰に担当してもらうか話し合っていた。現在の書記は2年生の倉田尚哉だが、受験勉強に専念するため3月末で退任することになったのだ。この学園の生徒会書記担当者は生徒会費や部費の会計もしなければならない。2月末から学園の掲示板に生徒会書記担当者募集の張り紙はしているものの、まだ応募してくる生徒はいない。4月になると新しく1年生が入学してくるので期待はできそうだが、書記がいない期間があると生徒会の活動ができなくなるのだ。そういうこともあるので、せめて正式な書記担当者が決まるまでの間、代理で書記を担当してもらう候補者について話し合っていた。


如月瑠衣「1年6組の羽島美佳さんはいかがでしょう?」

琴宮梓颯「たしか去年の夏から不登校になった古賀智美さんの依頼をしてきた女子生徒だったかしら?」

如月瑠衣「おっしゃる通りです。あの不登校問題があった時に1年6組の成績表を確認したところ、数学の成績が良かった記憶がありますの。それに依頼文章もしっかりしていたと思います」

琴宮梓颯「わたしはよく覚えてないんだけど、そういうことならその羽島美佳さんに一度お願いしてもらってもいいかしら?」

如月瑠衣「では、わたくしが一度お願いしてみますわ」


そういう話になって落ち着いたところで2人は昼食をとりはじめると、琴宮梓颯は「そういえば、今週はまだ影郎アカウントの確認していなかったわ」と言ってノートパソコンを起動して影郎アカウントにログインした。すると昨夜の22時24分にダイレクトメッセージが届いていた。そのダイレクトメッセージを開いて文章を読んだ琴宮梓颯は「如月さん、影郎アカウントに依頼がきたんだけど、ちょっとここにきて読んでもらえる?」と声をかけた。如月瑠衣は「新しい依頼ですか?」と言って琴宮梓颯の席へ歩いていき、ノートパソコンの画面を見た。


琴宮梓颯「如月さん、この依頼文章について何か知ってることある?」

如月瑠衣「この噂話については昨日知りましたが、あまり興味がありませんでしたので詳しいことは知りませんの」

琴宮梓颯「どうやら1年生の間では噂が広まっているみたいね。噂の真相はわからないけど裏クラブのメンバーに集合かけたほうがよさそうね」

如月瑠衣「正式な依頼のようですから、集まっていただいたほうがいいと思いますわ」


琴宮梓颯は早速、裏クラブのメンバー全員に『新しい依頼が届いたので、今日の放課後、生徒会室に集合』という内容のメールを一斉に送った。


放課後になって生徒会室には裏クラブのメンバー全員が集まっていた。新メンバーとなった夢前亜里沙にとって初めての活動になるので少し緊張していたが、どのような依頼内容で裏クラブのメンバー達がどのように調査していくのか興味深いことでもあった。


堀坂向汰「夢前さん、その表情からするとどうやら壁を乗り越えられたみたいだね」

夢前亜里沙「あれからずっとノートに書いた自分の短所を長所に変えていったのですが、そうしているうちに堀坂先輩が言ってくださったことの意味に気づきました。おかげ様で頭の中がスッキリしました」

堀坂向汰「まあ次は知らなかったほうがよかったと思うことに気づいて、また壁にぶつかると思うんだけど、今度は自分の力で乗り越えられると思うよ」

夢前亜里沙「実は、いくつか知らなかったほうがよかったと思っていることはあったりするのですが、次こそは自分の力で乗り越えてみせます!」


ノートパソコンにプロジェクターを接続して準備ができた如月瑠衣は「そろそろよろしいでしょうか?」というと他のメンバー全員は「いいよ」と答えた。如月瑠衣は部屋の明かりを消すと生徒会室の大きな壁に影郎に届いたダイレクトメッセージを映し出した。今回届いたメッセージとは次のような内容であった。


影郎さんへ

はじめまして、私は1年4組の木瀬玖瑠美といいます。

影郎さんに依頼すると、どのような事でも解決していただけるという噂話を思い出しまして、

半信半疑ではありましたがメッセージを送らせていただきました。


先週の土曜日、わたしが男子生徒と腕を組みながらラブホテルから出てきたという噂が、

週明けくらいから1年生の間で広まっているようなのです。

影郎さんを信じて打ち明けますが、その噂は真実です。

先週の土曜日、わたしは3年生の上杉陽翔という先輩と一緒にラブホテルに入りました。

しかし、それは事情があってやむを得なかったことだったのです。

その事情について誰かに話したということが上杉先輩にバレてしまうと

何をされるかわかりませんので、申し訳ありませんが詳しいことは話せません。

ただ、わたしは上杉先輩に脅されているとだけ伝えておきます。


わたしと上杉先輩はお付き合いしているわけではありませんので、

他の生徒に何を聞かれても否定しています。

しかしこれ以上噂が広まってしまうと、そのうち先生に呼び出される可能性もありますし、

他の生徒達からは変な目で見られ続けられることになるでしょう。

そのようなことを考えてしまい、もう精神的に耐えらない状態になっています。


影郎さんのお力で何とか今回の噂が広がるのを止めていただけないでしょうか?

よろしくお願い致します。


如月瑠衣は「これは昨夜に届いたメッセージですの」と言うと生徒会室内の明かりをつけてプロジェクターの電源を切った。牧瀬悠人は「どうにも怪しい依頼ですね」と呟いた。ソファーに座ってスナック菓子をボリボリと食べながら堀坂向汰は「ん-」と呟いた。そこに夢前亜里沙が「わたし、初めてなのでよくわかりませんが、本当に困っているような文章には感じられませんでした」と言った。


如月瑠衣「わたくしにもよくわかりませんがありますの。そもそも未成年がラブホテルに入れるのでしょうか?」

堀坂向汰「それはラブホテルにもよるんだけど、入ってくる客をいちいちチェックしていないところも多いんだよ」

如月瑠衣「堀坂先輩、どうしてそのようなことを知っておられますの?」

牧瀬悠人「如月さん、それは高校生や中学生なんかもラブホテルに入ってることが多いからだよ」

琴宮梓颯「わたしも中学3年生の頃、女子3人だけで入ったことがあるわ。突然の雨でびしょ濡れになったから、シャワーを使いたかっただけなんだけどね」

堀坂向汰「それより今回の依頼だけど、具体的に何をしてほしいのかよくわからないんだよ」

如月瑠衣「噂が広がるのを止めてほしいということじゃありませんの?」

牧瀬悠人「如月さんは噂を止めることなんて可能だと思う?」

如月瑠衣「それはこの木瀬さんが否定し続ければいずれ自然に止まりませんの?」

堀坂向汰「人の噂も七十五日というから、如月さんの言う通り自然に止まるはずなんだよ。それなのに、わざわざ真実を打ち明けて、その上で噂が広がるのを止めてほしいというのがよくわからないのが不可解な点のまず1つ。そして夢前さんに答えてもらおうと思うんだけど、さっき本当に困っているように感じられなかったって言ってたけど、どの点でそう感じたの?」

夢前亜里沙「えっと、上杉先輩に対する恐怖心があるようなニュアンスを含ませているわりには困っているように感じられず、最後に今回の噂が広がって精神的に耐えられないと言ってるところですね。本当に困っていることを具体的に強調していないのでそう感じました」

堀坂向汰「ねっ!梓颯と牧瀬君、夢前さんの感じた捉え方をすれば別の視点で物事が見れて面白いでしょ?」

琴宮梓颯「たしかに今までの裏クラブには無かった捉え方ね。新鮮な感じがするわ」

牧瀬悠人「僕も新鮮に感じて面白いと思いました。夢前さんのような捉え方をすると推理の幅が広がりますね!」

堀坂向汰「夢前さんの言う通り、本当に困っているようには思えないのが不可解な点のもう1つ。どうにも今回の依頼は何か別の意図があるように思えてならないんだよ」

白石由希「横からごめんなさい。この上杉陽翔君とは2年生の時、同じクラスだったんだよ。学園祭準備担当グループで一緒になった時、上杉君とは何度か話したことはあるんだけど、かなり内気で気の弱い草食系のような印象だったんだよ。だから上杉君に脅されてるってことにびっくりしちゃった。人は見かけによらないからわからないけど、あの上杉君が女の子とラブホテルに行ったり脅してるなんて信じられない」

堀坂向汰「白石先輩、それは貴重な情報ですよ!とにかく、今回の依頼文章を鵜呑みにしてはいけないってことになります」

琴宮梓颯「それで向汰君、今回の依頼をどうすればいいと思うの?」

堀坂向汰「ここまで広がっている噂を今すぐ止めるなんて不可能だからどうすることもできないよ」

琴宮梓颯「それなら今回の依頼は受けられないと返事をだしたほうがいいかしら?」

堀坂向汰「いや、返事を出すのは謎をちゃんと解き明かした後だよ。今回の依頼は奥深いものがあるような気がして非常に興味深いからね」

牧瀬悠人「堀坂先輩のおっしゃる通りだと僕も思います。特に依頼者である木瀬玖瑠美さんは何か重大なことを隠している気がします」

堀坂向汰「まず1年4組で同じクラスの夢前さんはこの木瀬玖瑠美と話したことはある?」

夢前亜里沙「全くありません。木瀬さんはクラス内であまり人と話さないタイプで、お昼は別のクラスの子と一緒にいるみたいです」

堀坂向汰「じゃあ、夢前さんは噂話を口実にして木瀬玖瑠美に話しかけて探ってほしい。特にどういう人間なのかを観察しつつ、噂についてどう思っているのか聞き出してほしい」

夢前亜里沙「わかりました。初の調査活動なのでがんばってみます!」

堀坂向汰「それと梓颯は木瀬玖瑠美と上杉陽翔の情報を洗い出してほしい。特に木瀬玖瑠美の出身中学校や経歴も含めてね」

琴宮梓颯「わかったわ。学園のSNSアカウントなんかも調べてみるわね」

堀坂向汰「白石先輩は上杉陽翔に話しかけて交友関係を聞き出してもらえますか?」

白石由希「りょーかいっ!うまく聞き出してみるね」

堀坂向汰「牧瀬君はまず噂の出所からあたってもらって、一体どこのラブホテルなのかを調査してほしい」

牧瀬悠人「わかりました、噂の出所は簡単に割り出せそうです」

堀坂向汰「そしてどこのラブホテルかわかったら、如月さんと2人でそのラブホテルに行ってもらえる?」

如月瑠衣「わたくし、そんなラブホテルのようないかがわしい場所に男子生徒と2人でなんてとても入れませんわ」

牧瀬悠人「さすがに僕も如月さんと2人で入るのは少し恥ずかしいです」

堀坂向汰「別に部屋に入れとまでは言ってないよ。そのラブホテルのシステムを調べてきてほしいだけだよ。誰かに見れても大丈夫なように変装していけばいい」

牧瀬悠人「あーなるほど、ラブホテルのシステムですね。それだと如月さんを連れて行かないといけません」

如月瑠衣「あの、ラブホテルのシステムとはどういうことですの?」

牧瀬悠人「どのようにして部屋に入るのか、カメラは設置されているか、管理者はどこにいるのかなどの調査とフロントの隠し撮りだよ。それと男女ペアで入らないと怪しまれるしね」

如月瑠衣「なるほど。そういうことでしたら最近作ったメガネ型カメラを使いますわ」

堀坂向汰「如月さん、そんなカメラを作るなんてもう探偵だね」

如月瑠衣「知り合いが設計図を公開していましたので、ただの趣味で作っただけですわ」

堀坂向汰「如月さんはその前にもう一つお願いしたいのが、梓颯に木瀬玖瑠美のメールアドレスを聞いてリムチャットをしているかの確認としていれば多重ログインして情報調査をお願いしたい」

如月瑠衣「わかりました。今晩にでも調査しておきます」

堀坂向汰「じゃあ各自よろしくお願いするね。とにかく調査しないとこれ以上は先に進めないから」

夢前亜里沙「それにしてもあの文章だけでそこまで推理できるなんて驚きました」


夢前亜里沙は裏クラブのメンバー達の完璧な連携についても、まるで警察か映画でみるようなスパイの秘密組織のように感じて驚いていた。さて、今回の依頼についてどこまでの情報を得ることができるのであろうか。



