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9話 ひつじの冒険2

 ぽむはふくよかな猫に導かれて薄暗い路地を抜ける。

「どうしてにゃあがこんな小間使いみたいなことをしないといけないんだにゃ」

 文句を言いながら道の真ん中を堂々と歩く猫はこの辺では名物の猫である。

 ぽむが帝都に現れる前から、表の大きな通りから裏路地に入る一帯を縄張りにしている。


 誰もが猫を見ても襲おうなどとは思わない。

 可愛いと思う者には襲う理由がなく、売って金儲けしようとする裏の連中も手は出さない。

 特に自分にやましいことがあると思っている者ほど猫には近づきすらしない。


「さぁ、ついたにゃ」

 急に何もない壁に向かって止まる。

 そもそもぽむは猫についてきたはいいものの、どこに向かっているかは知らなかった。

 とにかくあの路地から抜け出したくてついてきただけだ。

 猫が壁の方へ歩いていくと溶けるように消えた。

 慌ててついていけば景色が揺れて、いつの間にか木の扉の前に立っていた。

 なんとも風情のあるといえば聞こえはいいが、端的にいえば、入るのを躊躇わすほどのボロ家。

 壁はひび割れ、あちらこちらに苔が生えている。

 扉は今にも崩れそうなほど干からびていた。


 猫は扉の前に置かれた籠に乗って身を丸めた。

 どうやら中には入るつもりがないらしい。

 扉の向こうから若い男の声が聞こえた。

「いらっしゃい、若き魔法使いを歓迎するよ」

 その声は風の主だった。

 自動的に開かれる扉に誘われてぽむは中へと進む。


 部屋は妙に小綺麗に整頓されている。

 机やイス、本棚と家具はいかにも古そうな木材で揃えられていて、壁一面に並ぶ本も時代を感じさせる古書ばかり。

 あまりにも酷かった外観を見たせいかとてもいい感じの部屋に思えてしまう。

 これならば風情ある部屋として紹介しても問題はないだろう。

 しかし、イスに座る男はこの部屋には似つかわしくはなかった。


 この部屋の主はローブを着た老魔女か、仙人のような老人でなければ似合わない。

 それなのにぽむの目の前に座っているのは爽やかな銀の短髪にまとまりのあるコーディネートをした20代前半の青年だ。


「メェメェ」

 ぽむは戸惑ってはいたがありがとうの意味を込めて深くお辞儀をした。

「なんとも礼儀を尽くす従魔だね。僕の従魔もぜひ見習ってほしいところだよ」

「にゃあーー」

 猫が外で大きく鳴いた。

「まぁ、あれで頼りにはなるやつなんだけどね」

「メェ」

 どうして良いのかわからず、じっと青年を見つめるぽむ。

「紹介がまだだったね。僕は賢者の隠れ家で主人をしているキテンだ。君のことは知っているよ小さなひつじ君」


 賢者の隠れ家といえば、帝都でも有名な魔法使い道具専門店であり、ぽむの持つ黒の魔導書を買った場所である。

 そして、今日の目的地でもあった。

 期せずして目的を果たせそうなことにぽむは興奮して黒の魔導書をペチペチと叩いてキテンに見せる。


「そうだよ、その魔導書は僕が作った。君が何を求めてやってきたのかも分かっているよ」

「メェーー」

 これこそ運命だと言わんばかりにぽむは目を輝かせる。

 キテンはそんなぽむを見て内心ではホッと一息をついていた。

 優秀な部下とはなんとも恐ろしいものかとハンナの顔を思い浮かべる。


 キテンは賢者の隠れ家などとうたった店を出したのは周りへ自分は仕事をしてますよというアピールでしかない。

 そもそもが繁盛させる気はなく、世俗との関わりを最低限にしてひっそりと暮らすのが目的だった。

 店を経営するためには帝国商業ギルドへ申請書や更新の書類、売上報告などが必要だ。

 キテンはこれすら億劫で事務員を絶対に雇い入れると決めていた。

 そんな時に現れたのがハンナだった。


 全てを卒なくこなすハンナは優秀ではあったが、優秀すぎた。

 いつの間にか従業員が増えて、店舗は拡大。

 気づけばキテンの労働時間は増え、主人とは名ばかりになり、ハンナが支配者として君臨していたのだ。

 さらに質が悪いのがハンナはなぜかキテンを尊敬しており、経営権を譲ろうとしても断固として拒否される始末。

 ハンナには頭が上がらなくなってしまった。

 これが悪意ならば簡単に切り捨てるのだが、ハンナは良かれと思ってやっている。

 いや、悪意といえば悪意だが、悪戯としての悪意なのだ。

 冷たく笑うハンナの顔を思い浮かべて背筋に悪寒を感じるキテンであった。


 そんなこととは露知らず、ぽむは目を輝かせていた。

 たまたまキテンのもとを訪れたという運命などはない。

 経緯はこうである。

 ファンクラブの一員が一人で歩くぽむを発見。

 上位の会員であるハンナにこの情報が伝わり、ハンナはぽむのこれまでに起きた事柄からぽむの求めるものを推測。

 すぐさま自分の師であるキテンに連絡を取り、導くように伝えたのだ。

 かなり早い段階からぽむは多くの人間に見守られていた。

 従魔である猫のシルフィルムにあった瞬間にぽむが走り去って路地の奥に行ってしまったのは想定外だったが、結果としては大成功といえた。

 キテンはハンナに怒られなくてすむと心の中で安堵した。


「ひつじ君が求めているのはこれだろ」

 キテンは赤と黒の混じり合う魔導書をぽむに見せた。

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