14話 ひつじの撮影会2
「いらっしゃい、いらっしゃい」
「ぽむ様大好物のわたがしですよ」
ぽむが好んでよく食べるわたがしの屋台も出店している。
いつもは元気のいい大将が一人で切り盛りしてるのだが、今日は20歳になる娘も手伝いに来ている。
機械の中心に砂糖を落として、スイッチを押すと回転を始めて糸が発生する。
そこに棒を突っ込めば棒に糸が絡んでいき膨らんでいく。
雲のようなふわふわとしたぽむサイズのわたがしが出来上がる。
大将が慣れた手つきで次から次にそれを作って机に並べていく。
これがいつもの屋台でのわたがしなのだが、今日は一味違う。
机に並んだ一つを娘が手に取って、ハサミでカットしていく。
みるみるうちに形が整っていくと、それの完成を待ち望んでいるお客もわたがしの可愛さに悲鳴を上げる。
「なにこれ可愛すぎるんですけど」
「やばすぎるよ、これ持って撮影に行こうよ」
「それ名案だね」
出来上がったのは真っ白なわたがしでできたぽむだった。
多くの簡易的な机とイスを挟んでわたがし屋台の反対側にも人が集まる。
カフェ『フランドール』のマスターとお手伝いのパティシエ5人がフル稼働で商品を作り続けても追いつかない。
フランドールから出てくる人はパフェとコーヒーを持って出てくる。
コーヒーにはラテアートで描かれたぽむの姿。
パフェの一番上にも飴細工で作られたぽむが飾られていた。
隣の店からはなんとも食欲をそそる香りがしてくる。
ぽむは甘いものが大好きなのだが、実は洋食も好きである。
特にオムライスが好きでぽむのよく通う洋食店がオムライスを提供している。
もちろんオムライスの上のケチャップでぽむの姿を描くことは忘れない。
どこに行ってもぽむがいる。
飲食店はこの三つになっていて、飲食スペースから少し離れたところに賢者の隠れ家出張所と着替えスペース。
さらに離れたところに帝都でも古くからあるテイマー御用達の従魔専門店が店を構える。
実はイベント会場の広場は6代目オーナーのルネリッツが所有している。
イベント会場として使用する代わりに従魔専門店を柵の内側に入れることが条件であった。
恰幅がよく、清潔感溢れる高級服に身を包んだルネリッツは不適な笑みを浮かべていた。
周りの人間が見ればいかにも何かを企んでいそうな悪者顔をしている。
それはその通りでルネリッツは企んでいた。
ルネリッツが従業員と目を合わせて首を縦に振って合図を出すと男たちが柵を張って結界を張り出した。
何事かとイベントを楽しんでいた周りの人々は注目していた。
すると一番近くにいた者から悲鳴が上がり、それが次から次に伝播していく。
従魔専門店から出てきたのはもふもふで真っ白な従魔たち。
ルネリッツは自ら看板を持ち上げる。
そこには触れ合いコーナーと書かれていた。
さすがにぽむと同じ種族である、ひつじのファンシービーストはいなかったが、それでも真っ白もふもふということで触れ合いコーナーにはすぐに人が殺到した。
まん丸な毛に刈りそろえられた犬のモンスターがメインで他にもウサギやハムスター、ひよこなどのラインナップになっている。
どれもぽむくらいのサイズだ。
「オーナー、あいつはやっぱり出てこないみたいです。どうしましょうか」
ルネリッツに従業員の一人が相談に来る。
実は一匹だけ照れ屋なモンスターがいて、人前に出るのが苦手で、今日も店の奥で丸まっていた。
「そうか、無理強いは良くないからな。好物の魚をあげてやっておくれ」
ルネリッツは見た目に反して心優しいおじさんで、従魔に対してもの凄く優しかった。
「分かりました」
§
「ボランチオ、あれを見て。わたがしにパフェ、オムライス、コスプレグッズまであるわ」
「へい、お嬢、あちらで触れ合いコーナーなるものが始まったみたいですぜ」
「えっ、そうなの。どうしましょうか」
ロザリーアは入場チケットを10枚手に入れて会場に入っていた。
ロザリーア自身は子ども枠なのでチケットなしでも入場ができたが、親同伴は難しかったので代わりにボランチオを連れてきていた。
参加者の8割以上が女性の上に、ロザリーアの周りにはスーツの厳つい男たちが警護を務めていて、かなり目立っていた。
一緒についてきていたアーロはイベントの規模と人気者になったノアとぽむを見て敵意を剥き出しにしていた。
「ボランチオさん、一体いつ動くんですか?」
「あぁ、まだそのときじゃない。お嬢の合図があるはずだから大人しく待ってな。恐らくは日が落ちてからになるはずだ」
一刻も早くこんな胸糞の悪いイベントをぶち壊したいと思っているアーロだったが、実力的に逆立ちしたって取り巻きの一人にすら勝てない。
今は大人しく従っておく選択肢以外なかった。
アーロは知っていた。
このイベントの前にロザリーアの命令でボランチオが大量の火薬を準備していたことを。
よく考えれば真っ昼間に動くのは得策ではない。
日が落ちてからの方がいいのは分かるが、日が落ちるまで数時間はかかってしまう。
それまで我慢かと嫌気がさすが、イベントの大爆発とひつじの誘拐でノアの絶望する顔を思い浮かべれば数時間何でもないと自分に言い聞かせる。
会場の外ではチャコルルファミリーの工作員が準備を済ませ合図を待っていた。