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サクラ、歌ってくれよ  作者: 呑竜
「第一章:忠犬よろしく駆けて来た」
9/14

「叫びながら走り出した」

 休日の昼間。

 家族連れでごった返すファミレスに俺はいた。

 窓際の席で、隣にはサクラ。テーブルを挟んで正面には遠藤奈緒子さんが座っている。

 

「えっと……『月刊ジャズ&ブルース』……って有名なんすか? 師匠」

「失礼なこと言うな。ブルース界隈じゃ最大手の雑誌だぞ」

「へええぇー? じゃあすごいんすねーっ。へえええぇーっ?」


 遠藤さんから貰った今月号をパラパラとめくりながら、サクラは感心したような声を出した。


「なるほどなあー、奈緒子さんビシーッってしてますもんねー。こう……出来る女っ、びじねすうーまんって感じがするっすもんねー」


 奈緒子さんは背の高い女性だ。

 バレーボール選手のように背が高く足が長く、ライトグレーのパンツスーツがよく似合っている。

 顔は小顔で、シャギーがかった茶色のショートカットからは活発な印象を受けるが……。


「いえいえそんな……わたしなんてまだまだ若輩者で……。会社でも先輩や上司に迷惑をかけてばかりで……」


 遠藤さんは恐縮したように肩を竦めた。


「昨夜もあんな風に突然お声かけして、さぞや驚かれたことでしょう。もしかしたら迷惑だったり……」

「ああーっ、昨日っ。ずいぶん酔っぱらってたみたいだったっすけど、大丈夫でした?」

「おいサクラやめろ」

「顔とか真っ赤で、足もとも怪しくて、ちゃんと家帰れるのかなって心配してたんすけどっ」

「おいサクラおい」

「うああぁ……お恥ずかしいぃ……」


 遠藤さんは消え入りそうな声で言うと、顔を両手で覆った。


 ──昨夜。

 路上ライブがはけた後に、遠藤さんは突然俺たちに声をかけてきた。

 名刺を渡し、今日の約束を取り付けてきた。

 顔が真っ赤で酒臭くて、社会人としてはどうなのかと思ったが……さすがにツッコむつもりはなかったのに……。

 

「ああーっと、昨夜のお話だと、俺たちの音楽活動に協力させて欲しいってことだったんですが、それは具体的にどういったお話なんですか?」


 ずんずんヘコんでいく遠藤さんを盛り上げようと、俺は声を張り上げた。


「おおっ、師匠がいつになくぐいぐい行くっ?」


 普段見せない俺のトーンに驚いたのだろう、サクラが感心したような声を出した。

 いや、これ全部おまえのせいなんだがな?


「そうですね。肝心なことを伝えていませんでした。申し訳ございません」


 深々と頭を下げると、お仕事モードに切り替えたのだろう、遠藤さんが話し始めた。


 今の日本の音楽業界のこと。ブルースの立ち位置。

 雑誌の方向性として、このままではブルースに手を掛けることが出来なくなることまで、包み隠さず。

 サクラは驚き、薄々気づいていた俺としては、苦虫を嚙み潰すような気持ちで聞いていた。


「ですが、このままではいけないとも思っています。わたしの愛したブルースが、青春をかけたブルースがこんなものであっていいはずがない。自分にはまだ何か、絶対出来ることがあるはずだと」


 感情がたかぶってきたのだろう、顔をほんのり赤くしながら、遠藤さんは俺たちを等分に見つめた。


「おふたりに声をかけさせていただいたのはそのためです。これからの日本の、新世代のブルースシーンを築いていくための旗手として、おふたりには頑張っていただきたいと思っています」






「いやー、熱い人だったっすねー、奈緒子さん」


 遠藤さんと別れてからの帰り道。

 サクラは頭の後ろで手を組みながら、しみじみと言った。


「あーゆーの、ブルース魂ってゆーんすかね。本気で愛してるんだなーって感じが伝わってきましたし、師匠の演奏も自分の歌も、本気で気に入ってくれてるんだって感じがしましたし」


 遠藤さんは日本のブルースの現状に納得いっていないのだと語った。

 その上で、俺とサクラなどの未来ある若手にスターダムを駆け上り、現状を打破して欲しいのだとも。


「メジャーデビューって感じじゃないみたいで、そこは残念っすけど」

「そりゃ、向こうさんは出版社であってレコード会社じゃないからな」

「でも、面白そうなこと言ってたっすよね?」

「ああ、まあな……」


 コネクションがあるのだと遠藤さんは言っていた。

 レコード会社、老舗しにせのブルースバーにフェス運営会社etc。

 だが、なんの実績もない俺らをそこへねじ込むためには、相手を納得させるための材料がいるのだとも言っていた。


「えっと……なんでしたっけ。Mytubeに路上ライブの画像上げるんでしたっけ。んで、自分たちのチャンネルを作って? 奈緒子さんの知り合いの有名ブロガーに紹介してもらって? それを材料に音楽フェスに出演? CDとか作って販売したほうがいいとも言ってましたっけ。というかそんな簡単にCDとかって作れるんすかね?」

「作るだけならな。問題は売れるかどうかで……」


 だが、その点に関してはそれほど心配していない。

 俺たちのユニット、特にサクラの声のインパクトは強い。

 いつでも傍において聞いていたくなるような魅力があり、出せば売れるのはわかっている。

 問題はどうやって人目につくようにするかであって……。


「うわー、なんか楽しくなってきたっすねー。これは前祝いにぱーっといっちゃいますかっ。ピザとコーラでお祭りしちゃいますかっ」

「ファミレスでケーキやらなにやらさんざんおごってもらったくせに、まだ喰うのかよ……」

「師匠知らないんすか? 女の子のお腹は甘いものとしょっぱいもので入るところが違うんすよ?」


 そんなの常識だろと言わんばかりにサクラ。


「まあいいけどよ。あまり盛り上がりすぎんなよ? 世の中そんなに上手くいくもんじゃねんだから、ダメもとぐらいに思っとけ」


 そうは言いつつも、期待感はあった。

 出版社の人に、音楽に携わっているプロに声をかけられて、今後の展開次第ではメジャーデビューがあるかもしれない。


 こんなの今までなかったことだ。

 ひとりで闇雲にギターをかき鳴らしていた頃には、想像すら出来なかった事態だ。


 それもこれも、全部サクラのおかげだな。

 サクラが戻って来て、一緒に暮らし始めて、即席でユニットを組んで。


 あの夜から、すべてが変わった。

 しかもおそらくは、これすらも変化の途中で……。

 

「うおーっ、興奮して来た! 師匠、自分ちょっと走って来ますっ!」

「は? おまえ何を言って……」

「うおおおおおおおーっ! やるぞおおおおおーっ!」


 止める間もなく、サクラが全力疾走を始めた。

 青葉茂る公園の横道を、小さな背中がどんどんと遠ざかっていく。


「……」

 

 思わず一緒に走り出したくなったが、やめた。

 こちとらもう25だ。

 前だけを見て、成功だけを信じて走り切ることが出来ないぐらいにはスレている。 


「おーい、無茶して転ぶんじゃねえぞーっ」


 だから俺は。

 青春の真っただ中にいるサクラが怪我をしないよう声をかけ、ゆっくりゆっくり、その後を追いかけて行く。

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