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明智学園裏クラブ  作者: 涼
11/15

脅迫された宮下苗子

■ 宮下苗子からの依頼


冬休みが終わり3学期に入ったばかりの1月上旬。堀坂向汰は少し筋肉痛になっていた。それは正月明けに裏クラブのメンバー全員でスキー場に行って最上級者コースばかり滑ってはしゃぎすぎたのが原因である。牧瀬悠人はスノーボードが得意で初心者であった如月瑠衣にスノーボードの滑り方を教えていたのだが、3歳の頃からずっと両親からスキーを教えられていた堀坂向汰はどんなところでも滑れるベテランのスキーヤーであった。琴宮梓颯はスノーボードはあまり好きじゃないとのことで、堀坂向汰と同じくスキーをしていたが、中級者程度のレベルであった。最初は堀坂向汰と琴宮梓颯、白石由希の3人でスキーを楽しんでいたが、堀坂向汰があまり人のいない急斜面を滑ろうと言って一緒についていったところ、琴宮梓颯と白石由希はとても怖くて滑れそうにないとのことで、午後になると堀坂向汰が一人はしゃいで滑っていた。それでも夕方近くになると如月瑠衣はゲレンデの上から滑れるほど上達しており、最後は5人で一緒に滑ろうとのことで合流した。


牧瀬悠人「それにしても堀坂先輩ってめちゃくちゃスキー上手じゃない?」

如月瑠衣「人はみかけによりませんね。それにスキーだけでなく、子供の頃からオフロードバイクに乗っていて教習所に通わず二輪免許を取得したようですの」

牧瀬悠人「それはすごい!試験場で一発合格するってかなりの運転技術だと思う。僕は教習所に通ったけどね」

如月瑠衣「そういえば琴宮会長と一緒に海に行ってスキンダイビングをしてたとも聞きましたわ」

牧瀬悠人「ダイビングもできるんだ。きっと両親がアウトドア派なんだよ」


久しぶりのスキーだったこともあって堀坂向汰は太ももあたりが筋肉痛になってしまっていたのだ。筋肉痛で変な歩き方をしながら2年3組の教室へ入って自分の席に座ると、スタスタと西村真一がやってきた。


西村真一「堀坂、おはよう!お前、足でも痛ぇのか?」

堀坂向汰「ちょっと探してる同人誌があってあちこちの本屋に行ったから歩き過ぎたんだよ」

西村真一「また二次元かよ。もう3年にあがるんだからよ、そろそろ三次元の彼女でも作ったらどうよ?」

堀坂向汰「そういえば、冬休みは泉原さんとどこかいかなかったの?」

西村真一「日帰りだけど温泉と観光してきたぜ!彼女と2人で温泉観光とかマジ幸せって感じ」


そんな話をしていると宮下苗子が堀坂向汰の席のほうへ走ってきた。


宮下苗子「堀坂、ちょっと聞きたいことがあるからこっちに来て!」

堀坂向汰「え?僕に何を?」

宮下苗子「いいからついてきて!!」


宮下苗子は堀坂向汰の腕を掴んで廊下の外へ引っ張っていった。そして階段の踊り場のところまで引っ張っていくと宮下苗子は辺りを見渡して人がいないことを確認すると手を離した。そしてポケットから一通の便箋を取り出した。


堀坂向汰「宮下さん、いきなり困るよ。みんな不振がって見てたし」

宮下苗子「ごめん。でも怖くてたまらなかったから一刻も早く堀坂に見てもらおうと思ったの」

堀坂向汰「見てもらおうって、その便箋のこと?」

宮下苗子「うん。今朝、この便箋がわたしの下駄箱の中に入ってたの」

堀坂向汰「とりあえず中身は後で見るから、急いで教室に戻ろう。宮下さんが俺を連れ出すなんて、周りからみたら不自然すぎるから。とりあえずバスケ部の更衣室が覗かれたかもしれないから聞いてみたって理由で連れ出したことにすればいい」

宮下苗子「わかった。じゃあ先に戻るね」


そう言って宮下苗子は教室へと戻っていった。ここで便箋の中身を確認するのはまずいと思った堀坂向汰は便箋をポケットの中に入れて一足おくれて教室へ戻っていった。2年3組の教室へ戻ると西村真一が疑うような目つきをしながら待っていた。


西村真一「堀坂、クラスナンバーワン女子の宮下と何話してたんだよ?」

堀坂向汰「僕もよくわからないんだけど、バスケ部の更衣室を覗かれていたとかで、知ってることあるか聞かれただけだよ」

西村真一「お前、マジ可愛そうな奴だな。同人誌ばっか読んでるからそんな疑いかけられんだぞ!やっぱ三次元彼女を作るしかねぇな」

堀坂向汰「三次元彼女のことはいいよ」


一方、宮下苗子のほうにも2人ほど女子生徒が集まっていた。


井戸美里「苗子、キモオタを連れ出して何聞いてたの?」

宮下苗子「バスケ部の更衣室が誰かに覗かれていたかもしれないから聞いてただけよ」

佐々木加奈「うわーあのキモオタ、とうとう覗きなんかしてたの?」

宮下苗子「その時たまたま堀坂が歩いていたのを見かけたから聞いてみただけなのよ」

井戸美里「そっか、それで覗きのほうは大丈夫だったの?」

宮下苗子「本当に覗かれていたのかわからないし、気のせいだったかもしれないから大丈夫よ」


すると担任の水瀬先生が教室に入ってきて「はーい、みなさん席についてください」と大きな声で言った。1限目が開始されると、堀坂向汰はポケットから例の便箋を取り出した。便箋は真っ白でよく見てみると封はされておらず、前面には横長に切り取られた用紙が貼られており、そこには印刷された文字で「宮下 苗子 様」とだけ記されていた。便箋を開けると中には1枚の紙が入っており新聞文字をスクラップして次のように記されていた。


私は君のいやらしくはずかしい写真を沢山持っている。


すでに学園 SNS にモザイク写真を1まい投稿しているので

確認すれば信じてもらえるだろう。

これからいくつか指示をしていくが、

従わない場合、次は加工なしの生写真をばら撒く。


最初の指示は来月までに部活を辞めることだ。

このことをだれかに話したらすぐに写真を公開する。


また次の指示を出すので待っていろ!


これを読んだ堀坂向汰は「コラージュの脅迫文章か」と小声で呟いた。単なるイタズラかもしれないが、学園のSNSを確認してみないことにはわからない。もし学園のSNSに投稿していた場合は投稿者から犯人を割り出せるはずだが、とにかく放課後に裏クラブのメンバーを集めて確認するしかない。それには宮下苗子にも同行してもらう必要がある。堀坂向汰はメモ用紙を出してメッセージを書くと立ち上がって「先生、すみませんトイレに行ってきます」と言った。そして、歩きながら宮下苗子の席の上にすかさずそのメッセージを書いたメモを置いた。メッセージの内容は「今日、放課後すぐに生徒会室に来てほしい」という内容が書かれていた。そのメッセージを読んだ宮下苗子はすぐにそのメモ用紙を丸めながら握りつぶしてポケットに入れた。その後、堀坂向汰は裏クラブのメンバー全員に「今日の放課後、生徒会室で会議」とメールを送った。


放課後になると生徒会室には琴宮梓颯と如月瑠衣の2人が話をしていた。


如月瑠衣「来月の生徒会長選挙ですが、やはり琴宮会長の支持率が圧倒的に高いようですね」

琴宮梓颯「そうだけど、立候補者はわたしと如月さん、あとは1年生の男子生徒の3名だからよ。それに如月さんの支持率も結構あるじゃない」

如月瑠衣「たしかにわたくしの支持率は2位ですが、琴宮会長の半分も満たしていませんわ」

琴宮梓颯「それにしても向汰君から裏クラブの密会を言い出すなんて珍しいわね」

如月瑠衣「たしかに珍しいですわ」


すると生徒会室のドアからノックする音が聞こえた。如月瑠衣は「はい、どうぞ」というと、ドアが開いて牧瀬悠人が「お疲れ様です」と言って入ってきた。ドアを閉めようとすると今度は後ろから「ごめんなさいね」という声が聞こえると白石由希が入ってきた。そしてドアを閉めると牧瀬悠人が琴宮梓颯の机の前まで歩いていった。


牧瀬悠人「琴宮先輩、先日のスキーで思ったのですが、堀坂先輩ってある意味天才じゃないですか?」

琴宮梓颯「どうしてそう思ったの?」

牧瀬悠人「見た目は根暗でオタク系ですが、実は運動神経抜群で知能指数も高くEQも高い。こんな人間はそんなにいないと思いますよ」

琴宮梓颯「たしかにそうね。あれほどスキーが上手だなんてわたしも知らなかったし、言われてみるとEQも高いわね」

牧瀬悠人「やはり将来は探偵になるべき人ですよ」

琴宮梓颯「そうかもしれないけど、向汰君は推理する仕事に興味がなさそうなのよ。それにこの前、変なこと言ってたわ」

牧瀬悠人「変なことですか?」

琴宮梓颯「将来のことを聞いてみたらビュロウかカンパニーならいいから英会話力をもっとあげないといけないって言ってたのよ」

牧瀬悠人「それってFBIやCIAのことじゃないですか!ビュロウはFBIのことでCIAはカンパニーと呼ばれていますから間違いないです」

如月瑠衣「横から申し訳ないですが、牧瀬君のおっしゃる通りです。堀坂先輩がアメリカに行くことになれば、琴宮会長はどのようにされるおつもりですの?」

琴宮梓颯「前にも言ったけど、卒業したらすぐに籍を入れるつもりだから、そうなれば向汰君と一緒にアメリカに行くことになるわね」

牧瀬悠人「たしかに堀坂先輩ならFBIかCIAに入れるかもしれませんね。あとは英語力の問題だけでしょうか」

琴宮梓颯「そういえば向汰君、英語の成績だけ優秀だったわ。たしかTOIFLで90点だったとか・・・密かに英語を勉強してるのね」

如月瑠衣「TOIFLで90点というと、大学生レベルじゃありませんの?」


そんな話をしていると生徒会室のドアからノックする音が聞こえた。如月瑠衣が「はい、どうぞ」と答えるとドアが開いて堀坂向汰が入ってきた。


堀坂向汰「みんな、お待たせしてごめん。あと掃除当番をしてる人が後で来るので少し待ってね」

牧瀬悠人「堀坂先輩、お疲れ様です。あの、ビュロウかカンパニーに入るおつもりですか?」

堀坂向汰「梓颯から聞いたんだね?まだ決めてるわけじゃないんだけど入れたらいいなってだけだよ」

牧瀬悠人「堀坂先輩なら入れると思いますよ!」

琴宮梓颯「ところで、向汰君から密会を言い出すなんて珍しいと思うんだけど何かあったの?」

堀坂向汰「そうなんだけど、詳しいことはもう1人きてから全て話すよ」


堀坂向汰はそう言うとソファーに座ってカバンの中からペットボトルのコーラーとスナック菓子を取り出して飲食しはじめた。


堀坂向汰「ところで白石先輩、昨日というか今朝方かもしれませんが、役満でも揃いましたか?」

白石由希「どうしてわかったの?」

堀坂向汰「さっきからときどき左上を向きながらニヤついていますので、いいことでもあったのかと思ったからです。恋愛には興味がない白石先輩がいいことがあったとすれば麻雀くらいですし、目の下にクマがあるところからテツマンしていたことが推理できるからです」

白石由希「堀坂君怖いよ~たしかに、はじめてわたしの好きな緑一色って役満であがれて浮かれてたかも」


その時、生徒会室のドアからノックする音が聞こえた。誰が来たのかわからなかったので如月瑠衣は返事をしなかったが、堀坂向汰が立ち上がってドアのほうへ歩いていって開いた。するとそこに立っていたのは制服姿の宮下苗子であった。堀坂向汰は「宮下さん、わざわざ来てもらってありがとう。じゃあ入って」と言うと宮下苗子は「うん」と言って生徒会室へ入ってきた。そして堀坂向汰は生徒会室のドアを閉めて鍵をかけるとソファーのほうへ歩いていきながら「みんなお待たせ!今回集まってもらった詳しい内容を説明するよ」と言った。裏クラブのメンバーは、まさかストーカー被害にあっていた宮下苗子が来るとは予想していなかったので、少し驚いた表情をしていた。



■ 脅迫文章の解析と目的の推理


堀坂向汰は宮下苗子のほうを向いて「宮下さん、ここにいる限り安全だから安心していいよ」と言ってから、預かっていた便箋と脅迫文をカバンの中から取り出して裏クラブのメンバーに見せながら事情を説明した。


牧瀬悠人「コラージュの脅迫文章とは、まるで推理小説の世界ですね」

琴宮梓颯「これ、ただのイタズラだとは思えないわね。宮下さん、何か心当たりはないの?」

宮下苗子「全く・・・部員に恨まれてるようにも思えないし、誰かとトラブった記憶もないの」

如月瑠衣「去年、ストーカー行為をしていた風間祐一さんでしたか!?その人の可能性はありませんの?」

白石由希「風間君はわたしのことで頭がいっぱいだと思うから、それは考えられないよ」

堀坂向汰「白石先輩、まだ風間祐一と繋がっているんですか?」

白石由希「繋がってるわけじゃないけど、わたしは誰とも付き合う気はないって風間君に聞こえるように言ったよ」

堀坂向汰「この便箋と脅迫状は非常に興味深い点がいくつかあるんだけど、その前に文章に書かれている学園SNSに投稿したモザイク写真を確認したいんだよ。もし投稿されていたら投稿日時とアカウント情報を調べてほしい」


如月瑠衣が立ち上がって棚の中から少し古めのノートパソコンを取り出した。そして席に座ってパソコンを起動させると、学園SNSの管理画面にログインした。如月瑠衣はそれからカチャカチャとキーボードで何か文字を入力して「これではないでしょうか?」と言った。生徒会室にいた全員が如月瑠衣のノートパソコンの画面を見ると体育用具室の中で上半身は下着、下半身は水色の短パンを膝下まで脱いでいるかと思われるモザイクがかけられた写真であった。モザイクがかけられているので写真から人物を特定できないが、跳び箱の上に水色のタンクトップが置かれているのはわかった。その写真を見た宮下苗子は怯えはじめ、身体が震えだした。


堀坂向汰「これはバスケ部のユニフォームに間違いないね。モザイクがかかってるけど髪の長さは宮下さんと同じくらいだし、ユニフォームの番号は1桁で、予想できる番号は1と7だね」

宮下苗子「こ、これ、わたしよ。先週、帰りが遅くなって面倒だから体育用具室で着替えたの。その時のものだと思う。超怖い・・・」

堀坂向汰「やっぱりイタズラじゃなくて本当の脅迫文章だったことが明らかになったね」

宮下苗子「堀坂、マジ怖くて泣きそうなんだけど、わたしどうすればいいの?」

堀坂向汰「とにかく、しばらくは何もしてこないと思うけど、あまり生徒会室に長居してると気づかれる可能性があるから、今日はもう帰ったほうがいいと思う。あと携帯のメールアドレスだけ教えてもらっていいかな?今朝のように引っ張り出されると困るし、今後はメールでやり取りをしよう」

宮下苗子「わかった。じゃあアドレス交換しよ」

堀坂向汰「それとアドレスは俺の名前で登録しないでね」

宮下苗子「だったら『ほりくん』って平仮名で登録しておくよ。それと部活はどうすればいいの?今日はさすがに行く気がしないから休むけど、ずっと休むわけにいかないし・・・」

堀坂向汰「キャプテンだけには事情を説明しておいて、解決するまではうまく理由を作って一時退部という形をとるのがいいと思う」

宮下苗子「ちょうど受験シーズンで2月の地区予選しかないからそれでもいいけど、堀坂はこれを解決できる自信はあるの?」

堀坂向汰「自信があるかって聞かれると困るけど、やるだけはやってみるよ」

宮下苗子「ありがとう。それにみなさんも協力してくれるとのことでよろしくお願いします」

堀坂向汰「今度、脅迫状が届いたら預かるのでメールを送ってね。じゃあもう生徒会室から出たほうがいいよ」

宮下苗子「わかった。それではみなさん失礼します」


宮下苗子は一礼して生徒会室を出ていった。すると如月瑠衣が立ち上がってさっさと生徒会室のドアの鍵を閉めた。


堀坂向汰「さて、さっきからみんな自分の役割事をしてるみたいだけど始めようか。まず1つ目のポイントはこの白い便箋に貼られている紙の上に印刷された名前の書体だけど、これは光熱費の書類や請求書なんかでよく見かける。しかも『宮下 苗子 様』と苗字と名前と様にそれぞれスペースが入ってるということは、宮下苗子の自宅に送られてきた郵便物から名前の部分だけ切り取って貼り付けたものだとわかる」

琴宮梓颯「宮下さんの家族構成だけど両親のほかに2歳下の弟が1人いる4人で、一戸建てに住んでるみたいよ」

如月瑠衣「学園SNSに写真を投稿したアカウント情報ですが、SSという名前で登録されていて、登録メールアドレスはアドレスチェックに引っかからない海外ドメインのフリーメールでした。投稿日時は一昨日の午後11時24分でIPアドレスも匿名性のある海外のものでした」

白石由希「わたしの役割はないけど、さっき宮下苗子さんをずっと観察してたけど、とても隠し事や嘘を言ってるように思えなかったよ。写真を見て怯えはじめて泣きそうになってたけどね」

堀坂向汰「あとの謎については牧瀬君から説明してもらっていい。俺はちょっと腹減ったので・・・」

牧瀬悠人「わかりました。第一の謎はどうして新聞の文字をスクラップした脅迫文章であるかですが、ここに使われている漢字数が最も多いのが『写真』で次に多いのが『指示』です。いずれも書体が同じですので同じ新聞紙を何枚も持っていたことになります。それに、ところどころが平仮名になっているのは、その漢字が新聞紙から見つからなかったかと思われます。文字は全て新聞のタイトルになっている大きな部分が使われていますが、例えば”はずかしい”の『恥』とか”すでに”の『既』、”だれかに”の『誰』などはあまり新聞のタイトルには使われない漢字だと推理できます。そして最大の謎は脅迫文の意味、つまり犯人の目的です。最初の指示は『部活を辞めることだ』と言っていますが、宮下苗子さんが部活を辞めると犯人にとって何のメリットがあるのかわかりません。同じ部員の怨恨による脅迫状の可能性もゼロではありませんが、その場合だと次の指示を出す意図が見えません。堀坂先輩、このくらいでいいでしょうか?」


堀坂向汰はペットボトルのコーラーを飲んで口を開いた。


堀坂向汰「牧瀬君、ありがとう。あとは犯人が何時、宮下苗子の下駄箱に脅迫状を入れたのかが問題だね。写真をSNSに投稿したのが一昨日の午後11時24分ということは、それから登校してくるまでの間だから8時間くらいになるね。便箋をさっと入れるだけだから周りに人がいても気づかれないだろうけど、犯人は学園内の人間ということになる。あと如月さんに聞きたいんだけど、SNSに投稿されてる写真は何で撮影されたものかわかる?」

如月瑠衣「さきほど画像情報を確認したのですが、機種名などは削除されていました。しかし、これはスマホで撮影したもので間違いありませんわ」

堀坂向汰「どうしてスマホだとわかるの?」

如月瑠衣「さきほど、こっそり画像をバイナリ解析してみましたらOT値だけは残っていましたの。スマホ撮影特有のオリエンテーション値といいまして、撮影時の角度情報だけは残っていましたの。それと写真の画質がかなりいいですから最近のスマホだと思いますわ」

堀坂向汰「さすが如月さんは仕事が早いね!」

琴宮梓颯「それにしても今回は情報があまりにも少ないから、犯人を見つけるにしてもかなり手間がかかりそうね」

牧瀬悠人「たしかにそうですね。今の段階で推理できることもあまりありませんし、少し厄介かもしれません」

堀坂向汰「まずは如月さんにこの写真を撮影した現場を調査してほしい。これは体育館の倉庫だから窓は1つしかないから特定は簡単だけど、窓は高い位置にあるからハシゴを使うかしないと撮影できないはず。犯人がどうやって撮影したのかも含めて検証してみてほしい」

