4話 ひつじは一躍人気者
「俺の番だな」
「どんだけ凄いのか見せてもらおうじゃないか」
「まぁ、あれだけハードルを上げるとなると、僕も気になるな」
「いや、俺はハードルを上げてないぞ。上げたのはほのかとアマンダだろ」
「どうでもいいから、はやくはやく」
アマンダがノアを急かす。
「はいはい、俺の従魔はこいつだ」
ノアの出した動画には照れて柱に隠れている二足歩行の人形のような真っ白なひつじが写っていた。
ほのかとアマンダもその照れている姿に大興奮だったが、初めてぽむを見たぬらりとエトムンは開いた口が塞がらないほどに驚いていた。
「こっ、この生き物はなんなんだ、尊すぎる」
「確かにこれは凄いね。ガチャチケを回したんだろうけど、初めて見るモンスターだな」
「新しく正式版からリリースされた種族らしい。ファンシービーストっていって、人形みたいなのが特徴らしいよ。悪いけどぽむが照れすぎてて、あまりいい映像が撮れてないんだよな」
動画ではぽむが終始照れ臭そうにしている。
しかし、自分サイズのわたがしを食べてる姿はカメラなど気にしておらず、一心不乱に頬張っていた。
「こんな感じかな」
「なかなかに驚かせてくれるね。調べてる限りではファンシービーストを従魔にしたプレイヤーは今のところいないみたいだね」
エトムンは携帯を触りながら情報をチェックする。
「それは仕方ないんじゃないか、テイマー自体の数が少ない上に、ガチャチケットを選択するプレイヤーも少ないだろうからな」
ぬらりが答える。
「でもさ、目撃証言は多いんだよね。しかも写真付きで拡散されてるし」
「えっ、マジっ!?」
エトムンの発言にノアは少し驚く。
写真なんて撮られた覚えはないし、いつ撮られたんだろうと不思議に思う。
ただ、テイマー人口を増やす活動としてぽむの姿が拡散されるならありだと考えている。
もちろん、悪意のない写真に限るが。
「はいはーい、ここでみんなに見せたいものがあります」
アマンダが声高らかに宣言して出した写真はノアとぽむの写真で木の下で昼寝をしていた。
「あはは、ごめんねノア君、実は私とアマンダが街の外に出たら人溜りができてて、行ってみたら2人が寝てたんだよね」
「そうそう、それで写真を撮るかどうか葛藤してたから私たちメデルカイで活動しててノアと知り合いだからいいよって許可してあげたんだよね。これでテイマーになる人も絶対に増えるはずだよ」
「まぁ、俺は全然大丈夫……というか、むしろよくやった」
ノアとぽむの昼寝の様子はトレンド入りしてバズっていた。
そして、それにつけられたコメントには「私も絶対にテイマーになる」というようなコメントが多く書かれていた。
§
帝都レギシオンを初期スタート地点に選んだプレイヤーの最初の壁であるゴブリンの丘。
その名の通り大量のゴブリンが跋扈しているこの丘を抜けるのは簡単ではない。
次々とゴブリンがポップするので狩場としては悪くはないがソロで立ち向かうには厳しすぎる。
多くのプレイヤーがパーティを組んで挑んでいた。
パーティは6人を上限に組むことができ、経験値は戦闘の功績によって分配されるが、スキルや魔法にはパーティ単位で効果を及ぼすものがあるのでパーティを組むメリットは十分にある。
6人を超えてモンスターを倒すこともできるが、その場合、経験値やドロップが極端に低下してしまう。
ノア、ほのか、アマンダも3人でパーティを組んでゴブリンの丘へやってきていた。
ノアはほのぼのプレイも嫌いではないが、どちらかと言えば戦闘が好きだった。
そして戦闘した方が経験値が稼げてレベルが上がる。
「見て見てノア君、アマンダ、あっちにもテイマー、こっちにもテイマー、テイマーが沢山いるよ」
ゴブリンの丘に向かうまでにも多くのテイマーと3人はすれ違っていた。
「ぽむの影響力ってすごいな……」
ルキファナス・オンラインではテイマーのプチフィーバーが起きていた。
これも全てノアとぽむの昼寝写真がバズってトレンド入りした結果だった。
「ほらぽむちゃん、また手を振ってくれてるわよ」
ぽむも一躍人気者に躍り出て、すれ違う度に手を振られている。
手を振ってくる3人の女性プレイヤーにぽむも短い手を精一杯に高く挙げて振り返す。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ、ぽむちゃーーーん」
「手を振ってる姿も可愛すぎる」
「ぽむ様、尊すぎる……」
「すみません。ご迷惑でなければ写真を撮らせてもらえないでしょうか?」
「俺は別にいいけど」
全員で写真を撮ることになったのだが、かなりパンパンになっていた。
3人の女性プレイヤーもテイマーで写真には6人と6体の従魔が写っている。