■ それぞれの調査活動と情報収集


その日の夜、如月瑠衣はパジャマ姿でパソコンデスクの椅子に座りながらリムチャットの多重ログインができる海外サイトへアクセスした。琴宮梓颯から聞いたメールアドレスで多重ログインを試みたところ『パスワードが違います』とエラーメッセージが表示された。このサイトではメールアドレスが登録されていなければ『そのメールアドレスは登録されていません』とのエラーメッセージが表示されるのでメールアドレス自体は登録されているということがわかった。そして前回同様にブルートフォース方式のツールを使ってパスワードクラックをしてみると、今回も簡単に多重ログインに成功した。如月瑠衣は早速中身を確認したところ、登録者数は105名とかなり多く、そのほとんどが男性であった。とりあえず上杉陽翔が登録されているか確認していくと「上杉先輩」という登録者を発見した。その登録者とのメッセージ履歴を確認してみると、ほとんど会話というより次のような連絡事項のやり取りだけがされていた。


木瀬玖瑠美『明日15時、いつもの場所で待ってます』

上杉先輩『了解』

木瀬玖瑠美『到着』

上杉先輩『電車遅れ。少し待ってて』

木瀬玖瑠美『わかりました』


このようなやり取りだけで待ち合わせ連絡をしていることはわかったが具体的なことがわからなかった。他のメッセージ履歴を確認しても、同じような連絡事項のやり取りがされているだけで、具体的なことは全くわからなかった。これでは決定的な証拠にはならないのだが、念のためメッセージ履歴をパソコンにダウンロードしてUSBメモリに保存しておいた


次の日の朝、牧瀬悠人は登校してすぐに1年3組の教室に行った。今回の噂は1年3組から広まっていったことは誰もが知っていたからである。噂の出所を掴むには”誰から得た情報なのか”を聞きていきながら糸を手繰るようにすれば、いずれ根源に辿り着けるので簡単であった。5人ほどの生徒に聞いてみたところ、木瀬玖瑠美を目撃したという男子生徒2名に辿り着いた。牧瀬悠人はその男子生徒2名に目撃した場所とラブホテルの情報について聞き出した。ラブホテルの名称はわからなかったが、建物の色や形などの詳しい情報を得ることができた。早速、牧瀬悠人はスマホの地図アプリを起動させて目撃現場付近のストリート写真でラブホテルを調べてみた。すると目撃現場から15mほど離れた場所に建物の情報と一致するラブホテルがあった。ちょうど音楽スタジオから駅へ向かう道の途中にある「ホテルシャルロ」という薄いピンク色をした5階建てのラブホテルだと判明した。牧瀬悠人は早速『ホテルがわかったので、本日の夜に調査へ行こう。変装は幼く設定して18時に新畑駅北口集合』と如月瑠衣にメールを送った。牧瀬悠人が本日の夜に調査へ行くことにしたのは、今回の依頼は短時間勝負になっているからである。つまり、3年生の卒業式までには謎を解き明かしてしまわないと調査が難航してしまうのだ。もちろんそのことは堀坂向汰もわかっていたので、明日、金曜日の放課後には調査報告が聞きたかったのだ。


一方、1年4組の教室では夢前亜里沙が自分の席に座って木瀬玖瑠美が登校してくるのを待っていた。午前8時を過ぎた頃に教室のドアから木瀬玖瑠美が一人黙って入ってきて椅子に座ると俯いた。すぐに夢前亜里沙が木瀬玖瑠美の席へ歩いていき「木瀬さん、ちょっといい?」と話しかけた。木瀬玖瑠美は顔をあげて「夢前さん?何?」と問いかけた。木瀬玖瑠美は黒髪で少し長めのポニーテルに前髪はクセを活かしてセンターで分けて少しウェーブをきかせ、少しタレ気味の目に鼻筋が通って小さい唇の逆三角形の顔立ち、身長は155cmほどでスリムな体型をしている。


夢前亜里沙「ちょっと木瀬さんの噂話が気になって・・・今も元気なさそうで何か悩んでいそうだから話しかけたの」

木瀬玖瑠美「気にかけてくれてありがとう。その噂はデマだから信じないでほしい」

夢前亜里沙「そうなんだ。デマでもこれだけ噂が広まって木瀬さんも迷惑してない?」

木瀬玖瑠美「正直、迷惑してるかも。わたし、本当にラブホテルなんて行ってないから信じてほしい」

夢前亜里沙「やっぱり迷惑してるよね。他の人に疑われたりしてしていない?」

木瀬玖瑠美「疑われているのかな!?クラスの女の子達から噂は本当のことか聞かれて、デマだから信じてほしいって答えたの。でも信じてくれてるかどうかわからない」

夢前亜里沙「どうして信じてくれているのかどうかわからないと感じたの?」

木瀬玖瑠美「みんな『そっか』とだけ言ってたけど、どうにも信じている目をしているように思えなかったの」

夢前亜里沙「木瀬さんはみんなの目を見てそう感じたんだ。さっき迷惑してるかもって言ってたけど、具体的にはどう思ってるの?」

木瀬玖瑠美「うーん・・・なんだかみんなに監視されているような感じがして、行動を制限されてしまっているというか・・・こんな噂が広がると休日も気軽に外出できないから迷惑なのかも」

夢前亜里沙「休日も気軽に外出できないのは大変よね。精神的にもすごく辛そうに見えるけど大丈夫?」

木瀬玖瑠美「本当はすごく辛くてたまらないの。夢前さん、これ以上はわたし・・・ごめんなさい」

夢前亜里沙「こちらこそ辛いことを想像させたみたいでごめんなさい」

木瀬玖瑠美「ううん。ありがとう・・・夢前さんだけでもいい、わたしのこと信じてほしいの・・・」


木瀬玖瑠美は涙を流しながらそう言って俯いてしまった。しかし、夢前亜里沙にはこの涙は嘘であると見抜いた。これだけの会話の中だったが、実は巧妙な心理トリックを仕掛けられていたのだ。まず、夢前亜里沙は木瀬玖瑠美のwant(一番に求めていること)が何であるのかを意識しながら話を聴いていたのだ。もちろん、影郎アカウントに届いた依頼文章を読んでいたので『デマだから信じないでほしい』という発言は嘘なのは明白である。その上で木瀬玖瑠美は何度も『信じてほしい』という発言を繰り返していたことから、木瀬玖瑠美のwantは”真実を否定していることを周りに信じさせたい”ことである。その割にはときどき目をそらしている。そして最初に夢前亜里沙が『迷惑していない?』という質問である。実はこの迷惑という単語を使ったのは狙いは”別の意味で迷惑していないか?”という意図を聞き出すためであったのだ。その質問に対して木瀬玖瑠美をまとめると『行動が制限されて迷惑している』と捉えることができる。そして最後に夢前亜里沙は『精神的にもすごく辛そうに見えるけど大丈夫?』という質問は感情を揺さぶってみると、どのような反応をするか確認するためのものであった。そして木瀬玖瑠美は涙を流したわけだが、それまでの会話で全く辛そうな表情をしていなかったのだ。この会話は最初から涙を流すまでの全てが夢前亜里沙の筋書だったのだ。


そして3年2組の教室では白石由希が上杉陽翔に話しかけていた。上杉陽翔はセンターより少し右側で分けたサラサラの黒短髪でおでこが少し出ており、眉毛は太くキリっとしたつり目に鼻筋が通っている小顔で、身長は170cm程度でひょろっとした細身の体型である。全体的に整った顔立ちであるが、表情は自信なさげで根暗な印象から誰から見てもひ弱な草食系に見える。


白石由希「上杉君、たしか国立大に合格したんだっけ?すごいね!」

上杉陽翔「僕、本当は自信がなかったんだけど運が良かっただけだと思う」

白石由希「そうやって自分にネガティブなところは2年生の時から変わってないね。上杉君は顔は悪くないんだからもっと自信を持てば女の子にモテると思うけどなあ。女の子には興味がないの?」

上杉陽翔「興味がないわけじゃないけど、僕は女の子をひっぱっていけるような人間じゃないから・・・」

白石由希「そんなことないと思うけどなあ。もう卒業だけど、好きな人とか気になる人はいないの?」

上杉陽翔「気になる女の子はいるけど、僕には興味なさそうだし相手にしてくれそうにないから諦めようって思ってる」

白石由希「いるにはいるんだ。それってこの学園の女の子?」

上杉陽翔「うん。でも僕は卒業していなくなるから諦めるのにちょうどいいって思ってる」

白石由希「えっ!?上杉君の気になる女の子ってまさか年下なの?」

上杉陽翔「白石さん、どうして年下だってわかったの?」

白石由希「だって『僕は卒業していなくなるから』ってことは、その女の子はまだ卒業しないってことじゃないかなって思ったんだけど違う?」

上杉陽翔「たしかに・・・白石さん鋭いんだね。僕はそんな年下の女の子にも相手にされないんだよ」

白石由希「そんな年下って・・・まさかその女の子は1年生なの?」

上杉陽翔「また気づかれるような発言をしてしまった。だから僕はダメなんだ」

白石由希「上杉君、またそうやってネガティブに考えるのはよくないよ。純粋で素直だなあってわたしは思うよ」

上杉陽翔「僕は小学生の頃からずっとネガティブ思考で、それが今は癖になってしまっているんだよ」


その時、チャイムが鳴ったので白石由希は「じゃあそろそろ教室に戻るね。その女の子のことだったらいつでも相談に乗るからね!」と言って自分の教室へ戻っていった。白石由希がこの会話をして受けた印象は、上杉陽翔は木瀬玖瑠美に好意を抱いていること、そしてとても女の子を脅せるようなタイプではないということであった。また裏クラブでの活動を続けていたこともあって、白石由希の洞察力が上がっていたのだ。


昼休みになると琴宮梓颯は木瀬玖瑠美の同じ金光第一中学校出身である2年1組の酒井真奈美から話を聞いていた。酒井真奈美は木瀬玖瑠美のことをあまり知らないとのことであったが、どこかの劇団に入っていて何度かエキストラでテレビに出演していたという話を耳にしたことがあるとのことであった。その情報を得た琴宮梓颯は金光第一中学校出身の1年生がいないか調べてみると、1年2組の森ひかるという女子生徒を発見した。早速、琴宮梓颯はその女子性と同じクラスである如月瑠衣に『森ひかるさんから木瀬玖瑠美さんの経歴について聞き込み調査をしてほしい』とメールを送った。そのメールを確認した如月瑠衣は森ひかるに詳しいことを聞いてみると木瀬玖瑠美は”劇団さくら”に入っていたが、中学の卒業と同時に劇団を辞めたとの情報を得ることができた。


授業が終わってすぐ牧瀬悠人と如月瑠衣は急いで帰宅して、それぞれ一旦自宅に戻って変装準備をすると待ち合わせ場所である新畑駅北口へと向かっていった。牧瀬悠人は、センター分けで前髪を垂らして目元がよく見えないようにして、ベージュジャケットにジーンズを履いて現れた。如月瑠衣はツインテールにして隠しカメラが搭載されたメガネをかけ、マスクをしながら春用のコートを着て現れた。2人とも誰が見ても未成年にしか見えない変装であったが、幼い設定で変装したのはラブホテルに入って管理人に注意されるかどうか確認する意図があったからである。駅北口で合流した時、牧瀬悠人は近づくまで如月瑠衣だと気づかなかったと言った。そして2人は電車に乗って市街地に出ると繁華街の一角まで腕を組みながら歩いていき、目的のラブホテルへ入った。ホテルのロビーで2人は離れて、牧瀬悠人は天井を見回しながら監視カメラを探していた。如月瑠衣はコートのポケットに右手を入れてメガネ型カメラのリモコンのシャッターボタンを押していた。ロビーには各部屋の写真と空室状況が確認できる大きなメニューパネルがあり四角いボタンが消えているところは使用中で、赤く光っていると空室のようだ。牧瀬悠人はニューパネルの天上右側に監視カメラが設置しているのを発見して如月瑠衣に目で合図して教えた。如月瑠衣はその監視カメラのほうを見ながら、ポケットのリモコンのズームボタンを押してシャッターボタンを押した。それから2人とも5分ほどロビーにいたが、ホテルの管理人が出てくる様子はなかった。牧瀬悠人は小声で「如月さん、ホテル管理者に話を聞いてみようか」と言うと如月瑠衣は「うん」と答えた。ロビーの奥に鉄製の白いドアがあり、そのドアには「ご用のお客様は部屋内からフロントへコールして下さい」という張り紙が貼ってあった。そんな張り紙を無視するかのように牧瀬悠人はドアをノックした。すると「どなたかな?」という男性の声がしてドアが開いた。そのドアから出てきたのは70歳前後と思われる老人であった。如月瑠衣は老人の顔も隠し撮りをしておいた。