如月瑠衣「わかりました。現場に撮影器具をいろいろ持っていって検証してみます」

堀坂向汰「撮影器具を持っていくのはいいんだけど、犯人に見つからないようにこっそり検証してほしい」

如月瑠衣「では、最近朝早く目が覚めますので、明日の早朝、誰もいない時間帯に検証しておきますわ」

堀坂向汰「梓颯は宮下苗子の交友関係や身辺調査をお願いしたい。これもこっそりね」

琴宮梓颯「わかったわ。バスケ部員に1人だけ仲良くしてた子がいるから、そこからあたってみるわ」

堀坂向汰「白石先輩、元バスケ部員だった3年生の知り合いはいませんか?」

白石由希「えっと、紗季ちゃんって子はバスケ部だったけど3年生の引退試合前に退部しちゃったからどうだろう!?」

堀坂向汰「その紗季って人で構わないので、適当な理由をつけてしばらくの間、バスケ部の練習を見学してもらえないでしょうか?」

白石由希「わかった、観察するんだね。紗季ちゃんも受験のために仕方なく退部しただけだから、うまくお願いしてみるね」

堀坂向汰「牧瀬君には宮下苗子の自宅付近の調査と、俺と一緒に脅迫状についての推理続行をお願いするよ」

牧瀬悠人「わかりました。まずは宮下苗子の自宅付近の調査からはじめますね」

如月瑠衣「この脅迫状ですが、生徒会室で厳重に保管しておきますね。念のために2枚だけコピーして堀坂先輩と牧瀬君にお渡ししておきます」

堀坂向汰「如月さん、ありがとう。今回の脅迫状事件の最大の謎は牧瀬君が言った通り犯人の動機や目的なので、かなり厄介で難しいかもしれないけど手がかりさえ見つければ解決は早いと思う。ということで、みんなよろしくお願いするね」


それぞれの役割が決まったところで裏クラブでの調査が開始されることになったが、今回ばかりは犯行動機や目的が全くわからず、情報量があまりにも少ないため誰もが難しいと感じていた。はたして堀坂向汰の言った手がかりは見つかるのだろうか。



■ 見つからない手がかり


早朝の午前6時が過ぎた頃、如月瑠衣は学園に登校していた。各部活の早朝練習が始まるのは午前7時からなので急いで現場検証を行わないといけない。学園には体育系部活動の顧問をしていると思われる教師が数名ほど職員室にいるのが見えたが、まだ生徒は誰も登校していない。念のため如月瑠衣はこっそりと体育館横の撮影現場と思われる場所へ向かった。その後、現場に到着して辺りを見渡してみると、ちょうど通路や教室から死角の位置になっていて人通りの少ない場所だとわかった。そして撮影されたと思われる現場は透明の網入りガラス窓で地面から2mほど高い場所に位置していた。身長の高い人が手を伸ばしてやっと撮影できる高さに窓が位置していたので、如月瑠衣は道具でも使わない限り撮影は不可能と判断した。窓自体も横長で縦幅が30cmほどと狭い。如月瑠衣はカバンの中からスマホ用の一脚(自撮り棒)を取り出してスマホを装着し、無音シャッターアプリを使ってリモート操作で撮影してみた。その方法だとうまく窓の外から体育倉庫内を撮影することができた。しかし、如月瑠衣の頭の中で1つの疑問点が出た。それは”なぜその時間に宮下苗子が着替えをしていることが犯人にわかったのか”という疑問であった。ずっと部活動をしているので制服に着替えることは慣れていて早いはずなのだ。体育館内が見えるのは表側か裏側で、どちらの場所から体育倉庫に入っていく姿を目撃したとしても、この現場まで走って準備をして撮影するのには時間がかかる。しかし学園SNSに投稿された写真は着替えてるシーンをバッチリ捉えているのだ。如月瑠衣はどれだけ考えてもわからず「これはもう堀坂先輩や牧瀬君に任せるしかないわ」と小声で呟いた。


ホームルームが始まる30分前に登校した琴宮梓颯は2年6組の教室で黒髪でサラサラのショートヘアーに細目で鼻筋は通っているしょうゆ顔、身長170cmと女子にしては少し背の高い水無瀬那奈という女子生徒と話をしていた。


水無瀬那奈「あずと話すのは久しぶりだよね」

琴宮梓颯「そうよね。お互い部活や生徒会で忙しくなったから話す機会がなくなったわね」

水無瀬那奈「今日はどうかしたの?」

琴宮梓颯「どうもしないけど、昨日アルバム見てて、那奈と久しぶりに話したいなって思ったの」

水無瀬那奈「そうなんだ。あず、生徒会長になって忙しくなったみたいだから、あたしのことなんて忘れてるかと思ってたから、なんか嬉しいかも」

琴宮梓颯「那奈は今も部活続けてるの?」

水無瀬那奈「もちろん続けてるよ。もうレギュラーになってるし、今は後輩のお世話係にもされてるから辞められないの」

琴宮梓颯「後輩のお世話係してるのね。那奈は面倒見がいいからわかる気がするわ。それに女子バスケ部ってみんな仲良しみたいね」

水無瀬那奈「うんうん!先輩達はもう引退しちゃったけど、今の後輩達も含めてみんないい子ばかりなの」

琴宮梓颯「それは生徒会にとっても有難いことだわ。部活動で生徒同士のいざこざがあると生徒会の仕事が増えるのよ。恋愛絡みの問題とかキャプテン候補の争いとか、そういう問題があるとすぐ生徒会が対応しないといけなくなるの」

水無瀬那奈「生徒会ってそういう問題も扱ってるんだ。なんか大変そう・・・でもうちの部はそういうのないから大丈夫だよ。彼氏持ちの人は多いけど、あたしや他の子は恋愛に興味ないみたいだし、新しいキャプテンに不満をもってる子もいないから」

琴宮梓颯「そうなんだ。那奈は好きな人とかいないの?」

水無瀬那奈「残念ながらいないの。3組の宮下さんって子も彼氏がいないんだけど、この前、恋愛するなら卒業してからだよねって話してたの。それよりあずはどうなの?学園のアイドルだからかなり告白されてるんじゃないの?」

琴宮梓颯「告白はされてるけど、全て断ってるわ。ここだけの話だけど憧れてる人がいて、その人のことしか考えられないのよ」

水無瀬那奈「ええー!!そうなんだ!!!その憧れてる人に告白する気はないの?」

琴宮梓颯「そうね・・・卒業してからハッキリさせるつもりよ。今は生徒会長のことがあるから」

水無瀬那奈「あずも卒業してからか。そういえば次期生徒会長に立候補してたね」

琴宮梓颯「まだ生徒会長としてやり残してることがたくさんあるから立候補したの。あっそろそろホームルームが始まるから教室に戻るわね」

水無瀬那奈「うん、わかった。また暇な時にでも話しかけてきてね」

琴宮梓颯「わかったわ。那奈も何かあったらいつでも話しかけてきてね」


そして琴宮梓颯は自分の教室へと戻っていった。水無瀬那奈と話をしてみたが女子バスケ部内で、これといった問題が発生していないことだけはわかった。今回の脅迫状は女子バスケ部内の問題ではないことだけわかった。あとは宮下苗子の交友関係について調べないといけないが、それについては同じクラスメイトである堀坂向汰に観察してもらった後のほうがよさそうだと思った。


一方、白石由希もホームルームが始まる30分ほど前に登校して3年3組の教室に出向き、天然の茶髪にセミロングで少しタレ気味の目にだんご鼻で逆三角型をした顔、身長は165cm程の紫藤紗季という元バスケ部の女子生徒と話をしていた。


白石由希「紗季ちゃん、突然来ちゃってごめんね」

紫藤紗季「ううんいいけど、由希ちゃんとお話するの久しぶりだよね。今日はどうしたの?」

白石由希「実は紗季ちゃんにお願いがあるんだけど、女子バスケ部の練習を見学することってできる?」

紫藤紗季「わたし途中で退部しちゃったけど、一応OBだからできなくはないけど、でもどうして?」

白石由希「昨日、テレビでバスケの試合見ててカッコいいなって思って、大学の部活に入るのに参考にしたいんだよ」

紫藤紗季「由希ちゃんの行く大学には麻雀部があるんじゃないの?」

白石由希「まだ麻雀部に入るって決めてないんだよ。見学させてもらうけど、変な人とか男子ばかりだったら嫌だから他の部に入ることも考えてるんだよ」

紫藤紗季「たしかに麻雀部って変な人多そうだよね!部室内もタバコの煙で充満してそうだし」

白石由希「そうなんだよ。それにわたし、体を動かすのが好きだからスポーツ部もありかなって思ってる」

紫藤紗季「それでバスケ部なんだね。見学はできると思うけど1日じゃよくわかなんないと思うよ」

白石由希「それで一週間ほど見学できたら嬉しいんだけど、もちろん紗季ちゃんの都合が悪い日はいいんだけど」

紫藤紗季「部活が終わるまでは塾があるから無理だけど、放課後1時間くらいだったら別にいいよ」

白石由希「ありがとう!!お礼として帰りにクレープおごらせてもらうね。じゃあ早速今日から見学させてもらっていいかな?」

紫藤紗季「由希、わたしがクレープ大好物だってこと覚えてくれてたんだ!今日の放課後、この教室で待ち合わせして一緒に体育館に行こう」

白石由希「わかった。授業が終わったら3組の教室の前で待ってるね。じゃあホームルーム始まるから戻るね」


そう言って白石由希は自分の教室へと戻っていった。白石由希は教室に戻るとすぐに琴宮梓颯へ「今日から調査開始」というメールを送った。


琴宮梓颯や如月瑠衣の調査により犯行の手口やバスケ部の内情は掴んだものの、決め手になるような情報は手に入らなかった。ただ、センター試験を控えているので、しばらくは生徒会としての活動予定がないのが唯一の救いであった。なぜなら裏クラブの活動に専念できるからである。


放課後になり白石由希を除く裏クラブのメンバーが生徒会室に集まっていた。琴宮梓颯と如月瑠衣は調査結果を報告した。牧瀬悠人は宮下苗子の自宅付近まで調査に行ったみたいだが、入り組んだ住宅街にある二階建ての一戸建に住んでいて、二階の窓に薄いピンクのカーテンがかかっているのが部屋だろうということだけわかったという。


堀坂向汰「結局、何の手がかりもなかったか・・・」

如月瑠衣「例の写真の撮影方法はわかりましたが、そのおかげで謎が増えてしまいましたの」

堀坂向汰「その謎って、なぜ犯人は宮下苗子の着替えている時間がわかったのかということだよね?」

如月瑠衣「おっしゃる通りですが、どうしてわかりましたの?」

堀坂向汰「俺も昨日の帰りに現場に行ってみたからだけど、その謎はもう解けてるから心配しなくていいよ」

如月瑠衣「ええーもう解けたのですか!?犯人はどのようにしてタイミングよく宮下苗子さんが体育倉庫で着替えているシーンを撮影したのでしょうか?」

堀坂向汰「まず宮下苗子が体育館で着替えたのは今回がはじめてではないということ。おそらく部活が終わって1人残って練習を続ける日は着替えをカバンの中に入れておいて、体育倉庫で着替えて帰宅してたんだと推理できる。わざわざ着替えをカバンの中に入れて、カバンを体育館に持っていってたってことは最初から体育倉庫で着替える前提だった証拠だよ。普通は更衣室に着替えとカバンを置いておくはずだし、はじめての場合だと体育倉庫で着替えなんかしたら誰かに見られる可能性があるから躊躇するはず。しかし、面倒だから体育倉庫で着替えたって発言してるところからすると、はじめてのことではないってことだよ。つまり犯人は写真を撮影した日、宮下苗子がカバンを体育館まで持っていってて、帰宅前に体育館で着替えると知っていた人物ということになる」

如月瑠衣「なるほどです。しかし、着替える時間がわかったのはなぜでしょうか?」

堀坂向汰「この学園の部活動が終わる時間は17時で、1人残って練習したとしても18時には帰宅しないといけない。帰宅準備は片付けをして体育館の全ての鍵を閉めて職員室に鍵を返しにいってからになるから、せいぜい17時40分頃に着替えることになる。犯人はあらかじめ撮影準備をして外で待っていたんだよ。そしてその時間帯になって体育倉庫の扉が開く音を確認してから撮影したんだよ。体育倉庫の扉は鉄製だから窓の外からでも開ける音が聞こえるだろうしね。あとタイミングのいいシーンだけを撮影したんじゃなくて、体育館の扉が再び閉まるまでの間ずっと何枚も撮影し続けたと思うよ」

如月瑠衣「おっしゃっていることはわかりましたのでスッキリはしましたが、何枚も着替えのシーンを撮影し続けたのであれば、もっといかがわしい写真を持っている可能性がありますわね」

堀坂向汰「さすがに全裸の写真はないと思うけど、今回のように上半身だけじゃなくて下半身も下着姿になっている写真は持ってるだろうね」

琴宮梓颯「横からごめんなさい。そんな写真を学園SNSに投稿して何のメリットがあるのかわからないわ。それにすぐ削除されるんじゃない?」

堀坂向汰「写真の投稿は脅迫ネタで、犯人の目的は他にあるんだよ。今の段階では全く手がかりがないから、次の脅迫状が届くのを待つしかないね」

牧瀬悠人「それまで僕は宮下苗子さんの自宅付近の張り込みをしようと思っています。これでも僕は探偵事務所の子供で警察にも協力していますので!」

堀坂向汰「牧瀬君、長期戦になるかもしれないけど、がんばって張り込みを続けてほしい。いつか犯人が尻尾を出すと思うからね」

牧瀬悠人「はい!その覚悟はできていますし、父には裏クラブの活動や堀坂先輩のことを話したところ『がんばれ』と言われていますから」

堀坂向汰「俺のことをお父さんに話したの?」

牧瀬悠人「詳しいことは話していませんが、僕より推理力やEQが上で何でもできて尊敬できる人だと話しました」

堀坂向汰「何でもできるは言い過ぎだよ。それより卒業して探偵になるなら如月さんをパートナーにすればいいかもね」


如月瑠衣は顔を少し赤くしながら「わたくしですか?」と言った。


堀坂向汰「如月さんのハッキング技術を活かせて働ける場所は警察のサイバー犯罪科か探偵事務所だと思うんだよね」

牧瀬悠人「僕もそう思います。そこまでの技術を持っていて普通のIT業界企業で働くのは勿体ないですよね」

如月瑠衣「お二人とも、少しわたしくのことを過剰評価しすぎですわ。世界中にいる凄腕ハッカーに比べるとわたくしなんてまだまだですのよ」

堀坂向汰「上を見るとキリがないし、如月さんはこれからだからね。それに探偵だけじゃなくて別の意味でもパートナーになればいいと思う」

如月瑠衣「別の意味とはなんでしょう?」

堀坂向汰「ふふふ・・・人生のパートナーかな」

如月瑠衣「またそのようなことを言って・・・わたくし未来のことなんてまだ考えられませんわ」

牧瀬悠人「僕はこれからも如月さんから離れるつもりはないけどね」

如月瑠衣「牧瀬君もそのような恥ずかしいこと言わないでください・・・」


そんな話を聞きながらクスクスと笑っている琴宮梓颯が席を立った。


琴宮梓颯「如月さんって照れると可愛らしいわね。それより、次の脅迫状が届くまで待つってことでいいの?」

堀坂向汰「ああ、今の状態ではわからないことだらけでお手上げだからね」

琴宮梓颯「生徒会長選挙の投票日までに解決するかしら?」

堀坂向汰「それは犯人次第だけど、牧瀬君の張り込みと白石先輩のバスケ部見学の調査結果にもよるんだけどね」

琴宮梓颯「わかったわ。それより向汰君、明日はどこに連れていってもらえるの?」

堀坂向汰「だから1時間ほど雪道を歩く山だって言ったよね。詳しいことは行ってのお楽しみってことで!」

如月瑠衣「明日はデートですか?」

琴宮梓颯「そうなんだけど、向汰君はいつも場所や詳しいことは教えてくれないのよ」

堀坂向汰「教えたら楽しみが減るでしょ?それに街中だと誰かに見られる可能性があるから遠いところじゃないと困るんだよ。ちなみに俺が連れていくところは穴場で人もいないところが多いんだけどね。まあ、目的地に着いたら鍋焼きうどんを食べよう!」

如月瑠衣「なるほど。でもデートなんてうらやましいですね」

堀坂向汰「如月さんも牧瀬君とデートすればいいんじゃない?」

如月瑠衣「わたくし、寒い日に外を出歩くのは苦手ですの。それに牧瀬君は土日も張り込みするようですし・・・」


結局、何の手がかりもなく世間話が多くなった密会となってしまった。次の脅迫状が届くのはいつになるのかわからないが、とにかく今の段階では待つしかなかった。そもそも次の脅迫状は届くのだろうか。白石由希の部活見学で得られる情報はあるのか、牧瀬悠人の張り込み調査に進展はあるのか全くわからないのだ。



■ 新たな脅迫状とみだらな要求


週明けの月曜日の朝、琴宮梓颯は早めに登校して校門の前に立って生徒会長選挙の活動をしていた。多くの生徒が琴宮梓颯の周りに集まって「琴宮さんがんばれ!」、「生徒会長ができるのは琴宮さんしかいない」などの声が聞こえてきた。集まっていたのは男子生徒や1年生の女子生徒が多かった。どうやら琴宮梓颯は1年生の女子生徒から「憧れの先輩」と呼ばれているようで人気があるようだ。一方、如月瑠衣も下駄箱付近の前に立って生徒会長選挙の活動をしていた。一部の男子生徒と女子生徒が如月瑠衣の周りに集まっているようであったが、現在の支持率は琴宮梓颯が圧倒的に高いこともあり「如月さん、来年も立候補してね!」、「落選しても副会長としてがんばってね」などという声が聞こえてきた。2人はお互いに副会長の指名をしているので、今回の生徒会長選挙で組んでいることは誰から見ても明らかであった。


それからしばらくすると美少女アニメのキーホルダーをつけたカバンを下げながら堀坂向汰が登校してきた。生徒会長選挙の活動を見て見ぬふりをしながら2年3組の教室へ入っていくと自分の席へ座った。カバンから教科書やノートを取り出して机の中に入れようとした瞬間、机の中に前回の脅迫状と同じ白い便箋が入っていた。堀坂向汰はすかさずその便箋を取り出してポケットに入れた。そして携帯電話を確認すると宮下苗子からのメールが届いていた。メールは『今朝、また脅迫状が下駄箱に入っていたんだけど、そこに書いてる要求なんて絶対できない。どうすればいい?』という内容であった。携帯を読み終えるとさっさと削除したが、そこに西村真一がやってきた。


西村真一「堀坂、おっはようさん!難しい顔してるけど嫌なことでもあったのか?」

堀坂向汰「嫌なことじゃないんだけど、生徒会長選挙活動が騒がしいって思っただけだよ」

西村真一「でもよ、朝から学園アイドルを間近で眺められたのはよくねえか?」

堀坂向汰「僕には興味がないことだし、どうでもいいよ」

西村真一「それにしても琴宮梓颯はマジ可愛いよなぁ。俺には優奈がいるけど、あの学園アイドルと付き合う奴が現れたらうらやましいぜ。あれほどモテモテの女と付き合ったら、それなりに苦労はしそうだけどな」


堀坂向汰は心の中で「別の意味で苦労はしてるんだけどね」と呟いた。


堀坂向汰「僕には興味のない話だけどね」

西村真一「堀坂は一生リアル彼女なんて作りそうにねえ感じがするから心配になってきたぜ」

堀坂向汰「先のことなんてわからないから今から心配してくれなくていいよ。それに西村は泉原さんと幸せになることだけ考えていればいいと思う」

西村真一「まあこれでも優奈のことは大切にしてるつもりなんだぜ。まだ手もだしていねえからな」


すると担任の水瀬先生が教室に入ってきて「はーい、みなさん席についてください」と大きな声で言った。1限目が開始されると、堀坂向汰はポケットから先ほどの便箋を出して確認してみた。前回と同様に真っ白で封はされておらず、前面には白い紙に印刷された文字で「宮下 苗子 様」とだけ記されていた。どうやら前回と同じ書体であったのでコピーしたものであることがわかった。そして便箋を開けると中には1枚の紙が入っており、前回と同じく新聞文字をスクラップして次のように記されていた。


どうやら指示に従って部活を辞めたようだな。


次の指示をする。


学園のトイレ内で全裸になって携帯で自撮りすることだ。

その写真をフォト用紙にカラープリント印刷しろ。

そして、今週の金曜日、登校したときに、

その写真と全裸になったときに履いていた下着を

君の下駄箱に入れておけ。


従わない場合や誰かに話したら、すぐに君のはずかしい写真をばら撒く。

私はもっといやらしくはずかしい君の写真を持っていることを忘れるな!


