音痴な美少女と二人っきりで歌のレッスンを続けていたら仲良くなり『自作ラブソング』で告白してくれた。やめるんだ! 絶対に後で死にたくなるぞ!
誰にでも欠点はあるものだ。
そして時にはその欠点が人の魅力につながることもある。
例えば完璧超人よりも少しくらい可愛らしい欠点があった方が好まれる、なんて話がよくあるだろう。
それでは果たして音痴もまた魅力につながるのだろうか。
「やっぱり鍵がかかってる」
中学一年生男子、鹿沼 淳史は理科の先生に頼まれて授業で使ったビデオ機材を視聴覚室に返却しに向かっていた。
『鍵が無いから誰かが使ってるかもしれん。もし中から鍵がかかっていて開かなかったら視聴覚準備室の方から中に入ってくれ』
事前にそう言われていたので指示通りに併設されている視聴覚準備室に入りながら考えを巡らせる。
「(誰が何をやってるんだろう)」
淳史が通う中学には放課後に視聴覚室を使う部活は存在しないため基本的に無人のはずだ。
先生が授業の準備をしているのか、どこかの部活が臨時で使っているのか。
例えそうだとしても中から鍵をかける必要があるのだろうか。
視聴覚室の入り口はカーテンがかけられていて中の様子が見えず音も漏れてこない。
何が行われているのか分からない部屋の扉を開けることに何処となくワクワクしながら、淳史は視聴覚室の中にそっと入った。
「ヴァーヴィードグゥオーデエー!」
「うわ、何コレ!?」
珍百景ではない。
いや、ある意味珍百景だったのかもしれない。
思わず胸を抑えて蹲ってしまう程に不快な音を美少女が撒き散らしているのだから。
「ぎぼぢわるい……」
邪魔をしないようにと静かに入室したからか、美少女はまだ淳史の存在に気付かず奇怪な音を放ち続ける。
不快、不安、めまい、吐き気、冷や汗。
淳史のS〇N値がガリガリと削られ、その場にバタンと倒れた。
「え?」
その音でようやく美少女は誰かがいることに気が付いたようだ。
だが淳史は床に倒れているので美少女の位置からは見えていない。
「誰!?」
不快音が消えると、夏に放置したコバエが群がる台所のような澱んだ心がスッと軽くなった。
「一体何だったんだろう」
「鹿沼君?」
「大津さん?」
淳史が立ち上りようやく二人は対面を果たした。
美少女の正体はクラスメイトの大津 萌華。
彼らが通う中学の有名人だ。
小学生のころからジュニアアイドルにスカウトされる程に可愛らしく、大きくクリクリとした目と長いまつげが特徴だ。
スカウトは断っているから芸能界デビューはしていないが、周囲の誰もが勿体ないと彼女にアイドルになるように勧めている。
「鹿沼君もしかして聞いちゃった?」
「この世の全ての悪意を凝縮したみたいな不快な音のこと?」
「…………」
「ヒエッ!」
最初は真っ青だった萌華の顔が真っ赤に変貌する。
先程の音を萌華が放っていたことに気付いていたくせに良く罵倒出来るな。
彼女の反応を見て流石に自分の失態に気が付いたようだが。
「ごめんごめん! あまりに気持ち悪かったからまともに聞いて無いよ!」
「死ね!」
「ぎゃあ!」
綺麗な後ろ回しかかと蹴りが腹部に決まった。
この美少女は案外お転婆なのかもしれない。
「女の子に向かってそれは無いでしょ!」
「うう、本当にごめん。でもあれって一体何だったの? 劇の練習とか?」
悪の女王が呪いをかけるシーンなのか。
なんてことを言ったら更に追撃を喰らっていただろう。
「…………」
「大津さん?」
萌華からは先程までの怒りが消え、何処となく気まずい表情で何かを言うべきか迷っているようだ。
「言いにくい事だったら言わなくて良いよ」
「鹿沼君……」
「大津さんが音痴だったなんて誰にも言わないからさ」
「分かってるじゃないの!」
「ぐへぇ!」
今度はボディーブローだ。
腹筋に力を入れていない絶妙なタイミングを狙ってのクリティカルヒット。
「けほっ、けほっ」
「もう、鹿沼君の馬鹿!」
「けほっ、けほっ」
「本当に誰にも言わないでよね!」
「けほっ、けほっ」
「本当に分かってるの!?」
「けほっ、けほっ」
あまりに良いパンチをもらいすぎて萌華の話が全く頭に入って来ない。
「けほっ……ええと、何だっけ。みんなに言って欲しいんだっけ?」
「よし、記憶を消そう」
「わー!待って待って!誰にも言わないから!」
ファイティングポーズにビビる淳史。
どうやら完全に格付けは完了したようだ。
