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6話 ひつじ、信者ができる

 ノアは街へ戻りほのかとアマンダと別れて目的の店へと向かう。

 レベルも上がったところでぽむの武器を新調する予定だ。

 魔法使いの武器は大まかに分けて2種類。

 魔導書か杖になる。


 どちらもINTをアップさせることを基本としていて、杖は一般的に魔法の効果を増幅させるものが多い。

 それに対して魔導書は魔法発動の補助をしてくれる。

 自分のレベルよりもランクの高い魔法を発動させる際や慣れていない魔法を発動させるときの大きな手助けとなる。


 古い木造建築のなんとも言えない厳かな雰囲気を漂わせる店の扉を開く。

 中に入ると外観とは異なり、白を基調とした明るい空間が広がる。

 杖や魔導書が綺麗に整理整頓されていて、意外と店内は賑わっていた。

 これは魔法使いという職業が人気で、かつこの店の評判がいいからだ。


 ノアは魔導書コーナーで立ち止まり頭を悩ませる。

 魔導書を買うのは決めているが、魔導書にも種類がいくつもある。

「来たのはいいものの悩むな」

 ぽむを抱き抱えながら悩んでいるとスッと隣に立つ女性の姿が目に入る。


「いらっしゃいませ。当店へははじめてのご来店でしょうか?」

 メガネをかけたズボンスーツでポニーテールの女性従業員はクールに営業を始めた。

「はい、そうです」

「ありがとうございます。私はハンナと申します。今後、お客様の担当をさせていただきますのでよろしくお願いします」

「はぁ……よろしくお願いします」

 名刺を渡してくるハンナの圧力にノアは押される。

(これが接客営業の本気……有無を言わせない圧力)


「本日はどのような商品をお探しでしょうか?」

「新しい魔法を覚えてもらおうかと思ってるんですけど……」

 魔導書にはもう一つの大きなメリットがあり、それが魔法を習得できる点だ。

 魔導書それぞれに魔法が設定されていて、装備している間その魔法を使用できる。

 そしてその魔法の熟練度が上がれば魔導書なしでも魔法が使えるようになる。


「なるほどですね、炎魔法でしたらこちらなんかはいかがでしょうか?」

 ハンナは赤色の魔導書を提示してくる。

 ぽむの持っている魔導書とは色合いも装飾も少し違う。


 その魔導書に設定されている魔法は『ファイヤーバレット』といって、数センチの弾丸を放つ魔法でファイヤーボールよりも威力は下がるが貫通力と距離が伸びる。

 ぽむは魔導書をツンツンと触り、ハンナに突き返す。

 どうやら違ったようだ。


「ではこちらはどうでしょうか?」

 次に勧めてきたのは、緑色の魔導書。

 風の魔法が設定されていて、炎魔法と相性がいいのだがこれも違うと。


 青色の魔導書。

 氷魔法は炎魔法と相性が良いわけではないが、魔法の幅が広がり様々なモンスターに対応できる。

 黄色の魔導書の雷魔法も似たようなものだが、これらも違う。


 白色の魔導書。

 回復魔法が入っているが、ぽむは首を横に振る。

 これに関してはノアの選択肢にもなかった。

 ぽむが唯一の攻撃手段なのでサポート寄りになってしまうと戦闘が出来なくなる。


 最後に出てきたのが黒色の魔導書。

 明らかにぽむの表情が変わる。

 目を輝かせて魔導書の表紙をさすさすと撫でる。

 降ろしてくれとジェスチャーでノアに伝え、魔導書を持ってポーズを取る。


「魔法を撃つ時の動作を確認しているのかな?」

 ノアは苦笑いで店員に話しかける。

 左手に魔導書、右手を顔に添えていた。

 それはかつての痛かった自身を思い出すポーズ。

 ハンナは冷静な目でぽむを見下ろして小刻みに震えていた。

「すっ、すみません」

(どう考えてもほのかとアマンダがぽむに仕込んだとしか思えない。後で文句を言ってやらないと。そしてぽむには控えるように言い聞かせねば)