牧瀬悠人「突然で申し訳ありませんが、少しお尋ねしたいことがありまして」

管理人「なんじゃ?」

牧瀬悠人「おじいさんが、このホテルの管理人でしょうか?」

管理人「いかにもそうじゃが、わしはここに住み込みをしてるただのパートじゃ」

牧瀬悠人「最近、休日に高校生らしい女の子が頻繁に出入りしていないでしょうか?」

管理人「さあ・・・客の顔なんていちいち覚えておらんからのお」

牧瀬悠人「入口の自動ドアが開くとチャイムが鳴るみたいですが、監視カメラの映像は確認されているのでしょうか?」

管理人「もちろんじゃとも。それがわしの仕事だからの。しかし、客の顔はハッキリ見えないだがの」

牧瀬悠人「わかりました。ありがとうございました」


管理人から話を聞くと2人はすぐにラブホテルを出て行った。その後、2人は市街地にあるファミリーレストランに入って夕食をとった後に帰宅した。その夜、シャワーを浴びてパジャマ姿になった如月瑠衣はラブホテルのロビーで撮影した監視カメラの特徴からメーカーや型番を調べていた。すると、業務用の広角レンズが搭載された監視カメラであることがわかった。その監視カメラのレンズや機能、そして設置されいた位置を想定してどのような映り方をするのかシミュレーションしてみた。その結果、とても客の顔や特徴まで捉えることができないことが判明した。



■ 調査報告による謎の発見


金曜日の放課後、生徒会室には裏クラブのメンバーが集まって、それぞれが調査報告を発表していた。如月瑠衣はリムチャットのメッセージ履歴の一部とラブホテルのロビーで撮影した数枚の写真をプロジェクターを使って室内の壁に映し出して報告した。それぞれの調査報告を聞いた堀坂向汰はソファーに座って考え込むような表情をしながら「うーん・・・」と呟いた。牧瀬悠人も難しい表情をしながら「謎が出てきましたね」と呟いた。そして堀坂向汰が「梓颯、木瀬玖瑠美の自宅付近の地図をプリントアウトしてほしい」と言うと琴宮梓颯は「わかったわ」と答えた。


堀坂向汰「ところで夢前さんはどうして木瀬玖瑠美の涙は嘘だと確信できたの?」

夢前亜里沙「木瀬さんは最初に体を震わせ、手を顔に当てた後に涙を流しました。普通、涙を流してから体が震えてくるので順番が逆な点であったことが1つ、それと口角が少し上がっていてかすかに「笑い」が生じているように感じ取れたからです。まるで準備をしてから涙を流した。そして相手が騙されている喜びの感情を表情では隠しきれなかったと捉えることができます」

堀坂向汰「詳しい説明ありがとう!それだと嘘の涙で間違いないと思う。梓颯の劇団に入っていたという経歴情報からしても涙を流す演技くらいできそうだしね」

琴宮梓颯「夢前さんの調査報告を聞くと今回の噂が広まっていることは木瀬玖瑠美さんにとって何か都合が悪いように思えるわね」

堀坂向汰「梓颯の言う通りで都合が悪いんだよ。それに白石先輩の調査報告から上杉陽翔はとても女の子を脅せるようなタイプではないことも明らかになったから、ある推理を立てることはできたんだけど証拠がないから確証ができない。それにまだ解けていない謎もあるんだよね」

琴宮梓颯「まだ解けていない謎って?」

堀坂向汰「牧瀬君はどう推理した?おそらく俺と同じだと思うけど・・・」

牧瀬悠人「僕もある推理を立てることはできましたが、堀坂先輩と同じく証拠がありませんので今の段階だと女子のいる前ではちょっと話しにくいです」

堀坂向汰「やはり俺と同じでそう推理してしまうよね・・・まずは証拠集めの前に謎を解き明かさないといけないか」

琴宮梓颯「またそうやって2人で話をして!みんなにもわかるように説明してよ」

牧瀬悠人「簡単に言えば援助交際です。しかし、上杉陽翔さんとの関係について謎が残ってしまいます」

白石由希「あの上杉君が援助交際なんてできるとはとても思えないよ」

堀坂向汰「白石先輩が言う通りなんだけど、如月さんがさっき見せてくれたリムチャットのメッセージ履歴では『いつもの場所』と待ち合わせしてるみたいだから、その前に何度か2人は会ってることになる。上杉陽翔は何かに利用されただけで、もう利用価値がなくなったんだと思う。その利用目的が謎の1つなんだよ」

琴宮梓颯「謎はまだあるの?」

牧瀬悠人「依頼文章で『上杉先輩に脅されている』と書かれていましたが、それをわざわざ伝えてきた意味と目的がもう1つの謎です。上杉陽翔さんのことを調べればすぐわかるようなことですからね」

琴宮梓颯「たしかにそれは謎よね」

堀坂向汰「まずは上杉陽翔に全てを自白してもらうしかないね。あとは木瀬玖瑠美を泳がせたいから噂を止めようか」

琴宮梓颯「向汰君、噂を止めるのは不可能って言ってたわよね?何か思いついたの?」

堀坂向汰「ああ、しかも一発で止める方法がね。その前に白石先輩、上杉陽翔の連絡先を知っていますか?」

白石由希「学園祭の時の連絡名簿を見ればわかるけど、1年以上前のものだから電話番号やメールアドレスが変わっていなければだけどね」

堀坂向汰「それでは、今夜にでも電話をして明日の昼に上杉陽翔とデートしていただけますか?」

白石由希「わたしが上杉君とデートするの?」

堀坂向汰「明日のテツマンは夜からですよね?デートといっても近くのファミレスで食事とお茶をするだけで構いません。その時にうまく今回の噂のことを話題にして、木瀬玖瑠美と何があったのか全てを聞き出してください。ただし市街地に来るのは避けるようお願いします」

白石由希「どこまで聞き出せるかわからないけどやってみるね。それにしてもどうして明日の夜にテツマンすることがわかったの?」

堀坂向汰「白石先輩もピュアな部分がありますからね。今日の表情を見ているとまるで遠足を楽しみにしている子どものようですよ。そんな表情になる理由を考えれば一目瞭然です」

白石由希「あーまた堀坂君に見抜かれちゃったよーなんだか悔しい」

堀坂向汰「あと梓颯は今すぐ影郎アカウントから木瀬玖瑠美にダイレクトメッセージを送ってほしい。そのメッセージなんだけど『噂を止めてみせるので、今夜21時に目撃された時に着ていた服装上下を持って、自宅近くにある池上公園の女子トイレ一番手前に影郎と書かれた袋の中に入れてすぐに立ち去れ』という指示を入れた内容にしてほしい」

琴宮梓颯「メッセージの内容はわかったからすぐに送信するわ。でも、その服装で何するつもりなの?」

堀坂向汰「如月さん、今夜20時に大きめの透明ビニール袋に影郎とマジックで書いて女子トイレ手前にそれを置いてほしい。その後、どこかに身を隠しながら木瀬玖瑠美が服装を入れて立ち去った後すぐに回収してほしい。絶対にバレないよう注意してね」

如月瑠衣「わかりましたわ。琴宮会長と同じ質問ですが回収した服装をどうするおつもりですの?」

堀坂向汰「如月さんの背丈や体型は木瀬玖瑠美とほぼ同じなんだけど肌の色と髪型が違う。そこで如月さんには明日の朝からずっと髪にカールを巻いていてほしい。そうすれば昼過ぎにはすっかりウェーブのかかった髪になっているはず。そのまま状態を維持しながら回収した服一式もって15時頃に夢前さんと2人で市街地のデパートへ行く。夢前さんにはあらかじめ木瀬玖瑠美の肌と同じような色のファンデーションを用意してもらって、デパートの化粧室で如月さんをメイクしてほしい。髪型はもちろんのこと、できるだけ木瀬玖瑠美と同じようにメイクしてほしいんだけど、顔立ちに関しては全く別人のままで如月さんだともわからないようにお願いしたい」

夢前亜里沙「わたし、ヘアスタイルはなんとかできますが、メイクなんてしたことないので上手くできるかわかりません」

堀坂向汰「髪型だけで十分。メイクもファンデーションを使えば肌の色を合わせて鼻の形を少し変える程度のことはできるから適当でいいよ」

夢前亜里沙「そのくらいならやってみます!」

堀坂向汰「それから如月さんにはもう一度ホテルシャルロに行ってもらって俺と落ち合う。そして牧瀬君には俺と如月さんが腕を組みながらホテルを出た瞬間の写真撮影をしてもらう。少しズーム気味の撮影をして遠目では木瀬玖瑠美に見えるけど拡大すると別人であるとわかるくらいの写真がベストかな。ゆっくり歩くので数枚撮影してもらってこれだと思う1枚を選んでくれればいい」

牧瀬悠人「なるほど、堀坂先輩の考えていることがわかりました。バッチリ撮影して、あとは来週開けに僕のほうで噂を止めるようにしておきます」

琴宮梓颯「わたしも向汰君の考えていることがわかったわ。これで噂を止めることができるわね」

如月瑠衣「わたくしにはよくわかりませんが、そのような写真を撮影して何をするおつもりですか?」

夢前亜里沙「如月さん、人の記憶って結構曖昧なもので、その写真を目撃した3人の男子生徒に見せれば服装や髪型が同じだけど、木瀬さんじゃなかったって思い込ませることが狙いなの」

如月瑠衣「なるほど!そういうことなのね」

堀坂向汰「まあ、俺は上杉陽翔の背丈や髪型に近しいからね。あとは夢前さんに回収した服一式を袋に入れて週明けの月曜日早朝に木瀬玖瑠美のロッカーに入れて返しておいてもらえばいい。そういうことでみんなよろしくお願いするよ。来週の月曜日放課後にまた集合ね」


各自の役割分担が決まったところで裏クラブの会議は終了した。琴宮梓颯が影郎アカウントから木瀬玖瑠美に送ったダイレクトメッセージは次のような内容であった。


木瀬玖瑠美さんへ

はじめまして、影郎です。

お待たせしました。

あなたの依頼をお受けいたします。


噂を止めるためには、あなたにも一つ協力していただく必要があります。

まず、上杉陽翔さんとラブホテルに行った時に着用していた服の上下一式を用意してください。

そしてその服一式を持って、今夜21時に自宅近くにある池上公園の女子トイレへ来てください。

一番手前側トイレの中に影郎と書かれた袋を用意しておきますので、

その服一式をその袋に入れてすぐにその場を立ち去って下さい。

あなたにはわからないと思いますが、これは非常に危険なことを行うことになります。

必ず服一式を袋に入れてすぐにその場から立ち去さることが条件ですが、

その条件に従わなかった場合、あなたにとってさらに深刻な状況に悪化します。

なお、その服一式は必ずあなたにお返しすることをお約束しますのでご安心下さい。


週明けになると噂はすぐに消えていくことになるでしょう。

それではよい週末をお過ごしください。

影郎より


もちろん、木瀬玖瑠美は影郎からの返事を今日か明日かとずっと待っていたのですぐにこのメッセージを読んだ。そしてクローゼットの中からベージュ色の春用ロングコートと紺と白のストライプ柄をした長袖ワンピースシャツを取り出して折りたたんで準備した。木瀬玖瑠美は影郎アカウントから届いたメッセージの『非常に危険なことを行う』、『すぐにその場から立ち去ることが条件』という内容に恐怖心を抱いていたいた。夕食をとった後、とても落ち着けず時計ばかりを見ていた。木瀬玖瑠美は”早く終わらせたい”という気持ちがいっぱいになっていた。そして20時55分になると準備した服一式を持ってジャージ姿で家を出た。自宅から指示された池上公園までは歩いて3分くらいの距離なのだが、なぜだか今は遠く感じていた。池上公園に到着した木瀬玖瑠美は辺りを見渡して誰もいないことを確認すると、さっさと女子トイレの中へ入った。そして一番手前のドアを開くと左端に透明の大きなビニール袋が置いてあり、黒の油性マジックで大きく”影郎”と書かれていた。木瀬玖瑠美はその袋の中に持ってきた服一式を入れると、さっさと女子トイレを出て自宅に向かって走っていった。夜という時間帯に1人で誰もいない公園に行くこともだが、本当に影郎と書かれた袋が置いてあったのが恐ろしくてたまらなかったのだ。自宅に戻って自分の部屋に到着した木瀬玖瑠美はまだ恐怖心でいっぱいだったので何も考えらずにいた。

