12話 ひつじはやらかしたみたい
帝都に激震が走る。
森の半分以上が山火事によって燃え尽きた。
普通の森とは違い、魔力を持つ草木の生茂る森林は多くの水分を含み、まず魔法でもない限りは燃やすことができない。
さらに、魔法の中でも上位に位置する魔法使いの魔法でないと燃えないし、燃え続けることはありえない。
帝都を守護する騎士団はどこかのテロ攻撃の可能性も考え、厳戒態勢を敷いていて帝都周辺地域は異様な雰囲気に包まれていた。
特に多くの人間の関心を得た原因の一つに禍々しい黒の炎が天高く上がっている。
街のどこに行っても噂はそれで持ちきりで、あることないことが話されている。
帝国が神の怒りに触れたのではないか、モンスターの進撃、テロ組織の予行演習、大魔法使いのうっかりミスなどだ。
ノアはそれらの話を横に聞きながら街をフラフラと歩く。
これといった目的はない。
ただ、茫然とした思いで歩く。
森で黒の炎というワードが出れば、思い当たる節しかない。
そして、決定的な証拠すらノアは持っている。
朝、目覚めると見知らぬ経験値が大量に入っていた。
ぽむは昆虫系のモンスターを多数倒して手に入れることのできる新たな称号『虫篝』を獲得している。
アイテムもかなりの数が手に入っていて、アーミーアントの蟻酸や触覚などに、なんとアーミーアントクイーンの卵を入手していた。
つまりアーミーアントクイーンを知らない間に倒していたのだ。
アーミーアントのボスであるクイーンの討伐は序盤では不可能な難易度に設定されているはずだった。
巣の奥深くにクイーンが潜んでいると分かっても、そこに到達するまでには多数のアーミーアントを超えて行かなければいけない。
しかも、それが彼らのホームともなるとかなり厳しい。はずだった。
「ぽむ、大変なことになったようだよ」
焦りを隠せないノアをよそに、ぽむは何食わぬ顔をしている。
相談をするとすればあの人しかいない。
ノアの脳裏にハンナの顔が浮かぶ。
そこからの歩みは速かった。
賢者の隠れ家へと向かってる途中にちょうどハンナから連絡が来る。
「ノアさん、来てくれてありがとうございます。ぽむ様お久しぶりです」
「こちらもちょうど話があったので……」
賢者の隠れ家につくと応接室に通される。
ノアの中でハンナは頼りになる存在になっている。
ぽむに対して過剰なところはあるが、そこさえなければ優秀なのだ。
「森の火災についてですか?」
「そうです」
「やはりぽむ様でしたか。魔導書を渡したタイミング的にそうなんじゃないかと思っていたんです」
「こんなことになるなんて思ってもいなくて、どうしましょうか?」
「正直なところ、問題ないですよ。あそこの木々はすぐに生えますから。問題になってるのはクイーンの方です」
森の半分を燃やしてしまったことに頭を悩ませていたノアだったが、意外に軽い反応のハンナを見て少しだけ心が晴れた。
「クイーンですか?」
「ぽむ様が倒したんですよね?」
「倒したというか、気付いたら倒れていたというか……」
「そっちの方が問題になりそうなんですよ。クイーンのドロップアイテムは高値がつきますから。あの手この手でノアさんに接触してくる可能性があります」
「なるほど、俺が入手したのはアーミーアントクイーンの卵だな」
「……!? クイーンの卵ですか? それはさすがに予想外でした」
「どういうことですか?」
「クイーンのドロップアイテムの中で最もドロップ率が低く、高価なアイテムですね。よくあるのはアーミーアントの卵やアーミーアントクイーンの羽なんですが……」
「ここからは僕が説明をしよう」
いつの間にか青年は部屋にいた。
「紹介します。こちら賢者の隠れ家の主人でもあるキテンさんです」
「はじめまして、魔導書の調子は良さそうだねひつじ君。まさか森を半分燃やすとは」
「はじめまして、ノアです」
「今はまだひつじ君がクイーンを倒したことは知られてないけど、すぐにバレるだろうね」
黒炎を扱う魔法使いは程度では今のところぽむしかいない。
ぽむはただでさえ人の注目を引きやすく、バレるのは時間の問題だった。
「オークションにかけるのが無難だろうね。手放したと噂になれば君らへの接触は減るだろうから」
「でも、オークションへの出品は簡単にはいかなかったはずですけど」
帝都では毎週オークションが開催されている。
様々なアイテムが市場に出回るのだが、オークションに出品できるのはそれなりの権力がなければ無理だ。
帝国中を探してもプレイヤーの中でオークションに参加できる人間はいない。
「僕が代わりに出品するよ。もちろんそこで得たお金は全て君に渡すことを約束しよう」
「いえ、この魔導書のお代のこともあるしいいですよ」
「うーん、こっちとしては別にいいんだけどな」
赫涅の魔導書の価値は計り知れないほどのものだ。
アーミーアントクイーンの卵が何個あっても足りないだろう。
しかし、キテンはお金などに興味はない。
作った魔導書に異様な高額設定をするのは注文が殺到しないようにするためだ。
「そうですよ、ノアさん。魔導書のお代はぽむ様の撮影会なんですから」
3人の話し合いを子守唄にぽむはお昼寝をしていた。