16話 ひつじとしろくま
「よし、後片付けも終わったな」
「ノアさん、ありがとうございました」
「こちらこそ今日はありがとうございました」
ノアとハンナが片付け終わった会場を見て立ち話をする。
残っているのはスタッフだけで、あれだけいた人波は帰路についている。
少しの寂しさを思いながらノアは眠りについている白い毛玉をゆっくりと抱いた。
…………。
…………。
「メェェ」
ヒツジの鳴き声ではあるがぽむのものとは違うことに驚きを隠せない2人。
ぽむのコスプレをしたヒツジをそっとその場に置くと再び丸まって眠りについた。
「ぽむー、ぽむー」
「ぽむ様どこですか?」
2人はすぐに辺りを捜索するが見つからない。
よく見ると四足歩行のヒツジモンスターには従魔専門店の首輪がつけられている。
「もしかして、間違って連れて行かれたのかも」
「すぐにオーナーのルネリッツさんに連絡を取りますね」
§
「メェ」
ぽむがノアと離れ離れになることは多くはないが少なくもない。
しかし、どれもが最初から分かっていたことで、今回のようなトラブル的に離れた事はない。
檻の中という閉塞された空間の上、周りの知らないモンスターに囲まれてぽむの心を不安が押し潰しそうになる。
それでも心を強く持てているのはノアのもとに必ず戻らなければいけないという使命感だ。
「メェメェ」
ぽむは四足歩行のヒツジモンスターに檻からの脱出方法を聞くが、帰ってくる返事は「メェ」だけで意思疎通ができない。
同じ種族ならば意思疎通ができるのだが、ヒツジというだけではそれは叶わない。
もちろんイヌやウサギに話しかけても全くダメだ。
檻の中といっても広さは結構になるし、おもちゃやアスレチックだってある。
一般的な従魔を扱う店の檻は狭いものだが、ここはルネリッツの従魔に対する愛が強いので出来る限り閉塞感を持たせないようにしてある。
温度や食事も気を使われていて、下手なテイマーに買われるくらいならここで生活した方がマシなほどだ。
ただ、そこらに関してはルネリッツがお客の面接をしたりして下手なテイマーには売らないようにしているので従魔は心配する必要がない。
ぽむは脱出できないか歩き回る。
アスレチックの階段を登り天井から抜けれないか確認する。
天井が高いため全く届かない。
諦めて滑り台で下へ降りる。
おもちゃの中で使えそうなものはないかを探す。
フリスビーを投げるとイヌの大移動が始まった。
一番にフリスビーを咥えたイヌがぽむの元へ走ってくる。
その後ろを何匹ものイヌが追走する。
「メェェェ」
ぽむはイヌの群れに轢かれた。
気を取り直しておもちゃを探す。
その中にボロボロになった大きい木の枝が転がっているのを見つける。
長さ的にも何かに使えるぞと持っていると、背後に迫る気配を感じる。
ウサギの群れが目を光らせていた。
ぽむは押しのけられてウサギは木の枝をガリガリとかじり始める。
ボロボロになっていたのはウサギがかじっていたからだった。
飛ばされたぽむのいた場所はワラが敷き詰められている場所だったのだが、地響きが聞こえてそっちを見るとヒツジの群れが走ってくる。
ヒツジたちはご飯が知らない奴に奪われると思い、突進する。
真っ白な従魔たちが暴れまわって檻の中はカオス状態になっていた。
全匹がもふもふでお互いにぶつかってもダメージなどはないし、ジャレ合い程度に思っているので第三者から見れば平和な光景なのだがぽむは気が気ではなかった。
ただでさえノアと離れて不安なのにカオス状態の檻の中。
どうしていいか分からず右、左、右、左とキョロキョロと視線を変えていると目が回ってきた。
フラフラのぽむを中心に三方向からイヌ、ウサギ、ヒツジの群れが突進を開始する。
ぽむ大ピンチ。
「くまくま」
檻の端っこでうずくまっていた白い塊が動き出し、ぽむの前に立つ。
それを見た三つの群れはピタッと動きを止める。
目を閉じていたぽむが何も起こらないことを不思議に思い、目を開けると目の前には自分と同じサイズのしろくまが立っていた。
「メェ」
「くま」
なんとしろくまはぽむと意思疎通をして、出口はこっちだと伝える。
ぽむは目を輝かせてしろくまについていく。
先ほどまでしろくまが丸まっていた場所に穴が掘られていてそこを通ると檻の向こう側へと出ることができた。
従業員の目を盗みぽむとしろくまは従魔専門店の外へと出た。
§
「たしかにこの首輪はウチのものです。本当に申し訳ありません。こちらの不手際でご迷惑をおかけいたしました。数は合っていたので恐らく檻の中にいると思います」
ルネリッツは何度も何度も深く頭を下げる。
「まぁ、ぽむは意外と大丈夫ですから」
「早くぽむ様をお迎えにいきましょう」
ハンナは鼻息を強くしてルネリッツを急かす。
「こちらです」
ルネリッツの後ろを2人がついていくと巨大な檻が見えてくる。
イベントのために準備された真っ白でもふもふの従魔たちがリラックスした様子で遊び回っている。
この檻は仮で作られた檻で一旦ここに集められた従魔は健康チェックなどを済ませればいつもの場所へと帰ることになっている。
ノアもその様子を見て安心したのも束の間、従業員の1人が慌てて走ってくる。
「大変です。2体の従魔が脱走したようです」
「なんだと!? どの従魔だ?」
「そっ、それが……ぽむ様としろくまです」