そんな木瀬玖瑠美の行動を公園の外から見ていた如月瑠衣は大きめのカバンを持って歩いていった。そして木陰で暗くなっている公園横の脇道からトイレの裏側にまわって静かに公園の柵を乗り越えた瞬間、すかさず女子トイレに入って服一式が入った袋ごとカバンに入れるとすかさず木瀬玖瑠美の自宅とは反対方向へ走り去った。


その日の夜、白石由希は上杉陽翔に電話をかけて話をしていた。


白石由希「あのね、この前、話が中途半端になってしまったから話の続きを聞かせてほしいんだけどいいかな?」

上杉陽翔「白石さんはどうして僕なんかの話が聞きたいの?」

白石由希「あれから気になっちゃったの。卒業式も近いし、なんだか上杉君って放っておけないタイプなんだよね」

上杉陽翔「僕のこと気にかけてくれてるのは嬉しいけど、別に面白い話じゃないと思うよ」

白石由希「上杉君、明日は何か予定ある?」

上杉陽翔「別に何もないけど・・・」

白石由希「それじゃあ明日、学園前駅の近くのファミレスで一緒に昼食もかねてゆっくり話さない?」

上杉陽翔「いいけど、僕なんかと話したいなんて白石さんって変わってるね」

白石由希「女の子って恋バナに興味をもっちゃうものなんだよ。明日、11時30分に学園前駅北口待ち合わせで大丈夫?」

上杉陽翔「11時30分に学園前駅北口だね。わかった」

白石由希「明日は上杉君と卒業デートだからオシャレしていくね」

上杉陽翔「卒業デートって・・・僕、オシャレとかよくわからないからあまり期待しないでほしい」

白石由希「うふふ、上杉君は何も考えないでいいの。とにかく明日楽しみにしてるね」


そうして白石由希は上杉陽翔をまんまと誘い出すことに成功したのであったが、果たして堀坂向汰の期待通り上杉陽翔は木瀬玖瑠美と何があったのか全て打ち明けるのであろうか。それは白石由希の話術にかかっているといえるのだ。



■ 明かされた真実とかき消された噂


土曜日の11時25分頃、学園前駅北口にはクリーム色のソリッドケーブルニットセーターにピンク色のチェック柄Aラインスカートを履いた白石由希が到着していた。まもなくして水色のデニムシャツの上に紺色の春用ジャケット、ベージュのカジュアルメンズパンツを履いた上杉陽翔が改札口を出て歩いてきた。白石由希は「上杉君こっち!!」と少し大きな声で呼びかけると上杉陽翔は走ってきて「白石さんお待たせ」と言った。白石由希は上杉陽翔の腕を組んで「じゃあ行こうか」と言うと上杉陽翔は「白石さん、ちょっと恥ずかしいよ」と照れながら言った。しかし白石由希は腕を組んだまま「ふふふ、上杉君は本当に奥手なんだね。今日は卒業デートだからいいの」と言った。その後、2人は駅近くのファミリーレストランに入ると店員から4人席に案内された。奥側の席に上杉陽翔、手前の席に白石由希が座るとそれぞれメニュー表から目玉焼きハンバーグセットをドリンクバー付きで注文した。そして2人はドリンクバーで飲み物を取ってくると何気ない話をしていた。白石由希は頭の中で本格的な話は昼食が終わって落ち着いた頃と意識していた。それから10分ほどして注文した料理が運ばれてきた。その後、黙ったまま昼食を終えると、白石由希は立ち上がって「上杉君、コーヒーか紅茶どっちがいい?わたしが入れてきてあげる」と聞くと上杉陽翔は「えっとコーヒーミルクだけでいいよ」と答えた。そしてドリンクバーでコーヒーと紅茶をカップに注いで席に戻った白石由希は「どうぞ」と言ってテーブルに置いた。上杉陽翔がコーヒーを一口飲んだことを確認すると話を切り出した。


白石由希「さて、上杉君が気になっている女の子は1年生なんだよね?」

上杉陽翔「そうだけど、もう連絡もこないからこのまま諦めるつもりだよ」

白石由希「1年生といえば最近噂になっている女の子がいるみたいなの。わたしもよく知らないんだけど木瀬玖瑠美とかいう子のことらしいんだけど・・・」

上杉陽翔「えっ!?それってどういう噂なの?」

白石由希「えっとね、たしか3年生らしい男子生徒と腕を組んでラブホテルから出てきたとか・・・でも噂だから本当のことかわからないんだけどね」

上杉陽翔「そんな噂が広がってるなんて知らなかった。ぼ、僕・・・どうすれば!?」

白石由希「えっ!?どうすればってどういうこと?」

上杉陽翔「あっ、いや、その・・・どう説明すればいいのか・・・」

白石由希「どうして上杉君が動揺してるの?」

上杉陽翔「僕はとんでもないことをしてしまったのかもしれないんだ」

白石由希「まさか上杉君はその木瀬玖瑠美さんのことを何か知っているの?」

上杉陽翔「知ってるも何も実は僕が気になっていた1年生の女の子というのが、その木瀬さんだったりするんだけど・・・」

白石由希「ええーーーっ!?あっごめんなさい、驚いて大きな声だしちゃった。わたし、絶対に誰にも言わないから詳しいこと話してくれない?」

上杉陽翔「白石さん、このことは絶対に誰にも言わないでほしいんだけど、じ、実は・・・」

白石由希「それは約束するし、正直に話してくれれば楽になると思う。それにわたしでよければ相談相手になるから!」


上杉陽翔は木瀬玖瑠美との関係について語りはじめた。まず木瀬玖瑠美と出会ったのは昨年の12月の上旬、15歳以上の高校生でも利用登録可能な『放課後トーク部』というコミュニティサイトだったという。表向きは出会い目的での利用は禁止というサイトだが、実際はほとんどの登録者が出会い目的で利用しているらしいとのことである。同じクラスの男子生徒からそのサイトのことを聞いて勧められた上杉陽翔はあまり興味がなかったものの登録だけはしておいた。登録時のプロフィール写真は簡単に加工できるので顔にモザイクをかけたのだが、プロフィールメッセージには正直すぎるほど自分の学年や学園名までを記載していた。登録して2日ほどすると、そのサイトから登録したメールアドレスに『新しいメッセージが届いています』という通知が届いた。その通知を見た上杉陽翔はサイトのメッセージボックスを確認すると『同じ学園に通う1年生の女子です。是非お友だちになりたいです』という内容だった。その1年生の女子が木瀬玖瑠美であったという。それから何度かメッセージのやり取りを続けていた。そして冬休みに入ってすぐの頃に木瀬玖瑠美のほうから『一度逢ってお話しませんか?』という誘いがあった。上杉陽翔は疑いもせずその誘いに応じた。そして12月の末に市街地の新畑駅前にある噴水前で待ち合わせとなり、はじめて2人は顔を合わせた後に連絡先の交換をした。その待ち合わせ場所こそが『いつもの場所』となった。それからというもの2人の会話が弾んでいくとともに、木瀬玖瑠美は『上杉先輩の彼女になれる人が羨ましい』、『上杉先輩が素敵な人だってわかるのはわたしだけなのかも』などと思わせぶりな発言をするようになった。そういう思わせぶりな発言から、だんだん上杉陽翔は木瀬玖瑠美に好意を抱きはじめた。1月のセンター試験が終わった後、木瀬玖瑠美と何度か外で逢っていた。最初のうちは『勉強を教えてほしいから逢ってほしい』という理由だったが、だんだん『淋しいから逢いたい』との理由になった。そして2中旬頃に『ある男子生徒からしつこく言い寄られて脅されているから相談に乗ってほしい』と木瀬玖瑠美から相談を持ちかけられた。木瀬玖瑠美の話によると1年3組の真鍋菖平という男子生徒に告白されて断ったが、しつこく言い寄られているうちに『お前の秘密をみんなにバラしてやる』と脅されるようになったとのことであった。その話を聞いた上杉陽翔は解決策が見つからず、とにかく涙を流している木瀬玖瑠美にいたわりやねぎらいの言葉をかけることしかできなかった。そして3月初めの土曜日、同じ市街地の噴水前で2人は逢うことになった。その日の3時頃、繁華街を一緒に歩いているとき、突然、木瀬玖瑠美が『ちょっと眩暈がして倒れそうです。あっ!そこのラブホテルで少し休ませてもらってもいいですか?』と言った。上杉陽翔は少し悩んだが、木瀬玖瑠美はかなり辛そうな表情をしていたので『そういうことであればいい』と了承して2人はラブホテルへ入った。ラブホテルの部屋に入ってから1時間30分ほどすると木瀬玖瑠美が『もう大丈夫です。そろそろ出ましょう』と言った。部屋を出てラブホテルのロビーで支払いを終わらせると、木瀬玖瑠美は『ちょっと待ってください。まだフラフラするので腕を組んでもいいですか?』と言って上杉陽翔の腕を組んできた。しばらく2人はロビーで立ったまま外に出なかったが、木瀬玖瑠美が『ごめんなさい。そろそろ出ましょう』と言って外へ出た。それを1年生の3名に目撃されたとのことである。それからというもの木瀬玖瑠美からの連絡が途絶えたという。


白石由希「事情はわかった。わたしを信じてよく正直にそこまで打ち明けてくれたんだね」

上杉陽翔「白石さん、僕は木瀬さんに何もしていないんだ。それだけは信じてほしい」

白石由希「それは信じてるよ。上杉君は女の子に手を出すような人じゃないことくらいわかってるから大丈夫。それよりホテルの部屋で何してたの?」

上杉陽翔「僕はテーブルの椅子にずっと座っていただけだよ。木瀬さんもベッドで横になって休んでたけど、1時間ほどしたら起き上がって窓を開けたんだ。そしてずっと外を見てたかな」

白石由希「木瀬玖瑠美さんは窓を開けて何を見てたの?」

上杉陽翔「それを木瀬さんに聞いてみたんだけど、ただ高い所から外を眺めるのが好きなのって言ってた」

白石由希「高い所ということは部屋は最上階だったの?」

上杉陽翔「うん。ホテルのロビーで木瀬さんがこの部屋がいいって言ったのが5階の一番奥の部屋だったんだ」


全ての話を聞いた頃、既に午後2時を過ぎていた。その後、白石由希と上杉陽翔は適当な話をしてファミリーレストランを出た。


一方、その日の15時前になると如月瑠衣はサングラスをしながら大きめのカバンに木瀬玖瑠美から回収した服一式を入れて市街地のデパートに入った。如月瑠衣のヘアスタイルはゴワゴワになっていてまるでたくさんの寝ぐせが残っているかのようにぐちゃぐちゃになっていた。朝早くにシャワーを浴びて、濡れた髪にカールを巻いた状態でドライヤーをあて、出かける直前までずっとカールを巻いたままだったのだ。デパートの2階にある化粧室に入ると既に夢前亜里沙が待っており、そんな如月瑠衣のヘアスタイルを見て驚いた。まず如月瑠衣はトイレの中に入って木瀬玖瑠美から回収した服に着替えた。次に夢前亜里沙はカバンの中からブラシとヘアスプレーと取り出すと如月瑠衣のヘアスタイルを整えはじめた。ポニーテールにして前髪をセンター分けして少しウェーブをきかせるとヘアスプレーを使ってカチカチに髪の毛を固めた。続いて夢前亜里沙はカバンの中からファンデーションを取り出すと如月瑠衣の首筋から顔全体にかけて丁寧に塗っていった。特に鼻のラインをどうメイクしてどうアレンジさせるかを試行錯誤していた。夢前亜里沙は「ファンデーションって面白いね。こうすると団子鼻に見えるの」と楽しそうな表情で言うと、如月瑠衣は「夢前さん、わたくしの顔で遊ばないでいただける?」と言った。夢前亜里沙は「あっごめんね」と言いながらメイクの最終仕上げをした。そして完成した如月瑠衣の姿は遠くから見ると木瀬玖瑠美に見えるが近くで見ると誰だかわからない別人に見える。如月瑠衣は「じゃあ行ってくるから待っててね」と言ってデパートを出ると早歩きでホテルシャルロへ向かった。