また次の指示を出すので待っていろ!


今回の要求はかなり大胆でみだらなことであった。堀坂向汰がこの文章を読んで悩んだのは、宮下苗子にはとても従えない要求であり、しかも期日が決まっていることであった。それにますます犯人の目的がわからなくなってしまったのだ。堀坂向汰は立ち上がって「先生、すみませんトイレに行ってきます」と言った。トイレに入ると堀坂向汰はまず宮下苗子に「対策を考えるので少し待っていてほしい。返事不要」という内容のメールを送った。次に裏クラブのメンバー全員に「再び脅迫状が届いたので今日の放課後、生徒会室で会議」とメールを送った。その後、堀坂向汰は放課後になるまでずっと対策を考えていた。


そして放課後になって生徒会室に裏クラブのメンバー全員が集まった。生徒会室のドアの鍵がちゃんと閉まっていることを確認すると、如月瑠衣が脅迫状の文章をスキャンしてパソコンに取り入れると、プロジェクターを使って生徒会室の大きな壁にその脅迫文章を映し出した。この文章に記された犯人の要求を見た裏クラブのメンバー全員は唖然とした。


如月瑠衣「このような要求をするなんて、かなりの変態としか思えませんわ」

琴宮梓颯「前回は部活を辞めろという指示で、今回は全裸写真と下着を要求してくるなんて、何を考えてるのか全くわからないわ」

白石由希「わたしだったらかなり怖いから指示に従っちゃうかもしれないけど、泣き崩れちゃいそう」

堀坂向汰「犯人の目的がはっきりしないんだけど、1つだけわかっているのは宮下苗子を何かの形で陥れようとして何かに利用しようとしてることだけはわかったよ」

琴宮梓颯「陥れようとしてるのはわかる気がするんだけど、宮下さんを何かに利用しようとしてるってどういうこと?」

堀坂向汰「女の子にこんなこと言うのは気が引けるんだけど、たとえば金銭目的に利用しようとしてるかもしれないってことだよ。全裸写真と下着をセットで売れば結構な儲けにはなると思うんだよ。宮下苗子はうちのクラスで一番人気でルックスもいいからね」

琴宮梓颯「そうだったとすれば部活を辞めろという最初の指示の意味がわからないわ」

堀坂向汰「この犯人の裏には黒幕的存在がいる気がするんだよ。脅迫状を出している犯人は黒幕に操られているだけかもしれないし、その逆も考えられるけどね。そして、その黒幕にとって宮下苗子に部活を続けられると都合が悪いんだと思う」

牧瀬悠人「たしかに・・・僕もこの脅迫状に関して1人の犯行ではなさそうだと感じていました」

如月瑠衣「どうして1人の犯行ではなさそうだと感じられるのですか?」

牧瀬悠人「それは2つの脅迫状に記された指示の内容が異なりすぎてるからだよ。最初の指示の目的を考えると宮下苗子さんが部活を続けられると都合が悪いから辞めさせたかったと捉えることができて、今回の指示の目的を考えると堀坂先輩がおっしゃった通り陥れるか利用しようしていると捉えることができる。つまり犯人と黒幕的な存在の2人の目的が異なっているからだと考えることができるんだ」

如月瑠衣「そのように捉えるとたしかにそうですわね」

堀坂向汰「牧瀬君の考えたことに捕捉すると、犯人と黒幕は男女である可能性が考えられる。宮下苗子に恨みを持っていて部活を辞めさせようとしているのは女子生徒で、利用しようとしているのは男子生徒、陥れようとしてるのは2人共通の目的かもしれない」

琴宮梓颯「なるほどね。たしかに脅迫文章の内容からして宮下さんに好意を持ってる人の犯行ではなさそうだわ」

牧瀬悠人「さすが堀坂先輩!男女共同の犯行だとは考えつきませんでした。やはり推理力は僕の上をいってますね」

堀坂向汰「いや、まだ推理できるまでの情報はないから単なる憶測でしかないよ」

琴宮梓颯「それでどうするつもりなの?まさかこんな指示に従ってもらうわけじゃないでしょ?」

堀坂向汰「それを今日はみんなで考えてほしいんだよ。期日は金曜日までだから時間がないし、この対策に関しては推理力とか関係ないからね」

琴宮梓颯「うーん・・・今回は一時退部というごまかしはできないのよね」


さすがに裏クラブのメンバー全員は頭を悩ませて生徒会室は沈黙の状態が続いた。たしかに今回の指示はごまかしたりはできないのだ。だからといって脅迫状の指示に従わなければ本当に写真をばら撒かれるに違いない。15分ほど経って如月瑠衣が口を開いた。


如月瑠衣「下着は安いものを購入すればごまかせますよね?問題は全裸の写真ですが、コラージュ写真だとまずいでしょうか?」

堀坂向汰「うーん・・・コラ写真は俺も考えたんだけど、相当上手く作らないと少し色味が違ったらすぐバレるんだよね」

如月瑠衣「宮下先輩にはお手数ですが、トイレの中でビキニ姿になって撮影してもらって、その写真をわたくしが上手く合成しますわ。肌の色味は合わせることができます」

堀坂向汰「水着姿で撮影してもらうのはいいんだけど、合成する写真をどうやって手に入れるかが問題だよ。胸のサイズやウエスト、アンダー部分が宮下苗子とマッチした写真を探すのはかなり手間だよ?」

如月瑠衣「東アジア系外国人の18禁画像ならたくさん出回っていますから、宮下先輩のスリーサイズとアンダーバストさえわかれば、それに近い画像を探しますわ」

堀坂向汰「女子にそういうこと聞くのはちょっと気が引けるけど事情をちゃんと説明すればいいかな。それにしても如月さん、密かにそういう画像もみてるんだね!?・・・ふふふ」

如月瑠衣「わ、わたくし、密かに見たりしてませんわ。ただ、そのようなサイトはフィッシングや破壊プログラムなんかが仕掛けられているので興味本位で解析しているだけですの」

堀坂向汰「でも、如月さんだって人間なんだから、そういう画像に興味がないわけじゃないでしょ?」

如月瑠衣「そ、それは・・・」

琴宮梓颯「向汰君、そういうことを女子に突っ込んで質問しないの!如月さんが困ってるじゃない」

白石由希「堀坂君のえっち!女の子にそういう質問するのセクハラだよ」

堀坂向汰「あははは、ごめんごめん。じゃあ、コラージュ写真の作成を如月さんに任せるよ。俺は早速、宮下苗子に事情を説明して情報を聞いておくのと、ビキニ姿になってトイレで撮影した写真を送ってもらうことにするよ。急がないといけないからね」

琴宮梓颯「わたしのほうは、宮下さんから情報を得たら、今日の帰りにでもごまかすための下着とビキニを購入しておくわね。もちろん生徒会費から落とすので心配ないわ」

如月瑠衣「できるだけ露出の高いビキニをお願いしたいのですが、今の季節には売ってなさそうですわね」

琴宮梓颯「駅前のデパートに年間水着ショップがあるから大丈夫よ。海外旅行や温水プールに行く人のために売ってるの」

如月瑠衣「そうなんですね」


堀坂向汰は宮下苗子に事情を細かく丁寧に説明して、明日、こちらが下着とビキニを用意するので、明日の朝はその下着に履き替えて、放課後の誰もいない時間にトイレ内でビキニに着替えて自撮りで撮影して早急にその写真を送ってほしいという内容のメールを送った。ところが、なかなか返信がこなかったので、その間に白石由希から調査報告を聞いていた。


白石由希「とにかく女子バスケ部はみんな仲良しで問題なんてなさそうだったよ。あと、宮下さんが一時退部したから1年生から新しくレギュラー入りした子はいたくらいかな」

堀坂向汰「新しくレギュラー入りしたのは1年生なんですか?」

白石由希「2年生の部員は10名いるんだけど、そのうち2名は3年生になったら退部するらしくて、人数不足になったから1年生がレギュラーになったみたいだよ」

堀坂向汰「なるほどね。でもどうしてその1年生がレギュラー入りしたのですか?」

白石由希「1年生の中でもその子だけがずば抜けて上手らしいよ。3年生の紗季ちゃんから見ても目立ってたみたい。中学生の頃はエースだったみたいなことも言ってたよ」


白石由希の話を聞いた牧瀬悠人の表情が変わって「その・・・」と話しかけた瞬間、堀坂向汰が口を開いた。


堀坂向汰「その1年生の名前ってわかりますか?」

白石由希「たしか夢前亜里沙だったかな。変わった苗字だったから覚えてた」

堀坂向汰「牧瀬君、ごめん。何を話そうとしてたの?」

牧瀬悠人「いえいえ。堀坂先輩と同じ質問をしようと思っていました」


その時、堀坂向汰の携帯にメール着信音が鳴った。もちろんメールは宮下苗子からの返事であった。そのメールには『堀坂君、いろいろ考えてくれたみたいでありがとう。今日はもう怖くてずっと泣いてたの。明日の朝、登校してすぐに琴宮さんの教室に行って用意してくれたものを取りに行くね。そして言われた通りにするよ。あとスリーサイズとアンダーだけど男子にこんなこと教えるのって超恥ずかしいんだけど、事情はわかったから教えるわ。B86W60H90だけど下着はMサイズ。アンダーは最近測ってないからわからないけどCカップだよ。こういうことは誰にも言わないでね。あと堀坂からのメールはすぐに削除しておいたよ!じゃあ、よろしくお願いします!』という内容であった。このメールの内容をすぐに如月瑠衣に見せると、ノートパソコンに情報を打ち込みはじめた。そして如月瑠衣は「堀坂先輩、もうそのメール削除して構いませんわ。琴宮会長、情報だけプリントアウトしてお渡ししますわ」と言った。


堀坂向汰「梓颯と如月さん、アンダーはわからないって言ってるけどその情報だけでわかるの?」

琴宮梓颯「これだけの情報だけで大体わかるわ。身長もだけど体型もほとんどわたしと同じなのよ」

如月瑠衣「86でCカップということはアンダーは70くらいになりますの。男子には無縁のことですのでわからないと思います」

堀坂向汰「さっぱりわからないけど、まあその情報でわかったみたいだからお願いするよ」

牧瀬悠人「僕は一応知っていましたけど、写真を見ただけではわかりません」

堀坂向汰「それと白石先輩、話が途中になりましたけど、そのレギュラーになった1年生の夢前亜里沙って子は宮下苗子の代わりということですか?」

白石由希「それはよくわかんないんだけど、2月に地区予選の試合があるみたいだよ。それにレベル的には宮下さんくらいかそれより上かもしれないって言ってたよ」

堀坂向汰「なるほど、よくわかりました。もしかすると今回の脅迫状に関係する有力な情報かもしれません。わざわざ麻雀したいのに見学していただいてありがとうございました」

白石由希「もう!麻雀は夜するからいいんだよ」

堀坂向汰「梓颯、早速だけど、その夢前亜里沙って1年生の情報を洗い出してほしい」

琴宮梓颯「わかった。すぐに調べてみるわ」

堀坂向汰「あと牧瀬君は張り込みはもちろん続けるんだけど、夢前亜里沙の尾行をしてもらっていい?」

牧瀬悠人「はい。僕もそうするつもりでした」

堀坂向汰「如月さんは夢前亜里沙の交友関係や身辺調査で聞き込みをしてほしい」

如月瑠衣「わかりました。明日の朝から当たってみます」


夢前亜里沙という女子生徒と今回の脅迫状に関連があるかはわからないが、堀坂向汰と牧瀬悠人はこのタイミングでレギュラー入りしたということが、どうにも心の中で引っかかっていた。その後、琴宮梓颯はパソコンの生徒情報データベースから夢前亜里沙に関する情報を洗い出した。その情報によると夢前亜里沙は1年4組の生徒で、家族構成は父と母、祖母の4人暮らしで兄弟姉妹はおらず1人っ子のようだ。成績は良くも悪くもないごく平均的、戸川東中学校が出身で推薦入学したとのことであった。驚いたことに宮下苗子も同じく戸川東中学校出身なので夢前亜里沙は中学生の頃からの後輩ということになる。その2人についての接点が見つかったが、今回の脅迫状と関連性はあるのかはわからない。とにかくそれぞれが調査を開始していくことでこの日の密会は終わった。



■ 怪しい女子生徒の調査結果


次の日の朝、早めに登校した宮下苗子は2年1組の教室へ行き、琴宮梓颯から茶色い紙袋を預かった。琴宮梓颯は「長い間ごめんね」と言ったのだが、宮下苗子には意味がわからず「いいえ」と答えてさっさとトイレに向かった。その紙袋の中には薄ピンク色をした水玉模様の下着と、肩紐がなく露出度の高い白いビキニが入っていた。宮下苗子はさっそく下着だけ履き替えて2年3組の教室へ戻っていった。


早起きをした牧瀬悠人は朝6時30分には家を出て、夢前亜里沙の自宅近くで待ち伏せをしていた。ここは牧瀬悠人の自宅の最寄り駅から2駅先の駅近くなので20分ほどで到着した。火曜日はバレーボール部が朝練をしているが、何時に家を出て登校するかわからないので早めに待ち伏せすることにしたのだ。夢前亜里沙の自宅はマンションの5階だが出入口は一つしかない。牧瀬悠人はマンションの向かい側、信号を渡ったところにある小さな公園のベンチで駅前のコンビニエンスストアで購入した朝食のパンを食べてながら小型のポータブル単眼望遠鏡でマンションの出入口を見ていた。7時30分過ぎた頃、マンションの出入口から学園の制服を着た女子生徒が出てきた。緑色のリボンをつけていたので1年生に間違いない。早速、牧瀬悠人はその女子生徒の尾行をはじめた。何事もなく駅に到着して電車が到着すると、その女子生徒は3両目の右側のドアから電車に乗ったので牧瀬悠人は3両目の左側のドアから電車に乗った。学園の最寄り駅は通勤ラッシュになる方向と反対側なので、満員電車というわけではないが人は結構乗っていて席には座れない。電車が走り出すとその女子生徒はポケットの中からスマホを取り出して指でカタカタと文字を入力しているようであった。その後、その女子生徒はスマホをポケットに入れたが、3分ほど経つと再びポケットの中からスマホを取り出して画面を見ていた。そして、また指でカタカタと文字を入力するとポケットにスマホを入れた。その様子からして、どうやら誰かとメッセージの交換をしているのだと牧瀬悠人はわかった。学園の最寄り駅に到着すると、その女子生徒は当然下車したが、しばらくの間、改札を出る前にホームの椅子に座ってスマホでメッセージのやり取りをしているようだった。その後、その女子生徒は改札を出ると、スマホはポケットの中に入れて早足で学園に向かって歩いていった。駅から学園までは尾行というより、普通に他の生徒と混じって後ろに着いて歩くだけでいいのだが、特に何事もなく学園に到着した。最後に下駄箱でクラスの確認をすると、その女子生徒は1年4組だということがわかったので夢前亜里沙で間違いないことがわかった。


一方、如月瑠衣は1年4組の教室へ行くと同じ中学校出身で中学3年生頃は同じクラスメイトであった野原紗世という女子生徒と話していた。野原紗世は身長は155cm程度と如月瑠衣と同じくらいの背丈で、サラサラの黒髪ロングヘアーに細目で鼻筋が通っていて面長型の顔立ちをしている。頭が良く成績は優秀だが機械音痴なので、ときどき如月瑠衣にパソコンの操作方法を教えてもらったりしていた。学園内、裏クラブのメンバー以外で如月瑠衣が凄腕ハッカーであると知っている唯一の人物なのだ。


野原紗世「瑠衣、今日は何の調査でわたしに何を聞きたいの?」

如月瑠衣「相変わらず紗世は察しがいいので話が早いわ。実はこのクラスにいる夢前亜里沙という女子生徒の交友関係について調べていますの」

野原紗世「夢前か・・・正直、よくわからない子なのよ。お昼はいつも中村という子と2人だけで過ごしてるみたいだけど、親友って感じでもなさそうなの。あまりクラスの生徒と話してるのをみたことないけど、部活の子とは話してるみたい」

如月瑠衣「わたくし、その夢前亜里沙という女子生徒を見たことがないんだけど、今この教室内にいないの?」

野原紗世「いるよ。窓側の列の後ろから3番目の席に座ってる子が夢前よ」


如月瑠衣はその席をチラリと見た。夢前亜里沙は天然の少し赤みのかかったサラサラのショートヘアに目はくりっとした二重瞼、鼻筋がスーッと通っていて逆三角形の顔立ち、身長は165cmくらいでスリムな体型をしている。遠くから見た感じなのではっきりしないが、どこかかげりのある表情をしている。


如月瑠衣「ここからではよくわからないけど、あの表情を見ていると裏表がありそうな感じがするわ」

野原紗世「瑠衣、その通りかも。夢前ってたまにだけどブスっとした表情をしてることがあるの。感情的になったりはしないけど表情でなんとなくわかるのよね。あの手のタイプは裏で何を考えてるかわからないから怖いのよ」

如月瑠衣「紗世から見てそう思えるならそうなのかも。でも、遠目で見た感じ可愛らしい目をしてるから一部の男子からモテそうな感じもするわ」

野原紗世「たしかに顔だけみると可愛らしいほうだけど、クラス内では近寄りがたいオーラ出してるから男子も一歩引いてる気がする」

如月瑠衣「もしかすると好きな人がいるとか、既にお付き合いしている人がいて他の男子には興味がないってことは考えられない?」

野原紗世「それはわからないわ。そういえば関係あるかわからないけど、ときどき昼休みにいなくなることがあって、2年生の教室があるフロアで男子と話しているところを見たって誰かが話してた。でもそれが本当に夢前だったのかはわからなかったみたい」

如月瑠衣「わかった。紗世、今日はいろいろとありがとう。そろそろホームルームがあるから教室に戻るけど、わたくしが調べていることは内密にお願いするわ」

野原紗世「極秘調査なのはわかってるから大丈夫よ。調査やハッカーしてるのもいいけど、瑠衣もそろそろ男子に目を向けて好きな人でも見つけたほうがいいよ」

如月瑠衣「内緒だけど推理力抜群の彼氏がいるの」

野原紗世「ええ!!推理力抜群といえば5組の牧瀬悠人君よね?考えてみればお似合いだと思うわ」

如月瑠衣「最初は強引だったから嫌だったの。でも、ずっと好きって言われているうちに・・・ってチャイムが鳴ったからいくわ。じゃあまた!」


そう言って如月瑠衣は顔を赤くしながら急いで1年2組の教室へ戻っていった。


昼休みになり、如月瑠衣は1年4組の教室に夢前亜里沙がいることを確認すると生徒会室へ向かって歩いていった。後ろから「如月さん」という声が聞こえたので振り向くと牧瀬悠人がいた。牧瀬悠人は「僕も生徒会室に行くので一緒に行こう」と言った。そしてその2人が生徒会室に入ると、琴宮梓颯が生徒会長席に座りながら2年生らしき男子生徒と話をしていた。牧瀬悠人が小声で「あの男子生徒は誰なの?」と如月瑠衣の耳元で尋ねると「書記の倉田尚哉先輩です」と答えた。