「でもまさか大津さんがあんなに音痴だったなんてびっくりだよ」
「何よ、まさか脅す気?」
「そんなことしないよ。でも正直なところ本当にヤバかった」
「う゛……」
音痴の歌を聞いて耳が痛くなったり衝撃で窓ガラスが割れたりとネタにされやすいが、実際はあまりの音程のとれなさに不快に感じることが多い。
萌華の歌はその不快さで人を殺せるレベルにまで達していた。
あのまま淳史が歌を聞き続けていたら病院送りになり廃人になっていたかもしれない。
「そうか、分かった。だからここで練習してたんだ」
放課後の視聴覚室は誰も来ないし、防音もされているから歌声が外に漏れる心配もない。
格好の練習場所だったのだ。
そのため先生にお願いしてこうして殺人の……ではなく歌の練習をしていた。
「音楽の先生に教えて貰わないの?」
「教えて貰いたいけど、先生は吹奏楽部の顧問だから」
「空いてないのか」
「うん」
先生は忙しく、同級生や友達には恥ずかしくて聞かせられない。
だからこうして一人で練習するしか無かった。
「でも一人だと上手く歌えてるか分からないよね」
「そうだけど、それしか方法が無いから……」
「それじゃあさ、僕が教えるよ」
「え?」
「僕だって上手くないけど、大津さん程じゃないから少しは役に立てると思うよ」
「いいの?」
「うん、むしろこっちからお願いしたいくらいだよ」
「なんで? 私の歌聞いたでしょ。聞くの辛いよ?」
「それはまぁそうだけど。大津さんみたいな可愛い子に教えられるなら平気だよ」
「な!」
やられたメンタルは可愛い子成分で回復させれば良いだけの事。
プラマイゼロなら何も問題無い。
むしろプラスの要素の方が大きいかもしれない。
「鹿沼君って思ったことが口に出るって言われない?」
「良く分かったね。そうなんだよ、それで親からも友達からも良く怒られちゃうんだ」
「治した方が良いよ」
「うん、努力するよ。大津さんみたいな美少女に嫌われたくないからね」
「努力しなさい!」
アイドルにスカウトされているくらいだから可愛いだの美少女だのと言われ慣れているはずなのに、何故か淳史相手だと軽く受け流すことが出来なった。
「(なんでこんなにドキドキするの。こんなお馬鹿な男の子が相手なのに)」
それが美少女である自分に対して壁を作らずに扱ってくれることに対する喜びであることに萌華はまだ気付いていなかった。
「とりあえず、まずは歌じゃなくて音程が取れるか確認してみよう」
早速、二人は音痴を治す練習を始めた。
「まずは僕と同じ音程で『あ~』って言ってみて」
「う、うん」
「あはは、緊張しないで肩の力を抜いてやろう」
まずは『ド』に近い音からだ。
「あ~~~~~~~~こんな感じ。やってみて」
淳史がお手本を示しそれと同じことを萌華がやる、といった流れだ。
「ヴゥォワア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
淳史、吐血寸前。
「ストップ、ストーップ!」
思わず止めてしまった。
このまま続けたら間違いなく病院送りだった。
「だめぇ?」
「そんな可愛く言ってもダメ! なんでそうなるのさ!」
「緊張しちゃって」
ブリっ子を演じて誤魔化そうとするあたりたちが悪い。
でも声を出している時はふざけていたように見えず、淳史は頭を抱えてしまった。
「分かった。それじゃあ『あ』って言ってみて」
「あ」
「うん、じゃあ次は『あ~』って言ってみて」
「あ~」
「うん、いいよいいよ。それじゃあその感じで後ろをもっと伸ばしてみよう。『あ~~~~~~~~』」
「ヴゥォワア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
「ぎゃああああ!ストップ!ストーップ!なんでそうなるのさ!」
「だめぇ?」
「可愛くてもイラっとすることってあるんだね。わざとやってる?」
「緊張しちゃって」
これはとんでもないことを引き受けてしまったかもしれない。
可愛い女の子と一緒だから多少の事はどうでも良いかと思っていたけれど、ダメージの方が遥かに大きいのだ。
――――――――
この日から淳史の決死のレッスンが始まった。
最初の頃は何度も死を覚悟した。
しかしレッスンを開始してから一か月が経過すると萌華のデスボイスは多少威力が軽減されるようになった。
そうなると成長は早い。
萌華はみるみるうちに音程を取れるようになり、中二になった頃には上手くはないけれど普通に歌えるレベルにはなっていた。
