1.ギルドでの悶着。
今日はあともう一話。
応援よろしくお願いいたします。
「お名前は?」
「リッドだ。姓は、もっていない」
「はいはい。つまるところ、貧困層出身の冒険者志望ね」
ギルドの受付は俺の言葉を聞いて、少し見下したように言った。
鼻で笑い、こちらが記入した文字を頬杖つきながら眺めて、上から下まで嘗め回すように見てきた後にこう口にする。
「はいはい。最低ランクのFからスタートね」
「ふーん……」
俺は少しばかり思うところあったが、無視することにした。
この冒険者ギルドは、とかく実力主義。たとえ最初に冷遇されようとも、結果を残せば必ず評価されるのだ。貴族時代はどうしても、個人よりも家柄が見られる。
改めて、俺はこちらの方が性分に合っているように思えた。
「さて。それじゃあ、まずは強そうな奴を探すか」
というところで、俺は本来の目的に照準を定める。
俺がわざわざギルドに足を運び、冒険者になった理由はそこにあった。冒険者というのは、すなわちエキスパートの集まり。剣士、魔法使い、治癒術師、召喚士――そういった様々な技術を極めた者が、一同に会する場所。
王都の冒険者ギルドは、世界でも有数の人材が集まっていると聞いていた。
だから、俺の胸は自然と踊り始める。
「……ん?」
しかし、その時だった。
「なんだ。あっちが、やけに騒がしいな」
ギルドの受付から、少し離れた場所にある開けた空間。
どうやら、ここには『屋内闘技場』というものがあるようだった。声がしたのは、そこを中心とした人だかり。轟音がしたかと思えば、歓声が沸き上がった。
「ちょっと、通らせてもらうぜ……?」
人波を掻き分けて進むと、そこにあったのは――。
「ん……?」
少しばかり、予想外の光景だった。
金網の中には二人の冒険者。一人は筋骨隆々とした偉丈夫で、もう一人は男とも女ともつかない見た目の子供だった。年齢は俺よりも幾らか下か。
勝負の結果は、その情報だけでも分かるだろう。
「おう、リン! 最初の威勢はどこいったァ?」
「く、くそう……!」
屈強な男は指を鳴らして、リンという子供に言った。
全身がボロボロになったリンは、どうにか剣を支えにして立ち上がる。男を睨み上げる瞳には力があるが、しかし膝にはもう力が入っていなかった。
肩ほどまでの栗色の髪。
童顔と表現するより、とかく愛らしいとした方が正しい顔立ち。細身で小柄、身に纏うのは革でできた安物の鎧だった。
金属の鎧を身に着けている相手の男と、リンの出で立ちは正反対。
「僕はまだ、戦える……!」
「へっ、諦めの悪いガキだぜ。そんなに妹のことが大切か?」
「うるさい! たった一人の妹だぞ、大切じゃないわけないだろ!?」
リンはそう叫ぶと、一直線に男へ向かって駆け出した。
しかし、相手が腕を払うと金網まで吹き飛ばされる。それを見た観衆はみな、大笑いしながら歓声を上げた。指笛鳴らし、この一方的な戦いを盛り上げる。
だが、その中で俺だけは――。
「あの男、つまらねぇ戦いしやがって」
思わず、そう口にするほど呆れてしまっていた。
間違いなくあの大男の力は、一線級。それなのに、どうして無駄なことをしているのか。それが俺には疑問で仕方がなかった。
だから、この足は自然と金網の中へと向かっていく。そして――。
「これで、最後だぜェ!? おらァ!!」
「あ……!?」
――静まり返る闘技場。
「なんだァ? ……テメェ」
「悪いな。趣味の悪い戦いを見ていて、気分が悪くなった」
俺は男の振り下ろした拳を片手で受け止めて、そう言っていた。
周囲の観衆はざわつく。
「おい、嘘だろ? ダンの攻撃を、片手で……」
「ダンはSSSランクだぞ。でも、アイツはいったい……」
そんな声が聞こえてきた。
どうやら、この男の名はダンというらしい。
俺は彼を見つめ、その拳を払いのけながら告げた。
「どうせなら、もっと強い相手と戦わないか?」――と。
自然と、口角を吊り上げながら。
するとダンは、俺のそんな態度を見て笑った。そして、
「面白れぇな、お前。いいぜ、それなら――」
一度、俺から距離を取ってこう叫ぶのだ。
「このギルド最強の拳闘士――ダン様が、相手してやらァ!!」
先ほどまでの、ふざけたそれとは桁違いの覇気で。
拳闘士ダンは俺を睨むのだった。