倉田尚哉「琴宮会長、このようなものを購入して何に使うのでしょうか?」

琴宮梓颯「以前に下着や水着が盗まれた生徒がいて困ったことがあったから予備で買っておいたのよ。このくらいだったら生徒会費から落とせるわよね?」

倉田尚哉「そういうことでしたら了解しました。では、領収書を預かりましてこちらで処理しておきます」

琴宮梓颯「わざわざ昼休みに呼び出してごめんないさいね」

倉田尚哉「いえいえ。では、昼食をまだとってないのでこれで失礼します」


倉田尚哉は如月瑠衣にも頭を下げて生徒会室を出て行った。その後、如月瑠衣は生徒会室のドアの鍵を閉めると琴宮梓颯はカバンの中から弁当とお茶を出して「昼食をとりながら調査報告を聞くわね。わたしのほうもある情報を掴んだの」と言った。如月瑠衣も生徒会副会長の席に座ってカバンの中からおにぎり3個とお茶を取り出し、牧瀬悠人はソファーに座って今朝コンビニエンスストアで購入したざるそばといなり寿司が入った弁当を取り出した。そして昼食をとりながら、如月瑠衣は野原紗世と話した内容、牧瀬悠人は尾行しながら行動を観察して気づいた点について説明していた。


琴宮梓颯「わたしが掴んだ情報だけど、夢前亜里沙さんの電話番号がわかったの。以前、如月さんが手に入れてくれた生徒情報だけど、各部活の連絡先情報も入っていたのよ。学園のSNSの登録情報からメールアドレスもわかったけど、ドメインが携帯やスマホじゃないの」

牧瀬悠人「僕のほうは夢前亜里沙さんが何度かスマホでメッセージのやり取りをしているの見ながら、そのスマホの拡大写真を撮影しておいたんだけど、今すぐ如月さんのノートパソコンのほうへ転送するよ」


牧瀬悠人がすぐに転送ボタンを押すと如月瑠衣はノートパソコンを開き、その写真の加工をして解析を行った。そしてそのスマホのメーカーと機種名を検索した。


如月瑠衣「このスマホは去年の3月下旬に発売されたもので、おそらく入学前後に手に入れたのだと思いますわ。色がコーラルピンクですので機種名はすぐに判明しました」

牧瀬悠人「入学前後に購入したということは電話番号は変わっていないと思う。ただ、電車の中にいる時だけ誰かとメッセージのやり取りをしていたということだけわかったくらいで、その他の収穫はなかったよ」

琴宮梓颯「わたしのほうからは念のために電話番号とメールアドレスの情報を送っておいたわ」

如月瑠衣「このメールアドレスは転送用のものですわ。実メールアドレスを知られたくない人がよく利用しているものですの」

琴宮梓颯「転送メールのアドレスを使うなんて随分と用心深いことするわね」

如月瑠衣「電話番号がわかったことにつきましては大収穫ですわ!非通知で電話をかけてコール音を聞けばキャリアがわかりますの」

琴宮梓颯「でも、格安サービスを利用してたらわからないんじゃないの?」

如月瑠衣「この機種にSIMフリーはありませんので、大手キャリアのいずれかを利用していることになりますの。キャリアさえわかれば実メールアドレスも調べることはできますわ」

牧瀬悠人「そうか!転送メールアドレスの送信先を追うわけだね?」

如月瑠衣「その通りです。キャリアさえわかれば、その先の経路も辿れますの。ただ、少し厄介なことをしないといけません」

琴宮梓颯「実メールアドレスがわかると、どういうことができるの?」

如月瑠衣「実メールアドレスさえわかれば、そこからどこへ送信しているのかを追うことができますの。つまり誰とメールのやり取りをしてるかがわかります」

琴宮梓颯「そうなんだ。でもメールじゃなくてリムチャットでやり取りしてるかもしれないわよ」

如月瑠衣「リムチャットの場合でも実メールアドレスさえわかれば、パスワードをクラックして多重ログインすると会話履歴が見れますわ」

牧瀬悠人「でも他の端末からリムチャットへログインすると本人に通知されてしまうけど、それは大丈夫なの?」

如月瑠衣「海外のあるサイトでは多重ログインできるようになっていまして、そこからログインすると通知はされませんの。そのサイトのアドレスを知ってる人はごく少数なのです。わたくしはハッキングの師匠と呼べる人から教えていただきましたの」

琴宮梓颯「如月さん、ハッカーの師匠なんているのね!?」

如月瑠衣「ええ。表向きはサイバー犯罪捜査をしていらっしゃるニューヨークに住む外国人で、直接お会いしたことはありませんが、小学生の頃からお世話になっていましたの」

牧瀬悠人「すごい人と知り合いなんだね!」

琴宮梓颯「とにかく2人の調査報告からして夢前亜里沙さんは怪しいから、ここからの調査は如月さんにお任せするわね。あとは放課後、向汰君がどう判断するかによるわね」


長話になってしまったせいか、昼休みの終了のチャイムがなった。生徒会室にいた3人は急いで教室に戻っていった。


放課後になると部活動をしている生徒以外が帰宅したのを確認した宮下苗子は廊下に誰もいないことを確認するとカバンを持って近くの女子トイレに入った。トイレの一番奥に入りドアに鍵をかけると、カバンの中から今朝方、琴宮梓颯から受けとった茶色い紙袋の中からビキニを出して着替えた。あらかじめ履き替えておいた下着を便座の上に置いて、制服や紙袋はカバンの中に入れると、携帯電話を右手に持って腕を斜め上にあげながらビキニ姿で自撮りをした。あらゆる角度から6枚ほど撮影すると、すぐ自分の下着と制服に着替えて、受けとった下着とビキニを紙袋の中に入れてカバンの中に入れた。そして、自撮りした6枚の写真をメールに添付して堀坂向汰へ送った。


一方、生徒会室には既に裏クラブのメンバーが集まっていた。牧瀬悠人と如月瑠衣の調査報告および昼休みに話していたことを堀坂向汰に報告した。


堀坂向汰「まず、その話からして2年の教室があるフロアで男子生徒と話してたのは夢前亜里沙で間違いないと思う。1年生の女子生徒だとわかったということからして見間違えの可能性はゼロに近い。それと牧瀬君の尾行調査の結果からして、スマホでメッセージのやり取りをしていた相手は、その男子生徒だろうね。そう推理すれば全てのつじつまが合う」

牧瀬悠人「如月さんの調査報告によれば、夢前亜里沙さんは裏表がありそうな性格で、クラス内でほとんど人と話さないということからすると、密かに男子生徒と何かしらの関係を持っている可能性は高いですね。しかも2年生の教室があるフロアで話していたということは、その男子生徒は2年生で間違いなさそうです」

如月瑠衣「夢前亜里沙さんはその男子生徒とお付き合いしているのでしょうか?」

堀坂向汰「それはまだわからないけど、その男子生徒が夢前亜里沙に好意を持っていることだけはわかる。ただ、夢前亜里沙のほうの気持ちはわからない」

琴宮梓颯「どうしてその男子生徒が夢前亜里沙さんに好意を持っているとわかるの?」

堀坂向汰「脅迫状を出しているのがその男子生徒で、それを操っている黒幕が夢前亜里沙だと推理できるからだよ。ただ、夢前亜里沙が脅迫状のことを知っているかどうかはわからないね」

琴宮梓颯「それってどういうこと?」

堀坂向汰「宮下苗子からメールが届いたからちょっと待ってね。牧瀬君、推理の続きを梓颯やみんなに説明してあげて!」

牧瀬悠人「琴宮先輩、つまりはその男子生徒が夢前亜里沙さんに好意を持っていて告白したかのか、もしくは別の経路で本人に伝わってしまった。夢前亜里沙さんは部活でレギュラー入りすることに必死になっていたので今は誰とも付き合う気がないと答えた。それを聞いたその男子生徒は同じレベルかむしろ下の宮下苗子さんに目をつけて、夢前亜里沙さんの知らないところで今回犯行および脅迫状を出して見事に夢前亜里沙さんをレギュラー入りさせることができたということです」

琴宮梓颯「なるほど!そう推理すると全てのつじつまが合うわね」

堀坂向汰「それと、夢前亜里沙は表向き宮下苗子の仲良き後輩のフリをしていたけど、心の中では邪魔な存在に思ってたんじゃないかな。恨みとまではいかなくても、『宮下苗子さえいなければ』みたいな感情を抱いていたとも推理できる。ただ、宮下苗子が部に戻ってしまうと夢前亜里沙は補欠に逆戻りしてしまう。そのことを夢前亜里沙もわかっているので、まだ正式にレギュラー入りしたわけではないと伝えた。それを聞いたその男子生徒は二度と宮下苗子を部活に戻れなくするために脅迫状を出してトドメを刺そうとしているんだよ」

白石由希「横からごめんなさい。そういえば紗季ちゃんから聞いたんだけど、2月の地区予選で3位以内になると3月の各都道府県の代表校を選ばれる大会に出場できるみたいだよ。その大会で代表校になれば春の全国大会に出場できるみたい」

堀坂向汰「黒幕の目的はそれだね。話は変わるけど、宮下苗子から6枚の写真が送られてきたので、如月さんのノートパソコンに転送するね」

如月瑠衣「はい、お願いします」

堀坂向汰「その男子生徒が誰なのかを突き止めないといけないけど、内密の関係であるなら聞き込み調査で判明させるのは無理がある。コラ写真の作成もだけど如月さんに調査してもらうしかないね」

如月瑠衣「今、送っていただいた画像を拝見いたしましたが、これだけあればコラ写真は意外と簡単に作れますわ。それと同時進行で夢前亜里沙さんが誰とメッセージのやり取りをしているのかも調査しておきます」

牧瀬悠人「僕のほうは引き続き宮下苗子さんの自宅付近の張り込みを続けますね」


堀坂向汰と牧瀬悠人の推理はつじつまが合っているが、確証できるほどの証拠はないのだ。それにまだわからないことが多く明白にはなっていない。ここからしばらくは如月瑠衣の作業と調査が中心となる。はたしてどうなるのか、今の段階では誰もが予想すらできない状況である。



■ 犯人の特定と解決策会議


午前1時30分を過ぎた頃、如月瑠衣はパジャマ姿でパソコンデスクの椅子に座りながら作業をしていた。パソコンは通常用、画像処理用、ハッキング用、ネットワークサーバー用の4台と30インチほどの大きなディスプレイが3台とその上には小型のディスプレイ3台が置かれている。まるでデイトレーダーでもしている基地のようであった。夕食後から作業をはじめてコラージュ写真の合成は既に完成させていた。今回は如月瑠衣の知り合いのアメリカ人である画像処理のプロに最後の仕上げをしてもらい見事なコラージュ写真が完成した。そしてもしもの場合のためにもう一枚別のコラージュ写真も用意しておいた。この別のコラージュ写真が後になって役に立つことになるのだ。それと同時進行で、帰宅後に非通知で夢前亜里沙のスマホにコールしてキャリアの情報を掴んでおいたので、ネットワークサーバー用のパソコンにあるサーバープログラムを組み込んで仕掛けアプリを作った。そして仕掛けアプリから海外経由で夢前亜里沙が学園SNSに登録している転送メールアドレスへ空メールを送信しすると、画面にはずらりとIPアドレスが流れるように表示されていった。このIPアドレスこそメールが送信されていくネットワークの経路を示しており、最終的にキャリアのサーバーのIPアドレスに到達するとアカウント名が表示された。そのアカウント名は”arisa.ys.0608bsk”と表示されていることから、実メールアドレスは『arisa.ys.0608bskt@キャリアドメイン』であると判明した。0608は夢前亜里沙の誕生日が6月8日であったので意味がわかった。最後のbsktはバスケットという意味だろうと想像できる。このメールが送信されるネットワーク経路を表示していくプログラムを組むのに時間がかかってしまい、結局、実メールアドレスが判明した時には午前2時前になっていた。如月瑠衣は「明日は昼登校ね」と呟くと、今度はハッキング用のパソコンの画面に切り替えて、昼間に話していたリムチャットの多重ログインができる海外サイトへアクセスした。そして先ほど判明した夢前亜里沙の実メールアドレスが登録されているかの確認をしてみた。確認方法は簡単で実メールアドレスと適当なパスワードを打ち込んで多重ログインを試みてエラーメッセージを見ればわかるのだ。確認してみると『パスワードが違います』とエラーメッセージが表示された。公式のリムチャットでは『メールアドレスもしくはパスワードが違います』と表示されるのだが、このサイトではメールアドレスが登録されていなければ『そのメールアドレスは登録されていません』とのエラーメッセージが表示されるのだ。つまり『パスワードが違います』というエラーメッセージが表示されたということは、メールアドレス自体は登録されているということがわかる。メールアドレスは登録されていることがわかった如月瑠衣は「今回もブルートフォース方式でいいわ」と呟いてパスワードクラック用のアプリを起動させた。リムチャットのパスワードは最低でも半角英数字の8文字以上で設定しなければならないので、とりあえず8文字から10文字までの文字数でのパスワードでログインを試みた。このパスワードクラック用のアプリは同じ文字の羅列、例えば1111やaaaaなどでの検証はしないようにしているのと、1度に1000の並列処理を行う(1000の処理を同時に行う)ように如月瑠衣が改造しているので処理は早いのだ。パスワードクラックのアプリを5分ほど動かしていると、多重ログインに成功した。ログインパスワードを確認してみると意外と単純であったが、パソコンやセキュリティーなど考えない素人は複雑なパスワードなどあまり設定しないものだ。リムチャットの多重ログインをして中身を確認したところ、登録者数は6名と少なかった。しかもお父さん、お母さんとわかりやすい名前で登録していたが、その中に葉山和信という名前で登録されているものがあった。その葉山和信とのメッセージ履歴を見てみると堀坂向汰と牧瀬悠人の推理した通りのやり取りがされていた。如月瑠衣は早速そのメッセージ履歴をパソコンにダウンロードして作成したコラージュ写真のデータと一緒にUSBメモリに保存した。時刻は既に午前3時前になっており、USBメモリをカバンの中に入れるとすぐにベッドに入って眠った。


朝7時になると如月瑠衣の母親が部屋の外から大きな声で「瑠衣、そろそろ起きなさなと遅刻するわよ!」と言った。如月瑠衣はその声で目を覚ますと「昨日の夜から体調が悪いから今日は昼から登校するわ」と言った。如月瑠衣が昼から登校しようと思った理由はただ眠いからだけではなかった。深夜に行ったコラージュ写真の作成やメール送信の追跡、パスワードクラックの痕跡を全てパソコンやネットワークから自動で消してしまうプログラムを作動させていて、その処理が全て終了するまで待っておかないといけないのだ。処理が終了したとしても全てのパソコンの電源を落としてからでないと痕跡が完全に消えないので登校できないのだ。


一方、牧瀬悠人は前日の午後7時30分頃、宮下苗子の自宅付近で学園の制服を着た不審な男子生徒を目撃していた。その男子生徒は宮下苗子の自宅前に立って、ポストの中を確認すると走ってその場を立ち去ったのだ。辺りは暗かったので撮影はできず顔もハッキリ見えなかったが、水色のネクタイをしていてツーブロックの短髪ヘアにしょうゆ顔で身長は175cm程度の少しやせ型だという特徴だけ掴んだ。ただ、後ろ姿で一瞬だけ横を向いただけで立ち去ってしまったのでよくわからず、その男子生徒を尾行しようと思ったが、入り組んだ住宅街の中ということもあって見失ってしまったのだ。


放課後になると裏クラブのメンバーが全員集まっていた。まずは牧瀬悠人が張り込みをしていて不審人物を見かけたことを報告した。その間、如月瑠衣はUSBメモリをノートパソコンに取り付けてプロジェクターをセットしていた。牧瀬悠人の報告が終わると如月瑠衣はリムチャットで見つけたメッセージが推理通りだったことを報告すると「それでは明かりを消してそのメッセージを映し出します」と言った。如月瑠衣は生徒会室内の明かりを消して大きな壁にプロジェクターでパソコンの画面を映し出した。メッセージの中で重要なやり取りは次のように内容であった。


葉山和信『亜里沙ちゃん、レギュラー入りおめでとう!』

夢前亜里沙『ありがとうございます。でも、まだ正式なレギュラーになったわけではありません』

葉山和信『どうして?』

夢前亜里沙『宮下先輩が部活に戻ってくるかもしれないです』

葉山和信『宮下さんは完全に退部したわけではないの?』

夢前亜里沙『詳しいことは知らないですが、一時的な退部だという噂を耳にしました』

葉山和信『それなら大丈夫だよ。宮下さんはもう部活に戻れなくなると思う』

夢前亜里沙『それはどういうことですか?』

葉山和信『宮下さんは成績がよくないから勉強しないといけないし、陰で人に言えないことをしてバレそうになってるみたいだから』

夢前亜里沙『陰で人に言えないことって何かしているのですか?』

葉山和信『これは絶対内緒だけど、自分のエッチな写真を撮影したりして小遣い稼ぎしてるって噂だよ』

夢前亜里沙『そんなことしてるのですね!?可愛いくてモテてることを自分でよくわかっていて、そういうことしてるなんて最低です!』

葉山和信『そうなんだよ。そのくせ誰かに告白されても部活を理由に断ってるみたいだけど、本当は告白する男子を見下してるんじゃないかと思う』

夢前亜里沙『バスケ下手なくせに部活を理由にしないでほしいです。正直、宮下先輩が退部したからって誰も困りませんでした。むしろ邪魔者がいなくなったって感じです』

葉山和信『そういうことだから、そろそろ俺と付き合わない?』

夢前亜里沙『う~ん。葉山先輩のことを好きって気持ちがないわけではありませんが、わたしはもっと部活がんばらないとなので悩みます・・・』

葉山和信『学園にいるときは俺のことはいいから部活に専念してくれてもいいし、休日、たまにでいいから前みたく一緒にデートしてくれるだけでいいから』

夢前亜里沙『そういうことでしたらOKですが、せめて正式なレギュラーになるまで待っていただいてもいいですか?』

葉山和信『やった!!俺、待ってるよ』

夢前亜里沙『ありがとうございます。それと、お付き合いのことは二人だけの秘密でお願いします』

葉山和信『もちろん秘密にする。待ってる間もメッセージのやりとりはしてくれるよね?』

夢前亜里沙『はい!葉山先輩とお話しするのは楽しいので、今後ともメッセージは送っていただきたいです』


重要なメッセージのやり取りはこれだけだったが、まさに堀坂向汰と牧瀬悠人の推理が的中していて、これを読んだ裏クラブのメンバーは唖然としていた。堀坂向汰は「まさか犯人がうちのクラスにいたとは・・・如月さん、もう明かりをつけてもいいよ」と呟いた。もちろん、この葉山和信が言ってることは嘘なのは、宮下苗子を知っている裏クラブのメンバー全員にわかった。如月瑠衣はプロジェクターのスイッチを切って、生徒会室の明かりをつけた。


琴宮梓颯「さて、これをどう解決させるのかが問題ね。とりあえず葉山和信君の情報を洗い出すわ。顔写真があれば牧瀬君が目撃した不審人物かどうかわかるんだけど、直接見てもらったほうがいいかしら?」

堀坂向汰「葉山和信の写真ならすぐ手に入るよ。うちの担任が遠足や文化祭の時の写真をデータ化して保存してると思う。如月さん、職員の共有フォルダの中に2年3組のデータがあるはずだから、すぐに調べてみて!」

如月瑠衣「わかりましたわ。職員の共有フォルダは生徒会室のパソコンと直接繋がっていますのですぐに見つかると思います」

堀坂向汰「それにしてもうちのクラスにいる葉山和信が犯人だったのは予想外だったよ。しかも去年の5月、宮下苗子に告白してフラれてるんだよね」

牧瀬悠人「そういうこともあって宮下先輩に恨みがあるわけですね。そのことも含めてですが、メッセージのやり取りをみていると、どうやら夢前亜里沙は脅迫状のことを知らないと確証できますね」