そのため淳史の役目は終わりを迎えるはずだった。
「僕が教えられるのはここまでかな」
「ええ、淳史もっと教えてよ」
「萌華は十分上手くなったじゃん。ここからは僕じゃあ何も教えられないよ」
「聞いてくれるだけでも良いから」
「そう?萌華の歌が聞けるならそれだけで嬉しいから僕はありがたいけど」
「も、もう、淳史ったら。相変わらず本音を隠さないんだから」
歌のレッスンを続けているうちに仲良くなった二人。
本音を隠さず美少女だからと壁を作らないで接する淳史と、その対応がとても心地良かった萌華。
当然自然と仲良くなり、じゃれ合い、名前で呼び合う程には親密な関係になっていた。
その関係もレッスンが終われば解散となるはずだったが、萌華は決して終わらせなかった。
だが淳史は内心で萌華のその行動を不思議に思っていた。
「(本当にこのままで良いのかな?)」
淳史は萌華がアイドルにならない理由が歌だと思っていたのだ。
あまりにも下手すぎるから恥ずかしくてやりたくなかったのだと。
だからその歌に関する懸念がそこそこ払しょくされたならばアイドルになるのだと思い込んでいた。
思ったことを口にしてしまう淳史である。
中三になった頃に、その疑問を何も考えずにぶつけてしまった。
「なぁ、萌華ってアイドルになるんじゃなかったのか?」
「え? なんで?」
萌華の返事は普通だったけれど、目に見えて不機嫌になっていた。
淳史としてはその理由が分からなかったので、ひとまず話を続けることにした。
「歌が苦手だからアイドルになりたくなかったのかって思ってたから」
「ふ~ん……淳史は私にアイドルになって欲しいと思うの?」
「俺は……悩むな」
「悩むんだ……」
不機嫌かと思ったら今度は肩を落としてしまう。
これだけ露骨に感情を表に出すのは淳史の前だけなのだが、淳史はそのことに気付いていない。
「だってさ、アイドルになったら萌華は歌が更に上手くなって、プロが作った曲を何曲も歌ってくれるんだろ。そんなの最高じゃん」
「そ、そっか」
可愛いからアイドルになるべきだ、ではなくて萌華の歌が聞きたいからアイドルになって欲しい。
それは萌華にとっては望む回答では無かったけれど、正解の一つではあったようだ。
悲しくもあり、嬉しくもある。
そんな微妙な表情をしている。
「でもこうやって萌華の歌を独り占め出来るのも捨てられないんだよな。萌華みたいな美少女の歌声を俺だけが聞けるってのも最高だからさ」
「そ、そっか……」
こちらが萌華にとって望む回答であったようだ。
悲しみが一切混ざらない満面の笑みに変わっていた。
「今の萌華の歌声ってすげぇ綺麗なんだよ。胸に染み入るって言うのかな。心が浄化される感じ。前は殺人ボイスだったのにな」
「殺してないから!」
「ぐふっ……ボディーの威力も上がってるのか」
「ふんだ」
ツッコミに見せかけた照れ隠しなのだが、淳史は鈍感であるため気付かない。
「それで淳史は結局どっちが良いの」
「選べない。だからさ、萌華が好きな方を選べば良いんじゃね」
「アイドルにならなくても良いの?」
「萌華が嫌ならやる必要なんてないだろ」
「……私、淳史に出会えて良かった」
「何だよ急に」
「な~んでも」
結局、萌華はアイドルにはならずに淳史と一緒に近くの高校に進学した。
――――――――
高校生になった二人はこのまま自然に心が近づいて結ばれる。
といった話にはならない。
大きな問題が起きたのだ。
まず前提として、実は二人は中学の時もレッスンの時以外は接触があまり無かった。
これは二人で話し合って決めたことだ。
美少女である萌華と普通の淳史が仲良くしていたら、嫉妬でいじめなどの問題が起きるかと思ったからだ。
接触が少なくても耐えられたのは、放課後の視聴覚室で二人っきりという秘密の逢瀬があったから。
しかし高校の視聴覚室は映研部が使っているため同じことが出来ない。
高校生になりひときわ美貌に磨きがかかった萌華の周りには男女問わず多くの人が集い、淳史と会話をする機会は激減した。
淳史もトラブルを起こさないようにと萌華から距離を取ろうとしている。
二人の関係は徐々に希薄になっていった。
「このままじゃダメ!」
動いたのは萌華だった。
淳史と会えず、歌を聞いてもらうどころか話も出来ない状況になったことで想いが確信に変わった。
恋する女の子のパワーは凄まじく、萌華は文化祭のとあるイベントに参加することを決めた。
