忘れたくないこと
「今日の夕飯は餃子を作りました♪」
後輩から送られてきた写真に思わず手が止まった
こんがりと焼き目がついて形の整った餃子が、綺麗に盛り付けられている
「おいしそうですね、食べてみたいです」
返信を打って改めて送られてきた写真を見る
あの日作ったのは、ここまで上手じゃなかったな
そう思ったのは、無意識だった
もう忘れられたと思っていたのに、思い込みだったらしい
あるいは、そう思いたかっただけなのか
「今日は餃子を作ろう」
あの日そう言ったのは、彼女が先だったと思う
僕は彼女と食べられるなら何でもよかったから
特に何も考えずに賛同した
買い物に行くと沢山の商品に圧倒された
餃子を作りたい、それだけなのにこんなに選択肢があるのか、、、
特に餃子のタレに関しては、安価なものから高価なものまで選択肢が幅広い
ここまで商品を揃えられたら
何としてでも美味しい餃子を作りたい
昔から食へのこだわりが強い方だが
すぐに興味を持っていかれた
「作る時間なくなっちゃうよ?」
彼女はじっくりと商品を吟味し始めた僕を見て
困ったように笑った
ようやく材料を揃え帰宅すると
早速料理に取りかかる
一つ一つ作り方を確認しつつ準備していると
材料を切り終えた彼女が顔を出した
「どうー?、、、って綺麗すぎ!!」
2人で包みやすいようにと、机のレイアウトを考えていたのだが、彼女にはツボだったらしい
洋風レストランのように揃えられたタネを包むための空間に、彼女はお腹を抱えて笑っていた
あんまり彼女が笑うので、僕もこだわって準備していた自分が面白くなって笑いが込み上げてきた
「君が綺麗に整えてくれたから包みやすいよ、、」
そう言いながらまだ笑いが止まらない彼女を見て、思わず手が止まる
笑った顔、好きだな
さっきまで餃子に夢中だったのに
興味を持っていかれた
この前見た桜の花みたいだ
花に例えるなんて、安っぽいと表現だと思うけど
真っ先にそう思った
見られていることに気づいたのか
彼女がこちらを見た
「手が止まってるよ」
すぐにごめん、と謝って作業を再開したが
僕が包んだ餃子は、心ここにあらずな出来栄えになってしまった
「元カノと作った餃子が忘れられないんです」
送ってから激しく後悔した
らしくないことをしてしまった
羞恥と申し訳なさで頭を抱えた
こんなラインにどう返信しろというのだ
すぐに取り消そうとしたが既読がついてしまった
返信は返ってこない
どう返そうか考えているのだろう
後輩と付き合っているわけではないが
ここ数日、毎日他愛もないやりとりをしている
女心というものに鈍感な僕でも
流石に自分に好意があることは分かっている
元カノの話など聞きたくもないだろう
「元カノの思い出話されたらもう作れないなー」
返事が帰ってきてまた後悔した
それはそうだろう
申し訳ないことをしてしまった
いっそ忘れてしまおう、全部
新しい思い出を作れるように
「今のは忘れてください
餃子は1人でしか作ったことありませんから」
「嘘!大事な元カノさんとの思い出なら消しちゃダメですよ」
すぐに返ってきた返信に思わず手が止まった
そうだ、忘れる必要はないし、少なくとも今の自分には出来ない
こんなに時間が経ったのにまだ
僕は君のことを思い出す
後悔していることがたくさんある、今も
それもこれも全部今更なんだろうけど
僕はもう少し、あの日の君を覚えていたい