ホテルシャルロのロビーには水色の長袖シャツの上に紺色のジャケット、茶色のカジュアルパンツを履き、髪型も少しアレンジをしてダテメガネをかけた堀坂向汰が待っていた。そこに変装した如月瑠衣が入ってきた。


如月瑠衣「お待たせしました」

堀坂向汰「うわぁ!如月さんとは気づかなかったよ」

如月瑠衣「堀坂先輩も髪型を少し変えていらっしゃったので最初は気づきませんでした」

堀坂向汰「じゃあ少し部屋に入ってみる?如月さんの社会見学にもなるだろうしね」

如月瑠衣「わたくし、このようないかがわしい場所での社会見学なんて興味ありませんわ」

堀坂向汰「大丈夫だよ。部屋に入ったら如月さんを襲うだけだからすぐに終わるよ」

如月瑠衣「そのようなことをしましたら琴宮会長に報告するだけですわ!」

堀坂向汰「あははははは、如月さんには本当に冗談が通じないないんだね」

如月瑠衣「笑いごとではありません!それに外で牧瀬君を待たせていますので、さっさと行動を開始しましょう」


堀坂向汰はポケットの中からスマホを取り出して牧瀬悠人にワンコールをして行動開始の合図を送った。そして如月瑠衣は堀坂向汰の右側から腕を組むとホテルから外へ出た。外で待ち構えていた牧瀬悠人はミラーレスカメラでホテルシャルロから出てきた2人のシーンをズーム調整しながら何枚も撮影した。そして2人は繁華街の路地で別れ、如月瑠衣は急いで夢前亜里沙が待つデパート2階の化粧室へ向かった。


週明けの月曜日の早朝、早めに登校した夢前亜里沙は如月瑠衣が回収した服一式の入った少し大きめの黒い手提げ袋をすかさず木瀬玖瑠美のロッカーの中に入れておいた。

一方、午前8時頃に登校した牧瀬悠人は1年3組の教室に入った。そして木瀬玖瑠美を目撃したという男子生徒2名にスマホに入れておいた写真を見せると「君たちが目撃したのはこの女の子じゃない?」と尋ねてみた。その写真を見た男子生徒2名は疑いもせず「たしかにこの女の子だ。服装から髪型まで同じだから間違いない!」と答えた。そこで牧瀬悠人は「先週の土曜日、市街地をブラブラ歩いていて目撃したから思わず撮影したんだけど、この女の子の顔を拡大してみると木瀬さんとは別人だってことがわかったんだよ」と言いながら、スマホの写真を拡大して見せた。するとそれを見た男子生徒2名は「本当だ!よく見ると木瀬さんじゃない」と納得した。牧瀬悠人は「僕も目撃した時は木瀬さんかなって思ったんだけど、こうやって拡大してみると全くの別人だとわかった」と言った。男子生徒2名に別人であったと思い込ませることができると、牧瀬悠人は続いて1年4組の教室に行った。そして目撃したというもう1人の男子生徒にも同じように写真を見せて木瀬玖瑠美ではなかったと思い込ませることに成功した。そして1年3組の生徒達の間では”ラブホテルから出てきたのは木瀬玖瑠美ではなかった”という噂がたちまち広がっていき、昼休みになると他の1年生の生徒達へと広がっていった。もちろん1年4組の女子生徒達もその噂を聞いて、木瀬玖瑠美に「少しでも木瀬さんを疑ってしまっていてごめんなさい」と謝った。木瀬玖瑠美は何が起こっているのか全くわからなかったが謝ってきた女子生徒達に対して「もういいの。ありがとう」とだけ答えておいた。



■ 悪女の正体発覚


放課後になって生徒会室には裏クラブのメンバー全員が集まっていた。白石由希はボイスレコーダーをカバンの中から取り出して再生した。実は上杉陽翔と2人でファミリーレストランで昼食をとった後、1人でドリンクバーへ行った白石由希はポケットに入れていたボイスレコーダーの録音スイッチを入れていたのだ。そのボイスレコーダーには上杉陽翔が語った真実がしっかりと録音されていた。それを聴いた裏クラブのメンバー全員は唖然として再生が終わってからしばらくの間は沈黙状態が続いていた。そして堀坂向汰は「そういうことか・・・まさかそこまでするとは予想外だったよ」と呟いた。それを聞いた琴宮梓颯は「向汰君、何かわかったの?」と問いかけた。堀坂向汰は鋭い目をしながら琴宮梓颯のほうを向くと口を開いた。


堀坂向汰「俺たちは大きな間違いをしでかしていたんだ」

琴宮梓颯「向汰君、どういうことなの?」

堀坂向汰「梓颯、今回の出来事は全て巧妙に仕組まれていたことなんだよ」

琴宮梓颯「今回の出来事って、まさか噂になったのも?」

堀坂向汰「そう、噂になったことも含めて、全ては木瀬玖瑠美が描いた筋書だったんだ。敵ながらあっぱれだといいたいけど、俺たちが想像した以上の悪女だよ。噂を流した生徒、そしてその噂を鵜呑みしてしまった生徒達と裏クラブのメンバー全員は踊らされていたんだ」

牧瀬悠人「ああーーーっ!!わかりました!!!それだと全ての謎は解けましたね。それにしても木瀬玖瑠美さんは侮れない人物です」

白石由希「ちょっとよくわかんないんだけど、上杉君との関係も木瀬玖瑠美さんが仕組んだことだったの?」

堀坂向汰「その通りです。おそらく上杉陽翔は自分が操られていたなんて永遠に気づかないと思いますよ」

如月瑠衣「わたくしにはまだよくわかりません。夢前さんはどういうことなのかわかる?」

夢前亜里沙「わたしもハッキリとはわからないのだけど、全ての出来事は木瀬さんが計画的に仕組んだことだったという意味だと思う」

琴宮梓颯「向汰君と牧瀬君のどちらでもいいから、みんなにわかるように説明してもらえる?」

堀坂向汰「少し長い話になるので、前半は牧瀬君に説明してもらって、後半は俺が捕捉も兼ねて説明するよ。じゃあ牧瀬君、前半よろしく!」


牧瀬悠人は「わかりました」と答えると持っていたペットボトルの水を一口飲んだ。そしてメンバー全員が見える位置に立つと語りはじめた。


牧瀬悠人「まず、今回届いた依頼も含めてですが、事の発端は木瀬玖瑠美さんがホテルシャルロから出てきたという噂が1年生の間で広まったことから始まっています。ここにいるみなさんも含め、その噂を耳にした1年生の生徒全員は偶然に目撃されたと認識していました。しかしこれは偶然ではなく計画的に目撃させたと推理すれば全てのつじつまが合うわけですが、それは後半の話になります。上杉陽翔さんが語っていた話の中に登場した1年3組の真鍋菖平という男子生徒のことです。おそらく木瀬玖瑠美さんは上杉陽翔さんと出会う前に『放課後トーク部』というコミュニティサイトでその真鍋菖平さんと出会っていたのでしょう。ところが、メッセージのやり取りをしている間にこの学園の男子生徒であることが判明したのです。それは、その真鍋菖平さんが自ら学園名を明かしたのか、それとも何かしらの情報から木瀬玖瑠美さんが気づいたのか。いずれにしても援助交際目的で知り合った相手が同じ学園でしかも同級生であるとわかった木瀬玖瑠美さんは、自分の正体に気づかれてしまうと非常にまずいと感じていたのです。しかし、時すでに遅しでメッセージのやり取りをしている中で自分の正体に気づかれるような発言や痕跡を残してしまっていたのです。しかもメッセージのやり取りを途中で終わらせると不信に思われてしまうので、このまま続けざるを得なかった。そこで木瀬玖瑠美さんが目についたのが上杉陽翔さんの存在です。おそらく新しく登録された男性のプロフィールの中に同じ学園の3年生であると正直すぎるほど記載されていたのを見て、これは利用できると考えたのでしょう。自分の正体が明かされそうになった時のために保険をかけたというわけです。早速、木瀬玖瑠美さんは上杉陽翔さんに同じ学園の1年生女子だということを明かしたメッセージを送ったのです。同時に自分のプロフィールは上杉陽翔さんに見られないようにブロックでもかけていたんだと思います。そして上杉陽翔さんとメッセージをやり取りが続けられていくのですが、ところどころに相手をその気にさせるように思わせぶりな発言をしていたのです。それと同時進行で真鍋菖平さんとのメッセージのやり取りを続けていたわけですが、木瀬玖瑠美さんは自分の正体を隠しながらも相手の正体を明かそうとしていたのです。上杉陽翔さんと実際に逢って関係を構築しながら、真鍋菖平さんの正体を明らかにさせるためにメッセージのやり取りも続けていました。しかし全く関係が発展しないと感じていた真鍋菖平さんは痺れを切らせはじめていたことと同時にだんだん不信を抱くようになりました。それから、これまでのメッセージ履歴や相手の不審な態度からして、実は同じ学園で同じ1年生の女子ではないかと疑いはじめたのです。木瀬玖瑠美さんがどのようなプロフィール写真を投稿しているのかわかりませんが、顔はモザイクをかけているものの髪型や特徴はある程度わかるのではないでしょうか。そして、おそらく1月下旬もしくは2月の上旬頃のことだと思いますが、真鍋菖平さんは1年4組の木瀬玖瑠美さんではないかと疑いはじめたのです。まあ、木瀬玖瑠美さんのヘアスタイルは独特で特徴的といえますからね。その後、疑いは確信へとせまっていき、ついに真鍋菖平さんは思い切って木瀬玖瑠美さんに話しかけて確認したのでしょう。もちろん木瀬玖瑠美さんはそれを否定しましたが、真鍋菖平さんは全く信じるどころか、逆に確信したのです。今までメッセージのやり取りをしていた相手が木瀬玖瑠美さんだと明らかになったことから、ここで告白して素直にさせようと実行します。しかし木瀬玖瑠美さんは『今、お付き合いしている人がいるのでごめんなさい』という様な返事をしたのでしょう。フラれてしまった真鍋菖平さんはそれでも諦められずに、しつこく言い寄っていき、最後には『秘密をバラすぞ』と脅すような言い方をしたのです。そして木瀬玖瑠美さんはそのことを上杉陽翔さんに相談したというわけです。前半の推理はこのくらいでしょうか?少し話疲れました」