堀坂向汰「そうなんだけど、やっぱり夢前亜里沙は内心、宮下苗子を邪魔者だと思っていたわけだね。よくここまで本音をぶちまけているとは驚きだよ」

白石由希「でも、理由はどうであれ夢前亜里沙さん、本当にこんな人と付き合うつもりなのかな?宮下さんのことを悪く言ってることはダメだと思うけど、葉山和信君の本性を知らないのはちょっと可愛そうな気がする」

琴宮梓颯「白石先輩のおっしゃる通りだわ。これだとまるで葉山和信君に操られてるだけじゃない」

堀坂向汰「梓颯、これはお互いが操り合ってる状態なんだよ。たしかに夢前亜里沙は脅迫状のことなど知らないと思うけど、深層では葉山和信の心を操っているんだよ。正式なレギュラーになって本当に付き合うかどうかも怪しいよ。本当に好きならレギュラーになるならないは関係なく付き合うんじゃない?逆に葉山和信は実際に行動しながら結果を出すことによって夢前亜里沙を操っている。この2人の共通点は宮下苗子に対する憎しみや恨みだけで、結局は狐と狸の化かし合いにしか見えない」

琴宮梓颯「たしかにそう考えればそうよね」

如月瑠衣「共有フォルダの中から2年3組の写真データをコピーしてきましたので確認をお願いします」


堀坂向汰は立ち上がって如月瑠衣のノートパソコンの写真のデータを見ていた。そして、堀坂向汰「あった!この右側に映ってるのが葉山だよ。それとこれは横顔になってるけど後ろ側の中央左側で話してるのも葉山」と言った。如月瑠衣は「牧瀬君、昨日目撃した生徒と一致するか確認していただけます?」と聞いた。そして牧瀬悠人が確認すると「この髪型や横顔の特徴からして、僕が目撃した生徒で間違いないです」と答えた。


琴宮梓颯「葉山和信君の情報を洗い出したわ。少し遠いけど宮下さんの自宅から歩いていけるくらいの場所に住んでるみたいで、現在中学生の妹が1人いるようね。それと学園SNSのアカウント登録メールアドレスも調べてみたけど、これはスマホのものだわ。生徒情報に登録されている緊急連絡先の電話番号もスマホみたいだけど、本人のものかはわからないわ」

堀坂向汰「梓颯、ありがとう。如月さん、葉山の使ってるスマホの機種と電話番号がわかればハッキングは可能?」

如月瑠衣「そこまで情報があれば可能ですわ」

堀坂向汰「葉山の電話番号なら学園祭の時に作成した2年3組のクラス名簿を調べればすぐに出てくると思う。スマホの機種だけ俺のほうで調べておくよ」

如月瑠衣「その必要はありませんわ。このメールアドレスを使える機種は1つしかありません」

堀坂向汰「あっ、そうか!これはキャリアのメールアドレスではなく、機種メーカーのメールアドレスだったね。でも型番はわからなくてもいいの?」

如月瑠衣「型番は必要ありません。この機種は共通のOSオペレーティングシステムを使っていますから問題ありませんわ」

堀坂向汰「じゃあ如月さんは、今週の土曜日にでも葉山のスマホをハッキングしてデータを全て消去してほしい。それと金曜日までに宮下苗子の下駄箱がよく見える位置に小型の監視カメラを仕掛けることはできる?」

如月瑠衣「この機種のシステムプログラムを組むのは久しぶりですから、土曜日に間に合わないかもしれません。手っ取り早くウイルス感染させて再起不能にしたほうが早そうですわ。小型カメラの設置に関しましては、よく盗撮なんかで使われているものですと、電波が微弱で300m範囲でないと届きませんし、画質も悪いので使い物にならないです。わたくしの持っているネットワークカメラが設置できればいいのですが、小型カメラほど小さくありませんので他の人に気づかれる可能性があります」

堀坂向汰「小型の鏡を窓ガラスに取り付けておいて、そのネットワークカメラを下駄箱横に積んである段ボールの中に仕掛けておいて、レンズを鏡に向けておくのは無理かな?」

如月瑠衣「それだと可能ですが、鏡に向かってズーム撮影しても小型の鏡だと遠目になってしまわないでしょうか?」

堀坂向汰「俺のバイクについてるサイドミラーは拡大鏡になってるんだけど、メンテナンス中に1つ割ってしまったのがあるんだよ。その割れた拡大鏡ならよく見えると思う」

牧瀬悠人「なるほど!車のバックミラー並みの拡大鏡でしたらよく見えますね」

如月瑠衣「では、その拡大鏡を明日にでも持ってきていただけます?わたくしがうまく設置しますわ」

堀坂向汰「じゃあ明日持ってくるけど、割れたガラスと同じだから怪我しないように注意してね」


如月瑠衣は「わかりました」と答えるとノートパソコンをカタカタと操作しはじめた。そして堀坂向汰はソファーに座ると「ふぅー」と呟きながらカバンの中からスナック菓子とペットボトルのコーラーを出した。如月瑠衣は「今、堀坂先輩のメールに作成したコラ写真を添付して送っておきましたので確認をお願いします」と言った。堀坂向汰はポケットからスマホを取り出してメールを確認すると「うわーすげー!!」と驚きの声をあげた。その驚きの声を聞いた琴宮梓颯は「なんなの?わたしにも見せてもらえる?」と聞いた。堀坂向汰はスマホの画面を琴宮梓颯のほうへ向けて見せた。すると琴宮梓颯も「これはすごいわ!!」と驚きの声をあげた。


堀坂向汰「これはコラ写真とは思えないほどリアルすぎる。宮下苗子には気の毒だけど、これだと絶対にバレないよ。しかし、よくこんなの作れたよね」

如月瑠衣「わたくしの知り合いの画像処理のプロにお願いしましたの。その方はアメリカの人でハッカー仲間ですので大丈夫ですわ」

堀坂向汰「でも、こんな写真をカラープリントして下着と一緒に業者に売ったりしたらまずいかも」

如月瑠衣「それは大丈夫ですわ。そのようなことができないように仕掛けをしていますの」

堀坂向汰「仕掛けのコラ写真も大変だったでしょ?」

牧瀬悠人「なるほど。もう一枚、別の顔でのコラ写真を用意して既にネット上に拡散しているというわけか・・・」

如月瑠衣「2人ともよくおわかりになりましたね。ネット上に拡散するのは金曜日の午前1時にセットしていますの。堀坂先輩、その写真をさっさと宮下先輩に送って消去してください」


如月瑠衣にそう言われると、堀坂向汰は宮下苗子に『この写真を使って!』というメッセージとともにその写真を添付してメールを送った。それから5分ほどして宮下苗子から『超恥ずかしいんだけど!』という件名のメールが送られてきた。そのメールの本文は『堀坂、ありがとう!わたし、こんな胸の形じゃないしアンダーヘアも全然違うから、この写真で変なこと想像しないでね。でも、こんな写真をばら撒かれたりされると、わたし恥ずかしくて学園に通えなくなるよ。それでもカラー印刷しないとダメなの?』という内容であった。その内容を読んだ堀坂向汰はすぐに『その写真をばら撒いたりはしないから大丈夫だよ。もしばら撒くことが目的だったらカラー印刷したものじゃなく、写真のデータを要求してくるはずだから。それに犯人の正体や脅迫状の目的もわかったから、あとはこっちで解決させるので安心して!詳しいことは来週の月曜日に全て話すけど、その時にある人物を呼び出すのでその人物と話をしてほしい』という内容のメールを送った。


琴宮梓颯「向汰君、それでどう解決させるつもりなの?」

堀坂向汰「葉山を再起不能にしたあとで夢前亜里沙の願いを叶えてやるんだよ」

琴宮梓颯「葉山和信君を再起不能にすることはわかる気がするけど、夢前亜里沙さんの願いを叶えるってどういうこと?」

堀坂向汰「正式なレギュラーにしてやるんだよ。梓颯、来週の月曜日だけど生徒会の予定はないよね?」

琴宮梓颯「どういうことかよくわからないけど、来週の月曜日は特に予定はないわ」

牧瀬悠人「さすが堀坂先輩、それは裏クラブらしい解決方法だと思います」

白石由希「まさか、この2人を付き合わせたりしないよね?」

堀坂向汰「白石先輩、葉山は完全にフラれることになりますよ」

白石由希「それならよかった」

堀坂向汰「まずは金曜日が勝負。おそらく葉山は午前中の授業中に犯行に及ぶはずだから、しっかりその様子を動画にしておくことだね」

琴宮梓颯「どうして午前中の授業中だとわかるの?」

堀坂向汰「脅迫状には金曜日の登校した時、下駄箱に写真と下着を入れておくよう指示しているよね。どうして登校時でなければならないかというと、午後は体育の授業があるからなんだよ。昼休みも含めて人がたくさんいると、下駄箱に下着や写真が入っているのを誰かに目撃される恐れがある。だからといって放課後だと、生徒達が帰宅するまで待っていないといけないので、無意味に教室で待っていると不審がられる。つまり昼休みが始まる前までの人のいない授業中に犯行を及ぼすのがベストなんだよ」

如月瑠衣「ネットワークカメラは12時間でバッテリーが切れてしまいますので、金曜日の早朝にセットしておきますわ」

堀坂向汰「あとは牧瀬君に今夜一つ罠を仕掛けてもらいたいんだけどいいかな?」

牧瀬悠人「罠ですか?」

堀坂向汰「おそらく葉山は今夜も宮下苗子の自宅に訪れてポストを確認するはず。そのポストの中に偽の明細書を入れておいてほしいんだよ」

牧瀬悠人「なるほど!スマホ通話の明細書ですね。宮下先輩のキャリアは僕と同じですから、僕の明細書の住所と名前、電話番号を変更して厚紙用紙にカラーコピーしておきます」

堀坂向汰「それもなんだけど通話履歴のところどころの番号を夢前亜里沙の番号に変更してほしいんだよ。あと自宅に訪れてからの動画撮影もしておいてほしい。尾行はしなくていいよ」

牧瀬悠人「だから罠なんですね!わかりました」

琴宮梓颯「ねえ、どうして通話明細が罠になるの?」

堀坂向汰「脅迫状の便箋に貼られていた名前の書体はキャリアから送られてくる通話明細書のものだとわかった。日付からしてそろそろ送られてくる時期で、葉山は次の脅迫状を作るためにそれを狙っているんだよ。その明細の通話履歴のところどころに夢前亜里沙の番号があったとしたら、葉山はそれをどう捉えるか考えてみればわかるよ」

琴宮梓颯「ああーそれだと夢前亜里沙さんのことを疑いはじめるわね」

牧瀬悠人「では、脅迫状の便箋をコピーさせていただいて、宮下先輩と夢前亜里沙さんの電話番号をメモしておきます」

堀坂向汰「まずは金曜日の放課後にまた生徒会室に集まって最終打ち合わせをしよう。如月さん、大変だと思うけど仕掛けをよろしくお願いするね」


そのような話になり、牧瀬悠人と如月瑠衣の2人以外は金曜日の放課後まで待つことにした。



■ 事件解決策の最終打ち合わせ


18:30を過ぎた頃、牧瀬悠人は宮下苗子の自宅のポストに偽装した通話明細書の封筒を入れると、少し離れた場所で張り込みをしていた。それから1時間ほどしてすっかり暗くなった頃、堀坂向汰の予想した通り、葉山和信と思われる男子生徒が宮下苗子の自宅前に現れた。今回はどういうわけか玄関前の明かりがついていたのではっきりとその姿が確認できた。実は堀坂向汰が帰宅中に宮下苗子に『今日、玄関前の明かりをつけたままにしておいてほしい』とメールで指示していたのだ。牧瀬悠人は自宅から持ってきた高性能の小型ビデオカメラの録画スイッチを押して、その男子生徒の動向を撮影していた。その男子生徒は前回と同じようにポストの中を確認して、偽装した通話明細書の封筒を手にすると、その場から走って立ち去って行った。今回は玄関前が明るくなっていたので、男子生徒の顔をしっかり撮影することができた。


そして、金曜日の早朝、午前6時が過ぎた頃に如月瑠衣は学園に登校していた。あらかじめ、下駄箱付近の調査をしておいて、自宅のパソコンで拡大鏡の位置とカメラの角度を計算してシミュレーションしていたので、鏡とネットワークカメラの設置場所を決めていた。如月瑠衣は下駄箱横に置いてあるパイプ椅子を宮下苗子の下駄箱がよく見える窓の下まで持っていった。そしてそのパイプ椅子を広げるとその上に立って釣り糸と強力テープを使って拡大鏡を設置した。下から見ると窓に小さなガラスの破片がついてるようにしか見えず、近くで見ないと気にもならない。そしてネットワークカメラは下駄箱横に積み上げられている段ボールの中に小さな穴をあけて、レンズを拡大鏡のほうへ向けるとスマホで確認しながらレンズの向きを調整し、最後に強力テープでネットワークカメラを固定した。最後にスマホでカメラのズーム調整をすると、パイプ椅子を折りたたんで元の位置に戻しておいた。その後、如月瑠衣は生徒会室へ行くとノートパソコンを起動させて、仕掛けたネットワークカメラの映像を映し出して録画予約を午前8:00にセットすると、そのままソファーに横たわって過眠をした。


その日の午前8:00過ぎ、宮下苗子は登校して上履きに履き替えると、辺りを確認してすかさず用意してもらった下着とカラー印刷したコラージュ写真を下駄箱の中に入れてその場を去った。それから10分ほどして堀坂向汰が登校してくると宮下苗子の下駄箱の中をチラリと確認して教室へ向かった。2年3組の教室へ入って自分の席に座ると、不安げな表情をしながら宮下苗子がチラチラとこちらを見てきているのがわかった。堀坂向汰はメールを送ろうかと思った瞬間、西村真一がやってきた。


西村真一「堀坂、おはようさん」

堀坂向汰「西村、おはよう。なんか今日は機嫌がいいね」

西村真一「実は明日、優奈と一緒にスノボに行くんだけどよ、堀坂もこねぇか?」

堀坂向汰「僕、スノボなんてできないし2人のデートの邪魔になるから遠慮するよ」

西村真一「それがよぉ、優奈の友達も行きてえって言ってるらしくて、堀坂がきてくれると助かるんだよな」


堀坂向汰は心の中で「たまには西村真一の協力をしてやってもいいかな」と思ったが、スノボには全く興味がないどころかあまり好きではなく、スキーが上手なことが他の人にバレてしまうのはどうかと考えていた。


堀坂向汰「うーん・・・その友達って1年生なの?」

西村真一「うん。1年4組の夢前亜里沙って女子らしいんだけどよ、俺は見たことねえんだけど結構可愛いらしいぜ」

堀坂向汰「なんだって!!」


夢前亜里沙と聞いて思わず大声をあげてしまった堀坂向汰であった。


西村真一「びっくりしたぁーいきなり大声出してどうかしたのかよ?」

堀坂向汰「ごめんごめん。夢前亜里沙って同人誌に出てきた美少女キャラの名前に似てたから思わず勘違いしただけだよ」


堀坂向汰にとってまさか夢前亜里沙の名前がこんなところで出てくるとは予想外だった。しかしこれは情報調査をするいいチャンスだと思った。


西村真一「なぁ堀坂、たまには俺に付き合ってくれてもいいだろ?」

堀坂向汰「うーん・・・それはそうなんだけどね。それでその夢前亜里沙って子はスノボできるの?」

西村真一「できるみたいだけど、どのくらい滑れるのかは優奈も知らねえみたいなんだ。ただ運動神経は抜群にいいらしいから、かなり上手いんじゃねえかなぁ」

堀坂向汰「そっか・・・どうしようかな。スキーなら少しくらい滑れるんだけど、スノボは本当に興味がないんだよ」

西村真一「だったら堀坂はスキーでいいんじゃねえか?別にスノボにこだわってるわけでもねえし、たまには優奈の友達も連れていってやりてえだけなんだよ」

堀坂向汰「そういうことなら付き合ってもいいけど、僕は人があまりいない場所で滑りたいから1人になるかもしれないよ?」

西村真一「人があまりいない場所って最上級者コースしかねえと思うけど、まさか堀坂、そんなところ滑るのかよ?」

堀坂向汰「一応、どんなところでもゆっくりなら滑れるから、人がいない場所でのんびり滑っていたいんだよ」

西村真一「それは別にいいけど、最初はみんなで滑ろうぜ。それで夢前亜里沙って子がどんなところでも滑れるくらい上手かったら堀坂にはペアになって滑ってもらうけどいいか?」

堀坂向汰「その夢前亜里沙って子がいいなら僕も別にいいよ」

西村真一「じゃあ明日の朝6時半に学園前駅で待ち合わせでよろしく頼むぜ!ちなみに行くのは近場の高吹スキー場ってところだから」


高吹スキー場といえば、先日裏クラブのメンバーで行った場所なのだ。夢前亜里沙がどの程度滑れるのかはわからないが、ペアで滑ることになれば直接本人から情報を聞き出すことができ、どのような性格で何を考えているのかもわかる。そんなことを考えていると担任の水瀬先生が教室に入ってきて「はーい、みなさん席についてください」と大きな声で言った。生徒達が席に着くと水瀬先生が「では出席をとります」と言った。その瞬間、教室のドアが開いて葉山和信が少し息を切らしながら「すみません、寝坊して遅刻してしまいました」と言って入ってきた。その姿を見ていた堀坂向汰は「もう犯行に及んだか」と心の中で呟いた。


放課後になり生徒会室に裏クラブのメンバー全員が集まっていた。牧瀬悠人と如月瑠衣は声を揃えながら「決定的瞬間を捉えました」と言った。1年生は5限目で授業が終わったみたいで、先に牧瀬悠人と如月瑠衣が生徒会室に来ていて、動画の編集作業を行っていたようだ。如月瑠衣がノートパソコンにプロジェクターを取り付けると「では明かりを消します」と言って、生徒会室の明かりを消した。そして生徒会室の大きな壁にまず牧瀬悠人が撮影した動画映像が映し出された。


牧瀬悠人が撮影した映像には、宮下苗子の自宅前に制服姿で現れた葉山和信が辺りを見回した後、ポストの中から偽装した通話明細書の入った封筒を取り出して走り去っている様子がバッチリ映っていた。玄関前の明かりがついており高性能なビデオカメラを使ってズーム撮影していたので顔もしっかり確認することができた。


如月瑠衣は「続いて今朝8時35分頃にネットワークカメラが捉えた映像です」と言うと次の映像が映し出された。


画質は少しノイズが入っているが、もう生徒のいなくなった時間帯に宮下苗子の下駄箱の前に現れた葉山和信が辺りを見回した後、すかさず下駄箱を開けて下着と写真をカバンの中に入れて急いで走り去っていく様子が映っていた。少し遠目で撮影されたものだが、葉山和信だとはっきり確認することができる映像であった。


動画の再生が終わると如月瑠衣は生徒会室の明かりをつけてプロジェクターの電源を切った。これらの映像は完全な物的証拠となり、脅迫状とともに学園職員や警察に提出すれば葉山和信は間違いなく何かしらの処罰を受けることになるだろう。しかし、生徒会裏クラブの方針として、あくまでこのようなことを犯した生徒であっても、学園側への通告や警察沙汰にしてその生徒の人生までも変えてしまうようなことはしない。あくまで裏クラブ側で処罰を与えて穏便に解決させるのだ。それが生徒会長である琴宮梓颯の理念であり、裏クラブを結成させた目的なのである。