『告白しまショー』
この高校は恋愛に関して非常に大らかであり、健全なお付き合いであればむしろ推奨している。
それゆえ文化祭でこのような名物コーナーが生まれ、すでに伝統イベントとなっていた。
イベントの内容は簡単なもので、体育館の壇上に上がって想いを叫ぶというもの。
人の色恋というものは程良い娯楽であり大人気イベントだ。
これに参加して淳史に告白し、堂々と付き合おうと考えた。
「萌華のやつ何処に居るんだ」
イベント当日、絶対に来るようにと言われた淳史は体育館でイベントの進行を眺めていた。
てっきり一緒にこのイベントを見ようと誘われたのかと思ったけれど、何処にも見当たらない。
スマホで連絡しても、『しばらくそこで見ていて』と返事が来ただけ。
「しかしまぁみんな青春してるなぁ」
聞いているこっちが恥ずかしくなる程の台詞を叫び、囃し立てられてイチャイチャしながら退場する。
時々不成立の悲しい結果になることもあるがそれもご愛敬。
告白してもらえないかワンチャン願う男女と、恋愛模様そのものを楽しむ女子達で埋め尽くされた体育館。
彼らの前で、本日の目玉となる生徒が登場した。
絶世の美少女、大津萌華。
まだ高一にも関わらず、すでに全校生徒から大人気の彼女がここで誰かに告白するというのだ。
男達は手に汗握り、萌華の一挙手一投足をガン見している。
「もえ……か?」
その中に唯一、萌華の意図を察していた男子がいる。
鈍感ではあるものの、流石にここで勘違いする程に愚かでは無かったようだ。
「大津萌華さんですね。今日は好きな男子への告白、ということでよろしいでしょうか」
「はい!」
「萌華……萌華……」
司会者が萌華と会話をしている間に、淳史は人ごみをかき分けて前へ前へと進んで行く。
人気の萌華が出ているという事で前方は満員電車並みの混雑になっており中々進めない。
「その、本当に好きな男子がいるのですか?」
「はい、本当です。ずっとずっと好きだった人がいます」
「「「「おおおお!」」」」
「萌華!萌華!」
淳史の叫びも、体育館が揺れる程のどよめきにかき消される。
「それでは大津さん、よろしくお願いします!」
時が止まる。
誰もが動きを止め、口を閉じ、萌華の言葉に耳を傾ける。
それは淳史もまた同じであった。
人ごみに飲み込まれたまま、萌華の言葉を聞き逃すまいとステージを見上げた。
「…………」
萌華はステージ上でゆっくりと辺りを見回し、淳史を見つけると柔らかく微笑んだ。
途端、音の無いざわめきが発生する。
そんな不思議な感覚の中、萌華は口を開く。
「私は昔、酷い音痴でした」
この場所に居るほとんどの人が想像している温い音痴ではなく、廃人化させるほどの威力を持った音痴だ。
「それを治すために練習していたところを、ある男の子に見つかってしまったんです」
それはあの視聴覚室での出会いのお話。
「あまりの恥ずかしさでどうにかなりそうだった私に、その男の子は言ったんです。『この世の全ての悪意を凝縮したみたいな不快な音』だって」
ロマンスの欠片も無い、むしろ最低な部類の出会いだった。
「ほんと、酷いですよね。その男の子、遠慮なく私の歌声を貶して来るんですもの」
思わず殴ってしまいました、とは流石に言わなかった。
そこは乙女心を察しましょう。
「でもその遠慮のなさがとても心地良かった。私を普通の女の子として友達のように接してくれたことが本当に嬉しくて楽しかった。どれだけ酷い音痴でも決して見捨てずに治すのを付き合ってくれたことにも心から感謝してる」
そして段々と淳史から目が離せなくなってくる。
「その男の子は言いました。私と一緒の時間が最高だって。私も同じ気持ちでした」
二人っきりの視聴覚室は、萌華の恋心を育んだ想い出の場所となっていた。
「その男の子は言いました。好きなことをやれば良いのだと、嫌なことはやらなくて良いのだと。誰もが『やるべき』って言うのに、彼だけは私の意思を尊重してくれたんです」
それこそが、萌華の想いを決定づける出来事だった。
「でもその男の子とは高校に入学してからまともにお話が出来ていません。ありがたいことに私の周りには多くの人が集まって下さってますから、余計なトラブルが起きないようにと気を使ってくれているのだと思います」
その判断は恐らく正しいであろう。
美少女に近づく平凡な男の扱いなど、何処の世界でも碌なものでは無いのだから。