そのように推理した内容を語った牧瀬悠人はソファーに座るとペットボトルの水をゴクゴクと飲んだ。


堀坂向汰「牧瀬君、見事な推理だよ。ありがとう!」

琴宮梓颯「少し長かったけど、よくそこまで推理したわね。しかも前半がそれでしょ?」

白石由希「続きが気になっちゃってしかたないよ!!」

琴宮梓颯「でも、その真鍋菖平君という1年生は、どうしてメッセージのやり取りをしていた相手が同じ学園の女子生徒じゃないかと疑いはじめたの?」

堀坂向汰「じゃあ、梓颯の疑問に対する答えも含めて後半は俺が説明していくよ」

白石由希「堀坂君、早く続きを聞かせて!!」


堀坂向汰は立ち上がると牧瀬悠人が語った場所に立って語りはじめた。


堀坂向汰「まず、梓颯の質問に対する答えからね。ずっとメッセージのやり取りをしていて関係が発展しなかったということは、あと一歩というところで木瀬玖瑠美にはぐらかされていたということになる。真鍋菖平はあらゆる質問をしてみたり実際に逢わないかと誘ってみたものの、木瀬玖瑠美は一線を越えさせなかった。ずっとそんな関係が続くと誰もが相手に不信感を抱くようになるし、何か不都合なことがあるのではないかと考えてしまう。そしてその不都合なこととは何か?を少し考えると”自分に近しい人”だと誰でも簡単に推理できる。さて、後半の推理を説明していくね。木瀬玖瑠美が真鍋菖平にしつこく言い寄られて脅されているということを上杉陽翔に相談したのは、もしもの場合は恋人のフリをしてもらうとか協力してもらうことが狙いだった。つまり悪く言えば利用目的の保険をかけておいたんだよ。なぜなら上杉陽翔に相談したところで、何の解決にもならないことくらい木瀬玖瑠美にもわかっていたはずだからね。おそらく木瀬玖瑠美の『お付き合いしている人がいる』ということを真鍋菖平は全く信用していなかったんだろうね。あとは『秘密をバラすぞ』と脅されていたことに関しても、木瀬玖瑠美は全く恐怖心を抱いていなかった。なぜなら、その秘密をみんなにバラすということは、真鍋菖平も援助交際をしていたと打ち明けることになってしまうわけだからね。そんな自分の首を自分で絞めるようなことは絶対にできないと木瀬玖瑠美にはわかっていたんだよ。しかし、自分の正体を真鍋菖平に気づかれてしまっているのは不都合だった。その事実をどうにかしてかき消したいと考えていた。そんなある日、ふと男子生徒達が話しているのを耳にした。それは土曜日の夕方、援助交際をする時に使っているホテルシャルロの近くにある音楽スタジオに行くという約束をしていることだった。おそらく集合時間は聞いていたんだけど終了時間までは聞いていなかったのでわからなかったんだと思う。そこで木瀬玖瑠美が思いついたのは、上杉陽翔と一緒にラブホテルから出てくるところをその生徒達に目撃させて、真鍋菖平のいる1年3組に噂を流すことだった。そんな噂が流れれば事実をかき消すことも真鍋菖平を完全に諦めさせることができるので一石二鳥になると踏んだ。早速、上杉陽翔に連絡してその計画を実行する日に逢う約束をした。そして土曜日の夕方、ちょうど音楽スタジオの集合時間から30分ほど過ぎた時間帯にホテルシャルロ付近を歩きながら、わざと体調不良を訴えて上杉陽翔とホテルシャルロに入ることができた。しかも5階奥の部屋を指定したのは窓から音楽スタジオがよく見える位置だったからなんだよ。あと、これは俺の憶測になるんだけど、木瀬玖瑠美はあらかじめ音楽スタジオの予約された時間帯を調べていたんだと思う。音楽スタジオに電話一本かけて予約時間を確認すればすぐにわかることだからね。そして木瀬玖瑠美は1時間ほどはベッドに横たわっていたみたいだけど、終了時間の30分程前になると窓を開けて、生徒達が音楽スタジオから出てくるのをずっと監視しながら待っていた。そして生徒達が音楽スタジオから出きたのを確認するとすぐに部屋を出た。その音楽スタジオからホテルシャルロまでは歩いて7~8分くらいだけど、3人で話しながらだからもう少し時間がかかったのかもしれない。ホテルのロビーで立ったまま外に出なかった本当の理由は、その生徒達が歩いてくるのを待っていたんだよ。あのホテルのロビーからは外の様子は伺えるからね。そしてちょうど15メートルほど先にその生徒達が歩いてきたのを確認した木瀬玖瑠美は上杉陽翔の腕を組みながら外へ出て、その生徒達に目撃させることができた。おそらく少し顔が見えるようにわざとその生徒達にわかるよう振り向いたんじゃないかな。どちらにしても、その週明けの月曜日になると1年3組の生徒達の間で噂が流れたので、木瀬玖瑠美の思惑通りになった。もちろんその噂を聞いた真鍋菖平は諦めるしかなくなってしまった。ところがその噂は予想外にも他のクラスの1年生達にまで拡散してしまって、これ以上噂が広まってしまうと問題沙汰になってしまうどころか援助交際もできなくなってしまう。そこで早く手を打たないとまずいと考えた木瀬玖瑠美は影郎アカウントにダイレクトメッセージで依頼文章を送ったというわけだよ。そして依頼内容の途中に書かれていた『上杉先輩に脅されている』ということなんだけど、わざわざ伝えてきた意図は、もう利用価値のなくなった上杉陽翔との関係を断ち切らせてもらうことだった。素直に解釈してしまうと上杉陽翔に対して疑いの目で見てしまうからね。しかし、そんな意図とは裏腹に上杉陽翔は全てを白石先輩に打ち明けてしまった。木瀬玖瑠美は影郎アカウント、つまりは裏クラブのメンバー達を甘く見ていたんだけど、それは大きな誤算だった。ただし、木瀬玖瑠美の思惑通りに噂を止めてしまった俺たちも大きな間違いをしでかしてしまったというわけだよ。目撃されたのは偶然ではなく必然だったとは、俺の推理力もまだまだかなって痛感させられたよ」


牧瀬悠人と堀坂向汰の立てた推理を聞いた裏クラブのメンバー達は頭の中がスッキリしたかのような表情をしていた。たしかにその推理通りだと全てのつじつまが合うと誰もが思った。しかし、この推理を立証する証拠は何もないのだ。


白石由希「上杉君はただ利用される目的だけで、その気にもさせられた・・・あまりにも可哀想すぎるよ」

琴宮梓颯「たしかにその推理だと全てのつじつまが合ってるけど証拠は何もないわね」

夢前亜里沙「細かい部分に関してはハッキリしないですが、全体の経緯はお二人が推理した通りだと思います。ラブホテルでの木瀬さんの行動は不自然すぎます」

如月瑠衣「それではお二人の推理を裏付ける証拠を揃えていくのはいかがでしょうか?」

琴宮梓颯「そうね。次の調査は証拠集めになってくるわね」

堀坂向汰「そんな調査をする必要はないよ。この真実を明らかにしたところで何の意味もないでしょ?」

牧瀬悠人「堀坂先輩のおっしゃる通りです。僕たちの推理を立証させるよりも援助交際の決定的な証拠を掴めばいいだけだと思います」

琴宮梓颯「たしかに援助交際の確たる証拠を掴むことが今の目的だったわね」

堀坂向汰「俺たちが噂を止めたのは木瀬玖瑠美を泳がせることが目的だったから、あとは援助交際の証拠を掴めばいい。それからどう解決させるかは梓颯の判断に任せるよ。影郎の役目は既に終わったわけだしね」

琴宮梓颯「そうね。依頼された通り噂を止めたから役目は終わってるわね。だったらあとは生徒会として解決させることにするわ」

如月瑠衣「生徒会として解決ですか・・・どんな形であっても木瀬玖瑠美さんにはそれ相応の処罰を与えるべきだと思いますわ」

琴宮梓颯「その前に証拠集めね。そこまではみんなに協力してもらうわ」

堀坂向汰「如月さん、早速なんだけど『放課後トーク部』というコミュニティサイトに架空の男性を登録してほしい。プロフィール写真は俺の写真を少し加工すればいいんだけど、設定は聖林学院に通う木瀬玖瑠美の1学年上で小学生の家庭教師と運送会社の掛け持ちアルバイトをしていて、趣味は映画鑑賞とかスポーツ観戦といったあまり金のかからないものがいいな。それと彼女募集中じゃなくて一緒に遊んでくれる女の子募集というアピールもしておいてね。登録してすぐに木瀬玖瑠美の登録情報を検索してほしい」

如月瑠衣「わかりました。今夜にでも登録して検索かけておきます」

堀坂向汰「白石先輩は明日で構いませんので、上杉陽翔のところに行って木瀬玖瑠美との縁を切るよう促してください。そしてその場で別れのメッセージを一緒に送ってほしいのですが、余計なことは言わず『もう木瀬さんには連絡しません。さようなら』というような短い内容にしてください」

白石由希「おっけぃ!!わたしが代理になってでも送っておくね」

堀坂向汰「梓颯は今すぐ1年3組の真鍋菖平の情報を洗い出して下駄箱の位置を特定してほしい。そして警告文を作ってほしいんだけど、その内容は”援助交際や女子生徒を脅しながらしつこく言い寄っていることは調査済みで、木瀬玖瑠美のことを諦めなければ全てを公表する”といった感じでいい」

琴宮梓颯「わかった、すぐに洗い出すわ。真鍋菖平君にトドメを刺してしまうわけね」

堀坂向汰「そう、噂がデマだったと知れば再び木瀬玖瑠美に言い寄る可能性があるからね。そして夢前さんは梓颯が作成した警告文を持って、明日の早朝に真鍋菖平の下駄箱に入れてほしい」

夢前亜里沙「わかりました。明日の早朝に入れておきます」

堀坂向汰「牧瀬君、お手数なんだけど木瀬玖瑠美のライフスタイルを調査して、援助交際をしている真の目的が何なのかを調査してほしい。そこだけはまだ謎のままだからね」

牧瀬悠人「そうですね。それでは木瀬玖瑠美さんの自宅付近で聞き込み調査をしてみます」

堀坂向汰「じゃあ、みんな大変だろうけど明日も生徒会室に集まってほしいので各自よろしくね」


それぞれの役割が決まったところで活動開始となった。一連の出来事の解決まであと一歩のところまで来ているが、はたして木瀬玖瑠美が援助交際をしているという決定的な証拠は掴めるのであろうか。



■ 悪女への仕掛け


その日の午後19:00頃、牧瀬悠人は私服姿で木瀬玖瑠美の自宅付近で聞き込み調査をはじめた。この日は4軒の家に絞っていた。肩書は聖林学院に通う2年生の河原俊介という偽装の名前を使い、「学校の研究課題であらゆる地域に住む高校生の人数調査をしています。僕がこの地域を担当することになりましたので、簡単なアンケート調査にご協力していただけないでしょうか?」という名目で聞き込みをした。もちろん、この付近に住んでいる高校生は木瀬玖瑠美しかいないことは既に調査済みだったので、聞き込み調査をすれば必ず1名と答えることは明らかであった。そしてアンケート調査で「1人だけ」と答えると、次の質問では「それは男性ですか?女性ですか?」という質問をして「女性」と答え、さらに「最後のご質問ですが、女性の印象について一言あればお願いします」という質問をした。最後の質問で情報収集するのが狙いだったのだが、誰もが「難しい」や「普通の女子高生」などと答えたので、これといった情報を得ることはできなかった。


一方、午後21:30頃のこと。如月瑠衣はパジャマ姿でパソコンデスクの椅子に座りながら堀坂向汰の私服姿の画像を加工していた。そして放課後トーク部のコミュニティーサイトの登録をしはじめた。もちろん登録メールアドレスは海外の匿名性があるもの、電話番号は未使用のもをそれぞれ入力した。サイト側から確認メールが届き本登録のボタンをクリックすると、プロフィール登録の画面になった。そしてハンドルネームを”シャイ高生”で登録、加工した画像をプロフィール写真に設定して、プロフィールメッセージには堀坂向汰の指示通りに入力した。プロフィール設定が完了した後にすぐさま検索をしはじめた。検索画面では性別や年齢、エリアなどの詳細が指定できるようになっていたので、木瀬玖瑠美の条件に合わせて検索をかけてみた。すると検索結果、2名の登録ユーザーが引っかかり”くるっち”というハンドルネームやプロフィール写真の髪型からすぐに木瀬玖瑠美だと特定することができた。そしてプロフィール詳細画面を開いてみると、全く理解できない暗号のようなプロフィールメッセージが記載されていた。如月瑠衣はそのプロフィールメッセージの意味を考えてみたのだが全くわからなかったので印刷しておいた。続いてハッキング用のパソコンから放課後トーク部のコミュニティーサイトまでのネットワーク経路を調べてみた。その結果、多層防御になっており、ハッキングするにはかなりの時間がかかってしまうことがわかった。多層防御とは複数の防御層が設置されているセキュリティ対策のことである。


次の日の早朝、夢前亜里沙は登校して真鍋菖平の下駄箱の前に立った。そして辺りに誰もいないことを確認すると、琴宮梓颯から受けとった警告文章が印刷された用紙をすかさず下駄箱の中に入れて去っていった。それから30分程経った頃、まだ何も知らない真鍋菖平がまだ眠そうにあくびをしながら登校してきた。そして下駄箱を開けると四つ折りになった白い紙が入っていた。その紙を開いて見てみると印刷された文字で『真鍋菖平さんに警告。あなたが援助交際をしようとしていたことや木瀬玖瑠美さんにしつこく言い寄って脅していたことは調査済みで証拠も持っています。そのことを公表すれば、あなたは処罰されることになるでしょう。もう援助交際などはしない、木瀬玖瑠美さんから完全に手を引くとお約束するのであれば、今回のことは見逃します。真実を知る者より』と記載されていた。その文章を読んだ真鍋菖平は一発で目を覚まして真っ青な表情になり全身が震え出すと、しばらくその場から動けなくなっていた。