如月瑠衣「これで決定的な証拠は揃いましたが、この葉山和信さんに対してどのような処罰を与えるかの話し合いになりますね」

琴宮梓颯「そうね。それ相応の処罰を考えないといけないわね」

如月瑠衣「夢前亜里沙さんのほうはいかがいたします?脅迫状のことは知らなかったとはいっても、葉山和信さんを犯罪者にした黒幕なのは事実です」

牧瀬悠人「たしかに夢前亜里沙さんの言動によって葉山和信さんが犯したことなんだけど、彼女を処罰するかどうかは悩ましいところかもしれない」

琴宮梓颯「牧瀬君と同じく夢前亜里沙さんを処罰するかどうかは難しいところだと思うわ」

如月瑠衣「しかし、わたくしとしましては夢前亜里沙さんも許しがたいといいますか、無処分というのは少し違う気がしますの」

琴宮梓颯「向汰君はどう思う?前に願いを叶えるとか正式なレギュラーにするとか言ってたけど、それってどういうことなの?」

堀坂向汰「その前になんだけど、実は明日、西村と泉原優奈、夢前亜里沙と俺の4人でスキー場に行くことになった」


その堀坂向汰の発言を聞いた裏クラブのメンバー全員は声を揃えながら「ええーーー!?」と大きな声を出した。


琴宮梓颯「向汰君、一体どういうことなの?」

堀坂向汰「俺も最初、西村に誘われた時に聞いて驚いたんだけど、泉原優奈と夢前亜里沙は別のクラスだけど仲がいいらしいんだよ。そして偶然にも泉原優奈が西村とスノボに行くって話をしたら、夢前亜里沙が一緒に連れていってほしいって話になったらしい。そこで俺が誘われたってことなんだよ」

琴宮梓颯「ものすごい偶然ね。それで向汰君が一緒に行こうと思ったのは夢前亜里沙さんを観察するためかしら?」

堀坂向汰「観察もなんだけど、直接話をしてみて夢前亜里沙が本当はどういう人間なのかを確かめようと思ってる。如月さんが許しがたいって言う気持ちはわかるんだけど、ここにいるメンバーは夢前亜里沙のことをあまり知らないわけだから、俺がそれを見極めてくるよ。それからどうするか考えても遅くはないでしょ?」

如月瑠衣「それはそうかもですが、宮下先輩のことを侮辱していたことに変わりありませんわ」

堀坂向汰「如月さん、夢前亜里沙はどうにも宮下苗子のことを誤解しているように思えるんだよ。まあ、それでもその点については謝罪させるつもりだよ。ただ、処罰するかどうかはもう少し様子をみてからじゃないと俺も考えられないよ。それにしても如月さんは本当にピュアだよね」

如月瑠衣「わたくし、陰でこそこそ人の悪口を言ったりしてる人ってあまり好きではありませんの」

堀坂向汰「その気持ちもわかるけど、ここは俺を信じて任せてほしい」

如月瑠衣「わかりました。夢前亜里沙さんのことは堀坂先輩にお任せします」

堀坂向汰「それで葉山に対する処罰だけど、もう精神的に再起不能な状態にまで追い込んでやればいいんだよ」

琴宮梓颯「具体的にどう追い込むつもりなの?」

堀坂向汰「さっきの映像の仲に宮下苗子の下駄箱から下着を取り出しているシーンがあったから、そのシーンの画像をカラー印刷して2年3組の教室に貼り付けてやればいい。完全な証拠にならないよう顔の部分だけは少しモザイクを入れて、髪型や背丈からして葉山だとわかるようしておけばいい」

牧瀬悠人「堀坂先輩、見かけによらず残酷なこと考えますね。まあそれ相応の処罰にはなると思いますが・・・」

琴宮梓颯「そんなことをして葉山和信君が先生に呼び出されたりしないかしら?」

堀坂向汰「呼び出されたとしても葉山は絶対に犯行を認めたりしないだろうし、それに顔にモザイクをかけてる画像だから決定的な証拠にはならないよ。それでも、クラス中の生徒は葉山だと確信はするだろうけどね」

琴宮梓颯「たしかに・・・葉山和信君は2年3組の生徒達から変態扱いされるでしょうね。噂にもなりそうだからやり過ぎかもしれないけど、処罰はそのくらいしていいと思うわ」

堀坂向汰「如月さん、さっきの映像は少しノイズが入ってたけど、もう少し鮮明な画像にすることはできない?」

如月瑠衣「画像加工でノイズ除去すれば綺麗になりますわ。その画像ですが夢前亜里沙さんにはお見せしませんの?」

堀坂向汰「夢前亜里沙にはさっきの動画を直接見せればいい。それで完全に終わるよ。じゃあ来週の月曜日に宮下苗子と夢前亜里沙を生徒会室に呼び出してお互いに話をしてもらおう。ちなみに裏クラブのことがバレるとまずいので白石先輩と牧瀬君は来なくてもいいよ」


これで葉山和信の処罰については決定したが、堀坂向汰は月曜日に呼び出した2人にどういう話をさせるつもりなのだろうか?そして、明日のゲレンデで夢前亜里沙の情報をどれだけ得られることができるのであろうか。



■ 夢前亜里沙の本音と正体


朝5時に目覚めた堀坂向汰は、押し入れの中から自分のスキー板とスキー靴を出したりしながら準備をしていた。伸縮性のあるグレーのズボンに青色のソフトシェルジャケット姿でザックの中には登山用のレインジャケットの上下を入れていた。その姿だとまるでどこか雪山登山にでも行くスタイルであった。堀坂向汰はスキーウェアではなく、前回もその恰好でスキーを滑っていたのだが、最初にその姿をみた裏クラブのメンバー達はゲレンデで驚いていたのだ。通常のスキーウェアだと汗で蒸れてしまうが、堀坂向汰の着用している衣類やレインジャケットは防水性、防風性、透湿性を備えているので蒸れることはない。しかも登山用なので体も動かしやすいのだ。全ての準備が整ったところで家を出て駅に向かっていった。


その後、朝6時半前に学園前駅に到着すると、既に西村真一と泉原優奈、そして夢前亜里沙の3人が待っていた。堀坂向汰は3人ところへ走って行くと「お待たせしました」と言った。すると西村真一が「おはよう堀坂!一応紹介しておくと、俺の横にいるポニーテールの子が優奈で、優奈の隣にいるちょっと背の高いショートヘアーの子が夢前亜里沙さん」と言った。堀坂向汰は2人の女子をほうを向いて「はじめまして、西村と同じクラスの堀坂向汰です。今日はよろしくお願いします」と言いながらペコリと頭を下げた。すると2人の女子も「はじめまして、こちらこそよろしくお願いします」と言いながら頭を下げた。


西村真一「それにしても堀坂、マイスキー板と靴なんてもってたのか。それスキー板にしては短くねえか?」

堀坂向汰「子どもの頃によく親に連れていかされたからね。これはショートスキーだから短いんだけど、こっちのほうがターンが切りやすいんだ。ただ転倒しやすいんだけどね」

西村真一「それならそうと最初から言ってくれよ!それとその服装もスキー用なのか?」

堀坂向汰「登山用の服だよ。これだと汗で蒸れたりしないし動きやすいんだよ」

西村真一「そっか。まあ、今日はみんなで楽しもうぜ!」


すると特別快速電車が間もなく到着するという駅の案内放送が流れた。そして特別快速電車に乗り込むと、左側の座席には泉原優奈と夢前亜里沙、通路を挟んだ右側には西村真一と堀坂向汰に分かれて座った。夢前亜里沙が通路側の席に座っていたので、堀坂向汰は「西村は窓側の席に座ればいいよ」と言って通路側の席に座った。まずは泉原優奈と夢前亜里沙の会話を聞いて観察することからはじめようと思ったのだ。電車が走り出すと西村真一が耳元で「どうよ堀坂?」と聞いてきた。堀坂向汰は「何が?」と聞いてみると西村真一は「夢前亜里沙って子、結構可愛いいと思わねえか?」と聞いてきた。堀坂向汰は「可愛いとは思うけど、まだ話したわけじゃないからなんとも言えないよ」と答えた。西村真一は「今日は堀坂にリアル女子の良さをわかってもらう目的もあるから、がんばって話しかけろよ」と言うと、堀坂向汰は「わかった、話はしてみる。でも今はちょっと寝るね。朝早かったから眠いんだよ」と言って目を閉じた。もちろん、本当に眠ったわけではなく、隣でぺちゃくちゃ話している泉原優奈と夢前亜里沙の会話を聞いているのだ。しばらくその女子2人の話を聞いていてわかったのは、まず泉原優奈は「亜里沙ちゃん」、夢前亜里沙のほうは「優ちゃん」と名前を呼び合っていることからして、相当仲が良さそうなことだ。会話の内容自体は学園の先生のことからはじまって、好きな音楽や映画の話をしている。堀坂向汰はときどき薄目でチラッと夢前亜里沙の表情や仕草を伺っていたが、夢前亜里沙もときどき横目でこちら側をチラッと見てきている。そんな状況が続き2人の女子が何気ない日常会話をしているうちに1時間30分ほどが経過して目的の駅に到着した。


駅の改札を出ると次は高吹スキー場行きの直通バスに乗った。バスの中では人が多くてとても話が聞けそうな状況でなかったが、どうにも時折、夢前亜里沙が横目でチラりと堀坂向汰を見ていて、その視線を感じていた。バスがゲレンデに到着して下車すると、天気は少し曇りがちであったが青空もでている。西村真一と泉原優奈、夢前亜里沙の3人はレンタルショップに行くことになり、堀坂向汰は3人からお金を預かって1日リフト券を購入しに行くことになった。10分ほど並んで4人分の1日リフト券を購入した堀坂向汰はレインジャケットを着てスキー靴を履き終えると休憩室で3人を待っていた。それから20分ほどして後ろから「堀坂お待たせ!」という西村真一の声が聞こえた。振り向くと、西村真一と泉原優奈はお揃いの茶色いスノボジャケット、夢前亜里沙は白とピンクのスノボジャケットを着ていた。堀坂向汰は3人に購入した1日リフト券をそれぞれに渡した。


西村真一「堀坂、それレインジャケットじゃねえか。そんな恰好で滑るのかよ?」

堀坂向汰「これは登山用のレインジャケットで動きやすくて防水機能も高いんだよ」

西村真一「ふーん。やっぱ堀坂ってどこか変わってるよな」

堀坂向汰「でもバックカントリースキーはみんなこの恰好で滑ってるんだよ」

西村真一「じゃあ、最初は中央のゲレンデトップまでリフトで上がって、中級者のアルペンコースから初級者のパノラマコースを4人で一緒に滑ろうぜ!」

泉原優奈「中級者コースか・・・わたし、下手だから自信ないかも」

西村真一「優奈、大丈夫さ。俺がちゃんとサポするから!他の2人はそれでいいか?」

堀坂向汰「僕はどこでも滑るから構わないよ」

夢前亜里沙「わたしも構いません」


最初に滑るコースが決まると、全員が準備をしてリフト乗り場へ向かった。2人乗りだったので最初は男子2人と女子2人に分かれて並んだ。リフトに乗っている間に西村真一が小声で「夢前亜里沙って子、おそらくめちゃくちゃ上手いと思うぜ」と話しかけてくると堀坂向汰は「たしかにかなり歩き方も慣れてる感じだったしね」と言った。


西村真一「これ一本滑ったら、堀坂はどこ滑るつもりなんだよ?」

堀坂向汰「僕は人のいない場所へ移動するよ。さっき調べたんだけど、あそこの未圧雪の最上級コースにいこうかと思ってる」

西村真一「あんな斜面を滑るのかよ?たしかに滑ってる人はいるみてえだけど、堀坂怖くねえのか?」

堀坂向汰「僕はゆっくりならどんなところでも滑れるから怖くもないよ」

西村真一「夢前亜里沙って子がめちゃくちゃ上手かったら、堀坂に相手してもうのでよろしくたのむぜ。俺、今日はずっと優奈に教えないといけないからさ」

堀坂向汰「わかったけど、夢前亜里沙って子がそれでいいって言ったら引き受けるよ」


そんな話をしているとリフトの降り場についた。さらにもう一本の一人用リフトでさらに上へあがっていき、山の頂上へ到着した。ここのゲレンデは頂上が二つあり、もう一つの頂上は完全な上級者コースになっていて、堀坂向汰が行こうとしている最上級コースは、その上級コースの隣にある斜面である。


西村真一「じゃあ最初は俺があそこの辺りまで滑るよ。優奈はその次に滑って、夢前さんが3番目で堀坂は最後に滑る順番でいいか?」

堀坂向汰「僕はそれでいいよ」

泉原優奈「わたし、ゆっくりになっちゃうけどいいよ」

夢前亜里沙「わたしはそれで構いません」


西村真一は「じゃあ早速行くぜ。ゴー!!」と言うと滑りはじめた。フォームはあまり綺麗ではないが、しっかりターンも切れてスイスイと滑っていき200mほどの地点で止まった。そして西村真一が振り向いて滑ってこいと手で合図を出した。泉原優奈は「次、わたしが行きますね」と言って滑りはじめた。恐怖心があるのか、へっぴり腰になりながらあまりターンを切らずゲレンデの端のところでターンして、次も端のところまでターンをしながらゆっくり滑っていたが、少し急斜面になったところで転んでしまった。泉原優奈はすぐに立ち上がって大きくジグザグを描くようにゆっくりと滑っていき、ようやく西村真一のところまで滑り降りた。すると夢前亜里沙が「では、お先に行かせていただきますね」と言うと、ほぼ直滑降で細かいターンを切りながら滑っていった。かなり綺麗なフォームの速いスピードでの滑走だった。予想通り、夢前亜里沙はかなり上手で、あっという間に西村真一のところまで滑り降りた。最後に堀坂向汰が滑ることになったが、あまり上手なところを見せるわけにもいかなかったので、わざとボーゲンスタイルで滑っていった。全員が西村真一のところに集まった。


西村真一「夢前さん、めちゃくちゃ上手だね。いつからスノボやってるの?」

夢前亜里沙「そんなことないですよ!小学生の頃はずっとスキーをしていまして、スノボは中学生になってから始めました」

泉原優奈「亜里沙ちゃん、ホント上手でカッコよかったよ」

夢前亜里沙「ありがとう優ちゃん」

西村真一「じゃあここからは急斜面もないから一気に下まで滑ろうか」


西村真一がそういうと女子2人が「わかりました」と言って、全員が一緒に滑りはじめた。堀坂向汰はわざとボーゲンで滑りながら夢前亜里沙の滑走レベルを見ていた。小学生の頃はずっとスキーをしていた人はスノボの上達も早いと耳にしたことがあるが、夢前亜里沙はかなり上手いことがわかった。15分ほど滑走して全員がゲレンデの下まで滑り降りた。


西村真一「これから堀坂は最上級コースに行くって言ってるんだけど、俺はあんなところ滑れねえし、今日は優奈の練習に付き合おうと思ってるんだ。そこでなんだけど、夢前さんはかなり上手だから堀坂と一緒に滑ってもらうのがいいと思うんだけど、どうする?」

夢前亜里沙「わたしは堀坂先輩と一緒でもいいですよ。優ちゃんのデートの邪魔をする気もありませんから」

西村真一「じゃあ堀坂、夢前さんのことお願いするよ」

堀坂向汰「夢前さんがそれでいいなら、僕は構わないよ」

西村真一「それと昼食だけど13時にそこのレストランで待ち合わせにしようぜ」

堀坂向汰「わかった13時だね」


そういって西村真一と泉原優奈、堀坂向汰と夢前亜里沙の2組に分かれた。ここからいよいよ夢前亜里沙の情報を得るチャンスなのだ。堀坂向汰はリフトの順番待ちで並んでいる間、最初にどのように話しかけようか考えていた。そしていよいよペアでリフトに乗った。最上級コースのリフトは長いので話す時間はたっぷりあるのだ。ところがリフトに乗った瞬間、最初に話しかけてきたのは夢前亜里沙のほうであった。


夢前亜里沙「堀坂先輩、どうして仮面を被るようなことしているのですか?」

堀坂向汰「仮面を被るってどういうこと?」

夢前亜里沙「失礼ですが、堀坂先輩が他の女子から何て呼ばれているのか知っています。でも、今日はじめてお会いした時から、わたしにはそんな風に見えませんでした」

堀坂向汰「よくわからないけど、夢前さんにはどう見えたの?」

夢前亜里沙「わたしと同じ匂いのする人だと思いました。一言でいえば孤独な人ですが、他人に自分の理解を求めない、上辺だけの関係に興味はない、だったら一人でいるほうがいいという考えを持って生きている人です」

堀坂向汰「そっか。夢前さんはそういう考えを持って生きてるわけだね?」

夢前亜里沙「わたしはもう見限っています。表向きはみんなと仲良くしていますが、上辺だけの関係に疲れています。堀坂先輩ももう見限っているんじゃないですか?だから他人にどう呼ばれても平気でいられる」

堀坂向汰「類は友を呼ぶか・・・なるほど、夢前さんは人を見抜く力があるみたいだね。ただ、ピュアな部分もあって騙されやすいこともあるみたいだけど」

夢前亜里沙「さっきのスキー滑走もそうです。どうしてわざとボーゲンで滑っていたのですか?わたし、スキーもできますので滑り方みてるとわかります」

堀坂向汰「そっか。だったら本音で話すけど、その前に泉原さんのことはどう思ってるの?」

夢前亜里沙「優ちゃんは妹みたいな存在です。前にビッチと噂されていたことがあって、一人で屋上で泣いていたところにわたしが話しかけて慰めました。そのことがキッカケで優ちゃんからよく相談されるようになりました」

堀坂向汰「それで今日は泉原さんの付き合っている西村がどういう人なのか確かめるために着いてきたわけだね?」

夢前亜里沙「どうしてわかったのですか?」

堀坂向汰「わざわざカップルのデートに着いてきた理由を考えれば簡単に推理できるよ。それでさっき一緒に滑った時に西村のことを見抜いて安心したから、俺についてきたってわけだね。あいつは単純な性格だからわかりやすいしね」

夢前亜里沙「その通りで驚きです!堀坂先輩って頭がいいんですね」

堀坂向汰「今話してることとか、俺の本性は西村達に言わないでね」

夢前亜里沙「もちろん誰にもいいませんよ。わたし、電車の中でずっと堀坂先輩と本音でお話してみたいと思っていました」

堀坂向汰「それも気づいてたよ。泉原さんと話しながらチラチラ俺のほう見てたの知ってるから」

夢前亜里沙「それも気づかれていましたか・・・さすがです。それにしても堀坂先輩はどうして今日一緒に来られたのですか?」


堀坂向汰は夢前亜里沙の話を聞いて、そんな悪い子ではなくむしろ頭の良い子だと判断したので今回の目的や宮下苗子の話をしようと決めた。


堀坂向汰「俺が今日来た理由は夢前さんと話をするためだよ」

夢前亜里沙「え?わたしと会うのは今日がはじめてですよね?」

堀坂向汰「会ったのは今日がはじめてだけど、夢前さんのことは前から知ってたんだよ」

夢前亜里沙「どういうことですか?」

堀坂向汰「そろそろリフトの終点だから、詳しくは一本滑った後で話すよ」

夢前亜里沙「わかりました。なんだかドキドキしてきました」


もう一つのリフトは一人乗りであったので、話をすることができなかった。頂上と到着すると堀坂向汰は「じゃあついてきてね」と言って滑走をはじめた。夢前亜里沙は後ろから着いて滑ってきた。そして、コースの途中にある最上級コースのところでストップすると堀坂向汰は「最初は細い道になってるから気をつけてね」と言うと夢前亜里沙は「はい」と言った。その後、2人とも最上級コースの滑走をしていくとあっという間にゲレンデの下まで滑り降りた。夢前亜里沙は堀坂向汰の滑走スタイルを見ていて唖然としていた。2人は再びリフトの列に並んだが、夢前亜里沙は何やら難しい問題を解いているような険しい表情をしていた。そして2度目のリフトに乗った。


