10話 ひつじの冒険3
真紅と漆黒の混じり合う魔導書はぽむのどストライクだった。
目を輝かせていたぽむだったがすぐに表情は悲しいものになってしまう。
何かあったときのためにとノアに渡された自分のお小遣いを眺めて下を向く。
そこらの魔導書なら買うこともできるが、目の前にある魔導書は格が違う。
全く足りない。
「メェ……」
「これは赫涅の魔導書といって僕の自信作。赤と黒の魔法を……」
キテンは魔導書の説明をするが落ち込むぽむの耳には届かなかった。
途中でぽむが俯いてることに気づきキテンは察する。
「あぁ、この魔導書の支払いをどうするか悩んでるんだね。ツケでいいらしいよ。返せるときにいつでもね」
「メェ?」
それならば魔導書は手に入ると分かってもぽむの表情は簡単には明るくならない。
ノアには迷惑をかけたくないぽむは悩む。
「もちろん、君の主人にも話を通してどういう風な支払いにするか詰めなきゃいけないね。それまでその魔導書は貸してあげるよ」
とはいっても、ぽむに渡す以外の選択肢はキテンにはない。
そもそもが赫涅の魔導書はハンナの話を聞いてぽむのために作ったオーダーメイドで他の魔法使いには使いこなせない。
なぜ、ハンナがぽむの詳しい情報を知っているのかについては深くは考えないことにしていた。
世の中には知らない方がいいこともあるのだと、ハンナの冷たい笑みを思い浮かべてキテンは自分に言い聞かせる。
「ひつじ君に時間があるなら試し撃ちでもするかい」
「メェ!!」
ぽむは力強く頷いた。
「シルフィルム、頼む」
「にゃー」
シルフィルムの鳴き声と共に景色が揺れ、気づけば壁一面が真っ白な部屋にいた。
「おぉ、一発とはシルフィルムもひつじ君が気に入ったのかな」
シルフィルムの使用した『気まぐれ猫の蜃気楼』というスキルはいくつかの決めていた地点に対象者を気分で飛ばす。
シルフィルムの機嫌が悪ければいつまでたっても行きたい地点には辿りつかない。
「さて、まずはこの魔法からだな」
§
ルキファナス・オンラインの世界に戻ってきたノアはハンナからの連絡を受けてカフェに来ていた。
当事者であるはずのぽむは何食わぬ顔でパフェがくるのを楽しみに待っている。
「ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございませんでした」
ノアは深く頭を下げる。
まさかぽむがこんな大胆な行動をとるとは思ってもいなかった。
その上、新しい魔導書までちゃっかりと貰っている。
「いえいえ、ノアさんはお気になさらずに。こちらも好きでやったことなので」
「でも流石にこのランクの魔導書をそんな撮影会程度でいただくわけには……」
「何を言ってるんですか!! ぽむ様の素晴らしさがあれば帝国……いえ、世界を制することだってできますよ」
ハンナのスイッチが入って熱弁を振るうがノアはついていけず、相槌を打つしかできない。
ぽむは到着した巨大なパフェを前に夢中になっている。
「ハッ、申し訳ありません。取り乱してしまいました。あの……写真撮ってもいいですか?」
「どうぞ……」
(ハンナさんはあれだな、クール美女が実は裏ではメルヘンチックだった的なタイプだ。しかも、自分の師匠に魔導書を無理やり作らせたとか言ってたけど大丈夫なのかな)
ノアの心配をよそにぽむはパフェを頬張る。
そしてそれを鼻息荒いハンナさんが激写している。
結局、魔導書のお代は撮影会をするということでまとまり、日程なども決まった。
ノアはたかだか撮影会でいいのかと思っているが、これが帝都にどれだけ激震を走らせることになるかを知らない。
ぽむのファンクラブにはいくつかのグループがある。
ぽむのような可愛らしい従魔が欲しいとテイマーを目指す派閥。
この派閥はぽむに対しての執着心は他に比べるとそこまで高くはない。
それよりもかけがえのない従魔というパートナー探しに力を注いでいる。
ぽむを尊い存在だと認識して崇める派閥。
特徴としてはぽむの行動を見たり、写真に納めたりして満足するタイプが多い。
そこに己は必要なく、ただただぽむを見守るのがこの派閥。
ポムと近しくありたいと願う派閥。
できるならばぽむに認識してもらいたい、写真を撮るなら一緒に写りたいといったような派閥だ。
三者三様ではあるが共通しているのは絶対にぽむとノアに迷惑をかけてはならない。
これは鉄の掟だ。
ファンクラブはぽむを応援するために存在していて、その象徴を傷つけることは許されない。
しかし、ファンクラブがあるほど有名ということはアンチもいるということ。
撮影会があると聞いたアンチたちは何とか邪魔をしてやろうと動き出す。
ファンクラブもその動きを察知して警戒態勢を敷く。
アンチの多くは人気があるぽむを何となくよく思ってない程度のものだ。
そして、これがゲームということもあって邪魔をしてやろうと思っているだけで、現実世界ならせいぜいがネットで悪口を呟くことが限界。
撮影会の邪魔も軽いものを考えている。
しかし、中には本気でぽむを潰そうと企んでいる人間もいる。
というよりは、ノアを痛い目に合わせてやりたいと考えていた。