昼休みになると3年2組の教室では白石由希と上杉陽翔が話をしていた。白石由希は『来週はもう卒業式になので、ケジメとして木瀬玖瑠美さんお別れのメッセージを送ってリムチャットの登録を末梢するべき』というようなことを言って説得していた。それに対して上杉陽翔はもう音信不通のまま自然消滅させればいいなどと答えたが、白石由希は『それはただ逃げてるだけで、ずるくて最低なこと。相手のことを想うならちゃんとさよならを告げるべき』というような言い方をして説得した。そこまで説得されるとさすがの上杉陽翔も納得せざるを得なかったが、どのようなメッセージを送ればいいのかわからないとのことだった。そこで白石由希は「だったらわたしがメッセージを打ってあげるからちょっとスマホ貸して!」と言った。上杉陽翔は「わかった」と言いながらポケットの中からスマホを出して白石由希に渡した。そして白石由希はリムチャットを開くとメッセージを入力して「この内容で送ってもいいよね?」と言ってスマホ画面を見せた。そのメッセージは『僕はもう二度と木瀬さんには連絡しません。これからもがんばってください。さようなら』という簡単なものであった。上杉陽翔は「こんな短くてもいいの?」と聞くと白石由希は「余計なことは言わない方がいいから、これだけでいいの」と答えた。それを聞いた上杉陽翔は「わかった。じゃあそれで送っていいよ」と言うと白石由希は送信ボタンを押した。


その日の放課後になると生徒会室には再び裏クラブのメンバー全員が集まっていた。まず牧瀬悠人は前日、4軒の家に聞き込み調査してみた結果、何の情報も得られなかったということを報告した。その報告を聞いた堀坂向汰は「牧瀬君ありがとう。1つの情報は得れたから、もう聞き込み調査は必要ないよ」と言った。牧瀬悠人は「1つの情報ですか?」尋ねると堀坂向汰は「何の情報も得られなかったということは、家庭環境に問題はないということだよ」と答えた。続いて如月瑠衣が放課後トーク部のサイトに木瀬玖瑠美の登録情報を得たということを報告した。


如月瑠衣「プロフィールメッセージの内容が暗号のようになっていまして、わたくしには理解できませんでしたの」

堀坂向汰「そのプロフィールメッセージを見せてもらえる?」

如月瑠衣「そうおっしゃるかと思いましてプリントアウトしてきましたので、みなさんにお配りいたします」


如月瑠衣はプリントアウトした用紙を裏クラブのメンバー全員に渡した。そのプロフィールメッセージは次のような内容であった。


17歳の女子高生デス(^^v

一緒に遊んでくれる方募集!

まずメッセージでお話してからコースメニューになります。


D=1 A+B=2 BJ=3.5 C=5 (*t tsd)y

必代全持ちの割関でお願いシマァス!


PS. イミフの方はご遠慮ください


琴宮梓颯「うーん、たしかに全く意味がわからないわね」

白石由希「真ん中のアルファベットとか数字も分からないけど、必代全持ちの割関も意味がわからないよね」

夢前亜里沙「割り勘ならわかりますが、割関は漢字間違いではなさそうなので何か意味があると思います」

牧瀬悠人「このアルファベットと数字の暗号さえ解ければ全ての意味がわかると思いますが、業界用語でもなさそうですし・・・うーん」


それから生徒会室内は沈黙状態になっていた。誰もがプロフィールメッセージの暗号を解読しようとあれこれ考えていたものの全くわからなかった。沈黙状態が5分ほど続いた時、突然、堀坂向汰が「あははははははは、そういうことか!」と笑いながら少し大きな声で口を開いた。


琴宮梓颯「向汰君、この暗号が解けたの?」

堀坂向汰「ああ、こんなの暗号でもなんでもないよ。所詮は女子高生が考えた浅知恵だよ」

牧瀬悠人「さすがは堀坂先輩です。まだ僕には解けません」

堀坂向汰「牧瀬君、援助交際のコースメニューだよ。小文字になってるところは単位ね」

牧瀬悠人「援助交差のコースメニュー、単位・・・ああーーーっ!なるほど、そういうことですね!!!」

堀坂向汰「そういうことだよ。暗号でも何でもないでしょ?」

牧瀬悠人「たしかに暗号ではありませんね。しかし、女子には少し刺激が強いように思います。特に如月さんには理解できないでしょう」

如月瑠衣「わたくしには理解できないこと?」

琴宮梓颯「ちょっと二人とも説明してよ。どういう意味なの?」

牧瀬悠人「琴宮先輩には堀坂先輩が教えたほうがよさそうですね」

堀坂向汰「だったら梓颯にだけ説明するけど、他のみんなに教えていいのか判断してほしい」


堀坂向汰はそういうと立ち上がって琴宮梓颯の耳元でこっそりと説明した。琴宮梓颯は説明を聞いてるうちに顔が赤くなっていった。そして堀坂向汰が「そういことだから、あとはこれを他のみんなに教えるかどうかは梓颯の判断に任せるよ」と言ってソファーに座った。顔を赤くした琴宮梓颯は「うーん・・・難しいわね」と呟いた。そこに白石由希が「堀坂君、わたし気になっちゃって今晩眠れそうにないから教えてもらってもいい?」と聞くと、堀坂向汰は「そうですね。白石先輩にも教えておきます」と答えると立ち上がって、次は白石由希の耳元でこっそりと説明した。説明を聞いているうちに白石由希も顔を赤くして「うわぁー恥ずかしい!!」と思わず大きな声をあげてしまった。


堀坂向汰「まあ、必代全持ちの割関の意味くらいはみんなに説明しておいてもいいね。必代全持ちは必要代金は全てそちら持ち、割関は割り切った関係という意味だよ」

如月瑠衣「なるほど、そのような意味でしたのね。それでもまだわたくしには上のアルファベットと数字の意味が全くわかりません」

堀坂向汰「如月さんはイミフのままでいいと思うけど、夢前さんはそのうち意味がわかると思う」

夢前亜里沙「わたしも全く意味がわからないのですが、そのうちわかってくるのですか?」

堀坂向汰「そうだよ。夢前さんには木瀬玖瑠美を上手く誘いだしてもらうつもりだから、メッセージのやり取りをしているうちに意味がわかってくるよ」

夢前亜里沙「はあ、まだよくわかりませんが、わたしが木瀬さんを誘いだせばいいのですね?」

琴宮梓颯「ねえ、このプロフィールメッセージは証拠にならないの?」

牧瀬悠人「それだけだと証拠不十分ですね。木瀬さんに意味を叩きつけたとしても否定されれば終わりですし、そもそも登録していることすら否定されても終わります」

琴宮梓颯「たしかに決定的な証拠とは言えないわね。それでどうするつもりなの?」

堀坂向汰「まず、夢前さんは如月さんに登録してもらった放課後トーク部の架空男性で、木瀬玖瑠美にメッセージを送ってもらいたい。最初からC希望だとハッキリ言っておいて、しばらくメッセージのやり取りをしながら信用させていく。まあ、1日に10回ほどのやり取りをしていけば、2、3日で実際に逢う約束はできると思う。ちょっと大変だけどがんばってほしい」

夢前亜里沙「わかりました。がんばってみます!」

堀坂向汰「そのメッセージのやり取り中か最初でもいいんだけど、BJはCに含まれているか、CLはさせてもらえるか確認しておいてほしい」

夢前亜里沙「えっと、BJはCに含まれているかとCLはさせてもらえるかメモしておきますね。あの、CLって何でしょう?」

堀坂向汰「夢前さんもまだイミフのままでいいので、出来れば卒業式までに誘いだしてほしい。見事に誘いだすことが成功したら梓颯と如月さんに待ち合わせ場所と時間を報告してもらえばいいので、よろしくお願いするね」

夢前亜里沙「琴宮先輩と如月さんに報告ですね。やってみます!」

如月瑠衣「それではわたくしのほうで、夢前さんのメールアドレスにも転送するように設定しておきますわ」

堀坂向汰「それで援助交際の決定的な証拠を掴めるので、あとは梓颯が木瀬玖瑠美を焼くなり煮るなり好きにすればいいよ」

琴宮梓颯「わかったわ。どうするのかは少し考えてみるわね」

堀坂向汰「あとは白石先輩、母性本能をくすぐられているようですが、卒業式までになんとかしたほうがいいですよ」

白石由希「えっ!?それってどういうこと?」

堀坂向汰「上杉陽翔を放っておけない、自分が傍にいてあげないといけない・・・白石先輩の態度を見てればわかりますよ」

白石由希「わたしがそう思ってるってよくわかったね。でも、どうすればいいのかわからないんだよ」

堀坂向汰「もう付き合えばいいじゃないですか。まあ、ごちゃごちゃと理屈を並べてくるとは思いますが、そんなのは無視して強引にもっていけばいいと思います」

白石由希「わたしが上杉君と付き合う・・・うーん、やっぱりそれしかないのかあ」

堀坂向汰「とにかく、これで全ては片付くのでみんながんばってね」


こうして、あとは未だプロフィールの意味がわからないままの夢前亜里沙が見事に木瀬玖瑠美を誘いだせるかにかかった。果たして見事に成功するのであろうか。そして、白石由希はどうするのであろうか。



■ 決定的な証拠と処罰


その日の夜20時頃、夢前亜里沙はスマホを使って放課後トーク部のサイトにアクセスすると、如月瑠衣から聞いた登録情報を基に架空男性でログインした。そして”くるっち”という登録者、つまり木瀬玖瑠美に早速メッセージを送った。そのメッセージとは次の内容であった。


くるっちさん、はじめまして。

僕は聖林学院に通う現在2年生のシャイ高生といいます。

くるっちさんのプロフを見て早速メッセージを送らせてもらいました。


単刀直入にいいますと、最終的にはC希望だったりします。

もちろん必代全持ちの割関の条件で構いません。

それに僕のほうも最初はくるっちさんとメッセージでお話したいと思っています。

その前に二つだけ質問させていただきたいのですが、

一つ目はBJはCに含まれているのか?二つ目はCLはさせていただけるのか?です。


まずは僕のプロフィールを見ていただいて、よろしければお返事ください。

あくまで割関希望ですので、よろしくお願いします!


メッセージ送信後、夢前亜里沙は木瀬玖瑠美から返事がくるかどうか考えながらドキドキしていた。あまりにも相手の条件に合わせ過ぎているので不信感を抱かせてしまっていないかなど、あらゆることが頭に巡ってくる。それから15分ほどすると、メールの着信音が鳴って『新しいメッセージが届いています』という放課後トーク部からの通知が届いた。夢前亜里沙は早速そのメッセージの確認をしてみると、次の内容で返事が送られてきた。


シャイ高生さん

はじめまして、くるっちです。

メッセージありがとうございます^^

シャイ高生さんのプロフ見させていただきました。

家庭教師のアルバイトしてるなんて成績優秀なんですね!


まず質問にお答えさせていただきますね。

CにはもちろんBJは含まれています!

CLしていただくのはとても大好きなのでOKです(*vv*)ハズカシイ

お互いに気持ちのいいCができればいいなあって思っています。


シャイ高生さんはスポーツ観戦が趣味とのことですが、

何かスポーツはされていますか?

じゃあ、お返事お待ちしていますね!