「御三方もパーティを組んでいるのですか?」
「そんなに畏まらなくてもいいんだけど……そうだよ。今だけだからね」
「そうなんですね、何か戦闘のコツなんかはありますか?」
「いやー、テイマーは従魔によって戦闘スタイルが全然変わるからまずは従魔の特徴を把握することかな」
ノアもテイマーが増えることには大賛成で教えを乞われれば答えるのは当然と思っている。
しかし、熱が入りすぎるのがたまに傷。
「ぽむちゃん、ノアはあのモードに入るとちょっと長くなるから向こうに行ってようか」
ノアと3人の女性プレイヤーを残して少し離れてアマンダはニヤッと笑みを溢した。
「どうしたのアマンダ?」
「ぽむちゃんにノアの黒歴史を教えてあげようと思ってね」
「えー、そんなのダメだと思うよ」
「でもぽむちゃんも知りたいでしょ」
ぽむは小さく頷く。
主人でありながら優しすぎるノアの過去を知れるのは滅多にない機会だとテンションを上げるぽむの表情は明るい。
「うーん……ぽむちゃんが知りたいなら……」
その表情を見ては喋らないという選択肢は取れない。
「ロゼル、お願い」
アマンダの従魔のロゼルがツンとした表情をしながら、慣れた手つきでシートを敷いてお茶を入れ始める。
相当な訓練を積んだのであろう。
「ルイ、おいで」
ほのかがシートに座り従魔を呼ぶと緑の毛並みをした子犬が膝の上に乗る。
「ではノアの黒歴史語りを始めましょう」
自分の黒歴史が話されようとしているなど知らないノアは3人へアドバイスをしていた。
「重要なのはどれだけ従魔の特徴を知っているかなんだけど、例えばそのロックリザード」
石の鎧を纏ったような大型蜥蜴を指差す。
「炎系に対して強いのは知ってる?」
「はい、記事でほとんどダメージを受けないっていうのは見ました」
「そうそう、でもそれだけじゃなくて、ロックリザードは炎を受けると攻撃力が上がるんだよ」
「えっ、それは知らなかったです」
「だから自分で炎を使ってあげるとロックリザードでも火力が出せるようになるよ」
「てっきり、タンクが一番向いてるのかと思ってました」
「そういう育て方もありだけど、ロックリザードの進化によっては攻撃特化に育てることもできるよ」
ノアはβ版でロックリザードの進化先であるラヴァリザードが溶岩を吐きまくって、あたり一面焼け野原になったのを思い出す。
「でも従魔の性格も大事だから、よくコミュニケーションをとって攻撃が好きなのか防御が好きなのかを見極めてあげないといけないけどね」
「うわー、ありがとうございます。この子結構突撃していっちゃうタイプでどうしようか困ってたんですけど、その方法を使ってあげれば問題ないんですね。でも炎かぁ……」
相手が炎を使うのならいいけど、使わない場合は自分で炎を生み出さなければいけない。
そうなると魔法が一番簡単だが、テイマーの基本は従魔を強化するスキルを覚えていくことだ。
確かに従魔と共に戦闘する方法もあるが推奨はされていない。
それだったら他の職業を選んだ方がいい。
テイマーの最大の弱点は本人の戦闘能力の低さ、そして従魔がパーティの頭数に入ってしまうこと。
テイマーは他のプレイヤーとパーティを組まない。
いや、従魔がいると組めないのだ。
テイマーが連れている従魔が一体なら他のプレイヤーを4人入れることができる。
だがここで問題になってくるのが従魔一体ではテイマー自身が完全なお荷物になってしまう。
テイマーのスキルで従魔を強化することもできるが5体の従魔を強化した方が効率がいい。
そのためテイマー3人、従魔三体なんてパーティ編成は序盤も序盤の今だけなのだ。
「大丈夫、大丈夫、炎が出るアイテムを使えばいいし、それか炎が使えるモンスターを従魔にすればいいじゃん」
「確かにそうですね、なんだか先が楽しみになってきました!!」
ノアは残る二体の従魔、コボルトとチックコッカについても特徴を教えてあげて、優雅なお茶会をしているほのかとアマンダの元へ向かう。
近づいていくと不穏なワードが聞こえてくる。
「……それで黒き炎は……」
「おーい!! 何を話してるんだよ」
「えっ、ノアの黒歴史だけど」
悪びれた様子もないアマンダの横でほのかが申し訳なさそうにしながら笑いを堪えている。
ノアは今でも厨二病だが、昔はもう少し痛い感じだった。
メンバーは知っているのだが、従魔に聞かされるとは思ってもいなかった。
ルイはほのかの膝の上で撫でられてお昼寝をしている。
ロゼルはノアから目を逸らし、何故かぽむは目を輝かせていた。
「勘弁してくれよ、ほのかも止めてよ」
「だってぽむちゃんが聞きたそうにしてたから。ノア君ごめんね」
「はぁ、まぁいいや。ゴブリン狩りに行こう」