夢前亜里沙「堀坂先輩、とんでもなくスキー上手じゃないですか!もしかしてライセンス持ってたりしますか?」

堀坂向汰「ライセンスなんて持ってないよ。ただ、保育園に通ってる頃から両親に叩き込まれたんだけどね」

夢前亜里沙「正直、最上級コースの斜面はわたしでも少し怖いと感じていましたが、堀坂先輩は余裕に滑ってましたよね」

堀坂向汰「夢前さんはボードだから怖いかもね。スキーだと前が見えるから有利なんだよ」

夢前亜里沙「ところで、先ほどの話の続きですが、どうしてわたしのことを知っていたのですか?」

堀坂向汰「実はある事件があって、その調査をしてたんだけど、関係者の交友関係を調べていると夢前さんが出てきたんだよ」

夢前亜里沙「その事件にわたしが関係しているのですか?」

堀坂向汰「大いに関係してるんだけど、夢前さんの知らないところで起こった事件といえばいいかな」

夢前亜里沙「その前にですが、事件の調査をしてるって堀坂先輩って何者ですか?」

堀坂向汰「それに関しては来週の月曜日の放課後に全て明かすよ。それはいいとして、その事件の被害者は夢前さんの部活の先輩なんだよね」

夢前亜里沙「その先輩ってまさか宮下先輩ですか?」

堀坂向汰「ご名答!さすが夢前さんは察しがいいね」

夢前亜里沙「宮下先輩、何かされたのですか?」

堀坂向汰「今は脅されたとだけ言っておくけど、どうして夢前さんは事件の被害者が宮下さんだと思ったの?」

夢前亜里沙「宮下先輩、最近になって急に退部されましたし、それに・・・」

堀坂向汰「それに?」

夢前亜里沙「あの、これは誰にも言わないと約束してほしいのですが、宮下先輩って陰でいろいろしてるみたいなんです」

堀坂向汰「いろいろって何してるの?」

夢前亜里沙「えっと、自分のエッチな姿を撮影した写真や下着を売って小遣い稼ぎしてるみたいなのです」

堀坂向汰「あの宮下さんにそんなことをする根性があるとは思えないんだけど、何か証拠でもあるの?」

夢前亜里沙「ある先輩から教えていただいたのですが、宮下先輩のSNS裏アカウントの記事を見ると下着姿の写真が数枚公開されているのを見ました」

堀坂向汰「その公開された数枚の写真だけど、全て体育倉庫の中で撮影されたものじゃなかった?」

夢前亜里沙「いわれてみればそうですが、どうしてわかったのですか?」

堀坂向汰「それとそのSNS裏アカウントだけど、誰もコメントしていなかったんじゃない?」

夢前亜里沙「そういえばコメントしている人なんていなかったように思います」

堀坂向汰「夢前さんは頭がいいと思うから1つ問題を出すね。体育倉庫の中で下着姿になった自分の写真を撮影するにはどうすればいいでしょうか?」

夢前亜里沙「えっと、何かの上にスマホを置いてセルフタイマーを使うとか、自撮り棒を使うとか・・・でも、体育倉庫は狭いので全身を撮影するのは無理ですし、自撮り棒で撮影したものでもなかった気がしますし、うーん、どうやって撮影したのか考えると難しいですね」

堀坂向汰「じゃあ1つだけヒントね。一体、その写真はどこの位置から撮影されたものなのかを思い出して考えてみるとわかるよ」

夢前亜里沙「どこの位置から・・・あっ!体育倉庫の窓からですね。窓にスマホを置いてセルフタイマーで撮影して・・・あれ、でもあの窓にスマホなんて置けませんし、斜めに向けて撮影しないといけませんよね」

堀坂向汰「位置は窓で合ってるんだけど、スマホを置く場所もなければ斜めに撮影することなんて無理だよね。だとすればつまりどういうことだと思う?」

夢前亜里沙「あぁ!!!それだと、わたし大きな誤解をしていたかもしれません!!それにわたしは騙されていたことになります」

堀坂向汰「夢前さん、そろそろリフトが到着するけど、後で俺を信じて知ってること全て話してもらえるかな?」

夢前亜里沙「わかりました。最上級コースの入口にベンチがありましたよね?そこで話します」


リフトで頂上まで上がって、最上級コースの入口にある休憩所のベンチまで滑走すると、堀坂向汰はスキー板を外してベンチに座った。夢前亜里沙も同じくボードを外して堀坂向汰の座っているベンチの向かい側に座って話をしはじめた。


昨年の11月中旬頃、宮下苗子にフラれた葉山和信はときどき女子バスケ部の練習を体育館裏からこっそりと覗いていた。おそらく宮下苗子に対する未練があったのだろう。そこに一人で少し休憩をしようしたユニフォーム姿の夢前亜里沙が現れて「あの、うちの部の誰かに用事でもあるのでしょうか?」と声をかけた。すると葉山和信はとっさに「実は最近告白されたんだけど、その人とあまり話したことのないから観察してたんだ」と言った。それを聞いた夢前亜里沙は「それってうちの部の人ですか?」と聞いてみると葉山和信は「そうなんだ」と答えた。夢前亜里沙は「わたしでよろしければお話聞きますよ」と言うと、二人だけの秘密ということを約束して葉山和信は宮下苗子に告白されたと言った。それを聞いた夢前亜里沙は少し驚いた。そして葉山和信は宮下苗子にしつこく言い寄られて困っている、陰で何をしてるかわからないなどと話した。その話を聞いた夢前亜里沙はいつでも相談に乗りますと言ったことがキッカケで葉山和信と連絡先の交換をした。それから2人はリムチャットでの会話をひたすら続けた。特に葉山和信は宮下苗子のことを陰で援交してるらしい、休日は他の男と遊びまくっている、実は男を見下してるなどと、とにかく悪い印象を与えるようなことを言い続けた。12月の中旬になり、葉山和信は「今週の土曜日、気晴らしで一緒に遊園地でも行かない?」とメッセージで誘った。夢前亜里沙は断る理由もないので誘いにのって一緒に遊園地に行った。その時、夢前亜里沙は信頼していた宮下苗子がそんな性格だったことがすごくショックで落ち込んでしまったと話すと葉山和信は優しくいたわりやねぎらいの言葉をかけた。そのように優しくされた夢前亜里沙は少しずつ葉山和信に好意を持ち始めてしまったのだが、どうにも何かが心に引っかかっていて一歩踏み出せなかった。その後、葉山和信は2年3組の教室近くにある階段のところに夢前亜里沙を呼び出して付き合ってほしいと告白したのだ。しかし、夢前亜里沙には何か引っかかっているものがあったので「少し考えさせてほしい」と返事をした。葉山和信に好意はあるものの、どこか信じられない部分もあって悩み続けた結果、リムチャットで「先日のお返事ですが、今は部活に必死なのでレギュラーになってからでいいですか?」と返事をした。それに対して葉山和信は待っていると答えた。そして夢前亜里沙は「でも、わたしは宮下先輩より可愛くないですよ」と送ると葉山和信は「宮下は性格も陰でしてることも破滅してるし、今は亜里沙ちゃんのほうが何倍も可愛いと思う」とメッセージを返した。そして、つい先日、葉山和信は「ついに宮下苗子の尻尾を掴んだ」と言って宮下苗子のSNS裏アカウントのアドレスと一緒に夢前亜里沙へメッセージを送った。夢前亜里沙は送られてきたSNS裏アカウントを見てみると、明らかに宮下苗子だと確信できるエッチな写真が数枚投稿されているのを見て失望してしまったという。


これらの話を語った夢前亜里沙は涙目になりながら「わたし、大きな間違いをしていたのかもしれません」と呟いた。全ての話を聞いた堀坂向汰は宮下苗子はもちろんだが、精神的な被害を受けたのは夢前亜里沙だと思った。


堀坂向汰「夢前さん、ありがとう。よく打ち明けてくれたね」

夢前亜里沙「いえいえ。それより堀坂先輩、何が起こっていて何が真実なのですか?」

堀坂向汰「その前にだけど、夢前さんは今でも葉山に対する気持ちはあるの?」

夢前亜里沙「葉山先輩には優しくしていただきましたけど、どこか信用できないところがあって気持ちがハッキリしないとしか答えられません」

堀坂向汰「それをハッキリさせると失望するかもしれないけど、その覚悟ができるなら話すよ」

夢前亜里沙「失望しても構いませんので真実を教えてほしいです」

堀坂向汰「まずは逆に葉山のほうが宮下さんに告白してフラれたんだよ。このことは2年3組の生徒なら誰でも知ってることだよ。それでも諦めきれず未練を持ち続けていて葉山は女子バスケ部の練習を覗いていたんだよ」

夢前亜里沙「そういうことでだったのですね」

堀坂向汰「それに宮下さんのSNS裏アカウントに投稿された写真だけど、あれは葉山が窓から盗撮して投稿したものだよ。つまりSNSの裏アカウントも含めて全て葉山の犯行だよ」

夢前亜里沙「どうして葉山先輩の犯行だとわかるのですか?」

堀坂向汰「もう全て調査済みとだけ言っておくけど、それは来週の月曜日の放課後、生徒会室に来てもらえると全て明かすよ」

夢前亜里沙「つまり、わたしは葉山先輩に騙されていたってことですか?」

堀坂向汰「まあ単純な言葉で表現するとそういうことになるね。さっきも言ったけど、夢前さんは人を見抜く力があって勘も鋭いけど、ピュアな部分があるから騙されやすいんだよ。唯一、どこかで信用できなかったということが救いになったともいえるけどね」

夢前亜里沙「もしかして、宮下先輩が退部した理由もこのことに関係しているのですか?」

堀坂向汰「うん。ただ、夢前さんの知らないところで起こったことだから自分を責めたりしないでね」

夢前亜里沙「わたし、とんでもないことをしていたのですね。もう宮下先輩に合わせる顔がありません」

堀坂向汰「そのことも含めて来週の月曜日の放課後、生徒会室で宮下さんと話をして心の中をスッキリさせればいいよ。だからお手数だけど、来週の月曜日の放課後になったら生徒会室に来てほしい」

夢前亜里沙「わかりました。月曜日の放課後、生徒会室に伺います」

堀坂向汰「夢前さん、偉そうに言うつもりはないけど、純粋だけでは生きていけないってことをよく覚えておくといいよ」

夢前亜里沙「はい。今回のことで痛感しました。それとわたしはもう部活を辞めようと思います」

堀坂向汰「えっ!?中学生の頃はエースでバスケが大好きなのにどうして?」

夢前亜里沙「エースだったことも調査済みなのですね。たしかにバスケは大好きですが、正直いいますと部活内の人間関係にどうしても馴染めないのです。バスケってチームワークが大切なのですが、今の部員にそういうことが全く感じられないのでずっと悩んでいました。でも今回のことでその気持ちがハッキリしました」

堀坂向汰「まあ、人間関係に馴染めないのは苦しいと思うから止めはしないけど、正式なレギュラーになりたかったんじゃないの?」

夢前亜里沙「レギュラーになりたかったのは、ただ高校生の試合を体験したかったのと自分の実力を試してみたかっただけです」

堀坂向汰「そうなんだ。それにしても夢前さんも小悪魔的な部分があるんだね・・・あははは」

夢前亜里沙「小悪魔的な部分ですか?」

堀坂向汰「だって葉山に対する返事はレギュラー入りしたらって答えてたけど、本当は付き合う気なんてなかったわけでしょ?」

夢前亜里沙「堀坂先輩って本当に何者ですか?その通りです」

堀坂向汰「全ては来週の月曜日の放課後、お楽しみにということにしておくよ。このこともだけど俺のことは他言無用でお願いするね」

夢前亜里沙「わかっています。わたし、口は堅いので安心してください」

堀坂向汰「じゃあそろそろ13時だからレストランに行こうか」

夢前亜里沙「はい!今日、堀坂先輩と話せて本当に良かったです。頭脳明晰の素敵な人に出会えたって思います」


その後、レストランで昼食をとり、堀坂向汰と夢前亜里沙は何度か最上級コースを滑っていた。そして夕方になると2人はすっかり仲良くなり、堀坂向汰は夢前亜里沙の人を見抜く力と勘の鋭さの部分を気に入ったのかどうにか利用する方法はないかと密かに考えていた。

帰りのバスや電車の中では西村真一と泉原優奈は疲れ切っていたのかすっかり眠っていたが、堀坂向汰と夢前亜里沙は何気ない話をしていた。学園前駅に到着して解散となる前に西村真一が耳元で「堀坂、夢前さんとすっかり仲良くなったみてえじゃねえか。このまま付き合っちゃえよ」と呟くと堀坂向汰は「夢前さんはいい子だけど、恋愛対象にはならないよ」と答えた。



■ 先輩と後輩の対談と新しいメンバー


月曜日の放課後、生徒会室には琴宮梓颯と如月瑠衣、牧瀬悠人の3人が先に来ていて話をしていた。白石由希は掃除当番なので少し遅くなるとのことで、堀坂向汰は先に宮下苗子と話しておきたいことがあるとのことで、後で一緒に向かうとの連絡があった。しばらくすると生徒会室のドアからノックする音が聞こえた。如月瑠衣は「はい、どうぞ」と言うとドアが開いて「失礼します」と言って制服姿の夢前亜里沙が生徒会室に入ってきた。まだ堀坂向汰から何も聞いていない如月瑠衣は鋭い目をしていたが、琴宮梓颯は優しく「あなたが夢前亜里沙さんね。こちらに来てもらえる?」と言った。夢前亜里沙は「はい」と言って少し怯えながら生徒会長机の前まで歩いていった。


琴宮梓颯「夢前亜里沙さん、よく来てくれたわ。わたしのことは知ってるかしら?」

夢前亜里沙「もちろん知っています。生徒会長で学園のアイドルとして有名ですし、近くで見ても本当にアイドルと呼ばれている意味がわかりました」

琴宮梓颯「そう、ありがとう。ではそこの如月さんのことは知っているかしら?」

夢前亜里沙「如月さんのことも知っていますが、お話したことはありません」

琴宮梓颯「じゃあ、そっちの牧瀬君のことは知ってる?」

夢前亜里沙「はい、隣のクラスに転校してきた人で、たしか父親が探偵事務所をしていて警察の捜査に協力もしてるくらい推理力抜群だという噂を聞きました。牧瀬君ともお話したことはありません」

琴宮梓颯「そういえば制服姿だけど、今日の部活は休んだの?」

夢前亜里沙「はい。堀坂先輩からいろいろ聞いて生徒会室に来るように言われましたので、本日は部活を休みました」

琴宮梓颯「そうなのね。少し緊張しているように見えるけど、ここにいる人達はみんなあなたに危害を加えたりしないから安心していいのよ」

夢前亜里沙「わかりました。でも、どうして生徒会室に呼ばれたのでしょうか?」

琴宮梓颯「それはメンバーが全員揃ってから詳しく説明するわ。それまでそこのソファーに座って待っていてもらえる?」

夢前亜里沙「では、失礼してソファーに座らせていただきます」


夢前亜里沙がソファーに座ると如月瑠衣がお茶を入れて持っていき「どうぞ」と言ってソファー前のテーブルに置いた。夢前亜里沙は「どうもありがとうございます」と言うとお茶を一口飲んだ。それから5分ほどすると再び生徒会室のドアからノックする音が聞こえた。如月瑠衣は「はい、どうぞ」と言うとドアが開いて白石由希が入ってきて「お待たせ」と言った。琴宮梓颯は「夢前さん、こちらは3年生の白石先輩ね。白石先輩、ソファーに座っているのが例の夢前さんよ」と言うと夢前亜里沙は「たしか紫藤先輩と一緒に部活練習の見学されていた方ですよね?どうも」と言ってペコリと頭を下げた。白石由希は「琴宮さん聞いてよ~土日にかけてテツマンしてたんだけど、今度は国士無双13面待ちというレアな役でダブル役満がきちゃったの!運を使い果たしちゃったから、わたし死んじゃうかも」と言うと琴宮梓颯は「わたし麻雀のことはあまりよくわかりませんが、白石先輩は死んだりしないと思います」と答えた。白石由希は「そうだよね。じゃあ堀坂君に自慢しちゃおうかな」と言った。そんな話を聞いていた夢前亜里沙はこの生徒会室にいるメンバーの関係性がよくわからなかった。それから15分ほどすると、また生徒会室のドアからノックする音が聞こえた。如月瑠衣は「はい、どうぞ」と言うとドアが開いた。そして堀坂向汰と宮下苗子の2人が一緒に生徒会室に入ってきた。堀坂向汰は「夢前さんお待たせしたね」と言うと夢前亜里沙は宮下苗子が生徒会室に現れたことに驚いて「宮下先輩どうして!?」と少し大きな声で呟いた。如月瑠衣は生徒会室のドアの鍵をかけるとノートパソコンを起動させてプロジェクターを取り付けていた。


宮下苗子「あれ、どうして夢前がいるの?堀坂どういうこと?」

堀坂向汰「夢前さんこそ今回の事件の黒幕であり被害者でもあるから呼んだんだよ」

宮下苗子「堀坂、さっき犯人は3組の男子だってことは聞いたけど夢前もその犯人に何かされたの?」

堀坂向汰「宮下さん、とりあえず落ち着いてソファーに座ってね。今から全ての真相を話して物的証拠の映像も見せるから!」


宮下苗子は「わかった」というと夢前亜里沙の向かい側のほうへ歩いていってソファーに座った。堀坂向汰は「じゃあ少し長くなるけど、全ての真相を話すね」と言って脅迫事件の真相を語りはじめた。まず脅迫状を出した犯人が2年3組の葉山和信であること、そして何も知らず騙されていたのが夢前亜里沙だったということなど全て話していった。自分の知らないところで何が起こっていたのか事実を知った夢前亜里沙は涙を流していた。全ての真相を語った堀坂向汰は「じゃあ如月さん、例の2つの動画を見せてあげて」と言うと如月瑠衣は「では、生徒会室の明かりを消します」と言って明かりを消すと、大きな壁にプロジェクターで先日見た完全な物的証拠動画を映し出した。最初に流れたのは宮下苗子の自宅前に葉山和信が現れてポストの中から封筒を取り出したシーンであった。それを見た宮下苗子は「いやだ、わたしの家のポスト荒らしてる。超キモイし怖い」と呟いた。続いて葉山和信が宮下苗子の下駄箱から下着と写真をすかさずカバンに入れて走り去った映像が流れた。その動画を見た宮下苗子と夢前亜里沙は葉山和信の犯行だと確信した。動画が再生が終わると如月瑠衣は生徒会室の明かりをつけてプロジェクターの電源を切った。


宮下苗子「ねえ堀坂、わたしもう葉山が許せないしキモすぎて顔も見たくないんだけど」

堀坂向汰「宮下さん、葉山に対する処罰は考えてるから、さっき話した通り感情的にならないでほしいのと、このことは先生に言ったり警察沙汰にしないでほしい」

宮下苗子「それは約束通りにするけど、処罰って何するの?」

堀坂向汰「明日の朝、葉山は精神的に再起不能になるので楽しみにしておいてほしい」

宮下苗子「じゃあ堀坂に任せるよ」


堀坂向汰はソファーの真ん中に座るとカバンの中からペットボトルのコーラとスナック菓子を取り出した。そして「じゃあ、夢前さん、宮下さんに誤解してたことを話してあげて」と言った。夢前亜里沙は涙を流しながら「わかりました」と言って宮下苗子の目を見ながら口を開いた。