 心の中でのたうち回るノアをよそにぽむは黒の魔導書を選択した。

 心を抉られた気分のノアは魔導書を購入して素早く店を後にする。


「ぽむ……まさか、あんなお願いを聞くだけで安くしてもらえるとはな」

 ノアの予想よりも時間がかかったが、ほぼただ同然で魔導書が手に入ったのは運が良かったと考えていた。

 ぽむは黒の魔導書を大事に抱えて早足でわたがしの売っている屋台へ向かっていた。



§



 ハンナ・フォレードが『賢者の隠れ家』で働き始めると聞いた時の家族の反応は寝耳に水だった。

 名前とは裏腹に帝国中に名を轟かせている国内屈指の魔法使い専門店はハンナが入る頃はまだ無名の小さな店だった。

 貴族に生まれ、帝国魔導学園を主席で卒業したエリートの勤め先とは思えない選択肢に家族からも教師からも友達からも反対された。


 それでもここを選んだのには強い訳がある。

 学園在籍中、卒業間近になれば引くて数多の勧誘があった。

 帝国騎士団、帝国魔導研究所など誰もが憧れるようなエリート街道まっしぐらの勤め先。

 ハンナも最初はその中から選ぼうと考えていたがとある日の帰り道に人生を変える男と出会う。


 身なりはホームレスのようにボロボロの男が木に登って降りれなくなった猫を見上げて軽く指を振った。

 優しい風が猫の体を持ち上げて地面へと誘う。

 あまりにも美しすぎる魔力のコントロール。

 猫は男に一瞥もせずに路地へと消えていく。


 気づけば男の跡を追っていた。

 辿り着いたのが『賢者の隠れ家』で表には看板も出ていたが、客など誰一人もいない。


 ハンナが師に頭を下げてから店は繁盛しだしたが、師は開店中は煩すぎるとめっきり下には出てこなくなった。

 何人かの従業員を雇い、店を実質経営しているのはハンナになっていたし、周りの従業員も客もそう思うほどにハンナの経営は的を得ていた。

 師に頼み売れるモノを作ってもらう。

 多少の愚痴は溢されるものの『賢者の隠れ家』が認められるのは何よりも嬉しかった。


 悩みといえば、店に来る客のレベルの低さ。

 あまりにもお粗末な魔法、そしてそれを道具のせいにする精神。

 特に来訪者(ビジター)という存在が世に現れ始めてからその傾向はより顕著になってしまった。


 そんな中、彗星の如く現れた心を浄化してくれる存在。

 そのもふもふのフォルム。まん丸でつぶらな瞳。短い手足。


 帝都でも噂になっている真っ白いひつじの存在を従業員から聞いた時はそんな盛り上がるほどのものかと思いはしたが、実物を見た瞬間に目を奪われた。

 屋台で満足気にわたがしを頬張るひつじを見てからは暇があれば帝都に出回るひつじの写真を眺める。

 

 お昼寝している写真にわたがしを頬張る写真。

 カッコよく魔法を撃つ写真。

 魔法使いということは賢者の隠れ家へ足を運ぶ可能性は大いにありえる。

 ハンナは祈り続けた。

 そして、今日それが成就した。

 写真の中か遠目からしか見ることのできなかったひつじが目の前で魔導書を選んでいる。


 他の従業員には有無を言わさずにひつじの元へ足を運び。

 にやける顔を正す。

 憧れの前で仕事のできないところなど見せることはできない。


 中々、お気に召す魔導書はなかったが、最後の一冊で何とか満足していただける魔導書が見つかってよかったとハンナは安堵する。

 余程気に入ってくれたのか様々なポーズをとってくれて、どれも尊い。

 ひつじの主人である男にお願いをしてみる。

 すると、快く引き受けてくれた上に従業員全員でもいいとのことだ。

 すぐにVIP部屋へ案内して従業員達と代わる代わる写真を撮る。


 ひつじの名前はぽむ様というらしい。

 しかも、主人であるノアさんとも連絡先が交換できた。

 この一度の邂逅でハンナはぽむの求めている魔法に当たりをつけていた。

 次こそはぽむ様を満足させられる魔導書を準備しておかなければと目を鋭くして、師に魔導書の製本を頼みにいく。


 他国の貴族の依頼など後回しだ。

 全てはぽむ様のために!!

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