このメッセージを読んだ夢前亜里沙は何となくCの意味がわかってきた。BJとCLについてはハッキリしなかったが、おそらくエッチな行為であるということだけは気づいた。とにかくその意味を調べるよりも、早く相手を信用させて誘いだすためにもメッセージのやり取りを続けていくことにした。特に相手の事についての質問を避けること、そして恋愛を感じさせるような表現を避けるよう夢前亜里沙は意識しながらメッセージのやり取りを続けた。その日は午前2時頃までメッセージのやり取りをした。初日ではすっかり意気投合した感じになったのでラポールの形成(お互いに信頼し受け入れられる関係構築)は成功したと感じた夢前亜里沙は、次の日になると相手を完全に信用させるために『こんなこと人に話すのはくるっちさんが初めてなんだけど、僕はあまりクラスの生徒達と話さないんだよ。だって考え方が合わない人と無理して話すのはしんどいからね。僕って変かな?』という簡単な相談事とも捉えることのできるメッセージを送った。このメッセージは『あなただけに話す』という意味とちょっとしたプライベートことを打ち明けることで相手も信用するという自己開示の意図が含まれているのだ。もちろん、木瀬玖瑠美も同じくあまりクラスの生徒達と話さないことを知っていたので共感的理解も期待していた。すると木瀬玖瑠美から返事がきて『わたしも同じくあまりクラスの生徒達と話しませんのですごくわかります!変じゃないですよ』という内容であった。それからというもの、メッセージのやり取りを続けていたが、夢前亜里沙は意のままに返事をしてくる木瀬玖瑠美を、まるで操っているかのように感じて楽しくなってきた。その日の夜も深夜までメッセージのやり取りが続いたが、最後に木瀬玖瑠美が『早くシャイ高生さんと逢ってみたいです!』という発言を見逃さなかったがあえて返事はしなかった。そして3日目となる木曜日の夜、夢前亜里沙は『僕もくるっちさんと早く逢ってみたいよ!』というメッセージを送ってみた。すると木瀬玖瑠美から『今週の土曜日は空いてますか?』というメッセージが送られてきた。そして端的には次のようなメッセージのやり取りがされた。


シャイ高生『空いてるけど、どうして?』

くるっち『来週だとオンナノコ期間ですから逢うなら今週の土曜日がいいです』

シャイ高生『くるっちさんと出会って間もないけど、たくさん話して気が合うってわかったから逢ってみようか!』

くるっち『わーい!^^じゃあ今週の土曜日の13時に新畑駅前の噴水前で待ち合わせでどうでしょう?』

シャイ高生『了解!今週の土曜日の13時に新畑駅前の噴水前に行くね。でも、逢ってすぐにくるっちさんだってわかるかな?』

くるっち『噴水前にある銀時計の前に水色のワンピを着て立っています。髪型はポニーテールです!』

シャイ高生『わかった。こっちはグレーのジャケットに茶色のカジュアルパンツで行くのでよろしく!』

くるっち『土曜日、楽しみにしてまぁす!o(^^*o)(o*^^)oワクワク』


ついに木瀬玖瑠美を誘いだすことに成功した。夢前亜里沙にとって3日間ではあったが、かなり大変な作業でもあった。


その次の日の金曜日の昼休み、夢前亜里沙は如月瑠衣と一緒に生徒会室へ向かった。生徒会室には既に琴宮梓颯が待っていた。そして夢前亜里沙は木瀬玖瑠美を誘いだすことに成功したことと、その待ち合わせ場所と時間を伝えた。


琴宮梓颯「夢前さん、よくがんばってくれたわ!ありがとう!!」

夢前亜里沙「いえいえ、わたしも今回はいい勉強になりました」

如月瑠衣「琴宮会長、それでどのようにするおつりですの?」

琴宮梓颯「夢前さん、明日の待ち合わせなんだけど一緒にきてもらえる?」

夢前亜里沙「それは構いませんが、わたしは何をするのですか?」

琴宮梓颯「夢前さんが最初に話しかけてメッセージのやり取りをしていたのは自分だったって明かしてほしいの。生徒会に相談して調べていたってことにしてね」

夢前亜里沙「わたしが木瀬さんを自供させるわけですね。わかりました」

琴宮梓颯「そういうことよ。あとはわたしと如月さんが木瀬玖瑠美さんと話をするわ」

如月瑠衣「木瀬玖瑠美さんの処罰はどのようにいたしますの?」

琴宮梓颯「如月さん、たしか風紀委員って2名募集してたわよね?」

如月瑠衣「ええ。3年生が辞めてしまったので欠員がでていると聞きましたわ」

琴宮梓颯「だったら木瀬玖瑠美さんには風紀委員に入ってもらって1年間活動してもらうことにするわ」

如月瑠衣「それだと処罰になっていないように思います。それに風紀委員長が認めるでしょうか?」

琴宮梓颯「十分な処罰になるし生徒会らしいやり方だわ。それに風紀委員長の夏川さんにはわたしのほうから話をつけるから大丈夫よ」

如月瑠衣「それなら琴宮会長にお任せしますわ」

琴宮梓颯「じゃあ、2人とも明日の12時前30分に新畑駅前の改札口で待ち合わせでお願いするわね」


このように段取りと方針が決まった。


そして土曜日の13時前、夢前亜里沙は新畑駅前の噴水前から少し離れた場所で木瀬玖瑠美が来るのを待っていた。すると駅の出口からポニーテールで水色のワンピースを着た女の子が出てきた。その女の子は銀時計の前に立ってあたりを見回していた。夢前亜里沙は間違いなく木瀬玖瑠美であると確信すると、テクテクと銀時計のほうへ歩いていった。


夢前亜里沙「木瀬さん、こんなところで待ち合わせでもしてるの?」

木瀬玖瑠美「えっ!?ゆ、夢前さんこそどうしてこんなところにいるの?」

夢前亜里沙「わたしはCコース希望でくるっちさんと待ち合わせしてるのだけど、これでも何か言い逃れできる?」

木瀬玖瑠美「ええーーーっ!?ま、まさか、夢前さんが全て・・・」

夢前亜里沙「Dはデート、ABCは男女関係の行為、BLはBlow JobでCLは恥ずかしいけどその逆、t tsdはTen Thousand、つまりかける万で、yはYen、円であってるよね?」

木瀬玖瑠美「そ、それは・・・でもどうして夢前さんが!?」

夢前亜里沙「ずっと木瀬さんのことを生徒会の方々に調べてもらってたの。そして今日この場所に来たことで援助交際をしてる決定的な証拠になったということよ」

木瀬玖瑠美「そんな・・・ゆ、夢前さん、このことは誰にも言わないで!お願い!!」


そこに琴宮梓颯と如月瑠衣が厳しい表情をしてやってきた。


如月瑠衣「木瀬玖瑠美さん、わたくしたち生徒会も知ってしまいましたのでそれは無理ですわ」

木瀬玖瑠美「あなたは副会長の如月さん、それに琴宮先輩まで・・・生徒会も絡んでわたしのことを?」

如月瑠衣「生徒会の情報網を甘く見ないでいただけます。このようなこと簡単に調査できますの」

琴宮梓颯「それではまずどうして援助交際なんてしていたのか正直に話してもらえるかしら?」

木瀬玖瑠美「そ、それは・・・あの、わたしのお母さんが入院していまして、その・・・手術にお金がかかるみたいで・・・」


木瀬玖瑠美の体は震えだして涙を流した。


琴宮梓颯「もうそんな嘘の涙は通用しないのよ。あなたの家庭環境も既に調査済みなの。だから正直に話してもらえる?」

木瀬玖瑠美「わかりました。実はわたし、ネットゲームにハマっていまして、課金アイテムが欲しくてその・・・してました。本当にごめんなさい」

琴宮梓颯「わたし達に謝られても困るわ。でも、生徒会として援助交際の事実を知ってしまったからには無視することはできないの」

木瀬玖瑠美「あの、もう二度と援助交際なんてしませんから今回は見逃していただけませんか?」

如月瑠衣「あなたのしていたことは犯罪ですのよ!見逃すことなんてできませんわ!!」

琴宮梓颯「如月さんの言う通り、見逃すことはできないわ。学園で問題沙汰にするとあなたは退学処分になるわね」

木瀬玖瑠美「そ、それだけは許してください。どうかどうかお願いします・・・お、お願いします」

琴宮梓颯「それなら生徒会としてあなたには三つの条件を出すので相応の処罰を受けてもらうことにするわ」

木瀬玖瑠美「三つの条件ですか?」

琴宮梓颯「一つ目の条件は二度と援助交際なんてしないと約束すること。二つ目の条件は風紀委員に入って一年間真面目に活動すること。三つ目はその活動中、真剣にお付き合いしたいと思う男性を見つけて、わたしと如月さんにそれを報告すること。この三つの条件に従ってもらえれば今回のことは大目にみてもいいわ」

木瀬玖瑠美「わかりました。でもわたしが風紀委員に入れるかわかりません。もし入れなかったらもう駄目ですか?」

琴宮梓颯「あなたが真面目に活動すると約束できるのなら、わたしのほうから風紀委員長に話をするわ。約束できる?」

木瀬玖瑠美「お約束します!風紀委員に入って真面目に活動します!!」

琴宮梓颯「わかったわ。あなたの言葉を信じて今回は大目に見ることにするけど、約束を破った場合は容赦なく問題沙汰させてもらうわね」

夢前亜里沙「あの、最後にわたしからいいでしょうか?」

琴宮梓颯「いいわよ」

夢前亜里沙「木瀬さん、少し厳しい言い方になるのだけど、自分の体を売ってお金をもらった段階で、もう女の子ではなくてただの商品になると思うの。わたしは恋愛経験なんてないから偉そうなことは言えないけど、本当に好きになった人とそういうことができなくなってしまうと思う。だからそのことは反省してほしいの」

木瀬玖瑠美「夢前さん、ありがとう。そのことはちゃんと反省するね」


これで木瀬玖瑠美の処分が決まって全ての問題が解決した。その後、もちろん木瀬玖瑠美は風紀委員に入ることになったのは言うまでもない。裏クラブのメンバー全員、ここまで辿り着くまでに相当な時間がかかったかのように感じていた。



■ 新カップル誕生


その日の夜、白石由希は上杉陽翔と電話で話をしていた。


白石由希「上杉君の純粋で素直すぎるところはいいんだけど、すぐ人に騙されてしまうタイプだとも言えるから放っておけないんだよ。そこでわたしがずっと傍にいて支えてあげたいって思っているの」

上杉陽翔「ずっと僕の傍にいて支えてあげたいってどういうことなの?」

白石由希「その通りの意味なんだけどわからない?」

上杉陽翔「それって僕みたいな人と付き合ってくれるってこと?」

白石由希「そういうことなんだけど、上杉君はわたしのこと嫌い?」

上杉陽翔「嫌いだなんてとんでもない!むしろ、白石さんは信用して何でも話せる人で、正直ちょっと可愛いなって思ってるよ」

白石由希「可愛いってありがとう。だったら何を悩んでいるの?」

上杉陽翔「僕は白石さんを引っ張っていけるような人間じゃないし、白石さんは僕なんかよりもっと相応しい人がいると思う」

白石由希「わたしは上杉君に引っ張っていってもらおうなんて全く思ってないよ。それに相応しい人なんて求めてもいない。上杉君はそのままで引っ張っていくとしたらそれはわたしの役目だよ」

上杉陽翔「それだと僕は情けないというか・・・そんな関係で付き合ったりしても、胸張って彼女がいるなんて言えないよ」

白石由希「上杉君は女の子を引っ張っていくことが恋愛だってことに捉われちゃってるみたいだけど、男女の関係ってそれだけじゃなくていろんな形があるんだよ。どんな関係になってもお互いがこの人と一緒にいたいって気持ちがあればそれでいいんじゃない?」

上杉陽翔「うーん、でも僕なんかが白石さんと付き合うなんて本当にいいのかって思ってしまう・・・」

白石由希「わたしはそういうネガティブなところも含めて付き合いたいって言ってるんだけど、もう難しいことは抜きにして上杉君はどう思っているの?」

上杉陽翔「白石さんがそう言ってくれるなら本気で好きになるし付き合いたいって思う。でも、本当に僕なんかでいいのかな?」

白石由希「だったらもう悩むことなんてないよね!上杉君、わたしのこと好きになってきたでしょ?正直に言ってほしいな」

上杉陽翔「正直に言うと一緒にファミリーレストランで話したときから白石さんのことは少し気になっていた。今は好きになってきてる」

白石由希「じゃあ今から上杉君はわたしの彼氏、わたしは上杉君の彼女ってことでいいよね?」

上杉陽翔「わかった。それじゃあよろしくお願いします」

白石由希「こちらこそよろしくね。わたしのこと大切にしてね」


こうして白石由希と上杉陽翔の交際がはじまった。卒業まであとわずかでお互いに別の大学へ進学することになるのだが、白石由希はそれを承知で付き合うことにしたのだ。


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