夢前亜里沙「宮下先輩、知らなかったこととはいえ、わたしは大きな誤解をして葉山先輩と陰で悪口を言っていました。本当に申し訳ありませんでした」

宮下苗子「夢前は葉山に騙されていただけだからもう気にしなくていいよ」

夢前亜里沙「しかし、間接的ですが全てわたしのせいで葉山先輩を犯罪者にして宮下先輩を退部させてしまいました」

宮下苗子「事情はキャプテンに話して一時退部してるだけだから大丈夫よ。それに夢前も被害者なんだからそんなに自分を責めなくていいよ」

夢前亜里沙「ありがとうございます。わたし、退部しますので2月の地区予選試合は宮下先輩が出てください」

宮下苗子「責任をとって退部することないよ。それにわたしに気を遣わないでいいの。夢前はわたしなんかより上手なんだから」

夢前亜里沙「退部することは今回のことに関係なくずっと考えていたことなのです。正直、部員はいい人ばかりだと思いますが、わたしは部の人間関係に馴染めないのです」

宮下苗子「そっか。いずれ退部するつもりだったの?」

夢前亜里沙「はい。一度だけレギュラー入りして試合をしたら退部しようと思っていました」

宮下苗子「じゃあ先輩として夢前に1つだけ責任をとってもらうことにする。2月の地区予選試合は夢前がレギュラーとして選ばれたわけだから、その責任をとって試合に出場すること。でもうちの部は弱いから一回戦で負けるかもしれないけど、精一杯がんばることよ」

夢前亜里沙「宮下先輩がそうおっしゃるのであれば、出場して精一杯がんばります」

宮下苗子「それに葉山とは縁を切ることよ」

夢前亜里沙「もちろん、わたしももう話したくもければ顔もみたくありませんから」

宮下苗子「じゃあわたしはしばらくのんびり過ごして3年生になったら部活にもどることにするよ。地区予選の試合はお忍びで見に行くけどね」


こうして先輩と後輩の2人が話をしたことで和解した。そして堀坂向汰が「宮下さん、どうやら和解したみたいだから、そろそろ生徒会室から出たほうがいいかもね。あまり長居してると怪しまれそうだから」と言った。宮下苗子は「そうね。明日の朝、何をするかわからないけど楽しみにしてるよ。夢前もまたね」と言って生徒会室から出ていった。そして夢前亜里沙は「あのわたしは?」と聞くと堀坂向汰は「夢前さんはまだ話があるので残っていてほしい。如月さん、生徒会室のドアの鍵をかけて」と言った。如月瑠衣は「はい」と言って生徒会室のドアの鍵をかけた。


琴宮梓颯「向汰君、結局のところ夢前亜里沙さんをどうするか決めたの?」

堀坂向汰「そうなんけど、如月さんはどう思ってるの?」

如月瑠衣「えっ!?わたくしは、たとえ騙されていて知らなかったとはいえ、葉山先輩を犯罪者にしたことに変わりありませんので相応の処罰を与えるべきだと思いますわ」

堀坂向汰「じゃあ如月さんの意見に従って相応の処罰を与えることにするよ」

夢前亜里沙「わたし、今でも責任を感じていますからどのような処罰でも受けます」


夢前亜里沙がそういうと堀坂向汰がカバンの中から3冊の本を取り出した。


堀坂向汰「夢前さん、間接的とはいっても宮下さんに恥ずかしい思いをさせたり葉山を犯罪者にしたことに変わりはないから、処罰として卒業まで体で返してもらうことにする」

夢前亜里沙「体で返すとはどういうことですか?」

如月瑠衣「堀坂先輩、体で返すという表現は少しいかがわしく感じますわ」

堀坂向汰「夢前さんには裏クラブのメンバーになってもらって活動してもらうってことだよ」


その堀坂向汰の発言を聞いたメンバー全員が一斉に「ええーーー!?」と声をあげた。


琴宮梓颯「ちょっと向汰君、どういうつもりなの?」

堀坂向汰「梓颯、夢前さんは人を見抜く能力がずば抜けていて勘も鋭いんだよ。白石先輩も卒業してしまうし、裏クラブに欠けてるというかいつも苦労してるのが交友関係や人物像の調査だと思うんだよ。いつもは如月さんにお願いしてたけど、一番仕事量を多くしてしまってたからね」

琴宮梓颯「たしかに如月さんの仕事量は多かったわね」

堀坂向汰「だから夢前さんには心理アナリストの役割をしてもらって、如月さんにはサイバー分野に集中してもらう」

琴宮梓颯「なるほど。そういうことなら入ってもらってもいいわね」

夢前亜里沙「あの、お話がよくわからないのですが、裏クラブって何ですか?」

堀坂向汰「梓颯、夢前さんに裏クラブの説明をしてあげて!」


琴宮梓颯は「わかったわ」と言うと夢前亜里沙に裏クラブの活動内容や目的、理念、影郎アカウントのこと、これまでの経緯などを詳しく説明した。


夢前亜里沙「影郎アカウントの存在は知っていましたが、まさかここにいるみなさんがそのような理由でしていたとは驚きました。それに優ちゃんの噂問題も解決させていたのですね」

堀坂向汰「そういうことだよ。夢前さんはさっきどんな処罰でも受けるって言ったし、裏クラブの存在を知ってしまった以上、もう選択肢はないよ」

夢前亜里沙「わたしにできるかわかりませんが、そういうことでしたら是非協力させてください」

堀坂向汰「じゃあ、まず退部するまでにこの3冊の本を読んで勉強しておいてね」


堀坂向汰が夢前亜里沙に渡した本のタイトルはそれぞれ「精神分析理論」、「交流分析」、「心理カウンセリングの基本」という3冊であった。


夢前亜里沙「なんだか難しそうな本ですね。特にこの精神分析論の本だけ分厚くて最後まで読めるか心配です」

堀坂向汰「精神分析論は防衛機制の章だけ読めばいいけど、特に交流分析と心理カウンセリングの基本はページ数も少ないから全部読んでね」

夢前亜里沙「わかりました。では、お借りして勉強しておきます」

堀坂向汰「さて、じゃあメンバー紹介するね。まず生徒会長である琴宮梓颯は裏クラブの代表者で学園生徒の情報調査役、副会長である如月瑠衣は天才ハッカーで主にサイバー分野全般の役をしてもらってる、そしてもうすぐ卒業する麻雀狂いの白石先輩は主に3年生の情報収集や聞き込み調査役、そして牧瀬悠人君は主に尾行や張り込み調査と推理担当、そして俺は推理担当と調査指示役ってところかな」

夢前亜里沙「まるで警察組織のようですね。白石先輩が部活見学していたのは部の観察をしていたからなのですね?」

如月瑠衣「わたくし、天才ハッカーというほどではありません。まだまだ世界中には上がいます」

堀坂向汰「いや、如月さんは十分に天才ハッカーだよ。自宅のパソコンは全部自作とか言ってたよね?」

如月瑠衣「もちろんですわ。メーカーのパソコンは高いですし自由にカスタムできませんので、自作でないといけませんの」

夢前亜里沙「如月さんのことは知ってましたが、自作パソコンとか天才ハッカーだと聞いて驚きました」

牧瀬悠人「夢前さん、僕のことを知ってたみたいだけど、推理力は堀坂先輩のほうが上なんだよ」

夢前亜里沙「堀坂先輩の推理力は先日知りましたが、牧瀬君より上だったなんて驚きです」

堀坂向汰「推理力は競い合うもんじゃなくて真実を解き明かすことが重要なんだけどね」

琴宮梓颯「ところで向汰君、夢前亜里沙さんの能力ってどのくらいなの?」

堀坂向汰「俺のことを見抜くレベルといえばわかる?牧瀬君に欠けてる部分を持ってるともいえる。だから牧瀬君と如月さんを含めた3人の連携に期待できそう」

琴宮梓颯「向汰君のことを見抜くなんて相当だわ」

牧瀬悠人「僕の欠けてる部分ですね。だったら夢前さんを見習わないといけませんね」

堀坂向汰「如月さん、腑に落ちない顔してるけど、夢前さんと仲良くしてほしい」

如月瑠衣「わたくし、反対しているわけではありませんが、夢前さんがまた誰かに騙されてしまわないか心配ですの」

堀坂向汰「そのために勉強してもらうんだよ。如月さんと一緒でピュアな部分があるんだけど、夢前さんの欠点でもあるからね」

夢前亜里沙「みなさん、わたしがんばりますのでよろしくお願いします!」


結局、夢前亜里沙の処罰は裏クラブのメンバーに入って活動することであった。そして琴宮梓颯が裏クラブのことは他言無用ということなどのルールを説明した。最後に夢前亜里沙が「ところで堀坂先輩と琴宮先輩ってお付き合いしているのではないでしょうか?」と聞くと琴宮梓颯は「よくわかったわね」と答えた。それを聞いた夢前亜里沙は驚いていた。そして牧瀬悠人と如月瑠衣の関係についても明かした。全ては他言無用で通常の学園生活において堀坂向汰に話しかないという約束もした。



■ 再起不能に追い込まれた犯人およびその後


裏クラブのメンバーに入った夢前亜里沙は帰宅して夕食をとった後、リムチャットで葉山和信に『わたしを騙していたことはわかりました。もうあなたのことは信用できません。話もしたくなければ顔もみたくありません。二度とわたしに話しかけないでください。さようなら』とメッセージを送った。そして葉山和信をブロックして拒否すると登録を完全に末梢した。もちろん電話の着信拒否もしておいた。


次の日の朝、2年3組の教室では生徒達が黒板の前に集まって騒いでいた。黒板には1枚の写真が両面テープで貼られており、その上に「このクラスにいる変態の証拠」と書かれていた。これは前日の帰宅前に如月瑠衣によって仕掛けられたものである。写真はノイズが消去されて鮮明になっており、葉山和信が下駄箱から下着を取り出してるシーンがバッチリ写っていた。顔にはモザイクがかかっていたが、ネクタイの色は水色で髪型や背丈からして葉山和信に違いないと誰もが思った。特に女子生徒達は「これ絶対に葉山だよ。超キモイ」、「しかもこれ宮下さんの下駄箱じゃない?葉山変態すぎ!」、「葉山、宮下さんの下着盗んで何してたか想像したら吐きそう」などと話していた。そんなところに葉山和信が登校してくると、クラス中の生徒達は目を合わせようとしなかった。葉山和信は黒板に貼られた写真を見て、冷や汗を出しながらブルブル震え出した。そして1人の男子生徒が「葉山、宮下の下着で何したんだよ?犯罪だぞ」と言うと葉山和信は「こ、これは俺じゃない」と否定した。ところが、写真の右下には日付と時間が表示されていて、それが金曜日の8時35分であった。ある男子生徒が「たしか先週の金曜日って葉山遅れて教室に入ってきたよな?」と言った。それを聞いた生徒達は写真に表示されている犯行時刻と葉山和信が登校してきた時間が一致する確信した。それでも葉山和信は「俺じゃない!俺は何もしてない」と否定し続けたが、生徒達は聞く耳持たなかった。


堀坂向汰が登校してきて席に座ると西村真一がやってきて「堀坂、お前も黒板の写真みてみろよ」と言ってきた。堀坂向汰はどういう写真か知っていながらも、黒板のほうへ歩いていって写真を見た。そして自分の席に戻ると西村真一が「あれ葉山で間違いねえよな?」と言った。


堀坂向汰「顔にモザイクがかかってるけど、普通に見ると葉山に見えるね」

西村真一「葉山って宮下に告白してフラれたくせに、諦めきれずに今度は変態行為かよ」

堀坂向汰「でもあの写真だと葉山であるという完全な証拠にはならないよ」

西村真一「写真の右下の犯行時間もみたか?先週の金曜日、葉山は遅れて登校してきたから時間も一致していると思うぜ」

堀坂向汰「それでも断定させるのは難しいと思うよ」

西村真一「けどよ、もうみんな葉山で間違いないと確信してるから言い訳は通用しねえんじゃねえか」

堀坂向汰「まあ僕には関係ないことだからどうでもいいけど、宮下さんが可愛そうな気がする」

西村真一「たしかにな。宮下は今日ずっと椅子に座ってうつぶせになって顔をあげてないからな」


すると担任の水瀬先生が教室に入ってきて「はーい、みなさん席についてください」と大きな声で言って黒板を見た。水瀬先生は黒板に貼られた写真をはがして、黒板の書かれた文字を消すと「これを貼ったのは誰ですか?正直に答えなさい!」と言った。しかし、生徒の誰もが答えず教室内は静まりかえっていた。水瀬先生は「この写真に写っているのは葉山君なの?」と聞くと葉山和信は「僕じゃありません」と強く否定した。水瀬先生は疑いの目をしながら「わかった。それで、これは誰の下駄箱なの?」と聞くと1人の女子生徒が「それは宮下さんの下駄箱です」と答えた。水瀬先生は「宮下さん、何か心当たりはある?」と聞くと宮下苗子は「わたしにもよくわかりません」と答えた。最後に水瀬先生は「この件に関しては先生が詳しく調べます。心当たりのある人は怒らないので先生のところに白状しにきなさい」と言って授業がはじまった。


その日、葉山和信は2年3組の生徒達から軽蔑の眼差しを向けられつつ、話しかけられなくなっていた。女子生徒達は「変態葉山」などと陰で呼ぶようになり、唯一一緒に昼食をとっていた男子生徒の1人からも「しばらく話しかけないでほしい」とまで言われた。そんな状況で精神的にもどん底まで落ち込んでいた葉山和信は昼休みになると、食事も喉が通らずにずっと1人で席に座っていた。そしてその日の授業が終わると、葉山和信はさっさと教室を出て下駄箱で靴を履き替えようとした。すると、下駄箱の中に四つ折りにされた1枚の紙が入っており、それを開くと印刷された文字で次のような文章が書いていた。


『葉山和信さんへ警告。あなたが宮下苗子さんに脅迫状をだして指示を出していたこと、SNSで窓から盗撮した着替え中の写真を投稿したこと、自宅のポストから封筒を持ち去ったこと、夢前亜里沙さんを騙していたことは全て調査済みです。こちらは完全な物的証拠となるあなたの犯行を録画した動画を持っています。これ以上、犯行を続けたり、夢前亜里沙さんに言い寄るような行為を行った場合、今度はモザイクを外した動画を公開します。そうなればあなたは犯罪者として退学処分および刑事罰を受けることになるでしょう。あなたが二度と今回のようなことをしないと断言すれば、こちらもこれ以上のことはしませんが、念のためにあなたのスマホのデータは消去させていただきます。』


この文章を読んだ葉山和信は今朝以上の冷や汗を出しながら全身が震えた。そして下駄箱の中には1枚の写真が置かれており、それを見ると宮下苗子の全裸写真と同じポーズで胸やアンダーヘアーも同じだが顔は外国人女性であった。写真の裏に『インターネットで既に広がってる写真です』とメッセージが書かれていた。それを見た瞬間、葉山和信は自分が持ち去った宮下苗子の全裸写真が合成されたものであることがわかった。実はこの写真をインターネット上に拡散したのは他でもない如月瑠衣であった。そこでふとあることに気がついた葉山和信はポケットの中からスマホを取り出して画面を表示させてみた瞬間、真っ黒になり真ん中に『Bye!』という白いメッセージが表示されていた。これも今朝方、如月瑠衣によって仕掛けられたシステム破壊ウイルスで、画面を操作した瞬間にシステムが消去されてしまうようになっていたのだ。葉山和信は何かも失った絶望感を味わいながら落ち込んで帰宅していった。それからというもの葉山和信が変態だという噂が2年生の他のクラスの生徒達や女子バスケットボール部にまで広がっていた。事情を知っていた夢前亜里沙は安心したと同時に裏クラブを敵にすると恐ろしいと感じていた。


そして2月に入っていよいよ生徒会長選挙の投票日がやってきた。体育館に生徒達が集まると投票箱に投票用紙を入れていった。万が一、琴宮梓颯と如月瑠衣が落選してしまうと裏クラブは解散ということになってしまう。投票は午前中に終了して、選挙管理委員が開票していき6限目に体育館で当選発表が行われる。琴宮梓颯は落選する覚悟はできていたが、如月瑠衣は午後の授業に集中できないくらいドキドキしていた。そしてついに5限目の授業が終わり、学園の全生徒が体育館に集合した。立候補者である琴宮梓颯と如月瑠衣、1年生の男子生徒の3名は一番前に立って当選発表を待っていた。6限目のチャイムが鳴り終わったところで、選挙管理委員の代表である男子生徒が舞台の上に出てきてマイクの前に立った。そして代表者が「みなさんこんにちは。では生徒会長選挙の結果発表を行います。投票数231を獲得した琴宮梓颯さんが当選されました。みなさん拍手をお願いします」と言った。体育館の中では大勢の生徒が拍手をした。投票数231ということは生徒の約6割~7割が琴宮梓颯の投票したことになる。選挙前支持率からしても圧倒的であったが予想通り琴宮梓颯が当選して2年目の生徒会長になったのだ。ちなみに如月瑠衣は97票で1年生の男子生徒は72票だったようだ。琴宮梓颯と如月瑠衣が組んでいたことは誰にでもわかっていたので、ほとんどの生徒が今の生徒会を支持していることになる。そして代表者は「琴宮梓颯さん、当選おめでとうございます。ではこちらに来ていただいて、生徒のみなさんに今の感想と今後の意気込みなどについてメッセージをお願いします」と言った。琴宮梓颯は舞台の上にあがってマイクの前に立った。


琴宮梓颯「みなさん、こんにちは。沢山の人がわたしに投票していただいたみたいで驚いています。2年連続で生徒会長をさせていただくことになりますし、来年はわたしも受験生になりますが、みなさんの期待にお答えしてより良い学園にしていきたいと考えています。もちろん、わたしに投票されなかった人達に対しても、この人が生徒会長で良かったと思えるよう努力したいと思います。みなさん、よろしくお願いします!」


琴宮梓颯は一礼をすると体育館中が生徒達の拍手する音で鳴り響いた。そして琴宮梓颯が舞台を降ると隣にいた如月瑠衣が耳元で「琴宮会長、圧勝でしたね。わたくしホッとしました」と呟いた。続いて代表者が出てきて「では琴宮梓颯さんが副会長に指名された如月瑠衣さん、こちらに来てみなさんにメッセージをお願いします」と言った。如月瑠衣は舞台の上にあがってマイクの前に立った。


如月瑠衣「みなさん、こんにちは。今回、わたくしも生徒会長に立候補しましたが、やはり琴宮会長には及びませんでした。しかし、わたくしはまだまだ未熟者で琴宮会長から学ぶべきことが沢山ございます。わたくしも同じく2年連続で副会長をさせていただくこととなりましたので、琴宮会長と連携してより良い学園にしていきたいと思っています。みなさん、よろしくお願い致します!」


如月瑠衣は一礼すると再び体育館中が生徒達の拍手する音で鳴り響いた。そして最後に代表者が「メッセージありがとうございました。ではこれで今年の生徒会長選挙は終わります。みなさんお疲れさまでした」というと、体育館からぞろぞろと生徒達が教室へと戻っていった。


2月も中旬に入ると、女子バスケットボールの地区予選の試合がはじまった。抽選によって試合相手が選ばれたのであったが、運の悪いことに一回戦は優勝候補である強豪校との試合になってしまった。夢前亜里沙は2年生に劣らない実力で何度かシュートを決めて点数を稼いでいたが、相手チームにはさらに実力のある選手ばかりで、点差が開きすぎていた。結局、最後まで諦めずにがんばってみたものの一回戦で敗退してしまった。夢前亜里沙はこの試合に出場して上には上が沢山いるということを感じさせられた。そして試合が終わった次の日、夢前亜里沙は勉強に専念したいという理由で退部届を出した。


2月末になったある日、生徒会室に裏クラブのメンバーが集まっていた。


夢前亜里沙「堀坂先輩、お借りしていた本、全部読みましたのでお返ししますね」

堀坂向汰「心理学辞典を渡すの忘れたんだけど、意味わかった?」

夢前亜里沙「意味のわからないところは調べました。それにしても心理学ってすごく面白いですね!わたし、大学は心理学部に行くことに決めました」

堀坂向汰「まさか、この精神分析論を全部読んだの?」

夢前亜里沙「もちろん読みましたよ。自分でも興味ありそうな心理学の本を何冊か買いました」

堀坂向汰「夢前さんがそんなにハマるとは思わなかったよ。まあ、そろそろ裏クラブの活動がはじまるかもしれないのでよろしくね」

夢前亜里沙「はい、がんばります!」


そんな話をしながら裏クラブの活動はさらに1年続いていくこととなった。

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