「でも私はもうこの想いを抑える事なんかできない。だからここに来ました」
その視線は鋭かった。
もしもこの先、自分達に余計なちょっかいを出す輩がいたら絶対に許さないと、そんな強い主張が篭められていた。
「…………」
萌華の言葉が途切れ、空気が変わる。
次に何が飛び出すのかを誰もが理解する。
「淳史君、好きです」
特に凝った言葉でも無い。
力任せに叫んだわけでもない。
ただ自然に、少しだけはにかみながら、淳史の事を真っすぐ見つめて告げたシンプルな告白。
その姿があまりにも可愛らしくて、その場の全ての人が胸をときめかせた。
「俺も萌華が好きだ」
だからという訳では無いが、淳史も叫ばずに普通に答えることにした。
いつもさらりと本音を漏らしてしまうのと同じような感じで。
「ありがとう。嬉しい」
モーゼの海割りのように、淳史と萌華との間に道が出来た。
淳史はゆっくりと歩き、ステージの前まで移動する。
「俺から言うべきだったよな。ごめんな」
「ううん、むしろ淳史君は言い過ぎだよ」
「ええ、そんなことないと思うけどな」
「思ったことがすぐに口に出るの治らないんだもん」
何度照れさせられたか分からない。
だから萌華は告白だけは自分からやると決めていたのだった。
「今日は淳史君に聞いてもらいたい歌があるの」
「え?」
「あなたのために作った歌。聞いてくれる?」
「もちろんだよ」
歌で繋がった二人だからこそ、告白する時には歌を届けたかった。
他のカップルならば青臭い恥ずかしいパフォーマンスと受け取られるかもしれない。
だがこの二人ならば想いを伝えるのにこれほどふさわしい手段は無いだろう。
萌華は目を閉じ、呼吸を整えてから口を開く。
出会った当時とは比べ物にならない程に美しく、聞く者を魅了する歌声を大好きな人に届けるために。
「それでは聞いて下さい」
『あなたの心を大しゅきホールドしたいの』
「「「「「え?」」」」
黒歴史スタート!
「 昔の私はSadに満ち満ちていた (ヴゥォワア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛)
それでもあなたは笑わずにいてくれた24時 (デデーン)
素直な気持ちがBadな時もありました (アウトー)
それでもあたしはダーリンのことが大しゅきなのぉ (キュンキュン)
あぁ~あなたと大しゅきホールドした~い
あぁ~パーソナルディスタンスはゼロ距離よ~
あなたのためなら何でもしちゃうよ
(今なんでもするって言ったよね?)
気分上々嬢 叙〇苑行きたいYO!
カルビ タン塩 淳史たん (huhu↑)
デスボイスbyebyebye! ラブソングchuchuchu!
焼肉 食後に キスは嫌 (booboo↓)
あたしの恋心はニンニクマシマシアブラカラメであふれちゃ~う
コンビニ上げ底弁当とは比較しないで
大しゅき大しゅき大大大しゅき
あなたと二人っきりなの気持ち良すぎでしょ! 」
誰もが声を失い、暴走する萌華を唖然として見つめていた。
それは萌華の普段の美少女っぷりとのあまりのギャップに驚いていたから。
その驚愕に慣れてくると、今度は別の感情が荒れ狂う。
あいたたたたた!
止めて、見ているこっちが恥ずかしくなるから!
共感性羞恥に加え誰の心にも眠る黒歴史を激しく刺激し、体育館は阿鼻叫喚の坩堝と化していた。
しかし地獄は終わらない。
「続けて二番いっくよ~!」
なんとこの自作痛ソング、フルサイズだった。
もう止めてくれ、と涙ながらに懇願する者が多発するものの、今の萌華には淳史以外は意識に入っていない。
だから止められるのは一人だけ。
「萌華!ストップ、ストーップ!」
淳史は懐かしの言葉で萌華の暴走を止めた。
そう、あのデスボイスの時と同じように。
「淳史君、どうしたの? ここから一気に盛り上がるんだよ」
「ぐっ……」
まだまだ歌い足りない。
そんな感じの萌華だが、これ以上黒歴史のページ数を増やすわけには行かなかった。
「その、続きは二人っきりの時に聞きたいなって」
「淳史君……」
これには会場が拍手喝采である。
もちろん二人の恋路を祝福したわけではなく、萌華の歌を止めたことによるものだ。
「えへへ、淳史君だ~いすき」
そう言ってステージを降りて駆け寄って来る萌華を見ながら淳史は思った。
歌詞の作り方もレッスンしなければダメだな、と。
二番以降も考えようかと思いましたが間に合いませんでした。
もっとはっちゃけても良かったかな。